取り残された夏の中へ 第七話 祖父と銭湯(1)

  • 2015.07.15 Wednesday
  • 10:19
JUGEMテーマ:自作小説
真夜中の住宅街は、不気味なほど静まり返っている。
街灯に羽虫が集まり、遠くの方では電撃殺虫機がバチバチと音を立てている。
「じゃあなデブ。打たれた所は冷やしとけよ。」
そう言いながら、佐野が車を降りて行く。
家の門を開け、「斎藤もたまにはこっちに帰って来いよ」と手を振った。
俺も手を振り、「気が向いたらな」と返す。
佐野は背中を向けたまま手を振り、家の中へと消えて行った。
「あいつまだ酔ってるな。家に入る時までカッコつけてたぞ。」
そう言うと、「それだけ楽しかったんだよ」と友恵が笑った。
「実花ちゃんのことで落ち込んでたけど、ちょっとは元気になったみたい。」
「そうだな。園田とスパーリングしたおかげだ。さすが幼馴染。」
そう言って運転席の園田を見つめると、「まあ付き合いは長いから」と答えた。
「なんかお互いの考えてることが分かるんだよな。」
それを聞いた友恵は「いいなあ、そういう友達」と羨んだ。
「でも面倒臭いことだってあるんだぜ。昔っからの友達って、簡単に縁が切れないからな。仲が良いうちはいいけど、喧嘩したら最悪だし。」
「へえ、そういうもんなの?」
「今でこそあんまり喧嘩しないけど、昔はしょっちゅうだったな。でもいつの間にか一緒にいるんだよ。」
「そういうのが憧れるのよ。幼馴染って、どう頑張ったって後から出来ないでしょ?だからやっぱり羨ましい。」
友恵は頬を緩ませ、佐野の家を見つめる。園田は「夢見過ぎだよ」と言いながら、車を発進させた。
「お前らも送ってくよ。斎藤ん家は知ってるけど、友恵はどの辺だっけ?」
「ええ〜・・・・覚えてないの?」
「だってお前の家に集まるなんて少なかったじゃん。ショッピングモールの近くだっけ?」
「それ実花ちゃん。私の家は反対側だよ。」
「そうだっけ?まあとりあえず送ってくよ。」
園田はハンドルを切り、先の角を曲がって国道に出る。
「斎藤の家の方が近かったよな?」
「ああ。」
「じゃあお前ん家から行くわ。」
そう言って車の少ない国道を飛ばし、大きな川の手前まで差し掛かった。
川には橋が架かっていて、渡った先を左折すれば細い路地に入る。そこを真っ直ぐ行けば俺の実家なのだが、友恵は突然「止めて」と言った。
「どうした?」
「この通りの近くにさ、潰れた銭湯があったでしょ?」
「ああ、そういえばあったな。けっこう繁盛してたはずだけど、何で潰れたんだろうな?」
園田はそう言って、細い路地をゆっくり走る。そして左へと曲がり、さらの細い道へと入って行った。
そのすぐ先には潰れたスーパー銭湯があって、駐車場の入り口には鎖が掛っていた。
「こんな所に来てどうするんだ?」
園田が不思議そうに尋ねると、友恵は何も答えずに車を降りて行った。
「どうしたんだアイツ?」
怪訝な目で見つめながら、園田は俺を振り返る。
「こんなとこに何の用があるんだ?」
「さあな。でももしかしたら・・・・・、」
「もしかしたら?」
「アイツさ、昔ここでバイトしてただろ?」
「そうだっけ?」
「確か大学の時だったはずだ。一度みんなで入りに来たじゃないか。」
「大学っていうと・・・・・もう何年も前だな。そんな事あったっけ?」
「あったよ。お前は熱いからって、すぐに上がって行ったんだ。そんで男連中は、女の長風呂に待たされただろ。木根がキレかけてさ。」
当時の事を思い出し、身ぶりを交えて伝える。
園田は上目づかいに難しい顔をして、「ああ!そういえばあったな!」と手を叩いた。
「木根がキレて、女子に食ってかかったんだ。そしたら実花が泣いて、涼香は木根にキレて・・・・・、」
「そうそう!あんまり騒ぐもんだから、店員に追い出されたんだ。後から俺たちが友達だってバレて、えらい迷惑したって友恵が愚痴ってただろ?」
「あったなあ・・・・そんなこと。」
園田はしみじみと言い、俺と同じように当時の事を思い出している。
しかしすぐに「ん?」と顔をしかめ、「あれ・・・・でも・・・?」と唇をすぼめた。
「あの時ってさ・・・・確か正也もいなかったか?」
「正也が?んなわけないだろ。大学の時なんだから、正也はもう・・・・、」
