ヒミズの恋 第五話 のび太君の恋(1)

  • 2015.03.27 Friday
  • 13:13
JUGEMテーマ:自作小説
昔からのび太君と呼ばれていた。
しまりのない顔にしまりのない身体。そして勉強もスポーツもダメで、そのクセにプライドだけは一人前にある。
だから小中高とずっと一貫してのび太君とからかわれた。しかも僕の傍にはドラえもんがいないもんだから、困った時には誰も助けてくれないのだ。
あれは中学二年の時だったか、軽くイジメを受けたことがある。
暴力を振るわれたり、お金を盗られたりとかはなかったけど、地味に傷つく嫌がらせをされたのだ。
靴が片方なかったり、弁当箱が運動場のど真ん中に置かれていたり。男子だけじゃなくて、女子も一緒になって嫌がらせをしてきた。
親しげに話しかけてきて、それとなく好きな子を聞かれる。そして次の日に登校すると、クラスじゅうがそのことを知っているのだ。
おかげでわざわざ違うクラスからその子がやって来て、「キモイからマジでやめて」と泣きそうな顔で言われた。
あれ以来、僕はちょっとした女性恐怖症になってしまった。
数少ない友達にこのことを相談すると、「もっと酷いイジメに遭う奴だっているんだからマシな方だろ」と流されてしまった。
酷かろうかマシだろうが、イジメはイジメに変わりないわけで、それはやはり相手の心を傷つけるのだ。
高校を卒業するまでその傷を引きずり、大学生になってからも色々なことに対して億劫になった。
バイトやサークルにだって入らなかったし、ゼミの飲み会にだって参加しなかった。
だから大学時代は、ほとんど友達がおらず、昼休みにスズメに餌をやるのが日課になっていた。
そして特に臆病になったのは、女性に対してだった。大学に入って間もない頃、一度だけ合コンに参加したことがある。
どういう経緯で僕なんかが誘われたのかは知らないけど、なんだか断ることが出来ずに、あの時は参加してしまったのだ。
そして女性陣と顔を合わせて最初に言われたのが、「君、のび太君に似てるね」だった。
周りは爆笑の渦になり、案の定「ドラえも〜ん!」とからかわれた。
気の弱い僕は怒ることも出来ずに、ただただヘラヘラと笑っているかしかなかった。
どうやら・・・昔からのび太君と呼ばれ続けたせいで、根性までのび太君と一緒になってしまったらしい。
その情けないのび太君根性は今でも健在で、ことるごとに無意味なヘラヘラ笑いをみせてしまう。
以前にやっていた銭湯のバイトでは、「笑ってるとなんでも許されると思ってるのか?」と店長に怒られてしまったし、気を寄せていたボディケアのバイトの女性には、ロクに声も掛けられなかった。
店長や先輩には毎日のように怒られ、そして好きな女の人はいつの間にか辞めていたので、僕もあの銭湯のバイトを辞めてしまった。
しばらくは釣りでもしながらブラブラ過ごそうと思ったんだけど、最近子供の生まれた兄から「ちゃんと働け」と怒られてしまった。
「お父さんもお母さんも、お前の釣り代の為に仕事をしてるわけじゃないんだぞ。もう二十歳を超えてるんだから、自分の趣味代くらいは自分で稼げ。」
ぐうの音も出ない正論に、僕はまたヘラヘラしながら頷くしかなかった。
だから何か仕事を始めようと思ってバイト情報誌を持って帰って来たんだけど、どれも気乗りしないものばかりだった。
野菜工場のライン作業、エッチなホテルのベッドメイクング、あとはコンビニや飲食店の店員とかばかりだった。
どれもこれもやりたくない仕事だけど、ずっと働かないでいると、いつ兄にシバキ倒されるか分からない。
どうしようかと困っていた所へ、高校の時の友達から面白いバイトがあるぞと紹介された。
「お前さ、樽山高原って知ってるだろ?あそこの管理施設がバイトを募集してたぞ。」
「ほんとに?」
樽山高原とは、僕の住んでいる街からかなり北に上った所にある有名な高原だ。
『スウェーデンの森』という有名な恋愛映画のロケ地にもなった場所で、まるで尾瀬のミニチュア版のように綺麗な所だった。
僕はすぐにそこの電話番号を調べ、バイトの募集をしていないか聞いてみた。すると・・・・友達の情報はガセだった・・・。
今は特にバイトを募集していないと言われ、しょんぼりしながら「そうですか・・・」と電話を切ろうとした。
しかし「ちょっと待って」と言われ、「キツイ仕事でいいならあるけど、やってみる?」と言われた。
まあせっかくなので面接だけでも受けようと思い、樽山高原までやって来た。そこで仕事の内容を聞かされ、それなりに時給が良かったこともあって引き受けた。
だから僕は今、鎌を片手に草を刈っている。そして草の中に潜んでいるかもしれないマムシを狩っている。
ここは高原といえども、元々は木々の生えた山だった。それを切り開いて観光地にしているので、マメに手入れをしないとすぐに木々だらけになってしまうのだ。
