グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第六十話 父と娘(1)

  • 2016.03.30 Wednesday
  • 14:18
JUGEMテーマ:自作小説
どんな物にも区別は必要で、それが無くなるというのは恐ろしいことだった。
下手に薬と薬を混ぜると毒となるように、燃える油に水をかけるとさらに炎上するように、物事の境界線が消えるということは、身体を蝕む病魔のように全てを侵すことがある。
今、亀池山の麓では、その境界線が失われつつあった。
沢尻と東山が「こっち」へ戻って来て一日、亀池山の麓では異様な世界が広がっていた。
大きな蝶の化け物が飛び交い、毒の槍を持った真っ白な怪人が暴れ、人の何倍もある巨大な手が死者を操っていた。
警察も自衛隊も、そんな化け物の侵攻を防ぐ為に、地獄のような死闘を演じていた。
銃弾が飛び交い、砲撃やミサイルが飛び交い、そこら中に死体が転がり、足の踏み場もないほど血に溢れている。
麓の川にその血が流れ込み、真っ赤に染まって唐辛子のスープのようになっていた。
周囲の住人は避難を余儀なくされ、代わりに大勢の警察や自衛隊、それに報道陣が詰めかける。
自衛隊の制止を無視した報道のヘリが、巨大な蝶の群れに張り付かれ、混乱したパイロットが操縦を誤る。
ヘリは真っ逆さまに墜落し、下で戦っていた機動隊の元で爆炎を上げた。
「おい!侵入する奴は民間のヘリでも撃墜しろ!無駄な死者が出る!」
そう叫んだのは鏑木で、大隊の指揮を取りながら怒号を上げた。
化け物と人間は一進一退の攻防を繰り広げているが、明らかに人間の方に分が悪かった。
戦力は拮抗していても、誰も化け物と戦うことに慣れていなかったからだ。
警察も自衛隊も次々に応援が到着するが、化け物を見て思わず息を飲んだ。
辺りは血が溢れる戦場になっていて、それを見ただけで足が竦む。
「こんなの警察の仕事じゃない!」とその場で辞めようとする者もいたし、「化け物と戦うなんて想定してないぞ!」と叫ぶ自衛官もいた。
しかしそれでも、誰かが戦わねば化け物が街に押し寄せる。いや、すでに昨日までは押し寄せていた。
蝶の化け物の大群が、人間の街を襲撃していたのだ。
自衛隊の奮闘のおかげでどうにか殲滅出来たが、多くの被害をもたらした。
警察も自衛隊も多数の死者を出し、何百人という民間人も犠牲になった。
そして今日、化け物が溢れて来るこの山で、戦いを繰り広げていた。
もし自分たちだけで手に余るようなら、在日米軍にも協力を依頼する準備は出来ていた。
すでに幾つかの米軍基地は、出動の準備を整えていた。
それほどまでに過酷な戦いの中、沢尻と東山は前線に行くことを許されなかった。
二人は警視庁にいて、上司にこれまでの詳しい経緯を説明させられていたからだ。
目の前には警察庁長官、警視総監、顔も名前すらも知らない公安部の人間、それに内閣官房長官までが座っていて、誰もが厳しい視線を向けていた。
東山はありのままの真実を話すことに、戸惑いを覚えていた。
なぜなら沢尻の体内には、アチェと緑川の子供が宿っているからだ。
しかし当の沢尻は、臆することなくその事実を話した。
アチェを飲み込み、あの二人の子供が腹の中にいると。
それを聞いた時、誰もが驚きを隠せず、しばらく口を噤んだ。
しかし沢尻は平然と続けた。
「俺が化け物になり、緑川を仕留めます。でも万が一俺が負けた時は、腹の子が俺の意志を引き継ぎます。」
そう言って顔に巻いた包帯を取り、UMAとなった左目を見せつけた。
今度はどよめきが起き、国を預かるはずの面々が、素人のように口を開けて固まる。
誰もが黙り込む中、警察庁長官が口を開いた。
「話には聞いていたが・・・・こうして目にすると異様だな・・・・・。」
それは誰もが思う本心だった。命懸けで戦った部下にそんな言葉を浴びせたくなかったが、誰かが言わないと先に進まない空気だった。
