霊体解剖 第十九話 解剖(1)

  • 2015.07.06 Monday
  • 13:38
JUGEMテーマ:自作小説
長閑な田園が、黄金色に染まっている。稲は穂を垂れて、収穫の時を待っている。
そんな長閑な田園の中に、鎮守の森が立っていた。
葉は赤く、そして黄色く染まり、森の中に色とりどりの葉を落としている。
そしてその鎮守の森の中に、歴史を感じさせる、立派な神社が建っていた。
祭神は大国主命。
国引き伝説に登場する神が、本殿の奥に鎮座している。
神主の星野は本殿の中に立ち、御神体である大きなヒスイに祈りを捧げる。
祝詞をあげ、深く礼をしてから、後ろに座る自分の子供たちを振り返った。
「亜希子、基樹。」
名前を呼ぶと、亜希子が立ち上がり、手にした分厚い紙の束を渡した。
それを受け取った星野は、再び御神体のヒスイを振り返り、その紙の束を神前に捧げた。
星野、亜希子、基樹の三人は、御神体に向かって手を叩き、一礼してから本殿を出た。
砂利の敷き詰められた境内に出ると、星野はニコリと微笑んだ。
「とても良い論文だった。じっくり霊体を解剖した甲斐があったな。」
そう言って踵を返し、鎮守の森を見上げた。
「ここは歴史のある神社で、それなりの力を持った者が守っていかないといけない。お前たちが不合格なら、別の神社から跡継ぎをと考えていたが、そうならなくてよかった。」
しみじみとそう言って、「あの三体の霊体をどうするかは任せる」と笑った。
「さらに研究を続けるもよし、あの世へ送るのもよし、世に解き放って行動を観察するのもよしだ。これからは全て、自分たちで判断するといい。」
そう言い残して社務所に向かい、「あ、そうそう」と振り返った。
「勉君と鈴音ちゃんから連絡があった。今度の休みにこっちへ来るそうだから、会ってやれ。」
そう言って、星野は社務所に消える。
残された亜希子と基樹は、神前に置かれた論文に目をやった。
「あの論文さ・・・、」
亜希子が口を開き、基樹が目を向ける。
「あれ・・・・有希ちゃんと朋宏君の犠牲の上に出来た物だよ。」
沈んだ声で言い、辛そうに俯く。
「あの二人の霊体、まだ勉君の目の中にいるわ。もうだいぶ弱ってるけど、まだ消滅したわけじゃない。」
そう言って、基樹の顔を見つめた。
「あの論文を作る為に、私たちは酷いことをした。霊体を取り出し、それを切り刻んだり、別の霊体と繋げたり。それに犬や猫の身体に宿してみたり、別の誰かの記憶を植え付けてみたり・・・・。人間とは思えないことをやったよね。」
悔いるような、そして責めるような口調で、亜希子は誰にでもなく語り掛ける。
基樹は「そうだな・・・」と頷き、「でもそのおかげで神社を任された。俺たちはずっと一緒にいられるんだ」と笑った。
「有希と基樹は、俺たちのせいで苦しんだ。研究の材料にされ、あちこち切り刻まれたりしたんだ。それは許されない事だし、俺たちが背負うべき罪だよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「だから俺は、あの二人を楽にしてやるべきだと思う。もう悪さをするほどの力は残っていないし、これ以上の研究は可哀想だ。だから楽にしてやろう。俺たちの手で。」
「そうだね。」
亜希子は頷き、基樹と共に本殿の裏に回る。
そして稲荷の社の前に立つと、手前にある賽銭箱を睨んだ。
二人でその賽銭箱を持ち、よろけながら脇にどける。
すると地面に取っ手のついた板が現れて、それを持ち上げた。
中には階段が続いていて、基樹がスマホのライトで照らす。
二人は慎重に下りて行き、階段の先にある廊下を睨んだ。
廊下の奥には一つだけ扉があって、鎖が掛けられている。その鎖は南京錠で施錠してあり、黄色いお札が貼られていた。
基樹はポケットから鍵を取り出し、南京錠を開ける。
亜希子はブツブツと祝詞を捧げ、黄色いお札を剥がした。
そして扉を覆う鎖を外して、取っ手に手を掛けた。
重い扉が左右に開き、中からぼんやりと光が漏れる。
それは松明の赤い光で、二人の顔を照らした。
部屋は12畳ほどの広さがあって、床には血の滲みが出来ている。
そして奥には鳥居があり、そ向こうに小さな社が建っていた。
その社の中には、小石ほどの小さなヒスイが祭られている。
