稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第二十六話 女神の家へ(2)

  • 2016.05.17 Tuesday
  • 09:50
JUGEMテーマ:自作小説
今日は俺の人生の中で、最も記念すべき日の一つだった。
なんと課長のお部屋・・・もとい女神の神殿に足を踏み入れたのだから。
だけどそこで、見たくない物が目に入った。
机の上に立てられた写真・・・・。そいつが俺の胸を締め付けていた。
課長はその写真を持って来て、ペットの自慢を始める。
でも俺は、ペットなんてどうでもよかった。
だって・・・この写真には、一人の男が写っていたから・・・・・。
「あの・・・・この人って・・・・・、」
「ん?」
「これ・・・・もしかして・・・、」
「うん、そう。これが有川さん。」
「やっぱり・・・・。」
俺が一番聞きたくない名前、そして一番見たくない男の顔だった・・・・。
だってこの人こそが、課長が思いを寄せている人だから・・・・・。
「私の一番の友達なんだ。今まで動物のことで何度か助けてもらって、それからすっごく仲良くなったの。」
「はあ・・・・。」
「それに犬のお散歩コースも同じだから、よく一緒に散歩するんだ。まあ最近は忙しかったから、あんまり会えてないんだけどね。」
「はあ・・・・・・。」
「あ、でも!この前励ましてもらったなあ。あの怪人に酷いこと言われて、河原で落ち込んでたの。そしたら有川さんが通りかかって、色々と悩みを聞いてくれて・・・・、」
「悩みを相談するほど・・・・・ですか?」
「ほんとは彼が来るのを期待してたんだけどね。でもいつもの散歩の時間じゃないから、会えないかなって諦めてたんだ。
でも来てくれた・・・・。有川さんは、私が困ってる時はいつだって目の前に現れてくれる。それで・・・・私を助けてくれるの。」
「俺も・・・・いつも課長の傍にいるつもりなんですけど・・・・・・、」
「彼に悩みとか不安を聞いてもらって、色々と励ましてもらった。そしたらすごく気持ちが楽になって・・・・。やっぱり有川さんは、私にとって特別な人。
他の誰でも代わりの利かない、すごく大切な人なんだ。」
愛おしそうにその写真を眺め、「また一緒にお散歩したいなあ」と呟いた。
・・・・・俺は項垂れたまま沈んでいた。
ノックアウトされたボクサーのように、立ち上がる気力すらない。
「あの・・・・課長は・・・・、」
どうにか顔を上げて尋ねると、まだ嬉しそうに写真を見つめていた。
「課長は・・・・やっぱり・・・その・・・・・、」
「ん?」
「その・・・・有川さんって人が・・・・・その・・・・、」
もごもご口ごもっていると、課長は「どうしたの?」と尋ねた。
「やっぱりどこか体調が悪い?」
「いえ・・・そうじゃなくて・・・・、」
「無理しなくてもいいよ。本当に辛いなら、今日は帰って休んで。」
「平気です・・・・・。」
「じゃあどうしたの?すごく辛そうな顔してるけど?」
そう言われて、俺は無理矢理笑顔を作った。
泣きそうな顔をしながら、「えへへ・・・」と声を出す。
「冴木君?」
「はは・・ははは・・・・課長は・・・やっぱその人が・・・・・、」
「?」
「その人のことが・・・・・好きなんですね・・・・・?」
無理矢理笑いながら尋ねると、課長はビックリしたように固まった。
「いや、だって・・・・前からよく聞かされるから・・・・その人のこと。」
「・・・・・・・・・・・。」
「だからやっぱり好きなのかなあと思って・・・・・、」
「・・・・・・・・・・・。」
「なんか課長・・・・・その人のことを話す時だけ、別人みたいだから・・・・。いつもみたいにビシっとした感じじゃなくて、ほんとにその・・・一人の女性っていうか・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「いや、いいんですよ・・・・答えたくないなら・・・・。別にわざわざ俺に答えるようなことでもないし・・・・・。」
そう言ってまた項垂れると、「好きだよ」と答えた。
「あ・・・・・、」
「冴木君の言う通り、私は有川さんのことが好き。」
「そ、それは・・・・・友達としてですか?それとも・・・・、」
「すごく大切な友達。」
「じゃあ・・・・・、」
「でも男性としても見てる。男の人としても・・・・彼のことが好きなんだ。」
「・・・・・・・・・・。」
何も答えることが出来ず、石みたいに固まる。
悲しみ?怒り?落胆?・・・・なんだかよく分からないけど、どうしようもないほど嫌な気持ちに満たされた。
「でも気持ちを伝えるつもりはない・・・・。だって彼には彼女がいるから。」
「そ、そんな・・・・・だって課長が好きなのに・・・・そいつは彼女なんか・・・・・、」
「出会った頃は彼女はいなかったみたいなんだけどね。でも私が好きになった時には、もう・・・・・、」
「そ、そんなの・・・課長なら遠慮することないですよ!相手が誰だろうと、課長の前なら霞んで・・・・、」
いったい俺は何を言ってるんだろう?
