グレイヴ&リーパー〜墓場の王〜 最終話 首狩り山(2)

  • 2016.04.18 Monday
  • 12:52
JUGEMテーマ:自作小説
「・・・・鱗粉・・・・。あいつの猛毒・・・・・、」
混乱と不安が押し寄せ、胸の中を掻き乱す。口が乾き、生唾が喉に引っかかる。
早苗は立ち上がり、潰れそうなほどペットボトルを握りしめた。
「・・・・どこ?それ・・・・どこで見つけたの・・・・・?」
「ガキどもが燃やした寺院だ。消火に当たっていた消防隊員が、突然吐き気に見舞われた。胃袋がひっくり返るほど強烈な嘔吐で、辺りは一瞬でゲロまみれ。
中には呼吸困難で気絶する者もいたそうだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そのせいで、危うく消防隊員まで焼け死ぬところだった。幸いは火はそこまで大きくなかったから、すぐに消し止められた。
そして実況検分で警察が入った時も、同じように嘔吐に見舞われた。中に入った者は全員ゲロまみれになり、二人ほど失神した。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「こりゃあ普通の状況じゃないってんで、自衛隊の科学防護班が出動。下手したら毒ガステロの可能性もあるから、本庁も動く準備をしていた。
万が一に備えて、俺にも声が掛かったよ。もう一度SATの指揮を取ってくれないかと。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「しかし現場から「ある物」が回収されて、テロの線はなくなった。その代わり・・・別の厄介事を心配しなけりゃならなくなった。」
そう言ってビニール袋を揺らし、「災害がやって来るかもしれない」と顔を強張らせた。
「捕まったガキどもに話を聞くと、現場で奇妙な生き物を見たそうだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そいつは人の形をしているが、頭から触覚のような物が生えていた。しかも背中に羽らしき物まで付いていて、その手にはナイフのような物を持っていたと。
まあ寺院の中は暗かったから、ハッキリとは見えなかったそうだ。しかし確かに奇妙な生き物を見たと、全員が証言している。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「それを最初に見つけたガキがパニックを起こし、周りのガキどもも異変に気づいた。慌てて逃げようとしたが、あいにくその奇妙な生き物は出口へ繋がる廊下にいた。
ガキどもはどうにかしなければと思い、咄嗟にロケット花火を打ち込んだってわけだ。そいつが掛け軸に燃え移り、襖や柱に延焼した。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「幸いなことに、その奇妙な生き物は別の部屋に走り去ってくれた。そしてその後すぐに、別の奇妙な生き物が現れた。」
それを聞いた早苗は、「別の・・・・、」とオウム返しに呟く。
「ああ。さっきとよく似た奇妙な生き物が、また現れたんだ。そしてそいつの傍には、妖精のように小さな人型の生き物が飛んでいたとさ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そいつは大きなノコギリを持っていて、ガキどもの方をチラリと睨んだ。燃え上がる掛け軸の明かりがそいつを照らし、恐ろしい顔が露わになった。
人のような顔をしているが、その目は宇宙人みたいにデカかったんだ。しかも気味悪く赤色に染まっている。
そいつはガキどもに向かって『逃げろ』と言った。そしてさっきの生き物を追うように、別の部屋へと消えていった。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ガキどもは呆気に取られていたが、すぐに逃げ出した。その時、背後から金属がぶつかるような音が響いて、後ろを振り返った。
するとキラキラと光る粉が飛んできて、ゆっくりとこちらに迫ってきた。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ガキどもは本能的に『ここにいてはいけない』と感じたらしい。そして一気に出口まで逃げ出すと、そこにはすでに警察と消防が駆け付けていたわけだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「消防隊はすぐに消火活動に入った。まだ人が残っていないか確認する為、何人かが中に突入したんだ。
