ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十七話 散りゆく仲間(7)

  • 2015.06.06 Saturday
  • 12:49
JUGEMテーマ:自作小説
天使と妖精。
片や神に使える、勇猛なる光の戦士。
邪悪な者には鉄槌を下し、神に弓引く者には容赦はしない。
もちろん慈愛を見せることもあるが、その本質は常に悪を監視する、正義の代行者である。
片や妖精は、ケルトの神々をルーツとする存在である。
その分布は広く、世界中の至る所に棲んでいる。
中には地球を飛びだし、月に棲む者もいる。
妖精は天使とは違い、種族全体で共有する理念はない。
基本的にはイタズラ好きで、その容姿は子供っぽい。
そして性格も子供っぽいところがあり、楽しいことや面白いことに目がない。
本質的に異なる両者は、これまで手を取って戦ってきた。
本来なら相容れない思想同士であるが、利害の関係により共闘することもある。
今のミカエルたちとダフネたちが、まさにそうであった。
ラシルの邪神クイン・ダガダ。そして大魔王ルシファーに、悪魔王サタン。
どの敵も強大で、底なしの欲望を抱えている。
天使は己の正義の為に、妖精は地球と月を守る為に、手と手を取って戦ってきた。
しかし・・・・今その関係が崩れようとしていた。
ミカエルは、ダナエの持つ神殺しの神器を渡すように言ったが、それを拒否された。
神殺しの神器は、どんな神器さえも上回る力を秘めている。
これさえあれば、ルシファーやサタンでさえ恐るるに足らない。
それと同時に、もしこの武器を自分たちに向けられたら、それは死を意味する。
そういう理由から、ミカエルは何としても神殺しの神器を欲しがった。
だがダナエは渡すことを拒否した。だからミカエルは、一旦は引き下がった。
しかしそれは、ダナエの意志を汲んで諦めたわけではない。
妖精の子供などに、神殺しの神器を預けておく気など毛頭なかったのだ。
しかし四大天使ともあろう者が、妖精の子供に乱暴を働くのは抵抗があった。
力づくでならあっさりと奪えるが、そんな事をしてしまったら、自分たちの名を汚すことになってしまう。
だからどうにか暴力以外の方法で奪えないものかと、ガブリエルたちと相談していた。
知的なガブリエルは、とことんまで理詰めで説得して、それでも応じなければ力づくもやむを得ないと言った。
勇猛果敢なウリエルは、今すぐにでも力づくで奪うべきだと主張した。
飄々とした性格のラファエルは、向こうの気が変わるまで待つべきだと提案した。
そしてミカエルは、皆の意見を踏まえながら、なるべく力による解決は用いない方向で決めた。
どの天使よりも誇りや面子を重んじる彼は、やはり妖精相手に力は振るいたくなかった。
それは妖精を傷つけたくないからではなく、自分たちの名誉の為だった。
だから時間を置いてから、再度説得することに決めた。
さっきは強気に迫ってしまった為に、妖精たちに恐怖を与えてしまった。
だから今度は、もっと柔和に、そしてもっと友好的に、妖精たちを説得することにした。
ミカエルの意見に、ガブリエルも頷く。ウリエルは「まどろっこしいやり方だ」と反論したが、ガブリエルの理詰めに負けて、渋々頷いた。
ラファエルは相変わらずの飄々とした態度で、特に異論はない様子だった。
意見がまとまった天使たちは、しばらく箱舟から距離を置いていた。
今近くに寄れば、また向こうは身構えてしまうかもしれない。
それでは説得が失敗してしまうので、妖精の方から近づいて来てくれることを待つことしたのだ。
箱舟は砂漠の上に降りていて、時折吹く砂嵐に晒されている。
操縦室には全ての妖精が揃っていて、ダフネが皆に何かを話しかけていた。
それを遠目に見つめながら、ミカエルはカルラが戻って来るのを待っていた。
黄龍がここへ来てくれれば、月への偵察くらいなら可能になる。
そしてメタトロンも合流した所で、本格的に月へ攻め込めばいいと考えていた。
カルラの翼なら、そう時間はかからずにインドまで行ける。
そして少し待っていれば、必ず黄龍と共に戻って来てくれると信じていた。