これは要するに、課長の恋は叶わないってことで、俺にとっては良いことのはずじゃないか。
それなのにどうしてこんなフォローをしてるんだろう?
自分でも分からないけど、でも多分・・・・課長の悲しむ顔が見たくなかったのかもしれない。
だから本当の気持ちとは裏腹に、「気持ちを伝えるべきです!」と言った。
「そ、そんなの・・・・相手に彼女がいようといまいと関係ないですよ。だって好きになったんだから!」
「・・・・・・・・・・・。」
「俺、そいつに言ってやりますよ!しょうもない彼女となんか別れて、課長と付き合えって。じゃないと一生後悔するぞって。」
「ありがとう・・・・でもそれは・・・・、」
「遠慮しないで下さい!だって俺、課長の為なら火の中水の中ですから!」
無理矢理笑顔を作り、「ね?」と頷く。
でも課長は首を振った。髪を揺らしながら、「そういうことじゃないの・・・」と言って。
「そうじゃない、そんな単純なものじゃなくて・・・・、」
「単純ですよ、恋なんて!だって要は、相手を好きか嫌いかってことなんだから。だから課長みたいな女神が言えば、その人だってきっと好きになってくれる・・・・、」
「だからそうじゃないの。私じゃ無理なのよ・・・・。」
課長は俺と同じように暗い顔になり、写真を撫でた。
「私には・・・あの二人の間に入ることは出来ない。」
「どうしてですか?課長以上に良い女なんてどこにも・・・・、」
「特別なのよ、あの二人は。あの二人にしか分かり合えなくて、あの二人だけが持ってる特別な絆があるの。だから・・・私にはどうやったって無理。
どう頑張っても、あの二人のようには・・・・・。」
課長の声は悲しく、余計に暗い顔になっていく。
俺は課長がよく話している有川とやらのことを思い出し、「もしかして・・・」と呟いた。
「それ・・・もしかして動物と話せる力のことですか・・・・?」
「うん・・・・。」
「てことは・・・・まさかそいつの彼女にもその力が・・・・、」
「うん・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あの二人は同じ力を持ってるの。こんな広い世界で、そんな力を持つ者同士が出会った。それってきっと偶然じゃないと思う。
あの二人は、動物の声を聞く為に生まれてきたんだわ。そしてその力で、動物を助ける為に出会った。だから誰よりも深い絆を持ってる。
そこに私の入る余地なんて・・・・。」
課長は声は切なく、辛い気持ちを我慢しているのが分かる。
俺はどうにか励ましてあげたかったけど、でも何も言えない・・・・。
だって俺だって暗い気持ちになってるから・・・・。
だから引きつった笑顔のまま、ゴクゴクと紅茶を飲み干した。
「あ、あの・・・・俺、余計なこと聞いちゃいましたね・・・・・。」
課長の方に身体を向け、「すいません!」と頭を下げる。
「こういうの・・・・ベラベラ聞くことじゃなかったですよね・・・。俺ってほんと無神経なもんで・・・・、」
「ううん、いいの。」
謝る俺に向かって、課長は首を振る。
そして「私だって・・・・冴木君のこと傷つけて・・・・」と呟いた。
「え?課長が俺を・・・傷つける?」
「ええと・・・ほら、その・・・・アレをくれたじゃない。」
今度は課長が口ごもり、恥ずかしそうに目を伏せた。
「ほら・・・その・・・・机の中に・・・・、」
「机の中?」
「・・・・だから・・・手紙をくれたでしょ?その・・・君の気持を書いた手紙を・・・、」
「手紙って・・・・・・ぬあああああああ!!」
俺は頭を押さえて絶叫する。
今の今まですっかり忘れていたことが、「手紙」の一言で蘇った。
「あ!あのですね!あれはですね・・・・その・・・・何と申しますか・・・・・、」
