稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十話 信頼を胸に(2)

  • 2016.05.21 Saturday
  • 12:49
JUGEMテーマ:自作小説
翌日、選挙の準備の為に本社へ行った。
時刻は朝の7時で、あくびをしながら候補者が集まる会議室へ向かう。
《昨日は一晩中あの怪人を見張ってたからなあ。眠くて仕方ないよ・・・・・。》
病院から出た後、課長と二人で怪人のマンションを見張っていた。
十二回建てのとても大きなマンションで、金持ちしか住めないような高級感がバリバリだった。
当然警備も厳重で、オートロックだけでなく守衛までいる始末。
だから中には入れず、車から様子を窺っていた。
怪人の部屋は最上階の真ん中。
電気が点いているので部屋にはいるんだろうけど、カーテンを引いているから中の様子は分からない。
一晩中見張っていたけど、一歩も外へ出て来ることはなかった。
課長はマンションに出入りする人間に注意していたけど、怪しい奴はいなかった。
だから結局、何の成果もあげられなかった。
《まあ当然だよな。警察だって何日も張り込みとかするんだろうし、一晩見張ったところで何か分かるわけないよな。》
本社の長い廊下を歩き、エレベーターに乗る。
五階のボタンを押し、扉が閉まるのを待っていると、「よう」と伊礼さんが走って来た。
「ああ、おはようございます・・・・。」
「眠そうだな。朝は苦手か?」
笑いながら中に入ってきて、ドアのボタンを押す。
エレベーターは上に向かって動き出し、俺は階数の表示を見上げた。
「一晩中見張ってて、全然寝てないんですよ・・・・・。」
「けっこうキツイもんだろ?張り込みってのは。」
「ええ、まったく・・・・。」
「俺も探偵時代はよくやったよ。張り込みと尾行、この二つが基本だからな。」
「警察とか探偵の大変さがよく分かりましたよ・・・・。しかも何の情報も掴めなかったし。」
「当たり前だ。一晩で何か分かるなら苦労はしないさ。」
伊礼さんは小さく笑い、「俺の方は収穫があったぞ」と言った。
「収穫?あの怪人のことが何か分かったんですか?」
「まあな。」
笑いながら頷き、「もっと小声で喋れ」と言われた。
「どこで聞かれるか分からない。」
「すいません・・・。」
エレベーターのドアが開き、「歩きながら話すよ」と言う。
「何かあいつの正体に繋がることが分かったんですか?」
そう尋ねると、「名前が分かった」と答えた。
「ほ・・・・ホントですか!?」
「声がデカイ。」
「ああ、すいません・・・・。」
会議室までの廊下を歩きながら、「で・・・どんな名前で?」と尋ねた。
「糸川百合だ。」
「百合?それ女の名前じゃないですか。」
「ああ、奴は女だ。」
「でもあのメールじゃ、奴は男だって・・・・・、」
「俺もそう思ってたんだが、どうも違うようだ。」
そう言って「こっちで話そう」と廊下を曲がった。
そして誰もいない部屋のドアを開け、小さく手招きをした。
「あの・・・・あいつが女だって本当なんですか?」
「ああ。」
伊礼さんはドアを閉めながら頷く。
近くのテーブルに腰掛け、「俺もてっきり男だと思ってたんだがなあ」と呟いた。
「あのメールの内容から考えると、男で間違いないと思ってた。」
「俺もそう思いましたよ。課長の説明を聞いて。」
「だから昔の伝手を頼って調べたんだ。そうすると、俺たちは大きな誤解をしていることに気づいた。」
「誤解?」
「あのメール、女の方が被害者だと思ってただろう?」
「ええ。」
「でも実は男の方も被害者だったんだ。」
「・・・・・・はい?」
思わず首を傾げ、「どういうことですか?」と眉を寄せた。
「だってあのメールの女性は自殺したんでしょう?」
「ああ。」
「なら被害者はやっぱり女性じゃないですか。」
「そう、被害者は女性だ。しかし男性の方も被害者なんだよ。」
「・・・・・?まったく分かりません。」
タコみたいに顔をしかめると、「いいか?」と指をさされた。
「あの怪人は、一人二役を演じてたんだよ。」
「一人二役?」
「実は昨日、昔の探偵仲間だった奴に連絡を取ってな。もう一度被害者の家族に会いに行ってもらったんだ。」
