稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第二十五話 女神の家へ(1)

  • 2016.05.16 Monday
  • 13:08
JUGEMテーマ:自作小説
ハリマ販売所の営業時間は夜の七時まで。
時計は七時前を指していて、「今日はもう閉めよっか」と箕輪さんがシャッターを下ろした。
「どうせ誰も来ないでしょ。」
「そうですね。じゃあ私、トイレのお掃除してきます。」
美樹ちゃんも閉めの作業に入り、いそいそと動き回る。
俺はそんな二人を見つめながら、「加藤社長・・・・まだ目を覚まさないんですかね?」と尋ねた。
「あれから何時間も経ってるのに、何も連絡がないなんて。まさかすごく危険な状態なんじゃ・・・、」
そう呟くと、課長が「気を揉んでも仕方ないわ」と言った。
「もし何かあったら、きっと伊礼さんから連絡が来ると思う。それまでは私たちのやるべきことをやりましょ。」
そう言って立ち上がり、「私も手伝うわ」と床の掃除を始めた。
すると箕輪さんが「課長!」と叫んだ。
「そんなのいいですから!座ってて下さい。」
「だって早く終わらせて話を進めないと。」
「だからって課長が床掃除なんて・・・・。」
箕輪さんは困ったように眉を寄せ、「こら冴木!」と怒鳴った。
「あんたがやりな!」
「え?ああ・・・・はい。」
「それとゴミ捨ても。事務所のやつも忘れずにね。」
「分かってますよ。」
「分かってないから言ってんのよ。ああそれと、レジには触んなくていいから。あんたがレジチェックやると、差額がない日でも誤差が出るから。」
「失敬な、レジ閉めくらい出来ますよ。」
課長からモップを受け取り、適当に拭いていく。本当は棚の下まで丁寧にやらなきゃいけないんだけど、ぐるっと店の中を回っただけで「はいお終い」とモップを置いた。
「だからちゃんとやれって言ってんでしょ!」
バインダーが飛んできて、「痛ッ!」と頭を押さえる。
「ほんっとに乱暴な・・・・、」
ブツブツ言いながら、いかにも真面目にやってますよという風にモップを掛ける。
「ほら冴木君、早く終わらせないと。」
モタモタする俺を見かねて、課長が手伝ってくれる。
「あ、じゃあ俺レジを閉めます。」
「もう栗川さんが閉めたわ。」
「ならゴミを捨てて・・・・、」
「楠店長がさっき捨ててくれた。」
「ならトレイ掃除を・・・・、」
「それも栗川さんがやった。後はモップだけよ。」
そう言ってテキパキと掃除して、あっという間に終わらせてしまった。
「はいお終い。みんな事務所に集まって。」
課長がパンパンと手を叩き、みんなが集まる。
「また課長に迷惑掛けて、このアンポンタン。」
箕輪さんに嫌味を言われ、「毎度のことですよね」と美樹ちゃんに笑われる。
《くっそ〜・・・・後で絶対に今日の演説を見せてやる。俺だってやる時はやるってことを教えてやるからな!》
仏頂面で椅子に座ると、「はい」と課長がお茶を置いた。
「ああ、どうも!」
「だから課長・・・・本社の人がそんなことを・・・・、」
「いいのよ。だって今はみんなで戦わなくちゃいけないから。本社がどうとか肩書がどうとかなんて関係ないわ。」
そう言って自分も椅子に座り、「もう何度も話してるけど、悪い奴がこの会社を乗っ取ろうとしているの」とみんなを見渡した。
「そいつはパラサイトとか、怪人とか呼ばれてる悪い奴でね。顔を変えてはどこにでも潜り込んで、会社を乗っ取ってしまうの。
現に靴キング!はすでに乗っ取られていて、今度は本社にまで手を伸ばそうとしている。