「いやいや、確かにいたよ。俺の記憶に間違いがなければ、あの時・・・・・、」
園田はさらに唇をすぼめ、眉間に皺を寄せる。しばらくその表情のまま固まり、「ああ、思い出した!」と指差した。
「ここには二回来てるんだよ!みんなで!」
「二回・・・?」
「そうだよ!お前が言ってるのは大学の時の話だろ?でも俺が思い出してたのは、高校の時なんだ。あの時も一回ここへ来てるんだよ。」
「高校の時に・・・・・?みんなで来たっけ?」
「来たよ!絶対に来た!だって正也もいたからな!」
園田は興奮気味にまくしたてる。今度は俺は記憶を掘り起こす番で、「そんなことあったかな・・・・?」と腕を組んだ。
「お前が言ってるのは大学ん時の話。俺が思い出したのは高校ん時だ。あの時も木根と涼香がキレて喧嘩したんだよ。似たような状況だったから、記憶が混乱してた。」
「・・・・・ごめん、思い出せない。」
「なんだよ、記憶力の悪い奴だな。」
「でも思い出せないもんは思い出せないんだ。俺が覚えてるのは、大学ん時に来たやつだけで・・・・、」
そう言いかけた時、誰かがコンコンと窓を叩いた。
見てみると、友恵が外へ降りるように合図していた。
「なんだ?」
ぼやきながら車を降りると、急に弾けた笑顔になって「中に入ってみない?」と言い出した。
「中って・・・・この銭湯の?」
「そう。ここ思い出の場所なんだ。だからちょっと覗いてみたくて。」
「でも勝手に入っていいのか・・・・ここ?」
「ダメだと思うよ。だけど誰もいないから大丈夫でしょ。」
「そりゃそうだろうけど、でもなあ・・・・・。」
俺は廃館になった銭湯を睨み、どうしたものかと悩んだ。
《今は高校生じゃないんだし、もし見つかったらそれなりに厄介な事になりそうなんだけど・・・・・。》
高校の時なら迷わず入っていただろうが、今は躊躇う。
もうイタズラが許される歳ではなく、誰かに通報されたら、警察に捕まってこってり絞られるだろう。
この歳になって、そんなガキみたいな事は避けたい。だから断ろうと思ったのだが、友恵は廃館になった銭湯を見つめてこう言った。
「ずっと来たかったんだよね、ここ・・・・・。でも一人じゃ中に入る勇気がないから、ずっと迷ってた。」
そう言って俺の腕を掴み、「一緒に入ってくれない?」と尋ねた。
「さすがに一人で入るのは怖い。でも斎藤君が付き合ってくれれば・・・・・、」
「いや、やっぱ勝手に入るのはマズイだろう。高校ん時とは違うんだぞ?」
「そんなの分かってるよ。でもどうしても入りたいの。お願い、一緒に来てくれない?」
俺の腕を引っ張り、うんと言うまで離しそうになかった。
困った俺は後ろを振り返り、園田に助けを求めた。
「なあ・・・・お前も行くか?」
そう尋ねると、「俺はいいや」と答えた。
「さっきのスパーリング・・・・ぶっちゃけキツかったんだよな・・・・。早く帰って休みたいんだけど・・・・。」
「だよな。お前が送ってくれなきゃ、歩いて帰んなきゃなんないし・・・・。」
すると友恵がその声に被せるように、「私がタクシー呼ぶから」と言った。
「タクシー代出すから、一緒に行こ。」
「なんでそこまでして入りたいんだよ?昔ちょっとバイトしてただけだろ?」
「違うの。バイト先だったからじゃなくて、もっと別の理由が・・・・・、」
そう言いかけて、友恵は口を噤む。そして悲しそうに眉を寄せながら、「ダメ・・・?」と見つめてきた。
そんな泣き落としをされても、はいそうですかと頷けない。俺だって今日はなんだかんだと疲れてしまったので、出来れば早く帰って休みたかった。
それに万が一警察に捕まったらと思うと、情けなくて恥ずかしくなる。
どうしたものかと困っていると、「どうするか決めてくれよ」と園田が急かした。
「家に帰るんなら送るし、ここに入るんなら俺は帰るぞ。一応明日から仕事だし。」
「そうなのか?」
「夜勤なんだよ。三交替の工場だから、ちょうど明日がその日なんだ。」
園田は欠伸をかみ殺し、さっさと決めてくれという目で睨む。
すると友恵が「ごめんね、帰ってくれて大丈夫だよ」と言った。
「園田君まで付き合わせるわけにはいかないから。」
「おい、俺はいいのかよ?」
「だって仕事は明後日からでしょ?」
「そうだけど、でも俺だって帰りたいぞ。」
