ヒミズの恋 第六話 のび太君の恋(2)

  • 2015.03.28 Saturday
  • 13:27
JUGEMテーマ:自作小説
翌週の金曜日、僕は生まれて初めて女の人とデートをした。
先輩はずいぶんとオシャレをしていて、いつもより女の子らしく見えた。
それに髪も後ろに下ろしていて、それが丸い顔とよく似合っていた。
職場では美人と思わなかったけど、こうしてプライベートで会うと、けっこう可愛いかなと思えたりするから不思議だ。
僕は緊張しながらも、いつものようにヘラヘラと笑っていた。
先輩はそれを「やめなさい」と注意し、僕の手を取ってズンズンと繁華街を歩いて行った。
「パチンコ・・・やったことる?」
「いや・・・ないです?」
「じゃあ競馬は?」
「いや・・・あんまりギャンブルは・・・ちょっと・・・・。」
「釣りの方が好き?」
「ええ。」
「他に趣味とかあるの?」
「・・・車・・・とかですね。たまに峠を走りに行きます。」
そう答えると、先輩は意外そうな顔で口を開けていた。
「木塚君って、もしかして走り屋?」
「いやいや、違いますよ。ただ趣味なだけです。」
「ふう〜ん・・・・じゃあ今度連れて行ってよ。」
「え?ああ・・・・はい。」
引きつったヘラヘラ笑いで頷くと、先輩は満足そうに笑っていた。
その日は丸一日、先輩とデートをする羽目になった。でも・・・・結論から言うと楽しかった。
別に特別なことをしたわけじゃない。ただご飯を食べに行って、映画を見に行って、その後にショッピングモールや動物園をウロウロしたりと・・・まあ定番のデートコースだと思う。
デートをしたことがないから分からないけど・・・・。
でもとても楽しい一日だった。お金はけっこう使ってしまったけど、またあのきついバイトを乗り切ればすぐに溜まるだろう。
今日はきっと、僕にとって記念すべき日となるに違いない。
生まれて初めてのデートなんだから、この先一生忘れることはないだろう。
だんだんと日が暮れてきて、車を停めてあるコインパーキングに向かう。
僕はちょっと気を利かせて助手席のドアを開け、「どうぞ」と手を向けた。
そうすると先輩はかなり喜んで、「ありがとう」と満面の笑みを見せてくれた。
その時・・・僕は初めて、この先輩にドキっとした。あの屈託のない笑顔が、すごく胸に突き刺さったのだ。
だから先輩を家まで送って行く途中、やたらと緊張して上手く喋れなかった。デートの時はちゃんと言葉が出て来たのに、今はどんなに考えても話すことが浮かばないのだ。
《これが誰かを好きになるってことなのかな?でも・・・嫌な気分じゃないな。》
狭い軽四の中で、二人は何も喋らない。でもこうして二人で車に乗っているだけで、すごく幸せな気持ちになれた。
《これが・・・これが恋ってやつのかな。今までずっと女の人を怖がってたから、どこかで壁を作ってたけど・・・・。でも今は・・・すごく楽しい気分だ。》
もうすぐ先輩の住むマンションに到着する。高速を降り、広々とした幹線道路を直進し、三つ目の信号を曲がれば、このデートは終わってしまう。
それが嫌だったので、ほんの少しだけスピードを落とした。そうすれば、もう少しだけ先輩と一緒にいられるから・・・。
「ねえ木塚君。」
マンションに着く手前になって、先輩が小声で呼びかけてきた。
「はい・・・・。」
「このままバイバイするの・・・ちょっと寂しくない?」
「え?ああ・・・・・。」
「ヘラヘラしなくていいから、素直に答えて。」
いきなり思いがけない質問を飛ばされ、目が泳いでしまった。なんと答えようかと考えているうちに、車はマンションの前に到着した。
エンジンをかけたまま、ドアロックを解除する。プレーヤーからは小さな音量で音楽が流れていて、車内に妙な空気が漂い始めた。
僕は何も答えられないまま、じっと固まっていた。そしていつものようにヘラヘラ笑いが出て、なんとかこの空気を誤魔化そうと必死になった。
「木塚君?」
「・・・・ええ・・・あ・・・・。」
何も答えられずにヘラヘラ笑いを見せると、先輩は怒った顔で降りてしまった。
「何度も言うけど、それやめた方がいいよ。こっちが真剣に聞いてるのに、ヘラヘラ笑って誤魔化すだけなんて・・・。
