ヒミズの恋 第四話 我が道は穴倉(2)

  • 2015.03.26 Thursday
  • 12:39
JUGEMテーマ:自作小説
土曜の夜は、ひっきりなしに客が入る。平日の昼間が嘘のように、目が回るほど忙しくなる。
次々に入ってくる客の対応に追われ、ボディケアを施す指にも限界がやってくる。
でも力を抜くと文句を言われるので、痺れた指に鞭を打ちながら施術をしていった。
そして午前0時、ようやく営業が終わった。指はまだ痺れていて、でもそれが仕事をしたという充実感を与えてくれた。
「仕事ってこういうもんよね。一日が終わったあとに疲れてないと。」
今日も一日よく働いたと満足出来るし、布団に入ればぐっすりと眠れる。
仕事の充実感にゆったりと浸っていると、先輩から「タオル洗って来い。あとベッドシートも。」と荒い口調で言われた。
私はニコリと笑って頷き、大量の洗濯物を抱えて外に出た。砂利で舗装された道を歩き、離れた場所にあるリネン室まで運んでいく。
そして思い切り洗濯機に投げ込み、白い洗剤をぶちまけてスイッチを押した。
「あのデブ禿げ男め。何年も続けてるクセに仕事でイラついてんじゃないわよ。忙しいほど儲かるってのに、どうして暇を好むかね?」
グチグチと文句を言いながら、リネン室の外に出て指を揉んだ。
空には少しだけ雲が出ていて、それが月にかかってとても綺麗だった。その下には大きな川が流れていて、うっそうと茂る木々が小さく揺らめいていた。
飯田さんの転勤を心配しだしてから四日間、まだ何も行動を起こせずにいた。
頭の中ではあれやこれやとシュミレーションを立てているんだけど、いざ行動に移そうとすると足が震えるのだ。
「ダメだな、私は・・・。子供の頃から何も変わってない。こんなんじゃ・・・いつまで経っても幸せになれない。」
自分を責めながら、そして自分に嫌気を感じながら、月の流れる夜空を睨む。するとふと後ろに気配を感じて、あわてて振り返った。
「お疲れ様です。」
「あ・・・・ああ!お疲れ様です!」
飯田さんが、大きなゴミ袋を持って通り過ぎていく。きっと駐車場の掃除に向かうんだろう。
でもいつもは若いバイトの子がやっている仕事なのに、どうして今日は飯田さんが行くんだろう?
不思議に思って彼の背中を見つめていると、これはチャンスかもしれないと思った。
《今なら・・・これをネタに声を掛けられる・・・。向こうも営業は終わっているんだし、ちょっとくらい話しかけても大丈夫かもしれない。》
私は一歩踏み出し、飯田さんの背中に声を掛けようとした。でも・・・・・口が開かない。
足は震えるし、口の中が乾いて呂律も回りそうにない。でもだからといって、このまま見送っていいのか?
もし・・・・もし明日どこかへ転勤だなんてことになったら、もう話しかけるチャンスは無いんだ!
ここで一歩踏み出さなければ、フラれることすらなく終わってしまう。もう・・・もうそんなのは嫌だ!
「飯田さん。」
気がつけば、勢いに任せて名前を呼んでいた。向こうは不思議そうな顔で振り向き、「はい?」と視線を返してきた。
「あの・・・・今日はご自分で掃除に行かれるんですね?」
声が震えている・・・。それに途中で噛みそうになったし、きっと顔だって引きつっている。
それでも飯田さんは、「ええ。」と笑いを返してくれた。
「ずっとお世話になった店だから、最後に掃除くらいしとこうと思いまして。」
「え?ああ・・・・。もしかして、どこかへ転勤されるんですか?」
心臓が飛び出しそうなほど緊張して尋ねると、飯田さんは「いえいえ」と笑った。
「ここを辞めるんです。」
「・・・・・・え?辞める?この店をですか?」
思いがけない返事に、一瞬頭の中が白くなる。
「この店というより、今の会社を辞めるんですよ。」
そう呟く飯田さんの顔は、どこか疲れているように見えた。それは仕事で疲れた顔ではなく、何かを背負っているような、あまり良くない感じの疲れ方に思えた。
「・・・・もしかして、この前の子供さん事故のせいで・・・・?」
「いえ、それは関係ないんです。まあ確かにあんなことは初めてだったから、かなり動揺はしましたけどね。でも辞める理由は別にあるんです。あの子は関係ありませんよ。」
「そうなんですか・・・・・。」
笑顔で返そうと思ったのに、思わず暗い顔になってしまった。それと同時に声も沈み、タイミング悪く先輩がこちらに歩いてきた。
「ごめん、これも洗っといて。店長と俺の制服。」
お呼びでない先輩の登場で、私たちの会話は途切れてしまう。先輩は私に制服を押し付け、スタスタと去って行った。
そしてそれを見た飯田さんも、軽く会釈を残して踵を返した。彼はいつものようにキビキビとした足取りで砂利道を抜け、駐車場へ続くドアを開けて消えていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
せっかく・・・・せっかく勇気を出して声を掛けたのに・・・・あのデブ禿げのせいで!