しかし・・・・来ない。
いくら待ってもカルラは戻って来ない。
ミカエルは腕を組み、インドのある東の空を睨む。
「いったい何をしているのだ?インドでの戦いが激しいのか?」
そう呟くと、「もう少し待ちましょう」とガブリエルが言った。
「まだインドで戦いが続いているとしたら、カルラも参戦しているのかもしれません。」
「そうだな。インドにはサンダルフォン殿と黄龍、それにアマテラスもいる。よもや負けることはあるまいが、敵の数は多い。制圧するまで時間がかかっているのかもしれんな。」
ミカエルは腕を組んだまま、じっと西の空に目を向ける。
するとふとおかしなことに気づいた。
「む?ガブリエルよ・・・・。」
「何ですか?」
「箱舟の様子が変ではないか?」
「変?どういう具合にです?」
「いや・・・先ほどから、陽炎のように揺らいで見えるのだが・・・・・。」
「・・・・そうでしょうか?私には普通に見えますが?」
「・・・・いいや、確かに揺らいでいる。あれではまるで、幻を見せられているようだ。」
ミカエルは目を凝らし、じっと箱舟を睨む。
するとラファエルが、「砂漠の暑さのせいかもね」と言った。
「ここには砂漠が広がるだけだ。それに加えて灼熱の太陽が照りつける。揺らいで見えてもおかしくはないよ。」
「そうだろうか?これが熱せられた空気の歪みとするならば、周りの景色も同じように歪んでないとおかしいのではないか?」
そう言ってミカエルは、箱舟の周りに手を向けた。
「見てみろ、箱舟の周りは揺らいでおらんぞ。それにピラミッドも揺らいでいない。陽炎のように見えるのは箱舟だけだ。」
ミカエルは顔をしかめ、何かを思案する。そしてハッと顔を上げて、「まさか・・・・、」と唸った。
そして翼を広げて箱舟まで向かおうとした時、「おい!戻って来たぞ!」とウリエルが叫んだ。
「カルラだ!西の空から戻って来る。」
天使たちは西の空を見つめる。
遠くの方に小さな影が映っていて、鳥のように羽ばたいていた。
「・・・確かにカルラですね。しかし様子が変です。」
ガブリエルは眉を寄せて呟く。
「いつものようにスピードがない。まるで怪我でもしているような・・・・。」
「怪我をしたんだろ、戦場まで行ったんだから。」
ウリエルは苛立ったように言い、「そんなことより、もっと奇妙なことがある」と指摘した。
「アイツ・・・黄龍を連れて来ていないぞ。」
ウリエルの言うとおり、西の空に見える影は、カルラだけだった。
もし黄龍が来たのであれば、その巨体ですぐに分かるはずである。
「カルラは傷ついて戻り、黄龍を連れていない。ということは、まさかインドは・・・・、」
ラファエルは口元に手を当てて呟き、ふわりと宙にと舞い上がった。
「きっと何かあったんだ。カルラを迎えに行って来る。」
「ええ、頼みます。」
ガブリエルは頷き、ミカエルを振り返った。
「どうしますか?予想もしていない事態になりそうですが?」
「・・・・・・・・・。」
「ミカエル?」
「予想もしない事態か・・・・。もうとっくにそうなっているようだがな。」
ミカエルは険のある声で言い、箱舟まで飛んで行く。そして近くに降りると、「やはりな」と頷いた。
「おい、出て来てもらおうか。」
そう言って槍を構え、箱舟に向けた。
「出て来ないというのなら、このまま突き刺すだけだぞ?」
脅すように尋ねるが、返事はない。ミカエルは槍を握った腕に力を込め、思い切り突き刺した。
「むうん!!」
槍が箱舟に当たり、重く、そして鈍い音が響く。
すると箱舟は蜃気楼のように消えさり、それと同時にガラスのような透明なピラミッドが現れた。
「もう一度言う。隠れていないで出て来い。」
そう言って槍を構え、今度は炎を纏わせる。
「いつまでも籠城するのなら、このピラミッドごと焼き払うのみよ。三つ数える間に出て来い。」
ミカエルは透明なピラミッドを睨み、その瞳に炎のような激しい怒りを宿した。
するとピラミッドの頂上がパックリと割れて、その中からダフネが現れた。
「ちょっとちょっと、これ借りモノなんだから、乱暴にしないでよ。」