「沢尻・・・・お前は本気で言ってるのか?化け物になって緑川を仕留めるなんて。」
「はい。それしか手は残されていません。」
「・・・・で、お前が負けた時は、化け物の子供を産むと?」
「はい。」
「それを娘に育てさせて、自分の孫と手を組ませると?」
「はい。」
「全部本気で言ってるのか?」
「俺は放っておいても化け物になります。アチェを飲み込んだせいだと思いますが、身体の内から気味の悪い衝動がこみ上げるんです。」
「・・・・・・・・・。」
「それならば、まずは俺が緑川と戦い、敗れた時は生まれて来る子供に任せるしかありません。」
「・・・・・どう判断を下したらいいのか・・・・何とも言えん。」
長官は腕を組んで顔をしかめる。すると隣に座っていた官房長官が、「勝てる見込みは?」と尋ねた。
「今現在、自衛隊と警察が化け物と戦っている。しかし君の話しぶりを聴いていると、緑川はそれを上回るほどの脅威に思える。」
「その通りです。」
「しかしあいつは一人だろう?誰と手を組んでるわけでもない。そこまで脅威になる男なのか?」
そう尋ねると、これには警視総監が答えた。
「あいつは沢尻のいた署を襲っています。その際にウチの特殊部隊と戦闘になっていますが、全員殺されました。」
「知ってるよ。陸自の特殊部隊にも引けを取らない連中だったんだろう?それを一方的に倒した。」
「ええ。しかもその場には自衛隊もいましたし、沢尻の娘・・・・そして彼女と手を組んだ化け物もいました。」
「それも聞いている。」
「しかし何も出来なかった。自衛隊も機動隊もゲロを吐くばかりで、化け物でさえ手足を潰されて動けなかった。
しかも半田に至っては、奴の恐怖にあてられてすぐに辞表を出しました。今じゃ子羊みたいに震えてますよ。」
そう言って、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「今までの奴の犯行を見ても、異常としか言いようがない。普通の人間ならとうに捕まるかくたばってるかしているはずなのに、今でもピンピンしてる。
それどころか、さらに力を増していってるようだ。だったら人間だけで対抗出来ますかな?」
「それは奴が化け物と手を組んでいたからじゃないのか?」
「そうですが、沢尻の娘も化け物と手を組んでいました。」
「ううん・・・・・。」
「だったらやっぱり、あの男が異常という事になりませんか?化け物と手を組んでいようがいまいが、とんでもない脅威になるほどの犯罪者ですよ。」
「しかしな・・・・沢尻君が化け物になって戦うのはともかく、さすがに化け物の子を産むのはまずいだろう。しかも父親は緑川ときてる。
そんなことを受け入れると言うのは、私には難しいな。」
「ですが他に案がありますか?私は沢尻の案を支持しますよ。仮にもし化け物の子を産むことになったなら、必ず隠し通してみせます。」
「いや、そういう問題じゃなくてさ・・・・人間が化け物の子を産み、それを育てるっていうのがマズイんだよ。」
「倫理的にという意味で?」
「人間として受け入れ難いと言ってるんだ。須藤君もそう思うだろう?」
そう言って官房長官は、警察長官に目を向けた。
「ここへ来る前に、佐々木防衛大臣、それにアメリカ大使とも話をしてね、これはもうどんな手を使ってでも、事態を治めないといかんという事で一致した。
しかしいくらなんでも、化け物の子を産むなんて・・・・。しかも自分の娘にそれを育てさせるだなんて・・・・私にはとても・・・、」
官房長官はムスっとした顔で腕を組む。これ以上何も言いたくないと言う風に、真一文字に唇を結んだ。
すると須藤長官は思案気な顔で、公安の幹部に目を向けた。
「これさ、人間の仕業ってこたあないよな?」
そう問われて、「どういうことで?」と首を傾げた。
「なんかもう・・・全ての話がぶっ飛んでるよな、これ。どっかの国の誰かがさ、ウチの国で生物実験でもやってさ、それをばら撒いてるってことはないのかな?」
