勇気のボタン 第十九話 似た者同士

  • 2010.06.17 Thursday
  • 10:50
 冷房の効いた喫茶店で、窓から通りを眺めながらアイスコーヒーを飲んでいた。
店には夏の暑さから逃れようとする人で席は埋まっており、冷房の効いた喫茶店は街行く人々のオアシスのようになっていた。
みんな冷たい物を飲みながら、思い思いの話しをしている光景を、アイスコーヒーを飲みながらぼーっと眺めていた。
最初に店に来たのは俺だった。
「お一人様ですか?」と聞かれ、後から二人来ることを告げると四人掛けのテーブル席に案内された。
まだ来ていない二人分の席を見て、一体この二人は何を話すのだろうと考えていた。
アイスコーヒーの残りが少なくなり、グラスが氷でカランと音を立てる。
俺はおかわりを注文しようかと思って店員さんを呼びかけた時、入口から一人のおばさんが入ってきた。
俺は手を上げてその人を呼び、おばさんは汗を拭きながらこちらへ歩いてきた。
横の椅子に小さなバッグを置き、俺の向かい側によっこらしょっとという感じで腰を下ろした。
「今日も暑いですねえ。
すみません、お待たせしちゃいましたか?」
おばさんの言葉に俺は首を振り、「さっき来た所です」と言って空になりかけたグラスをもてあそんだ。
今日ここに来たおばさんというのは広田さんだ。
俺の隣の部屋に住んでいて、植物と会話が出来るという不思議な力を持っている。
「もう一人はまだ来ていません。
時間に遅れるような子では無いので、もうすぐ来ると思うんですが。」
俺はメニューを広田さんに渡しながらそう言った。
広田さんはまだ汗を拭を拭いていて、俺からメニューを受け取ると「そうですか」と頷いた。
「私、今日は楽しみにして来たんです。
どんなことを話そうか考えていたら、昨日は寝るのが遅くなってしまいました。」
そう言いながらメニューを広げ、俺と同じアイスコーヒーを注文した。
ついでに俺もおかわりを頼み、ウェイトレスが去ったのを見てから広田さんに向かって話かけた。
「相手の子も広田さんと話すのはすごく楽しみにしていますよ。
なんたって広田さんと会いたいって言いだしたのはその子なんですからね。」
俺は水を一口飲み、また窓の外に目をやった。
ネクタイを緩めた人や、日傘を差した人達が行き交っている。
今は7月の下旬。
暑さも大いにその力を振るっており、夏を謳歌するセミの歌声も一層激しくなっていた。
運ばれたきたアイスコーヒーを受け取り、広田さんはグイッとそれを飲んだ。
「こう暑いと喉が渇いてしまって。」
そう言いながらまたグイッと飲む。
グラスの中身は半分にまで減っていた。
「水分補給は大事ですよ。
こう暑いと脱水症状でも起こしかねませんから。」
俺もアイスコーヒーに口をつけた。
俺も一杯目はグイッと飲んだが、さすが二杯目はゆっくりと飲んだ。
「はあ、なんだか緊張してきた。」
冷房は効いているはずなのに、広田さんはハンカチでパタパタと自分の顔を煽っている。
白い肌は紅く火照っているようだった。
俺はそんな広田さんをぼんやり見つめながら、相変わらずおっかさんって感じの人だなあと思っていた。
「お待たせ。」
不意に俺の横で声がして振り向くと、藤井がニコニコしながら立っていた。
俺は「よう」と返事を返し、隣の椅子を引いた。
藤井は肩から掛けていたバッグをテーブルの上に置き、俺の引いた椅子に座った。
白の涼しそうなブラウスに、膝までのヒラヒラとしたスカートを穿いていた。
髪は頭の上で高く結ってある。
顔を見ると広田さんと同じように紅く火照っていた。
首筋を流れる汗をハンカチで拭ったあと、藤井は広田さんに向かって頭を下げた。
「ごめんさない、遅れちゃって。
有川君の友達の藤井と言います。」
挨拶を受けた広田さんも頭を下げ、丁寧に自分の名前を名乗った。
「広田さんのことは有川君から聞いています。
植物とお話が出来るなんてすごいです。
私、今日は本当に楽しみにしてやって来ました。」
ウキウキした表情で言う藤井の顔を見て、広田さんも少し緊張がとけたようだった。