思わず制服を放り投げ、先輩が去った方を睨みつける。激しい怒りが胸を熱くして、ネガティブな感情を焼いていくほど燃え上がった。
気がつけば、私は飯田さんを追いかけていた。ドアを開けて駐車場へ飛び出し、ゴミを拾う彼に駆け寄った。
「あの・・・すいません!」
「はい?」
いきなり追いかけてきた私に驚いたのか、飯田さんは怪訝そうに眉を寄せた。
普段ならこれだけで引き下がってしまうけど、今はあのデブ禿げのせいで怒りに燃えていた。だから勢いに任せて、自分が思っていることを口にすることが出来た。
「あの・・・どうして辞められるんですか?あんなに一生懸命仕事をされてたのに・・・。」
私の声は明らかに上ずっていた。それは緊張からくるものではなく、妙な興奮からくるものだった。
もう・・・ここでどうなってもいいや!
どうせ私の恋なんて成就するはずないんだし、何に出来ないまま終わるくらいなら、潔くぶち当たって玉砕しようと決めた。
「飯田さんみたいに仕事の出来る人が辞めるなんて、何か深い理由があるんですよね?
いきなりこんな質問をするのは失礼だって分かってるけど、よかったら教えてくれませんか?」
・・・・違う!私が言いたかったのは、こんなセリフじゃない。もうあれやこれやと考えるのはやめて、素直に自分の気持ちを伝えたかっただけなのに・・・。
腹を決めたつもりが、土壇場の所でまた二の足を踏んでしまった。
言うだけ言って固まる私を、飯田さんはしばらくじっと見つめていた。そして手にしたゴミ袋に空き缶を投げ入れ、険しい表情で口を開いた。
「・・・・ちょっと事情があって、この店にいづらくなったんです。だから辞めるだけですよ。」
「・・・じゃ、じゃあ・・・会社まで辞めなくてもいいじゃないですか?転勤願いとか出せば・・・。」
「そういう問題じゃないんです。ここの会社にいる限り、きっと彼女のことを忘れられないから・・・だから辞めるんです。」
その言葉を聞いた途端、身体から力が抜けそうになった。
《彼女・・・・、彼女って言った・・・。じゃあ・・・女絡みで辞めるってこと?飯田さんって、そんな理由で仕事を放り出す人だったの?》
憧れていた飯田さんに対して、ほんの少しだけ軽蔑の念が芽生えた。なぜなら、私が彼を好きになったのは、いつだって熱心に仕事に打ち込んでいたからだ。
どんなに嫌な客でも笑顔で接し、性質の悪いクレーマーには毅然とした態度で言い返す。
それに銭湯の従業員にも好かれているようだし、この前の子供の時だって、冷静に対応して命を救った。
私は・・・私はそういう人に憧れていた。昔から自分に自信が無いものだから、飯田さんみたいにいつでも堂々と振舞う人に憧れていたんだ。
それなのに・・・女絡みで仕事を辞めるなんて・・・・。
心に芽生えた小さな軽蔑は、やがてムクムクと根を伸ばして大きくなっていく。けど、ここで感情的になったりしてはいけない。
私は早とちりするクセがあるから、女絡みで飯田さんが辞めるなんて、まだ決めてつけてはいけない。
「あの・・・彼女っていうのは、前の彼女さんとかですか?」
失礼な質問だと分かっていたけど、聞かずにはいられなかった。私の心に芽生えた軽蔑の念を取り払う為、飯田さんの気持ちを確認したかったのだ。
飯田さんは答えない。ゴミ袋を持ったまま、駐車場に落ちているタバコの吸い殻を拾っている。
そして背中を見せながら、いつもより低い声で答えた。
「そんないいもんじゃないですよ。僕が一方的に好きになって、気持ちを伝えられないまま終わったんです。
でもひょんなことから再会しちゃって、また昔の気持ちが蘇ってきたんですよ。
向こうはもう家庭を持っているってのに、まだ彼女のことを忘れられない。だから踏ん切りをつける為に、ここを辞めることにしたんです。」
そう答える飯田さんの背中は、寂しくもあり、また怒っているようでもあった。
多分・・・寂しさの方は、その彼女の対しての気持ちだろう。上手くいかなかった恋を、未だ引きずることが苦しいのだ。
そして、怒りは私に対してのものだ。対して親しくもないのに、いきなり不躾な質問をしたもんだから、きっと怒っているのだ。
これ以上何かを尋ねても、飯田さんは何も答えてくれないだろう。彼女でも友達でもない私に対して、質問に応える義理なんてないんだから・・・。
私はしばらく飯田さんの背中を見つめていた。黙々とゴミを拾うその背中を見て、勝手に彼に対して抱いていた幻想が消えていくのを感じた。
