稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第十八話 二十面相(2)

  • 2016.05.09 Monday
  • 11:36
JUGEMテーマ:自作小説
日課の社員いびりを終えて、爽やかな気持ちになる。
これから幸せになるであろう、美男美女の若いカップル。
その幸せに水を差すのは、なんとも愉快だった。
笑いを噛み殺しながら、爽快な気分でエレベーターに乗る。
すると「待って待って!」と一人の男が走って来て、閉まりかけたドアを押し開けた。
「あら伊礼君。おはよう。」
「どうも。」
軽く頭を下げ、「ふう〜・・・」とネクタイを緩めている。
「またやらかしたんですか?」
緩めたネクタイに指を掛けながら、苦笑いで私を見る。
「ずっと見てたけど、ちょっとイジメ過ぎじゃないですか?」
「そう?ただの挨拶よ。」
「今月に入って、もう三人辞めてます。彼女で四人目になるでしょうね。」
「五人よ、あの彼も辞めるだろうから。」
「あんまり下の人間をイジメないで下さい。」
「あんなのイジメたうちに入らないわよ。だって私の時代はねえ・・・・、」
「それはもう何度も聴きました。」
「最近の子は打たれ弱いわね。あんなのでよく生きていけるわ。」
「あれに耐えたら強い方ですよ。」
「きっと世の中が甘くなってるのね。二十年後には日本が滅びてるわ。」
「おほほ」と笑いながら言うと、伊礼君は肩を竦めた。
チン!と音が鳴り、「じゃあ俺はここで」と降りていく。
「あ、伊礼君。」
「何ですか?」
「選挙の方は順調?」
「おかげさまで。」
「違うわよ、あなたの事じゃない。加藤社長のこと。」
閉まりかけたドアを押し開け、私も降りる。
「本社には相当根回しをしてるけど、でもそれだけじゃ不十分。君がちゃんと支えてあげてね。」
「言われなくても。」
「警戒すべき敵は本社の白川常務だけ。彼さえどうにか出来れば、私たちの勝ちよ。」
「分かってますって。」
「カグラの連中は一筋縄じゃいかない相手だけど、今回は敵にはならないわ。多分本社の社長の椅子は狙ってないだろうから。」
「俺たちにとっては幸運ですよね。」
「あそこはある意味本社よりも厄介な連中が揃ってるからね。まあいずれは従わせてやるけど。」
「いやあ・・・あそこは手え出さない方がいいんじゃ・・・・、」
「何言ってるの。もし加藤君が社長になったら、私たちが頂点に座るのよ?グループ会社をコントロール出来なくてどうするの?」
「んん〜・・・頂点は無理じゃないかなあ。だって会長がいるし。」
「もうお年よ。いずれ引退なさるわ。」
「まあとにかく、加藤社長は全力で支えます。ご心配には及びませんよ。」
伊礼君は肩を竦めて微笑み、「それじゃ選挙の準備があるんで」と背中を向けた。
「ねえ伊礼君?」
「はい。」
「一番最後に立候補したあの子・・・・・ええっと・・・・、」
「冴木晴香ですか?」
「あの子・・・・前回の事件の時に活躍したのよね?」
「そう聞いています。詳しいことは知らないけど。」
「取るに足らない相手だと思うけど、一応注意はしておいてね。」
「香川さんらしくないですね、あんなダークホースを恐れてるんですか?」
「万が一ってことがあるじゃない?何でも超人的な記憶力の持ち主って聞くし、前回の事件で会長の覚えも良いっていうし。」
「まあ一応は気をつけときます。でもきっと取りこし苦労ですよ。」
「そうだといいけど・・・・。」
なんだか嫌な予感を抱いて、「とにかくお願いね」と手を振った。
エレベーターに戻り、最上階まで昇る。そして10人も秘書がいる部屋を通り抜け、自分の部屋へと入った。
「・・・何かねえ・・・・周りでウロチョロ動いている気がするのよ・・・・。」
社長室よりも何倍も大きな部屋を歩きながら、高価な調度品を見渡す。
何億もする絵画に、希少動物の毛皮の絨毯。それに私の何倍もある象牙や、とにかく値段の張る机や美術品。
それらを見渡しながら、「まだまだ足りない」と呟いた。
「こんなもんじゃ食い足りないわ。もっと・・・・もっと欲しい。例え人が血を流しても、希少動物が絶滅しても、誰かの幸せを破壊してでも・・・・私はもっと欲しい。」
特注で作らせた何千万もする椅子に座り、大きなシャンデリアを見上げる。