火はそこまで大きくなかったので問題にならなかったが、別の問題にでくわした。そいつが・・・・コレだ。」
そう言ってまたビニール袋を振って見せる。
「部屋にはまだこいつが残っていた。それを吸い込んだ隊員たちが、嘔吐に見舞われたってわけだ。
だからガキどもが寺を燃やしちまったのは、ただの悪ふざけってわけじゃない。奇妙な生き物に出くわして、パニックを起こしたがゆえの事だ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「現場にはまだ少しだけ粉が残っていたので、防護班が回収した。今は必死に成分を解析中だが、まったくもって何の物質か分からんとさ。
しかも空気に触れると、次第に薄くなり、やがては消えちまう。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「今は最高機密扱いで調べてる。そして俺の手元にあるこの粉は、自衛隊にいる知り合いに、無理言って貸してもらったものだ。
すぐに返さないといけないが、その前にお前にも見せておきたかった。」
光る粉をテーブルに戻し、「何か聞きたいことはあるか?」と尋ねる。
早苗は目を見開いたまま、テーブルの上を睨んでいた。
ペットボトルを強く握りしめ、水が減った分だけへこんでいる。
それをテーブルの上に置くと、そっとビニール袋をつまみ上げた。
「・・・・その子たち・・・・、」
「ん?」
「現場をネットに上げてたんでしょ?」
「ああ、写真を撮ってな。しかし残念ながら、その奇妙な生き物は写っていないぞ。」
「ケータイ?」
「ああ、スマートフォンだな。押収して中を確認したが、どこにも奇妙な生物は写っていない。だからこそガキどもは口を噤んでいたわけだ。
そんな奇妙な生き物に遭遇したなんて、誰も信じないだろう?自分たちの悪ふざけで火事になったと思われちゃ困るから、あえて生意気な態度を取ってたんだろうな。
まあ一喝したらベラベラ喋りだしたが・・・・。」
「話は聞けますか?」
「もちろん聞けるが、今俺が説明した事が全てだ。何度聞いても変わらんと思うぞ。」
「取り調べは捜査の基本じゃないですか。自分で聞きます。」
そう言って東山を押しのけ、部屋を出て行こうとする。
「一人で全部やる気か?」
東山は彼女の腕を掴み、グイと引き戻す。
「お前・・・・あの山に行く気だろう?」
「そうですよ。その子たちに話を聞いてからね。」
「あのな・・・・あの山へ行ったところで何もない。もう「こっち」と「向こう」は完全に隔てられてるんだ。行っても意味はない。」
「そうですかね?その子たちが見た奇妙な生き物・・・・どう考えても父と緑川だと思いますけど?
なら「向こう」から「こっち」にやって来たってことです。隔てられてなんかいません。」
「そうじゃなくて、もう下手に関わるなと言ってるんだ。」
「だったらなんでそんな物を見せたんですか?隠しておけば分からなかったのに・・・・、」
早苗はビニール袋を睨み、「あいつはまた人を殺すつもりなんです」と言った。
「だから寺院で学生を狙おうとした。でも誰も死なずにすんだのは、父がいたからです。父は・・・・まだあの死神を追いかけてる。」
早苗は拳を握り、どうしてその場所に自分がいなかったのかと腹が立つ。
もし・・・・もしもあの寺院に自分がいれば、父に頼んで「向こう」へ連れて行ってもらったのに・・・。
悔しさは顔に滲み、胸の「疼き」が強くなる。
すると東山は手を放し、「お前の親父に言われたよ」と呟いた。
「娘を見てやってくれ、手綱を引いてやってくれってな。」
「手綱?」
「お前は沢尻の娘だ、この鱗粉を隠したところで、いつか自力で辿り着いただろう。だったらさっさと見せておいた方がいいと思ったんだ。
俺の知らないところで暴走されちゃ困るからな。」
「暴走なんて・・・・、」
「するさ。沢尻がお前を心配していたのは、ただ自分の娘だからってだけじゃない。自分と似たような狂気を持ってるからだ。
しかしそれは、あの緑川に通じる狂気でもある。お前みたいに若い奴を好きにさせたら、いつ緑川と同じようになるか・・・、」
「なるわけないでしょう!なんであんな死神なんかと・・・・、」
「そうかな?なってもおかしくないと思うぞ?」
「・・・・いい加減にして下さい。いくら東山さんでも・・・・、」
「でも疼いてるんだろう?胸に宿る狂気が。」
東山は目を見開き、獲物を見据える猛獣のような視線を向ける。
「お前の親父と一緒にいるうちにな、俺だって妙に勘が鋭くなっちまった。だから・・・・感じるんだよ、お前の中の狂気が疼いているのを。」
「そんな事・・・・、」