手にしていたハンカチをバッグにしまい、広田さんはアイスコーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「こちらこそ、有川さんのお友達で動物とお話出来る方ということで、すごく楽しみにして来ました。
なんだかすごいです。
私の近くに動物とお話しが出来る方が二人もいるなんて。
今日はよろしくお願いします。」
もう一度広田さんが頭を下げた。
それを見て藤井がニッコリと笑顔になり、頭を下げ返した。
俺はアイスコーヒーを一口飲み、二人のやり取りを眺めていた。
あの亀の恋人を連れ戻すという同盟の活動を終えた帰り道で、俺は藤井に広田さんのことを話した。
藤井は興味津々でその話しを聞き、是非その広田さんという人に会ってみたいと言いだした。
植物と話せる女性、そのことに藤井は目を輝かせていた。
「ねえ、有川君。私もその人に会って色々とお話をしてみたい。」
そのことを広田さんに伝えると、「私もその方と会ってみたいです」ということだったので、今日二人はこうして会うことになった。
何を話すのかは知らないが、お互いがお互いに興味を持つことは俺にも理解出来た。
二人の都合を合わせ、そして今日という日を迎えた。
俺は二人を交互に見た。
藤井は心の底から楽しみにしている様子で、何から話そうか考えているようだった。
広田さんのほうは、まだいささか緊張している様子で、残ったアイスコーヒーをグイッと飲んでいた。
俺は藤井にメニューを差し出し、「何か飲むか?」と尋ねた。
「うーん、そうねえ。じゃあアイスティーで。」
俺はウェイトレスを呼び、アイスティーを注文した。
二人は挨拶を交わしてから、まだ言葉を発していない。
俺は広田さんに向かった言った。
「そんなに緊張すること無いですよ。
何でも広田さんが思ったことを話してくれたらいいですから。」
広田さんは「はい」と俯き加減に頷き、残ったアイスコーヒーを飲み干した。
氷がカランと鳴り、それを合図にしたかのように藤井が口を開いた。
「なんだか色々聞きたいことがあって迷っちゃうんですけど、一番聞きたいことを聞きますね。
植物とお話出来るってどんな感じなんですか。」
藤井には広田さんから聞いたことを全て話してある。
ご主人と別れていること、マルコという犬がいたこと、そして息子さんが亡くなったことを。
だから気を遣っている部分はあるだろう。
藤井が質問したことは、一番無難で、そして一番聞きたいことでもあったはずだ。
「そうですねえ、何と言いますか。」
広田さんは藤井の質問に対する答えになる言葉を探しているようだった。
頭に手を当てて考えたあと、広田さんは口を開いた。
「有川さんともお話したんですが、動物と話せるというのとは少し違うんです。
何ていうか、お互いの心が分かるというか。
テレパシーみたいな感じです。」
広田さんは以前俺が使ったテレパシーという言葉が気に入ったみたいだった。
自分の言ったことに自分で頷き、「テレパシーみたいです」ともう一度言った。
「へえ。じゃあ私達とは違いますね。
動物とお話する時は、人間と喋るのとほとんど変わりが無いですから。
テレパシーってどんな感じなのかちょっと想像がつかないけど、なんだか超能力者みたいですね。」
広田さんの言葉に感心したように藤井が言う。
「超能力者だなんて大したものじゃありませんよ。」
目の前で手を振って、広田さんは大げさなリアクションをした。
「ただ何となく分かるんです。
この花は何を考えているんだろうとか、この木は何を思っているんだろうとか。
それに対して、私も自分の考えていることを相手に伝えられるというだけなんです。」
広田さんは空になったグラスを両手で持ちながら、照れたように答える。
「それって十分テレパシーですよ。
お互いの気持ちが分かるってことなんですね。
なんか素敵だなあ。」
そう言った藤井は運ばれてきたアイスティーに口をつけながら広田さんを見ている。
今日はこの二人が話す為に集まった日。
俺は余計なことは言わないでおこうと思って大人しくしていると、藤井が「すごいよねえ、広田さん」と同意を求めてきた。
いきなり話しを振られた俺は、「え、あ、そうだな」と曖昧な返事を返してしまった。
それからは二人の質問と答えの応酬が続いた。
今までどんな植物に出会ったのか?
記憶に残っている動物はあるか?
