霊体解剖 第十六話 論文(2)

  • 2015.07.03 Friday
  • 08:49
JUGEMテーマ:自作小説
本堂に向かって、異様な足音が迫ってくる。
亜希子以外の誰もが息を飲み、身を固くする。
足音はじょじょに近づき、やがてゆっくりと本堂の中に入って来て、その恐ろしい姿を露わにした。
「・・・・・・・・・。」
有希、朋広、僧兵たち、本堂に入ってきたその異様な物体を見て、誰もが言葉を失う。
いったい何事かと目を疑ったが、すぐに恐怖が押し寄せ、僧兵たちは後ずさった。
「・・・・・・・亜希子?」
本堂に入って来た異様な物体は、観音像の隣に亜希子を見つける。
そしてゆっくりと足を進め、「亜希子・・・・・」と繰り返した。
「来たぞ・・・・・亜希子・・・・・・来たぞ・・・・・。」
一歩一歩足を進めるその物体に、誰もが道を開ける。
朋広も有希を抱えて、すぐに後ろへ下がった。
「亜希子・・・・・・。」
本堂に入って来た異様な物体は、亜希子の前で足を止める。
二人はしばらく見つめ合い、亜希子が小さく呟いた。
「基喜・・・・・。」
そう言って手を伸ばし、異様な物体の『顔』に触れた。
「・・・・亜希子さん・・・・・そいつは・・・・・、」
朋広が唇を震わせながら尋ねる。亜希子はニコリと笑い、「基喜よ」と微笑んだ。
「・・・・・あんたの弟・・・・?そいつが・・・・・?」
「そうよ。私の頼りになる弟。朋広君と違って、本当の意味で私を支えてくれる、頼りになる弟よ。ねえ?」
亜希子は笑いながら目を向ける。その視線の先に立っているのは、あの千手観音像だった。
幾つもの手が四方に伸びていて、風間に暗殺された者たちの頭蓋骨がぶら下がっている。
しかしそれ以上に、もっと不気味な部分があった。
それは千手観音像の顔が、人間の頭蓋骨に変わっていることだった。
慈しみ溢れる菩薩の顔の代わりに、真っ白な頭蓋骨が乗っている。
亜希子はその頭蓋骨を撫で、「基喜」と呼びかけた。
「ありがとね、来てくれて・・・・。」
そう言って愛おしそうに頭蓋骨を撫で、「その仏像の目玉は?」と尋ねた。
「・・・・潰した・・・・。」
「それでいい。私もこっちの仏像の目を潰したから、もうこの寺院に希恵門の力はない。後はそこの二人だけよ。」
亜希子は朋広と有希を指差し、「あいつらの力を封じれば、この寺院はただの箱」と言った。
「・・・・・なら・・・・眼球を・・・・・。」
「そうね。でも殺しちゃダメよ。」
亜希子はそう言って釘を刺し、怯えきった僧兵たちを振り返った。
「ああ、まだいたのアンタたち。もうこの寺院は終わりだから。早く出て行った方がいいわよ。」
僧兵たちは誰もが震え、その場から動けないでいる。
亜希子は千手観音の手にぶら下がった頭蓋骨を指差し、「アンタたちもこうなりたい?」と尋ねた。
顔は笑っているが、目は笑っていない。その声には明らかな殺意が籠っていた。
僧兵たちは我先にと逃げ出し、そのまま寺院を飛び出して行った。
残された朋広と有希は、迫り来る千手観音に怯える。
有希はブツブツと経を唱え、朋広は短刀を鞘から抜いた。
「痛いでしょうけど、アンタらのやって来たことを考えたら、我慢して当然の痛みだからね。耐えてちょうだい。」
亜希子は冷たく言い放ち、腕を組んで様子を見守る。
千手観音は二人の前に立ち、まずは朋広の方に手を伸ばした。
そして首を掴んで、凄まじい力で持ち上げた。
「すぐ・・・・・済ませるから・・・・・。」
千手観音像から基喜の声が響き、朋広は失禁しそうになる。
しかし咄嗟に短刀を振りかざし、それを逆手に持ち替えた。
亜希子は「無駄な抵抗は・・・・、」と止めようとしたが、すぐに口を噤んだ。
なぜなら、朋広は自分で自分の目を切り裂いたからだ。
白刃が両目を抉り、赤い血が飛ぶ。
千手観音にもその血が飛び、赤い染みが付いた。
「これで許してくれ!」
堂内に響き渡るほどの声で、朋広は叫んだ。
「これで許してくれ!頼む!これで許してくれ!」
短刀を落とし、切り裂いた目に指を突っ込む。
焼けるような痛みが遅い、目玉ではなく、頭の後ろが痛んだ。
「もう俺に光はない!喜恵門の力は死んだんだ!だからこれで許してくれ!この目を取り出すから!」
