取り残された夏の中へ 第八話 祖父と銭湯(2)

  • 2015.07.16 Thursday
  • 10:38
JUGEMテーマ:自作小説
友恵と一緒に、潰れた銭湯に忍び込むことになった。
入り口には鍵がかかっていて、友恵は梯子を使って中に忍び込んだ。
そして入口まで回り、中から鍵を開けた。
「侵入成功!」
そう言って、ピースをしてにんまり笑う。
「えらい行動的になったお前。」
「だって今日入らなかったら、一生入ることはないと思うから。」
「でも服が汚れてるぞ?けっこう派手に転んだんだろ?」
「まあね。でも怪我はしてないから平気平気。」
そう言って俺の手を引き、「さあさあ」と中に入れた。
「一人で入れるなら、俺はいらなかったんじゃ・・・・、」
「そんなことないよ。斎藤君がいるから入れたの。一人だったら怖いから無理。」
「でも一人で入ったじゃん。」
そう言い返すと、友恵は少し思案した。
「・・・・・例えば子供の頃にね、夜中にトイレに行く時、親に付いて来てもらったことあるでしょ?」
「うん。」
「でも一緒にトイレに入るわけじゃないじゃない?親は外で待ってるだけ。」
「そりゃそうだろう。」
「でもそれだけで安心するでしょ?トイレの中では一人でも、外に誰かいるって分かってたら怖くないでしょ?」
「なるほど。上手い例え方だな。」
俺は素直に感心した。そして「だったら途中で俺がいなくなっても怖くならないよな?」と尋ねた。
「俺がいるもんだと思っておけば、お前は怖くないわけだから。」
そう言うと、「イヤ!ダメよ絶対!」と叫んだ。
「途中でいなくなったら怒るからね!」
友恵は本気で睨み、俺の手を離すまいと、しっかりと握る。
なんだか可笑しくなってきて、「例えばさ・・・・」と言い返した。
「・・・・例えば子供の頃、自転車に乗る練習の時、親に後ろを支えてもらっただろ?そうすれば倒れないから。でも気づかないうちにさ、親は手を離してるんだよなあ。でも子供は親が支えてるって思い込んでるから、安心して自転車を漕ぐ。知らないうちに一人で乗ってるんだ。」
そう言うと、友恵はギョッとして俺を睨んだ。
「だから俺だと思って掴んでるこの腕が、知らないうちにマネキンに変わってたとしても、それに気づかない限りは怖くないわけだ。お前は俺が傍にいると思い込んで、ずっとマネキンの腕を掴んでる。そして『ねえ斎藤君』とか言って振り向いた時、そこには無機質なマネキンの顔が・・・・・、」
そう言って下から顔を照らすと、「やめて!」と叫んだ。
「そういうのやめて!」
「冗談だよ。」
「次やったら本気で怒るからね。」
友恵はバシンと俺を叩き、腕を掴んで引っ張って行く。その腕が俺のものかどうか確認しながら。
また可笑しくなってきたが、これ以上は本気で怒ると思い、黙ってついて行った。
当然のことながら中は真っ暗で、スマホのライトだけが頼りだ。
誰もいないカウンター、誰もいない座敷、誰もいないマッサージの店。
どこを見ても誰もおらず、物音一つせずに静まり返っている。
昔にここへ来た時は、ワイワイと賑わう声と、忙しそうに行き来する店員がいた。
誰もがリラックスした表情で、風呂上がりの余韻を楽しんでいた。
自販機で牛乳を買ったり、気持ち良さそうにマッサージを受けたり、座敷でウトウトしていたり・・・・・。
みんなが寛いだ表情をしていて、思い思いの過ごし方をしていた。
そんな賑やかな場所が、まるでゴーストタウンのように静まり返っている。
昔の賑わいと今の静けさを比べると、不気味さよりも切なさの方が勝った。
「なんか寂しいな・・・・こうやって潰れた銭湯を見るのって。」
そう言うと、友恵は「私も寂しい。だってここで働いてたんだもん」と答えた。
「あの時はここが潰れるなんて、思いもしなかった。」
