稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第二十七話 怪人の素顔(1)

  • 2016.05.18 Wednesday
  • 10:58
JUGEMテーマ:自作小説
課長の部屋で、三人の人間が向かい合っている。
俺、課長、そして祐希さん。
ここへ来てから色々なことがあった。
課長の好きな人への思い、俺の課長への思い、そして・・・・キス寸前までいったこと。
しかもそのほとんどを、祐希さんに見られていた。
意地悪なこのフリーカメラマンは、ドアに隠れながら俺たちの成り行きを楽しんでいた。
さすがの課長もムっときたのか、祐希さんと目を合わせようとしない。
三人の間には重い空気が流れ、淹れ直した紅茶もすっかり冷めていた。
「その・・・ごめんね二人とも。本当に覗く気はなかったのよ。」
祐希さんは申し訳なさそうに言う。特に課長に対しては気を遣っていた。
「だって若い二人があんなことになってたらドキドキするじゃない?だから・・・ちょっとね、気になっちゃって。」
すまなさそうに言うけど、その口調はあっけらかんとしていた。
《やっぱ覗いてたんじゃないか!》
冷めた紅茶をズズっとすすり、課長の顔色を窺う。
さっきからずっと俯いていて、怒ってるか沈んでるのか分からないような表情だった。
《俺・・・ほんとバカだな。課長には笑っていてほしいなんて言いながら、どうしてあんなことを・・・・。》
もしタイムマシンがあるなら、十分ほど過去に戻ってやり直したい。
でもどうやったって過去は変えられないので、気まずい空気を背負うしかなかった。
祐希さんは何度も課長に話しかけているが、ちっとも返事をしない。
それどころか余計に俯いてしまうだけだった。
「・・・・・・・・・・。」
困ったように肩を竦める祐希さん。そして俺に向かって「何とかしてよ・・・」と小声で言った。
「こうなったのも、元はといえば君の責任でしょ・・・・。」
「なんで俺なんですか・・・。祐希さんが覗いてたのが悪いんでしょ・・・・・。」
「あんな状況になってたら・・・・誰だって覗くわよ・・・・。君だってそうでしょ・・・・?」
「まあ・・・・そうかもしれないけど・・・・・。」
「とにかくこのままじゃ話が出来ない・・・・・どうにか翔子ちゃんの機嫌を直して・・・・・。」
そう言って腕を組み、我関せずという感じで宙を見つめる。
《なんて勝手な人だ・・・・まったく。》
冷めた紅茶をすすりながら、課長の顔を見つめる。
「あの・・・・さっきはそのお・・・・・。」
声が上ずり、祐希さんに睨まれる。
「ほら・・・・ちゃんと謝って・・・・・。」
《くそう・・・・あんただって責任があるんだぞ。》
そう言いたい気持ちを抑えながら、「その・・・さっきはすいませんでした」と頭を下げた。
「課長には笑顔でいてほしいなんて言いながら、いきなりあんなことを・・・・・本当にごめんなさい。」
なんだか子供みたいな謝り方になってしまい、自分でも恥ずかしくなる。
「俺・・・・課長を嫌な気分にさせちゃいました・・・・。だからもし怒ってるなら、好きなだけ罵って下さい。」
恐る恐る顔を上げると、課長はほんのわずかにこっちを見た。
でもすぐに目を逸らし、また俯いてしまった。
《ああ〜・・・・やっぱもうダメだあ・・・・完全に嫌われた・・・・。》
がっくりと項垂れ、何も言うことが出来なくなる。
祐希さんは「ちょっと・・・」と肘をつついてくるけど、もはや謝る気力さえ湧いてこない。
《俺は最低だ・・・・最低のクソ野郎だ・・・・。課長をこんなに悲しませるなんて・・・・。》
今日はもう帰ろう・・・・そう思った。
怪人のことなんてどうでもいいくらいに、課長を傷つけてしまったことがショックだった。
ゆっくりと立ち上がり、ペコリと頭を下げる。
のたのたと歩きながら部屋を出て行こうとすると、「待って」と課長が言った。
