猫又 八兵衛 最終話 孤独よさようなら(後編)2

  • 2015.01.05 Monday
  • 10:22
JUGEMテーマ:自作小説
蘇生の術は不完全に終わった。
カミカゼが命を賭して協力してくれたのに、タカシは完全な状態では生き返らなかった。
蘇生自体は成功したものの、視力と聴力を失っていたのだ。
ムクゲはこれ以上何もしないでと言う。
下手なことをして蘇生の術が解けると、命を懸けたカミカゼが報われないからと・・・。
しかし俺は納得出来なかった。
タカシに孤独の呪いをかけたのは俺だ。その呪いを解く為にここまでやったというのに、不完全な術で終わらせるわけにはいかなかった。
だから走った。どうにかしてタカシの目と耳を取り戻す為、最年長の猫又の元まで走った。
遠くに彼の後ろ姿が見える。トコトコと歩き、公園を出ようとしていた。
「チョンマゲ!!」
大声で呼ぶと、チョンマゲは足を止めた。公園の入り口で尻尾を振り、「どうした?」と訝しそうな顔をする。
「術が不完全なんだ!タカシの目と耳が力を失ってる。」
そう答叫ぶと、チョンマゲはすぐにこちらに走って来た。
「不完全ってどういうことだ?」
「一分を過ぎてしまったから、完全に蘇生出来なかったんだ。」
「ああ・・・・。」
「嘆いてる場合じゃない。どうにかして目と耳を治せないか?」
「そう言われても・・・・・・。」
「頼む!どんな手でもいいんだ!俺の命が必要なら使っていい!」
「命を使う術なんて、蘇生の術くらいのもんだ。それに目と耳を治す術なんてもんもないし・・・・。」
「・・・・・・ダメか?」
「・・・・・いや、もしかしたらという方法ならあるけど・・・・、」
「どんな方法だ!教えてくれ!」
必死に頼みこむと、チョンマゲはぽつりと呟いた。
「変異の術だ。」
「変異の術・・・?あのムクゲが使おうとしていたやつか?」
チョンマゲはコクリと頷き、「とにかく戻ろう」と言った。
俺たちはあの川原まで走り、堤防の下までやって来た。
タカシはまだ俺の名前を叫んでいて、何度も転んだせいで擦り傷だらけになっていた。
「・・・・切ないな、こりゃ見てられない。」
転んでは泣き、泣いては叫ぶタカシを見て、チョンマゲも辛そうにする。
「なあ、その方法とやらを教えてくれ。変異の術を使うって、いったいどうしたらいいんだ?」
「・・・・・なあ八兵衛、お前は光と音を失っても平気か?」
「・・・・・どういうことだ?」
「目と耳を失っても平気かって聞いてるんだ。」
唐突な質問に、思わず答えに窮してしまう。チョンマゲは強い目で睨み、「早く答えるんだ」と言った。
「・・・・それでタカシが助かるなら安いもんだ。」
「じゃあついて来い。」
チョンマゲはタカシの元まで行き、その憐れな姿に「可哀想に・・・」と嘆いた。
「悪かったな、ちゃんと術をかけてやれなくて。」
するとカミカゼの傍に座っていたムクゲが、「私のせいよ」と答えた。
「チョンマゲはただ付き合ってくれただけだから。」
「いやあ、俺の方が年上だから、もっとちゃんと調べておくべきだった。」
二匹はどちらに責任があるかで譲らない。俺は「そんなことよりタカシを」と急かした。
「俺の目と耳を犠牲にすれば治るんだな?」
「多分な。」
「じゃあやってくれ。」
そう言って詰め寄ると、ムクゲが「なんの話?」と首を傾げた。
「八兵衛の目と耳をタカシにやるんだ。ムクゲも手伝ってくれ。」
「何それ?どうやってそんなことするの?」
「変異の術を連携させるんだ。」
「連携?そんなこと出来るの?」
「さあ?でも可能性はある。」
「詳しく説明して。」
ムクゲは真剣な顔で詰め寄る。チョンマゲはコクリと頷いてから説明した。
「まず俺が八兵衛の目と耳に変異の術をかける。それと同時に、ムクゲがタカシの目と耳に変異の術をかけるんだ。そうすればお互いの術が影響し合って、タカシと八兵衛の目と耳が入れ換わるかもしれない。」
それを聞いたムクゲは、難しい顔で唸った。
「よく分からない。どうして入れ換わるの?」
「変異の術は、変化の術の上位版のようなものなんだ。その姿形を全く別のものに変えて、完全にその形に固定してしまう。中身まで変わるから、種族や機能だって変わってしまう。これはかなり高等な術で、なおかつ難しい。」