二人は扉を閉め、鳥居の前に立つ。二礼二拍手を捧げてから、小さなヒスイを見つめた。
亜希子は「色は落ち着いてる・・・」と言い、「今なら取っても大丈夫よ」と基樹に教えた。
基樹は頷き、そっとヒスイを取る。するとそのヒスイを手に取った瞬間、中から勉の幽霊が現れた。
二人は勉の幽霊に向き合い、小さく微笑む。
「勉君、今まで協力してくれてありがとう。もう論文が完成して、神社は私と基樹が引き継ぐことになったわ。あなたはもう自由。罪滅ぼしは充分なくらい果たしたし、きっと良い所へ行けるわ。」
亜希子はそう言って、勉の頭を撫でる。基樹も「お疲れさん」と頭を撫で、「またいつかこっちに戻って来るまで、しっかり休んでおいで」と笑った。
勉の幽霊は頷き、自分の目玉を抉り出す。それを二人に差し出すと、子供らしい笑顔でニコリと笑った。
そして霧のように揺らめき、薄く透けながら消えていった。
二人は手を合わせ、勉に冥福を捧げる。
そして手にした目玉を見つめ、それぞれに宿った霊体を睨んだ。
赤い目には有希が、青い目には朋広が宿っている。
二人は目の中から、《ここから出せ!》、《身体を返せ!》と訴えていた。
亜希子は有希の宿った目玉を見つめながら、「もう自由にしてあげるから」と答えた。
手を握り、そのまま眼球を潰すと、中から有希の霊体が現れる。
口を開けて亜希子に襲いかかろうとするが、よろけながらその場にへたり込んだ。
その隣では、基樹が眼球を握り潰していた。中から朋広の霊体が現れ、有希の元に駆け寄る。
久しぶりに触れ合う二人、目は無くても、お互いに触れ合うことでその存在を確認する。
有希と朋宏は抱き合い、もう決して離れまいと、お互いの背中に指を立てる。
亜希子は辛そうに俯きながら、「利用してごめんね・・・」と謝った。
「あなたたちの身体を奪った上に、散々霊体を解剖して、研究の道具にした。全てはこの神社を引き継ぐ為に・・・・。私たちのやったことは、あなたたちのやった事と変わらないわ。いくら謝っても足りないけど、ごめんなさい・・・。」
亜希子の声は消え入りそうなほど小さく、耳を立てないと聴こえないほどだった。
しかし有希と朋宏は、その呟きをしっかりと聴いていた。
二人は抱き合ったまま、亜希子と朋宏を見上げた。
《ねえ朋広・・・・やっぱりこいつらは悪魔だったでしょ?》
《そうだな。風間と同等・・・・それ以上の悪魔かもしれない。》
《許せないし、腹が立つけど、私たちが鉄槌を下す必要はないわ。》
《分かってる。実は俺も感じるようになったんだよ、菩薩や仏の存在を。だから必ず、観音菩薩がこいつらに鉄槌を下す。この悪魔たち・・・・そしてこいつらの父親。必ず裁かれる時が来る!風間と同じように、虚無の闇へ沈むんだ。》
朋広は叫び、有希の手を取って立ちあがる。
《もう・・・・俺たちに力は残されていない・・・・。好きなように弄ばれ、消えた方がマシと思うくらいに辱めを受けた。》
《でも大丈夫・・・・私たちはこれからずっと二人だもの・・・。苦しんだ分は、贖罪として罪が打ち消される。天国とまではいなかくても、地獄へは行かないわ。次に訪れる生の時を信じて、私たちは二人で待つ。そしてあんたたち悪魔に、観音様の鉄槌が下されるのを、向こうで楽しみに見てるわ。》
二人はケラケラと笑い、手を繋いだまま霧散していく。
有希、朋広、二人の歪んだ道は終わりを告げ、ここではない世界へと旅立っていった。
亜希子と基樹はその場に立ち尽くし、二人が残していった言葉を噛みしめていた。
有希も朋広も、亜希子たちのことを悪魔と罵った。
そして全く菩薩や悪魔を信じていなかった朋広が、その存在を感じるようになった。
それはつまり、亜希子と基樹が、それだけあの二人に酷い事をしてきたという証拠だった。
・・・・自分たちは、風間以上の悪魔・・・・。
そう言われて亜希子は悔しかったが、何も言い返せなかった。
なぜならそれは事実であり、あの二人から見れば、自分たちは確かに悪魔に見えただろうと思ったからだ。
亜希子と基樹は地下室を後にして、再び本殿の前に立つ。
神前には論文の束が置かれていて、それは有希と朋宏の苦痛の上に作られたものだった。
亜希子は考える。
神社を継ぐ為、そして基樹とずっと一緒にいる為に、悪魔と罵られても仕方のないことをしてきた。
その罪を償うにはどうしたらいいか?
