ヒミズの恋 第三話 我が道は穴倉(1)

  • 2015.03.25 Wednesday
  • 12:41
JUGEMテーマ:自作小説
客の少ない昼間の銭湯で、小さなカウンターに立って時計を見上げる。
時刻は12時15分。ちょうど昼飯時のこの時間は、一番客が少ない時間でもある。
退屈なあくびを噛み殺し、カウンターを横切って浴室に向かう客に頭を下げた。
「ごゆっくりどうぞ。」
顔なじみの客は手を挙げて男風呂の暖簾をくぐり、角を曲がって消えていった。
「はあ・・・・暇・・・。」
首を回して肩を揉み、まったく針が進まない時計を睨みつける。
ここはスーパー銭湯の店舗に入っているボディケアの店で、美容エステや垢スリも行っている。
休日ともなればそれなりに客が入るけど、平日の昼間は死にそうなほど退屈だった。
かといってカウンターで退屈そうな顔をするわけにもいかないので、それなりに表情を引き締めておかないといけない。
客が増えるのは夕方から。その時まではとにかく暇を持て余すから、何を考えて時間をやり過ごそうかと悩んでいた。
「ここへ来て一年か・・・。そろそろ辞め時かなあ・・・・。」
思わず本音が出て、店長に聞かれていなかいか警戒した。
しかしあのおたふく団子みたいな店長は、客のいないベッドの上で居眠りをしているだけだった。
「・・・いい身分よね、こっちは退屈で死にそうなのに。それに客が来ないと給料も出ないし。」
私は正社員ではない。委託社員という、なんとも微妙な肩書だった。
私の給料は時給でも月給でもなく、施術を施した客の売り上げから、50パーセントが懐に入るというものだ。
だから客が来なければ給料はゼロなわけで、出勤してから二時間半、私の給料は一円も発生していない。
「どうせ暇な時間帯なんだから、店番なんか一人でいいのよ。委託社員なんて、結局は経営者に都合がいいだけじゃない。」
これが時給制のアルバイトなら、ボケっと突っ立っているだけでも給料が発生する。
しかし委託業務となると、ボケっと突っ立ているだけでは一円にもならない。
だから暇な時間帯に三人も従業員を置いても、会社は痛くも痒くもないわけだ。だって人件費が発生しないんだから・・・。
「やっぱりここへ来たのは間違いだったかな?仕事自体は面白いんだけど、こうも暇で儲からないんじゃ、続ける意味も無くなるって感じだし・・・。」
あまりの退屈にとうとうあくびが出てしまい、しまったと思って口元を押さえる。
すると目の前を誰かが通り過ぎて行き、「お疲れ様です」と頭を下げた。
「あ・・ああ!お疲れ様です!」
私は畏まって頭を下げ、咄嗟に笑顔を作ってみせた。なぜなら、目の前を通り過ぎたのは、このスーパー銭湯の店長さんだったからだ。
名前は飯田といって、まだ若いのに有能な店長さんだった。
飯田さんはサッと私の前を通り過ぎ、奥へ続く通路を歩いて、バックヤードに消えていった。
「・・・髪切ったんだ。短い方が似合ってるな。」
前はロン毛とは言わないまでも、かなり髪が伸びていた。それはそれで似合っていたけど、今の短い髪型のほうがよほどカッコイイ。
飯田さんが消えた方をしばらく見つめていると、ふと人の気配を感じて振り向いた。
「これ、マッサージかなにか?」
地味なポロシャツにスラックス姿のおじさんが、興味深そうに尋ねて来る。
どうやら一見の客が、うちの看板に興味を持ったらしい。
私は咄嗟に笑顔を作り、軽く会釈をして説明していった。
「こちらはボディケアのお店になります。お客様に癒しとリラクゼーションを提供するサービスです。」
「ボディケア?マッサージじゃないの?この看板の写真にマッサージしてる人が載ってるけど?」
「こちらは民間療法になりますから、マッサージとは名乗れないんですよ。でも技術自体はマッサージ師にひけを取らな・・・・、」
「素人?」
「え?」
「だから素人なんでしょ?マッサージの資格を持ってないんでしょ?」
「・・・はい。」
おじさんはしかめ面で睨んできて、私は愛想笑いで返す。こういうツッコミはもう何度も経験していて、さして腹が立つこともない。
私は落ち着いたまま、淡々と説明していった。
「確かにマッサージ師の資格は持っていませんが、お客様に満足していただけるサービスを行っております。