「ごめん・・・・さっきのことを怒ってるんじゃないの。」
そう言って俺の傍へ来て、「冴木君が悪いんじゃない」と首を振った。
「ただ自分が情けなくて、嫌になっただけだから・・・・。」
「自分が・・・・?」
課長は小さく頷き、「さっきのはわざとじゃないでしょ?」と尋ねた。
「たまたま冴木君が転んだだけで、だから何も悪くない。悪いのは私。だってもしあのままだったら・・・・、」
「・・・・・・・・・・。」
「勝手だよね、有川さんが好きだとか、君のことをまだ男性として見られないなんて言っておきながら、成り行きにまかせてあんなことになろうとした・・・・。馬鹿みたい。」
「そんな・・・・、」
「私、何やってんだろうって・・・・。仕事でも恋愛でも、いっつも空回りしてばっかり。自分が一番辛いなんて思い込んで、結局何でも逃げてるだけ。
これだと思ったことを、一度も成し遂げたことなんてない・・・・。きっと私が一番情けない。」
そう言って俺の腕を掴み、「だから謝るのは私の方・・・ごめんね」と俯いた。
「今から怪人のことを話し合わなきゃいけないのに、全然関係のないところでへこんで・・・・。」
「課長、そんなに自分を責めないで下さい。その・・・・さっきのは本当に・・・・、」
「うん、分かってる。だから・・・・話すべきことを話し合おう。今やらなきゃいけないのは、あの怪人をどうするかって話し合うことだから。」
そう言って俺の腕を引っ張り、「怪人のことが終わったら、ちゃんと君に向き合う。だから今は・・・・」と顔を上げた。
俺は「はい」と頷き、課長と一緒にソファに戻る。
すると祐希さんが「前よりグッと距離が近くなったわねえ」とニヤニヤした。
「いいものよね、若い頃の恋は。」
「からかわないで下さい。俺と課長は真剣なんです。」
「からかってなんかいないわ。だって私は君たちの恋を応援してるもの。」
そう言って「翔子ちゃん」と笑いかけた。
「気を悪くさせちゃってごめんね。」
「いえ、そんな。」
「まあ若いうちは色々あるわよ。そういうのを経験して大人になっていくもんよ。」
課長は小さく頷き、「じゃあ話を始めましょうか」と表情を変えた。
仕事をしている時みたいに、ビシッと緊張感のある顔になる。
俺も気を引き締め、ビシッと背筋を伸ばした。
「祐希さん、怪人のことで何か情報を掴んだって言ってましたよね?」
課長が尋ねると、「まあね」と頷いた。
「冴木君から聞いてると思うけど、私の弟子だった子がフリージャーナリストをやっててね。性格はクセがあるんだけど、腕は一流なのよ。
それにあの怪人とも面識があるから、すぐに情報を掴んでくれたってわけ。」
そう言ってバッグの中から大きな封筒を取り出した。
「ここにあの怪人に関する資料があるわ。」
封筒を開け、中から写真と書類を取り出す。
写真は全部で三枚あって、書類はクリップで留められていた。
それをテーブルの上に並べ、「まずは写真を見てほしいの」と言った。
俺と課長はじっと写真を覗き込む。
三枚並べられた写真には、右から女、男、そして車が映っていた。
「この男と女の写真・・・もしかして怪人ですか?」
そう尋ねると、祐希さんは「違うわ」と答えた。
「それはあの怪人のせいで亡くなった人よ。」
「な・・・・亡くなった?」
「ええ。どっちも怪人の詐欺に引っかかってね、多額の借金を背負わされたの。」
「じゃあ・・・もしかしてそれを苦にして・・・・、」
「自殺した。」
「・・・・・・・・・・。」
「あの怪人元々は詐欺師なのよ。会社を乗っ取るようになったのはその後ね。」
「詐欺師・・・・。」
「個人を騙してお金を取るより、会社を乗っ取った方が儲かると思ったんでしょうね。」
「なんて酷い奴だ・・・・。人を自殺にまで追い込むなんて・・・・。」
「写真の被害者は結婚詐欺に遭ってたそうよ。」
「結婚詐欺・・・。」