「知ってるわ。その術を使って、私は人間になろうとしたんだから。」
「そうだったな。だからまず八兵衛の目と耳に変異の術をかけて、タカシのものに作り変える。」
「うん。」
「でもってそれと同時に、ムクゲがタカシの目と耳を八兵衛のものに作り変える。」
「うん。」
「するとどうなるか?二つの術が影響し合って、お互いの目と耳が入れ換わるかもしれないんだ。」
「だからなんで?」
「・・・・・変異の術には元になるモノが必要だ。何も無い所から変異は起こらない。」
「それは分かる。」
「ならば八兵衛の目と耳をタカシのモノに、そしてタカシの目と耳を八兵衛のモノに、こういう具合に連携して術をかけるとだな、お互いに影響し合って入れ換わりが起こるかもしれないんだ。
なぜなら目の前に変異する対象があるんだから、わざわざ自分のモノを作り変える必要がないだろ?」
「ああ!確かに。でもそれって変異と呼べるの?」
「さあね。でもさっきも言ったけど、変異の術は高等技術なんだ。そういう術って、なるべくシンプルな過程で結果を出そうとする。電気が金属を伝うように、水が低い所へ流れるように、猫又の術も一番シンプルな道を選ぼうとするんだ。だからお互いが目の前の対象に変異しようとしているのなら、入れ換わる可能性は大いにある。」
「なるほど・・・・。その方が簡単に術の結果を得られるからってことね。」
「そういうこと。シンプルイズベスト。高度な術ほど簡単な過程を求めるんだ。そうすることで成功率が高くなるから。」
「それは分かったど、でも変異の術には協力者が要るんじゃ・・・。」
「お互いが協力者だ。」
「お互い・・・?」
「八兵衛とタカシ、それぞれがお互いのことを思いやってる。だから目と耳の交換に異論はないはずだ。八兵衛はタカシの為なら命を懸けるし、タカシだってそんな八兵衛の気持ちを嬉しく思うだろう。なぜならお互いがお互いの気持ちを思いやり、ちゃんと心を通わせているからだ。そういう明確な理由があれば、お互いが協力者になれる。」
「けど他者に変異の術をかけることは可能なの?」
「部分的になら・・・・多分いける。でも保証はない。ないけど・・・やってみる価値はあるだろう。」
二匹は難しい話をしていて、俺を置いてけぼりにしている。
しかし話の大筋は理解できる。要するに俺の目と耳をタカシにくれてやるということだ。そしてタカシの目と耳を俺が引き受ける。
「チョンマゲ、小難しい話はもういい。これ以上タカシを苦しませないでやってくれ・・・。」
タカシはまだ俺の名前を呼んでいる。チョンマゲはそんなあの子の姿を見て「分かった」と頷いた。
「ムクゲ、やるぞ。」
「うん。八兵衛は・・・・、」
「いいさ、覚悟なら出来てる。元々死ぬつもりだったんだからな。」
「分かった。じゃあ・・・・やろうか。」
俺たちはタカシに近づき、チョンマゲが再び眠りの術をかけた。
「一日に何度もかけるとよくないんだけど・・・・まあ仕方ない。我慢してくれよ。」
そう言って尻尾を振ると、タカシは草むらの中に寝転んだ。「八兵衛・・・・八兵衛・・・」と呟きながら、眠りに落ちていく。
「それじゃあ八兵衛、タカシの傍に。」
「ああ。」
俺は眠ったタカシと向かい合った。あどけないその顔に、涙の筋が滲んでいる。
「タカシ・・・・俺の目と耳をくれてやる。だからこの先も絵を描け。俺なんか必要としないくらに、もっと絵を・・・・。」
タカシの顔を目に焼き付ける。この子の顔を見るのは、きっとこれが最後だろうから。
じっとタカシを見つめていると、目の前に尻尾が伸びてきた。ベテランの猫又たちが、俺たちに変異の術を施す。
チョンマゲは俺の目と耳を、ムクゲはタカシの目と耳に触れる。
二匹の尻尾が太くなり、一瞬だけ熱が走る。すると次の瞬間、俺は光と音を失った。
《これじゃ何も分からない。術は成功したのか?》
無音の暗闇の中で不安になっていると、頬に何かが触れた。
《これは・・・・猫の尻尾か?チョンマゲの臭いだな。》
チョンマゲは頬をくすぐり、何かを伝えようとしている。
《なんなんだ?顔の横をずっと撫でているけど・・・・・、》