植物と話せてよかったことはあるか等々、延々と続いた。
広田さんの木の記憶の話しを聞いた時には、「まるでお伽話みたい」と藤井は目を丸くしていた。
他愛のない会話を含みながらも、二人は仲良くなったようだった。
俺は空になったグラスを持ちながら、楽しそうに話す二人を眺めていた。
こうやって話しているのを見ると、親子に見えないこともない。
お互いに心を開いて、気さくに話し合っていた。
「ねえ、すごいねえ。有川君。」
藤井が目をキラキラさせながら俺に聞いてくる。
よっぽど楽しいのだろう。
「ああ、植物と話せるなんてすごいことだ。」
そう言って藤井に相槌をうった。
二人の会話はやむことが無く、俺は三杯目のアイスコーヒーを注文した。
こんなに楽しそうに話してくれるなら、紹介した甲斐があったというのもだ。
俺は二人を笑いながら見つめてアイスコーヒーを口にした。
「こんなにたくさんお話したのは久しぶりです。
楽しいわ。」
広田さんが顔をほころばせる。
「私もすごく楽しいです。
まさか同じような力を持った人が有川君以外にもいたなんて。
この出会いってきっと運命ですよ。」
藤井が胸の前で手を組んで、大げさな口調でそう言った。
「動物とお話しが出来る人が二人、植物とお話出来る人が一人。
こんな組み合わせ滅多にありませんよ。
世の中にどれくらい私達と同じ人がいるのか分からないけど、同じ場所に三人揃うなんて絶対に何かの縁で繋がっているとしか思えません。
やっぱり、これって運命ですよ。」
興奮気味に話す藤井を見て俺は笑い、広田さんは「そうかもしれませんねえ」とにこやかな笑顔を見せている。
二人は話し疲れたのか、ちょっと休憩という感じで一息ついた。
藤井はアイスティーを飲み、広田さんは窓の外を眺めていた。
この二人、もう友達だな。
俺はそう思いながらグラスを口に運び、広田さんと同じように窓の外に目をやった。
そして何気なく藤井の顔を見ると、何やら考え込んでいるような表情になっている。
俺はしばらく藤井の顔を見た。
それに気付いた藤井は急に笑顔になり、アイスティーを口に運んでから広田さんに言った。
「あのう、広田さん。」
呼ばれて広田さんは窓の外から藤井に視線を移す。
藤井は両手でグラスを持ったまま、唇を結んでいた。
何だ?
何を言い出すんだろう?
俺は黙って藤井の方を見続けた。
やがてグラスをテーブルに戻した藤井は、真剣な顔で広田さんに言った。
「私達の同盟に参加しませんか?」
「同盟?」
広田さんが不思議そうに藤井を見る。
俺はいきなり何を言い出すのだろうと、目を丸くして藤井を見た。
藤井の表情は、真剣そのものだった。
「私と有川君で、困った動物達を助けようっていう同盟を組んでいるんです。
動物とお話が出来るから、その力を動物達の役に立てようと思って始めたことなんです。
今まで何度も同盟として有川君と活動してきました。」
藤井は一旦言葉を区切った。
広田さんは藤井の話しを真剣に聞いている。
藤井はアイスティーを一口飲んでから続けた。
「広田さんも植物とお話出来る素晴らしい力を持ってらっしゃいます。
だから、困ってる植物とかを助けることも出来ると思うんです。
それに、その力があれば、困った動物を助ける時にも役に立つかもしれません。
どうですか?
私達の同盟に、参加して下さいませんか。」
最後の方は頼むような口調になっていた。
藤井は真っすぐに広田さんを見つめている。
「はあ、いきなりそう言われましても。」
広田さんは少し困ったような顔をして答えた。
いきなりこんな同盟に参加しないかと誘われたのだ。
困って当然だろう。
俺は知っている。
こうなった時の藤井の真剣さを。
本気で言っているのだ。
あの機関車の下の猫の親子の時を思い出す。
俺は余計な口を挟むのをやめて、ただ黙って二人を見ていることにした。
窓の外には相変わらず暑そうにした人達が歩いている。
誰かが店を出て行き、代わりに別の客が入ってくる。
冷房の効いたこの空間で、俺は口一杯にアイスティーを飲んだ。
グラスの中の氷が、カランと音と立てた。

                                 第 十九話 つづく

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