勇気のボタン 第十九話 似た者同士(2)

  • 2010.06.18 Friday
  • 10:47

 店内にはクラシックな音楽が流れている。
ぼんやりと明かりが灯る店のランプを見つめ、冷房が少し寒く感じてきたなと思いながら、店を出て行く客を見ていた。
窓の外の通りの人が減ることは無く、この暑い中をせわしなく行き交っている。
俺は暖かい飲み物が欲しくなり、ホットコーヒーを注文した。
「あ、ごめんなさい。無理にって言ってるわけじゃないんです。
もし嫌ならそう言って頂いて結構です。
ただ、私は広田さんも同盟に入ってくれたら嬉しいなあと思って。
無理強いは出来ないけど、真剣に考えてもらえませんか?」
藤井は広田さんに俺達の同盟に参加しないかと持ちかけている。
広田さんは困ったような顔を見せながら、どう答えようか考えているようだった。
手をもじもじさせながら、俯いてテーブルの上を見ている。
「すみません。いきなりこんなことを聞いて。
ご迷惑でしたか?」
申し訳なさそうに尋ねる藤井に、広田さんは首を振った。
バッグの中からハンカチを取り出すと、それを手でくしゃくしゃしながら答えた。
「その、お二人が動物の為に活動をされてるのはとても立派なことだと思います。
でも、その、私なんかが役に立つんだろうかって思って。」
くしゃくしゃにしたハンカチを広げ、それを丁寧に畳んでから広田さんは続けた。
「それに、私今は何かに深く関わることが・・・、怖いっていうんじゃ無いんですけど、何か気が向かないっていうか。」
藤井は真剣に広田さんの話しを聞いている。
俺の注文したホットコーヒーが運ばれてきて、二人に「他に注文は?」と聞いたが、二人とも首を振った。
俺は砂糖とミルクを足しながら、広田さんの顔を見た。
目を伏せて、唇をきゅっと結んでいた。
畳んだハンカチを再びバッグにしまい、ふうっと息をついて自分の手元に視線を落としている。
「藤井さんは、有川さんからどの程度まで私のことを聞いていらっしゃるんですか?」
唐突な質問に、藤井は「はい」と間の抜けた返事をしていた。
「えーっと、私が聞いているのは・・・。」
そう言いながら俺の方に目をやる。
聞いたことを言ってもいいのかどうか迷っているのだろう。
俺は広田さんに、この前マサカリと一緒に散歩に言った時に聞いたことを、全て話したと伝えた。
「そうですか。」
広田さんは呟く。
俺はコーヒーを一口飲んでから広田さんに聞いた。
「すいません。俺、余計なこと喋っちゃいましたかね。」
植物と話が出来ることはともかく、ご主人と別れたことや、マルコのこと、亡くなった息子さんのことまで全て話してしまったのは、広田さんにとって気の悪くした所かもしれない。
俺は「ベラベラ喋っちゃってすいません」と頭を下げて謝った。
しかし広田さんは笑顔で首を振る。
「いえいえ、いいんですよ。
そんなことは。」
テーブルの上で手を組み、優しく藤井を見つめながら広田さんは言った。
「私ね、今花を育てているんです。」
「花ですか。」
藤井が聞き返し、広田さんは目を閉じて頷いた。
今の広田さんはおっかさんの雰囲気を全開にしていて、それを見ていたらなんだか心が和んできそうな感じだった。
「パンジーなんですけどね。
窓の近くに置いて大事に育てているんです。」
そう言えば花の種の話しは藤井にしていなかった。
藤井は興味深そうに広田さんの話しを聞いている。
「なんでパンジーを育てているかって言ったらね、その子達が自分を家族にしてくれって言ってきたんです。」
まるで目の前にそのパンジーがあるかのように、広田さんは宙を見ながら目を細めている。