「ごめんね、今までぜんぜん君の気持に気づいてあげられなくて・・・・。」
「いえいえいえいえいえ!そんな滅相もない!こんなミジンコの抜け殻みたいな男の気持ちなんて、そんなもん気を遣わないで下さい!」
頭がパニックになり、「いやあ〜、課長が入れた紅茶は空になっても美味しいなあ!」と何もないカップを口につけた。
「ええっと・・・・・、」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・なんか・・・・暑いですね・・・・。上着脱いじゃおうかな。ついでにネクタイも。」
上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外す。ついでにシャツも抜いて、インナーだけになってしまった。
勢い余ってズボンまで脱ぎそうになり、《イカンぞ!》と手を止めた。
《これじゃ襲う気満々みたいじゃないか!落ち着け俺・・・・。》
空になったカップに口をつけ、「祐希さんまだなかな〜」とドアの方を見つめた。
すると課長が「ねえ・・・」と口を開いた。
「あ、はい!なんでございましょう!?」
「あの手紙に書いてあったことなんだけど・・・・、」
「ああ、はいはい!あの駄文でございますね!いえいえ、いいんですよ!課長には好きな人がいるわけで、もうあんなの破り捨てちゃって・・・・、」
「そうじゃなくて、その・・・・私が振り向いてくれないなら・・・・生きてる意味がないなんて・・・あれは本気なの?」
「へ?」
「だってそう書いてあったじゃない。僕の気持ちが伝わらないなら、生きてる意味なんてないみたいな・・・・。あれ、本気なの?」
課長は真剣な目で見つめる。
俺は空になったカップを持ちながら、「あ、あれはですねえ・・・」と目を泳がせた。
「ええっと・・・つまりですね、それくらいに課長のことを想っているということでありまして・・・・、」
「・・・・・・・・・。」
「いやいや!別にあれですよ!本当に死んじゃおうとかそんなこと考えてませんよ!そんなまさか・・・脅迫めいたラブレターなんて・・・・ねえ・・・・。」
視線が宙を彷徨い、ふと加藤社長の顔が浮かんだ。
《くっそ〜・・・・あの人余計なこと書いてくれやがってえええ!》
いくら課長を引き止める為とはいえ、そんな脅迫めいたようなラブレターを出すなんて・・・・ちょっとだけ怒りが湧く。
でもあの人のことは尊敬してるから、そんな怒りはすぐに消えた。
ていうか、多分俺にキッカケを与えてくれたんだと思う。
俺が何も行動を起こさないもんだから、ああいう過激なことを書いて、尻を叩いてくれたのかもしれない。
《でもなあ・・・・やっぱあのラブレターはダメでしょ。あれじゃ絶対に女の人は引くって・・・・。》
もう俺の恋は終わったと思いながら、また暗い顔になる。
すると課長は「ごめんね」と呟いた。
「いやいや・・・いいんですよ、課長には好きな人がいるんだから・・・、」
「・・・・・私はぜんぜん君の気持に気づかなかった。ずっと手の掛かる弟みたいにしか思ってなくて、まさかそんな風に私のことを見てたなんて・・・、」
「ああっと・・・・いや、課長が謝る必要は・・・・、」
「私・・・有川さんのことが好きで、だけど絶対に気持ちは届かないって知ってる。だから彼に会いたい気持ちはあるんだけど、会う度に辛くなるっていうのもあるの。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「でもそれって、冴木君も一緒だったんだよね・・・・。なのにいつも勝手なことに付き合わせて、危険な目にも遭わせて・・・・、」
「いやいや!むしろ俺が迷惑かけてるほうなんで、ええ!」