「俺も思わなかったよ。あれだけ繁盛してたのに。どうして潰れたんだ?」
不思議に思って尋ねると、友恵は何も答えずに進んで行った。
脱衣所へ続く暖簾を潜り、中へと入って行く。
「ああ、懐かしいな。」
脱衣所へ入ると、幾つも並んだロッカーが目に入った。
その裏には洗面台があり、大きな鏡が張ってある。
誰もいない脱衣所というのは、かなり不気味だった。
カウンターや座敷からは哀愁を感じたが、ここからは怖さを感じる。
友恵は無言で通り抜け、浴室へ繋がる自動ドアをこじ開けた。
「おお・・・・昔のままだけど、湯が張ってない銭湯を見るのってなんか新鮮だな。」
三つ並ぶ大きな風呂には、当然のことながら湯が張っていない。
奥に並んだカラン場には、洗面器と椅子が散乱していた。
シャワーも蛇口も、水の滴り一つなく枯れていて、薄汚れたシャンプーの入れ物が、二つほど転がっていた。
そしてカラン場のすぐ近くには、水風呂だった場所がある。
家の風呂より一回りほど大きなそのスペースには、排水溝の蓋が外れて、ぽっかりと口が開いていた。
友恵はその場所に近づき、膝を下ろす。物悲しげな目で見つめ、「ここで・・・・・、」と縁をなぞった。
「おじいちゃん・・・・水風呂が好きだったから、よく入ってた・・・・。」
また声が潤み始め、うずくまるように背中が丸くなっていく。
きっと友恵は、風呂に浸かる祖父の姿を思い浮かべているのだろう。
幼い頃、祖父と共にここへ来た時のことを思い出し、思い出に浸っている。
この銭湯には、暖かい懐かしさと、胸を突く悲しみの二つの思いが宿っている。
何度も縁をなぞり、「おじいちゃん・・・・、」と顔を覆う。
俺は横に腰を下ろし、そっと背中を撫でてやった。
しばらく友恵は泣き続け、鼻をすする音と、しゃっくりの声を響かせる。
「・・・・ありがとう。」
そう言って立ち上がり、水風呂のすぐ向かいにあるサウナへ向かった。
ドアに手を掛け、ゆっくりと引く。中には七段もある大きなサウナが広がっていて、かつては灼熱のような熱気が籠っていた。
「ここのサウナってやたらと熱かったよな?」
そう尋ねると、「男子の方はね」と答えた。
「男の人は熱いのを好むから、サウナも熱くしてたの。マットを交換する男子のバイトは、いつだって汗だくだったよ。真冬でも。」
「俺も入ったことがあるから分かるよ。本当に熱いんだよな、ここのサウナ。」
「おじいちゃん・・・・こんな場所に長い間入って・・・・・。それからいきなり水風呂に入ったもんだから、あんな事に・・・・・、」
「老人には堪えるだろうな。でもそのクセやたらとサウナや水風呂に入りたがるから、のぼせてるお客さんとかいたんじゃないか?」
「そうなのよ。いくら注意しても聞かないの。歳を取ると、どうしても感覚が鈍くなるでしょ?でも身体にはすごい負担が掛ってて、だからバイトも社員さんも、見周りは欠かさなかった。私だって、女子風呂の方はいつもチェックしてたし。」
「じゃあおじいちゃん・・・・店の人には見つけてもらえなかったのか?」
「ううん、別のお客さんが受け付けに走って、すぐに伝えたよ。でも発作が起きてから亡くなるまで、すぐだったみたい。それだけ負担が掛ってたんだろうね。心肺蘇生をしても、救急車が来る頃には・・・・・。」
「そうか・・・・・。」
「お医者さんがね、若い人なら助かってたかもって言ってた。おじいちゃん92歳だったから、いくら蘇生を施しても、やっぱり体力的に難しかったみたい・・・・・。」
「そもそも若い奴なら、発作自体を起こしてないかもな。だからそういうことはあまり振り返っても・・・・・、」
「分かってる・・・・。でもね、どうしても考えちゃう。そりゃあ今は一緒に入れないけど、でも私も一緒に来てたら、少なくとも一人ぼっちで亡くなる事なんて無かったのにって。」