「あんな夜遅くからですか?」
「こういうのは迅速な行動が肝心なんだよ。そいつは俺の頼みを受けて、被害に遭った二人の実家へ行った。
すると女の被害者の両親が、気になることを口にした。」
「何です?」
「娘を騙した男を、あの後何度か見たって言うんだ。」
それを聞いて「ほんとに!}と叫んだ。
「だから声が・・・・、」
「すいません・・・・。」
「俺の知り合いはその話を聞いて、一晩中その男を捜してくれたよ。そしたらなんと、すぐ隣の街に住んでやがった。」
「そんな近くに・・・・。」
「俺も聞いた時はビックリしたよ。俺の知り合いはその男に話を聞こうとした。でも何も喋りたくないの一点張りだ。」
伊礼さんは腕を組み、今時珍しい禁煙パイプを咥えた。
「男は何も喋ろうとしなかったが、ちょっと小遣いを渡すとベラベラ話し始めたらしい。」
「なんか賄賂みたいですね・・・。」
「情報を提供してくれる相手に、多少の小遣いをやるだけだ。ちょっと豪華なランチが食える程度だが、口を噤む相手にはけっこう効果的なんだぞ。」
「へえ〜・・・。で、その男は何を喋ったんですか?」
「俺も詐欺に遭ってた。あいつも俺も騙されてたんだ・・・・・。そう言ったそうだ。」
そう言って禁煙パイプを揺らし、タバコを吸いたそうに唇を動かした。
「被害に遭ってたのはその男も一緒なんだ。」
「そこが分からないんですよ。どうして二人とも被害者なのか。」
「男はその女と結婚する気でいた。式の日取りも決めて、あとはみんなに祝福されるのを待つだけだった。
でもある日突然、女は別れを告げてきた。もうあなたに会うことは出来ないと言って。」
「どうして?」
「決まってるだろ?その男も怪人に騙されてたからだ。」
禁煙パイプを俺に向けながら、「怪人は男と女、両方を演じてたんだよ」と言った。
「奴はあるカップルに目を付け、そこから金を騙し取ろうと企んだ。一人を騙すより、二人を同時に騙した方が稼げるからな。」
「それはそうだけど、でもカップルを同時に騙すなんて・・・・、」
「出来るさ、顔を変えれば。奴はある時は男に化けて女に会っていた。またある時は女に化けて男に会っていた。」
「いや、それは無理があるでしょ。いくら何でも気づかれますよ。声だって違うだろうし、体形だって違うし。」
「その疑問はもっともだな。でもあいつは狡賢い。その辺はちゃんと考えてたみたいだ。」
「どんな風に?」
「いいか冴木。人間ってのは、まず相手の顔を見るんだ。」
「はい。」
「最初に顔を見て、その後に他の部分もざっと見る。そしてまた顔に戻る。これが初対面の人間に対する視線の動きだ。」
「ええ。」
「でもって、次から会う時は顔しか見ていない。だから顔さえ同一人物なら、まず別の人間と疑われることはない。」
「いや、でも声とか体形とか・・・・、」
「体形なんざ服で誤魔化せる。」
「・・・・でも身長とか無理なんじゃないですか?そこまで変わってたら気づくでしょ?」
「怪人は女だ。おそらく身長は男ほど高くはない。だから男役を演じる時は、シークレットブーツで誤魔化してたんだろう。」
「でも声は無理でしょ?異性の声マネなんてすぐにバレますよ。」
「そうだな。だったら喋らなきゃいい。」
「はい?」
「喋ってバレるなら何も言わなきゃいいんだ。こんな風にマスクでも付けて。」
懐からマスクを取り出し、「風邪を引いて喉でも傷めたことにすりゃいい」と言った。
「これなら無理に喋る必要はない。仮に喋らなくちゃいけない時でも、短い言葉で誤魔化せる。いつもと声が違うのは、風邪のせいだって誤魔化せるしな。」
「・・・・・・・・・。」
「そんな馬鹿なって思ってるだろ?」
「ええ・・・・。だってどう考えても無理があるっていうか・・・。」
「そうだな。でも人を騙すなんて案外簡単なんだよ。俺は探偵をやってたから、よく浮気の調査もした。
そして俺の所に依頼を持ち込んでくるのは、浮気だと疑う根拠があったからだ。」
「根拠?」
「ほら、女はよく言うだろ?男が浮気したらすぐ分かるって。」
「はい。」
「あれは男が油断してるからそうなるだけだ。別に女に不思議なセンサーが備わってるわけじゃない。」