もしそれを許してしまえば、きっと今までとは違った会社になってしまう。あの怪人一人の為に、みんなが辛い思いをするような会社に。」
課長は重々しい声でそう語る。
ここへ来てから何度も説明したことだけど、確認をするようにもう一度話した。
もちろん加藤社長の秘密を除いて・・・・だけど。
「私と冴木君は、あの怪人を動きを見張るつもりよ。その為にみんなにも協力してほしいんだけど、無理強いは出来ない。」
お茶を見つめながら、「ありがたいことに、みんなは協力してくれるって言ってくれたけど・・・」と微笑んだ。
「でも本当に無理はしなくていいからね。もし嫌ならそう言ってくれて構わない。私に気を遣う必要なんて全然ないから・・・・、」
そう言うと、箕輪さんが「私は喜んで協力しますよ」と頷いた。
「だって課長からのお願いなんだから、断るわけにいかないですよ。それにまた一緒に悪い奴をやっつけられるなんて、ちょっと嬉しいんです。」
課長は「箕輪さん・・・」とはにかんで、「ありがとう」と頷いた。
すると美樹ちゃんも「私も絶対にお手伝いします!」と拳を握った。
「だって課長は、あの女たらしに文句を言ってくれたんですから。私だけじゃなくて、他にも傷ついた女の子が大勢いる・・・・。
でもきっと、私たちだけじゃ何も出来なかったと思います。だから私、絶対にお手伝いします!嫌って言ってもついて行きますから!」
美樹ちゃんは頬を赤くしながら、闘志に溢れていた。
そしてなぜか俺に向かって「冴木さん!私、負けませんからね!」と睨んだ。
「ええっと・・・うん。」
もしかして美樹ちゃんも課長に惚れたとか・・・・・?
意外なところからライバル出現だと思っていると、「ぼ・・・僕は・・・・」と店長が呟いた。
「僕は・・・・その・・・・・、」
「楠店長。さっきも言った通り、私に気を遣う必要はありません。無理なお願いをしているのは私の方なんですから。」
「ああ・・・うう・・・・、」
「断ったからって、恥ずかしいことなんてありませんよ。自分の気持ちに素直になって下さい。」
そう言ってニコリと微笑む課長。
店長はそわそわと鼻をいじり、「僕はあ・・・・・」と呟いた。
「その・・・・何の役にも立たない男で・・・・、」
「そんなことありません。この店の店長は、あなたじゃないと務まらないと思います。」
「で、でも・・・・・実際に店を回してるのは箕輪さんで・・・・最近じゃ美樹ちゃんも仕事が出来るようになってきて・・・・僕と同じくらい役立たずなのって冴木くらいで・・・・。」
さらっと嫌味を言われ、思わず店長を睨む。
「こら、脅さない。」
箕輪さんに注意され、「ふん」と鼻を鳴らした。
「僕は・・・・正直怖い・・・・。店じゃ偉そうにしてるけど、でも本当は憶病な人間で・・・・、」
みんな知ってるよ!とツッコミたかったけど、グッと我慢する。
「相手が悪い奴だっていっても・・・・上に逆らうわけでしょ?それ・・・・やっぱり怖いっていうか・・・・。」
そう言って頭を抱え、「だってここをクビになったら、他に行くとこなんかないもん!」と叫んだ。
「ここくらいなんだよ・・・僕を置いてくれるのは・・・・。でもみんなはいつだって僕を助けてくれるから・・・・協力はしたい・・・・でもやっぱり怖くて・・・。」
「楠店長・・・。」
課長はニコリと笑いかけ、「その気持ちだけで充分です」と頷いた。
「無理をしたっていいことはありません。だからその気持ちだけで、私は嬉しいですよ。」
「うう・・・・嫁さんも帰って来なくて・・・この上仕事まで失ったら・・・・僕は冴木以下に・・・・、」
まだ言うか!と思ったが、箕輪さんが「我慢しなさい・・・」と小声で宥めてくる。
