霊体解剖 第十七話 結合(1)

  • 2015.07.04 Saturday
  • 08:57
JUGEMテーマ:自作小説
細い田舎道の先に、看板を下ろしたした喫茶店が建っていた。
周りにはほとんど何もなく、ポツポツと点在する民家も、空き家になっている所が多い。
近くには大きな国道が通っていて、大型トラックが何台も駆け抜けていく。
その国道から、一台のタクシーが入って来た。
そのまま喫茶店の駐車場に向かい、中から亜希子が下りて来る。
お金を払い、「お釣りはいらないから」と、すぐにタクシーを追い払った。
そしてタオルに包んだ基樹の頭蓋骨を抱きながら、閉店の札がかかったドアを開けた。
カランと音が鳴り、「お父さん!」と叫ぶ。
奥から星野が現れ、「おう」と手を挙げた。
「大変だったみたいだな。無事か?」
「まあね。基樹も戻って来たよ。」
そう言ってタオルを外すと、星野は「ああ、よかった」と顔をほころばせた。
大切そうに息子の頭を抱き、「すぐ身体を用意してやるからな」と言った。
「お父さん、再会を喜ぶのもいいけど、今は朋広君を捜す方が先よ。どこへ行ったか分かる?」
亜希子は焦った顔で尋ねる。星野は「有希ちゃんに光を取り戻すと言っていたんだろう?」と聞き返した。
「そう。あの子、私たちが有希ちゃんの光を奪ったと思ってる。強い憎しみを抱いてるから、放っとくと危険よ。」
「すでに二人殺したんだっけ?」
「若いカップルが犠牲になった。たまたま通りかかっただけのなに、可哀想に・・・・。」
殺された若いカップルを思い出し、このままでは更に犠牲者が出るだろうと不安になる。
星野はそんな娘を見て、「とにかくコーヒーでも飲め」と、奥へ連れて行った。
厨房を通り過ぎ、ドアを開けて事務所に入る。
そこには勉と鈴音が座っていて、「亜希子さん」と勉が立ち上がった。
つられて鈴音も立ち上がり、「有希ちゃんと朋広君は?」と心配そうに尋ねた。
亜希子は鈴音の頭を撫で、「大丈夫だよ」と微笑んだ。
「嘘や。電話でおじさんが話してるの聞いてたもん。ヤバイことになってるんやろ?」
「まあ・・・・ねえ。全くの無事ってわけじゃないわ。」
「・・・・・・・・・・。」
「鈴音ちゃん、とりあえず座ろ。あの二人を見つけて、希恵門の力を封印しないといけない。そうすれば、また家族みんなで過ごせるから。」
そう言って鈴音の背中を押し、椅子に座らせる。
「ほら、勉君も。」
鈴音の隣に勉を座らせ、自分は向いに腰を下ろした。
「あの二人なんかよりも、君たちはどう?参ってない?」
亜希子は努めて優しい声で尋ねる。鈴音は俯き、何も答えない。
しかし勉は真っ直ぐに顔を上げて、「僕は平気です」と答えた。
「ほんとに?」
「本当です。怖いと思うけど、でも平気なんです。」
そう答えて、亜希子からもらった勾玉に触れた。
まるでミサンガのように右手に巻かれていて、それを撫でるだけで、勉の心は落ち着いた。
「風間さんが傍にいるのが分かるんです。僕の幽霊も。」
「うん、色が出てるから、近くに立ってるのが分かる。」
「あの日、僕が神社から逃げ出して、すぐに幽霊に捕まりました・・・。」
「あっさりだったよね、アレ。私たちが追いかけなきゃ、そのまま目玉を抉られてたかも。」
「そうだけど・・・・でも風間さんも助けてくれました。」
「彼も死ぬ間際に改心したみたいだから、君のことを放っておけなかったんだろうね。でもビックリしたでしょ?彼が現れた時。」
そう問われて、勉は「まあ・・・・」と頷いた。
「そりゃ驚くわよね、死体が出て来たんだから。」
「いきなり神社の森から出て来て、僕の幽霊から守ってくれました。でも・・・・ちょっと怖かったです。」
「水に浸かってた死体だからね。腐ってたもんね、すごく。」
「風間さんが、僕の中から悪い心を追い払ったあの日、ずっと僕の事を守っててくれたんです。風間さんだって幽霊になっちゃったのに、家に先回りしておじいちゃんとおばあちゃんを守ってくれました。すごく良い人だと思います・・・・。」
「元々世の中の救済を考えてた人だからね。根っからの悪人じゃないわよ。」