そう言って宙に舞い上がり、ミカエルの足元に降り立った。
「何か用かしら?」
ダフネは首を傾げ、肩を竦める。可愛らしく笑顔を作り、ニコニコと愛想を振りまいた。
「ダフネよ、なぜこのような事を?」
「ん?何が?」
「とぼけるな。この槍で貴様ごと葬ってもいいのだぞ?」
ミカエルは槍の燃え上がらせ、その矛先をダフネに向けた。
「いいか、嘘をつくことは許さん。私の質問に素直に答えるのだ。」
鬼のような表情をしながら、殺気のこもった目でダフネを睨む。
その目は激しい怒りの炎に燃えていて、もし質問をはぐらかすなら、本気で殺そうと思っていた。
その気迫を感じ取ったダフネは、ふと笑顔を消す。真顔に戻り、正面からミカエルを見返した。
「いいわよ、何でもどうぞ?」
そう言って手を向けると、ミカエルは「なぜあの妖精を逃がした?」と尋ねた。
「ここにはダナエはいないのだろう?それに戦の箱舟もない。」
「そうよ。」
「それはつまり、神殺しの神器もここにはないということだ。」
「そうね。」
「お前はこのピラミッドで私たちの目を欺き、神殺しの神器を持ったダナエを逃がした。おそらく箱舟に乗せて、どこは遠くへ逃がしたのだろう?」
「ええ。だってここに置いておくと、いつあなた達に神器を奪われるか分からないから。」
「なるほど・・・。そこまでは分かる。しかしなぜこのような事をした?」
「ん?なぜって・・・・さっき答えたじゃない。あなた達に神器を奪われないようにする為に・・・・、」
「そうではない!なぜ我々を裏切るような真似をしたのか聞いているのだ!!」
ミカエルは空気が震えるほどの声で怒鳴って、ギリギリと歯を食いしばった。
そして槍の穂先を、ゆっくりとダフネに近づけた。
激しい炎のせいで風が舞い、ダフネの髪が煽られる。
「私たちはルシファーとサタンを討つ為に、共に戦っていたのではないのか?それならば、なぜこちらの目を欺くような真似をした?お前は月の長のでありながら、私たち天使を敵に回そうというのか?」
ミカエルの声には、怒りを通り越した憎しみが宿っていた。
ギリギリのところで踏みとどまっているが、いつダフネを焼き殺してもおかしくはなかった。
「いいか、月の女神よ。今は非常事態なのだ。こういう時こそ、お互いに信頼し合い、種族を超えて絆を結ばねばならぬ。お前たちが神器を渡したくないことは分かるが、わざわざこんな物で欺いてダナエを逃がすとは・・・・いったいどういうことか!?これは私たちに対する挑発にしか思えぬぞ!!」
そう言って槍を振りあげ、思い切りピラミッドを叩いた。
赤い炎が龍のように舞い上がり、あまりの灼熱にピラミッドの側面が溶けてしまった。
「このピラミッドは、エジプトの神々の物だろう?それを貴様が手にしているということは、私たちの目を欺くために、エジプトの神々も力を貸したということだな。」
「否定はしないわ。だけど誤解しないで。エジプトの神様たちは、天使を裏切るつもりなんて毛頭ないから。あなた達の目を欺いたのは私の判断よ。怒りがあるなら、この私にぶつけてちょうだい。」
そう言って手を広げ、怒りを抑えられないのら、いつでも突き殺せとアピールした。
ミカエルは再びダフネに槍を向け、「エジプトの神々はどこに隠れていたのだ?」と尋ねた。
「カルラの話では、どこにもいないという事になっていた。しかしこうして彼らのピラミッドがあるではないか。ということは、貴様は最初からエジプトの神々を見つけていたのだな。そして私たちに神器を渡さぬ為に、エジプトの神々はいないという事にしておいた。そうすれば、このピラミッドで私たちの目を欺けるから!」
槍に再び炎が纏い、ピラミッドを叩きつける。
高熱と衝撃のせいで、とうとうピラミッドの壁に穴が空いてしまった。
「やめて。中にはケンとアメルがいるの。それに生き残ったエジプトの神様も。」
「エジプトの神の生き残りだと?」
「そうよ。」
ダフネは強く頷き、澄んだ瞳でミカエルを見つめた。
「ミカエル、あなた達の目を欺いたことは謝る。でも仕方なかったのよ。」
「仕方ないとはどういうことだ?私は裏切りというのが一番許せない。それを正当化しようというのか?」
