ヒミズの恋 第十話 キューピッドは報われない(2)

  • 2015.04.01 Wednesday
  • 11:32
JUGEMテーマ:自作小説
大きな百貨店の一角に、小さな占い所のスペースがあった。
横に並んで数人の占い師が場所を陣取り、手相だのタロットだのと書いた紙を立てている。
俺はその一番奥まった所に、小さな机を置いていた。目の前には結婚相手が見つからないと悩んでいる女がいて、切実に自分の胸のうちを語っていた。
「別にそんないい暮らしをしたいわけじゃないんです。でも年収800万っていうのは譲れなくて・・・。これでもかなり妥協した方なんです。最初は年収2000万で考えていたんですが、そこまで稼ぐ男は少ないって知ったから。それに顔や性格に関してだって、以前より条件を緩めたんです。なのに中々いい相手が見つからなくて・・・。
ずっと頑張ってるのに、周りだけがどんどん幸せになっていくし、すごく不安なんです・・・・。もしかしたら、何かよくないものが憑いてるかもしれないと思って、神社でお祓いも受けました。でもやっぱり上手くいかないんです・・・。だからずっと苦しくて、友達に相談したらここを紹介されたんです。観月さんは本物の占い師だから、きっと悩みを解決してくれるって。その友達も、観月さんに見てもらってから彼氏が出来たって言ってたし・・・。
だからどうか、私に合う男がどこにいるか教えてほしいんです。よろしくお願いします。」
そう言って涙ながらに頭を下げ、畑でむしったかぼちゃのような顔を俯かせた。
「そうかあ・・・そりゃ辛いね。誰だって自分の理想とする恋人と出会いたいもんね。それでその人と結婚出来たら、こんなに幸せなことはないもんね?」
「そうなんです・・・私はただ幸せになりたいだけで・・・決してお金とかが目的じゃないんです。」
「分かるよ、あなたは間違ってない。お金は大事じゃないけど、生きて行くうえで重要だもんね。どうせ結婚するなら、稼ぎのある男の方が安心して暮らせるってもんだし。経済的に余裕があると、心にも余裕が出来るから、幸せになる確率も上がるよね。」
優しい口調でそう言うと、かぼちゃ女は目を見開いて俺を見つめた。
「・・・分かってくれるんですか・・・私の気持ち・・・。」
「当たり前でしょ。そういう悩みにアドバイスするのが俺の役目だもん。何でも恥ずかしがらずに言ってよ。」
努めて柔らかい笑顔で語りかけると、女は堰を切ったように泣き始めた。
「・・・ありがとうございます・・・。そんな風に言われたのは初めてだから・・・すごく嬉しくて・・・・。」
「いいよ、泣きたいだけ泣いちゃえ。内に溜めこむとよくないからね。」
それから女はしばらく泣き続け、聞くのもうんざりするしょうもない妄想を語り始めた。
その内容はまるで、少年漫画に出て来る有り得ないヒロインを恋人にしたいという男と同列だった。
家庭的で優しくて、しかも美人でスタイルが良くておっぱいも大きい。しかも料理が上手くて細かい気遣いが出来て、少しくらいの浮気なら許してくれる。
そんな誰もが羨む女なのに、なぜか冴えない主人公の男を好きになってくれる。僕はそんな女の子と付き合いたいんです。
果たしてこれを女に聞かせたら、いったいどんな反応が返ってくるだろう?