そう言ってさらに指を食い込ませ、「俺の目はやるから!有希の分は取らないでくれえええええ!」と吠えた。
基喜は躊躇い、亜希子の方を向く。しかし亜希子も躊躇っていた。
まさか自分から目を切り裂くとは思わず、有希を守りたいという覚悟は、これほどのものかと息を飲んでいた。
「有希の分は取らないで!耳もやるから!鼻だってくれてやる!だから有希の目は残してやってくれえええええ!」
叫びは鋭く、そして重くなる。その叫びは、朋広の絶対なる覚悟だった。それを感じとった亜希子は、困ったように頭を掻いた。
「・・・・・・どうしよ。」
慌てふためいて命乞いをすると思ったのに、まったく違う展開になってしまった。
朋広は自己犠牲の果てに、有希を守ろうとしている。
それはすなわち、朋広の心がまだまだ良心を残しているということだった。そしてそれこそが、改心した証そのものではないかと、有希は思った。
いったいどうしようかと悩んでいると、怯えっぱなしだった有希が動いた。
床に落ちた短刀を拾い、血が滲んだその刃を睨みつけた。
そして一呼吸置いてから、自分の目を切り裂いた。
「ああああ!」
短い悲鳴が響き、有希の世界から光が消える。
その叫びを聞いた朋広は、「有希!」と叫んだ。
「どうした有希!?やられたのか?目を取られたのか!?」
「な・・・・・何も見えない・・・・・。どこにも光がないわ・・・・・。」
「あ・・・・おお・・・・なんてことを・・・・・、」
朋広は歯を食いしばり、光を失った目から涙を流した。
それは血と混ざり合い、頬を伝って床に落ちていく。
「・・・・酷いじゃないか!あれほど有希の目は取らないでくれって頼んだのに!」
朋広は獣のように吠え、「許さない!」と雄叫びを上げた。
「酷い!お前らは酷過ぎる!」
朋広は、基喜が有希の目を取ったのだと勘違いしていた。
自分で目を切り裂き、あれほど有希を傷つけないでくれと頼んだのに、それを無視されたのだと誤解していた。
亜希子はすかさず「違うわ!彼女は自分で・・・・、」と弁明したが、朋広の叫びに遮られた。
「お前らは悪魔だ!有希の言うとおり悪魔だ!」
「だから違うって!それは彼女自身が・・・・・、」
「俺はな、有希の為なら何だってするぞ!俺が光を失うのはいいが、有希は駄目だ!有希はいつだって光を見ていないと駄目なんだ!暗闇にいては駄目なんだ!」
朋広は右手の数珠を外し、力任せに引き千切った。
大粒の珠が床に転がり、基喜の足元に当たる。
しかし全ての珠が床に落ちたわけではない。朋広の手の中には、数個の珠が握られていた。
そして珠を握ったまま人差し指を伸ばし、それを眼球に突っ込んだ。
指の第一関節を曲げ、眼球の裏側にしっかりと指し込む。その指を一気に引き抜くと、目玉が落ちて眼孔が露わになった。
そこへ手の中に握った、数珠の珠を詰め込んだ。
黒光りする珠が眼孔に押し込まれ、まるで虫の複眼のようになる。
それはえも言えぬ不気味な姿で、入りきらなかった珠が、ぽろりと床に落ちた。
「有希には光がいる。俺がその光を取り戻す。」
朋広は経を唱え、堂内に蠢く幽霊たちを呼び寄せた。
どの幽霊も目玉がないが、朋広の経に引かれて群がって来る。
そして目の中に詰め込まれた数珠に向かって、その手を伸ばした。
「お前らに俺の身体をくれてやる!その代わり、俺に光を与えろ!仮初の光でもいいから与えるんだ!一番良く働いた奴に、この身体をくれてやる!」
その言葉を聞いて、幽霊たちは我先にと眼孔の数珠に入り込む。
朋広は幽霊たちの力を得て、どうにか光を取り戻した。
しかしその光は、とても歪んだものだった。
まるで熱探知センサーのように、命ある者、そして幽霊だけが光って見えるような視界だった。
それ以外の物は、ぼんやりと輪郭だけ浮かび、黒く霞んでいた。
「いいぞ。誰がどこにいるか分かれば、それでいい。お前ら・・・・よく働けよ。」
そう言ってサッと身を捩り、千手観音の腕に足を絡めた。
すかさず腕ひしぎ十字固めを極めて、木造の腕をへし折ってしまう。
「まずい!基喜、もうそいつを殺して!それはもう人間とは呼べない!」
亜希子に言われて、基喜は無数の手で掴みかかる。
しかし朋広は素早く短刀を拾い上げ、基喜の頭蓋骨に投げつけた。