そう問われた公安の幹部は、小さく笑った。
「そう思いたい気持ちも分かりますが、人間じゃどう頑張ってもこんな事は無理でしょう。」
「だよな。なら・・・・どうするよ?」
「さあ?私はそれを判断出来る立場にありませんので。」
「これからは化け物の監視もお前らの仕事に追加しとくか?」
「ははは。」
「まあ冗談はさておき、とりあえずは溢れて来る化け物の殲滅が先だろう。問題はその後だが・・・・、」
須藤長官は笑顔を消し、じっと沢尻を見つめる。
「沢尻、悪いが犠牲になってくれるか?」
そう問うと、「元々そのつもりです」と答えた。
「お前の話じゃ、放っておいても「向こう」は消滅する可能性があるんだろう?」
「ええ。しかし緑川のことですから、どうやったって生き残ろうとするでしょう。その時、どんな手段に出るか想像もつきません。」
「ならあいつ一人の存在が、「向こう」全体よりも恐ろしいということだな?」
「私はそう思っています。」
「・・・・・なら今度は東山に聞こうか。」
そう言って目を向けると、東山は俯いた顔を上げた。
「はい・・・・。」
「お前はどう思う。近くで緑川の戦いぶりを見ていたんだろう?こいつが犠牲になれば、緑川を仕留められそうか?」
「・・・・・難しいと思います。」
「なんで?」
「・・・・・あれは本物の死神と言っても過言じゃありません。相手が誰だろうと、その首を刎ねるでしょう。」
「SATの隊長にそこまで言わせるほどか?」
「どんな特殊部隊の人間でも、同じことを言うと思いますよ。」
「なら奴を討つ可能性があるとしたら、それはどんな事が考えられる?」
長官はまた笑顔に戻り、「素直に答えてほしい」と言った。
「忌憚のない率直な意見を聞かせてくれ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「躊躇うことはない。この異様な事態を解決する為には、お前のように前線で戦っていた者の意見が大事だ。
どうだ?化け物との戦いを肌で感じてきた身として、どんな可能性が考えられる?」
そう問われて、東山は今までの戦いを思い出す。
初めて「向こう」へ行き、ウェンディゴと戦ったこと。頂上の池でミノリの大群と戦ったこと。
そしてつい昨日の、あのおぞましい戦いのこと。
ミノリ、ペケ、緑川、そしてミノリの連れてきた強力なUMA、どれも思い出すだけで鳥肌が立ちそうだが、しっかりと頭の中に思い描いた。
あの戦いを思い浮かべるだけで、肌が切り裂けような錯覚に襲われ、吐き気まで催してくる。
しかしそれでも何度も思い浮かべ、緑川を倒すにはどうしたらいいかを、記憶の中から探った。
「・・・・・・・毒。」
「ん?」
「毒が・・・・・有効かもしれません。」
そう言って顔を上げ、「あの戦いを思い出していると、毒が一番効くんじゃないかと思います」と頷いた。
「ペケという強い怪人がいたんですが、敵の使う毒槍を恐れていました。それにアチェもよく毒の鱗粉を使っていたし、緑川もそうしていたはずです。」
「ああ、警察署で鱗粉をばら撒いていたと聞いた。そのせいでみんなゲロまみれだ。」
「それに緑川が化け物になってしまったのも、アチェの毒を受けたからです。
奴は怪我を負う度にその毒で治してもらっていたそうですが、それが限界を迎えてUMAになったんだろうと思います。」
「なるほどな・・・・・毒か。」
「毒は弱者の武器です。弱い者が強い者を葬る時、毒が最も有効な手段です。それは歴史も証明しているはずです。」
「確かに・・・・暗殺にはよく毒が用いられた。現代でも、化学兵器は核と並んで使ってはいけない武器の一つだ。」
「昔も今も、毒はそれほど強力ということです。自然界を見渡したって、弱い奴ほど毒を持ってる。虫、魚、爬虫類・・・・毒を持つのはだいたいこんなところでしょう。」
「まあトラやライオンにそんな物は必要ないだろうからな。」