「すいません・・・・たくさん人を殺してるって聞いても、そんな風に思えないから・・・・。」
勉は言葉を濁し、亜希子から目を逸らした。
「気にしなくていいよ。君が出会った風間は、間違いなく善人だった。今までの行いを悔いてたから、どうにか君を助けたかったんだろうね。」
「あの・・・・風間さんには、有希さんと朋広さん以外にも、仲間がいるんですよね?」
「そうよ。」
「その・・・・そういう人達は、これから僕たちや亜希子さんたちのことを襲ったりしないんですか?」
勉は怯えながら尋ねる。亜希子はケラケラと笑い、「それは平気」と答えた。
「奴らの宗派なんて、烏合の集みたいなもんだからね。はみ出し者がくっついた、何も出来ない連中ばかりよ。もしこれ以上暴れるなら、別の宗派の人間が黙ってないわ。すでに何人かの仲間が、元いた宗派から制裁を受けてるみたいだし。」
「はあ・・・・・・。」
「私たちはね、派手な喧嘩は出来ないのよ。国の偉い人達が怒っちゃうから。だから大事になりそうになったら、自分たちでカタをつけるの。まあこんな大人の事情は、勉君が心配することじゃないわ。有希ちゃんと朋広君さえどうにか出来れば、もう君たちに危害が及ぶことはないから。」
そう言って、安心させるように微笑みかけた。
そして勉の後ろに視線をやり、死者が放つ黒い色を睨んだ。
「風間さんと君の幽霊、きっと力を貸してくれると思う。」
「はい・・・。」
「君の幽霊が君を襲ったあの時、私たちはただ退治することしか考えていなかった。でも風間さんは違ったわ。彼は君の悪い心までも、救おうとしていた。」
「・・・・・・・・・・・。」
「あの棚田まで、わざわざ自分の身体を取りに戻り、ずっと神社の森に身を潜めていたのよ。霊体だけで戦っても、君を守れないと思ったから。」
「なんか・・・すごいですよね。自分の死体を隠して、武器として使おうとするなんて・・・・。」
「それもあるけど、事件が発覚して、騒ぎが大きくなることを避けたかったのね。でも彼は肉体を得て、君を守りに来た。おかげで君は、自分の幽霊から逃れることが出来た。」
「はい・・・・。亜希子さんと基樹さんのおかげでもあるけど・・・・。」
「君のおじいちゃんと約束したからね。お孫さんは絶対に守りますって。」
亜希子はまた微笑みを投げる。勉はその笑顔に、大きな安心を覚えた。
「風間さんは、君の幽霊を改心させることに成功したわ。今までの自分の行いを、包み隠さず話してね。そうすることで、君の幽霊の歪んだ考えを直そうとした。思想にしろ性癖にしろ、歪んだ道の先に何が待っているか、風間さんはよく知ってるからね。」
亜希子はまた微笑みを投げ、鈴音の方に目を向けた。
「鈴音ちゃん、平気?」
優しく問いかけると、鈴音は「家に帰りたい・・・」と呟いた。
「もうこんなん嫌や・・・・。お父さんとお母さんに会いたい・・・・。」
「そうよね。でももうじき終わるわ。あと少しだけ辛抱して。」
亜希子は鈴音の頭を撫で、「お父さんもお母さんも、それにおじいちゃんもおばあちゃんも無事だから、心配ないよ」と語りかけた。
「お父さんの知り合いの神主さんの所にいるから、危害が及ぶことはないわ。破魔木神社って所なんだけど、神仏習合の名残が強い神社なの。神道系と仏教系の両方と付き合いがあるから、誰も手が出せない。ちゃんと守られてるから。」
「・・・・・・・・・・・。」
「ごめんね、小難しいこと言っても分かんないよね。まあとにかく心配はいらないってことだから。」
「ほな私もそこに行きたい・・・・。こんなとこ嫌や・・・・。」
鈴音は堪らず泣き出し、勉が肩を撫でてやる。
亜希子は「ごめんね」と謝り、「でも今はここにいてほしいの」と言った。
「なんで!?お父さんとお母さんのいる神社の方が安全なんやろ?じゃあそこに連れて行ってよ!」
「出来ないのよ、ごめんね。」
「残るのお兄ちゃんだけでええやろ!お兄ちゃんの幽霊がおるから、お兄ちゃんもここにおるんやろ!?私はいらんやん!」
「いるのよ、鈴音ちゃんも。それに怖い怖いって言うけど、有希ちゃんと朋広君のことが心配なんでしょ?」