深く考えたが、すぐには答えは出ない。言いようのない暗い感情が渦を巻き、胸の中を駆け巡った。
「・・・・・あの二人の言う観音菩薩の鉄槌・・・・いつか本当に下るのかな?」
ぼそりと呟き、基樹の顔を見つめる。
「ねえ基樹、私たちは間違ったことをした。それは言い逃れ出来ないよね?」
「・・・・・・・・。」
「だったらやっぱり、いつか鉄槌が下ると思う?」
不安そうに言う亜希子に対し、基樹はこう答えた。
「・・・大丈夫だろ。俺たちは仏派の人間じゃないし、仏の教えの外にいるんだ。有希と朋広が悪さをしたからって、大国主命が鉄槌を下したりしなかっただろ?」
「それはそうだけど・・・・、」
「誰だって信じるものがあって、その中に敷かれた道を歩いてる。自分で選んだ道じゃない。元々そこにある道を歩いてるんだ。幸も不幸も、そして恩恵も罰も、その道の中にしかないものだよ。だから俺たちが菩薩から鉄槌を受けることはない。」
「・・・・だといいけどね。有希ちゃんと朋広君は、確かに私たちとは別の道を歩いていた。だけど目指している場所は、実は同じ所かもしれない。そうだとするなら、その先にいる誰かから、やっぱり鉄槌を喰らうかもよ?」
亜希子の不安は拭えず、暗い目で論文を見つめる。
神、菩薩、悪魔、人間・・・・・立つ場所は違えど、どこかで同じ道として繋がっているように思えて仕方なかった。
「良いも悪いも、先のことは誰にも分からないわ。今は不安に怯えるしかないみたい・・・。」
そう言って無理矢理笑顔を作り、「戻ろ」と基樹の手を引いた。
今、二人は有希と朋広の身体に入っている。
それはかつて、仏の道を歩いていた身体だ。ならば今の二人は、仏の道から完全に無縁ではないという事を意味している。
亜希子にとってはそれが不安の種であり、菩薩の鉄槌から完全に逃げられるとは思っていなかった。
社務所に入る前、一度だけ本殿を振り返る。
強い陽射しが影を作り、本殿の下に揺れている。
そしてほんの一瞬だけ、人の形になって揺れた。
よく見ると、それは御神木の影が揺れただけだと気づく。
しかし亜希子には、それがいつか鉄槌を下しにやって来る、恐ろしい化け物のように思えた。


            *


論文が完成した日から二日後、勉と鈴音が神社に訪れた。
亜希子は二人を出迎え、「久しぶり」と笑った。
「勉君、今日は仕事休みなんだ?」
「はい。祖父の法事って言ったら、休みをくれました。」
「よくあるよね、そういう嘘。休みをもらう時の定番。」
亜希子は可笑しそうに笑い、「おじいちゃんは元気?」と尋ねた。
「みんな元気ですよ。でもあの時のことはタブーなんです。みんな無かったことにしたいみたいで。」
「そりゃそうでしょうよ。誰だって殺人だの幽霊だのに関わりたくなんかないわ。君たちだって、早く忘れた方がいいと思う。」
「いえ、忘れることはしません。ていうか出来ないんですよ。だって・・・・・なあ?」
勉は小さく笑い、鈴音に目を向けた。
「うん。だって今の私、人の色が見えるんやもん。」
鈴音は嬉しそうに笑い、「お兄ちゃんも幽霊が見えるようになったんやで」と言った。
それを聞いた亜希子は、口を開けて固まる。
「え?ちょっと待って・・・・。色と幽霊が・・・・?」
「はい、見えるようになったんです。」
「な、なんで・・・・・?」
「なんでって、僕らにも喜恵門の血が流れてるんでしょう?」
「そうだけど、でも力は眠ってたはずよ。誰かが開眼さないと、表に出て来ることは・・・・・、」
そう言いかけて、ハッと口を噤んだ。
「・・・・・もしかして、うちのお父さんのせい?」
恐る恐る尋ねると、勉と鈴音はニコリと頷いた。
「ああ・・・・やっぱり。じゃああのマネキンの時だ・・・・。」
亜希子は頭を押さえ、あの時の事を思い出した。
有希と朋広が喫茶店に乗り込んで来たあの時、戦う前にある作戦を立てていた。