そう思った時、ふと閃くものがあった。
《ああ、読心の術を使えってことか!》
顔の横には見えない針がある。俺は尻尾でチョンマゲの位置を探り、彼に針を飛ばした。
心の壁に開いた小さな穴から、チョンマゲの声が伝わってくる。
《・・・・もう一度術をかけるから、そのままでいろだって?どうして?》
疑問に思っていると、チョンマゲの声が返ってきた。
《八兵衛、聞こえるか?》
《ああ、聞こえるよ。》
《お互いに読心の術を使えば、こうやって会話出来るんだ。便利だろ?》
《そんなことはどうでもいい。それよりもう一度術をかけるってどういうことだ?まさか失敗したのか?》
《違うよ。術は成功。俺の読み通り、お前らの目と耳は入れ換わった。》
《そうか。そりゃよかった・・・・。》
《でもアレだぞ、今のお前らはかなり不気味だぞ。》
《どうして?》
《だってお前・・・・猫の顔に人間の目と耳をしてるんだからな。タカシはその逆だ。》
《ああ・・・そのまま入れ換わったから。》
《もう一度変異の術をかけて形を変える。なんならそのままでいるか?》
《バカ言え、さっさとやってくれ。》
チョンマゲは《冗談だよ》と笑い、尻尾で俺の顔に触れた。また熱が走り、《終わったぞ》と頭を叩いてきた。
《タカシはどんな具合だ?》
《まだ寝てるよ。でも上手くいったから問題ない。》
《・・・・よかった。ほんとに・・・・よかった・・・・。》
《ムクゲとも話してやれよ。俺のすぐ隣にいるから。》
《そうだな。》
俺は尻尾でムクゲの位置を確認し、見えない針を飛ばした。
するとその途端に激しい悲しみが流れ込んできて、危うく心を塞ぎそうになった。
《八兵衛。》
《ムクゲ・・・・。手伝ってくれてありがとう。》
《ううん、上手くいってよかった。それより私に同情してるでしょ?》
《いいや。ただあまりに強い悲しみを感じたもんだから、ちょっと怯んだ。》
《やっぱりそう簡単には割り切れない。40年も一緒にいたんだもん・・・・。まさかこういう形で最後を迎えるとは思わなかった。》
ムクゲの心が揺れている。心と心で話し合うということは、相手の深い部分まで覗いてしまうことになる。
そこには一種の恥ずかしさ、そして背徳感があった。
《嫌なもんだな、直接心を覗き合うというのは・・・。》
《そうね。でも本心は誤魔化せないから仕方ない。悲しみから解放されるのは時間がかかるだろうけど、でもカミカゼのことは忘れないわ・・・。》
《アイツは立派な猫又だった。本当に尊敬すべき奴さ。》
《その分苦労もしたけどね。だから・・・余計に辛い・・・・。》
ムクゲが泣いている。きっと顔には出していないだろうが、心の中では涙を流していた。
それを感じるのが辛くて、何も言葉を返せなかった。
《同情はしないで。》
《ああ、すまん・・・。》
《タカシ君、まだぐっすり寝てる。運ぶなら今のうちじゃないと。今度目を覚ましたら本当に終わりだから。》
《そうだな。じゃあチョンマゲに運んでもらうか。お前はどうする?》
《カミカゼを弔ってあげる。それが終わったら、またこの町を離れるわ。》
《そうか・・・。元々は人間になる為に町を離れたんだもんな。いつかその願いが叶うことを祈ってるよ。》
《うん、ありがとう。じゃあ・・・・私はこれで。またね八兵衛、元気で。》
そう言い残して、ムクゲの気配が去って行く。途中で《バイバイ、タカシ君》と声がして、完全に気配が消え去った。
《別れは済ませたか?》
《ああ。悪いけどチョンマゲ、タカシを家に送ってやってくれるか?》
《もちろんさ。ついでにお前も家に送ってやるよ。》
《助かるよ。でもその前にタカシに触れさせてくれ。これが最後になるから。》
タカシの匂いはさっきから感じている。この半年の間に何度も嗅いだ、胸に馴染んだ匂いが。
その匂いを頼りに傍まで歩き、そっと手を触れた。
《タカシ・・・・この半年間、お前と一緒にいられて楽しかった。お前を一人にさせない為に始めたことなのに、途中からお前に会うこと自体が楽しみになっていた。たった一つだけ心を残りがあるとすれば、お前が描いていた絵が見られなかったことだ。》