「ええ・・・・。そして俺たちが相手にしようとしているのは、トラやライオンなんですよ。もし虫やトカゲが猛獣を殺せるとしたら、やはり毒しかない。」
「俺たちは虫か。」
「緑川から見れば、そうなると思います。奴はアリでも踏み潰すように人間を殺すんです。それほどまでに見下されてるってことです。
だったらそれを逆手にとって、毒を持つアリになればいい。ちっぽけな虫だと思わせておいて、毒を撃ち込んでやればいいんですよ。」
東山は強い口調で言い切る。半田に進言した時は相手にされなかったが、今なら通る可能性がある。
「向こう」の化け物が「こっち」に押し寄せた今なら、この進言を真面目に検討してくれるはずだと信じていた。
須藤は「毒ねえ・・・」と呟き、隣に目を向ける。
公安の幹部は、何食わぬ顔で知らんぷりを決めていた。
すると黙って聞いていた官房長官が、「まさか化学兵器を使おうなんて言うんじゃないだろうな?」と息巻いた。
「東山の意見を素直に受け取れば、そういうことになりますな。」
須藤が返すと、「そんな・・・・、」と顔をしかめた。
「そんな物はウチの国にはない。」
「アメリカから借りるというのは?」
「馬鹿を言う。」
「どうしてです?官房長官は先ほど、どんな手を使ってでも事態を収拾すべきだと仰ったはずですが?」
「それは表現の問題だよ。それくらいの覚悟でないと、化け物を駆逐するなど出来んという意味だ。」
「そうでしょうか?どんな手を使ってでも対処しないと、被害が拡大するからだけだと思いますが?」
「しかしいくら何でも化学兵器ってのは・・・・、」
「まあ甚大な被害が出るでしょうな。」
「そうだよ。それこそ化け物どころじゃない被害が出るかもしれない。そうなったら本末転倒だろう?」
「しかし沢尻たちの話を聞いていると、通常の武器では対処が難しいようです。」
「そんなことは分かってる。でも難しくてもやるしかないんだよ。化学兵器の使用がどういう結果をもたらすか?この国の人間なら分かるだろう。」
官房長官はそう言って「断じてそんな選択肢はあり得ない」と突っぱねた。
「ではどうしますか?」
「通常兵器でどうにかするしかない。」
「なら警察にも自衛隊にも、多くの犠牲者が出ますな。」
「だからそんなことは分かってるんだよ。クドイなお前は・・・・・、」
官房長官は苛立たしそうに言って、「美津君はどう思うんだ?」と警視総監に尋ねた。
「君も化学兵器に賛成なのか?」
「はあ・・・・。」
「なんだその曖昧な返事は?ふざけてるのか?」
「いえ、私が何を言ったところで、官房長官が駄目だと仰るならそれまでですから。」
「そうだよ。駄目なもんは駄目だ。」
「それに意見を求めるなら、防衛省やアメリカ大使館の方がいいんじゃないですかね?もし使うにしたって、ウチはそんな物は持ってないわけですから。」
「・・・・アメリカに意見を求めたところで、答えは決まってるよ。」
「まああの国のことですから、事態が事態なら使用は認めるでしょうな。」
「自分の国のことではないからな。」
「いや、自分の国でもやるでしょう。ひっ迫した状況なら、すぐに決断を下すと思いますよ?」
「それは何か?俺に対する嫌味か?」
「そうではありませんが、決断すべき時は、そうするべきだと進言しているだけです。」
「なら君が俺の代わりをやってみるか?全ての責任を背負ってな。」
「いえ、お断りします。」
「ほら見ろ、化学兵器なんて安易に使えんよ。」
「使用の是非については、私は何も言えません。決定を下すのは内閣ですから。」
「使うのは国内なんだよ!お前んとこの部下が化学兵器を使えと言ってるんだ。この国で!」
「はい。」
「自分たちが無関係とでも言いたいのか!?ええ!」
「そんなつもりはありません。お気に障ったのなら、私の言葉遣いが悪かったのでしょう。お詫びいたします。」
そう言って小さく頭を下げ、じっと口を噤んだ。
「どいつもこいつも・・・・・、」
官房長官はグイと水を飲み、東山を睨んだ。