「そうなんですか?女の人って、そういうのに対して勘が鋭そうだけど?」
「まあ確かに細かい所はよく気づくさ。でも全ての男の浮気がバレるわけじゃないんだ。男が油断さえしなければ、相手を騙すことは可能だ。
逆に女の方だって、油断してるとすぐに浮気がバレる。実際に俺の所へ来る浮気の相談も、半分は男だったからな。」
「そうなんだ・・・・。」
「そもそも女に不思議なセンサーが備わってるなら、結婚詐欺に引っかかることもないだろ?」
「確かに・・・。」
「疑い持たれるってことは、それなりの根拠があるんだ。でも油断さえしなければ、その根拠を完全に隠せる。だから騙し通すことが出来るってわけだ。」
「まあそうですね。ならやっぱり人を騙すのって・・・・、」
「簡単だ。用心深く、そして注意深い奴なら、より上手く相手を騙せる。まさに怪人のような奴ならな。」
伊礼さんは肩を竦めながらパイプを咥える。
「でもその時は上手く騙せたとしても、後々バレるんじゃないですか?声や体形は誤魔化すことが出来ても、本人同士の間で会話が噛み合わなくなったりとか。」
「分かってる。お前はこう言いたいんだろう?その時は騙せても、後々に辻褄の合わないことが出てくるんじゃないかって。」
「そうです。例えば女の方が「この前の映画面白かったね〜」とか言っても、男の方が「それ何のこと?」ってなると思うんですよ。じゃあその時におかしいって気づくはずでしょ。」
「ならない。」
「どうして?」
「なぜなら怪人が相手を騙す時は、金を要求する時だけだからだ。」
「金を?」
「奴は金が欲しいから人を騙すんだ。そしてどんな風に騙すかというと、「実は親が病気になってお金が必要で」とか、「夢を追いたいんだけどお金がなくて」とか。
いかにも理由を付けて金を騙し取る。」
「それ、引っかかる人いるんですか?」
顔をしかめながら尋ねると、伊礼さんはクスっと笑った。
「もし北川課長から「相談があるんだけど・・・」と言われたらどうする?」
「もちろん相談に乗りますよ。だって俺の一番大切な人ですからね。」
「そうだな。ならその次にこう言われたらどうする?「実は父に絶縁されてしまって、会社からも家からも追い出されたの。でもお金が無くて困ってて・・・」と。」
「そりゃもう俺の全財産を渡しますよ!だって俺、課長の為なら火の中水の中・・・・・、」
そう言いかけて、「あ・・・・・」と固まった。
「な?」
「・・・・・・・・・・。」
「人間ってのは、大切な人の言葉なら信用してしまうんだよ。そして困ってるなら力を貸そうとする。」
「・・・・・・・・・・。」
「それにな、金の無心ってのは、恥をしのんで頼って来てるわけだ。大切な人がそうまでして自分を頼って来る。そこにはむしろ、喜びさえ感じるんだよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「だから疑うこともなく金を渡す。それに相手に恥をかかせちゃ悪いから、後々に話題に出すこともない。
金を無心する時に、「このことは誰にも言わないでね」なんて申し訳なさそうに言っとけば、ますます話題に出すこともなくなるだろう。」
「・・・・・・・・・・・。」
「そうすりゃ後で本人同士が会ったとしても、そのことが話題に上ることはない。むしろ気を遣って、その時の話を避けるだろう。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「要するに、怪人が相手に会うのは金を無心する時だけ。そしてその時の話題が上がることはない。だから本人同士の間で、会話の辻褄が合わなくなることはないんだ。」
「・・・・・なんか・・・酷いなそれ。そこまで考えてお金を騙し取るなんて・・・・。」
「それが詐欺ってもんさ。」
伊礼さんは窓際へ行き、本物のタバコを咥える。懐からケータイ用の灰皿を出し、シュッとライターを擦った。
「悪いが換気扇回してくれるか?」
「はい・・・・。」
部屋の中に換気扇の音が響く。伊礼さんは外へ向かって煙を飛ばし、ポワっと輪っかを作った。
「あの怪人は一人二役を演じていた。・・・・というのが俺の考えだ。」
「・・・・ただの推測だったんですか?」