すると美樹ちゃんが「だったら店長は応援係をしましょ!」と言った。
「心の中でみんなを応援すればいいんですよ。頑張れ〜って。」
「応援・・・・・?」
「そうです。心の中でみんなと一緒に戦えばいいんですよ、ね?」
「き・・・君は・・・・本当に優しい子だな・・・・・。」
「だってみんなこの店の仲間じゃないですか。」
「ありがとう・・・・じゃあ僕、応援係をやるよ。」
「そうです!ファイト〜って心の中で叫んでて下さい。」
美樹ちゃんはギュッと拳を握る。店長も「ファイト〜!」と拳を握った。
課長はニコリと微笑み、俺と目を合わせた。
「みんな良い人だね。」
「そうですか?俺はちょっとイラっとしましたけど。」
「まあまあ、そう言わない。」
課長はポンと俺の肩を叩き、「みんなの意志は確認出来たから、話を進めるね」と言った。
「協力してくれるとは言っても、みんなを危険な目に遭わせるわけにはいかない。だから直接的に怪人に関わるのは、私と冴木君だけ。」
そう言って俺に目を向け、「また危険なことになるかもしれないけど、一人では背負わせないから」と頷いた。
「前は君だけ危ない目に遭っちゃって、もう二度とそんなことはさせない。だから私も・・・・、」
「何を言ってるんです!この冴木晴香、課長の為なら火の中水の中!この身を盾にしてでもお守りを・・・・、」
拳を握ってそう言うと、「惚気はいいから話を進めてよ」と箕輪さんがうんざりした。
「要するに、その怪人とやらの監視は課長と冴木がやるってことでしょ?そして私たちはそのお手伝いと?」
「あの怪人を見張るわけだから、こっちも自由に動けるわけじゃないと思うの。もし何かあったら連絡するから、その時は指示に従って動いてほしい。」
「いいですよ、危ないことじゃなければ。ね、美樹ちゃん?」
「はい!私、危ないことは苦手だけど、危なくないことなら平気ですから!」
「それは誰でも同じだと思うけど・・・・・。」
「でも箕輪さん、私たちの役目は重要ですよ!もし二人に何かあった時、私たちが頼りなんですから。」
「そうね。で、具体的には何をすればいいんですか?」
箕輪さんはちょっとだけ不安そうな顔をする。
課長は「連絡役とか、証拠の保存とかね」と答えた。
「伊礼さんや本社と連絡を取ったり、それに私たちが集めた証拠を送ることもあると思う。」
「なるほど。まあ事務作業みたいなもんですね。それなら任せて下さい。」
箕輪さんは自信満々に胸を張る。「そういうのは得意ですから」と言いながら。
「あとは店に来たお客さんの中で、変わった人がいないか注意してて。」
「変わった人・・・・ですか?」
「ほら、以前にクレーマーを装って怪人がやって来たでしょ?加藤社長を連れて。」
「ええ。でもまさか・・・・この店が狙われるとかは・・・・、」
「それは無いと思うわ。だって選挙までもう時間がないもの。ここを狙ったって何の意味もない。無駄なことはしないはずよ。」
「ならいいんですけど・・・・・、」
「でも万が一怪しい人が来たら、すぐに連絡して。絶対にこっちからは近づかないようにね。」
「大丈夫です、何かあったら店長を盾にしますから。」
そう言うと、店長は「ええ!?」と怯えた。
「冗談ですよ、本気にしないで下さい。」
「・・・怖いからやめてよ・・・・・。」
ビクビク肩を竦めながら、不安そうに俯く。
みんなはクスクス笑い、ちょっとだけ場が和んだ。
「選挙まであと一日しかないわ。きっと怪人の動きも活発化してくると思う。だからずっと見張っていれば、必ず何かが掴めると思うの。
みんなには迷惑を掛けるけど、どうかよろしくね。」
課長は真剣な顔でみんなを見渡す。
みんなも真剣な顔で頷きを返し、「さて・・・」と課長は立ち上がった。