「怪人は男にでも女にでも成りすます。時には性転換手術までやってね。」
「そこまでして人を騙すんですか?」
「そこまでやるから騙されるのよ。上手いこと言って近づいて、嘘八百で人を騙す。そして時には病人を装い、時には夢を追う好青年を演じて、多額のお金を貢がせるの。
相手は完全に騙されてるから、怪人の為にいくらでも尽くそうとする。その結果、借金まみれになるってわけよ。」
「なんて汚いやり方だ。人の善意を踏みじるなんて・・・・。」
「それが詐欺ってものよ。」
俺は写真に写った被害者を見つめ、「この人たち・・・・自分が騙されているのを知らないまま亡くなったんですか?」と尋ねた。
「いいえ、知ってたわ。ていうか知ったからこそ自殺した。」
「・・・・・・・・・・。」
「多額の借金に苦しんではいたけど、でもそれは全て愛する人の為にしたこと。だからどうにか頑張って返そうとしてたみたい。
でも周りにお金のことを相談しているうちに、それは詐欺なんじゃないかって言われたみたいでね。
だからまさかと思って警察に行ったら、怪人と呼ばれる詐欺師がいることを知った。」
「・・・・・・・・・・・。」
「そいつの手口や言動から、ほぼ怪人で間違いないだろうって言われたみたい。だから借金は騙されて背負ったものだと知った。」
「悔しかっただろうな・・・きっと。」
「でしょうね。でも一番の問題はお金じゃない。心を傷つけられたことよ。あんなに愛していたのに、それはただ詐欺師に騙されていただけだった。
それを知った時のショックは、言葉じゃ言えないものだったでしょうね。」
「大切な人に裏切られたら、ショックを受けない方がおかしいですよ。ほんとに悔しかっただろうな。」
「それに加えて借金もあるから、余計に参ったでしょうね。裏切られた心の傷と、多額の借金。どちらか一つなら耐えられたかもしれないけど、二つ重なると・・・・、」
「もういいです・・・それ以上は・・・・。」
俺は写真を見つめながら、改めて怪人の卑劣さを憎んだ。
《傷ついているのは加藤社長だけじゃない。他にも大勢の人があの怪人のせいで・・・・。》
眉間に皺を寄せながら、あのクレーマーの婆さんを思い出す。
あれだって本当の顔じゃないはずで、仮面の下でクスクス笑ってたに違いない。
そう思うと、今すぐぶん殴ってやりたいほど腹が立った。
「被害者のご両親に会って、色々と話を聞いてきたわ。そして息子さんや娘さんが、あの怪人と付き合ってる頃の写真を見せてもらった。
どの写真も幸せそうな顔でね、見てる方が辛くなったわ。」
祐希さんも眉を寄せ、写真に手を伸ばした。
摘まんだのは車の写真で、真剣な目でそれを見ている。
「アルバムの写真を眺めて、どうにかあの怪人の尻尾を掴む物はないか探してみた。すると・・・・この一枚があったわけよ。」
そう言って俺たちの方に車の写真を向けた。
「ここに重要な物が映ってる。何か分かる?」
写真を突きつけ、小さく振って見せる。
俺は顔を近づけて、まじまじとその写真を眺めた。
「これ、どっかの庭で撮ったやつですか?」
「そうよ。後ろに民家が映ってるでしょ?それに周りには植え込みもあって、その近くには門もある。」
「なら被害者の家の庭ってことですか?」
「男性の被害者の方ね。でも周りの景色は重要じゃない。この車を見てほしいの。」
「赤い車ですね。形からしてスポーツカーっぽいですけど・・・・。」
「被害者の車よ。これでよくドライブに行ってたみたい。」
赤い車は中央にデカデカと写っていて、しかもフロントを強調するようなアングルだった。
「これ、車を自慢してる感じですね。なんかカッコよく撮ってる。」
「被害者の男性は車が好きだったみたい。アルバムに何枚も写真があったわ。」
「う〜ん・・・確かにカッコいい車だけど、別におかしな所はないような・・・・、」
「何枚もあった車の写真の中で、これだけ他と違う部分があったのよ。」