「冴木君よく言ってるじゃない。私の為なら、火の中水の中って。」
「ええ、もちろんですよ!課長の為ならどこへだって・・・・、」
「君は純粋で優しい子だから、人の為なら危険を顧みない。だから私だろうと箕輪さんだろうと、大切な人の為ならいつだって無茶をする。
そういう意味で、火の中水の中なんて言ってるんだと思ってた。でも・・・・違ったんだね。
そうやって気持ちを伝えようとしてくれてたのに・・・ただ君の優しさに甘えてばかりで・・・・。」
「あ、あの・・・・そんな申し訳なさそうにしないで下さい!そんなの俺が勝手に言ってるだけだから・・・・。」
課長の暗い顔を見るのが嫌で、「もうこんな話は終わりにしましょ!」と笑った。
「今は仕事の話ですよ。もうすぐ祐希さんだって来るだろうし、とにかくあの怪人のことを考えないと。」
どうにか笑顔になってほしくて、「暑いなあ・・・・もうズボンも脱いじゃおうかな!」と冗談を言った。
でも課長は顔を上げない。俯いたまま、「ほんとにごめんね・・・」と呟く。
「君はいつだって色んなものを背負って、みんなの為に頑張ってたのに・・・・。でも私、心のどこかで自分が一番辛いんじゃないかって思ってた。
それってすごく自分勝手なことなのに・・・・そう思う部分があって・・・・・。」
「課長・・・・。」
俺は立ち上がり、「元気出して下さい」と言った。
「俺、暗い顔した課長なんて見たくありません。だからその・・・・俺のことなんかで落ち込まないで下さい。
そんなんだったら、箕輪さんみたいに罵ってくれた方がマシです。」
「でも・・・・・、」
「好きな人に悲しい顔されるほど、辛いことはありませんから。ましてや俺のことで・・・・。」
頭を掻きながら、「笑ってる課長が、一番好きなんです」と言った。
「悲しいことや辛いことはあるだろうけど、でも・・・俺のことでそういう顔をするのは見たくないっていうか・・・・。
課長を苦しめるくらいなら、俺はあなたの目の前からいなくなった方がマシです。だから・・・・笑っていて下さい。」
自分でも何を言ってるのかよく分からないけど、でもそれが素直な気持ちだった。
課長の悲しむ顔なんて見たくなくて、いつだって笑っていてほしい。
だってこの人は俺の女神で、女神にはいつだって微笑んでいてほしいから。
その為に俺が邪魔になら、俺なんかいなくなったって構わない。
まだ気持ちは落ち込んでるけど、でも本気でそう思った。
「・・・・ありがとう、冴木君。」
課長はニコリと微笑み、ゆっくりと立ち上がる。
「君はいつだって真っ直ぐなんだね。誰かの為なら、自分が傷つくことさえいとわない。。」
「いや、そんなことは・・・・、」
「私ね、ずっと君のことを弟みたいに思ってた。だからいきなりあんな手紙を渡されて、ちょっと混乱してたんだ。」
「すいません・・・・。」
「だけど日に日に君が逞しくなっていくのは実感してた。手の掛かる弟から、みんなに頼られる立派な人になる。いつかそうなるんじゃないかって、今はそう思ってる。」
「あ、ありがとうございます・・・・。」
「だから・・・・その・・・・、」
課長は俯き、手をもじもじさせる。
俺は息を飲み、同じように手をもじもじさせた。
ベルトをカチャカチャといじり、不安と緊張を誤魔化す。
「時間を・・・・・くれないかな?」
課長はそう言って顔を上げた。
「今までは弟みたいにしか思えなかったから、急に男性として見るのは・・・・難しいかなって・・・、」
「そ・・・・そうですよね!こんな頼りない男・・・・、」
「そうじゃない!そうじゃなくて・・・・私の方も、心の準備が出来てないっていうか・・・・。」
そう言って俺の目を見つめ、「だから君さえよければ、時間をくれないかな?」と申し訳なさそうな顔をした。