「心配やけど、でも幽霊とか人が死ぬとか、もう怖い・・・・・。そんなもう嫌や・・・・・普通の生活がしたい・・・。」
鈴音は顔を覆って泣く。それを可哀想だと思う亜希子だったが、この二人には、ここにいてもらわなければならない事情があった。
「君たちには、私たちの目の届く所にいてもらわないと困るのよ。何かあった時に対処出来ないし、それに有希ちゃんと朋広君は二人を狙ってる。最悪あの二人を見つけられなかったとしても、君たちを求めてここへ来る可能性があるから。」
「そんなん囮ってことやんか!それが怖いって言うてるんや!」
「だから守るって言ってるじゃない。」
「でも負けそうになったんやろ!だから戻って来たんやろ!?」
「不意をつかれて捕まったからね。そうじゃなければ、あの二人には負けなかった。それにここにはお父さんがいるから、若いあの二人じゃ勝てないわ。」
「ほな最初からおじさんが行けばよかったやん!それで終わったんと違うの!?」
「それは・・・・、」
もっともな意見に、亜希子は口を噤む。
しかしその質問に答えることは出来なかった。
なぜなら朋広と有希を改心させることは、亜希子と基喜にとって、父が与えた試練だったからだ。
ここで力を証明し、それを論文として父に提出する。合格点がもらえれば、あの神社を自分たちに任せてもらえる。
勉と鈴音を守る本当の理由は、二人を助ける為というより、自分と基喜の為だった。
亜希子は口を噤み、「もう少し我慢して・・・・」と答えることしか出来なかった。
すると星野がコーヒーを運んで来て、三人の前に置いた。
亜希子は「ありがとう」と受け取り、勉と鈴音にも飲むようにすすめる。
勉は頭を下げながらカップを手に取ったが、鈴音は飲もうとしない。
俯いたまま、「ここ嫌や・・・・」と繰り返していた。
「お父さん。鈴音ちゃん、これ以上もたないわ。早く朋広を見つけないと・・・・・。」
小声でそう言うと、星野は「力を貸してもいいが・・・・、」と前置きしてから、こう耳打ちした。
「これはお前たちの試練だぞ?お父さんが出しゃばったら、それは落第を意味することになるが、それでもいいのか・・・・・?」
「よくないけどさ・・・・・。でも相手の居場所が分からないんじゃ、どうしようもないわ。いずれここを嗅ぎつけるだろうけど、悠長に待ってるのは性に合わないし・・・・。」
「・・・・じゃあこうするか?とりあえず基喜に朋広君を捜させて、ここまで誘導しよう。勉君と鈴音ちゃんはお父さんが守るから、朋広君と有希ちゃんは、お前たちでカタをつけろ。」
「ほんとに?いいの?」
「その代わり、査定は厳しくなるぞ?次に負けたりしたら、落第どころか二度と神社を任せる機会は与えない。その覚悟はあるか・・・?」
「・・・・・いいわ、それでいい。きっと基喜だって納得するでしょう。すぐやってよ。」
二人はヒソヒソと話し合い、そして勉の後ろに視線をやった。
星野には風間と勉の幽霊が見えていて、チョイチョイと手招きをした。
事務所を出て厨房まで行き、そこで「朋広君を殺さないといけないかもしれない」と伝えた。
「亜希子の話を聞く限りじゃ、朋広君は暴走してる。ここで確実に止めないと、何をしでかすか分からない。風間さんにとっては辛いだろうが、どうか理解してほしい。」
そう言ってから、今度は勉の幽霊に話しかける。
「君はしばらくあの二人に利用されていたね?霊体の研究だなんてもんに付き合わされて、さぞ迷惑しただろう?」
同意を求めるように尋ねると、勉の幽霊は「はい」とも「いいえ」とも答えなかった。
「君は風間さんの手によって改心した。だから協力してあげてほしいんだよ、亜希子と基喜に。朋広君はたくさん幽霊を吸いこんで、きっと今じゃ亜希子と基喜よりも上だ。だから君と風間さんの協力がいる。一緒に戦ってあげてくれるね?」
念を押すように言うと、勉の幽霊は風間を見上げた。
眼球はないが、空洞になった眼孔を向けて、じっと見つめる。
風間は無言で頷き、勉の肩を叩いた。