今日一日デートして仲良くなれたと思ったのに、最後の最後でそうやって誤魔化すなら・・・・もう一緒に遊んだりしない方がいいね、じゃあ。」
「あ!いや・・・・。」
先輩はスタスタと歩いてマンションの中に入ってしまう。一度だけ足を止めてこちらを振り向いたが、興味のなさそうな顔で去ってしまった。
「い・・・今のは追いかけるべきだったのかな・・・・?」
僕は半分車から降りかけていて、追いかけようかどうしようか迷っていた。そしてしばらく悩んだ挙句、車に乗り込んでそのまま帰ることにした。
「分からない・・・。なんでいきなり怒ったんだろう?そんなにヘラヘラ笑いが気に障ったのかな?」
女性に疎い僕にとって、女心は謎だらけだった。そして後日このことを友達に話すと、「お前馬鹿じゃねえの?」と笑われた。
「せっかく童貞を捨てるチャンスだったのに、なにをミスミス帰って来てるんだよ。もう一生、お前に女は出来ないね。」
同じ童貞の友達に偉そうに言われ、腹が立ったのでやけ食いしてやった。
翌日、職場に行くと先輩から無視をされた。この前はあれだけ話しかけて来たのに、今はなんの興味もないという感じで目も合わせてくれない。
やっぱり女は謎だ・・・・・。僕は鎌を片手に仕事を始め、暑さに耐えながら草を刈った。
マムシに出くわさないことを祈り、小川の流れる深い茂みまで入っていく。
近くの遊歩道には賑やかな親子連れがいて、高原の景色をバックに写真を撮っていた。
「僕も・・・いつかあんな風に家族を持つのかな?・・・・全然想像出来ないけど。」
楽しむ親子連れを横目に、単純でキツイ仕事をこなしていく。そして休憩所でジュースを飲み、アイスを買って頬張った。
「また腹が出てきたな。身体を動かす仕事だから、痩せるはずなんだけど。」
腹には大量の肉がついていて、まるで中年のおじさんのようにたるんでいた。その肉をぶよぶよと掴んでいると、目の前を先輩が通り過ぎていった。
思わず目が合ってしまい、気まずい空気になる。僕はヘラヘラ顔で軽く会釈をし、すぐに俯いてアイスを頬張った。
「・・・・ガキね。いっつも甘ったるいもんばっか食べてんじゃないわよ。」
「え?ああ・・・・え・・・・。」
「ヘラヘラすんなよ。あんたさ、何のなのよ?いつでもヘラヘラヘラヘラしてさ。過去に何かあったんでしょ、きっと?イジメられるとか、親に虐待されたとか。違う?」
そんなに怖い顔で睨まれても、こっちとしてはどうしていいのか困ってしまう。それを誤魔化す為にまたヘラヘラ笑うと、先輩は僕の隣に腰を下ろして口を開いた。
「・・・・私はね、ずっと親に虐待されてた。おばあちゃんやおじいちゃんまで一緒になってね。」
「・・・ぎゃ・・・虐待ですか・・・?」
唐突な自分語りに、思わずたじろいでしまう。アイスがどんどん溶けていくが、この場面で食べるのも失礼なので、我慢するしかなった。
「幼稚園に上がったころから、ずっと虐待を受けてた。意味もなく殴られたり、柱に縛り付けられたり・・・。
ご飯だって食べさせてもらえないこともあったし、いっつも罵しられてたわ。
だから高校を卒業してすぐに、家を出て働き出したの。あの頃の私は、誰に対しても敵意を剥きだしだった。
まるであんたがヘラヘラ笑うみたいに、私はいっつも目を細めて睨みつけてた。
でもそれは・・・相手が嫌いだからじゃなくて、自分が傷つくのが怖かったから・・・。だからこっちからガンを飛ばして、人を遠ざけてたわ。」
「・・・・それは・・・辛かったですね。」
「下手に同情しなくていいわよ。」
先輩はタバコを取り出し、中々火の点かないライターに苛立たしそうに舌打ちをした。
「辛い過去を持つ人って、どうにかしてそれを誤魔化そうとするでしょ?だから・・・木塚君も、何かを抱えてるんじゃないかと思ったの。だってそうじゃなきゃ、そんなにヘラヘラ笑ったりしないでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
僕は・・・・正直驚いていた。まさかここまで自分のことを見透かされるなんて、なんとも言えない恥ずかしさを感じていた。
