霊体解剖 第十五話 論文(1)

  • 2015.07.02 Thursday
  • 12:32
JUGEMテーマ:自作小説
寺の鐘が鳴らされ、重い音が長く伸びていく。
それは寺院を越えて、街の遠くにまで響き渡った。
二度、三度と鐘が鳴らされ、有希は手を合わせて祈りを捧げる。
そして本堂に向かうと、そこには全裸の亜希子が寝かされていた。
身体は清水で清められ、床には紫の布が敷いてある。
そのすぐ傍には観音像が立っていて、慈愛の眼差しで亜希子を見下ろしていた。
有希はゆっくりと歩き、亜希子の前に正座する。
「朋広、私たちの研究は上手くいくわ、きっと・・・・。」
そう言って弟の肩を叩き、ニコリと微笑んだ。
「霊体のコントロールが上手く出来るようになったら、私たちは勉君と鈴音ちゃんの身体を手に入れられる。この亜希子って女が・・・・きっと最後の研究になるわ。そう思うでしょ?」
有希はもう一度微笑み、朋広に同意を求める。
しかし朋広は答えない。沈んだ表情で亜希子を見つめているだけだった。
「どうしたの?まだこの悪魔の言葉に迷ってるの?」
有希は亜希子を睨み、「ダメよ、惑わされちゃ」と言った。
「勉君たちと関わった時から、この計画は始まってるんだから。風間先生を殺したのは、それが理由でもあるでしょ?」
「ああ・・・・そうだな。あの子たち・・・・いや、正確には勉君だけど、彼は貴重な研究材料だった。喜恵門の血を引き、なおかつ五体満足の健康な身体を持ってる。これは本当に貴重だよ。」
「でしょ?おまけに鈴音ちゃんっていう、これまた健康そのものの妹までいるわ。彼女も喜恵門の血を引いてるし、これは観音様が与えて下さった、ありがたいご縁に違いないわ。」
有希は勉と鈴音の顔を思い浮かべ、「あの二人の身体になったら、私が妹になっちゃうのね」と笑った。
「もしそうなったら、朋広のことをお兄ちゃんって呼んであげようか?」
冗談交じりに言うと、「今まで通りでいいよ」と朋広は答えた。
「身体がどうあっても、俺たちの関係は変わらない。そうだろ?」
「もちろんよ。私たちはこれからも一心同体。けど身体を交わらせることは出来ないわ。だからあの子たちが必要。」
「ああ。あの二人に出会えた偶然を、感謝しないといけないな。」
「違うわ、偶然なんかじゃない。観音様が与えて下さった、ありがたいご縁よ。もういい加減、朋広も信心を持たないと。」
そう言って朋広の胸に触れ、「大事なのは心なんだから」と諭した。
「あの日、たまたま鈴音ちゃんが転校してきて、廊下ですれ違った。そして彼女の色を見て、一瞬で分かったわ。この子は喜恵門の血を引いてると。」
「ああ・・・・・。」
「しかもお兄さんの勉君は、異常な性癖の持ち主で、残忍な罪を犯していた。だから風間さんに同行して、児童福祉施設にまで会いに行った。」
「そうだな。でも予定外の事が起きた。」
「そうね。まさか朋広が先生を殺すなんて思わなかったわ。殺意を感じる色は出ていなかったし。」
「いや、そうじゃないよ。風間さんが、勉君を殺さずに悪の心を追い払った事がさ。まさかあんな事が可能だなんて・・・・。」
「ああ、そのこと・・・・。でもよかったじゃない。アレのおかげで、具体的な計画が決まったようなものだから。風間さんの心は身体から抜け出して、勉君に切りかかった。そして勉君の身体を傷つけられることなく、悪い心だけを追う払うことが出来た。一歩間違えば命を落とすやり方だけど、風間さんは成功させた。」
「ああ、あれには言葉もなかったよ。俗に言うところの、幽体離脱ってやつだ。生きたまま心だけを切り離すなんて、常人業とは思えない。だけどアレを見せることで、俺たちに道を示そうとしたんだろうな。わざわざ殺さなくても、悪人を裁けるんだと。」
「そうね。でもそれは、勉君が根っからの悪人ではなかったからよ。彼はちゃんと善き心も持っていた。そうでなければ、殺す以外に止める手段はなかったわ。」
「確かに。でも逆に言えば、少しでも善の心があるなら、殺さずに済むってことを証明したんだ。俺はあの人のことは嫌いだったけど、悪魔退治の腕は一流だ。それは認めざるを得ない。」
