グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 第七十八話 首狩り山(1)

  • 2016.04.17 Sunday
  • 12:07
JUGEMテーマ:自作小説
季節は春。
桜は満開の時期を過ぎて、アスファルトにに花弁を散らしている。
昨日降った雨が地面を濡らし、まるで絨毯のように花弁を張りつかせていた。
道路に落ちた桜は車に轢かれ、茶色い泥にまみれている。
楠田早苗は膝をつき、薄汚れた花弁の一枚を拾った。
指に泥がつき、しっとりと濡らす。すると手を繋いでいた娘が、そっとハンカチを差し出した。
「ありがとう。」
早苗は微笑み、アニメのキャラクターが描かれたハンカチで指を拭う。
キャラクターがプリントされた部分を汚さないように、端っこの白地の部分で拭った。
娘のお気に入りのハンカチは、ほんの少し泥に汚れる。
帰ったらすぐに洗濯してやらないとと思いながら、また「ありがとう」と言って返した。
汚れた花弁をじっと見つめながら、立ち上がって景色を見渡す。
右手には長閑な田園が広がり、左手には山がそびえていた。
緑に覆われた山を見上げながら、「植物の力ってすごいわ」と感心する。
「12年前は丸焼けの状態だったのに、今じゃすっかり緑が茂ってる。生き物の力ってすごいね?」
そう言って娘に笑いかけると、汚れたハンカチを丁寧に畳んでいた。
そして悲しそうな顔をしながら、小さなカバンに仕舞う。
「汚しちゃってごめんね。帰ったらすぐに洗うから。」
「いいよべつに。」
悲しい顔を見せながら強がる娘を見て、申し訳ないような、そして抱きしめたいような気分になる。
「お姉ちゃんの学校が終わったら、みんなでご飯食べに行こうね。」
今年で四歳になる次女に笑いかけると、嬉しそうにはにかんだ。
「お父さんは少し遅くなるかもしれないけど、ちゃんと来るから。先にお店で待ってようね。」
「うん。」
あまり表情を表に出さない次女は、嬉しい時は俯いて頷く。
早苗は娘の手を引きながら、土手沿いの道を歩いて行った。
土手のすぐ傍には川が流れ、コンクリートの護岸から雑草が伸びている。
その護岸の所々は、何かが爆発したように抉れていた。
それにドリルで穴を空けたかのように、一列に大きな穴が並んでいる箇所もある。
そんな場所からも雑草が生え、早苗は改めて生き物の逞しさに感心した。
「爆弾や銃が穴を空けても、ちゃんと根を張るんだね。やっぱり生き物の力ってすごいね。」
次女は「うん」と頷くが、何のことかまったく分かっていない。
カバンからハンカチを取り出し、悲しそうな目で見つめているだけだった。
・・・・娘は知らない。かつてここで大きな戦いがあったことを。
人ではない生き物が溢れかえり、人間と戦いを繰り広げたことを。
護岸の傷はその時に出来たもので、今でもしっかりと残っている。
しかしあと数年もすれば、完全に雑草に覆われ、何も見えなくなるだろう。
昔のことは、時間と共に全て覆い尽くされる。
生き物がいる限りは、どんな環境であれ変化を免れることは出来ない。
早苗は少しだけ足を止め、12年前の出来事を思い出す。
警察署で死神と戦ったこと。化け物と手を組み、おそるべき殺人鬼と向かいあったことを。
あの時、自分には何の力もなかった。世間知らずの青臭い子供で、流されるがままにあんな状態になってしまった。
あの時は自分の意志で戦ったと思っていたが、そうではなかった。
あれは青臭い正義感に突き動かされた結果に過ぎず、今同じことをやれと言われれば、確実に足が竦むだろう。
こうして生きているのが不思議なくらいだと、時折ゾッとする事もある。
しかしそんな恐怖を感じながらも、早苗にはある決心があった。
それは12年前に相対した、あの死神を仕留めること。
いくら恐怖を感じても、その思いだけは変わらなかった。
12年前、あの死神は姿を消した。そのおかげで罪もない人々が殺されることはなくなったが、代償も大きかった。