「僕は今から、基喜に新しい身体を用意する。きっとすぐに朋広君を見つけて、ここへ誘導して来てくれるだろう。その時は亜希子達と一緒に、彼を迎え撃ってほしい。勉君と鈴音ちゃんは僕が守るから。」
そう言って「風間さん、お弟子さんはあなたの救いを必要としています」と見つめた。
「多くの事を知らず、多くの経験をせず、あの子たちはいきなりあなたの跡を継がされ、道に迷っているようです。仏に仕えた者として、あの子たちに救済を与える義務がありますよ。」
その言葉に、風間は強く頷く。星野は「では基喜の身体を用意してきますので、しばらく待っていて下さい」と喫茶店を出て行った。
それから30分後、星野は基喜に新しい身体を用意した。
だがそれは、人間の身体ではなかった。
大きな丸い目を持つ、ミミズクの剥製だった。
基喜は、父の力でミミズクの剥製という仮初の身体を手に入れ、朋広を捜しに飛び立った。
そして朋広を連れて来るまでの間に、テレビでニュースが流れた。
それはあの寺院の近くで、若いカップルが殺されたというニュースだった。
男に車から引きずり出され、刃物で切りつけられて死亡。
男は車を奪い、そのまま逃走した。そしてその男は、虫の複眼のように、とても不気味な目をしていた。
そんなニュースが流れ、亜希子は「ああ・・・」と嘆いた。
「お父さん、これ大事になってるよ。」
「そうだな。しかし事件の背後に、僕たちが関わっていることがバレなければいいんだよ。世間にさえ知られなければ、どうということはないから。」
星野は楽観的に言い、それを聞いた亜希子は「人が死んでるのに・・・・」と眉間に皺を寄せた。
ニュースは再放送のドラマを中断して、大きく事件を報じる。
どうかこれ以上騒ぎが起きないでくれと願いながら、亜希子は基喜の帰りを待った。
それからさらに一時間後、また通行人が刃物で襲われるといたというニュースが流れた。
幸い命に別条はないが、顔を切られて大きな怪我を負っているという。
場所はここから近く、車で二十分ほど。
亜希子は「朋広だ・・・・」と呟き、居ても立ってもいられなくなって、喫茶店の外に出た。
「こっちに近づいてるってことは、基喜が上手く誘導してるってことね。」
そう呟きながら、ぐるりと空を眺める。
緩い風が吹き、ゆっくりと雲が流れていく。一つの雲が山の向こうに隠れ、それと同時に一羽の鳥が飛んできた。
亜希子は目を凝らし、その鳥を見つめる。
鋭く曲がったクチバシに、大きな丸い目。そして死者特有の黒い色が浮かんでいる。亜希子は「基喜!」と手を振った。
山の向こうから現れたミミズクは、そのまま真っ直ぐ飛んで来て、亜希子の腕にとまる。
《来た・・・・・追いかけて来たぞ・・・・・。》
どこからともなく基喜の声が響き、ミミズクはひらりと地面に落ちてしまう。
「基喜!」
亜希子はすぐに抱き上げ、弟の名前を叫ぶ。
ミミズクは剥製に戻っていて、ピクリとも動かなかった。
《早く・・・・・準備を・・・・・。もうじき・・・・襲って来る・・・・。》
背後から基喜の声が聞こえ、亜希子は振り返る。そこには黒い色が浮かんでいて、弟が傍にいることに安心した。
するとその時、山の向こうへ伸びる国道から、一台の車が走って来た。
その車は黄色いコンパクトなスポーツカーで、他の車を追い越しながらこちらに迫っていた。
亜希子はその車に見覚えがあり、すぐに喫茶店の中に戻った。
「お父さん!来たよ!」
事務所まで駆け込むと、星野は手を挙げて応えた。
「警察に少しだけ時間をもらったから、その間にカタを付けるんだ。」
そう言って手にしたケータイを振った。
「朋広君がこれ以上人を殺せば、本格的に警察が動き出す。捕まえるのが困難な場合、機動隊やSATの出動もあり得ると言われた。それに他の宗派からも応援を呼ぶそうだから、短時間でカタを付けなきゃ大事になる。」
星野はケータイを閉じ、腕時計を確認した。
「もらった時間は30分。午後四時半までにカタを付けるんだ。もしそれが無理だった場合、お父さんがカタを付ける。そうなればお前たちが神社を継ぐチャンスは二度と・・・・、」