溶けかけていたアイスが指に垂れ、そのまま足元へ落ちていく。今の僕は、いつものようにヘラヘラと笑うことが出来なかった。
先輩はそんな僕を見て「ごめん」と謝り、タバコを灰皿に投げ入れた。
「聞かれたくないよね、こんなこと。でも・・・すごく気になって仕方なかったんだ。」
そう言って立ち上がり、背伸びをして首を回した。
「私ね、木塚君みたいなタイプは嫌いじゃないよ。ベラベラ喋るチャラい男より、君みたいな大人しいタイプの方が好きなんだ。
だから・・・デート出来て楽しかったよ。」
先輩は僕の肩を叩き、「早くアイス食べな、溶けちゃうよ」と言い残して去っていった。
アイスはもう根元まで溶けていて、食べようと思う状態じゃなかった。僕はさっさとゴミ箱に投げ入れ、先輩を追いかけて呼び止めた。
「あの・・・。」
「ん?」
「・・・僕をデートに誘ったのは・・・・僕のことが好きだったからですか・・・?それとも、単なる同情ですか?」
そう尋ねると、先輩は小さく笑って「どっちも」と答えた。
「でも恋愛に同情を持ちこむなんて・・・ほんとはやっちゃダメだよね。木塚君に失礼だもん。」
「いや・・・そんなことは・・・・、」
もう・・・ヘラヘラ笑いは見せられなかった。ここでまた誤魔化しの笑顔を見せれば、先輩は二度と口を利いてくれないような気がしたから。
しばらく沈黙が流れ、先輩は俺に近づいて真剣な顔を見せた。
「恋愛に同情はよくないよ。それに・・・君って思ってたより子供だった。年下の男は嫌いじゃないけど、さすがに付き合うにはちょっと子供過ぎるかなって・・・。だってせっかくこっちから部屋に誘ってるのに、さすがにそこは誤魔化しちゃダメでしょ?」
ああ・・・やっぱりアレがダメだったのか・・・。
女の人からのああいう誘いを誤魔化すなんて、きっと恋愛においてタブーだったんだ。
僕はそんなことも分からずに、ヘラヘラヘラヘラと誤魔化して・・・・。
そう思うと、なんだか胸の中がカッと熱くなってきた。そして気がつけば、自分でも信じられないようなことを言っていた。
「あの・・・また、チャンスをもらえますか?」
僕は真剣だった。今まで生きてきた中で、多分今が一番真剣だと思う。だって・・・もうそろそろ、のび太君を卒業したかったから。
いや、違うな。のび太君だって、最後はジャイアンと戦ったんだ。なら・・・僕にだって・・・・。
「・・・もう一回だけ・・・デートしてもらえませんか?」
先輩は僕の言葉を聞いて、少しだけ表情を動かした。でもすぐに真顔に戻り、「ごめん」と呟いた。
「こっちから誘っといて悪いけど・・・でももうちょっと大人な人がいいから・・・。」
「じゃ、じゃあ・・・大人になりますよ、僕。」
「それが子供だて言ってるの。気持ちは嬉しいけど・・・ちょっと無理かな。あ!でも友達として遊ぶなら全然いいけどね。それでいい?」
すごく気を遣って喋っているのが、ヒシヒシと伝わる。これはもう・・・僕を男として見ていない証拠だ。
だけどせっかく仲良くなれたんだから、こんな所で終わらせるわけにはいかない。
僕は「はい」と頷き、ヘラヘラではなくニコリと笑って、その場を後にした。
その日はモヤモヤとした気持ちのまま仕事を続けた。これはフラれたのかな?でも友達ならいいって言ってくれたし、完全に嫌われたわけじゃないみたいだ。
だったら、またチャンスはある。辞めようと思っていたバイトだけど、もう少し続けて先輩と仲良くなってみせる。
そうしたらもう一度デートをして、その時は・・・・もう誤魔化し笑いは絶対にやめよう。
仕事を終えて家に帰ると、ご飯も食べずに布団に横になった。
疲れた身体はすぐに眠くなり、風呂にも入らずに寝てしまった。本気で恋をすることで、自分の中の何かが変わりそうだった・・・。


            *


あの日から二週間、僕は頑張って先輩に話しかけた。下手な喋りだったと思うけど、先輩は笑顔で応じてくれた。
だから思い切って、もう一度デートに誘ってみた。するとあっさりとOKをもらい、ウキウキした気分で日々を過ごしていた。
今度は失敗できないので、入念に下調べをした。どこの店がいいか?どんな服を来ていけばいいか?
