取り残された夏の中へ 第十四話 巡る思い出(2)

  • 2015.07.22 Wednesday
  • 13:19
JUGEMテーマ:自作小説
「ここに貯水塔なんかねえよ。」
「え?いや・・・・でもそこに建ってるじゃん。」
白くそびえる貯水塔を指差すと、「あれは違う」と返された。
「ありゃ貯水塔じゃなくて、貯水塔だったもんだ。」
「貯水塔・・・・・だった?」
「昔に使われてたもんだよ。今はああいうのはほとんど使われない。」
「いや・・・・でもそこに建ってるじゃないか。」
「町のオブジェとして残してあるんだよ。この辺りじゃ一番高い建物で、まさに白い巨塔って感じだろ?」
「オブジェ・・・・・。」
「見ろよ、貯水塔の周りには遊歩道が整備されて、奥には小さな公園まである。今じゃあの貯水塔は観光用として整備されてて、中に入れるんだぜ。」
「観光用って・・・・・じゃあ中に水は・・・・・、」
「あるわけねえだろ。中はほとんど取り壊されて、最上部分だけが観光用に残されてる。」
「いや、でも・・・・・、」
「二階までは当時の螺旋階段が残ってるけど、その上はエレベーターが通ってんだぜ。」
「・・・・・・・エレベーター。そんな馬鹿な・・・・・、」
そう呟くと、正也は「だから二階から先の記憶がないんだよ」と言った。
「お前が二階から上の記憶を失ってるのは、エレベーターなんてもんが、貯水塔の不気味なイメージに合致しなかったからだ。お前は正しい記憶を覆い隠す為に、偽の記憶を作らなきゃいけなかった。でもそれには、観光用に整備されたエレベーターは、貯水塔のイメージに似合わない。だから二階より上のことは覚えてねえんだ。」
「で、でも・・・・・最上階の記憶はあるんだ。黒くて濁った水が溜まってて、生き物の死骸とか浮かんでたんだ。それに腐ったような臭いもしてて・・・・・、」
そう話すと、「お前はアホかよ?」と笑われた。
「貯水塔にそんな水が溜まってるわけねえだろ。」
「・・・・・どういうことだ?」
「貯水塔の水ってのは、家庭に供給する為の水だぞ。だったら生き物の死骸が浮いた、腐ったような水が溜まってると思うか?」
「・・・・・・・・・・。」
「そんなもん飲んだら病気になって大問題だ。だから貯水塔の水ってのは、常に清潔に保たれてる。
それに絶えず循環してるから、水が腐るなんてことも有り得ない。」
「・・・・・・・・・・。」
「だいたいな、稼働してる貯水塔の中に忍び込めるわけねえだろ。ガキが肝試しで入れるような、ずさんな管理してると思うか?」
「・・・・・・・・・・。」
「夜中にここへ侵入出来たのは、田舎の小さな観光施設だからだ。ここが本物の貯水塔なら、忍び込んだのがバレた時点で犯罪だし、ましてや死人なんか出たってんなら、もうイタズラじゃ済まされない。家庭で使う水源の中で、人が死んだなんて事になってみろ。誰もそんな水飲めねえだろ。」
「・・・・・・・・・・。」
「どれもこれも、冷静に考えりゃおかしな事だと気づくはずだ。でもお前は気づかなかった。考えりゃガキでも分かるような事を、正しい記憶と信じ込んでたんだ。なんでか分かるか?」
そう言って短くなることのないタバコを吸いながら、煙を飛ばして尋ねる。
俺は何も答えられず、正也の言うもっともな言葉の前に、ただ口を噤むしかなかった。
「お前はな、この貯水塔をスケープゴートにしたんだよ。」
「す・・・・すけー・・・・?」