それは亜希子と朋広が危なくなった時、勉と鈴音にも協力してもらうということだった。
勉も鈴音も最初は嫌がったが、いざ朋広たちが乗り込んでくると、途端に恐怖に怯えた。
・・・・もしかしたら、自分たちの身体が乗っ取られてしまうかもしれない・・・・。
その恐怖が現実のものとなり、勉と鈴音はすぐに協力することに決めた。
そして星野の力を借りて、朋広を抑え込むことにしたのだ。
マネキンに霊体を移し、それを罠として朋広をおびき寄せる。
その後に「鈴音は今でも二人のことを友達と思っている」と、最もらしい嘘をついて油断させた。
あの時、勉と鈴音が語った言葉は、全て演技であった。
鈴音はもう有希と朋広のことを友達だなんて思っていないし、勉は有希に恋なんてしていない。
自分の身体を乗っ取ろうとする者たちに、親しみなど感じるはずがなかった。
だから星野の力を借りて、朋広を罠に嵌めた。
亜希子は「あの時のせいで力が発現したのね」と嘆き、「なんてこと・・・」と首を振った。
そしてすぐに「力を封印しようか?」と尋ねると、二人は首を振った。
「いえ、このままでいいです。」
「うん、だって特別な力やし。」
「でも危ない力でもあるんだよ?それは分かってるでしょ?」
「じゃあ亜希子さんと基喜さんは、どうして封印しないんですか?」
「それは神社を継ぐ為よ。」
「そうすれば基喜さんと一緒にいられるから?」
「そうよ。悪い?」
「じゃあ神社を継がなくても基喜さんと一緒にいられるなら、力を封印しますか?」
「それは・・・・・どうだろう?分からない・・・。」
亜希子は口元に手を当て、深く考える。すると勉と鈴音が笑いだし、「何よ?」と睨んだ。
「だって迷ってるから。」
「うん、めっちゃ迷ってる。それってさ、結局力を封印したくないってことやんな?」
「そうとは言ってないけど、でも便利な力ではあるよね。人の色が見えると、そいつがどういう人間なのか分かるし。でもさ、それが危険な事でもあるってことは、君たちは知っておかないといけないよ?」
指をさして注意すると、二人は素直に頷いた。
「分かってます。だって有希さんと朋広君みたい人もおるし。」
「そうそう!それやねん!あの二人のこと気になってたんやけど、今はどうしてるん?まだ実験材料にしてるん・・・・?」
鈴音が不安そうに尋ね、「なあ?」と答えを急かす。
亜希子は「もう自由にしてあげたよ」と答えた。
「二人ともここじゃない世界へ旅立ったわ。勉君の幽霊も、もういない。」
有希たちのことを思い出し、亜希子はしみじみと言う。
その言葉の裏には、自分たちがしてきた、悪魔のような酷い行いを責める思いもあった。
それを感じ取ったのか、鈴音が「有希さんとい朋広君、きっと亜希子さんらのこと恨んでるやろね」と言った。
「いっぱい酷いことしたんやろ?霊体の解剖やっけ?そんなことしてもええの?」
「いいわけがないわ。こればっかりは私たちが悪いと思ってる。でも目的の為の犠牲は仕方のないことよ。許されることじゃないし、正当化するつもりもない。でも仕方のないことは仕方のないことなの。そういうことは世の中にたくさんあって、君たちも大人になれば分かるわ。」
亜希子は冷たく言い放ち、ここでこの話題を終わらせようとする。
これ以上有希たちのことについて語れば、さらに自分を責めることになる。
それは耐えがたいことだったし、出来るだけ早く忘れてしまいたかった。
「せっかく来たんだから、ゆっくりしていってよ。仕事や学校の話を聞かせて。」
そう言って二人の背中を押し、社務所へ歩く。
中に入ると、基喜と星野も出迎え、皆で談笑が始まった。
勉と鈴音が力を目覚めさせたことを知ると、基喜は口を開けて固まった。
しかし星野は「やっぱりそうなったか」と、何でもない事のようにお茶をすすっていた。
「もし封印するつもりになったら、いつでもおいで。」
そう言って笑いかけると、鈴音が「目玉を取ったりせえへんよな?」と怖がった。