タカシの胸は命の鼓動を刻んでいて、確かに生きているのだと分かる。これから先、一人ではない道を歩く為に。
《お前は俺を描くスペースに困っていたな。右下のちょろっとの部分しか空いていなかった。けど・・・・それでもいいから、俺を描いてほしい。もう会うことは出来ないけど、どうかお前の絵の中に・・・・・。》
タカシの胸からそっと手を離し、あの絵を思い浮かべる。
この半年の間に出会った者たちが、所狭しと描かれていた。
もしあの中に俺が描かれるのなら、タカシの記憶の中に生きられる。
もう会うことはなくても、どうか俺のことは覚えていてほしかった。
《チョンマゲ。》
《ああ、じゃあ帰ろうか。》
人間に化けたチョンマゲに抱えられ、俺たちは家路につく。
呪いから解放されたタカシは、これからきっと幸せな人生を歩くだろう。時には傷つくこともあるだろうけど、もう孤独の中に苦しむことはないと思う。
・・・・いや、思うじゃなくて、そうあってほしい。いつか本当に恋愛出来る人と会えるような、そんな道を歩んでほしい。
チョンマゲの背中から、タカシの穏やかな寝息が聞こえていた。


            *


季節の足は早い。
この前まで夏だったのに、今じゃすっかり冷え込んでいる。
明日からは今年最後の寒波が来るらしく、下手をすると正月まで続くらしい。
俺はクッションに寝そべりながらあくびをし、寒さから逃れるように丸まった。
あと三日で今年が終わる。新年を迎える為に、町は随分と忙しくなっているようだ。
今、俺は目が見えない。耳も聞こえない。
しかしだからといって、そこまで不自由しているわけではなかった。
まず猫というのは、人間に比べて遥かに感覚が鋭い。
光と音を失っても、ヒゲを通して空気の振動が伝わるし、鼻を通して臭いが伝わる。
それに加えて、俺には読心の術がある。
コイツを使えば、誰がどこにいるかが手に取るように分かる。
光と音だけが情報を伝えるのではない。むしろ光と音を失うからこそ、他の感覚が磨かれることだってあるのだ。
このヒゲも、鼻も、そして読心の術でさえ、以前とは比べものにならないくらいに鋭くなっている。
だからこの家に誰かが近づこうものなら、すぐに気配を察知することが出来る。
今、ベランダに一匹の猫が来たようだ。
俺はクッションから飛び降り、ベランダまで向かう。
馴染んだ家の中は、目などなくても問題なく歩ける。
トコトコとベランダの出窓までやって来ると、頭の中に《ほ!》と声が響いた。
《よう八兵衛。》
《おうゴンベエ。》
《明日からバカみたいに寒くなるらしいぜ。》
《それは昨日聞いたよ。雪が降るんだって?》
《けっこう積もるらしいぜ。でも雪の中をデートってのもロマンチックだよなあ。》
ゴンベエは嬉しそうに語る。彼の心からハルへの想いが伝わり、その惚気にうんざりした。
《お前らはいつまで経ってもバカップルのままだな。》
《勝手に心を覗くな。》
《仕方ないだろ、そうしないと話せないんだから。》
《はああ・・・・嫌なもんだねえ、心が丸裸って。》
ゴンベエの心から少々嫌味が伝わってくる。確かに彼の言うとおりで、心を覗き合うというは気持ちのいいものじゃない。
しかし今の俺には、これしかコミュニケーションの手段がないのだ。
見えない針でゴンベエの心の壁に穴を空け、ついでに俺の心の壁にも穴を空ける。
そうすることで、心と心で会話をすることが出来る。
目と耳を失った俺は、徹底的に読心の術に磨きをかけ、こうして独自のコミュニケーション能力を手に入れた。
しかしまあ・・・・やっぱり気持ちの良いものではない。
相手が十年来の親友でなければ、こんなふうに心をさらけ出して会話は出来ないだろう。
ゴンベエの惚気はまだ続いていて、幸せの絶頂にいることが窺える。いつか転落しなければいいが・・・・。
《ハルとは上手くいってるのか?》
《もちろんさ!この前のクリスマスなんか、チキンの残りを持って行ってやったんだ。
そうしたら目を潤ませながら喜んでさ。ほとんど骨だけど、気持ちは嬉しい!って。》
《相変わらずバカップルよろしくやってるようだな。でも助かるよ。こうしてたまに話を聞かせてくれて。》
《いやいや、これくらい。》