生憎友達はほとんどが童貞なので、相談相手にはならない。だから恥を忍んで兄に相談すると、色々とアドバイスを授けてくれた。
すると兄の奥さんもノリノリで会話に加わってきて、一緒に色々と考えてくれた。
これで準備はOK。あとは三日後のデートに向けて、とにかく冷静になるように自分に言い聞かせるだけだった。
そして次の日、バイトに行く前に新聞を見て腰を抜かしそうになった。
いつもはテレビ欄しか見ないのだが、何となく他の紙面を覗いてみると、なんと先輩が載っていたのだ。
それも良い意味ではなく、悪い意味で・・・・。
先輩は男を騙してお金を盗っていたそうで、その額は二千万円にもなるという。しかも一人だけではなく、複数の男から騙し取っていたらしい・・・。
僕はショックを受けた。まさか好きな人が犯罪を起こして捕まるなんて・・・自分の中でどう受け入れていいのか分からなかった。
兄には「デートする前に気づいてよかったな」と言われ、兄の嫁には「また新しい人が見つかるよ」と当たり障りのないフォローを入れられた。
その日は鎌を片手に草を刈りながら、ずっと先輩のことを考えていた。
先輩は真剣な顔で自分の過去を語っていた。あれは嘘をついている言い方ではなく、本気で自分のことを語る喋り方だった。
けど・・・それは演技だったのか?僕が一回目のデートで振られたのは、この男は金にならないと思われたからなのか?
今となっては真実は分からず、僕はただただ悩むしかなかった。
そして・・・以前にも増して女性恐怖症になってしまった。お客さんに声を掛けられた時でも、相手が女の人だと、色々と勘繰るようになってしまった。
綺麗な顔して、心の中ではいったい何を企んでいるんだろうと。仲の良い家族連れを見ても、もしかして浮気をしているんじゃないかと疑ってみたり・・・。
そのうち兄の嫁にも不信感を抱き始め、顔を合わす度に目を逸らすようになっていた。
本格的に暑い季節に突入する頃、僕は完全な女性恐怖症となり、女なんて信じられないと見るのさえ嫌になってしまった。
どうやら・・・また意気地無しののび太君に逆戻りしてしまったらしい。こういう時、もしドラえもんがいてくれたら、きっと一発で解決してくれるのに・・・。
そんなあり得ない妄想を抱きながら草を刈っていると、賑やかな家族連れの声が聞こえた。
腰を上げて目を向けてみると、そこには見覚えのある顔があった。
「あれは・・・確か銭湯で倒れた子供じゃ・・・・。」
仲の良い家族連れの中に、青い帽子を被った少年がいる。それは間違いなく、あの銭湯で倒れた子供だった。
それに傍に立つ両親にも見覚えがあった。パニックを起こして何も出来なかった父親と、なりふり構わず男風呂に入って来た母親だ。
少年は弟と一緒にキャッキャと騒いでいて、お父さんに写真を撮ってもらっている。
すると母親の方がケータイを取り出し、「パート先からだ。ちょっとゴメン」と言ってこちらに歩いて来た。
僕は咄嗟に顔を逸らし、草刈りに戻る。母親は僕のすぐ近くに立って、家族の様子をチラチラを窺いながら電話に出ていた。
「・・・もしもし・・・ごめん。今家族で遊びに来てるの・・・。え?明日?いや・・・明日は無理だよ、だって旦那が連休だもん・・・。ええっと・・・じゃあ来週の火曜は・・・?うん、そうそう・・・いつものホテルで・・・。うん・・はい・・・それじゃ・・・・。」
母親は素早く会話を終え、ケータイを閉じて家族の元へ走っていった。そして先ほどと何一つ変わらない様子で、家族にニコニコと笑いかけていた。
「・・・・浮気・・・・だよな?それしか考えられないよな?」
チラリと母親の様子を窺うと、子供と手を繋いで歩いていた。そして夫の方を向き、とても幸せそうな笑顔を見せていた。
夫も妻の笑顔を受けてニコニコと笑い、とても幸せそうにしていた。来週の火曜に、妻が浮気相手と会うなんて知らずに・・・・。
「・・・なんか切ないな・・・。結婚してあんなんになるんじゃ、僕は嫌だな・・・・。いや、彼女さえも・・・ほしいとは思わないかも・・・。」
もう女のことを考えるのはやめようと思った。色々と疲れるし、何より面倒くさい。
そんな気持ちを誤魔化す為に、ひたすら仕事をしていった。腰の痛みは日に日に増すが、そんなものは気にせずに草を刈っていった。
僕はこの日、初めてマムシを狩ることが出来た。足で首ねっこを踏みつけ、鎌を振って絶命させた。
細い首を切り落とした感触は、いつまでもこの手にこびりついていた。

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