「喜恵門の力は目に宿るんやろ?じゃあ力を封印するってことは、目玉を取るってことにならへんよな?」
「大丈夫、そんなことはしないよ。だから心配しなくていい。」
「よかった。ほな今はこのままでええわ。だって今好きな人がおるんやけど、その人の気持ちを探るんに、すっごい便利やねん。他に狙ってる女子もおるけど、私負けへんで。」
鈴音は得意げに語り、星野たちの笑いを誘った。
それからしばらく談笑を続け、二時間が経とうとしていた。
勉は「じゃあそろそろ・・・」と、鈴音をつついた。
「せやな。あんま長いことお邪魔したら悪いし。」
二人は立ち上がり、頭を下げてお礼を言う。
そして玄関まで向かうと、亜希子たちが見送りに来てくれた。
「勉君、鈴音ちゃん、またいつでもおいで。」
靴を履く二人の背中に向かって、亜希子が手を振る。
勉は立ち上がり、「はい」と笑った。
そして二人で出て行こうとした時、鈴音が「あのな・・・」と振り返った。
「線香のこと覚えてる?」
「線香?」
何のことか分からず、亜希子は首を傾げる。すると星野が「ああ、あの事か」と頷いた。
「君たちのおじいちゃんが言っていた線香のことだな?薬が混ぜてあるっていう。」
「そう。あれな、この前結果が出てん。」
「ほう。それで・・・・どんな薬が混ざっていたんだ?」
星野は興味を惹かれて尋ねる。鈴音は勉と顔を見合わせ、少し間を置いてから答えた。
「覚醒剤。」
「覚醒剤?あの麻薬の?」
「そう。ほんのちょっとだけやけど。」
「その事は他に誰か知ってるかい?」
「ええっと・・・・うちの家族と、調べた大学の先生くらいやと思うけど。あとそれを預かったお医者さん。」
「なるほど・・・・覚醒剤ね・・・・。」
星野は呟き、「危険な物を混ぜてたんだなあ」と唸った。
「分かってると思うけど、この事はあまり人には・・・・、」
「うん、喋らへん。でも・・・・、」
「でも?」
「調べた先生とか、預かったお医者さんは知らんよ。警察とかに言うてるかも。」
「ああ、それは問題ないよ。こっちでどうとでも出来るから。ただね・・・・やっぱりそれでも、べらべら人に喋るのは良くないから。」
「うん、だから誰にも言わへん。もう怖い思いするの嫌やもん、な?」
そう言って、鈴音は兄に微笑みかける。
「鈴音の言うとおりです。僕らはもう危ない目なんてゴメンやし、これからは普通に暮らしたいんです。ニュースだってもう僕の事件を取り上げへんし、目立つようなことは嫌やから・・・・。」
勉は暗い顔で言い、「ほな帰ろか」と妹の手を握った。
「それじゃお邪魔しました。」
「またね。」
二人は手を振り、仲良く去って行く。
繋いだ手をしっかりと握りしめて、楽しそうに喋りながら。
それを見た亜希子は「あの子たち、あんなに仲良かったっけ?」と首を傾げた。
「仲の悪い兄妹とは思わなかったけど、手を繋ぐほど仲良くはなかったよね?」
そう言って基喜に尋ねると、「さあなあ・・・」と唇を尖らせた。
すると星野が「すぐに後を追え」と言った。
「あの二人、喜恵門の力が目覚めたから、お前らのようになるかもしれない。」
「どういう意味?」
「兄妹で恋に落ちるかもという意味だ。喜恵門の血を引き継ぐものは、その血を途絶えさせない為に、近親者で結ばれようとする。あの二人にも、その兆候が出ているんだ。」
「ああ、なるほど・・・・。」
亜希子は頷き、去りゆく二人を見つめる。
「でもさ、それは仕方ないんじゃない。私と基喜だってそういう関係なんだし、力で引き裂くのは無理よ。」
「確かにな。でも仕方のない事とはいえ、良い事ではない。お前たちのことはもう諦めたけど、まだ若いあの子たちが、間違った道に進んではいけない。」
「そりゃそうだけど・・・・・、」
「それに気になることもある。いいからあの二人を追え。見つからないようにな。」
星野はそう言って背中を押し、「何かあったらすぐに知らせに来いよ」と言った。