「そう言われても車のことは詳しくないからなあ・・・・。」
「車の知識なんていらないわ。よく目を凝らせば分かるはずよ。」
祐希さんはさらに写真を近づける。
俺は目を凝らしながら、「どっか変な所があるかな・・・」と首を傾げた。
すると黙って見ていた課長が、「もしかして・・・」と呟いた。
「冴木君、ここ見て。」
そう言って車のフロントガラスを指さした。
「ここ、映ってる・・・・・。」
「映ってるって・・・・何がですか?」
「顔よ。人の顔が映ってる。」
俺は課長の指さした所に目を凝らした。
すると確かに人の顔が映っていた。
フロントガラスに反射して、斜めを向いた顔が見える。
「ほんとですね、人が映ってる・・・・。」
「この顔は被害者のものじゃないわ。だって女の人だもの。」
「ですね・・・。しかも恐ろしく地味な顔してる。」
「それだけじゃない。なんかこの顔変よ。まるで左右が別人みたい。」
そう言われて、じっとフロントガラスの顔を睨んだ。
すると課長の言う通り、顔の左右で違和感があった。
斜めのこちらを向いている顔は地味なのに、その反対側はすごく美人だった。
まるで二つの顔が一つにくっ付いているように。
「なんなんだこれ・・・・気味が悪いな。」
「顔の真ん中あたりから変わってる。いったいどうしてこんな風に映ってるんだろう?」
「まさか・・・・お化けとか?」
「そんなわけないでしょ。きっと何か理由があるのよ。」
課長は目を凝らし、「なんでこんな風に・・・」と眉を寄せる。
すると祐希さんが「メイクが剥がれてるのよ」と答えた。
「メイク?」
「そう、メイクがね。」
「でもメイクが剥がれたって、普通はこんな風にはならないわ・・・・。」
「普通のメイクならね。だけど特殊メイクならどうかしら?例えば映画で使うような、別人みたいに変わるメイクなら。」
「別人みたいに・・・・・ああ!」
課長は声を出して驚く。
「そうか・・・これってあの怪人の・・・・、」
「その通り。素顔よ。」
祐希さんはテーブルに写真を置き、トントンと叩いた。
「この写真を撮ったのは被害者の男性。そしてその近くには婚約者がいた。」
「でもその婚約者は詐欺師・・・・。顔を変えたあの怪人。」
「どういう理由でメイクが剥がれたのかは知らないけど、バッチリ映ってるわ。」
「でもこれ・・・・本当に怪人だっていう証拠は?」
「あるわ。被害者のご両親に、この写真を見て確認してもらったから。そうしたら、メイクが剥がれていない方の顔は、確かにあの詐欺師だって頷いた。」
「ならやっぱりこれが・・・・。」
課長は息を飲み、「これすごいですよ!」と言った。
「だってこの写真、あの怪人の素顔が映ってることになる。」
「そういうこと。」
「じゃあ怪人の素顔がバレたも同然ですね。」
「これだけでも大きな手掛かりでしょ?」
祐希さんは写真を振りながら笑う。
でも俺は納得のいかないことがあった。
「ねえ祐希さん。あの怪人、すごく用心深い奴なんですよ。」
「みたいね。しかも狡猾いみたいだし。」
「そんな奴が、うっかり素顔を見せますかね?それも写真に写るようなヘマをするなんて・・・・。」
「君の疑問はもっともね。だけどこうは考えられないかしら?」
祐希さんはそう言って、顔の半分を隠した。
「被害者は車の写真を撮っていた。だからレンズは怪人の方を向いていない。となると、怪人は自分が写るなんて思わないわよね?」
「そうですね。けどそれでも・・・・、」
「それとこの写真、素顔の方がフロントガラスを向いている。それはつまり、被害者の方にはメイクをしている顔を向けているってことよ。」
「それは二人の立ち位置によるんじゃないですか?もし怪人が被害者の男性より後ろにいたら、振り返った時に気づかれちゃいますよね?」
「そうね。でも被害者はこの時点では詐欺に引っかかってることに気づいてないわ。怪人が彼の元から消えて、しばらく経ってから気づいたんだもの。」