ゴンベエは嬉しそうに笑う。心の奥から《もっと褒めてくれ》と聞こえるが、それは口には出さないでおこう。
《いくら読心の術が使えても、日々の変化は分からない。ヒゲと鼻を集中させても、今日どんな出来事があったかまでは分からない。だからこうして話しに来てくれて、本当に助かるよ。持つべきものは友だな。》
《いやいやいやいや、まあまあ・・・・そういうこともあるけどさ、うん。》
《で?今日の集会はどうだった?何か変わったことはあったか?》
そう尋ねると、ゴンベエは《ほ!》と唸った。
《あったよ!あったあった!ていうかそれを伝えに来たんだよ。》
《ほう、いったいどんな事があったんだ?》
《タカシのことだよ。》
《タカシの・・・・・、》
それを聞いて、思わず胸が弾んだ。あの夏から今日に至るまで、タカシとは一度も会っていない。いや、会いたくても会えない。
だからいつもこの胸にタカシの顔を思い描いていた。記憶の中に生きるタカシを、何度も何度も掘り起こしていたのだ。
《おお、興奮してるな。》
《勝手に心を覗くな。》
《心を覗かないと話せないじゃないか。》
《まあ・・・・そうだな。で、タカシがどうかしたのか?もちろん良いニュースなんだろうな?》
期待を込めて問いかけると、《喜んで鼻血が出るかもだ》と笑った。
《アイツがずっと描いていた絵があるだろう?ゴリラとか孔雀とか、ムクゲとかチョンマゲが出て来るやつ。》
《ああ、知ってるよ。でもまだ俺が描かれていなかった。》
《完成したんだ。》
《あの絵がか?》
《お前を描いて完成したんだ。しかも一番大きく描いてたぞ。》
《それはウソだな。俺を描くスペースはほんのちょっとしかなかったはずだ。》
少しだけ拗ねてそう言うと、《バカだなあ》と笑われた。
《描くスペースなんていくらでも足せるだろ。》
《どういうことだ?》
《もう一枚画用紙を用意して、それを横にくっ付けたんだよ。》
《・・・・・ああ!その手があったか。》
《絵はキャンバスをはみ出せ!ゴッホの名言だぜ。》
《それは岡本太郎だ。それより・・・・アイツはどう俺を描いた?》
《だから大きくだよ。しかも自分と一緒に。》
《タカシと・・・・・。》
《お前は人間の姿で昼寝をしていて、その隣でタカシが絵を描いてる。なんか広い庭みたいな所でな。》
《・・・・・・・・・・・・。》
《その絵が元々の絵に繋がるような感じになってる。最初に描いていた絵は、絵の中の絵ってことなんだろう。メインは八兵衛とタカシ。あれはそんな風に感じたよ。》
《・・・・・タカシが直接持って来たのか?》
《そうだよ。アイツはしょっちゅう集会所に来てる。》
《そんなのは初めて聞いたぞ。》
《あえて言わなかったんだよ。お前が辛くなるかと思ってな。でも今日はその絵を持って来てた。完成したからお前に見てほしかったんだろうな。》
《・・・・・・・・・・・・。》
《あれは良い絵だった。だから市の子供絵画コンクールに出したら、入賞したんだとよ。今度は金賞だって。》
《・・・・・・・・・・・・。》
《学校でも表彰されたってよ。全校集会で褒められたらしい。》
《・・・・・・・・・・・・。》
《タカシは本当に絵の才能があるのかもな。孤独の呪いも解けて、今じゃ家族と幸せに暮らしてるし、学校もそれなりに楽しんでるみたいだ。》
《・・・・・・・・・・・・。》
《でもまだお前に会いたがってるよ。集会所に来る度に捜してる。見てるこっちが切ないぜ。》
《・・・・・・・・・・・・。》
《でもまあ、そこまで辛そうな顔はしてないから、やっぱり幸せなんだろうな。家族の所に戻って、学校で友達と遊んで、やっぱ一人じゃないってのがいいんだろうな。》
《・・・・・・・・・・・・。》
《でもさ、きっとお前と過ごした時間のことは忘れないと思うぜ。だからまあ・・・それでいいんだよな?》
《・・・・・・・・・・・・。》
《八兵衛。》
《・・・・・・・・・・・・。》
《泣くな。》
《・・・・・・・・・・黙れ。》
ベランダに背中を向け、意味もなく尻尾を振って誤魔化す。
ゴンベエは何も言わず、しばらくそっとしておいてくれた。
《その絵を見たいか?》
《ああ・・・・。》