「いくら手に入れても満足なんて出来ない。私は・・・・死ぬまで欲望に忠実でいるわ。そして欲しいものは手に入れる。
その為にも、あのガキには社長になってもらわないと困る。せっかく孤児院から拾って来てんだから、死ぬまで私に尽くしてもらわないと。」
目を閉じ、頭の中に自分の楽園を思い浮かべる。
そこにはこことは比べものにならないほどの贅沢が詰まっていて、その楽園を大勢の人間が支えている。
いや、人間だけじゃない。
私以外の全ての生き物が、血を流しながら私の楽園を支えている。
「欲しい物を手に入れただけじゃ満足出来ない。私が幸せになる度に、誰かが不幸にならないと・・・・。」
欲しいものを手に入れ、幸せになる。
そしてその過程で不幸な人間が生まれれば、私はより幸せになれる。
私が喜ぶ何よりの幸せは、私が上に登って、他の人間が落ちていく様を見ること。
その時に、ほんの一瞬だけ欲望が満たされるから・・・・。
しかしまたすぐに飢え、乾き、同じことを繰り返す。
こうやって上に登っていけば、いつか私だけが幸せになれる。
私以外の全ては血を流して不幸にまみれ、ただ私の楽園を支えるだけの礎になる。
「・・・・まあ妄想ね。実現はしないわ。でもその妄想に近づけることは出来る。せめてこの目に映る世界だけなら、私だけが幸せになれるはずだわ。」
高価な調度品を見渡しながら、「その為にも・・・・」と胸を押さえる。
「どうにも消えないこの嫌な感じ・・・・いったい誰が私の邪魔をしようとしてるの?今日別れたあの男?それともダークホースの冴木晴香?」
じっと目を瞑りながら、この不安の根源を探り出す。
あれこれと敵に回りそうな人間を思い浮かべていると、ふと一人の男の顔がよぎった。
「鞍馬真治・・・・・・。」
それはかつて靴キング!いた、一人の若い社員だった。
この会社の創業者の息子で、亡くなった父の後を継ぎ、社長となった。
しかし経営難に陥り、やむなく外部から新たな経営者を求めることにした。
その時にこの会社へ入って来たのが三人。
専務の佐藤豊、常務の岸井徳英、そして本部長の伊礼誠。
このうち佐藤と岸井は他社からの引き抜きで、その優れた手腕で経営を立て直した。
しかし伊礼だけは事情が違い、彼は元々探偵をしていた。
かなり羽振りがよかったそうだが、ある浮気調査の時にヘマを踏んでしまい、ヤクザに追いかけ回されることになった。
そこを靴キング!の初代社長、鞍馬庄吉に助けられ、どうにか難を逃れた。
鞍馬庄吉に恩のある伊礼は、この会社の危機を救う為、わざわざ探偵業を廃してやって来た。
彼は有能な探偵だったこともあり、今の仕事でもかなりの力を発揮した。
仕事柄危険なことには慣れていて、厄介なクレームにも冷静に対処する。
また交渉事にも強く、ヤクザまがいの恫喝をしてくる相手にも、怯むことなく応対した。
時には相手の弱みを探り、いらぬ企てをする輩を追放したこともある。
その話に尾ひれがつき、とにかく怒らせたら怖いという目で見られていた。
恫喝じみたやり方で無理難題を吹きかけるなんて言われているが、私の知る限りそんなことは一度もない。
彼が怒るのは、良からぬ企てで会社を貶めようとする輩に対してだけである。
この三人を迎え入れたことで、靴キング!は無事に経営を立て直すことが出来た。
しかしまだまだ安心できる状況ではなく、競合他社との差別化を図る為に、更なる飛躍を求めようとした。
そこで鞍馬真治が先頭に立ち、精力的に自社商品の開発に取り組んだ。
この時、鞍馬は靴キング!の社長から退くことになる。
『俺は経営よりも物作りがしたい。机の前に座っているよりも、現場で腕を振るいたい。』
外から招いた三人に絶対的な信頼を置いていた鞍馬は、社長の椅子を降りて企画部長の座に就いた。
率先して現場にも立ち、自社の商品を精力的に販売していった。
業績は確実に伸びていったが、それでもまだまだ他社との差別化は図れなかった。
鞍馬真治は『もっと新商品の開発を!』と叫んだが、経営陣はそれを受け入れなかった。
新しい商品を開発するよりも、経営コストを削減するべきだと反論したのだ。
鞍馬真治は必死に新商品開発の重要性を説いた。
商売の基本は物作りであり、コストの削減はそれを阻害すると。