「短い間に色々あり過ぎて、私も気持ちの整理がつかない・・・・。あ!でももし君に好きな人が出来たら、その時はぜんぜん私のことなんか気にしなくていいからね!」
「な・・・何を言ってるんですか!他の人を好きになんてなりませんよ!俺は・・・課長以外の人なんて・・・・・、」
緊張が激しくなり、さらにベルトをいじりまくる。
課長は俯き「今はこういう風にしか答えられなくて・・・・ごめん」と言った。
「あ、謝らないで下さい!俺、課長の為ならいつまでだって待ちますから!例えじいさんになろうが、墓の下に入ろうが・・・・ずっと待ってますから。」
「ありがとう・・・冴木君。」
髪を揺らしながら、小さく頷く課長。
俺は何て言っていいか分からず、「俺も・・・いつもありがとうごいます」と頭を下げた。
何を感謝しているのか分からないけど、でも黙っていることが出来なかった。
課長は可笑しそうに笑い、「これが終わったら、またデートしようか?」と尋ねた。
「ほ、ほんとですか!?」
「前の事件が終わった後もデートしたじゃない。だから私でよかったらまた・・・・、」
「行きます行きます!タキシードを着て花束を持って、白い馬に跨ってお迎えしに行きますよ。」
そう答えると、「それはやめてよ」と笑われた。
さっきまでの変な空気は吹き飛び、課長は笑顔になる。
《やっぱり課長には笑っていてほしい。この人の笑顔が俺の幸せなんだ。》
もじもじと照れながら、さらにベルトをいじる。
するとスルッとズボンが落ちてしまい、派手なチェックのパンツが剥き出しになった。
「あ・・・・・、」
「・・・・・・・・・・・。」
「は・・・はうああああ!!」
課長の前で醜態を晒してしまい、「す・・・すいません!」とズボンを上げる。
でも緊張して上手く穿けず、「くそ・・・」と焦った。
すると課長は「あはははは!」と笑い出し、目に涙を浮かべた。
「なんでズボンが落ちちゃうの!?ほんとに君といると嫌な気持ちも吹き飛んじゃう。」
「は・・・はうあああああわあわ・・・すみません!」
「君がみんなから好かれる理由がよく分かる。だってそこにいるだけで、周りを和ませるもの。」
「いや・・・違うんですよこれは!これはその・・・・・、」
課長はまだ笑っていて、俺は余計に焦ってくる。
早くこんな汚いものを隠さなければと思い、思い切りズボンを掴み上げた。
その時、勢い余って裾を踏んでしまい、「のわ!」とよろけた。
そして課長にぶつかって、押し倒すように倒れてしまった。
「きゃッ!」
「ああ、すいません!」
慌てて身体を起こすと、ふと課長と目が合った。
いくらわざとじゃないとはいえ、こんな姿で課長をソファに押し倒すなんて・・・・。
俺は慌てて「ごごごご・・・ごめんなさい!」と謝り、すぐに立ち上がろうとした。
でもまた裾を踏んづけてしまい、課長の上に倒れそうになる。
これ以上醜態を晒してはいけないと思い、慌てて手をつく。
でも慌てたせいか、課長の両手を押さえる形になってしまった。これじゃまるで、本当に押し倒したみたいに・・・・・。
「あ・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
目が合い、お互いに固まる。
すぐにどかないとと思うけど、でも課長の顔から目が離せなかった。
こんなに近くで課長の顔を見たのは初めてで、鼻が触れそうなほどの距離にいる。
あとほんの数センチ近かったら、それこそ唇が・・・・・。
俺たちは無言のまま、お互いに見つめ合う。
課長の目は真っ直ぐに俺を見ていて、瞳に俺の顔が映っている。
その目はすごく澄んでいて、胸の内を読み取ることが出来ない。
でも少なくとも俺の方は、胸に熱い何かが湧いていた。
なんていうか・・・・そう!天使と悪魔だ!