「・・・・そうだな。」
俺は頷き、これ以上は何も言うまいと決めた。
友恵がここへ来たのは、きっと自分を納得させたかったのだろう。
大事なおじいちゃんが亡くなる時、自分は傍にいなかった。そして家族に看取られることのないまま、一人で向こうへ逝ってしまった。
それが心残りで、しこりのように胸を圧迫していたに違いない。
俺が正也のことをしこりに感じているように、友恵にとっては祖父のことがしこりになっていたのだ。
友恵は再び水風呂に戻り、そっと手を合わせる。膝をつき、目を閉じ、眉間に皺を寄せながら祈りを捧げた。
あの時見届けられなかった祖父の死を、四年の時を経て見届けようとしている。
友恵の祈りが辺りに溶けていくように、静粛な空気が流れる。
まだここに祖父の魂がいるかどうかは分からないが、友恵の祈りが届かないということはないだろう。
ここにいようが、天国にいようが、これだけ自分のことを想ってくれる孫娘なら、いつだって見守っているだろう。
友恵の祈りは長く、そして静寂に満ちていた。
半分は祖父の為に、そしてもう半分は、心のしこりを取る為に。
深い祈りは祖父と自分の両方に捧げられ、やがて空気に馴染んで消えていく。
友恵はそっと立ち上がり、無言のまま水の無い風呂を見つめた。
そして俺を振り返り、「ありがとう」と言った。
「無理なお願いに付き合ってくれてありがとう。斎藤君のおかげで、ようやくおじいちゃんを弔うことが出来た気がする・・・・・。」
「いや、役に立てたんならよかったよ。なんだか俺もジ〜ンと来ちゃったし。」
「ほんと?」
「うん。俺っておじいちゃんがいないからさ。だからもし俺にもおじいちゃんがいたら、こんな風に思い出とか出来てたのかなって。」
「そうなんだ・・・・。」
「だから羨ましいよ、おじいちゃんとの思い出があるなんて。ここまで自分を想ってくれる孫がいるなんて、おじいちゃんだってきっと天国で喜んでるはずだよ。」
そう言って微笑むと、友恵はグッと唇を食いしばった。
「・・・・・ありがとう・・・・。やっぱり斎藤君と一緒に来てよかった・・・・。」
鼻をすすり、目尻を拭い、そして大きく息をついてから、真剣な表情に戻った。
「おじいちゃんね・・・・昔によく言ってた言葉があるの。『後悔先に立たず』って。」
「なんだか年寄りが好きそうな言葉だな。いや、こういう言い方をしたら悪いけど・・・・。」
「ううん、いいの。」
友恵はニコリと笑い、水風呂を振り返った。
「この言葉の意味は、後から悔んだって、どうにもならないよってこと。だから今日ここへ来てよかった。もしタイミングを逃してたら、一生来ることは無かったと思うから。」
そう言って俺に向き直り、また笑顔を見せた。
「ちゃんとお祈り出来たし、自分の気持ちに整理もついたし、おじいちゃんのことでもう苦しむことはないと思う。だけど・・・・、」
「だけど?」
「・・・・だけど、もう一つ大切なことがあるの。」
友恵はグッと表情を引き締め、射抜くような視線を向けた。俺はその視線を受け、何やら良からぬものを感じて、少しだけたじろいだ。
「・・・それって・・・・ここへ来たもう一つの理由のこと?」
「うん・・・・・。これは私だけじゃなくて、斎藤君にとっても大事な話だと思う。」
「俺にとって?」
自分の顔を指差し、首を傾げる。
「ごめん・・・・俺は特にここに思い出とか、気になるようなことはないんだけど。」
そう答えると、友恵はさらに真剣な表情になり、固く唇を結んだ。
そして意を決したように、息を飲み込んでから言った。
「ここへ来たもう一つの理由は、斎藤君のことなの。」
「は?俺の・・・・・?」
「うん。斎藤君は覚えてないかな?高校の時に、みんなでここへ来たこと。」
「それさっき園田にも言われたんだけど、よく覚えてないんだよな。大学ん時に来たことは覚えてるんだけど。」