「実際に奴らとの戦いを経験した君の意見は貴重だよ。」
そう言われて、東山は「はい・・・」と俯いた。
「その上で毒が有効だと言うのなら、それはそうなんだろう。」
「はい・・・・。」
「でもね、やはり安易に決断は下せないんだよ。」
「・・・・分かっています。」
「別に君を責めてるわけじゃないんだよ。ただね、そういう意見は今後控えてほしい。」
「・・・・・・・・・・。」
「化け物の対策には、通常の兵器をもってあたる。我々だけで手に余りそうなら、米軍だって動いてくれるんだから。」
「・・・・お言葉ですが、私が進言したのは、化け物への対策ではありません。緑川をいかに仕留めるかについてです。」
「同じ事だよ、結局使うなら。」
「そんな事はありません。奴一人に向けて使うなら、やり様があるはずです。」
「どんな風に?」
「・・・・もし化け物全体に向かって使えば、それは甚大な被害が出るでしょう。しかし緑川を殺すだけとなれば、限定的な使い方が出来る。」
「限定的・・・・・。」
そう言われて、官房長官は少し考え込んだ。
「例えば・・・・ライフルの弾丸に毒を込めるとかか?」
「それも考えましたが、今の奴には銃は通用しないようです。沢尻が近距離から拳銃を撃ちましたが、奴はアッサリとかわして見せました。
きっと化け物になって、超人的な反射神経を身に着けたんでしょう。」
「ならどういった形で使うんだ?まさか奴一人に向けて、化学兵器の弾頭が入ったミサイルでも撃ち込む気か?」
「そんな事をしたら、それこそ甚大な被害が出ます。」
「だろう?だったらやっぱり無理なんじゃないか。やって意味の無いことなら、やらない方がいい。」
「いえ、意味の無いことではありません。」
「なんでだ?銃も駄目、ミサイルも駄目、だったら毒を使うなんて無理だろう?」
これ以上反論するなという風に、官房長官は顔をしかめる。しかし東山は引かない。「接近して使えばいいんです」と答えた。
「接近?」
「はい、刀に毒を塗るんです。」
「刀って君・・・・・銃をかわすような奴にそんなもんが・・・・・、」
「刀だからいいんですよ。銃ならかわされるが、刀なら当たる。コイツが使えば・・・・・、」
そう言って沢尻を見つめ、「お前は緑川と戦うつもりなんだろう?」と尋ねた。
「誰がなんと言おうと、アイツとケリをつけるつもりなんだろう?」
そう問うと、「ああ」と頷いた。
「どうせ放っといても化け物になるんだ。だったら戦わないでどうする。」
「だな。でも武器は必要になるだろう?」
「ああ、肉挽き刀を使うつもりだ。」
「それしかないよな。」
二人は目を見合わせて笑う。すると官房長官が「あのノコギリみたいな刀か・・・・」と呟いた。
「あれはペケとかいう怪人が持ってた物なんだろう?」
「ええ」と東山が答える。
「獲物に当てると、チェーンソーのように刃が回転するんです。鉄だろうが岩だろうが挽き裂いてしまう武器ですよ。」
「おそろしいな、化け物の武器ってのは・・・・、」
「その恐ろしい武器に毒を塗るんです。そして化け物になった沢尻が、それを使って緑川と戦う。」
「・・・・・なるほど。それなら確かに範囲は限定されるな。」
官房長官は小さく頷く。東山も頷き返し、「あの刀はちゃんと保管してあるんですよね?」と警視総監に尋ねた。
「当然だ。」
「なら存在を知ってるのは?」
「俺たちだけだ。「向こう」の武器が俺たちの手にあるなんて知れ渡ってみろ、マスコミが騒ぎ立てるし、何よりハイエナどもが群がって来る。」
「どの国だって、未知の強力な武器は欲しがるでしょう。」
「ウチにはスパイを防止する法律がないからな。あんな物のせいで、余計なトラブルが起きるのはゴメンだ。」
そう言って公安の幹部に目を向けると、「今のところは誰にも漏れていません」と答えた。
「それでいい。はっきり言って、あんは物は必要ないと思ってる。出来ればさっさと「向こう」に捨てるべきだ。」