「身代りってことだ。正しい記憶を封じ込める為に、偽の記憶を作ろうとしたまではいい。でも問題なのは、偽の記憶にそれなりの説得力を持たせることだった。」
「説得力って・・・・・誰に対してだよ?」
「自分自身に対してに決まってるだろ。誰に見せるもんでもない、自分自身を騙す為の記憶だ。だったらさ、何か『コレだ!』って核になるもんが要るだろ?それが貯水塔だったんだよ。」
そう言って貯水塔・・・・だった物を振り返り、吐いた煙に顔をしかめた。
「こういう建物ってさ、けっこう不気味だろ?大量の水が中に溜まってて、しかもやたらとデカイ。場違いなその佇まいに、恐怖を感じる人間っているんだよ。」
タバコを吹かしながら振り返り、「ほら、お前って大きな人工物が苦手だったろ?」と尋ねた。
「送電線とか、高速道路の中の巨大なファンとか、そういうの怖がってただろ?だからこの貯水塔にも怯えてたんだ。不気味で恐ろしくて、でもだからこそ、記憶を覆い隠す為に持ってこいだった。お前はあの貯水塔の中に、どこよりも不気味な世界を描いた。中には腐った水が溜まってて、まるでホラーに出て来るいわくつきの建物みたいに仕立て上げたんだ。そうすることで、自分の嫌な記憶を全てその中に閉じ込めた。目を背けたくなるような正しい記憶は、全部あの貯水塔の中の出来事にすることで、外に漏れないようにした。あの日起こった、俺が死ぬという出来事は、全部この貯水塔のせいってことにしようとしたんだ。」
決して短くならないタバコを向けながら、まるで名探偵さながらの長セリフを放ってみせる。
しかし俺は納得がいかず、結んでいた唇を解いた。
「ちょっと待てよ。その言い方だと、俺はあの日起きた出来事を、何もかも貯水塔に擦り付けてるみたいじゃないか。」
「そうだよ。擦り付けてんだ。自分では背負いたくないから。」
「そんな事ないよ!俺はいつだって自分を責めてたんだ。俺が煽ったからお前は飛び込んだ。俺がそんなことしなけりゃ、お前は死んだりしなかったのに・・・・・。」
そう言ってまた当時のことを思い出し、胸が締めつけられる。これが間違った記憶であったとしても、自分を責める後悔の念に変わりはない。
「俺は自分が悪いと思ってる・・・・。貯水塔に責任を擦り付けるなら、なんでこんなに自分を責めてるんだよ・・・・・。」
立っているのが辛いほど胸が痛くなり、その場に膝を着く。しかし正也にとって、俺の反論など無意味のようだった。
まったく表情を変えずに、スパスパと煙を吹かしている。
「・・・・ちょっと言い方が悪かったな。全ての責任を擦り付けたってのは間違いだ。全部の責任を背負うのが辛かったから、大半の部分を擦り付けたって言った方が正しいか。」
「そんな事ないって言ってるだろ!お前が死んだのは、俺のせいだって思ってるんだ!俺は誰にも責任を擦り付けたりしてないぞ!」
「いいや、してる。だって俺が水の中に飛び込んだのは、お前が煽ったせいじゃないからだ。」
そう言って、ゆっくりと俺の方に近づいて来る。俺はその足音に怯え、俯いて目を閉じた。
「いいか?俺たちが肝試しに来た時、この貯水塔に水なんて無かったんだ。だから俺はここで溺れてない。どんなにお前が煽っても、水の無い場所になんか飛び込めない。」
「・・・それは・・・・・、」
「お前だって、アイツらの会話を聞いてただろ?まだガキの頃の俺たちの会話を。」
正也は公園の広場に向かって顎をしゃくる。そこには高校生だった頃の俺たちがいて、先ほどの会話が思い出された。
