UMAと妖怪の境界線

  • 2015.08.17 Monday
  • 12:22
JUGEMテーマ:神話・伝承全般
妖怪とUMA。その境界線はどこにあるんでしょうか?
妖怪の中にオバリヨンという奴がいます。
こいつは木の上から飛び降りて、人間の背中にくっ付く妖怪です。
オバリヨンに憑かれると、まるで岩を背負ったように身体が重くなり、動くことが出来なくなると言われています。
しかしこの妖怪の元は、空腹にあるという説があります。
昔は今みたいに栄養のある物をたくさん食べられる時代じゃなかったので、栄養失調になって動けなくなることがあったのでしょう。
その動けなくなるという現象を、オバリヨンのせいにしたわけです。
他にもぬらりひょんって妖怪がいますね。
この妖怪は家人のいない間に家に忍び込み、勝手に飯を食う奴です。
気がつくと食べ物が少なくなっている。これはきっと妖怪のせいに違いない!
昔の人はそういう具合に考えたのではないでしょうか?
しかし昔は家の戸締りなんてずさんだったでしょうから、誰かが勝手に忍びこんで、飯を食うことも可能だったはずです。
それを妖怪の仕業と考えたのではないかと、私は思っています。
妖怪の元となるのは、不可思議な現象です。
目に見えない、実体がない。でも不思議な現象が起こる。
日常的に起こる不可解な現象は、妖怪という物の怪となって形を持った。
妖怪は人の不安や疑問を受け止める、心の映し身であると思っています。
ではUMAはどうか?
これは日本語で書くと未確認生物のことです。
生物ってことは生き物であり、しかし生物学的に定義されていない奇妙な生き物のことです。
もうこの時点で、決定的に妖怪と異なりますね。
妖怪は不可解な現象が形を持った者。UMAは未発見ながらも、目撃例がある生物のことです。
現象と生き物。これが両者の境目だと思っています。
妖怪が実在するということは有り得ないでしょう。
不可解な現象を具現化したものだから、実際に発見することは無理です。全ては人間の想像の産物なのですから。
しかしUMAに関しては、もしかしたら実在する可能性があります。
もし恐竜が生き残っていたら?もし本当にツチノコのような蛇がいたら?もし本当にモスマンのような巨大な蛾がいたら?
どれも絶対に有り得ないとは言い切れないと思います。
UMAは生き物に対しての不安、不可解、好奇心、それらが元になっていると思います。
もし雪男が実在していたとしても、別に不思議じゃありません。
雪男は真っ白なゴリラのような姿をしていますが、もしゴリラが雪山の環境に適応していたら、そういう姿になってもおかしくはないでしょう。
なぜなら毛が真っ白な方が、雪山では身を隠しやすいはずだからです。
身を守る為に理に適っています。
雪男は未だ発見されていませんが、もし見つかっても一ヶ月ほどで飽きられそうです。
でも雪女はいないでしょうね。なぜなら彼女は妖怪だからです。
人間の姿をしていて、その身は氷のように冷たい。
もし生き物だったら、氷のように冷たいという時点で死んでいます。
体温がマイナスの生き物なんて、ちょっと考えにくいですからね。
妖怪は現象、UMAは未発見の生き物。
境界線はハッキリしてるけど、でも混同してしまうことも多々あります。
ターボばあちゃんとかドッペルゲンガーとか、どっちに分類していいのか分かりづらい奴らもいますからね。
もしかしたら両者を分けることには、かなり難しいのかもしれません。

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