馬鹿じゃないの?と一蹴されるか、もしくはゲラゲラと笑われるだけだろう。
しかしながら、ここに相談に来るほとんどの女は、少年漫画のヒロインに恋をする男と大差ないのだ。
有り得ない妄想をぶちまけ、自分の行いも顧みず、ただただ無茶な要求を突きつけようとする。
もしプライベートで出会ったなら、鼻の穴にポッキーを詰め込んでから、額に『肉』と書いて捨てておくだろう。
しかしこれは仕事だ。それも人生を捧げた、俺の天職だ。ならば相手が誰であれ、そいつの望む事を言ってやらねばならない。
かぼちゃみたいな顔してようが、きゅうりみたいな顔してようが、俺の眼力でもって相手の心を見抜き、そいつが最も欲している言葉を掛けてやる。そしてその後に、少しずつ現実的な考え方にシフトさせていくのだ。
その為には、まず相手の妄想をうんうんと聞いてやることが重要だ。
いくらうんざりしても、決して笑顔を崩さずに頷いてやるのだ。
かぼちゃ女はひたすら自分の妄想を語りまくり、もうそろそろ十五分が過ぎようとしていた。
「ああ、ごめん・・・。もう時間なんだよね。まだ全部胸の内を語ってないと思うんだけど、どうする?延長する?」
「はい・・・お願いします。」
「じゃあ延長料でプラス二千円になるからね。」
俺は手元の時計を確認し、また笑顔で話を聞いてやった。
女はたっぷり時間を使って語り、再度延長をもうけてようやく喋り終えた。すると憑き物が落ちたようなスッキリした顔で、バッグの中からお茶を取り出して飲み始めた。
「はあ・・・・少しだけ楽になりました・・・。」
「それはよかった。さっきも言ったけど、どんなことでも内に溜めこむのはよくないんだ。」
「そうですね、こうして人に話すだけで・・・すごく気が楽になりました。」
かぼちゃ女はニコリと笑い、ここへ来てから一番可愛い笑顔を見せた。
「今の笑顔すごく可愛いじゃん。」
「え?そうですか・・・・?」
「うん。思ってることを全部話して、スッキリしたからじゃないかな?人間って、素直な笑顔が一番魅力的だもん。いつだってそういう笑顔を見せられるようになれば、恋人なんかすぐに出来るよ。」
「そう・・・ですかね?」
「そうだよ。だって考えてごらん。恋人っていうのは、まず男女である前に人間なんだよ。だからいくら君の条件を満たした男がいたとしても、人間的に腐ってるような奴は嫌だろ?」
「はい、それは当然です。」
「じゃあさ、まずは男とか女とかを考えるより、もっと君っていう人間らしい部分を見せればいいんじゃないかな?
男が女に対して一番求めるものは、容姿じゃなくて中身なんだよ。一緒にいて心が落ち着くような、そういう優しい人間的な部分を持った女性に惹かれるんだよ。
君が結婚相手を見つける為に努力してることは認めるよ。けどね・・・それが明後日の方向にいったら意味がない。化粧も大事だし、ファッションも大事だけど、人としてもっと大事な部分があるんじゃないかな?」
「・・・それは・・・例えば・・・?」
女は真剣な目で見つめてくる。身を乗り出し、射抜くような視線で俺を貫こうとする。
ここまで来れば、もう完全に俺の言葉に心を開いている証拠だ。後は気取らず奢らず、現実的で当たり前のことを言ってやればいいだけだ。
「まずは相手がどんな男であれ、しっかりと笑顔で挨拶することだよ。今みたいな気取らない笑顔で、嫌な上司にでも笑って挨拶する。思い出してごらんよ。子供の頃、幼稚園に行ったらみんなに笑顔で挨拶をしてただろ?あれと一緒でいいんだよ。
そうするとね、そういう君の姿を、周りの男はちゃんと見ているもんなんだ。ああ、この人は誰にでも分け隔てなく笑顔で挨拶をする良い人なんだって。そういう当たり前の部分が、やがて信頼に繋がって男を惹きつける。誰にでも笑顔で挨拶するっていうこと、きちんと出来てる?」
「・・・・いえ・・・・多分、出来てないです。」
「そうだよね?相手を見て態度を変えてるんじゃないかと思う。でもそれじゃダメなんだ。いくら女を磨いたところで、人間としての部分がきちんとしていないんじゃ、どんな男からも敬遠されるよ。君だって、相手によって態度を変える男は嫌だろ?」
「・・・・はい。」
「それとね、もっと素直に笑ったり話したりすることだよ。別に誰かを楽しませようとか、好かれようとかしなくていいんだ。もし話すことが思い浮かばなかったら、ただ相手の話を聞いてあげるだけでもいい。男ってのは意外とお喋りだから、聞き上手な女性は好かれるんだ。
誰にでも笑顔で挨拶する。そして人の話はちゃんと聞いてあげる。この二つが出来るようになるだけで、君はグンと男から好かれるようになるよ。これは男として、絶対に保証する。」
俺は身体から力を抜き、かぼちゃ女の視線を受け止めて微笑んだ。
「大丈夫、簡単なことだからきっと出来るよ。そうするとね、君に好意を抱く男はたくさん出て来る。そうすれば出会いも増えるから、きっと心の底から好きになれる男と出会えるよ。」
「そう・・・ですね。挨拶と話を聞くだけなら・・・・難しくないですね。」