「お前は確かに俺を煽った。そして俺も水の中に飛び込んだ。でもそれは、あの溜池の中だ。貯水塔じゃない。そして今見てるこの記憶は、肝試しに来た次の日もんだ。もし俺があの日死んでるなら、ここでお前と戦えるはずがないだろ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「いいか斎藤。俺はあの日死んでいない。だったらいつ死んだ?どこで?どうやって死んだんだ?」
「やめろ!もういいよ・・・・。」
「ここまで来て逃げるな。お前だってじわじわと思い出してるはずだ。絡まった記憶が解けていって、正しい記憶が見え始めてるんだろう?」
「うるせえな!ちょっと黙ってくれ!」
「俺が黙っても、この記憶の映像は終わらない。これはお前自身が再生させてるからだ。封じ込めた11年前の過去と向き合おうとしてるんだ。もう目を背けるのが嫌なら、ちゃんと見ろ!」
正也は声を荒げ、嵐のように煙を吐き出す。俺はしばらく目を閉じていたが、やがて何かにつられるように顔を上げた。
「お前は・・・・・何なんだ?正也の魂か?それとも記憶の幻覚か?」
そう尋ねながら見据えると、「どっちでもいいだろ」と微笑んだ。
「大事なのは、お前が正しい記憶と向き合うことだ。そうでなきゃ、こうしてお前と顔を合わせた意味がない。」
「・・・・・・・・・・。」
「いいか斎藤。あの日俺たちはここへ来て、貯水塔だった建物に忍び込んだ。これは本当の事だ。そしてこの貯水塔で、俺たちは仲直りをした。これも本当だ。だけどその先からがおかしくなってる。だから一緒に思い出そう。あの時の事を。」
そう言って俺の肩を叩き、「続きを話してやるよ」と頷いた。
「俺たちは貯水塔へ忍び込んだはいいが、すぐに飽きた。本物の貯水塔なら見応えもあったろうけど、でも中は大したことの無い観光施設だ。夜に忍び込んだからって、特に面白くもなかった。だからすぐに抜け出して、遊歩道をブラブラしていた。ぺちゃくちゃ喋りながら歩いてると、やがてあの小さな公園までやって来た。」
「・・・・・・・覚えてる。」
「じゃあ自分で言うか?」
「・・・・いいや。」
「そうか。ええっと・・・・それからは特にやる事も無くなって、もう今日は解散しようかって事になった。でもそこで、木根が濁った溜池を見つけたんだ。あの馬鹿は冗談交じりに、誰かここへ飛び込んでみろよって言った。みんな笑ってたけど、一人だけ真に受けた奴がいた。それがお前だ。」
そう言って、突き刺すように俺を指差す。
「お前は俺を煽った。そして俺は汚ったない池に飛び込んでやった。お前のワガママを聞いてな。」
「もうそれは聞いたよ・・・・。」
「中は意外と深かった。水も臭いし、なんか虫とかネズミが死んでるし。でも泳ぎは得意だったから、すぐに上がって来れた。その日はそれで解散だ。」
「・・・・・・・・・・。」
「だけど次の日、お前は俺にこんなメールを寄こした。『やっぱり友恵のことが諦められないから、もう一回戦ってくれ』あの時お前は、もう友恵のことは諦めるって言ったのに、ぜんぜん諦め切れてなかったんだ。未練たらたらもいいとこだよ。」
正也に鬱蒼しそうに言うが、怒りはしなかった。相変わらずの無表情で見つめ、先を続ける。
「いい加減しつこいと思って、腹が立ったよ。だから三度目の戦いを受けた。いくら親友だからって、我慢の限界ってもんがあるからな。だけどまともにやり合ったら怪我させるから、ハンデをやったわけだ。その上でボコボコにされたんなら、大人しくなると思ったし。」