柔らかい笑顔で、宙に向かって暖かい視線を投げていた。
「花がそんなことを言ってきたんですか。」
藤井が驚いたように言う。
そして目を輝かせながら、「素敵だなあ」と呟いた。
「買った時は、種の状態だったんですけどね。
声が聞こえたんですよ。
自分達を家族にして欲しいって。
私ね、息子もマルコも亡くして、これからはひっそりと一人で生きていくんだなあと思っていたんです。
それがね、いきなり家族が出来ちゃって。
毎日話しかけるんですよ。
朝起きたらおはようとか、パートに行く時は行ってきますとか。
花もね、ちゃんと言葉を返してくれます。
おはよう、いってらっしゃい。
他には今日はどんな気分とか、今日は暑いねえとか。」
花のことを話す広田さんはとても嬉しそうだった。
まるで自分の子供のことを語るように、とても優しい口調だった。
俺は、そのパンジーが広田さんの本物の家族なんだなあと感じた。
コーヒーを一口飲み、家で花と語り合う広田さんを思い浮かべてみた。
とても幸せそうな顔をして花に話しかける広田さんが簡単に想像出来た。
藤井は広田さんの話しに聞き入っていた。
俺と同じように花に話しかける広田さんを想像しているのかもしれない。
藤井は手元に視線を落とし、「いいですね、本当の家族みたい」と笑いながら言った。
「ええ、あの子達は私の本当の家族なんです。」
大きく笑顔を見せながら広田さんは答え、宙を見ていた視線を藤井に向けた。
「私ね、今の生活がとても気に入ってるの。
たまに、まだ息子が生きていたら、マルコが生きていたらって思うこともある。
けど、悲しみはもう乗り越えたし、今は新しい家族がいる。
それでいい。
というよりそれ以上のものはいいらないんです。
この穏やかな暮らしがあればそれでいい。」
俺はコーヒーを飲み終え、冷房で寒くなってきた体を擦った。
もうおかわりは注文する気になれず、残った水に口をつけながら広田さんを見ていた。
「あなた達の動物を救う活動は本当に素晴らしいと思う。
けど、今は私はこの生活でいいんです。
面白そうな話しだけど、今はゆっくり暮らしていたいんです。
何かに深く首を突っ込むことなく。」
そして広田さんは藤井に頭を下げて言った。
「だからごめんなさい。その同盟の話しはお受けできません。」
藤井は真剣に広田さんを誘った。
だからこそ、広田さんも真剣に断ったのだろう。
藤井は笑い、「うん」と、おそらく自分に対して一回頷いてから口を開いた。
「いえ、そこまで丁寧に答えて下さってありがとうございました。」
藤井は深く頭を下げた。
嫌なら嫌と、あっさり断ればいいはずだった。
しかし広田さんは、自分の今の生活も交えて話しをし、真剣に藤井を話しを聞き、真剣に断った。
そのことを藤井も理解しているから、頭を下げてすぐに引き下がったのだろう。
「花が家族になるなんて、広田さんから話し聞くまで考えもしませんでした。
やっぱり、植物とお話が出来るっていうのはすごいです。」
広田さんは照れたように笑い、「あなたもすごいわ」と言った。
「自分の力を使って動物達の役に立てることをしようだなんて。
私はそんなこと考えもしなかった。
きっと、今までたくさんの動物達があなた達に救われたんでしょうね。」
感心したような目で藤井を見て、優しい口調で広田さんはそう言う。
「いえ、全然ですよ。
ちゃんと救えなかった子もいますし、そもそもきちんと動物達の役に立ってるのかなって疑問に思うこともあります。」
藤井は真面目に答え、俺の方を見た。
どう?
有川君から見て、この同盟は上手くいってる?