《この目にちゃんと焼き付けたんだ。心の中に描くから、ちゃんと読み取れよ。》
そう言ってゴンベエは神経を集中させた。その目に焼き付けた絵を、鮮やかに心の中に描いていく。
俺は必死にその絵を読み取った。頭の中にタカシの描いた世界が広がり、あの半年の出来事が映画のようにフラッシュバックしていく。
《な?良い絵だろ?》
《・・・・ああ、良い絵だ。相変わらず背景が雑だがな。でも・・・・良い絵だ。》
《素直に褒めてやれよ。》
タカシの絵は、ゴンベエの心を通して俺に伝わった。
そこには大きく俺とタカシが描かれていて、何度も一緒に過ごしたあの庭をバックにしていた。
《大事にするよ、この絵は。決して忘れない。》
《ほ!伝えに来た甲斐があったってもんだ。》
そう言ってゴンベエは去ろうとする。《またな》と言い残し、気配が遠ざかっていく。
《ゴンベエ。》
《なんだ?》
《・・・いや、孤独じゃないって、ありがたいなと思ってさ。これからも良い友達でいてくれ。》
《ほ!水臭い。またハルと喧嘩したら仲裁を頼むぜ。》
《もちろんだ。ああ!それと・・・・お前資質があるようだぞ。》
《ん?》
《だから猫又になる資質だよ。今年で十三歳だろう?あと七年生きれば、もしかしたら猫又になれるかもな。》
そう伝えると、《ほ・・・ほほ・・・・・》と固まっていた。
《お・・・・俺が猫又に・・・・・?》
《あくまで可能性だ。》
《・・・・・・ほほ!》
《猫又になると長く生きる。それが決していいことだとは限らない。ハルが寿命を迎えた後も、お前は生き続けるんだ。そして下手をすると、何の為に生きているのか分からなくなる。俺がかつて会った柿の木のばあさんは、そのことについて悩んでいたからな。》
《・・・・・・ほほほ!》
《聞いてるか?》
《俺が猫又かあ・・・・・。そうかそうか、いい事を聞いた。こりゃ何がなんでもあと七年生きないとなあ。》
《だから・・・・決していい事ばかりとは限らな・・・・・・、》
《じゃあな八兵衛!これからハルに自慢してくる。恋猫が未来の猫又だなんて、きっと喜ぶに決まってる!》
《おい、だから決して良い事ばかりじゃ・・・・・・・って、行っちまった。話を聞かない奴だ。》
ゴンベエは喜びの感情を振りまき、嬉しそうに去って行く。その心にはハルの顔だけが浮かんでいた。
《お前らしいな。》
親友のおかげで、タカシの絵を見ることが出来た。それは俺が想像していたよりも遥かに良い出来で、思わず見入ってしまう。
青い海の中をドルドルが泳いでいて、海底には柿の木が生えている。その枝には孔雀がとまっていて、和佳子がシャッターを切っていた。
その反対側では黒いドレスを着たムクゲが歌っていて、チョンマゲとあのじいさん、そして若い男が手を叩いて喜んでいた。
背景の塗りは雑だが、それでも色合いは素晴らしい。それに何より、どの登場人物も活き活きとしていた。
そして・・・・継ぎ足された画用紙には、でかでかと俺とタカシが描かれていた。
俺は人間に化け、いつものように昼寝をしている。タカシは庭の石に座り、ペンを動かして絵を描いている。
この半年の間、共に過ごした時間と空間が、色鮮やかにそこに描かれていた。
《本当に良い絵だ。これは家宝に値する。》
心に絵を浮かべながら、踵を返してベランダから離れる。
そして机の上に飛び乗り、再びクッションに丸まった。
明日から寒波が来るらしい。炬燵の中に避難するか、それともストーブの前を陣取るか?
どちらにせよ、寒さから逃れる方法はいくらでもある。なぜなら俺は、一匹で生きているわけではないのだから。
暖を取るなら飼い主に甘えればいいし、寂しくなったら親友が話を聞かせに来てくれる。
それにこの胸には、消えることのない素晴らしい絵が宿っている。
その絵を思い浮かべれば、いつでもタカシに会えるのだから。
さて、明日は炬燵で丸くなるか、ストーブの前を陣取るか。クッションの中で真剣に考える。
寒波を運ぶ風が、机の上の窓を叩いていた。



                     猫又 八兵衛 -終-

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