「・・・・それが・・・・あの戦いに繋るってわけか・・・・。」
後ろを振り向き、11年前の俺たちを睨んだ。
俺はまだ膝をついていて、とうに10カウントは過ぎていた。
しかし佐野は戦いを止めない。正也が本気で右を打ったから、反則とみなしてカウントは取っていなかった。
「もう俺が喋ることはないよ。後はあの戦いを見てればいい。」
正也はそう言って煙を飛ばす。その時、ほんの少しだけタバコが短くなっているような気がした。
しかしそんな事に気を取られている場合ではなく、俺たちの戦いを見届けなければならない。
ここまで来ると、おぼろげではあるが、当時の記憶が蘇っていた。
しかし細かい部分はまだ分からない。それに正也が死んだ部分の記憶に関しては、深い霧に包まれたように思い出せない。
だから一瞬たりとも逃さず、かつての俺たちの戦いを見届ける必要があった。
佐野は『出来るか?』と声を掛け、戦意を確認している。俺は『大丈夫だ・・・』と答え、ゆっくりと立ち上がった。
外野からは「もういいよ」と声が飛ぶが、それでも戦うつもりのようで、目の前に拳を構えた。
『次にダウンしたら止めるからな。』
そう忠告して、佐野は再開の合図を出す。
俺は前に出ようとしているが、まだ足がふらついていた。
フットワークなどあったもんじゃなく、ただ前に歩いてパンチを出している。
正也は軽くそれを払うと、身体を左に捩った。
そして体当たりをかますほどの勢いで、強烈な左フックを放った。
本気の右は禁止だが、左は特に制約はない。パワーと体重を乗せた左の拳が、トドメを刺そうと襲いかかる。
俺は咄嗟にブロックしたが、奴のパワーは半端ではなかった。
硬い拳がめり込み、簡単に俺のガードを吹き飛ばす。ハンマーでサンドバッグを叩いたような重い音が響き、弧を描くように打ち抜いた。
俺は堪らず後退し、よろよろとよろけながらも、ダウンだけは拒否しようとしていた。
そこへダメ押しの左ボディが襲いかかり、身体が九の字に曲がる。
しかしそれでもまだ立っていて、拳を構えようとしている。
見かねた佐野が止めに入ろうとした瞬間、正也の方が早く動いた。
一瞬で距離を詰めて、もう一発渾身の左フックを見舞ったのだ。
しかし力み過ぎたせいか、わずかに狙いがズレる。拳は俺の肩にぶつかり、そのまま後ろへ吹き飛ばされた。
フラフラと後退しながら、足がもつれる。そしてそのすぐ後ろには、あの汚い溜池があった。
俺は園田と実花が座る方へとよろけていく。二人は慌てて逃げ出し、俺は池の縁につまづいて転んでしまった。
そして・・・・大きな音を立てて、池の中に落ちた。
俺はグローブとヘッドギアを着けていて、しかも正也のパンチを受けてフラフラだった。
そんな状態で泳げるはずもなく、手足をもがいて溺れている。
「斎藤!」
木根が叫び、池の中に飛び込もうとする。しかし涼香に「あんたも溺れる!」と止められた。
「でもほっといたら死んじまうぞ!」
「私が行くって言ってんの!泳ぎなら私の方が・・・・・、」
そう言いかけた瞬間、正也が一目散に飛び込んだ。
グローブは外していて、上着も脱いでいる。そして素早い泳ぎで俺の元まで来て、後ろから抱えた。
「落ち着け!もう大丈夫だから!」
正也は叫び、どうにか俺を助けようとする。しかし俺は滅茶苦茶に暴れ狂い、グローブを填めた腕で正也にしがみついていた。