「そうじゃないわ。ただ私の話を聞いてって言ってるの。その上で、どうしても私を許せないのなら、その槍で突き殺せばいい。」
そう言って一歩前に出て、微動だにせずにミカエルを見据える。
その目は恐ろしいほど澄んでいて、瞳の奥には嘘のない覚悟があった。
「・・・・本気で死を覚悟しているようだな。」
「当然。だって仲間を騙すような事をしたんですもの。」
「ふむ、そういう自覚はあるわけか。」
ミカエルは槍を下ろし、怒りの炎を解いた。
「いいだろう、月の女神よ。お前を殺すかどうか、話を聞いてからにしてやろう。」
「ありがとう。」
ダフネは小さく微笑み、口元を笑わせた。
すると頭上からラファエルが降りて来て、「大変だよ!」と慌てた。
「インドがまずい事になってる。どうやら悪魔に負けたみたいだ。」
「な・・・なんだと!?」
収まったミカエルの怒りが、再び噴き出す。
ラファエルは手に乗せたカルラを見せて、痛ましそうな表情をした。
カルラはぐったりと横たわり、身体じゅうに切り傷を負っていた。
「カルラから聞いたんだ。インドに増援の悪魔がやって来て、僕たちの仲間はほとんど殺されたって。」
「そ、そんな馬鹿な!?サンダルフォン殿も黄龍も、皆やられたというのか!?」
「いや、黄龍はインドにはいなかったそうだよ。」
「なぜだ!?」
「分からない。カルラが行った時にはもういなかったそうだから。」
「ど・・・・どうなっているのだ・・・?我らの同胞が悪魔に敗北し、黄龍はインドにいないだと?・・・・いったいなぜ・・・。」
ミカエルは眉間に皺を寄せ、信じられないという風に瞳を揺らした。
「カルラよ!インドで何を見たのだ!?詳しく話せ!!」
怒号のように問いかけるが、カルラは何も答えない。
ラファエルの手の平で、静かに目を閉じているだけだった。
「おいカルラよ!!私の質問に答えるのだ!お前はインドで何を見て・・・・、」
「無駄だよ、もう死んでる。」
ラファエルは落ち着いた声で言い、両手でカルラを包みこんだ。
「かなり酷い怪我を負っていたんだ。僕の風でも癒せないほどの。きっと最後の力を振り絞って、ここまで飛んできたんだろう。今まで生きていたのが不思議なくらいさ。」
そう言って両手の中に風を集め、カルラの遺体を宙に舞い上げた。
「でもそこまでしててでも、僕たちに伝えに来てくれたんだ。カルラはよく働いてくれたよ、立派な奴さ。」
ラファエルの風が、カルラを天高く運んでいく。
そしてそのまま風に溶けて、青い空の中へと消えていった。
「インドでいったい何があったのか?カルラから聞くことは出来なかった。けどね、その代わりにこんな奴を運んで来てくれたよ。」
ラファエルは自分の髪の中に手を入れ、モゾモゾと動かした。
そして手を取り出すと、指の間に小さな妖精がつままれていた。
「コイツ、カルラにくっついて来たみたいなんだ。」
そう言って指につまんだ妖精を見せる。
ミカエルは顔を近づけ、「なんだこの妖精は?」と睨んだ。
「ずいぶんとひねくれた顔をしているが、どこかで見たような・・・・・、」
そう言ってじっと睨み、「まさか・・・・」と呟いた。
「ラファエルよ・・・・まさかこの妖精は・・・・、」
「うん、ルーだよ。」
「やはりか!メタトロン殿との一騎打ちに負けて、別の次元へ旅立っていたはずでは・・・・、」
そう言いかけると、ルーは「負けてねえぞ!」と叫んだ。
「心が折れるまでは、負けたとは言わねえ!俺はまた挑戦するつもりでいるんだ。」
「むう・・・このやんちゃぶり、やはりルーか。」
「おうミカエル!ちょっとさ、俺を元の姿に戻してくれよ。こんなんじゃ戦い辛くてしょうがねえ。」
ルーはしかめっ面で腕を組み、じっとミカエルを睨んだ。
ミカエルとラファエルは顔を見合わせ、目と目で何かを話し合って、コクリと頷いた。
「ルーよ、戻してやってもいいが、その前にインドで何が起きたのか教えてくれまいか?」
「おう、いいぜ!あのへなちょこどもの負けっぷり、ぞんぶんに語ってやらあ!」
ルーは腕まくりをして、饒舌に喋り出す。
まるで小粋な落語のように、身ぶり手ぶりを交えながら。