「それじゃ今から怪人の監視に入るわ。冴木君、行こう。」
そう言って事務所から出て行こうとする。
俺は「今からですか!?」と眉を寄せた。
「だってあの怪人、まだ加藤社長の傍にいるんじゃ?」
「分かってる。でも私たちには他にも協力者がいるじゃない。まずはその人に会いに行く。」
「他にも?」
「ほら、前の事件の時にも手を貸してくれたでしょ?今回だって、でっち上げの記事が出るのを防いでくれた・・・・、」
「・・・・ああ!そうだった・・・・すっかり忘れてた。」
「彼女も手を貸してくれているんでしょ?きっと今頃何かを掴んでるはずよ。」
「そうですね。あの人仕事が早いから。」
「選挙までの時間は限られてる。モタモタしてられないわ。」
そう言って「ほら早く」と俺の手を引っ張った。
「ええっと・・・じゃあみなさん。そういうことで、一つよろしくお願いします。」
ぺこぺこ頭を下げながら出て行くと、「課長の足引っ張るんじゃないわよ」と言われた。
俺は振り返り、我が店の女傑たちを睨んだ。
「箕輪さん、美樹ちゃん。」
「何よ?」
「何ですか?」
「俺、今日の演説ビシっと決めたんだ。」
「知ってる、パソコンで見てたから。」
「うん、噛まずに喋ってましたね。」
「ちょっとは見直したでしょ?」
「まあね。意外とああいうのは得意なんだなあって。」
「けっこうハッタリとか上手いですよね。そういう意味じゃ感心しました。」
「なんだよそれ?カッコよかっただろ?」
「いや、全然。」
「だって私たち、普段の冴木さんを知ってますからねえ・・・。あの言葉を真に受けてもいいものかどうか・・・、」
二人は素っ気ない感じで言う。
絶対に褒めてもらえると思ったのに、「この〜・・・」と怒りが湧いてきた。
「・・・・ちょっとは褒めてくれえ!!」
子供みたいに地団駄を踏むと、「冗談よ」と二人は笑った。
「すごくカッコよかった、決まってたわよ。」
「うんうん、正直ちょっと見直しました。冴木さんもやる時はやるんだなあって。」
「ホントに?」
「嘘言うわけないでしょ。」
「カッコよかったです、すごく。」
「店長は?俺、カッコよかったでしょ?」
「・・・・嫁さん・・・・いつになったら帰って来てくれるんだろう・・・・。」
「ダメだこのおっさん・・・・。」
顔をしかめていると、「何してるの!」と課長に引っ張られた。
「ええっと・・・じゃあまた。」
手を振りながら、販売所を後にする。
課長の車に乗り込み、「で、今から祐希さんに会いに行くんですか?」と尋ねた。
「うん、もう連絡はしてるから。私の部屋に集合って。」
「か・・・・課長の部屋に!」
「前の事件のあと、すぐに家を出てマンションを借りたの。そこなら誰にも話が聞かれる心配はないから。」
「か・・・・課長の・・・お部屋・・・・、」
「ちょっとちらかってるけど我慢してね。」
「か・・・か・・・課長のお・・・・お部屋あ・・・・・、」
「冴木君?」
「つ・・・ついに・・・・ついに課長のお住まいに足を踏み入れるのか・・・・。ああ、タキシードくらい着てくればよかった!」
「何わけ分かんないこと言ってるの。選挙まであと一日しかないんだから、気を引き締めてよ。」
浮かれる俺をよそに、課長は車を飛ばす。
《課長のお部屋かあ・・・そんな聖域へいよいよ足を踏み入れる時が来たってわけだ。これ、けっこう前進してるんじゃないか?》
妄想病が加速して、「えへへへへ・・・」とにやけてしまう。
初めて遊園地に連れて行ってもられる子供みたいに、とろけそうなほど緩い顔になっていた。


            *