世間の人々にとっては代償でも何でもない事だが、早苗にとっては最も大きな代償だった。
あの死神が姿を消した日、父もまた姿を消した。
世間の誰もそんな事は知らない。あんなに大きな争いのあった中で、一人の刑事が消えたなど、誰も知る由もないし、感心もない。
しかし早苗は事細かにその経緯を知っていた。
父の友人である東山から、詳しい話を聞かされたのだ。
12年前、この場所で父は姿を消した。あの恐るべき殺人鬼、緑川鏡一を追う為に。
人間を捨て、化け物になる事を選んでまで、あの死神を追いかけた。
あれ以来、死神は一度たりとも現れていない。
東山はあの死神を災害に例えたが、幸いなことに、まだその災害は訪れてはいなかった。
しかし父もまた帰ってこなかった。化け物になったのだから、「こっち」へ留まることが出来ないのは知っている。
だが生きているのなら、一度くらいでいいから会いに来てほしかった。
化け物になっていてもいいから、今の自分を見てほしかった。
父を目指して刑事になり、結婚もして二人の娘をもうけた今の姿を、一目でもいいから見てほしかった。
早苗は娘の手を引いて歩き出す。
靴の裏に花弁を張りつかせながら、ゆっくりと歩く。
彼女は沢尻に似て勘が鋭い。そしてその勘がある事を告げていた。
『父と死神はまだ生きている』
何の根拠もないが、常にそう感じていた。
いや・・・・もしかしたら、ただそう思いたいだけなのかもしれない。
勘の鋭さは父譲りだが、何も百発百中というわけではない。
勝手な行動で犯人を取り逃がし、東山から思い切り殴られたこともある。
良かれと思って取った行動で、捜査全体の足を引っ張ったこともある。そのおかげでしばらく謹慎を命じられ、これまた東山に怒鳴られた。
だから父と死神が生きているという勘も、もしかしたらただの思い込みではないかと思う時があった。
最も敬愛した父、最も憎むべきあの死神、この二人が生きていると思うことで、自分の生きる糧としてきた。
あの二人はまだこの山で戦っている。ならばいつか自分もその戦いに加わり、父の役に立ちたい。そして大きな罪を犯したあの死神を、この手で仕留めたい。
それは後ろ向きな情熱かもしれないが、早苗を支える柱になっていることは間違いなかった。
あれから12年、少しは鍛えられたと思っている。
歳は今年で33、親から自立し、目指していた職業に就き、東山という鬼のように厳しい上司からしごかれ、結婚して家庭まで持った。
しかしそれでもまだまだ父には遠いと思っている。
成長すればするほど、いかに父が偉大だったか、身に染みて分かるようになった。
いくら頑張っても父のようにはいかず、まだまだ自分は未熟なのだと思い知る。
早苗は山を見上げ、そこに父と緑川の姿を重ねる。
あの二人はきっとまだ生きている。
父譲りの勘がそう告げているし、そう思わなくては生きていけない。
なぜなら自分の胸の中には、父と似たようにある種の狂気が宿っているから。
平和な日常は大切だが、それだけでは満足できない「疼き」がある。
いつか自分も、魂がひりつくような、肌が裂けるような戦いの中に身を投じたい。
あの死神の前に立つのは怖いが、それでもこの山の「向こう」へ・・・・。
恐怖を上回る狂気が、早苗の中で首をもたげていた。


            *


人間というのは、暇を持て余すとロクなことをしない。
特に夏のような気分が浮かれる季節になると尚更だ。
酒を飲んで騒ぎを起こしたり、火器禁止の場所で焚火をしてみたり。
特に学校が夏休みに入る頃、そういった下らない事案で、警察の仕事は増すことになる。
そして今日もまた、暇を持て余した学生のせいで、警察の仕事が増えた。
観光名所の寺院に忍び込み、花火をやった学生がいるのだ。
しかもそれを面白半分にネットに投稿し、すぐに警察に通報が入った。
花火は寺院の掛け軸を焼き、文化財に指定されている襖絵にまで延焼した。
火は燃え広がり、壁にまで炎が伸びた。