それに料金もマッサージのお店よりはお安くなっていまして・・・・、」
「そりゃそうだろ。素人にプロと同じ料金なんか払えないよ。」
おじさんは馬鹿にしたように笑い、手を振って去って行った。
「・・・・そんなにマッサージにこだわるなら、高い金払ってそれなりの店に行けっての。」
小さく悪態をつき、再び訪れた退屈な時間を乗り過ごす。
やがて休憩に行っていた先輩が帰ってきて、受付を代わってもらう。
もう何年もこの仕事を続けている男の先輩は、少し薄くなっ頭を撫でながら尋ねて来た。
「誰か来た?」
「いえ、暇なままです。」
「まあ平日だし仕方ないよな。休憩行っといでよ。ついでに戻ってくるときに乾燥機からタオルを持って来て。」
「了解です。それじゃ休憩頂きます。」
頭を下げてフロントを後にし、奥へ続く通路を通ってバックヤードに向かった。
「別に休憩するほど疲れてないのが悲しいな・・・。」
ドアを開けてバックヤードに入り、忙しく動き回る銭湯のスタッフに頭を下げる。
「お疲れ様です。」
「お疲れです。」
最近入った若い男の銭湯スタッフが、慣れない様子で挨拶を返してきた。
ここは銭湯のスタッフと共同の休憩所なので、こちらは新人のバイト君にも気を遣って挨拶をしないといけない。
若いバイト君はいくつものサウナマットを抱えて、よろめきながら浴室へと続くドアを潜っていった。
「いいな、あっちの方がやる事が多くて退屈しなさそう。」
羨ましく思いながら奥へ歩き、殺風景なテーブルの椅子に腰を下ろした。
「はあ・・・全然お腹減ってない。でも食べとかないと。」
よっこらしょっと立ち上がり、ロッカーから総菜パンとお茶を取り出す。
そしてケータイを片手にパンを齧り、どうでもいいネットのニュースを流し見していった。
「中東で人質事件、人身売買が目的か?」
ざっと時事ネタを読み飛ばし、その後は芸能人の恋愛だの、芸をするアルパカだのどうでもいい記事を眺めていった。
そしてあっという間にパンを食べ終え、お茶を流し込んでケータイを閉じた。
はっきり言って、この場所は息が詰まる。あまりに殺風景すぎて落ち着かないし、何より銭湯のスタッフに気を遣う。
私はいつものように自販機でアイスを買い、外の喫煙所に向かうことにした。
別にタバコは吸わないけど、中にいると気が滅入るのだ。外の空気を吸って、しばらくぼんやりしたかった。
それに・・・外の喫煙所に向かうには、もう一つ理由がある。私は彼がいることを期待して、ゆっくりと外へ出るドアを開けた。
「・・・・・お疲れ様です。」
「ああ、お疲れ様です。」
飯田さんは灰皿の横に腰を下ろし、タバコを吹かしながら小さく笑った。
うん・・・やっぱり短い髪の方が似合う。端正なようでけっこう濃い顔立ちをしているから、こういう爽やかな髪型の方が絶対にいい。
「またアイスですか?」
「はい、好きなんですよ。」
「美味しいですよね、セブンティーンアイス。僕も子供の頃はよく食べましたよ。」
飯田さんはカップのコーヒーに口を付けながら、私のアイスを見てニコリと笑った。
《これ!この人普段は難しい顔してるけど、笑うと可愛いんだよ・・・。》
私は小さく会釈をしながら、飯田さんからやや離れた場所に座った。本当はもっと近くに座りたいけど、そういう仲でもないので、そういう風には座れない。
アイスを舐めながら、横目でチラチラと飯田さんを窺う。向こうもスマホを片手にタバコを吹かしていて、私の方はチラリとも見ない。
だから私もケータイを取り出し、あなたを意識していませんよという雰囲気を装った。
本当は飯田さんのことが気になって仕方ないのだけど、それを表に出せない辺りが私の意気地なしなところだ。
でも・・・しばらくこうしていれば、向こうから話しかけてくれる。それは単に気を遣ってか、それとも沈黙が気まずいだけか?
もし私のことが気になるからというのなら嬉しいんだけど、そこまでは相手の気持ちは推し量れない。
今はただ・・・飯田さんから話しかけられるのを待つだけだ。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
来ない・・・。いつもならとっくに話しかけてきているのに、今日はスマホから顔を上げようともしない。
もしかしたら、この前の事が気になってるのかな?