「俺の知り合いがその男から話を聞き、それを元に推察しただけだ。男が言うには、女はよく風邪を引いてたらしくてな。
その時は必ずマスクを付けてたそうだ。そしてそういう時に限って、金の無心をしてきたと。」
「なら・・・伊礼さんの推測は当たってるかもってことですね。」
「男の話を聞いて、そう考えただけだ。きっと女にも同じようにして金をせびっていたはずだ。」
「最悪だな・・・・あの怪人。カップルの間に入り込んで、その関係を利用するなんて。」
「まさに寄生虫だ。」
「その男の人・・・・本当のことを知った時、相当傷ついたでしょうね。」
「だから何も喋りたくなかったのさ。でも今は金に困ってて、だから小遣いを渡すと喋ってくれた。」
「もし怪人に目を付けられなかったら、二人は今頃・・・・。」
「さあな。結婚して幸せになってたかもしれないし、どっちかが浮気して離婚していたかもしれない。でもそんなことは誰にも分からない。
消えた未来のことなんて、想像するだけ無駄さ。」
「そうですね・・・。だけど伊礼さんの言ってることが理解出来ました。でもそこからどうやって怪人の名前が分かったんですか?」
そう尋ねると、タバコを咥えたままこっちを振り返った。
「風邪薬。」
「風邪薬・・・・?」
「怪人が男に会う時、いつも風邪だと言ってマスクをしていた。だから男は心配して、薬は飲んでるのかと尋ねたんだ。」
「それで?」
「怪人はコクコクと頷いた。そして自分のバッグから市販の風邪薬を取り出したんだ。」
「用意周到ですね。」
「プロの詐欺師だからな。嘘を補う小道具くらい用意してるさ。しかしそれが仇となった。バッグから薬を取り出す時に、誤ってある物を落としたんだ。」
「ある物?」
「財布さ。」
伊礼さんは煙を飛ばし、「こう・・・ポロっと地面に落ちたんだ」とジェスチャーした。
「男はそれを拾い、彼女に渡そうとした。しかしその時、不思議な物を見たんだ。」
「不思議な物って・・・・何ですか?」
「財布の中に免許証が入ってたんだ。そしてその免許証は女の物じゃなかった。別人の顔と名前が載っていたんだよ。」
それを聞いて、「まさか・・・」と身を乗り出した。
「その免許証・・・・怪人本人の・・・・、」
「ああ。」
「・・・・・・・・・。」
「男は不思議に思い、じっとその免許証を見つめたそうだ。すると女はすぐに奪い取り、ゴホゴホ咳込みながらこう言った。「これは私のじゃなくて、ここへ来る前に拾ったんだ」と。」
「あの・・・・喋ったらバレるんじゃ・・・・、」
「だからゴホゴホ咳込みながらって言ったろ。」
「ああ、咳で誤魔化しながらってことですか?」
「そうだ。男は不思議に思ったが、特に追及はしなかった。でも免許証はバッチリ見てるから、顔と名前は覚えていた。」
「おお!ならその時の名前が・・・・、」
「糸川百合だ。」
「すごい・・・・名前まで分かったんだ。」
「ちなみにその免許証の顔写真は、おそろしく地味な女だったそうだ。だから北川課長から預かった例の写真を、スマホで知り合いの探偵に送った。
それを男に確認してもらうと、あの免許証の顔と同じとのことだ。」
「おおおおお!なら本人確定!」
「名前、素顔、それに性別・・・・怪人の素性がここまで分かってきた。長い間謎だったのに、ここ数日で信じられないくらに情報を掴めた。」
「でも免許証なら年齢や住所も載ってはずですよね?そっちは分からないんですか?」
「名前と顔しか覚えてないそうだ。」
「そうか・・・。でも本名が分かったなら大きな前進ですよね!」
「そうだな。でもここへ来て厄介なことが分かった。」
「厄介なこと?」
「名前と素顔と性別。これだけ分かれば、どこの誰かを特定するのなんざ簡単だ。だから俺はすぐに調べたよ。そして・・・・・ある事実が分かった。」
伊礼さんは大きく煙りを吐きながら、何とも言えない表情になった。
「あの怪人な・・・・、」
「ええ・・・。」
「もう死んでるんだよ。」
「はい・・・・・?」
思いもしないことを言われて、素っ頓狂な声で固まった。

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