「一生のお願いと思って付き合ってよ。無理言ってるのは分かってるけど・・・・・お願い!」
そう言って手を合わせ、頭を下げて懇願する。どうやら意地でも中に入るつもりらしい。
「もういいじゃんか、付き合ってやれよ。」
さっさと家に帰りたい園田は、大きな欠伸をしながら言った。
「友恵がここまで頼むなんて珍しいぞ。付き合ってやればいいじゃん。」
「でもなあ・・・・もうガキじゃないんだし、こんな所に忍びこむなんて・・・・・。」
「見つかりゃしねえよ。」
「んな無責任な。」
「警察に捕まったら、俺が引き取りに行ってやるよ。酔った勢いでやっただけなんですって説明してやるから。」
「大きなお世話だよ。」
「とにかく早く決めてくれ。鼻が痛いんだよ。」
そう言って殴られた鼻を押さえ、「また鼻血が・・・・」と顔をしかめた。
「ごめんね園田君、私たちは置いて帰ってくれていいよ。」
「おい!俺は行くなんて言ってないぞ。」
「斎藤君のことは気にしなくていいから、早く帰って休んで。」
そう言ってドアを閉め、「気をつけてね」と手を振った。
「おう、じゃあ斎藤は頼むわ。」
「うん、ここまで送ってくれてありがとう。」
園田は手を振り返し、クラクションを鳴らして車を発進させる。
そして窓を開けて、「またな!」と叫んだ。
「またみんなで集まろうね!」
友恵は笑顔で手を振り、車が角の先に消えるまで見送った。
「・・・・・・・・・・・。」
急に予想もしない展開になり、俺はその場に立ち尽くす。
このまま家に帰る予定だったのに、なぜか廃館になった銭湯に忍びこむことになってしまった。
「あのさ・・・・一つ聞いていいかな?」
重い声で尋ねると、友恵は背中を向けたまま「なあに?」と言った。
「どうしてそこまでここに入りたいんだ?何か理由があるのか?」
「あるよ。」
「じゃあそれを教えてくれよ。じゃないと納得出来ない。」
「理由は二つあるの。」
そう言って振り向き、俺の前に歩いて来た。
そして鼻が触れるほどの距離で止まり、じっと見つめる。
《なんだコイツ・・・・まさか誘惑してるとかじゃないよな・・・・。》
別に恋愛感情など持たないが、それでもここまで近くで見つめられると、さすがに妙な気分になる。
もし・・・・もしこの流れでキスをしたらどうなるのか?
そしてその流れのまま、どこかでセックスに持ち込むとどうなるのか?
今さらコイツに恋心はないが、もしそういう流れになったとしたら、俺はコイツのことをどう思うんだろうか?
色々と妄想しながら見つめ合っていると、友恵はふと視線を逸らした。
「一つはね、おじいちゃんの思い出の場所なの。」
「ん?」
意味が分からず、眉をしかめて聞き返す。
「だってまだ思い出巡りは続いているんでしょ?だから私の思い出の場所に来たかったの。」
「いや、間を省き過ぎてて分かんないよ。いったいどういうこと?」
真剣な声で尋ねると、友恵は「おじいちゃん、ここで死んだんだ・・・」と言った。
「は?ここで?」
「うん。寒い冬場に来てね、長いことサウナに入ってたの。その後水風呂に浸かって、心臓発作を起こした。お店の人が必死に心肺蘇生をしてくれたけど、ダメだった・・・・。救急車が来た時には、もう息が・・・・・。」
途中で声が掠れ、唇が震えだす。目にはじんわりと涙が溜まり、それを見られないように顔を逸らした。
「おじいちゃん・・・・痴呆が入り始めて、養護施設に入れられることになってたの・・・・。でもそれをすごく嫌がってて、自分はそんな場所で死にたくないって・・・・・。」
だんだんと泣き声になっていき、ずずっと鼻のすする音が響く。
俺は黙って聞いていて、話の続きを待った。
「でもお父さんとお母さんは、もう施設に入れるって決めてたから・・・・。だからどんなにおじいちゃんが嫌がっても、施設に行かなきゃならなかった。それである日、一人でここへ来たの・・・・・。勝手に一人で出掛けちゃダメだって言われてたのに、歩いてここまで・・・・・。」
「お前の家からか?かなり遠いぞここ。」
「うん・・・・。でも施設に入ったら、きっと二度と家に帰れないって分かってたんだと思う・・・・。それが嫌でここへ逃げて来たのよ・・・・。元気な時はずっと来てたし、私が小さい頃も、一緒に連れて来てもらったことがあるから・・・・。」