消防と警察がすぐに駆けつけ、現場には野次馬が詰めかける。
火はすぐに消し止められたが、幾つかの文化財を失なってしまった。
怪我人がいなかったのが幸いだが、翌日、事件はすぐにニュースに流れた。
早苗は自宅のテレビでそれを眺めながら、どうして夏には馬鹿が湧くのだろうとうんざりした。
しかし思い返せば、自分だって若い頃は褒められた人間じゃなかったなと苦笑する。
三崎信という男と付き合い、将来の展望もないまま結婚するつもりでいた。
そのうち妊娠までしてしまって、挙句の果てに三崎は捕まる始末。
そのおかげで今の長女がいるのだが、しかし三崎はもうこの世にはいない。
彼は幾つも殺人を重ね、死刑を免れることは出来なかった。
しかしそれはミノリという化け物にそそのかされていたせいであり、彼だけに責任があるわけではない。
東山は、彼の罪を軽くする為に動いてくれたが、それでも死刑は覆らなかった。
早苗は一度だけ三崎と面会したことがある。本来なら面会できるのは身内だけだが、東山が気が口を利いてくれたのだ。
その時の彼は、憑き物が落ちたかのようにスッキリした顔をしていた。
『もし生まれ変わったら、今度はまっとうな人間になりたい。』
澄んだ笑顔でそう言っていたのを思い出す。
長女の父が三崎であることは、東山しか知らない。
三崎は生まれて来る子供の為に、早苗に自分の子供が宿っていることは一切口にしなかったのだ。
だから父から話を聞かされた東山だけが、この事実を知っている。
長女は昔付き合っていた男との間に出来た子供であり、その男はもういない。夫にはそれだけ言ってある。
夫も長女も、今後一切真実を知ることはないだろう。
そう思うと、自分も到底褒められた人間ではないなと反省する。
若いうちは誰だって向こう見ずで突っ走ることがある。
そう考えると、夏になれば若者が騒ぎを起こすのも、ある程度は仕方のないものだと納得出来た。
しかしそのせいで、家族との休日が壊されるとなれば話は別だ。
テレビを見ているとポケットのケータイが鳴り、直観的に眉をしかめた。
表示を見ると東山からで、電話を片手に家族の輪から離れた。
通話ボタンを押し、そっと耳を当てる。すると聴きなれた声が届いた。
『俺だ。いま家か?』
「今日非番です。テレビに戻りま〜す。」
『すぐに署に来い。ちょっと人手がいる。』
「もしかしてニュースでやってるやつですか?学生がお寺を燃やしたやつ。」
『今ウチの署にそのガキどもがいるんだよ。人手がいるからお前も来い。』
「いや、私たち刑事課ですよ?そんなの生活安全課に・・・・、」
『バカ野郎、放火なんだぞ。俺たちの仕事だろうが。』
「でも怪我人はいないんでしょ?それに犯人は未成年なんだし、向こうに任しとけばいいじゃないですか。』
『別の場所でガキどもが乱闘騒ぎを起こしてやがるんだよ。だから人手足りないってんで、こっちに回ってきた。』
「家族と一緒にテレビ見てたいんですけど。」
『テレビならこっちでも見られる。』
「いや、だから私は家族と一緒に・・・・、」
『なに、ちょっと大声出してガキどもビビらせりゃいいだけだ。根っから人生舐め腐ってる甘ちゃんだから、少しでもビビらせりゃベラベラ喋る。後は書類仕事だけだ。簡単だろう?』
「だったら東山さんがやればいいじゃないですか。全員一列に並べてから、軍隊みたいに怒鳴ればいいんですよ。
みんなあなたの顔と迫力にビビッて、喜んでボランティア活動だってしますよ。」
『顔は余計だ。』
東山は憮然とした口調で言い、『いいからさっさと来い』と急かした。
『人手が足りないだけじゃなくて、お前に見せたいものがあるんだよ。』
「見せたいもの・・・・?」
『来りゃ分かる。多分・・・・・いや、必ず心臓が縮み上がるぞ。だからさっさと来い。』
そう言ってブツリと電話を切る。早苗はしかめっ面で電話を睨み、苛立混じりのため息をついた。
せっかく家族との休日を楽しんでいたのに、どうして頭の悪い学生のせいで台無しにされないといけないのか?