「私も同感です。ただ官房長官は、危うくアメリカ側に口を滑らしそうになってましたが・・・・、」
公安の幹部はそう言って、官房長官に目を向けた。
「我々以外の人間と話す時は、くれぐれもご注意を。」
「分かってる。総理にすら言ってないんだから・・・・、」
「今の総理じゃ言えんよな。」
警視総監が笑う。
「就任して半年も経ってないのに、隠し子のスキャンダルで叩かれてるんだから。」
「アレはもうじき降ろすつもりだよ。」
官房長官は苦笑いし、「誰にもあの武器の存在を漏らすつもりはない」と言い切った。
「利用するメリットよりも、周囲にバレた時のデメリットの方が大きい。」
「ですな。他国に奪われてしまった時は、なぜかウチの国が叩かれるでしょうし。」
「だから・・・・もしアレを使うのであれば、必ず緑川を仕留めてほしい。そしてすぐに「向こう」へ破棄するんだ。」
官房長官は険しい目で釘を刺す。東山は「もちろんです」と頷き、「出来るよな?」と沢尻に尋ねた。
「なんだその口調は。俺は子供か?」
「そうじゃない。相手はあの緑川なんだ。奴だって化け物だし、それに首狩り刀を持ってる。」
「分かってるさ。しかし首狩り刀は今は短く・・・・・、」
そう言いかけて、沢尻は突然黙り込んだ。
「おい、どうした?」
「・・・・・・・・・・・。」
「沢尻?」
「・・・・・犠牲者が出る・・・・。」
「何?」
「また大量殺人が起きるぞ・・・・。」
「殺人て・・・・まさか・・・・、」
「あいつはまた人を殺す気だ。でないと首狩り刀が・・・・・・・、」
沢尻は立ち上がり、声を張り上げて言う。しかしその時、警視総監のケータイが鳴った。
「はい?ああ・・・・・・、」
電話に出た警視総監の顔が、見る見るうちに曇っていく。
その表情だけで、沢尻は何が起きたのか理解した。
「緑川ですね!?」
「・・・・・・・・・・・。」
警視総監は電話を耳に当てたまま動かない。そして「分かった・・・」と頷き、舌打ちしながら電話を切った。
「緑川なんでしょう!あいつがまた殺人を・・・・・、」
「違う。」
「違う・・・?」
「新しい化け物がわんさか出てきたそうだ。」
「新しい・・・・・化け物・・・・・・?」
沢尻は固まり、「緑川じゃないんですか?」と聞き直した。
「違うと言っただろう。亀池山の麓に、新しい化け物が現れたんだ。それもわんさかと。」
「・・・・・・・・・・。」
「しかもなぜかこっち側の味方をしてるらしい・・・・。」
「こっち側って・・・・・人間のという意味ですか?」
「だそうだ。」
「どうして!?」
「知るかそんなもん。」
警視総監は、困り果てた様子で顔をしかめる。
「山の麓から河童だののっぺらぼうだの・・・・それにわけの分からん空飛ぶ生き物が現れて、人間に加勢し始めたんだそうだ。
しかしそのおかげで、こっち側に有利に均衡が崩れつつある。」
「河童に・・・・・のっぺらぼう・・・・・、」
その言葉を聞いて、沢尻はすぐに思い当たった。
「あいつら・・・・・弔い合戦をやってるんだ。」
そう呟くと、東山が「どういう意味だ?」と睨んだ。
「ペケだよ・・・・河童が遺体を回収したろう?」
「ああ、川に持って帰ってたな。」
「ペケは妖怪にとっちゃ英雄であり、守り神みたいなもんだ。あいつがいるから、ミノリは妖怪への迫害をやめた。」
「・・・・・ああ!なるほど・・・・それで弔い合戦。」
「妖怪どもは知ってるんだよ、ペケの本当の死因を。トドメを刺したのは緑川だが、しかし遅かれ早かれあいつは死んでいた。なぜなら重症を負ってたからな。」
「その重症を負わせたのはミノリだ。もしそれが無ければ、緑川にやられることもなかったかもしれないな・・・。」
「あの怪人は強いからな。ミノリが警戒するほどに。」
「ペケがいるおかげで、妖怪たちは「向こう」で暮らすことが出来た。それが殺されたとあっちゃ・・・黙ってられんわな。」
「ミノリは自分たちを迫害していた張本人だ。そいつのせいでペケが死んだ。妖怪どもにとっちゃ許せない事だろう?」