「先生は凄い人よ。身を張って私たちに道を示そうとしてくれた。でも最後は弱ってたわね。」
「弱ってた?」
「覚悟よ。何を犠牲にしてでも、この世の汚れを祓うんだって覚悟。それが弱ってたわ。どの道あれが最後だって本人が言ってたし。だけど先生が道を示してくれたおかげで、私たちは新たな身体に生まれ変われるはずよ。」
有希は亜希子の喉に触れ、まだ息があることを確認する。
そして懐から短刀を取り出し、ゆっくりと鞘を引いた。
よく磨かれた白刃が露わになに、燃えるような刃紋が輝いた。
それを朋広の前に差し出し、「これが最後の研究、悪魔を解剖しましょ」と言った。
「この悪魔の心を、身体から分離させるの。そして解剖して、詳しく調べる。心が・・・・霊体の秘密が分かれば、身体なんていくらでも入れ替えられる。」
そう言って朋広の手を取り、短刀を握らせた。
「朋広、やって。」
有希は真剣な眼差しで見つめる。朋広は短刀を握りしめ、その刃に自分の瞳を映した。
「なあ有希。霊体を解剖した後、亜希子さんをどうするつもりなんだ?」
「殺すわ。悪魔なんだから。」
「それは・・・・もちろん俺がやるんだよな?」
「いつもはそうしてるじゃない。でもやりたくないって言うのなら、私がやってもいいけど?」
「いや・・・・・お前の手を汚させるわけにはいかない。俺がやるよ。コイツを処分する。」
朋広は短刀を睨み、短く息を飲む。もう何度も霊体の分離は行っているし、風間を殺して以降、人を殺めることも数度あった。
しかし何度やっても、慣れるものではなかった。
それどころか、霊体の分離や殺人を重ねる度に、胸の中にどす黒い灰が溜まっていくような感じがした。
日に日に重く、そして暗く積もって行くその灰に、朋広は大きな負担を感じていた。
すると有希が「貸して」と短刀に触れた。
「私がやる。ここまで来て迷いは許されないから。」
「いや・・・・俺が・・・・、」
「出来るの?色が激しく波打ってるわ。迷ってるんでしょう?」
「そうだけど・・・・お前を殺人者にするわけには・・・・、」
「もう何度も手伝ってるわ、先生の仕事を。」
「だとしても、お前が直接手を下したわけじゃない。自分を菩薩の化身と思うなら、人殺しはいけない。汚れるだけだ。」
「人殺しじゃないわ。悪魔の粛清。そうでしょ?」
「・・・・・・仏も菩薩も、それに悪魔もいない。俺はそんなものは信じてない。良い事も悪い事も、全ては人間のやることだ。」
朋広は有希の手を払い、短刀を握り直す。
「お前の言う通り、俺は迷ってる。でもそれは、ほんの些細な迷いに過ぎない。俺の決意を揺るがすほどのものじゃないんだ。」
「そう。だったらすぐにやって。」
有希は亜希子を見つめ、手を合わせて経を上げる。
朋広は大きく息をつき、短刀を逆手に構えた。
それを亜希子の胸に押し当てると、瞑想のように目を閉じた。
右手に巻いた数珠が、やがて熱を持ち始める。
その熱は堂内にも伝わっていき、それと同時に無数の幽霊が姿を現す。
朋広はさらに精神を集中させ、有希と同じように経を唱える。
すると亜希子の身体からも熱が放たれ、小さく震えだした。
堂内は真夏の灼熱のように熱気がこもり、幽霊たちはそわそわと落ち着かなくなる。
有希は激しい汗を掻き、朋広も滝のような汗を流した。
そして辺りがサウナのように熱くなる頃、亜希子が目を見開き、獣のように鋭く吠えた。
その瞬間、朋広は目を見開き、短刀を突き刺した。
白銀の刃が亜希子の胸に刺さり、悲鳴が響き渡る。
朋広は根本までしっかりと突き刺し、そこでグルリと一回転させた。
耳をつんざく悲鳴が聞こえ、幽霊たちは怯えたように騒ぎ出す。
朋広はもう一度短刀を回転させ、そのまま引き抜いた。
すると短刀には何かが突き刺さっていて、亜希子の身体から分離していった。
それは亜希子とまったく同じ姿をした、彼女の心だった。
朋広は慎重に短刀を引き上げ、数珠を巻いた手で、亜希子の心を掴む。