それにどこからか色んな植物の胞子も飛んでくるらしく、鬱陶しい雑草も後を絶たない。
だからそれらを刈らないといけないんだけど、以前にこのバイトをしていた人は、腰を痛めて辞めてしまったらしい。
ずっと中腰になって草を刈ってるもんだから、いつ腰痛持ちになってもおかしくない仕事というわけだ。
おまけにマムシの駆除までしないといけないので、安全面を考慮してかなり厚手のジーパンを穿かないといけない。
上着も長袖のトレーナーだし、手には軍手、足元は長靴だ。
もうじき夏だってのに、この格好で高原の草を刈っていくのは辛すぎる・・・。まだ始めて十日くらいだけど、もうそろそろ辞めたくなってきていた。
「くそ・・・やるんじゃなかったな、こんなバイト・・・・。」
立ち上がって腰を叩き、足元に置いていた水を飲む。遠くにはパラパラと観光客が歩いていて、楽しそうに記念写真を撮っていた。
「いいなあ・・・カップルで楽しそうだな。僕も・・・いつかあんな風に女の人と付き合ってみたいな。」
僕がこのバイトを引き受けたのは、たんに時給がよかったからだけじゃない。
ここはあの恋愛映画『スウェーデンの森』のロケ地になった場所だから、もしかしたら僕にもそういう出会いがあるんじゃないかと期待していたのだ。
「あの映画だと、二人でこの高原を歩くんだよな。いいなあ・・・僕もあんな可愛い子と一緒に歩きたいな。」
遠くを歩くカップルを見つめて、羨ましく呟いた。そしてその姿を自分に置き換え、可愛い子とデートをする妄想に浸った。
「・・・・・・仕事するか。」
彼女は欲しい。そして正直・・・・エッチなことだってしたい。だけど今は仕事だ。
別にサボっていても見つからないんだけど、身体を動かして仕事をしている方が何かと気が紛れるのだ。
一心不乱に雑草を刈り続け、途中でマムシに出くわして逃げ出した。ここへ来て十日間、マムシを狩ることは一度も出来ていなかった。
だって・・・怖いんだもん、マムシ・・・・・。


            *


一通りの仕事を終え、食堂と売店のある大きなコテージに向かった。
今日は日曜日ということもあって、中はそれなりに賑わっていた。僕はお客さんの邪魔にならないようにコテージを通りぬけ、裏手のドアを開けて外に出た。
そこには従業員用の小さなベンチがあって、ジュースとアイスの自販機が並んでいた。
まずはジュースを買い、乾いた喉を潤す。次にアイスを買って、ベンチに座って包み紙を剥いた。
「・・・疲れた・・・。」
息と一緒に声が漏れて、それを近くを取りかかった先輩に聞かれてしまう。
「お疲れ。大変だね、草刈り。」
「・・・ああ、お疲れ様です。」
先輩はふっくらとした丸い顔でニコリと笑い、ジュースを買って僕の隣に座った。
「この仕事キツイでしょ?マムシもいるし。」
「ええ、正直かなりキツイです。」
ヘラヘラ笑いながら相槌を打つと、先輩は後ろで括った長いを髪を締め直した。
「私も一回だけやったことあるんだけど、マジできつかった。昔は業者に依頼してやってもらってたんだけど、最近は儲けが悪いから従業員にやらせてるのよ。」
「じゃあ・・・先輩もやったことあるんですか?」
「さっきやったことあるって言ったじゃん。ちゃんと人の話聞いてる?」
「ああ、すいません・・・・。」
ごめんなさい、あんまり聞いていませんでした・・・。先輩はやや不機嫌そうに僕を睨み、甘ったるいジュースに口をつけていた。
「木塚君さ、あんまりヘラヘラするのはやめたほうがいいよ。」
「え?」
「え?じゃなくて、君っていっつもヘラヘラヘラヘラしてるでしょ?それってあんまり相手に良い印象与えないよ。」
「ああ、すいません・・・。」
「ほら、またそれ。それってさ、面倒なことを避けて誤魔化そうとしてるだけでしょ?そういう笑顔って、逆に相手を不愉快にさせるだけだよ?」
「・・・はあ・・・・。」
そんなことを言われても、こっちはどうしたらいいのか困ってしまう。昔っからヘラヘラするクセがついているもんだから、今さらやめろと言われても、はいそうですかというわけにはいかない。
かといってこれ以上先輩を不機嫌にさせるのも嫌なので、いつもより大人しめにヘラヘラしてみせた。
すると先輩は急に真面目な顔になり、ジュースを置いて僕を睨んだ。
《やばい・・・怒らせたかな・・・。》
先輩は射抜くような鋭い視線を向けて来る。決して美人とはいえないその顔が、少しだけ歪んでさらに美人から遠ざかった。
僕は目を逸らして俯き、手にしたアイスを頬張った。いった何を言われるのだろうと不安になり、アイスの味さえ分からなくなった。
「何かあった?」
「・・・・え?」
「木塚君って、あんまり自分を出したがらないからさ。だからそうやってヘラヘラして誤魔化してるんでしょ?