鋭い先端が眉間を貫き、頭蓋骨にヒビが入る。
基喜の悲鳴がこだまして、そのまま後ろに倒れていった。
「基喜!」
亜希子が駆け寄ると、朋広は頭蓋骨から短刀を抜いた。
そして有希を抱えて、そのまま寺院を逃げ出した。
「あんた!どこ行くつもり!?」
「光だ!有希に光を取り戻す!」
朋広は常人離れしたスピードで走り、そのまま道路まで出て行く。
そして通りかかった車を止めて、乗っていた若いカップルを引きずり出した。
カップルは朋広の異様な目を見て、大きな悲鳴を上げる。
女が「警察を・・・・、」と叫ぼうとした瞬間、首を刺して殺してしまった。
その勢いで男まで手に掛け、短刀で霊体を切り離す。
それを数珠の目の中に吸い込むと、車に乗って走り去った。
周りで見ていた通行人は、悲鳴を上げるのも忘れて、唖然としていた。
しかし弾かれたようにケータイを取り出し、警察へ通報したり、救急車を呼び始めた。
亜希子は「やばい・・・・」と漏らし、基喜の頭蓋骨を抱き上げた。
眉間には短刀の痕が残っていて、地割れのようなヒビが走っている。
「基喜!」と呼びかけると、短く返事があり、弟の心がまだ現世に留まっていることに安心した。
「もう私たちだけじゃ無理だわ。お父さんにも手伝ってもらわないと。」
亜希子は電話を掛けようとして、自分が裸のままなことに気づく。
寺院の中を漁り、有希の服を見つけて袖を通した。
「あの子スタイルいいのね。私も自信がある方だけど、お腹がちょっとキツイわ。」
全裸から解放されると、今度は自分の持ち物を探した。
最初に連れて来られた蔵に戻ると、自分が犯されていた部屋の隣に、スマホと財布が置いてあった。
「スマホは散々調べられただろうなあ。まあ見られて不味い情報は入れてないけど。でもバッテリーが切れてる。充電くらいしとけってのよ。」
独り言を漏らしつつ、寺院まで戻る。そして廊下にある電話を見つけ、父の番号に掛けた。
「ああ、もしもし、お父さん?あのね、ちょっとヤバイことに・・・・・、」
思いもしない展開になってしまったことを告げ、いったいどうしたらいいのか指示を仰ぐ。
星野は娘の説明を聞いて、とりあえず一旦戻って来いと言った。
そして電話を切る前、『ちゃんとデータは取ってあるんだろうな?』と尋ねた。
「もちろん。奴らも目玉の奥までは調べなかったからね。余さず映像は撮ってる。」
『そうか。なら論文がよく出来ていたら、あの神社はお前と基喜に任せるよ。』
「うん、期待しといて。」
電話を切り、ふうと息をつく。そして右目に指を突っ込み、そのまま眼球を取り出した。
それを手に乗せ、クルリと裏側を向ける。
そこには小さな黒い物体が挿さっていて、指で押した。
すると中からマイクロSDカードが出て来て、亜希子はニヤリと笑った。
「誰も目玉がカメラになってるなんて思わないわよね。文明って、とうに喜恵門の力なんか超えてるかも。」
進歩する科学に舌を巻きながら、眼球を戻す。
そして基喜の頭蓋骨を、タンスから拝借したタオルに包んだ。
「一緒に戻りましょ。身体ならまた用意してあげるから。」
タオルに包んだ弟の頭を撫で、裏口から外に出る。
運よく通りかかったタクシーを捕まえ、素早く乗り込んで、行き先を告げた。
寺院から離れていく途中、救急車のサイレンが聞こえて来て、事態が大事になるであろうと予想した。
「早く治めないと、どんどん派手になっていく。国のお偉いさん達を怒らせる前に、カタを付けないとね。」
窓の外に流れる景色を睨みながら、朋広はどこへ行ったのだろうと考える。
スマホを弄びながら、朋広が向かいそうな場所を予想する。
その時、手の中からスマホが落ちて、足元に当たる。そしてふとある事を思い出した。
「やば・・・・これバッテリーが・・・・、」
そう言って再び眼球を取り出す。
あの寺院に監禁されて、丸一日。小型のバッテリーは、一度も交換していない。
「ああ・・・・これ半分くらいまでしか映ってないわ。最悪・・・。」
苛立ったように言い、手の中で眼球を回す。
ミラー越しにそれを見ていた運転手が、口を開けて震えていた。

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