課長のお住まい、もとい女神の神殿は、七階建てのオートロック付きのマンションだった。
販売所からは一時間ほど離れた場所にあって、本社からもそう遠くない。
《課長、まだ家のことが気になってるんだな。お兄さんのこととか、お母さんのこととか。前の事件で色々あったから、まだ家族が心配で近くにいたいんだろうな。》
相変わらず優しい人だなと思いながら、オートロックのドアを潜る。
最近建ったばかりらしいけど、どこを見ても汚れ一つないくらい綺麗だった。
じろじろと周りを見渡しながら、課長の後をついて行く。
エレベーターに乗り込み、緊張しながら息をついた。
課長は無言のままボタンを押し、エレベーターが動き出す。
《二人きりの空間・・・・しかもこれから課長の部屋へ向かうわけで・・・・・。》
いらぬ妄想が加速して、男としての性が目覚めてくる。
《・・・・・いかんいかん!俺は何を想像してるんだ・・・・こともあろうに、課長で卑猥な妄想をするなんて!》
バチン!と頬を叩き、《課長をそういう目的で妄想してはイカン!》と戒めた。
戒めたけど・・・・でも俺だって男だ。
好きな人の部屋に初めて行くわけだから、やっぱりそれはもう・・・・・ねえ?色々とアレやコレやと浮かんでくるわけで。
《くっそ〜・・・・今日こんな事になるなんて分かってれば、タキシードとか花束とか、それに万が一に備えてアイツを財布に忍ばせておくとか・・・・、》
ひたすら妄想に駆られていると、「冴木君」と呼ばれた。
「は・・・はうあ!す、す、すみません!!」
「え?何が?」
「いや、その・・・・変な想像をしてしまいまして・・・・、」
「変な想像って・・・・何?」
「その・・・タキシードにアイツを忍ばせて、財布に花束を着せて・・・・、」
「何それ?」
「いえ、何でもないです・・・・・。」
「もう、しっかりしてよ。これからが正念場なんだから。」
課長は腕を組みながら「早く降りて」と言った。
「え?お・・・降りる?どこにですか?」
「エレベーターに決まってるでしょ。」
「え、あ・・・・はいはい!エレベーターね。はいどうも・・・・。」
いつの間にかドアが開いていて、課長は「もう・・・」とため息をついた。
「大丈夫かな、こんなことで・・・・、」
「大丈夫です!心配いりません!」
俺は鼻息荒くして、「それじゃ参りましょう!女神の神殿はどちらで?」と歩き出した。
「そっちじゃない、こっち。」
「ほほう、こちらに神殿が。ではアレですね、早く参拝せねば。」
「ほんとに大丈夫かな・・・・。」
また大きなため息が聞こえる。俺は《イカンぞ!》自分の妄想病を憎んだ。
《だからダメだって言っただろ!今日はそんなことしに来たんじゃないんだから!》
自分を叱り、頭から妄想を追い払う。
課長は「行き過ぎ」と俺の袖を掴み、「ここが私の部屋」と鍵を取り出した。
「ほお〜・・・・ここが女神の神殿かあ・・・・。」
「あのさ、さっきから神殿って何のこと?」
「決まってるじゃないですか!課長のお住まいのことですよ!」
「だから・・・・何でそれが神殿なのよ?」
「だって課長は女神じゃないですか!もしくは天使!」
「ちょっと!大きな声でやめてよ・・・・他の部屋にも人がいるんだから・・・・、」
課長は恥ずかしそうに周りを見渡す。でも俺は続けた。
「だって事実ですから!誰がなんと言おうと、課長は俺の女神なんです!だから例え火の中水の中・・・・、」
「もういいから!さっさと入って。」
慌てて鍵を開け、俺を中に押し込む。
《はうあ!ついに神殿へ・・・・・、》
課長はパチっと電気を点けて、「上がって」と入っていった。
「で・・・では!不肖冴木晴香・・・・神殿への参拝をば!」