「離れろ!これじゃ俺まで溺れる!」
正也は俺を引き離そうとするが、なかなか離れない。
そうやって揉み合っているうちに、だんだんと正也の体力も奪われていった。
「何してんだ!誰か呼んで来い!」
そう怒鳴られて、木根と涼香が動いた。実花は二人について行き、園田はただオロオロしている。
佐野は何か助けられる道具はないかと辺りを見渡し、友恵は青い顔で震えている。
「おい暴れるなって!俺まで溺れるから!」
正也は必死に俺を支える。一人ならこんな池は余裕だろうが、暴れる人間を抱えながら泳ぐというのは、相当な体力がいるらしい。
しかもさっきまでスパーをしていたのだから、元々の体力が削られている。
正也は見る見るうちにバテていき、俺と一緒に沈みそうになっていた。
そこへ木根と涼香が、人を連れて戻って来た。
一人は浮き輪を抱えていて、おそらくここの管理人か何かだろう。
後の二人は中年の夫婦で、「早く浮き輪を!」と叫んでいた。
管理人は浮き輪を投げ、「これに掴まれ!」と言った。
正也は俺を抱えながら、手を伸ばして浮き輪を掴む。しかし俺が暴れるもんだから、浮き輪から手が離れてしまった。
濁った水が飛沫を上げて、俺たちは沈んで行く。しかしそれでも正也は諦めない。
どうにか手を伸ばし、浮き輪を掴んだ。
「斎藤!これに掴まってろ!」
そう言って浮き輪を握らせ、自分もしがみつく。しかしその浮き輪は穴が合いているようで、ブクブクと気泡が立っていた。
中へ水が入り、二人の重さに耐えきれずに沈んで行く。
このままでは二人とも本当に死んでしまう。そう思った時、なんと友恵が池の中に飛び込んだ。
カーディガンを脱ぎ捨て、穿いていたロングスカートさえも取り払い、何の迷いもなく池に飛び込んだ。
その泳ぎはとてもぎこちないが、確実に俺たちの方へ向かっている。
そして正也の後ろに回り、沈まないように腕を絡ませた。
「早く浮き輪を引いて!」
そう叫んで、俺の背中を蹴って前に押しやる。管理人と中年の夫婦は、慌てて浮き輪を引いた。
俺はどうにか引き上げられ、「大丈夫か!?」と肩を揺すられる。
「・・・・・・・・・・。」
溺れた恐怖で何も答えられず、ただ震えてばかりいる。するとそこへ涼香が走って来て、「もう一回浮き輪を!」と叫んだ。
「まだあいつらが残ってる!」
涼香は浮き輪を奪い、二人の元へ投げる。友恵はそれを掴み、「引っ張って!」と合図する。
しかし穴の空いた浮き輪は、水を吸い込んだせいで重くなっていた。二人を引っ張っている間に、どんどん沈んでいく。
それでも友恵は必死にしがみつき、正也を離そうとしない。
浮き輪は二人の重さに耐えきれず、濁った水にどんどん沈んでいく。
すると木根が我慢の限界に達し、溺れるのを覚悟で二人を助けに行った。
「今行くぞ!」
元々運動神経が良い木根は、泳ぎも上手い。しかしさすがに人を助けながら泳ぐのは無理があり、「ど・・・・どっちかしか無理!」と叫んだ。
「おいお前ら!ボケっとしてねえで誰か手伝え!無理なら人呼んで来い!」
そう言われて、佐野と涼香も飛びこむ。園田と実花はただオロオロしていて、俺は相変わらず震えていた。
やがて騒ぎを聞きつけて、溜池の周りに人が集まって来た。
そして二人の男が池に飛び込み、正也と友恵を助けに行く。
「しっかりしろ!すぐ助けるから!」
木根は正也を抱え、佐野と涼香は友恵を抱えている。そこへ後から飛び込んだ二人の男がやって来て、どうにか池の縁まで引っ張って行った。