早くどかなければっていう思いと、自分でもどうしようもない熱い感情とがせめぎ合う。
もし・・・・もし俺がもっと年上の男ならば、理性が勝っただろう。
でも一番好きな人と、こんな近くで見つめ合う・・・・。
抑えられていた本当の気持ちが溢れ出し、「課長・・・」と呟いた。
「他の・・・・他の男なんて・・・付き合わないで下さい・・・・。俺が・・・いつだって傍にいます。いつだって守るし、いつだって笑顔にしてみせます。だから・・・・、」
そう言って息を飲みながら、抵抗出来ない力に襲われる。
ダメだ!と思いながらも、身体が勝手に課長の方へ向かう。
ほんの数センチ先にある・・・・課長の唇へ・・・・・。
きっと怒られるだろうと思いながら、ゆっくりと顔が近づいていく。
だけど課長は、逃げようとも突き放そうともしなかった。
ただじっと俺を見て、まったく表情を変えない。
そして顔が近づくにつれて、ゆっくりと目を閉じていった。
《今日・・・俺の記念する日になる。課長と・・・・最愛の女神と・・・・俺は結ばれて・・・・・。》
俺も目を閉じ、さらに顔を近づける。
唇に課長の吐息を感じ、もはや自分の意志で止めることは出来ない。
息遣い、体温、匂い・・・・愛しい人の全てがすぐそこにあって、あと少しで唇が触れる。
目を閉じていても、あとほんの数ミリで触れると感じていた。
だけどその時、ふと人の気配を感じた。
目を開け、慌てて身を起こす。
そして部屋の中をグルリと見渡すと、ドアの向こうに人影が見えた。
「・・・・・・・・・・。」
じっとその影を見つめていると、課長も身を起こした。
「ごめん・・・」と言いながら立ち上がり、よそよそしい感じて俺から離れていく。
「あの・・・俺・・・・、」
「ごめん・・・・ちょっと着替えてくるね。」
そう言って別の部屋へ行き、バタンとドアを閉じた。
「あ・・・・・、」
さっきまでの熱い感情はどこへやら。
急に寒い風に吹かれたように、頭が冷静になってきた。
「お・・お・・お・・俺は・・・・俺はなんということをおおおおおおお!!」
頭を抱えながら、「うおおおおお!」と叫ぶ。
《最低だ!何をしようとしてたんだ俺は!課長を押し倒して、その上強引に・・・・キスまでしようなんて・・・・。》
・・・・嫌われた・・・・。完璧にそう思った・・・・。
せっかく良い雰囲気で和んだのに、調子に乗ってキスなんてしようと・・・・。
「ああ・・・・もうダメだあ・・・・俺、絶対に嫌われた・・・・・。もうお終いだあああ・・・・・・。」
ソファに倒れ込み、泣きそうになってうずくまる。
するとガチャリとドアが開いて、「もうちょっとだったのにねえ」と誰かが言った。
「せっかく服を脱いで押し倒したんだから、あのまま最後までいっちゃえばよかったのに。」
「あ・・・・ああ・・・・・。」
俺は顔を上げ、ソファの傍に立つ女性を見つめた。
「ごめんね、鍵が開いてたから勝手に上がっちゃった。」
「・・・・・・・・・。」
「あ、でも覗く気はなかったのよ。気を悪くしないでね。」
「ゆ・・・・祐希さあん・・・・・・。」
顔から火が出るほど恥ずかしくなり、両手で覆う。
「顔より下を隠したら?パンツ丸出しよ。」
情けないこの恰好を見て、祐希さんは可笑しそうに笑う。
俺はもじもじと足を動かしながら、「勘弁してよもう・・・・」と嘆いた。

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