ガチガチに緊張しながら、良い香りのする部屋へと足を踏み入れる。
丁寧に靴を揃えてから、一歩一歩踏みしめるように廊下を歩いた。
「おお・・・・ここが本殿か・・・・。」
廊下のドアの先には、明るいリビングがあった。
とても綺麗に片付いていて、これっぽっちもちらかっていない。
奥にはテレビ、その隣には机とノートパソコン。
中央には小さなテーブルとソファがあって、可愛らしいクッションもあった。
他にはアンティークな小物もあれば、意外なことに動物のぬいぐるみがたくさんあった。
「課長・・・・こういうのが好きなんですか?」
ぬいぐるみを掴むと、課長はニコリと微笑んだ。
「ああ、それ?私こう見えても大の動物好きなんだ。」
「そ、そうでしたか・・・・いやあ、初めて知りました。」
「犬と猫もいるよ。コロンとカレンっていうんだけど、今は実家に預けてるの。忙しくてお散歩にも連れて行ってあげられないから。」
「それはそれは・・・・。」
ゴクリと唾を飲みながら、じっと部屋を見渡す。
課長は「もうすぐ祐希さんも来るはずよ」と言って、キッチンへ向かった。
「お茶淹れるね、座ってて。」
「ああ・・・・はひ!」
緊張のせいで変な声が出てしまい、ちょこんとソファに座る。
「・・・・・・・・・・・。」
こんな時、超人的な記憶力の持ち主でよかったなと思う。
女神の神殿を、しっかりとこの目に焼き付けることが出来るから。
《ドアが幾つかあるな・・・・・。他の部屋に繋がってるのか?それとも押入れか何か?いやいや・・・・もしかしたらバスルームということも・・・・、》
また妄想が始まり、《だからダメだって!》と首を振った。
《そういうことを考えちゃいけないんだよ!そうやって空回りして失敗するんだから。今日は仕事の話!プライベートなことは頭から追い払え!》
またバチン!と頬を叩くと、ふとある物が目に入った。
・・・・・それは写真だった。
ノートパソコンの隣に、ハガキサイズの写真が立てられている。
オシャレなフレームに入っていて、ピースをする課長が写っていた。
「・・・・・・・・・・。」
俺はその写真から目が離せなかった。
だって・・・・課長の隣に、見たくないものが写っていたから・・・・。
「はい、どうぞ。」
課長がお茶を置き、「祐希さんもうすぐ着くって」とスマホを振った。
「後五分くらい。重要な情報を掴んだから、期待しててだって。」
課長は嬉しそうに言い、紅茶を一口飲む。
だけど俺は、沈んだ顔のまま項垂れていた。
課長が「どうしたの?」と心配そうに尋ねて、「どこか調子でも悪い?」と顔を覗き込んだ。
「もし体調が悪いなら、祐希さんが来るまで横になって・・・・、」
「課長・・・・あの写真・・・・、」
項垂れたまま、机の写真を指さす。
すると課長は「ああ、あれ!」と明るい声になった。
「あれ今年の初めに撮ったんだ。私の横に犬と猫がいるでしょ?あれがコロンとカレン。」
嬉しそうに言って、写真を持って来る。
「コロンはトイプードルのメス、カレンも綺麗な毛並みをしたメスなの。どう、可愛いでしょ?」
そう言って写真を見せられても、動物なんか目に入らない。
だって・・・課長の横には、一人の男が写っていたから。
それも仲良さそうに寄り添い、課長は満面の笑みをしている。
「あの・・・・この人って・・・・・、」
「ん?」
「これ・・・・もしかして・・・、」
「うん、そう。これが有川さん。」
「やっぱり・・・・。」
俺が一番聞きたくない名前、そして一番見たくない男の顔だった・・・・。

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