「うん、簡単なことだよ。昔に親から教わったことを忘れなきゃいいだけだからね。でもどうしても辛くなったら、またここへおいで。水曜と木曜以外ならいるから。ああ、名刺渡しておこうか?」
「はい、お願いします。」
女は俺の差し出した名刺を両手で受け取り、熱心な目で見つめていた。
「ああ、それともう一つだけ。」
俺は表情を変え、真剣な目で女を見つめた。
「これはプロの占い師として忠告させてもらうけど、オカルトを前面に出してる占い師は信じちゃダメだよ。」
「オカルト・・・・ですか?」
「前世が見えるとか、守護霊が見えるとかいう奴だよ。ああいうのはね、人の心の弱味につけ込んで、いくらでも金を巻き上げようとするんだ。しかもそういう奴に限って屁理屈が上手い。だから君みたいな迷ってる女性は、奴らにとって絶好のカモなんだ。絶対に騙されないように気をつけること、いいね?」
「・・・分かりました。」
かぼちゃ女・・・・、もういい加減この言い方は失礼か。女は名刺をしまい、来た時よりもかなりスッキリした顔で笑った。
「その笑顔がいいんだよ。これは占い師の俺が言うのもなんだけど、自分の人生を変えられるのは自分だけなんだ。俺だって今はこんな仕事をしてるけど、前は喫茶店のバイトだったんだよ。」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。毎日マスターと奥さんの喧嘩を仲裁しててさ。しかもいくら時給が良いっていったって、しょせんはバイトだからね。だからここらで本気で人生を変えてみようと思って、今の仕事に就いたわけさ。だから君にだって出来るよ。占いに頼るのもいいけど、それでも自分の人生を変えられるのは自分だけってことを覚えておいて。」
「・・・・はい。ありがとうございます。」
女は深く頭を下げ、丁寧に椅子を戻して去っていった。
その後ろ姿を見送っていると、隣で陣取っているおっさんの占い師が口を挟んできた。
「あのさ・・・ああいう言い方やめてくれない?」
「何がですか?」
「いや・・・だからさ・・・オカルトの占いがどうとかって・・・。こっちはそれで商売やってるんだから、ああいうのは困るよ。」
「へええ・・・だったら幽霊とか前世とか見えちゃうんですか?」
「見えるよ、見えるから言ってるんだよ。」
おっさんは自信満々に胸を張って言う。俺は小声で「馬鹿じゃねえの・・・」と呟いた。
「え?なんか言った?」
「いえ、なにも。」
そう言って笑顔で頭を下げ、胸の中で悪態をついた。
《霊感商法でリピーター増やしてる野郎が・・・・。こっちは生まれ持った眼力を活かして商売してるんだよ。それもちゃんと相手のことを考えて言葉を選んでる。脅しすかしてるようなやり方してる奴が、偉そうに意見するんじゃねえよ。》
この仕事を初めて早や一年、俺はそれなりに儲かってる。口コミで評判が広がり、実際に結婚相手や恋人を見つけた奴だって大勢いるんだ。
それをこんなインチキ野郎と一緒にされたくない。俺はこの仕事に誇りを持ってるから、絶対に相手を不安にさせるようなことを言って、金を巻き上げたりはしないんだ。
まあ・・・占いなんか信じない奴からしたら、みんな同列に見えるんだろうけど。
そもそも占いなんてのは、要は人生相談みたいもんだ。俺は占い師を名乗っているけど、手相も見れないしタロットも出来ない。
いや、そもそもそういうのを覚える必要さえないんだ。だって・・・相手の本質を見抜く、この観察力と洞察力があるんだから。
あとは言葉遣いと、客の扱いさえ間違えなければ、どうってことはない。
俺の仕事で幸せになった人たちがいるかと思うと、それはやはり嬉しいことだった。
ここへ相談しに来てよかったと言ってくれるお客さんもいるし、そういう時は本当に嬉しくなる。
だから・・・これこそが俺の天職だ。一生を捧げても構わない、俺の生きる道なんだ。
しばらく時間が空いてから、また一人の客がやってきた。印象はパッとしないが、よく見るとそれなりの美人だった。
《あれ・・・・この人どこかで会ったな・・・。》
女は「いいですか・・・?」と遠慮がちに尋ねて来る。俺はニコリと笑って「どうぞ」と椅子を示し、そこでやっとこの女のことを思い出した。
《そうだ。この人は前にカフェに来てた人だ。主婦と二人組で、チーズケーキを頼んでたっけ・・・・。》
女は椅子に座ると、ポツポツと悩みを語り始めた。なんでも昔に好きになった男が、今でも忘れられないらしい。
まあ・・・こういう相談もよくある。さっきと同じように、まずは話をしっかり聞いてやろうか。
俺のおかげで幸せを掴んだ恋人たちは数知れず。しかし肝心の俺はというと、この仕事に就いてから、女との縁は遠ざかっていた。
遊んだりセックスしたりする女はいるけど、好きな人とは上手くいかなかった。口説くつもりがいつの間にか恋愛相談に乗っていて、その子には別の彼氏が出来てしまったのだ。
しかしまあ・・・これも覚悟の上だ。だってずっと昔から経験してるもの。
キューピッドは報われないって。


 

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