忙しなく動きながら、身体全体で言葉を表現してみせる。
身体は小さくとも、内に宿るエネルギーは、戦神の時と何ら変わりない。
そんな彼の首元で、十字架が揺れていた。
それは最凶の死神から身を守る、あの赤い十字架だった。


            *


カルラがインドへやって来る、少し前のことだった。
インドでの戦いは勝利に終わり、誰もが喜んでいた。
サンダルフォンはホッと胸を撫で下ろし、自分もやれば出来るんだと胸を張った。
しかしそこへ、思いもよらない敵が現れた。
それはエジプトからやって来た悪魔の増援で、ルシファーたちの腹心ともいえる、恐るべき悪魔たちだった。
その数は三体。一体はサマエルという悪魔で、あのベルゼブブに次ぐほどの実力者だった。
その姿は血塗られた龍のようで、12枚の翼を持っている。
サンダルフォンよりも一回り大きな身体をしていて、大きな魔力を秘めていた。
そしてもう一体はリヴァイアサンという悪魔だった。
この悪魔もベルゼブブに次ぐほどの実力者で、ルシファーからの信頼も厚い。
その姿はシーラカンスにそっくりで、身体の横から虫のようにいくつも足が生えていた。
特筆すべきは身体の大きさで、まるで山脈そのものが歩いているほどだった。
全長は50キロメートルを超え、身じろぎ一つで大地震が起こる。
尾びれを振れば4000メートルの津波が発生し、息を吐けば台風が巻き起こる。
全身を覆う鱗は、その一枚一枚が200メートルもの厚さがあり、どんな攻撃も通さない。
さらに圧倒的なパワーの持ち主であり、その気になれば自分の身体一つで、オーストラリア大陸を支えられるほどだ。
そして最後の一体は、テュポーンという怪物だった。
これはギリシャ神話に登場する最大最強の魔物であり、ギリシャの神々が総がかりで挑んでも殺せないほどの化け物だった。
その姿はカバによく似ていて、身体の割に異常なほど口が大きい。
さらに蛇のように長い尻尾を持っていて、頭には一本の角が生えていた。
テュポーンも身体は大きく、リヴァイアサンには劣るものの、体長はゆうに30キロメートルはある。
全身から赤い汗を流し、まるで血の滝のように肌を伝っている。
目は釣り上がり、口には大きな牙が四本も生えていて、これまた怪力の持ち主だった。
この三体の悪魔の強さは、他の悪魔とは一線を画す。
悪魔の序列はルシファー、サタン、ベルゼブブ、そしてこの三体の悪魔と続いている。
それ以外の悪魔たちは、この悪魔たちからは大きく劣る存在だった。
アーリマンのように強さが変動する悪魔は例外として、インドに現れたこの三体は、他の悪魔たちの遥か上にいる存在である。
そんな悪魔が突然現れ、サンダルフォンは混乱してしまった。
激しい戦いの中で、天使や神獣は傷ついている。
それに加えて、今はメタトロンも黄龍もおらず、アマテラスさえもいない。
こんな状態では、とてもではないがサマエル達とは戦えなかった。
サンダルフォンはすぐに退却しようとしたが、そうもいかなかった。
やんちゃ者のルーが、サンダルフォンの指示を無視して、悪魔たちの方へと飛んで行ってしまったのだ。
そして散々に悪魔を挑発して「倒せるもんなら倒してみろい!」と戦いを煽った。
そのせいでサリエルたちは怒り、雄叫びを上げながら向かって来た。
サンダルフォンはルーを捕まえ、すぐに退却の指示を出した。
しかし時すでに遅し。三体の悪魔たちは、その猛威を振るい始めた。
サリエルは強力な呪術で、一息に1000人もの天使を呪い殺してしまった。
リヴァイアサンは大地を叩きつけ、震度10の大地震を発生させた。
そのせいで大地は網の目のようにヒビ割れ、多くの神獣たちが飲みこまれてしまった。
テュポーンは大きな口を開け、まるで掃除機のように息を吸い込んだ。
するとありとあらゆるものが口の中に吸い込まれ、大地も空気も、そして遠くに広がる海でさえも吸い込まれていった。
もちろん天使や神獣も吸い込まれ、テュポーンの胃袋で溶かされてしまった。
三体の悪魔が一回ずつ攻撃しただけで、天使と神獣の軍勢は、その数を半分に減らしてしまう。