「それは分かるが、しかし空飛ぶ生き物ってのは何だろうな?もしかしてUMAか?それともそういう妖怪が?」
「分からない。しかしこれは俺の勘だが・・・・・ミノリは他のUMAからも嫌われてるんじゃないか?」
「どうして?あいつがUMAの親玉みたいなもんだろう?」
「違う、親玉は「墓場の王」だ。ミノリは他のUMAと同様に、王から生まれたに過ぎない。」
「ならどうして他のUMAから嫌われる?」
そう尋ねると、沢尻は顎に手を当てて考えた。
「・・・・おそらく・・・「向こう」を消そうとしてるからじゃないか?」
そう言って「ミノリの目的を思い出せ」と続けた。
「あいつは王の力を手に入れて、この星から飛び去ろうとしてる。そしてその時、「向こう」を消滅させるつもりだ。だったら残されたUMAはどうなる?」
「・・・・・多分・・・・一緒に消える?」
「いや、居場所を失うんだ。おそらく「こっち」に逃げて来るだろうが、でも二時間以上はいられない。それ以上時間が経つと死んでしまうからな。」
「なら結局消えることに変わりはないじゃないか。」
「・・・・そうだな。だからきっと、妖怪と手を組んでミノリを殺すつもりなんだろう。それで人間たちに味方をしている。」
「だったら好都合じゃないか!「向こう」の連中が味方してくれるなら、これほど心強いことはないぞ。」
東山は拳を握って喜ぶが、沢尻は冷静だった。
「いや・・・・そうとも言えない。」
「なぜだ?妖怪やUMAの加勢してくれるんだぞ。これなら勝てるかもしれない。」
「相手が普通のUMAならな。しかし今「こっち」で暴れてるのは、あのミノリだ。それも飛びきり強力なUMAを連れてる。骨切り刀なんて武器まであるしな。
そうなると、河童やのっぺらぼう程度の増援じゃ、どうにもならない。」
「そうか?俺はそうとは限らんと思うが。」
「なぜ?」
「なぜ?って、お前が自分で言っただろうが。妖怪はペケの弔い合戦を、UMAは自分の棲み処を守る為に戦っていると。」
「それがどうした?」
「もしその通りだとするなら、それは「向こう」にいるすべての妖怪とUMAが、ミノリを殺しにやって来るってことだ。」
「それはそうだが・・・・・、」
「これからどんどん増援が来るぞ。そうなれば、人間、妖怪、UMAの連合軍だ。奴らに勝ち目はない。」
そう言ってまた喜ぶが、沢尻は「楽観的だな」と答えた。
「そんな都合良くはいかない。」
「しかし戦いは有利になってるはずだ。そうでしょう総監?」
同意を求めるように尋ねると、「どうだろうな」と返された。
「どうしてです!?「向こう」の化け物が味方になってくれるんですよ?」
「そりゃ心強いがな・・・・しかし所詮化け物は化け物だ。どう動くかも分からんし、数が増えればこっちが混乱する。」
「それは・・・・、」
「奴らが俺たちと足並みを揃えるとは限らん。そもそも戦う目的だって違うんだし。ミノリを殺す為なら、俺たちの事なんてお構いなしに暴れるかもしれんぞ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「それに勝つのが無理だと分かれば、ミノリに寝返る奴だって出て来るかもしれん。そうなった時、誰が味方で誰が敵か区別がつかん。
増援と言えば聞こえはいいが、要は厄介事が増えただけだ。」
そう言われて、「SATの隊長なら、それくらいの判断はしてほしいものだな」と釘を刺された。
「・・・・しかし・・・・この機に乗じない手はありません。今ここで一気に叩いてしまえば、ミノリを仕留められるかもしれ・・・・、」
「だからそう上手くはいかないと言ってるだろう。」
「だったら・・・・・・・、」
東山は尚も食い下がる。しかしこれ以上の反論が思いつかず、口を噤んだ。
悔しそうに顔をしかめていると、ふと良いアイデアが浮かんだ。
「おい沢尻!」
「なんだ?」
「お前はアチェを飲み込んだんだったな?」