そういう人って、だいたい人に知られたくない何かを抱えてるもんよ?」
「そう・・・ですか・・・?」
「私が聞いてるのよ。」
先輩はイライラしたようにタバコを取り出し、灰皿を引き寄せて煙を吹かした。
「あ・・・タバコ吸うんですか?」
「たまにね。イライラした時だけ。」
《僕・・・なにかまずいことを言ったのかな?それとも、ずっとヘラヘラしてたのが気に食わないのか・・・?》
先輩のイライラはタバコの煙を吐き出す度に増していき、ピリピリと空気を震わせているようだった。
これ以上ここにいてもいいことはないと思い、またヘラヘラ笑って「失礼します」と去ろうとした。
「ねえ、今度の休みって何してる?」
「はい?」
唐突な質問に、足を止めて振り返る。今度の休みに何をしてるかだって?そんなのを聞いてどうするんだろう?
「ヘラヘラしてないで答えてよ。」
「え・・ああ・・・・何もしてないと思います。多分釣りに行くんじゃないかと・・・。」
「じゃあ何もしてなくないじゃない。釣りが好きなの?」
「はい・・・・。」
「ふう〜ん・・・・私はね、競馬とパチンコが好き。」
「あ・・・・ああ!それは・・・・。」
返答に困ってたじろいでいると、先輩は僕の方に煙を飛ばした。
「今さ、あんたこう思ったでしょ?ああ、なんか分かるわ。この人絶対にそういうのが好きな人だと思った・・・って。」
「い、いや・・・・そんなことは・・・・、」
「思ってない?」
先輩は怖い目でジロリと睨んでくる。僕はその眼光に圧倒され、ヘラヘラ笑いを消して素直に答えた。
「・・・・ちょっと思いました。」
怒られる・・・・と思ったけど、意外なことに先輩は怒らなかった。それどころか、満足そうに笑って頷いていた。
「いいよ、その方が。ヘラヘラ笑ってないで、ちゃんと思ってることを言った方がさ。」
「え・・・ああ・・・はい。」
「だから・・・ヘラヘラしなくていいって。」
そう言ってタバコを消し、ジュースの缶をゴミ箱に投げ入れる。そしてポケットからスマホを取り出し、「メルアド教えて」と詰め寄られた。
「え?メ、メルアド・・・・?」
「またヘラヘラしなくていいから。早く教えてよ。」
「あ・・・ああ!ケータイ取ってきます。」
素早く踵を返して事務所に戻り、ロッカーのカギを開けてケータイを取り出した。
「なんだあの人・・・・。なんでいきなりメルアド?」
まったく意味が分からなかったが、とりあえず言われるままにケータイを持って行き、メルアドを教えた。
すると先輩はすぐにメールを送ってきて、自分のメルアドも教えてくれた。
「あんたツイッターとかやってる?」
「え?いや・・・やってないです。」
「じゃあラインくらいはやってるでしょ?」
「いや・・・それも・・・・。」
「ふう〜ん・・・・友達少ないってことね。」
先輩は勝手に納得してスマホをしまい、またベンチに座ってタバコを吹かし始めた。
「木塚君って、確か水曜から金曜までが休みよね?」
「ええ・・・はい。」
「じゃあ私と一日かぶるわね。今度の金曜、釣り行くのはキャンセルして私と遊ぼうよ。」
「え・・あ・・・先輩と?」
思わず顔が引きつってしまう。いったいなぜ僕をデートに誘うんだろう?社交的な先輩のことだから、他にいくらでも男の人がいるだろうに・・・・。
しかしそれでも先輩は、「ねえ、遊ぼう」と誘ってくる。僕は・・・なんだか嫌な予感がした。
小学生の頃からのび太君と呼ばれ続けた僕が、女の人にモテるわけがない。じゃあそのモテない僕を誘うということは、きっと何か魂胆があるのだ。
《さっき先輩は言っていたな、競馬とパチンコが趣味だって・・・。だったらもしかすると、借金とか抱えてるかもしれない。
きっとデートしている時に上手いこと言って、僕からお金を取るつもりなんだ。いや・・・断定は出来ないけど、その可能性はあるよな。》
こういう後ろ向きな考え方が、のび太君と呼ばれるゆえんだと分かっている。それでも面倒なことに巻き込まれるのは嫌なので、なんとか断ろうとした。
「あの・・・申し訳ないですけど・・・・、」
「じゃあ決まりね。またメールするから。」
先輩はニコニコとして肩を叩き、灰皿にタバコを投げ捨てて去って行った。
「なんだあれ・・・。誰も行くなんて言ってないのに。」
先輩の後ろ姿を見送りながら、溶けたアイスをゴミ箱に投げ入れる。
灰皿からは煙が上がっていて、ジュースの残りをかけてタバコの火を消した。

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