そう聞かれている気がした。
俺は水をグイッと飲んでから、腕を組んで答えた。
「俺達のやってることは、正直どこまで動物達の役に立っているのか分かりません。」
藤井が少し顔を曇らす。
そんな藤井の横顔を見ながら続けた。
「けど、自分達のやっていることが間違いだとも思っていません。
例え救われる動物が少なくても、活動をすること自体に意味があると思っています。」
それを聞いた藤井はパッと笑顔になり、嬉しそうにこっちを見つめていた。
あんまり真っすぐ見つめられて恥ずかしくなり、俺は空になった水のグラスをすすった。
そんな俺達を見て広田さんは笑って頷き、またもやおっかさんの雰囲気を全開にしていた。
「あなた達は、本当に優しい子達ね。」
母のようにそう言い、広田さんはしばらく俺達を見つめていた。
それからまた藤井が口を開いて広田さんとのお喋りを再会し、俺は時折相槌をうちながら二人を眺めていた。
そうして時間が経ち、やがて会話が一段落した所で広田さんは言った。
「今日は本当に楽しかったわ。
ありがとうね、有川さんに藤井さん。」
俺達は笑って顔を見合わせた。
「こちらこそ色んなお話が聞けて楽しかったです。
よかったらまた一緒にお茶でも飲みにいきましょう。」
藤井は笑顔のまま広田さんに言った。
「ええ、是非行きましょう。」
広田さん、今日は本当に楽しかったんだろうなあ。
その笑顔を見ながら、俺はそう思った。
「俺はお隣さんですからね。
またいつでもお話しましょう。」
「ええ、出来たらまたマサカリちゃんの散歩に行きたいです。」
そういえばマサカリも広田さんのことは大いに気に入っている。
あいつもまた広田さんと散歩に行きたいだろう。
「ええ、いつでもいいですよ。
きっとマサカリも喜びます。」
俺がそう言うと広田さんは「ありがとう」と言い、バッグを探って財布を取り出した。
「今日はとっても楽しかったから、私にご馳走させて頂戴。」
そう言って伝票を持って立ち上がる。
「そんな、悪いですよ。
会いたいって言ったにはわたしなのに。」
急いで財布を取り出す藤井を手で制し、「いいんです、払わせて下さい」と言ってカウンターまで歩いて行った。
俺達は後に続き、会計を済ませた広田さんにお礼を言った。
喫茶店を出ると、店内の冷房の効いた空間が嘘だったように暑さが広がっていた。
吹きだす汗を俺達は拭いながら、笑って挨拶をする。
「今日はありがとう、また一緒にお話しましょう。」
ハンカチで額を拭きながら広田さんが言う。
「はい、私もとっても楽しかったです。
また色々お喋りしましょう。」
そう言って藤井は頭を下げた。
「マサカリの散歩も一緒に行きましょうね。」
そう言って俺も軽く頭を下げた。
広田さんは汗を拭きながら笑って俺達を見た。
「どっちも楽しみにしています、それじゃあ」
そう言葉を残し、広田さんも頭を下げて去って行った。
暑い街を行き交う人々の中に紛れて見えなくなるまで、俺達は広田さんの背中を見つめていた。
「どうだった?」
まだ広田さんが去った方を見つめている藤井に聞いた。
藤井はハンカチで首筋の汗を拭うと、ニッコリ笑って答えた。
「うん、とっても楽しかった。
いいおばさんだね、広田さん。」
「ああ、本当に優しい人だよ。」
藤井は満足したように頷き、「これから暇?」と聞いていた。
特に予定の無い俺は「ああ、暇だよ」と手で汗を拭きながら答える。
すると藤井が俺のシャツの裾を引っ張って言った。
「じゃあ映画でも観て行かない。」
俺に異論があるはずもなく、「いいね、行こう」と言うと、藤井は「ふふ」と笑って先に歩き出した。
今日二人を合わせて本当によかった。
お互い色々と話して得るものがあっただろうし、何より楽しかったはずだ。
俺はふと、二人が似ているんじゃないかと思った。
優しい笑顔、柔らかい雰囲気、そして芯に秘めた強さのようなもの。
自分の思った意見ははっきりと言う。
似た者同士の今日の出会いは、出会うべくして出会ったのかもしれない。
「有川君。」
立ち止まってそう考えていた俺を、先を歩いていた藤井が振り返って呼ぶ。
俺は藤井の元に駆け寄り、「どんな映画を見る?」と聞いた。
「うーん、まだ決めてない。
考えながら行こう。」
その意見に賛成な俺は笑って頷いた。
「そうだな、そうしよう。」
暑い陽射しが降り注ぐ街の通りを、たくさんの人達が行き交っている。
俺達は他愛無いことを笑顔で話しながら、暑い中を行く人達の中に紛れていった。
夏はもう、半分まできていた。

                                 第 十九話 完


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