「ああ、だからこの左目だ。」
「なら首狩り刀を取り返せないか?あれはアチェの武器だろう。彼女は自分が望めば、いつだって武器を取り戻すことが出来たはずだ。」
期待を込めて尋ねると、「出来るならとっくにやってる」と返された。
「残念だが、いくら望んでも首狩り刀は俺の手の中に来ない。ということは、あの刀は緑川が所有者ということだ。」
「しかしあれはアチェの武器で・・・・・、」
「そのアチェが死んだんだ。だったら第二の所有者である緑川が持つのは当然だろう。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「それにアチェを吸い込んだのは緑川も同じだ。俺が刀を取り戻せるのなら、奴だって同じ事が出来るはずだ。」
「・・・・化学兵器は使えない・・・・化け物の増援も期待出来ない・・・・そして首狩り刀を取り戻すことも出来ない・・・・何も出来ないばかりだな。」
東山は深くため息をつく。そして「ならいったいどうしたら解決出来るんだ?」と周りを見渡した。
「ミノリたちも倒せない、緑川も仕留められない。このまま奴らを放っておくのか?」
「おい東山、口の利き方に気をつけ・・・・・、」
警視総監が注意すると、「知るかそんなもん」と遮った。
「何?」
「俺はな、この件が終わったなら警察を辞めるつもりだ。」
「ほう、そうか・・・・。まあ別に構わんぞ。代わりはいるんだから。」
「澄田は死んで、半田のおっさんは子羊みたいに震えるだけ。この状況で俺が抜けても、困らないってことですね?」
「ああ、まったく。」
「そうですか、ならこの場で辞めさせてもらいますよ。」
そう言って立ち上がり、「俺にはこれがある」と菱形の鏡を取り出した。
「あんたらは理屈ばかり並べ立てて、何もしようとしない。俺の忠告通り、最初から化学兵器を使ってりゃ良かったんだ。そうすりゃ今頃、こんな酷い事には・・・・、。」
「ほう、お前がそんな忠告を出していたのか。俺は一言も聞いてないが?」
「半田のおっさんが止めてたんですよ。あの小心者のオヤジ、結局保身の事しか考えてないから。」
「あいつはもう使い物にならん。それにもう警察官ではないし。」
「だから俺も辞めると言っているんです。こいつがあれば、俺だけでも戦うことは出来る。」
菱形の鏡を振りながら、「沢尻」と呼んだ。
「お前はどうするんだ?俺の提案した、肉挽き刀に毒を塗って戦うという作戦・・・・賛成してくれるよな?」
「良い案だと思うが、緑川を殺すほどの毒となると、やはり米軍から借りる必要がある。だから俺とお前だけで戦っても、その作戦は成り立たない。」
「なら毒無しで戦えばいいだろう!肉挽き刀は強力な武器なんだ。あの刀があれば、緑川に勝つことも不可能じゃない。」
「そうだろうな。」
「だったら毒が無くても戦えるはずだ。お前はこれから化け物になり、緑川と同等の力を手に入れる。そして肉挽き刀を使えば、充分に勝つ見込みはあるだろう。
もちろん俺も強力する。だから俺と一緒に来い。こんな話の分からんジジイ連中を相手にしてたって時間の無駄だ。」
そう言って一息に捲し立てると、警察長官が大声で笑った。
「俺たちは役立たずのジジイか。」
「そうでしょう、違いますか?」
「いや、認めるよ。この件に関しては、特にこれといって何も出来ていないからな。」
「だったら後は俺たちでやりますよ。もし協力する気があるなら、米軍から化け物を殺せるほどの毒を借りて下さい。」
「うん、まあ・・・・・お前の怒りは分からんでもないが、少し落ち着け。」
いきり立つ東山を諌めていると、部屋にスーツを着た男が入って来た。
そしてしばらくすると、ドアの向こうから一人の女性が現れた。
それを見た沢尻が、「なんでここに!」と叫ぶ。
ドアの向こうから現れた女性は、早苗だった。

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