「緑川にアチェ。それにミノリやケント。みんな似たような狂気を持ってた。でもな、沢尻は奴らのように心まで化け物に落ちなかった。なんでか分かるか?」
「そういう説教は聴きたくありません。私はただ緑川を追いかけたいだけ・・・・・・、」
「経験だよ。」
東山は強い口調で言った。
「お前の親父には経験があった。人として、そして刑事として多くの経験があった。きっと並の人間よりも、何倍も濃い経験だ。
それがギリギリのところで心を支えてた。逆に言えば、あの緑川だって良い経験に恵まれていれば、殺人鬼なんぞにならなかったかもしれない。」
「・・・・その言い方だと、父だって殺人鬼になった可能性があるみたいじゃないですか。」
早苗は眉に皺を寄せて睨みつける。自分のことはともかく、父のことを馬鹿にされたくなかった。
いくら父の信頼した友人とはいえ、決して緑川のような男と一緒にしてほしくなかった。
しかし東山は「本当のことだ」と言い切った。
「お前の親父だって気づいてたはずだ。経験が・・・そして境遇が違えば、自分と緑川が入れ替わってもおかしくないと。
だからこそあいつは緑川を諭そうとしていた。残念ながら失敗に終わったが、でも入れ替わっていてもなんにも不思議じゃないんだ。」
早苗はまだ強い目で睨むが、東山は穏やかな口調で続ける。
「紙一重だよ、どっちに傾くかなんて。」
そう言って表情を緩め、「ほんのちょっとの差なんだ」と続けた。
「沢尻には経験があった。でもお前にはまだそれがない。だから下手に奴らに関わると、第二の緑川になっちまう。
もしそうなったら、俺は沢尻との約束を破ることになるんだ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あいつは友人が少なかったそうだが、実は俺も同じでな。だから数少ない友人との約束を破りたくない。それだけなんだよ。」
そう言って肩を叩き、「今はまだ俺の下にいろ」と諭した。
「お前を第二の緑川にするわけにはいかん。もしそんな事になってしまえば、きっと沢尻はお前を殺す。自分の愛した娘を、その手で殺さなけりゃならなくなるんだ。
あいつにとって、こんな不幸なことはない。だから・・・・今は堪えろ。必ず緑川と戦える時が来るから。」
そう諭す声は優しく、普段の鬼のような彼からは想像できないほどだった。
東山が優しい人だということは、もちろん早苗も知っている。
しかし疼き出した胸の狂気は、どうにも止められなかった。
そしてその疼きを見透かすように、東山は笑いかけた。
「親父のようになるには、まだ時間がかかる。でもお前の中に宿った狂気は、必ずしも悪いものとは限らない。
良い経験をつんで、周りに恵まれていれば、その狂気は誰かを助ける力になるはずだ。お前の親父がそうしていたように。」
そう言われて、早苗は驚いた顔をした。口を半開きにして、瞳を揺らす。
「この疼きが悪いものじゃない・・・・?」
「ああ。沢尻は腕の良い刑事だったからな。ぶっ飛んだ奴ではあったが、でもその力は常に誰かの為に使っていた。それはお前もよく知ってるだろう?」
「・・・・・・・・・・・。」
「だから気に病むことはない。胸に宿る狂気が怖いからって、自分からイカれた世界に飛び込もうとしなくていいんだ。
そりゃあ似た者同士の世界に行けば気は紛れるだろうが、失うモノの方が多いぞ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「お前はきっと良い刑事になるよ。だからまだ奴と戦う時じゃない。そしてその時が来たときの為に、もっと鍛えてやるから覚悟しとけ。」
「・・・・・・・・・・・。」
早苗は俯き、眉を寄せながら腕をさする。
この狂気が悪いものではない・・・・・そんな風に思ったことはなく、自分でもどう受け止めていいのか分からなかった。
「まあアレだ。お前はまだ若いんだし、そう思い詰めるな。」
東山はまた肩を叩き、「非番に呼び出して悪かったな」と微笑んだ。
「伝えたかったのはそれだけだ。何か進展があったら話してやる。娘が待ってるんだろう?早く帰ってやれ。」
そう言って背中を向け、手を振りながら去って行った。
「・・・・・・・・・・。」
早苗はまだ自分の腕をさすっていて、堪りかねたように頭を掻きむしった。
「なに・・・・なんなのよ・・・・・、」
突然呼び出され、とんでもない事を聞かされたかと思うと、今度は胸の内を見透かされたように説教をされてしまった。
緑川と父が再び「こっち」に現れたのは驚きだが、それと同じくらいに東山の言葉は衝撃だった。
・・・・胸に疼くこの狂気は、悪いものとは限らない・・・・。
腕をさするのをやめ、胸に手を当てる。
父が消えたあの日から、毎日のように疼いていたこの狂気が、悪いものではない?