そして完全に亜希子の身体から引き離すと、短刀を刺したまま床に寝かせた。
「・・・・・・・・・・。」
朋広の額に、一際大きな汗の粒が流れる。
有希も経を唱えるのをやめ、「どう?」と尋ねた。
「上手くいった・・・・。幽体離脱に成功だ。」
「よかった・・・・。」
有希はホッと息をつき、亜希子の身体に目をやった。
短刀が刺さったはずの胸には、傷一つ付いておらず、血も流れていない。
それを見て、「どんどん上達してるわね」と喜んだ。
「前は穴を開けて死なせたりしてたのに、今は完璧に霊体だけを刺せるじゃない。これなら勉君と鈴音ちゃんの身体も、傷つけずに手に入れられる。」
有希は弾んだ声で言い、亜希子の霊体を見つめた。
「早く起こして。」
「ああ。」
朋広は短刀を抜き、数珠を握った手で頬を叩く。
すると亜希子の霊体は目を開け、驚いたように自分を見つめた。
『私・・・・・・、』
「ああ、今は心・・・・霊体だ。悪いんだけど、あんたの霊体を解剖させてもらう。」
『解剖・・・・?』
「そうだ。霊体を切り刻み、詳しく調べる。そうすることで、霊体の仕組みが分かるんだ。」
そう答えると、亜希子はすぐに納得した。
『なるほど。そうやって霊体を詳しく調べて、勉君たちを乗っ取ろうとしてたと。』
「俺たちの事を嗅ぎまわってたアンタなら、説明しなくても分かってるだろ?」
『まあね。でも・・・・本当にそれでいいの?改心する最後のチャンスが失われるわよ?』
「かもな。でもここまで来たら引き返せない。もう霊体の研究は進んでいて、あと少しで完全にコントロール出来るかもしれないんだ。風間さんは無理だったけど、俺たちなら出来る。霊体を自由に操り、新しい身体に生まれ変わるんだ。」
朋広は力説する。まるで自分の迷いを振り払うかのように。
しかし亜希子はケラケラと笑い、『無理よ』と言った。
『霊体を完全に操るなんて、無理もいいところ。ある程度は思い通りに動かせても、完璧には無理があるわ。』
「そんなことはない。なぜなら俺たちは、何度も解剖を繰り返し、実験までしたんだ。
その結果、他人の身体を乗っ取ることが可能だと分かった。もう実績はあるんだよ。」
『じゃあどれくらいの時間乗っ取ったわけ?一時間、二時間?それともせいぜい30分くらいじゃないの?』
亜希子は馬鹿にしたように言う。朋広は「そう長い時間ではなかったけど・・・・、」と濁しながら、「その為のアンタの解剖だ」と答えた。
「ある部分を切って繋げれば、長く他人の身体に入れることが分かっている。それをしっかりと確かめる為に、アンタを解剖するんだ。」
『ある部分ねえ・・・。それって『眼球』のことじゃないの?』
亜希子が答えると、朋広は「知ってるのか?」と驚いた。
『もちろん。言っとくけど、私の家は代々喜恵門の力を守り続けてきたの。分裂や融合を繰り返すアンタら仏派の人間とは、今までの蓄積が違うのよ。それに風間の興したこの宗派は、とても歴史が浅い。アンタらが必死こいて研究してることなんて、私たちはとうの昔に知ってるのよ。』
「そ、そうなのか・・・・・?」
『驚くことじゃないでしょ?歴史を考えれば分かる事じゃない。異端児として元いた宗派から追い出された、風間慎平。彼は歪んだ思想の元に、随分と強引なやり方で世の中を救おうとしていた。でもね、そんなやり方は、とうの昔に間違いだって証明されてるのよ。どんな時代にも異端児はいて、平気で掟を破ってたみたいだからね。だからその長い歴史の中に、すでに霊体の研究はあるわけ。そして完全なコントロールは無理だって証明されてる。』
「・・・・それは・・・・、」
『喜恵門の力はそこまで万能じゃないのよ。いい?霊体を完全にコントロール出来るってことは、心を完全にコントロール出来るってことに等しいわ。もしそんな便利な力があったら、国が私たちを放っておくはずないじゃない。とうの昔に政府の管理下に置かれて、戦争の道具にでもされてるわ。』
「・・・・・・・・・・・。」