亜希子と基喜は、戸惑いながら勉たちを追いかける。
見つからないように距離を取りながら、境内を歩いて行く。
鎮守の森へ続く階段を下り、先を行く二人の背中を見つめた。
勉と鈴音はしっかりと手を繋いでいて、時折顔を見合わせて笑っている。
それは兄妹というよりも、恋人に近い感じだった。
「やっぱりお互いに惹かれ合ってる感じね。もう恋人同然じゃない。」
亜希子は言い、「すごく幸せな色が出てる」と指をさした。
「二人の色が、物凄く鮮やかに浮き出てる。それにキラキラ輝いてるし、まさに幸せの絶頂って感じ。」
「そりゃあそうだろう。一番好きな人と一緒にいられるんだから。」
「でもこのことが家族にバレたら、即地獄よ。あっという間に幸せは消えてなくなる。」
「うん、まあ・・・・経験者は語るってところかな。」
「人ごとみたいに言わない。私たちだってそうだったんだから。」
亜希子は肘でつつきながら、唇を尖らせた。
勉と鈴音は鎮守の森を抜けて、田園の中を歩いて行く。
そしてふと立ち止まり、ほんの一瞬だけ唇を重ねた。
「あ!見た今の?」
「ああ、すいずんとマセてるな。もうヤッてるんじゃないか?」
「それはまだよ。お互いに経験はないはず。」
「そういうのも色で分かるもんなの?」
「ううん、ただの勘。」
亜希子は木陰に隠れながら、二人を追いかけていく。じっと様子を窺っていると、少しおかしな事に気がついた。
「ねえ基喜、あの二人変じゃない?」
「何が?」
「いくらなんでも、ちょっと幸せすぎる顔をしてるわ。顔の筋肉がたるみ切って、逆に表情が感じられない。」
「そうか?ずっとあんなもんじゃないか?」
「そんなことないわ。さっきキスをしてから、なんだか様子がおかしい。色も変な風に歪み出したし、これじゃまるで・・・・、」
そう言いかけて、亜希子は口を噤んだ。
「どうした?何かに気づいたのか?」
「・・・・・・・・・。」
「亜希子?」
「・・・・・覚醒剤。」
「ん?」
「今のあの子たちの色、麻薬中毒者によく似てる・・・・。仮初の快楽とでもいうのかな・・・・幸せな色なんだけど、歪に波打ってるのよ。」
「じゃあ何か?さっきあの子たちが言ってた、覚醒剤の混じった線香が関係してるってのか?」
「有り得るわ。あの子たちのおじいさんは、線香は全部捨てたって言ってた。でも・・・まだ家に残ってたら?それをあの二人が使ったとしたら?」
「・・・・まさか。あんな子供たちが覚醒剤だなんて・・・・、」
「無いなんて言い切れない。もし目の前にあるのなら、興味本位にやってもおかしくないわ。」
亜希子の不安は募り、「ちょっと声を掛けよう」と言いだした。
「まだ覚醒剤入りの線香を持ってるはずよ。早く取り上げないと。」
「おい、待て。何かあったら知らせに来いってお父さんが・・・・・、」
「じゃああんただけ行ってきなさいよ。私はあの子たちの所に行って来る。」
基喜の手を振り払い、亜希子は勉たちの元に駆け出す。
「おい!」
基喜は顔をしかめながら、足早に亜希子を追いかけた。
勉と鈴音はまだ見つめ合っていて、クスクスと笑っている。そして鈴音がポケットから何かを取り出し、それを口に含んだ。
そのまま勉に顔を近づけ、唇を重ねる。その時、舌を絡めて何かを口移しした。
「あんた達、やめなさい!」
亜希子が駆けて来て、二人の間に割って入る。
そして鈴音のポケットに手を入れ、小さく刻まれた線香を見つけた。
「やっぱり・・・・・。」
顔をしかめ、鈴音を睨む。
「鈴音ちゃん、これは何?」
細切れの線香を手に乗せ、それを目の前に突きつける。
すると鈴音はそれを手に取り、口を開けて食べようとした。
「何してるの!」
亜希子は咄嗟に手を掴み、線香を取り上げようとした。
しかしその瞬間、鈴音は亜希子の口の中に線香を押し込んだ。

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