あと二回も攻撃を受ければ、間違いなく全滅してしまうだろう。
このままでは不味いと思い、サンダルフォンは仲間を逃がす為に、自分が盾となった。
そこへ麒麟やヤマタノオロチ、それにワダツミが加わり、サマエル達と戦闘を始めた。
サンダルフォンは金色の身体を輝かせ、青い翼を広げて舞い上がる。
そして羽の一枚一枚を刃に変え、天から雨のように降らせた。
しかしリヴァイアサンが盾となり、その硬い鱗で全て弾いてしまった。
ヤマタノオロチは八つの頭から炎を放ち、サリエルを焼き払おうとする。
それは鉄でも一瞬で蒸発するほどの炎だったが、サリエルには効かない。
なぜなら呪術でもって、死霊を集めて結界を張っていたからだ。
そして死霊の群れを飛ばして、ヤマタノオロチを食らい尽そうとした。
ヤマタノオロチは必死に応戦し、狂ったように炎を吐き出す。
死霊の群れは全滅したが、ふと頭上を見上げると、そこにはリヴァイアサンの巨体な足があった。
自分を遥かに超えるその巨体に、ヤマタノオロチは言葉を失くす。
そしてそのままリヴァイアサンに踏みつけられ、頭が三つ潰れてしまった。
まだ生きてはいるが、ほとんど瀕死の状態になってしまう。
ワダツミは麒麟と連携して、テュポーンに戦いを挑んでいた。
杖の先から水を放ち、その水でテュポーンの大きな口を塞ごうとした。
しかしまったく水の量が足りないので、テュポーンの口は塞がらない。
ワダツミは力を集中させ、海から水を飛ばした。
大量の海水がテュポーンの口に押し込まれ、胃袋をパンクさせようとする。
そこへ麒麟が突撃していって、鋭い角で切りつけた。
テュポーンの顔の横がスパッと切れたが、かすり傷程度にしかならない。
怒ったテュポーンは後ろ脚で立ち上がり、胃袋に溜まった海水を吐き出した。
麒麟とワダツミはその海流に飲み込まれ、成す術なく足掻く。
そこへテュポーンの尻尾の一撃が襲いかかり、二人は海流の外へと叩き出された。
巨大な尻尾の一撃は、ワダツミにとっては致命傷だった。
地面に横たわり、ピクピクと痙攣する。
テュポーンは息を吸い込み、吐き出した海水ごとワダツミを飲み込んでしまった。
麒麟は怒り、天に向かって角を向ける。
すると晴れた空が雲に覆われ、麒麟に稲妻が落ちた。
「オオオオオオオン!!」
雷の力を得た麒麟が、胸いっぱいに息を吸い込む。
すると口の中から白い雲が吐き出されて、テュポーンを包みこんだ。
そして嵐と落雷を巻き起こし、テュポーンを攻撃した。
だがこれもほとんど効かない。あまりの巨体ゆえに、嵐も雷もダメージにはならない。
麒麟は顔をしかめ、角を振りかざして突進していった。
サリエル、リヴァイアサン、テュポーンは桁外れに強い。
サンダルフォンたちは必死に戦うが、勝てる見込みはほとんどなかった。
どんなに頑張ってもかすり傷程度しか負わせることが出来ず、次第に追い詰められていく。
このままではやられるのは時間の問題で、インドは悪魔の手に渡ってしまう。
死闘の末に悪魔を駆逐したのに、最後の最後で負けてしまう。
サンダルフォンはその事が悔しくて、ギリギリと歯を食いしばった。
もう・・・・自分の力ではどうしようもない・・・。
せめてメタトロンか黄龍がいてくれれば、どうにか戦えたかもしれない。
しかしタイミング悪く、二人はいなくなってしまった。
もうこの場に、サリエル達とまもとに戦える者はいない。
・・・そう諦めかけた時、ふと気づいた。
そう、まだこの場にはサリエル達と戦える者がいる。
それはケルトの太陽神ルーだった。
ルーは戦の神であり、どんな神よりも戦いが上手かった。
彼なら勝てるとまではいかなくても、ある程度の時間は稼いでくれるかもしれない。
その間にメタトロンか黄龍に助けを求めに行けば、まだどうにか戦えるはずだ。
もうそれしか手は残されていないと思い、サンダルフォンはルーを元に戻そうとした。
妖精から神に戻すことは、力のある天使や神ならそう難しくはない。
サンダルフォンはルーを元の姿に戻す為に、彼の名を呼んだ。
しかしどこにも見当たらず、いったいどこへ消えたのかと辺りを見渡した。
すると遠く離れた場所に座り込んで、モゾモゾと何かをいじっていた。