そして二人を地面に寝かせると、木根が「救急車!」と叫んだ。
近くにいた女がケータイを取り出し、すぐに救急車を呼ぶ。
友恵は意識はあるが、水を飲んだようで酷くむせている。そして正也の方はというと・・・・・・目を開けたままぐったりしていた。
「おい正也!聴こえるか!?」
木根が頬を叩き、すぐに心臓マッサージをする。涼香も「しっかり!」と言って、人工呼吸を施した。
二人が心肺蘇生をしている間、俺は震えながら後ろを振り返る。
苦しそうにむせている友恵。目を開けたまま動かない正也。
それを目にして、まるで他人事のような顔をしていた。
《・・・・俺が溺れたから、この二人も溺れた・・・・。もし正也が死んだら、それは俺の責任か・・・・・?》
昔の俺を見つめていると、ふと頭の中に声が響いた。
それは過去の自分が思った、自分自身の声だった。
その声は腹の中から・・・・そして頭の中から湧き出すような、なんとも不快な声だった。
《・・・・・俺のせいじゃない・・・・。正也が飛び込んだのは自分の勝手で、俺のせいじゃない。そもそもコイツのせいで溺れたんだから、助けるのは当たり前だ。だからコイツが死んでも俺は悪くない。何の責任もない。全部関係ない!》
当時の自分の声と、今の自分の声が重なり、不出来な輪唱のように何重にも響く。
俺は悪くない・・・・正也が死んだのは俺のせいじゃない・・・・。俺には何の責任も無い・・・・全部正也が悪い・・・・・。
繰り返し響く声は、俺は正也の死には一切関係ないという、責任から逃れたい思いだった。
やがて救急車がやって来て、正也と友恵が運ばれる。残ったメンバーは人だかりに囲まれ、遅れてやって来た警察が、その人だかりを掻き分けながら入って来た。
俺たちは警察署へ連れて行かれ、その時の詳しい状況を尋ねられる。
あの公園でスパーリングをしていたこと、なぜスパーリングをしていたのかということ、そして俺が池に落ち、正也が助けに入った時の状況。
ありとあらゆる事を聞かれ、これが事故なのか事件なのか、警察は慎重に判断しようとしている。
すると俺と警官が話をしているところへ、別の警官がやって来た。
ヒソヒソと何かを耳打ちをして、俺に一瞥をくれて去って行く。
嫌な予感がグルグルと渦巻き、記憶の映像を食い入るように見つめた。
耳打ちをされた警官は、顔をしかめながらペンで頭を掻いた。
俺はさっきの耳打ちが何だったのか尋ねる勇気が無いようで、じっと黙り込んでいる。
するとその警官は、射抜くような視線を向けてこう言った。
「さっき溺れた君の友達だけど、命に別条は無いってさ。」
そう言って「よかったな」と肩を叩いた。
「それは・・・・・二人ともですか?」
「そうだよ。正也って子も友恵って子も無事だ。まあ汚い水を大量に飲んでるから、何かの感染症にかかる疑いはある。
だから様子を見る為に少し入院するようだけど、それ以外は問題ないそうだ。」
「誰も・・・・・死ななかった・・・・。」
「そうだよ。みんな無事だ。」
警官はニコリと微笑み、「良い友達を持ってるな」と言った。
「自分が死にそうになってまで助けてくれる友達なんて、なかなかいないよ。正也って子も友恵って子も、すごく良い友達じゃないか。ちゃんと見舞いに行けよ。」
「・・・・・・・・・・。」
誰も死ななかったという事実を聞いて、俺は急に泣き出した。
正也が死んだら、俺の責任になるんじゃないか・・・・?