「ああ、もう!それはさっき聞いた。とにかく30分でどうにかすりゃいいんでしょ?」
亜希子は苛立ったように言い、ミミズクの剥製を差し出した。
「基喜が分離した。もう一回入れてあげて。」
「駄目だ。もう手は貸しただろう?」
「論文の査定が厳しくなってもいいから。お願い!」
そう言ってミミズクを父の手に押し付ける。星野は「仕方なないな・・・」とため息を漏らしながら、懐から濁った勾玉を取り出す。
それをミミズクの口に押し込み、手を叩いて祈りを捧げた。
目を閉じ、少ししゃがれた声を響かせながら、祝詞を捧げる。
するとその瞬間、店の入り口の方から、ガラスの割れる音が響いた。
「来た!」
亜希子は事務所を出て、厨房を駆け抜ける。
そしてホールまで来ると、粉々に砕かれた入り口のドアを見つめた。
そこには有希を抱えた朋広が立っていて、数珠の詰まった目玉をこちらに向けた。
「・・・・・いる・・・・子供たちがここにいるな・・・・。」
店の奥から勉と鈴音の気配を感じ取り、朋広はゆっくりと進んでくる。
亜希子は息を飲み、「お父さん早く!」と叫んだ。
しかし返事は無く、代わりに黒い色が二つ出て来た。
それは風間と勉の幽霊で、亜希子は「一緒に戦って!」と叫んだ。
二人の幽霊は朋広の方へ歩き、風間が正面から掴みかかった。
朋広は床に押し倒され、目の中に指を入れられる。
そして左目の数珠をほじくり出されてしまった。
血で濡れた黒い珠が、コロコロと床を転がっていく。
朋広は「風間・・・・・」と呟き、短刀を抜いて突き刺した。
短刀は風間の腹を貫き、背中まで突き出る。
大きな悲鳴が響き、店の中の空気がビリビリと震えた。
朋広は短刀を突き刺したまま、ぐりぐりと動かす。そして横に薙ぎ払い、風間の脇腹を抉った。
また大きな悲鳴が響き、風間は堪らず後ずさる。
朋広はゆっくり立ちあがって、床に転がった珠を拾おうとした。
すると今度は勉が覆いかぶさってきて、また床に倒れた。
その衝撃で、気を失っていた有希が目を覚まし、あたりをキョロキョロと見渡した。
「・・・・見えない・・・・朋広!どこ!?」
光を失った有希は、手を伸ばして弟を捜す。その時、勉の背中に触れて、「勉君・・・・?」と首を捻った。
「これ・・・・勉君でしょ?あの子の幽霊でしょ?・・・・だったらあの子もここにいるのね!」
有希は笑顔になり、「案内して!」と叫んだ。
「私と朋広には、あの子たちの身体がいるの!だから案内して!」
有希に抱きつかれ、勉の幽霊は混乱する。
「お願いよ、私と朋広を助けて。勉君しかいないの!キスでもセックスでもしてあげるから、私たちを救ってよ!」
そう言って勉の手を握り、自分の胸に触らせた。
「女の子のことを知らないまま、あなたは死んだ。でもまだ遅くないわ。私がチャンスをあげる。だから私たちに味方して。」
有希は勉の手を強く胸に押し当て、その柔らかさを伝える。
勉はますます困惑し、初めて触る女性の胸に、大きな興奮を覚え始めた。
しかし亜希子が割って入り、「幽霊を誘惑してんじゃない!」と、勾玉の先端を振り下ろした。
それは有希の手に刺さり、鋭い悲鳴が響いた。
「いつまでも勉君を利用するな!」
勾玉を抜き、今度は拳を握って殴りつける。
有希は床に倒れ、殴られた口元を押さえた。たらりと鼻血が垂れ、指の間を伝う。
「朋広おおおおお!この悪魔を殺せえええええ!!」
風間と格闘していた朋広は、すぐに有希の元に走って来る。
そして床に転がった珠を拾い、左目に押し込んだ。
「有希・・・・大丈夫だ・・・・。また光を取り戻せるからな・・・・。」
最愛の姉を守る為、朋広は再び短刀を振りかざす。
・・・有希こそ自分の全て・・・・有希の幸せが自分の幸せ・・・・。
朋広は己の全てを懸けて、有希を守るつもりだった。その覚悟は凄まじく、ここで果てても構わないとさえ思っていた。
「有希には指一本触れさせない!俺がお前ら全員を殺す。何があってもだ!死んでも悪霊になって殺す!俺を止めることは出来ない!何やっても無駄なんだ!」
朋広の怒りは、魂まで燃やし尽くすほど熱くなっていた。