『だからアンタらがやってる研究なんて、喜恵門の歴史から見れば子供のお遊戯。でもその歪んだ思想のせいで、多くの人が傷つくのは見過ごせない。勉君と鈴音ちゃんには決して手出しはさせないし、これ以上アンタらにも勝手なことはさせない。』
亜希子はそう言って、朋広の目を見つめた。
『もう一度言うわ。ここで改心して。これ以上下らない思想にまみれたら、最後は本当に風間みたいになっちゃう。死ぬ間際になって、過ちに気づいても遅いのよ。』
亜希子は凛と見つめながら言う。
朋広は言葉を失い、手にした短刀を重く感じていた。
すると有希が「良いことを聞いたわ」と喜んだ。
「ねえ朋広。この悪魔は色々と知ってるみたい。解剖すれば、たくさんの知識が手に入る。そう思わない?」
そう言って短刀を奪い取り、「私がやるわね」と言った。
「朋広はちょっと疲れてる。それに優しいから、悪魔に対しても同情を覚えるのよ。だからもうアンタは黙って。」
握った短刀を構え、それを亜希子の腹に突き刺そうとする。
しかし朋広が「待て」と止め、短刀を取り上げた。
「有希・・・・少し考えないか?」
「考える?」
「俺は・・・・亜希子さんの言葉を、真剣に受け止めるべきだと思う。今までの行いが間違いだったのは、俺も感じてるよ。それでも続けてきたのは、全て有希の為だ。だから改心することで、俺たちが本当に救われるんだとしたら、それは考えてみる価値があるんじゃないか?」
朋広は鞘を拾い、短刀を納める。
ここで引き返さなければ、間違いなく風間と同じ運命を辿る・・・・・そう思えて仕方なかった。
しかし有希は納得しない。
朋広の手から短刀を奪おうと、怒りの形相で掴みかかってくる。
「朋広、それを貸して。」
「駄目だ。少し考えよう。」
「いいえ、それこそ駄目。お願いだからそれを貸して。」
有希は必死に短刀を奪おうとするが、朋広の腕力には敵わない。
どんなに引っ張っても、朋広の手は開かなかった。
有希は奪うのを諦め、「それでいいの?」と尋ねた。
「私を支えてくれるんでしょ?それでいいの?」
「いいかどうかは分からない・・・・。でも考える時間は必要だろ?風間さんを殺したのは俺だけど、あれが正しかったかどうかは、今でも分からない。人を殺すってのは、怖いことだ。でももっと怖いのは、殺人に慣れ始めてる自分なんだよ。」
「目的の為の犠牲は、仕方のないことよ。それに手に掛けたのは悪魔ばかりだし。気に病むことはないのよ?」
「悪魔じゃない。俺たちが勝手に悪魔と断じた、人間のことだ。この世に悪魔なんていないのは、有希も知ってるだろ?神も仏も、悪魔もいない。何もかも、全部人間のやることなんだよ。だから少し考えよう。俺たちにとって、一番良い選択は何なのか?二人で・・・・、」
そう言いかけた時、朋広の背後から手が伸びてきた。そしてサッと短刀を奪い取ると、朋広を突き飛ばした。
「亜希子さん!あんた身体に戻って・・・・・、」
短刀を奪ったのは、身体に戻った亜希子だった。
奪った短刀を二人に向け、「動くな」と命令する。
「アンタ、余計なことはしない方が・・・・・、」
朋広は亜希子に掴みかかろうとする。しかし「お姉さんを刺すわよ?」と有希に刃を向けられ、大人しくせざるを得なかった。
しかし有希は大人しくしていなかった。外に向かって助けを呼んだ。
本堂の扉が開き、屈強な僧兵が何人も現れる。
亜希子はサッと踵を返し、菩薩像の横に立った。
「近づいたらコレを刺すよ?」
そう言って菩薩像の目玉に刃を向けた。
僧兵たちは飛びかかろうとしたが、有希が「待って!」と止めた。
「菩薩様が傷つく。動かないで。」
「その通り。目玉を切り裂いて、この像を台無しにするわよ。」
亜希子は閉じた瞼の部分に刃を当て、目玉をほじくり出すように、グリグリと動かした。
「ちょっと・・・・、」
有希が止めに入るが、「動くんじゃない!」と亜希子は怒鳴った。
「目玉を抉り出すよ?そうなったらこの菩薩はただの木像。そうなってもいいの?」
「・・・・・・・・・。」
「うん、大人しくしといてね。」
亜希子は菩薩像の目に刃を押し当てたまま、「目は喜恵門の力において、最も大事な場所だからね」と笑った。