《なんだ・・・・この人も私と同じなんだ・・・。上手くいかなったことを、いつまでもくよくよと悔やんでいる。
だからそれを忘れる為に、必死に仕事で誤魔化していたんだ。それを・・・仕事熱心で堂々とした人だと勘違いしていただけ・・・。》
ここに入ってから一年、ずっと抱いていた憧れの感情は、駐車場の吸い殻のように無惨に消え去ってしまった。
《自分と似たような人なんか、絶対に嫌だ。だって・・・もしそんな人と付き合ったら、毎日自分と顔を合わせるようなもんじゃない。
そんなのは、例えお金をもらったって絶対に嫌だ。》
あれだけ熱かった胸の中が、波でも引いていくように冷めていった。それと同時に彼に対する憧れも消え、おのずと恋心も消滅していった。
私は彼の背中に会釈し、何も言わずにその場を後にした。
リネン室の前には投げ捨てた制服が散らばっていて、ツンと鼻をつく汗臭い匂いがした。
「自分で洗濯しろってんだ・・・あのデブ禿げ・・・。」
憎らしく制服を睨み、ゴトゴトと動く洗濯機に投げ入れる。そしてリネン室のドアを思い切り閉め、砂利道を歩いて店に戻った。
その日の夜、全ての閉めの作業が終わってから、店長に伝えた。
「今月でここを辞めさせてほしいんです。」
店長は少しだけ驚いた顔をしていたけど、すぐに「分かった」と了承してくれた。
次の日に出勤すると、飯田さんの姿はなかった。その代わりに歳のいった大柄な店長がやって来て、いかつい顔とは対照的な、丁寧な口調でお客さんに接していた。
飯田さんのいない職場、退屈を我慢できなくなった仕事、そしてまたしても上手くいかなかった自分の恋・・・。
私は何事に対しても無感動なまま仕事を続け、月が変わる前に職場を去った。
今は仕事を探して職安に通う毎日で、いい加減自分の歳を考えるとバイトも気が滅入ってきた。
「今年で27か・・・。もうそろそろ、人生をはっきりさせないとなあ・・・。」
世間は言う。27はまだまだ若いと。しかしあと三年もすれば30で、そうなると途端に意見が変わる。
もうそろそろフラフラするのはやめて、人生を固めろと。
だから人の意見は聞かない。私が信じるのは、自分の考えと自分の感性だけだ。
今までもそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きて行くつもりだ。
親や友達には、もっと周りの意見を大事にしろと言われるけど、そんなものは私には必要ない。
だって・・・人の意見を聞いて、道が啓けた試しなんてないんだから。
職安のパソコンの画面を睨んでいると、この前辞めた店の募集があった。それを見つけた途端、また飯田さんのことを思い出した。
もう好きじゃないはずなのに、なぜか胸に熱いものがこみ上げてくる。それが堪らなく嫌で、そして苦しくて、パソコンを閉じて席を立った。
カウンターで番号札を返し、建物を出るときに若い男とすれ違った。
「あれ・・・・?あの子って、あの銭湯でバイトしてた子じゃ・・・・。」
頼りなさそうな顔でフラフラと職安に入っていくのは、まちがいなくあの銭湯にいたスタッフだ。いつもぎこちない挨拶を返し、ふらつく足取りでサウナマットを運んでいた子だ。
若いバイト君は、なぜか昼間から職安に来ていた。そして受付で番号札をもらい、パソコンの前に座ってタッチパネルを操作していた。
「ここに来るってことは、あそこを辞めたってことよね?でも・・・まだ二カ月くらいしか経ってないはずなだけど・・・・。」
バイト君はしまりのない顔でパネルをいじっている。
いったい今度はどんな仕事を探すつもりか知らないけど、そんな甘ったるくて頼りない根性では、きっとどこへ行っても続かないだろう。
「ゆとり・・・・ってやつ?まあどうでもいいけど。」
バイト君からプイっと顔を逸らし、外に出て生温い空気を吸い込む。
「・・・・根性ないのは私も一緒か。今までに何かを出来た試しなんてないし、願いが叶ったこともない。
ずっと・・・・暗い穴倉で生きて来た気がするな。」
ネガティブな感情が首をもたげ、またしても私を攻撃してくる。人生が上手くいかないのはお前自身のせいだと、ケラケラ笑いながら責め立てて来る。
《うっさい。知ってるよ、そんなこと・・・・。》
足早に職安を後にして、車を止めてあるホームセンターまで向かう。
もうすぐ梅雨のせいか、吹き抜ける風が気持ち悪く絡みついた。

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