そんな風に考えたことは一度もなかったので、やはりどう受け止めていいのか分からなかった。
混乱したまま署を出ると、沈んだ気分とは裏腹に、空は晴れていた。
陽射しは暖かく、春日和の爽快さが、かえって苛立ちを募らせる。
車に乗り込み、目を閉じてハンドルに突っ伏す。一瞬だけクラクションが鳴り、それが何かの警告音のように、耳の奥にこびりついた。
ケータイを取り出し、家に電話をかける。
下の娘が『もしもし?』とあどけない口調で出た。
早苗はすぐに帰ることを伝え、今日はどこかに出掛けようと言った。
娘は喜び、そのまま電話を切ってしまう。
早苗は小さく笑いながらケータイを見つめ、ポイと助手席に放り投げた。
「・・・・どうすりゃいいんだ・・・・私・・・・。」
すぐには整理のつかない事が多く、またハンドルに突っ伏す。
もし・・・・もしも頻繁に父や緑川が現れるようになったら、たちまち12年前と同じ状況になってしまう。
彼らにつられて、化け物まで「こっち」に押し寄せる可能性もある。そうなれば、また必ず大勢の死人が出る。
「もしそうなったら、私の戦う機会なんてあるのかな?あの時みたいに大勢の人が死んで、私も、それに私の家族も、その中の犠牲になったりして・・・・、」
悪い考えが走り出し、頭をハンドルにぶつける。またクラクションが鳴ってしまい、耳の奥にこびりつく。
そう遠くない将来、大きな不幸が訪れる気がしてならない。
父譲りの勘が、嫌というほど暗い未来を予感していた。
「・・・・やめよ、どうせなるようにしかならない。あの鬼上司の言う通り、思い詰めるだけ無駄だわ。」
胸に宿るこの疼きが、いったいどのような働きを見せるのか、今はまだ分からない。
しかし今は東山の言うことを信じ、これが悪いものではないと自分に言い聞かせることにした。
アクセルを踏み、ゆっくりと車を滑らせる。
大きなSUV車を器用に操り、国道へ駆け出していく。
ふと見たルームミラーには、遠ざかる警察署と、青い空が映っている。
空には点々と雲が浮かび、風によって流されていく。
「・・・・・・・・・・・。」
早苗はじっとルームミラーを睨む。スピードを落とし、鏡の中を覗き込む。
「・・・・・・・・・・・。」
口を半開きにしながら、二つの目が一点を凝視する。
今、彼女の目には、言葉を失うものが映っていた。
点々と流れゆく雲に混じって、光り輝く謎の物体が駆け抜けていったのだ。
一瞬の出来事だったが、早苗ははっきりとそれを見た。
そして・・・・その物体の上に、一つの人影が立っているのを。
それは吐き気がするほど気味悪く、猫のように全身の毛が逆立つほどだった。
・・・・遠くない将来、大きな不幸が押し寄せる・・・・。
・・・・それは災害のように、大勢の人の命を奪っていく・・・・。
・・・・地震のように、竜巻のように、噴火のように、そして・・・・荒れ狂う死神の鎌のように・・・・・。
耳の奥にこびりついたクラクションの音が、絶え間なく鳴り響いていた。


            *


寺院での花火、酔っぱらっての大乱闘。
若い頃のヤンチャは付き物で、しかし度が過ぎれば痛い目に遭う。
早苗が警察署に向かう少し前、七人の大学生が亀池山を登っていた。
12年前の惨事以来、この山への登山は規制されていた。
木々が生え、草が茂り、本来の姿を取り戻した今でも、許可のない立ち入りは認められていなかった。
しかしそういう不気味で怪しげな場所にこそ、若者の興味は向く。
かつて化け物と人間が争った場所。かつて死神が暴れた場所。
そういういわく付きの場所こそが、スリルを楽しむには最高だった。
しかし期待していたスリルはどこにもなく、なんの問題もなしに頂上まで辿り着いた。
頂上はかつて、大きな人工の溜め池があった。
現在では水が抜かれていて、ぽっかりと口を開けた、大きなクレーターのように佇んでいる。
学生たちは化け物の骨でも残ってないかと、しばらく探索を続けた。
しかし見つかったのは鹿の糞や虫の死骸だけで、やはりスリルを感じるものなどどこにもなかった。
小一時間もすると飽きてきて、誰かが帰ろうと言い出す。
そして水のない池に背を向け、登山道へ引き返していく。
一人が「つまらなかったね」と言う。もう一人が「まあ予想はしてたけど」と冷たく返す。
するとまた一人が「骨くらい残ってると思ったんだけど」と落胆し、別の一人が「どっか飲みに行かね?」と提案する。