いったい何をしているのか見つめていると、ルーは赤い十字架を拾って、それに糸を巻きつけていた。
そして首からぶら下げて、満足そうに笑っていた。
「あの十字架は・・・・、」
サンダルフォンは、ルーの首元にぶら下がる十字架を見つめる。
しかしそこへサリエルの攻撃が襲いかかり、地面にたたき落とされてしまった。
「うわああ!」
大地に叩きつけられて、サンダルフォンの腕にヒビが入る。
そこへリヴァイアサンが迫って来て、2キロも幅のある大きな足で踏みつけられてしまった。
「がは・・・・ッ。」
地震のように大地が揺れ、踏みつけた場所にクレーターが出来る。
サンダルフォンは手足がバラバラになり、青い翼もぺちゃんこに潰されていた。
身体には蜘蛛の巣のようにヒビが入り、目は虚ろになっている。
そして意識を失い、ピクリとも動かなくなった。
「・・・・・・・・・・・。」
リヴァイアサンはサンダルフォンを見下ろしながら、クチャクチャと何かを食べていた。
それはヤマタノオロチだった。
ヤマタノオロチは生きたまま喰われていて、この世の終わりのような悲鳴を上げていた。
自分よりも遥かに大きな者に食われる恐怖。それは今までに経験したことのない恐怖で、生き残った五つの頭が、ボタボタと血を吐きながら助けを求めていた。
リヴァイアサンはそんなヤマタノオロチを美味そうに頬張り、ついにはゴクリと飲み込んでしまう。
そして大きなゲップをしてから、地面に横たわるサンダルフォンを睨んだ。
「・・・・・・・・・・・・。」
サンダルフォンはもはや虫の息で、放っておいても死んでしまう。
リヴァイアサンは可笑しそうに笑い、大きな舌を伸ばして、サンダルフォンも食べてしまった。
山脈のような巨大の悪魔には、サンダルフォンもヤマタノオロチも成す術がなく、何も出来ずに敗北してしまった。
そしてワダツミも命を落としていた。
テュポーンの一撃で死にかけていた彼だが、最後の力を振り絞って立ち上がった。
しかしサリエルの放った死霊にとり憑かれ、味方である麒麟を攻撃し始めた。
いきなりワダツミから攻撃を受けて、麒麟はうろたえる。
しかしすぐに操られていることを見抜いて、鼻から息を吹いて死霊を吹き飛ばした。
ワダツミは正気に戻ったが、そこへまたサリエルの呪術が襲いかかる。
ワダツミは死霊に身体を貪られ、そのまま絶命していった。
三種の神器が宿った杖がコロコロと転がり、リヴァイアサンの足元で止まる。
リヴァイアサンは舌を伸ばして、そのまま杖を飲み込んでしまった。
サンダルフォン、ワダツミ、ヤマタノオロチは敗北し、そして死んでしまった。
残されたのは麒麟だけで、もう勝ち目はないことを覚悟した。
しかしそこへ、逃げたはずの天使や神獣が戻って来て、サリエル達と戦い始めた。
仲間が殺されるのを見て、自分たちだけ逃げることは出来なかったのだ。
麒麟や天使や多くの神獣、皆が必死に戦いを挑むが、無惨にも命を散らしていく。
そしてあっという間に数を減らして、とうとう麒麟と一人の天使を残すだけになってしまった。
ただ一人生き残った天使は、勇猛果敢にサリエルに挑んで行く。
悪魔を討つことが天使の使命であり、たとえ勝てないと分かっていても、戦いを放棄することは出来なかった。
サリエルは大きな翼を動かし、一撃で最後の天使を葬ってしまう。
残りは麒麟だけとなり、天に向かって咆哮した。
そしてサリエルに向かって、命を散らすように突進していった。
残された武器は自分の命だけ。どうせ死ぬのなら、せめて一矢報いようと自爆するつもりだった。
麒麟は角を輝かせながら、一直線にサリエルに向かって行く。
この角に全ての力を集めて、爆発させるつもりだったのだ。
無念に死んでいった天使や神獣たち。たった一撃でもいいから、悪魔にそれなりの傷を与えたかった。
麒麟はサリエルに向かって、空を駆けていく。自分の命を燃やしながら、この角で傷を与えてやろうと挑んで行く。
しかし横から大きな舌が伸びて来て、グルリと巻き取られた。
それはリヴァイアサンの舌だった。リヴァイアサンは舌で麒麟を巻き取り、そのまま口へ運ぶ。