しかし東山に『すぐに来い!』と言われたら、断るわけにはいかない。
きっと父なら「そんなもん知るか」と断るだろうが、あいにくまだ東山に逆らうほどの度胸はない。
「お父さんって・・・どんだけ凄かったかよく分かる。元SATの鬼みたいな男が振り回されるくらいだもんな・・・・。」
東山と飲んでいると、ことあるごとに「お前の親父は滅茶苦茶だ」と絡んでくる。
そして酔った顔を真っ赤にしながら、「いったい何度冷や汗掻いたか分かりゃしねえ。生きてるのが不思議なくらいだ」と締めくくるのだ。
やはり自分はまだまだ父には及ばないのだと感じつつ、娘の頭を撫でてから家を出た。
車を飛ばして署に着くと、すぐに東山から呼ばれた。
そして鑑識課に連れていかれて、「これを見ろ」とテーブルの上を指された。
そこには小さなビニール袋が置かれていて、中には何かの粉が入っている。
それは光の加減でキラキラと輝き、オーロラの欠片のように美しかった。
「あの・・・何ですかこれ?」
「何だと思う?」
「さあ?ていうか、悪ガキどもを締め上げる為に呼ばれたんでしょ、私?そっちはどうなったんです?」
「ああ、別の奴がやってる。生意気な態度ばかり取ってたから、お前の言うとおりに一列に並ばせて怒鳴ってやったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ガキどもは全部で六人、そのうちの四人は泣きだして、ごめんなさいと連呼し出した。今じゃ素直に喋ってるよ。」
「・・・災難だったな、その子たち・・・・。」
「お前がやれって言ったんだぞ?」
「そうですけど・・・・・。でも自分たちのやったことを考えれば、いいお灸ですね。これからはもうちょっとマシになるでしょ。」
「そうだといいがな。しかしガキどもを一方的に責めることも出来ん。」
「どうしてです?寺院に忍び込んで花火やったんですよ?下手すれば放火で刑務所行きですよ。」
「まあ確かに寺は燃えた。文化財だって失われたし、それ相応の罰は下るだろう。」
「ほらやっぱり。」
「でもな、寺が燃えるほど花火をやったのには訳がある。」
「訳?どんな訳ですか?」
早苗は不思議そうに尋ねる。すると東山はテーブルのビニール袋を摘まみ、ゆっくりと中を開けた。
「嗅いでみろ。」
「これを?」
「ああ。」
「まさか毒とかじゃないですよね?」
「・・・・・・・・・・。」
「ちょっと・・・何ですかその顔?まさか本当に毒?」
不安になって尋ねると、「嗅げば分かる」と言われた。
早苗は怪訝そうに眉をひそめる。
そして恐る恐るビニール袋に鼻を近づけると、「おうえ!」とえづいた。
激しい嘔吐を催し、涙目で口を押える。
「そこにバケツがあるぞ。」
東山に言われて、部屋の隅にあるバケツに駆け寄る。
するとすでに誰かが嘔吐した後で、よけいに気分が悪くなった。
早苗は堪りかたように、胃の中の物を全て吐き出した。
吐いて吐いて吐きまくって、最後は胃酸までのぼせ上がってきた。
「おうえ・・・・えほ!げえ・・・・・、」
「大丈夫か?」
「だ・・・・大丈夫なわけないでしょ・・・・。何なのよこれ・・・・、」
目を真っ赤にしながら、ハンカチで口元を拭う。
東山は「ほれ」とペットボトルの水を差し出した。
「・・・・えほ!・・・ダメ・・・・また・・・・・・、」
もう一度バケツに駆け寄り、胃酸を吐き散らす。
口の中に酸っぱい臭いが広がり、ツンと鼻をついた。
「まるで・・・・胃袋がひっくり返ったみたい・・・・・。内臓まで吐き出しそう・・・・、」
そう言いながら、どうにか吐き気をこらえる。慌ててペットボトルのキャップを開け、口をゆすいだ。
「・・・はあ・・・・はあ・・・・冗談じゃないわよ・・・。何てもん嗅がせるんですか・・・・・、」
怒った目で睨みつけると、東山はそっとビニール袋を閉じた。
そしてそれを小さく振りながら、「何だと思う?」と尋ねた。
「何って・・・・何ですか?臭いを嗅いだ途端に、胃袋がひっくり返る様な感じがした・・・・。つわりの時でもこんなに酷くなかったのに・・・・、」
「これは毒だ。」
「・・・だから・・・・何でそんなもんを嗅がせるんですか!危うく呼吸困難で死ぬとこ・・・・・、」
そう言いかけて、ハッと固まった。
ごくりと唾を飲み、口元が小さく震え出す。
目の奥には恐怖が宿り、暗闇にいるかのように瞳孔が開いた。
「・・・・・・・・・・・・。」
「気づいたか?」
「それ・・・・あいつの・・・・・、」
「ああ。」
「・・・・鱗粉・・・・。あいつの猛毒・・・・・、」
早苗は立ち上がり、光る粉を見つめる。
手にしたペットボトルが、潰れそうなほど握りしめられていた。

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