「そうなのか・・・・。それで思い出の場所か。」
「ここへ来れば、友達がいると思ってたのよ・・・・。元気な頃に通ってた時は、ここにたくさん友達がいたから・・・・。でもそれって、まだ私が子供の頃の話・・・・。だからここへ来たって、その時の友達はもういない・・・・。だってその友達だって、みんなおじいちゃんだったから・・・・・。」
「それ・・・・なんか切ない話だな・・・・。」
「おじいちゃん呆けてたから、ここは当時のままだと思ってたみたい・・・・。でも周りは知らない人ばかりで、だから友達が来るのを待ってたのよ・・・・。ずっと一人でお風呂に浸かって、長い間サウナに入って・・・・・。そして水風呂に入った時に・・・・・・。」
「ああ・・・・・なるほど。」
「私、これでもけっこうおじいちゃん子だったの。だからすごいショックだった・・・・。おじいちゃんが亡くなったこともショックだったけど、それ以上に一人で死んじゃったのが可哀想・・・。あんなに施設に行きたくないって言ってて、それでここに来たら、昔の友達はもういなくて・・・・・誰も知ってる人のいない中で、たった一人で死んじゃった・・・・。」
「辛いな・・・・・。」
「私だけでも、おじいちゃんの味方をしてあげればよかった・・・・・。施設になんか入れないでって、味方してあげればよかった・・・・。せめて・・・・・亡くなる時に・・・・私だけでも傍にいてあげたかった・・・・・。」
友恵はとうとう泣き出し、顔を覆う。ハンカチを出そうとバッグを探ったが、園田にあげてしまったことを思い出す。
だから両手で顔を覆い、むせびながら泣いていた。
俺は戸惑いながら手を伸ばし、そっと背中を撫でた。
嫌がるかと思ったが、友恵はただ背中を向けたまま泣き続け、「ごめん・・・・」と俺の手を握った。
「なんか・・・・まだ小さかった頃に、おじいちゃんと一緒にここへ来たことを思い出して・・・・・。」
「うん・・・・。」
「おじいちゃんが亡くなってから、一度もここへ入ったことが無いの・・・・。いつかは来ようと思ってたんだけど、去年潰れちゃったから・・・・・。」
「そんな理由があるなら、始めから言ってくれればよかったのに。」
「だって・・・・絶対に泣くって分かってたから・・・・。」
「泣くのを見られたくなかったのか?」
「出来れば・・・・・斎藤君以外には見られたくなかった・・・・。」
「俺はいいわけ?」
「なんでだろうね?斎藤君ならいいかなって、そう思ったの・・・・。だから二人きりになるまで言えなかった・・・・・。」
必死に涙を拭い、赤くなった目で振り向く。そして無理矢理笑顔を作って、大きく息を吸い込んだ。
「おじいちゃんが亡くなったのっていつ?」
「四年前・・・・。去年三回忌で、その時もここへ来ようと思ったんだけど・・・・・、」
「すでに潰れてたと?」
「そう・・・・。だからここへ入るなら、今日しかいないと思って・・・・・。」
「そっか・・・・。そういう理由なら全然付き合うよ。」
俺は笑顔を見せ、「じゃあこそっと入っちゃおう」と言った。
しかしふと思い出し、「そういえば・・・・もう一つ理由があるって言ってなかったっけ?」と尋ねた。
「おじいちゃん以外にも、ここへ来たかった理由って何?」
「それは後で話すよ。とにかく入ろ。」
友恵は言葉を濁し、駐車場の鎖をまたいでいく。
《こいつ何か隠してるな・・・・・。》
二人きりになっても喋らないということは、そう簡単に話せる理由じゃないんだろう。
だけど一緒に入ると言ってしまったし、「やっぱやめた」とは言えない。
先を行く友恵を追いかけて、俺も鎖をまたいだ。
駐車場は広く、何十台も車が停められるスペースがある。
幾つも並ぶ街灯は、もう光を灯すことはない。
昔は駐車場いっぱいに客が来ていたのに、今では羽虫の群れが飛んでいるだけだ。
別にここに思い入れがあるわけじゃないが、なんだか少し寂しい気分になった。
駐車場を歩き、店の入り口の近くまで来ると、その不気味さに圧倒された。
かつて大勢の客で賑わっていた銭湯が、真っ暗に静まり返っている。
ガラス張りのドアから、中の不気味な様子が伝わって来た。
友恵は足を止め、少し怖そうにしている。そして俺を振り向き、「一緒に入ろ」と言った。