そんな不安に押し潰されそうになっていたので、安堵のあまり涙を流していた。
警官はまた俺の肩を叩き、しばらく質問を続けてから、もう帰っていいよと言ってくれた。
その後両親がやって来て、同じ警官から事の経緯を説明されていた。
当時のそんな記憶を見た俺は、口を開けて固まった。
不安とも喜びともつかない感情に支配され、「なんだこれ・・・・」と漏らす。
「正也は死んでないだって?どういうことだ?」
そう言って後ろを振り返ると、そこに正也はいなかった。
「おい!どこ行った!?」
呼んでも返事はなく、近くにいる気配すら感じない。
「これはどういうことだ!?こんなの俺の記憶じゃないだろう?なんで正也が生きてるんだ!?教えてくれよ!」
あらん限りの声で叫ぶと、頭の中に声が響いてきた。
《これは間違いなくお前の記憶だよ。》
「嘘言うな!だったらなんでお前が生きてる!?」
《死んでないからに決まってるだろ。》
あっさりとそう返されて、言葉に詰まった。しかしすぐに怒りが湧き上がり、「ふざけんな!」と叫んだ。
「お前が死んでないなら、どうして俺は記憶を封じ込めたんだ!?何も悪い事が起きてないなら、正しい記憶を忘れる必要がどこにあるんだよ!!」
理屈に合わない俺の記憶、そして理屈に合わない正也の言葉。どれもが不快なほどもどかしく感じて、「答えろ!」と叫んだ。
「なんでお前が生きてるんだ!そんなはずないのに・・・・。みんなだって正也が死んだことは知ってるはずだ!こんなのおかしいだろ!」
何度もそう叫ぶと、しばらく間を置いてから声が返って来た。
《答えは簡単だ。俺は死んでないけど、元の状態じゃなくなった。》
「元の状態・・・・・?どういうことだ?」
《お前は俺の死に責任を感じているようだけど、それは違う。もっと重い責任を感じる羽目になったんだ。だから俺が死んだなんて偽の記憶を生み出した。》
「・・・・馬鹿なこと言うな・・・・。死ぬ以上に責任を感じることなんて・・・・・、」
《あるよ。あるんだよ・・・・。俺は生きてる。でもそれは、お前にとってすごく辛いことだったんだ。だから死んだことにした。》
「・・・・分からない・・・・何言ってるかさっぱり・・・・。」
《斎藤。もう記憶を見るのは終わりだ。この先はその目で現実と向き合え。そうでなければ、お前は一生俺に縛られることになる。そんなのは・・・・俺は嫌なんだ・・・・・・。》
正也の声が途切れ、それと同時に記憶の景色が歪みだす。
辺りに強烈な光が走り、粘土細工のように記憶の映像が溶けていく。
そして全ての映像が消えた瞬間、あの貯水塔に戻っていた。
周りにはみんながいて、なぜか穏やかな目で見つめている。
空は青く、周りには多くの人が行き交い、陽気な光が降り注いでいる。
「なんだ・・・・?また記憶を見てるか・・・・・?」
そう呟くと、ふと目の前に何かが近づいて来た。
顔を上げると、そこには正也がいた。
「あ・・・・・・。」
正也を見た瞬間、トクンと心臓が飛び跳ねた。
なぜならコイツは車椅子に乗っていて、虚ろな表情で首を傾げていたからだ。
しかもその後ろには友恵がいて、その車椅子を押していた。
「正也・・・・・。」
俺は立ち上がり、正也を見つめる。
その顔は表情というものがなく、口が開きっぱなしになっている。
目はどこに焦点を合わせているのか分からず、手足はだらりと脱力している。
そして小さく首を動かして、俺の顔を見据えた。
「どうだった・・・・記憶の旅は・・・・?」
そう言って、少しだけ表情を動かして笑う。
「斎藤・・・・・会いたかったよ・・・・・。11年ぶりだ・・・・・。」
掠れる声で言い、目の端から涙が零れる。俺は「正也・・・・?」と尋ね、その手に触れた。
《・・・・これは幻覚なのか?それともまた記憶を見ているのか?・・・・いや、記憶の映像は終わったはずだ。だったらやっぱり、これは正也ということに・・・・・。》
俺はじっと正也を見つめる。正也もじっと俺を見つめる。
すると友恵が、「ちゃんと向き合ってあげて」と言った。
「正也も・・・・・斎藤君に会いたがってた。だからちゃんと見てあげて・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「11年ぶりだもん。嬉しいに決まってるよね、正也・・・・・。」
そう言って顔を近づける友恵に、正也は頷いて見せる。
コイツが生きているという事実に、俺はただ混乱するしかなかった。なかったが・・・・・すでに絡まった記憶の糸は解けていた。
正しい記憶を覆うものは、もう何もなく、あの夏に起きた出来事が、11年の時を超えて蘇った。
「・・・・ごめん・・・・・。」
正也の前に膝をつき、手を握りしめて謝る。
「・・・・ごめん・・・・ごめんなさい・・・・。」
長い間隠していた記憶が蘇り、11年分の涙が頬を濡らした。

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