しかし当時の靴キング!は、業績こそ伸びていたものの、そこまでの急成長をしているわけではなかった。
あまりに商品開発にコストを掛け過ぎると、それがコケた時の痛手の方が大きいと踏んだのだ。
この時、鞍馬の最も信頼していた伊礼までもが反対した。
今はコストの削減を優先するべきだと。
鞍馬真治はそれでも食ってかかったが、当時の彼はもう社長ではない。
経営陣の中には加わっておらず、自らそうした手前では、元の椅子に戻ることも出来なかった。
当時の社長は、古株の政井兼という男で、保守的な考えの持ち主だった。
彼は鞍馬真治の熱意を退け、大幅なコスト削減に着手した。
現場で働く従業員の給与カット、商品に使用する素材の見直し、そしてリストラ。
この政策は功を奏し、靴キング!はさらに業績を伸ばすことになる。
それを実感した鞍馬は、もう経営には口を挟まなくなった。
自分は企画部長という役職に専念し、現場でも精力的に腕を振るった。
しかしそれでも度々経営陣と衝突した。
従業員の給与カットや、商品の劣悪化、それに何よりリストラである。
もっと現場の人間や商品を大事にするべきだと主張したが、それを煙たがられて降格されてしまった。
この時の彼は怒りは凄まじく、ストライキを起こす勢いで猛抗議したが、何の意味もなかった。
彼の父が立てたこの会社は、すでに自分の手から離れてしまっていたのだから。
この時、鞍馬は『社長の椅子に残っておけば・・・』と後悔したが、時すでに遅し。
自分はいつクビになってもおかしくない、現場の一社員に成り下がっていた。
そんな彼の悔しさとは裏腹に、会社は業績を伸ばしていった。
そして・・・・ある転機が訪れる。
販路拡大の為に、とあるスポーツメーカーと契約したのだ。
スポーツシューズの市場にも参加したいということで、大手メーカーとライセンス契約を結んだ。
そしてその大手スポーツメーカーで総務部長を務めていたのが、この私だ。
最近業績を伸ばしている靴キング!なる社名は耳にしたことがあるので、資料に目を通してみた。
その時、まだまだこの会社は伸びると確信した。
『ここでなら、もっと欲しいものが手に入る・・・・。会社が成長すればするほど、私はもっと・・・・・。』
そう思って、すぐさま契約を結ぶことにした。
その時の条件はとてもシンプルなもの。
私を靴キング!の重役として迎え入れること。ポストは現在と同じ総務部長が望ましい。
当時、私のいた大手スポーツメーカーは、ほぼ私の手の内にあった。
社内で私に反対出来る者などおらず、また靴キング!の方も二つ返事で条件を飲んでくれた。
大手メーカーの重役が我が社に来てくれるなら、一石二鳥だと言って・・・・・。
契約は無事に終わり、私はこの会社へやって来た。
最初は愛想よく、しかしじょじょに牙を見せつつ、邪魔を相手を牽制していった。
実力のある人材は多かったが、身内同士の闘争に慣れている者は少なかった。
だから誰もが私の牙に抗えず、この会社を去るか、もしくは大人しく服従するしかなかった。
まあそれがこの会社を選んだ理由の一つでもあるんだけど・・・・・。
どうせ乗っ取るなら、乗っ取りやすい組織の方がいい。
私の改革は着々と進み、もはや専務や常務でさえも私に逆らうことは出来なかった。
しかしそんな中、三人だけ敵がいた。
一人は当時の社長である政井兼。保守の中の保守という感じの男で、石よりも固い頭をしていた。
私は彼を罠に嵌め、家庭を崩壊寸前まで追い込んで、とうとう自分から辞表を提出させた。
残った敵は二人。
一人は本部長の伊礼誠。
飄々としているように見えながら、中々侮れない男だった。
彼だけが唯一私の本性を見抜いていて、うまくその牙をかわしていた。
そして彼の友人ともいうべき男、鞍馬真治。
馬鹿みたいに愚直で、とにかく現場を愛し過ぎた男だった。
鞍馬と伊礼は手を組み、どうにか私に対抗しようとした。
しかし所詮は尻の青い若僧。
伊礼の方はまだ賢さがあったが、鞍馬はただ愚直に突っ込んでくるだけ。
『あんたは自分のことだけを考えてる!もっと現場を大切にしろ!』
青臭い怒りをまき散らしながら、どうにか私を追い出そうとしていた。
私は彼の青臭い情熱を面白く思い、普通に潰すのはつまらないと思った。