「ちょっと怖いけど・・・・・斎藤君が一緒なら大丈夫。」
言い聞かせるように頷き、ドアに手を掛ける。
本来なら左右に開く自動ドアだが、今では勝手に開くことはない。
友恵は力いっぱい開こうとするが、まったく開く気配はなかった。
「鍵がかかってるんだよ。まあ当たり前だけど。」
「じゃあ裏口に回ろう。」
「裏口?そんなもんあるの?」
「駐車場の奥にね。もしそこも閉まってたら・・・・・、」
「閉まってたら・・・・・?」
「壁を登るしかない。」
「壁を登るって・・・・・そんな事出来るのか?」
「野天風呂の壁があるのよ。二人で協力すれば、登れない高さじゃないと思う。」
そう言って入り口を迂回し、裏口とやらに回って行く。しかしここも鍵が掛っていて、残念そうにため息をついた。
「斎藤君、反対側に回ろ。そこから壁を登るしかない。」
「いや、でもなあ・・・・、」
「いいから早く。」
友恵はスタスタと歩いて行き、暗い駐車場を抜けて行く。そして裏口とは反対側まで回ると、高くそびえる壁を見上げた。
「この先が野天風呂なの。男子の方のね。」
そう言って壁を指差すが、それはとても登れそうな高さではなかった。
「これ無理だろ。それに登ったとしても、下りる時に困るぞ。」
「大丈夫。もし昔のままなら、あの場所にあれが・・・・、」
そう言いながら、友恵は駐車場の植え込みの裏を探る。そして何かを見つけて、重たそうに引きずり出した。
「おい、なんだよそれ?」
「梯子。ボロくて使えなくなったから、ここに捨てたままになってるの。残っててよかった・・・・。」
長い梯子をズリズリと引きずり、壁の前まで持って来る。それをどうにか立て掛けると、「ふう・・・・」と息をついた。
「よし、これで行ける。」
「いや、行けるって・・・・この梯子ボロボロじゃないか。」
「古いやつだからね。」
そう言ってニコリと笑い、梯子に足を掛ける。
木で出来た梯子は、ミシミシと音を立て、いつ折れてもおかしくない様子だった。
それに真ん中の足場が折れてるし、木そのものが腐っている。
そんないつ壊れるか分からない梯子を、臆することなく登って行った。
《こいつこんなにアグレッシブだったっけ・・・・?》
俺の記憶では、友恵はもっと大人しいお嬢様タイプだった。
それがいつの間にか、多少のことではビビらない大人の女になっていたらしい。
友恵は見る見るうちに梯子を登って行き、壁に足を掛けた。
「おい、大丈夫か?」
「ちょっと怖いけど・・・・・なんとか。」
そう言って壁にしがみつき、まるでスパイダーマンのように張り付く。そして「何か照らす物ない?」と言った。
「照らす物?・・・・ああ、ちょっと待ってろよ。」
俺はスマホを取り出し、ライトの機能をオンにした。フラッシュを焚く丸い部分が光り、友恵の足元を照らす。
「これでいいか?」
「うん、そのまま照らしといて。」
「登ったのはいいけど、下りるのは大丈夫なのか?」
「近くに物置きがあるの。そこに足を置けばなんとか・・・・・。」
そう言ってよじよじと壁を登り、どうにかその上に立った。
そして自分もスマホを取り出し、ライトを着けた。
俺はその様子を見上げながら、嬉しいような恥ずかしいような気分になっていた。
《こいつアグレッシブなのはいいけど・・・・・自分がスカートってこと忘れてるんじゃないか?》
下からライトを照らしているせいで、スカートの中が丸見えになっている。
下着と言うのは、チラッと見える分には興奮するが、こうして堂々と見てしまうと、なんだか恥ずかしいような申し訳ないような、何とも言えない気分になってくる。
しかしそれでも目を逸らすことが出来ないのは、男の悲しい性なのだろう。
友恵は身を屈め、壁の向こうに消えていく。そしてドタドタと何かを踏みつける音がして、「痛!」と叫んだ。
「おい!どうした?」
「ごめん・・・・ちょっと着地を失敗しただけ・・・・・。」
「無理するなよ。」
「入り口の鍵を開けて来るから、ちょっと待っててね。」
そう言い残し、足音が遠ざかる。俺は入り口まで戻り、ガラスのドア越しに、友恵が走って来るのを見つめた。
ガチャリと鍵が外れ、ドアが左右に開いた。

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