そしてよく噛んでから、ゴクリと飲み込んでしまった。
死を覚悟した麒麟の攻撃は失敗に終わり、全ての天使と神獣が殺されてしまった。
インドには、もう一人たりとも天使も神獣も残っていない。
今生き残っているのは、妖精になったルーだけであった。
遠くから戦いを見ていたルーは、ケラケラと笑っていた。
「アイツら弱っちいなあ。俺ならもっと上手く戦うぜ。」
赤い十字架をぶら下げながら、サンダルフォンたちの負けを笑う。
サリエルはルーの方を睨みながら、じっと何かを考えていた。
サリエルは、この妖精がルーであることを見抜いていた。
そしてルーが手の付けられない暴れん坊であることも知っていた。
下手に手を出せばどうなるか?そのことを考えると、放っておいた方がいいかもしれないと考えていたのだ。
ルーは戦いの天才であり、いくら妖精の姿をしているとはいえ侮れない。
手を出せば厄介な事になりそうだし、かといって放っておいても何をしでかすか分からない。
眉間に皺を寄せ、難しい問題を解くように思案していた。
するとルーはそんなサリエルの悩みもよそに、自分の方から近づいていった。
テュポーンが口を開けて襲いかかろうとしたが、サリエルが翼を上げてそれを止めた。
「下手に手を出すな。何をしてくるか分からない。」
「・・・・・・・・チッ。」
テュポーンは舌打ちをして、不満そうに足を揺すっていた。
リヴァイアサンは興味深そうにルーを見つめ、「食っていい?」と尋ねる。
「駄目だ。飲み込んだ途端に、お前の胃袋が破裂するかもしれない。」
「こんなに小さいのに、俺の胃袋が破裂するもんか。」
「そういう問題ではない。こいつはルーだと言っているんだ。余計なちょっかいを出せば、どんな反撃か来るか分からない。お前たちは大人しくしていろ。」
サリエルはシッシと二体を追い払い、ルーに向き直った。
「お前はケルトの太陽神ルーだな?」
そう尋ねると、ルーは「おうよ」と答えた。
「お前らさ、あんな弱っちいの倒して喜んでんじゃねえだろうな?」
ルーはニヤリと笑い、挑発的な口調で尋ねる。
テュポーンとリヴァイアサンはカチンと来たが、サリエルが「よせ」と止めた。
「誰も喜んでなどいない。私たちはルシファー様の命を受けてやって来ただけだ。」
「ふーん・・・・。で?」
「何がだ?」
「あの弱っちい奴らを倒して、それからどうすんの?」
「答える義理はない。とっとと去れ。」
「嫌だね。俺は戦いが好きなんだ。お前ら俺と戦ってくれよ。」
「馬鹿な・・・。妖精の姿で私たちと戦えるものか。」
「だったらなんで襲ってこない?楽に勝てるんだろ?」
「お前は戦を呼ぶ不吉な神だ。強い弱いの問題ではなく、そんな者と関わりたくないだけだ。」
「へえ、それが悪魔のセリフかね?戦いが怖いって?」
「挑発しても無駄だ。お前に用はない。とっと去れ。」
「だから嫌だって。戦えよほら。」
ルーはニヤニヤ笑いながら、サリエルの頬をはつった。
そして鼻の頭に小便をかけ、ついでにオナラもこいた。
サリエルは眉一つ動かさずにルーを見つめていて、ふと横を振り向いた。
「リヴァイアサン、鼻息でコイツをどこかへ飛ばせ。」
そう命令すると、リヴァイアサンは待ってましたとばかりに吠えた。
先ほどからルーの態度に苛々していたリヴァイアサンは、この生意気な妖精をどうにかしてりたいと思っていたのだ。
だから思い切り息を吸い込んで、鼻息でバラバラに吹き飛ばしてやろうとした。
「お?やる気だな?」
ルーは嬉しそうに微笑み、「よっしゃ来いや!」と腕まくりをする。
するとその時、ルーの前に疾風が駆け抜けた。
そして気がつくと、大きな鷹の足に掴まれていた。
「うお!なんだこりゃ!?」
ルーはバタバタと暴れながら、「お前は誰だ!?」と自分を掴む者を睨んだ。
「私ハカルラトイウ者ダ。」
「カルラ?・・・・ああ!あの・・・アレか!アレだな!」
「知ッタカブリヲシナクテモイイ。」
カルラはルーを掴んだまま、遥か上空まで舞い上がっていった。

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