「でも普通なら気づかれるんじゃないですか?だって顔の半分が別人みたいになってるんですから。」
「それはこの写真を見たから言えることよ。ずっとメイクしている方の顔を向けていれば、気づかれることはないでしょ?」
「いや、そんなの無理なんじゃ・・・・、」
「無理じゃないわ。被害者の男性は車を撮ることに集中してるから、怪人の方をじっくり見てない。ならその間に帰ってしまえば、気づかれることはないわ。」
「でもずっと一緒にいたわけでしょ?だったら車の写真を撮る前に、すでに気づかれてるはずだと思いますけど。」
「それは君の仮定でしかないわ。実際にはいつメイクが剥がれたのか分からない。彼が写真を撮り始めた後かもしれないわ。」
「それこそ祐希さんの仮定じゃ・・・・、」
「現に被害者の男性は、この時点では詐欺に遭っていることに気づいていない。怪人が彼の元から去り、借金だけが残り、その時にようやく騙されていたんじゃないかって疑い始めた。
そして警察に相談に行って、怪人の話を聞かされたわけ。」
「う〜ん・・・・確かにそうだけど・・・・。」
「この写真の時点でメイクが剥がれていることに気づいてるなら、もっと早くに疑問を持ったはずよ。でも実際には、怪人が彼の元から消えるまで疑問を持たなかった。
となると、やっぱりこの時点では気づいていないのよ。」
「そう・・・・なのかな。」
「君の言う通り、怪人は用心深い奴よ。でもうっかり油断して、素顔を曝け出してしまった。しかも写真に写るなんてヘマをしてね。」
祐希さんは自信たっぷりに言い切る。
俺は釈然としなかったけど、これ以上反論出来なかった。
「納得がいかないのも分かるわ。けどね、この写真は15年以上も前のものなの。」
「15年も前・・・・・。」
「そう考えるとね、この頃の怪人は、まだそこまで完璧にメイクを使いこなせなかったんじゃないかって思うのよ。
それが月日を重ねるうちに、どんどん磨かれていった。決して以前のようなヘマはしないと、より注意深くなったのかもしれないわ。」
「なるほど・・・・経験を踏まえて上達したってわけか。」
「確証はないわ。でもそう考えるのが自然だと思う。それにこの写真に写ってるのが怪人じゃないとしたら、いったい誰なのって話よ。
だって顔の左右が別人だなんて、普通はあり得ないでしょ?」
「そうですね。確かにそんな奴はいません。」
祐希さんの説得に納得してしまい、「やっぱこれが怪人の素顔なのか」と見入った。
見れば見るほど地味な顔で、こういう顔なら誰の印象にも残らない。
それに地味な顔ほうが、確かに顔は変えやすいかもしれない。
俺が納得していると、課長が「そっちの書類は?」と尋ねた。
「それも怪人に関することなんでしょう?」
「もちろん。こっちは女性の被害者に関することよ。」
薄い書類の束をパラパラ捲り、「これは被害者とのメールのやり取りを印刷したもの」と言った。
「男の方が怪人、女が被害者ね。ここにも気になることが残ってる。」
そう言って俺と課長に書類を向けた。
「読んでみて。」
課長は書類を受け取り、じっくり読んでいく。
俺も横から覗き込み、メールの文章を追った。
《いよいよ来月が式だね。》
《式場とか決めるのにけっこう手間取ったけど、いい所が予約出来てよかった。》
《高いけどね(笑)でもその分呼ぶ人数は絞って、お金はかからないようにしたし。》
《由実は友達多いもんね。本気出せば100人以上来るんじゃないの?》
《そんなに呼んでも意味ないよ(笑)本当に親しい人だけで充分。》
《真由は優しいね。本当は俺にほとんど友達がいないから、気を遣ってくれたんだろ?》
《そんなことないよ。なんなら優斗と二人だけの式でもよかった。お父さんに反対されなかったらね(笑)》
《父親にとって、娘の結婚式は特別なもんだと思うよ。俺は幼い頃に親を亡くしたから、由実が羨ましい。》