数日前に、ここの銭湯で子供が意識を失って死にかけた。飯田さんの迅速な対応で事無きを得たけど、あれ以来じょじょに覇気を失くしているような気がする。
やっぱりこの店の責任者として、大きな責任を感じているのかな?
休憩時間の終わりが迫り、私はちょっとだけ焦り始める。別に今日話せないからといって、二度と喋る機会が無いわけじゃない。
明日も、それに明後日も・・・、いや、明後日は私が休みか。でもとにかく、まだまだ飯田さんと喋れる機会はあるのだ。
だから・・・・だからいつか、こっちから話しかけて、少しでも距離を縮めないといけない。
相手が動くのを待っているばかりじゃ、恋は叶わないのだから。
アイスはとっくに食べ切っていて、興味も無いのにケータイの画面を睨む。しばらくそうしていると、飯田さんはふと立ち上がってタバコを消した。
そして何も言わないまま、スタスタと歩いて中へ戻ってしまった。
それを見て、これはどうも変だなと思った。いつもなら必ず「お疲れ様です」と挨拶をしてから去るのに、今日は無言のままだった。それもチラリとも私の方を見ないで。
「やっぱり・・・この前の事故のことを気にしてるのかな?もしかして・・・あれが原因で他の店に飛ばされたりして・・・。」
何の気なしに呟いて、もしそうだったとしたらと焦った。
飯田さんとはこの店にいるから喋る機会があるわけで、もし他の店へ行かれたら、もう話す機会は二度と無くなってしまう。
いくら会いたいと思っても、こっちから押しかけられるような仲じゃないのだから。
その日の私は、仕事でミスを連発した。料金を間違えて客に怒鳴られ、乾燥機からタオルを持って帰らずに先輩に嫌味を言われ、さらに店の看板を倒してヒビを入れてしまった。
それもこれも、全部飯田さんのせいだった。もし彼が転勤してしまったらどうしようかと不安で、ロクに仕事に身が入らなかったのだ。
仕事を終えて家に帰ると、狭いワンルームの部屋で悶々と考えた。
奮発して買った低反発枕に顔を埋め、これからどうやって飯田さんにアプローチしようかと悩んでいた。
「もし本当に転勤になっちゃうとしたら、早く行動を起こさないといけない・・・。
でも・・・・こっちはほとんど飯田さんのことを知らないから、どう近づいていけばいいのか分からないな・・・。」
自分でそう言って、その言葉がおかしいことに気づく。
「いや・・・こっちを知らないのは向こうも同じか。ていうか、知りたいとすら思ってないかもしれないけど。」
一旦そう考え出すと、もうネガティブな思考が止まらない。まるで堰を切った濁流のように、延々と嫌な想像が浮かんでくる。
もしかしたら、飯田さんには彼女がいるのかもしれない。いや、彼女どころか、実は妻帯者だったりして・・・。
それで子供もいて、休みの日には家族で出かけたり・・・。
でも指輪はしてないから、結婚の可能性は低いな。けど仕事中は邪魔だから外す人だっているし、それだけじゃ判断出来ないか。
だいたいもし結婚していなかったとしても、私に興味を持つとは限らない。こんな地味な女なんか、まったくタイプじゃないかもしれないし。
喫煙所で一緒になるのだって、本当は嫌だったりして。今日話しかけてこなかったのだって、私をウザいと思ったから・・・・。
溢れだしたネガティブな感情は留まるところを知らず、私の淡い恋心までも浸食していく。
こういう暗い感情の流れは、今までに何度も経験していた。せっかく好きな人が出来ても、後ろ向きな考えばかりが浮かんできて、行動を起こすことが出来ない。
そしてあれやこれやと無駄な時間を過ごしている間に、相手はさっさと彼女を見つけてしまうのだ。
恋は自分から動かないと叶わないことは知っているけど、残念ながら私には勇気がなかった。
恋でも、夢でも、そして仕事でも、いざという場面では必ず二の足を踏んでしまう。だから・・・・本当に欲しいものは、一度も手に入ったことがない。
まあ、私の人生なんてそんなものだと諦めれば楽なんだろうけど、そこまで達観するにはまだ早すぎる気もする。
進んでは戻り、戻っては進み、ネガティブとポジティブな思考の応酬は、風呂を上がって眠りにつくまで続いた・・・。

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