「誰も逃がさない!有希以外の全員が死ぬんだ!」
短刀を振り上げ、まずは風間に斬りかかる。吸いこんだ幽霊のせいで力が増し、人間とは思えないスピードで刃を振る。
命を懸けた朋広の凶刃が、風間の脳天に振り下ろされ、眉間まで食い込んだ。
風間は絶叫したが、歯を食いしばって倒れない。それどころか、《朋広!》と叫んで、彼の両手を掴んだ。
《不幸になるぞ!お前も有希も、永遠に光を見ることはなくなるぞ!例え目を取り戻してもだ!》
「黙れ!お前と関わった時点で、有希は不幸になってる!お前さえ会いに来なければ・・・・、」
朋広は目を血走らせ、鬼のような形相で吠える。
そして短刀に力を込め、そのまま斬り下ろした。
食い込んだ刃が、眉間を割って喉まで達する。風間は目を見開いて絶叫し、朋広の顔を掴んだ。
《僕は間違いを犯した!どれも許し難い間違いだ!観音様に救われることはない!》
そう叫びながら、朋広の両目に指を入れる。そして中に詰まった数珠を取り除こうとした。
《こんな物を押し込んだって、光は取り戻せない!お前が見ているのは、憎しみに歪んだ恐ろしい世界だ。》
「そんなことは分かってる!でもそれは有希の為だ。有希には正しい光を取り戻す!」
《無駄だ。こうしてここまで襲いかかって来た時点で、お前たちは改心の機会を失った。
僕はお前たちを殺し、これ以上世の中が汚れるのを防ぐ義務がある。》
風間は目を閉じ、経を唱える。その声は腹に響くほど重く、辺りの空気が強く揺れた。
すると朋広の目に詰め込まれた数珠から、大勢の幽霊が現れた。
風間の経に反応して、次から次へと表に出て来る。
「おい!ちゃんと働け!身体が欲しくないのか!?」
出て行く幽霊を引き止めようとするが、誰も朋広の言葉など聞かない。
風間の経に誘われるように、彼の周りに群がった。
《この幽霊たちは、僕の歪んだ思想の元に殺された、哀れな被害者だ。本来なら法の裁きにかけられ、犯した罪に見合う罰を与えられるはずだった。しかし僕は、その機会を奪ってしまった。だから罪滅ぼしをしないといけない。》
風間は幽霊たちに手を伸ばし、まるで観音菩薩のように、柔らかく微笑んだ。
幽霊たちは我先にと風間に抱きつき、救いを求めて指を立てる。
《僕もこの幽霊たちと同じで、生前はただの悪人だった。僕たちには僕たちの行くべき場所がある。
それは天国でも極楽でもなく、ましてや地獄でもない。一切の光が射さない、虚無の世界だ。》
そう言って力を抜き、天を仰ぐ。
するとその瞬間、床に黒い滲みが現れて、底なし沼のように風間と幽霊を飲み込んだ。
黒い滲みに沈んでいく途中、風間は朋広を見上げる。何もしてやれなかった無念、間違った道へ導いてしまったことへの後悔。
だから心から彼が救われることを願った。
現世で救いがもたらされることはなくても、せめて自分と同じ虚無の世界へは来てほしくないと、強く祈った。
《歪んだ光は悪と同じだ。お前はもう・・・・何も見ることは無くなるだろう。残された僅かな時間は、有希の為に使え。そうすれば救いがもたらされ、地獄に落ちる程度で済むだろう。》
風間の言葉は、朋広の耳に刺さる。
怒り狂った朋広は、短刀を振り上げて風間を刺そうとした。
しかしそれより先に、風間は黒い滲みの中へ沈んでいった。
自分が理不尽に殺した、多くの魂を連れて・・・・。
それと同時に黒い滲みは消え、短刀は床に突き刺さる。
朋広は悔しそうに叫び、「おおああああああ!」と吠えた。
「禍々しい奴め!最後の最後で、僅かな光まで奪っていきやがった!もう・・・・何も見えない!」
幽霊が消えた数珠の目は、もはや何も映さない。
辺りの景色も、憎き敵の顔も、そして愛する有希の姿さえも。
朋広は目をほじくり、珠を投げ捨てる。そして怒りに任せて刃を振り回した。
「有希には触れさせないぞ!俺の前に来い亜希子!首を落としやる!」
所構わず短刀を振り回し、テーブルや椅子を斬りつける。
すると誰かが頬に触れて来て、「朋広・・・」と呟いた。

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