「そっか。なら・・・・・野天風呂の方へ行かない?」
そう言って浴室の外を指差し、夜空の元に広がる野天を見つめた。
そしてスタスタと歩き出し、重たそうにこじ開けていた。
「早く。」
友恵は手招きをしながら呼ぶ。俺は野天風呂を見つめたまま、なんだか嫌な感覚に襲われていた。
《なんだこの感覚・・・・・。なんか嫌なもんが身体じゅうに纏わりついてるような・・・・・。》
どろりとした液体が、手足を拘束する感触がある。足を踏み出したくても、なぜかその場から動けない。
すると友恵が戻って来て、俺の手を引いた。
「・・・・・辛い?」
労わるような目で見つめながら、そう尋ねる友恵。俺はなんの事か分からず、ただ首を傾げる。
「ごめん・・・・なんかそっちに行きたくないんだよ・・・・。なんでか分からないけど・・・・。」
「・・・・分かるよ。だって斎藤君は覚えてるはずだから。みんなでここへ来た時のことを。そしてここで何があったのか?」
「なんだよ?えらい思わせぶりな言い方だな。ここに俺のトラウマでもあるみたいじゃないか。」
「ううん、ここにはトラウマなんてないはずだよ。でもね、斎藤君にとってトラウマになってる事と、重ねて見てるんだと思う。」
「は?トラウマと重ねて・・・・・?」
「ほら、人間って辛い記憶を封じ込めるって言うじゃない?だからきっと、そのせいで・・・・・、」
そう言って友恵は口を噤み、「とにかく行こう」と手を引いた。
俺はどろりとした液体の感触を抱いたまま、野天へと連れて行かれた。
外へ出ると、夏の湿った空気が鼻をつき、気持ち悪く肌を撫でた。
野天風呂には四角い風呂と、小さな檜風呂、そして足湯がある。奥には冷却サウナがあって、火照った身体を冷やすことが出来るようになっていた。
当然ながら、ここにも湯は張っていない。しかしなぜか、俺には湯が波打つ光景が見えた。
四角い風呂の中に、バシャバシャと波が立っている。
そこには幾つかの人影があって、楽しそうにはしゃいでいた。
《あれは・・・・なんだ?幻覚・・・・・?》
風呂に湯は張っていない。しかしそれと重なるようにして、湯が波立つ光景が浮かぶ。
気がつけば、俺は四角い風呂に近づいていた。友恵は付き添うように歩き、俺の背中に手を置いた。
「斎藤君・・・・。私のおじいちゃんがよく言ってた『後悔先に立たず』って言葉、今日は斎藤君にも当てはまると思う。」
そう言って、「よく思い出して」と見つめた。
「斎藤君は正也君のことをずっと気にしてて、それで私たちとも距離を置いてた。でもそれって、絶対に良い事じゃないよ。だから今日・・・・向き合ってみたらどうかな?」
友恵は俺を見つめながら、四角い風呂へ視線を移す。その表情には陰があって、何かを押し殺しているように思えた。
「斎藤君は今日、私のお願いに付き合ってくれた。だから私も、斎藤君の嫌な思い出に付き合うことにする。だってもし今日を逃したら、二度と斎藤君と会えないような気がするから・・・・。その時に後悔したってもう遅い。でも今なら、私たちが支えになってあげられるかも・・・・。」
「私たち・・・・・?どういうことだ?」
「それは後で話すよ。今は思い出してみて。ここで何があったか。それが斎藤君の嫌な思い出に繋がるの。そしてあの時・・・・貯水塔であった本当の事を、思い出せるようになるかもしれない。」
「・・・・・ごめん、何を言ってるかさっぱり・・・・、」
顔をしかめて言い返すと、友恵は黙って首を振った。
《なんだってんだ・・・・?》
俺は顔をしかめたまま、四角い風呂に視線を移す。そこにはやはり湯が波立っていた。
誰かの影が、まるで子供のようにはしゃいでいて、湯が飛び散っている。
それと同時に、手足を絡める重い感触が強くなっていく。