「例えば霊体を取り出して、その目玉をくり出したとしようよ。その目玉を自分の霊体に埋め込むと、ある程度長い時間、他人の身体を乗っ取れる。それがアンタのやってきた実験であり、研究結果でしょ?」
有希を見据えながら、突き刺すような口調で尋ねる。
「そうよ。目は霊体で最も大切な場所。喜恵門の力だって、その部分に集約されてるわ。」
「その通り。だから・・・・・仏像や御神体においても、それは変わらない。この菩薩の中には、目玉が埋め込まれてる。大昔の物だから、もうとっくに腐ってるだろうけど、でも力は残してるわ。」
そう言って刃を動かし、仏像の片目を抉った。
有希は「やめて!」と叫ぶが、亜希子は手を止めない。
そして目の部分をほじくり返して、とうとう目玉を取り出してしまった。
「ほら、これ。これが力の核になる部分。よく見て。」
そう言って刃に突き刺した目玉を、二人の前に掲げた。
「もう干乾びてパサパサになってる。色も濁ってるし、まるで乾燥した貝柱みたい。」
「ちょっとあんた・・・・・、」
「有希ちゃん、これのどこが菩薩様かしら?これがアンタの拝んでる、菩薩様の正体じゃない。」
「見た目なんか問題じゃないわ。大事なのは、菩薩様を信じる心よ。」
「そうね、それが信心ってものだわ。でも本物の信心があるなら、こんな腐った目玉はいらないはずよ!」
亜希子は刃に刺した目玉を、床に叩きつける。そして思い切り踏み潰してしまった。
有希は発狂したように叫び、「アンタああああ!」と飛びかかろうとする。
しかし朋広に止められ、「離して!」と叫んだ。
「有希。いいんだよ、これで・・・・、」
「なんでよ!?悪魔に菩薩様が汚されるわ!」
「ありゃただの木像だ。菩薩じゃない。」
「でもあの中には、菩薩様の力が宿ってる!あの悪魔はそれを壊そうとしてるわ!」
「違う。あれは人間の目玉で、喜恵門の力が宿ってるんだ。菩薩なんか関係ありゃしないんだ。」
「でもあれは・・・・・、」
有希は叫ぶ。身を捩って抜け出そうとするが、朋広はしっかりと抱えて離さない。
僧兵たちは困惑し、いったいどうしたらいいのか慌てていた。
「アンタ達!ボケっとしてないであの悪魔を殺しなさい!今すぐ!」
「駄目だ!動いたら俺がお前らを殺すぞ!いいから動くな。」
二人から同時に命令されて、僧兵はますます混乱する。
亜希子は「誰かの指示がないと動けないんなんて・・・・哀れよね」と嘲笑った。
「さて、目玉はもう一つあるわ。」
そう言ってもう片方の瞼も抉り、腐った目玉を取り出した。
それを刃に突き刺し、有希の前で振って見せる。
「こんな物にすがりついたって、アンタらに未来なんかありゃしないわ。菩薩様はここにはいない。殺人鬼なんかに手を貸すはずないでしょ。」
「殺人じゃない!悪魔の粛清よ!世の中で何が起きてるか、何も知らないクセに!」
「知ってるわよ、人間がどういう生き物かなんて。でもだからって、軽々しく人を殺していいわけがないわ。少なくとも、アンタらにそんなことする資格はない!」
亜希子は強く切り捨て、もう一つの目玉も踏み潰す。
有希は悲鳴を上げ、朋広の手の中で崩れ落ちた。
「・・・・・・・・・・。」
言葉を失くし、声にならない声で口を動かす。朋広はそんな姉をしっかりと抱きとめ、背中を撫でて慰めた。
「有希、これでいいよ。とにかく今は、考える時間がいるんだ。だから少し休んで・・・・・、」
そう言いかけた朋広の声を遮り、「殺せええええええええ!」と叫んだ。
「あの悪魔を殺せ!早く!やって!やっつけてよ!」
僧兵たちを睨み、腕を振って叫ぶ。朋広は「じっとしてろ」とその命令を掻き消すが、僧兵たちは有希の剣幕に圧された。
お互いに顔を見合わせ、弾かれたように亜希子に飛びかかる。
しかしその時、本堂の外から足音が聞こえた。
木と木がぶつかるような音を響かせながら、だんだんと近づいて来る。
何か異様な物が迫っている気配を感じて、亜希子以外の全員が振り返った。

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