だから外堀を埋めるように、じわじわと嬲っていった。
彼を慕う同僚、後輩、多くの現場の人間。
それに開発の部署にも彼を慕う者が大勢いたから、そいつらの抹殺から始めた。
時にリストラをし、時に徹底的にイジメ抜き、時に家庭にまで攻撃の手を伸ばした。
そうすると、一人、また一人と彼の仲間は去っていった。
中には私に寝返る者もいて、鞍馬はただ孤独に追い込まれていった。
ここでようやく伊礼が態度を変えた。
賢い彼は、私に逆らうのはデメリットしかないと理解し、鞍馬を説得した。
もうあの女に逆らうのはよせ・・・・と。
すると鞍馬は、『お前も寝返ったのか!』と激高した。
そしてそのまま会社を飛び出し・・・・・事故を起こした。
彼の乗った車はガードレールを突き破り、急な斜面へ転落していった。
何度も車体が回転したようで、ほぼ原形を留めていなかった。
鞍馬真治は即死。
頭と心臓を強く打ち、発見された時には酷い有様だったと聞いた。
しかし生前にドナー登録をしていたので、無傷で残った腎臓が使われることになった。
移植相手は小学四年生の少年。
名前を加藤猛といい、両親は事故で他界していた。
加藤は腎臓を患っていて、移植をしなければ数年も生きられない状態だった。
そんな彼に鞍馬の腎臓がもたらされ、今も元気に生きている。
私は加藤を孤児院から引き取り、自分の養子とした。
あの鞍馬の腎臓で生き永らえた子・・・・それを傀儡として操ることで、死後も彼を苦しめることが出来る。
そう思うと幸せな気持ちになってきて、今も大切に育てている。
もっとも面倒を見ているのは雇われ家政婦だが。
加藤はとても頭がよく、年の割には心も大人びている。
鞍馬の腎臓をもらったせいか、ふとした時に彼の面影さえ感じさせることもあった。
私は鞍馬と加藤の顔を思い浮かべ、「まさかねえ・・・・」と呟いた。
「あのガキに鞍馬の魂が宿ってるとでもいうのかしら?・・・・バカバカしい、いくら何でもそれは・・・・、」
そうは思いながらも、やはりあの男の顔がちらつく。
胸に渦巻く不安の中に、どうしてもあの男の顔が浮かぶ。
「・・・・・いや、あり得ないわ。アイツは死んだ。死人が生き返るはずがないんだから。」
椅子から立ち上がり、高価な調度品を眺める。
広い部屋の中を歩き回って、指を噛みながら考えた。
「分からない・・・・どうしても不安が消えない・・・。それに何度もあの男の顔が浮かんでくるし・・・・。まさか私、呪われてる?」
半ば冗談で、半ば本気でそう言って、窓の外を見つめた。
立ち並ぶビルを睨みながら、「まあいいわ」と指を噛むのをやめる。
「分からないことを考えても仕方がない。今は・・・・回りでウロチョロ動いてる奴をどうにかしましょ。」
昨日から、誰かにつけられている気配を感じる。
おそらく社長の選挙に絡むことだろう。私は「敵もスパイを送り込んできたか」と受話器を持ち上げた。
「あ、もしもし?私だけど。」
電話の相手はフリーのジャーナリストで、金さえ払えばどんな仕事でも引き受けてくれる。
私は「ちょっとお願いしたことがあるんだけど・・・」と切り出し、受話器の紐を弄びながら用件を伝えた。
「それ相応の報酬は払うわ。稲松文具の本社を調べてちょうだい。どうも私にネズミがまとわりついてるみたいで・・・・、」
昨日から感じている尾行の気配のことを伝え、何か分かり次第連絡を寄こすように言った。
電話を切り、「まったく・・・」と椅子に座る。
「敵が多いのも困りものだわ。まあそれを潰すのが楽しいんだけど。」
時計を見ると、ちょうどお昼時。
車を用意させ、軽く食事を済ませてから、自宅のマンションに戻った。
部屋に入ると化粧を落とし、素顔に戻る。
その素顔に指を食い込ませ、ベリベリと肌を剥がした。
「私も本社の中へ入り込んだ方がいいわね。白川常務の弱みは握ったわけだし、次は・・・・・冴木晴香、お前よ。」
食い込ませた指を一気に振り下ろし、顔の半分を剥ぎ取る。
その下からは、驚くほど地味な女の顔が出て来た。
何の特徴もなく、誰の記憶にも残らないような地味な顔。
そして・・・・地味であるがゆえに、どんな顔にだってなれる便利な顔が。

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