《大丈夫!もうすぐ家族が増えるから。》
《そうだね。俺、由実と家族になるんだよね。》
《ずっと傍にいるからね。優斗はもう一人ぼっちじゃないよ。》
《ありがとう・・・由実と出会えてよかったよ。》
《これから始まるんだよ。二人の人生が。きっと新しい家族だって増える。》
《由実は子供好きだもんね。最初は男の子がいい?それとも女の子?》
《どっちでもいい。だって子供は神様からの授かりものだから、男とか女とか関係ないから。》
《そうだね。もし俺たちの子供が出来たら、大事に育てようね。》
《うん!きっと幸せな家族になるよ。二人でがんばろ!》
《そうだね。でも俺・・・・ちょっと自信ないんだ。》
《どういうこと?》
《ほら、俺ってずっと親がいなかったから、ちゃんと育てられるかなって・・・・。それがすごく不安でさ。》
《そんなの平気よ。だって優斗は優しいから。子供が出来たら、たくさん愛情を注ぐと思う。それに優斗一人で育てるんじゃなくて、私と一緒に育てるんだから。心配しないで。》
《そうだね。俺、いっつも由実に励まされてばっかりだ。きっと結婚してからも迷惑をかけると思うけど、見捨てたりしないでくれよ。》
《そんなの今に始まったことじゃないじゃん(笑)優斗はおっちょこちょいだし、子供みたいに拗ねちゃう時もあるし。でも優斗のそういうところが好き。》
《それ褒めてる?》
《うん、一応(笑)》
《なんか馬鹿にされてるように思えるなあ(笑)》
《だって優斗ってすぐにオシッコいくじゃない。我慢出来ない〜って感じで(笑)》
《昔っからトイレが近いんだよ。おねしょもよくしてたし。》
《しかも絶対に一人で行きたがるよね。けっこう長いこと出て来ないし。》
《なんか残尿感がね(笑)》
《おじさん(笑)》
《もう更年期だよ(笑)》
《しかもなぜかトイレから出てきたらお肌のノリがよくなってるし。もしかして化粧直しでもしてるの(笑)》
《まさか。スッキリして気持ちよくなっただけだよ。オシッコ溜めてると肌にも悪いから。》
《それ男の人のセリフじゃないよね(笑)》
《由実より俺の方がピチピチだぞ。》
《ピチピチって言い方じたいがおじさん臭いから(笑)まだ28なんだからもっと若々しくしようよ(笑)》
メールを読み終え、「これ・・・」と呟いた。
「確かに気になりますね。」
そう言って課長の方を向くと、「そうだね」と頷いた。
「よくオシッコへ行くって書いてあるけど、それって・・・・、」
「きっとメイクを直してるんですよ。だってほら、長いこと出て来ないって書いてあるし。」
「だったら祐希さんの言うとおり、この頃はメイクが完璧じゃなかったのかもね。だから頻繁に直さないといけなかったんだわ。」
「そう考えると、さっきの写真も頷けますね。あれも途中でメイクが剥がれてきて、そこをたまたま撮られちゃった。」
「油断してたんだね、きっと。」
「素顔が分かっただけでも大きな収穫ですよ。あの顔・・・しっかりとこの目に焼き付けましたからね。もし見つけたらすぐに気づくと思います。」
「冴木君の記憶力、役に立ちそうだね。」
「はい。だってあの顔、すごい地味だったから。普通なら誰の印象にも残らないだろうけど、俺の場合はそうはいきません。
頭の中にカメラがあるのと一緒ですから。もし見つけたら絶対に分かるはずです。」
そう言って頷き、「一歩前進ですね」と笑いかけた。
すると祐希さんが「分かってないわね」と言った。
「何がです?怪人の素顔はもう分かって・・・・、」
「そうじゃなくて、そのメールの本当の意味よ。」
「本当の意味?」
「メイクがどうこうの部分はどうでもいいの。だってそんなの、こっちの写真ですでに分かってることなんだから。」
そう言って車の写真を摘まみ、ゆらゆらと振った。

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