・・・・思い出せ・・・・・という言葉と、思い出すな・・・・という言葉が、頭の中で激しくせめぎ合い、なんだか気分が悪くなってくる。
しかし風呂をずっと見つめていると、そこに浮かぶ幻覚は、より強くなっていった。
人影が形を持ち、その姿をハッキリと浮かび上がらせる。
人影は・・・・・全部で四人。どうやらそのうちの二つは子供のようで、湯を掛け合って遊んでいた。
そして残りの二つは・・・・・・俺と正也だった。
二人とも今より幼い顔をしていて、何かを言い争っている。
そして正也が湯に沈み、俺はそれを見ている。しばらくしてから正也が顔を上げ、今度は俺が湯に沈む。
どうやらどちらがより長く息を止めていられるか、競っているらしい。
するとそれを見ていた二人の子供が、同じように湯の中に沈んだ。
一人はすぐに顔を上げたが、もう一人はまだ沈んだままだ。
湯面にブクブクと泡が立ち、息が漏れているのが分かる。
しかしそれでも顔を上げない。もう一分は経過していると思うが、上がって来る様子はない。
俺と正也はじっとそれを見ていて、これは妙だという風に顔を見合わせる。
その瞬間、湯に浸かっていた子供が、手足をばたつかせた。
激しく湯が波立ち、俺たちの顔に飛び散っている。
この時、子供が溺れているのだとハッキリ分かった。
正也は咄嗟に子供に駆け寄り、引っ張り上げようとする。
しかしすぐに顔を上げて、何かを叫んだ。
俺は風呂から上がり、その場から去って行く。そしてすぐに二人の店員を連れて戻って来た。
俺、正也、そして二人の店員が、子供を助けようと身体を引っ張る。
しかしなかなか上がって来ない。いったいなぜ?と思っていると、店員の一人がインカムで誰かに指示を出し始めた。
それと同時に湯の高さが下がっていく。どうやら他の店員に湯を抜くように操作させたらしい。
やがて全ての湯が抜けると、溺れていた子供が現れた。
目を半開きにして、死人のような表情をしている。手足はだらりと投げ出され、もう死んでいるのではないかと思える状態だった。
そしてその子の右足は、排水溝に嵌っていた。
ふくらはぎの真ん中当たりまで吸い込まれていて、これが原因で抜け出せなかったようだ。
俺と正也、そして店員が引っ張り上げて、どうにか足が抜けた。
子供はぐったりとしたまま、店員に抱えられて運ばれて行く。
野天から浴室に入り、脱衣所の長椅子に寝かされる。
いったいどうなるのだろうと見ていると、そこで幻覚が途切れた。
「・・・・・・・・・。」
俺は言葉を失くして立ち尽くし、四角い風呂を振り返る。
背中には嫌な汗が滲んでいて、冷たく絡みつくように流れていった。
・・・嫌な・・・・・ともて嫌な感覚が蘇る・・・・・。
身体じゅうが黒い液体で満たされ、手足を拘束されるような、吐き気を催す感覚が襲ってくる。
夏だというのに寒さを感じ、プツプツと鳥肌が立つ。
裸で真冬の中に投げ出されたように、居ても立ってもういられないほど寒くなり、気がつけばブルブルと震えていた。
そこへそっと誰かが触れて、腕に暖かい感触が広がる。
目を向けると、友恵が心配そうな目で見つめていた。
「・・・・大丈夫?」
労わるような言葉、労わるような視線、そのどちらも、俺には覚えがある。
《あれは・・・・どこだった?いったいどこで・・・・・・?》
記憶・・・・というのが、もし糸が絡まって出来ているとしたら、俺の記憶は何かを複雑に巻きつけていた。
間違った巻き方、間違った結び方。
毬藻のようにこんがらがり、何かを覆い隠そうとしている。
友恵はじっと俺を見つめる。そしてもう一度「大丈夫?」と尋ねた。
その視線、その言葉が、記憶の紐をぐるぐると解いていった。

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