それを聞いた一人が「そうしようか」と言い、別の一人が「今日親いないから宅飲みする?」と尋ねる。
皆がそれに賛成し、どこで酒を買うとか、今日泊まってもいい?などと喋り合う。
しかし登山道の手前までやって来た時に、ふと違和感を覚えた。
何気なく喋っていたが、明らかに一人足りないのだ。
さっきまでは全員いたはずなのに、一人欠けている。
誰もが不思議に思い、まだ池の傍に残っているのかと、後ろを振り向く。
「・・・・・・・・・・・・。」
その瞬間、学生たちは言葉を失った。
水の無い池の傍に、頭部と胴体が切り離された仲間の死体が転がっていたのだ。
斬られた首元がこちらを向いていて、骨と肉が鮮明に見えている。
頭は後頭部を向けているが、切られた首からは赤い血が垂れていた。
恐怖は一瞬遅れてやってきて、一人が悲鳴を上げる。
しかしその悲鳴は、仲間の死体のせいだけではなかった。
死体の傍に、人の形をした奇妙な生き物が立っていたのだ。
頭から大きな触覚が生えていて、それをヒラヒラと動かしている。
背中には虫のような羽があり、目は宇宙人のように大きい。
その手には薄汚れた茶色いナイフを持っていて、赤い血が滴っていた。
『・・・・・・・・・・・。』
奇妙なその生き物は、無言で死体を見つめている。
そしてふとこちらを振り向いた。
全員が悲鳴を上げ、一目散に逃げ出す。
しかし駆け出そうとしたその瞬間、背後からナイフが飛んできて、風のように学生たちの間を駆け抜けた。
ナイフは豆腐のように首を切り裂き、三人の頭がその場に落ちる。
残った学生は発狂したように喚き、慌てて登山道へ駆け下りる。
しかし目の前からも奇妙な生き物が現れ、大きなノコギリを振りかざした。
その隣には妖精のように小さな生き物がいて、こちらに迫って来る。
学生たちはへたり込み、その場に震える。頭を抱えて突っ伏す者もいれば、失禁して気を失う者もいた。
しかし一人だけはカッと目を開けていて、恐怖のあまりうずくまることも、泣き出すことも出来なかった。
ノコギリを持った奇妙な生き物は、鬼の形相で迫りくる。
目を見開いて固まっていた学生は、確実な死を予感しながら、遠い空を凝視していた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
すぐそこに死が迫っているというのに、ある一点に目が釘付けになっていた。
流れる雲を縫いながら、謎の飛行物体がこちらに迫ってくる。
小さな太陽のように輝きながら、凄まじい速さで飛んで来る。
それは山の向こうへ消えていき、大きな音を立てて土煙を上げた。
「・・・・墜落?」
呆然とする学生の頭上で、ノコギリとナイフがぶつかる。耳を突くような金属音が、鼓膜の奥まで響いた。
そして少し遅れてから、キラキラと光る粉が降り注いだ。
その粉はとても綺麗で、まるでオーロラを散りばめたようだった。
「・・・・・・・・・・・。」
学生は言葉を失い、ただその光景に見惚れる。
しかしそれを吸い込んだ途端、内臓が飛び出るほどの嘔吐に見舞われ、息が出来なくなった。
酸素が欠乏し、顔は青紫に染まり、暗い意識の底へと落ちていく。
そして消えゆく意識の途中で、また奇妙なものを見た。
それはとても大きな蛾だった。
キラキラと光る粉の中で、風を起こすように羽ばたいている。
それは生き物でありながら、命を持たない不気味な物体に思えた。
命を刈り取って、己の命に代える。
大きなその虫は、まるで風を纏う死神のようだった。
次の瞬間、その蛾の持つ薄汚れたナイフが、学生の首を駆け抜けた。
痛みは無かったが、骨の髄まで切断される感触を味わう。
頭が傾き、ゆっくりと胴体から離れていく。
命が潰える中で、学生は再び奇妙なものを目撃する。
先ほど何かが墜落した方角から、得体の知れないモノが迫ってきたのだ。
それは人でありながら、人ではないもの。
大きな大きな刀を手に、こちらへ駆けて来る。
その刀からは髑髏の数珠が伸びていて、そいつの腕に巻き付いていた。
学生は奇妙なその光景を見ながら、ついに絶命する。
そしてこの世から去る時、大きな叫びを聞いた。
『王を手に入れた!俺の勝ちだ!』


          -了-

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