稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十一話 信頼を胸に(3)

  • 2016.05.22 Sunday
  • 12:33
JUGEMテーマ:自作小説
名前、性別、顔・・・・・。
ここまで来て、あの怪人がどういう奴なのかだんだん分かって来た。
それは喜ぶべきことなんだけど、伊礼さんは浮かない顔をした。
彼が言うには、ここまで来て「厄介なこと」が分かったらしい。
窓の外に煙を吐きながら、険しい顔でこう言った。
「あの怪人な・・・・、」
「ええ・・・。」
「もう死んでるんだよ。」
「はい?」
「死人なんだ、糸川百合は。」
そう言ってタバコを消し、ポケットに灰皿をしまった。
「今から20年前に事故で亡くなってる。」
「まさか・・・だって生きてるじゃないですか。」
「ああ。だから法律上はってことだ。」
「法律上・・・・。それは法的には死んでるってことですか?」
「そうだ。今から20年前、糸川百合は登山中に遭難してる。すぐに捜索が行われたが、見つけることは出来なかった。そして行方不明のまま七年が過ぎた。」
「ああ、それ知ってます!確か行方不明になって七年経つと、法律上は死んだってことになるんですよね?」
「糸川百合はその後も行方不明のまま。だから今でも死人だ。」
「なら法律上はこの世にいないってことに・・・・。」
「そうだ。ある意味加藤と同じだ。死んでるのに生きてるんだからな。」
それを聞いた俺は、「違います!」と言い返した。
「あんな奴と加藤社長が同じなわけないですよ。全然違います。」
「分かってるよ。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、自由に生きられる身って意味だ。」
「自由に?」
「相手は死人なんだ。だったら法律や社会のしがらみに囚われる必要はない。だから子供のフリして社長になることも出来るし、顔を変えてどこへでも潜り込むことが出来る。
なぜならいくら正体を探られようが、本人はすでにこの世にいないことになってるんだからな。」
「ああ、そういう意味で同じか・・・・。」
「怪人の名前も分かった、顔も分かった、それに性別も分かった。でも本人はもう死んだことになってる。これが何を意味するか分かるか?」
そう問われて、俺はじっと考え込んだ。
「相手は死人・・・・・。法律にも社会にも囚われない自由の身・・・・。それはつまり・・・・・、」
口元に手を当てながら、名探偵のように考える。でも結局何も思いつかず、「分かりません・・・」と俯いた。
伊礼さんは「ちょっと考えれば分かるだろう」と言うけど、「いや、まったく・・・」と返した。
「俺、こういう推理とか苦手なんですよ。記憶力はいいんですけどね。」
「まったく・・・どうしてここまで来て何も分からない?北川課長の苦労が窺えるな。」
「すみません・・・・・。」
「いいか冴木。死人ってことは、この世のどこにも存在しないってことだ。」
「それはそうでしょ。だって死んだってことになってるんだから。」
「俺は奴が死人であると知った時、正直焦ったよ。なぜならもしここで奴が姿をくらましてしまったら、もう二度と追いかけることが出来なくなるからな。」
「んん〜・・・・それは無いんじゃないですかね?だってあいつは本社も手に入れようとしてるから。」
「そうだな。しかしヤバイと感じたら、すぐにどこかへ消えるかもしれない。」
「そうなってくれたらありがたいですよね。もうアイツはいなくなるわけだから。靴キング!だって安泰ですよ。」
「いいや、駄目だ。奴は必ず捕まえる。そして大勢の人間の前で、その素顔を晒してやるんだ。」
伊礼さんは強い口調で言う。俺は首を傾げ、「でも伊礼さんはあいつは追い払えればいいって考え方だったんじゃないんですか?」と尋ねた。
「やっつけるのが無理なら、追い払うだけでもいいって言ってましたよね?」
「言ったよ。でも気が変わった。加藤の残した手紙を読んで、何としてもあいつにトドメを刺そうと決めた。」
「加藤社長からの手紙ですか・・・・。伊礼さんの方には何て書いてあったんですか?」
そう尋ねると、内ポケットから一枚の封筒を取り出した。
それをポンとテーブルの上に投げ、「読んでみろ」と顎をしゃくった。
「良いことが書いてある。」
「良いこと?」
「読めば分かる。」
そう言って肩を竦める伊礼さん。俺は手を伸ばし、中から手紙を取り出した。
しかしその時、突然部屋のドアが開いた。
「おはよう伊礼君。」
「あ・・・・・・、」
「そっちは冴木君だったわねえ?君もおはよう。」
「・・・・・・・・・・。」
「いよいよ明日が選挙ねえ。私は候補者じゃないけど、本番の前に候補者の顔ぶれを見ておきたくて来ちゃったわ、おほほほほ。」
金ピカの扇子を仰ぎながら、嫌味な笑いを響かせる。
俺はグッと息を飲み、「てめえ・・・」と睨んだ。
「この怪人が!」
「怪人?」
「しらばっくれるな!お前が怪人ってことはもう分かってんだよ!」
そう言いながら詰め寄ると、怪人の後ろから屈強な男たちが現れた。
「なんだお前ら!」
「私のボディガードに決まってるでしょ。君みたいな野蛮な子から身を守る為のね。」
怪人は靴キング!の部長の姿になりすまし、「おほほほほ」と笑う。
「冴木晴香・・・・威勢だけは一人前の青二才。コソコソ動き回っても、私をどうこうすることは出来なくてよ?」
「お前・・・・散々人を騙して・・・何とも思わないのか?」
そう言いながらさらに近づくと、ボディガードが前に出て来た。
「どけお前ら!」
「やめておきなさい。突っかかっても痛い目を見るだけよ?」
「じゃあやってみろ!」
「おほほほほ!青い青い!青臭いわあ!」
怪人はボディガードを押しのけ、俺の前に出て来る。
そして笑顔のまま睨みつけ、「君は後回しよ、ます先に・・・・」と言った。
「伊礼君に用があって来たの。」
そう言ってグイと俺を押しのけ、伊礼さんの方へ向かった。
「おいてめえ!」
追いかけようとすると、後ろからボディガードが掴んできた。
「離せコラ!」
そいつの腕を掴み、祐希さん仕込みの柔道で投げようとする。
でも全然ビクともしなくて、逆に持ち上げられてしまった。
「うお!離せよお前!」
「言っておくけど、その子たちは元プロレスラーだったり、元アメフト選手だったりの猛者よ。君じゃ敵いっこないわ。」
「ぷ・・・・プロレスラー・・・・?」
「大人しくしてるなら怪我はしないわ。そこで見てなさい。」
怪人は勝ち誇ったように言って、伊礼さんの前に立つ。
「おはよう伊礼君。」
明るい声で笑いかけると、伊礼さんは「今までの話・・・聞いてたのか・・・?」と睨んだ。
「ええ、もちろん。」
「・・・・・迂闊だったな。」
「最近のあなたの行動を監視してたのよ。」
「・・・・・・・・・。」
「でもさすがは元腕利きの探偵。なかなか尻尾を掴ませない。だから罠を張って待っていたのよ。」
「罠・・・・?」
「あなた・・・知り合いの探偵を使って、あの男に接触したでしょう?」
「あの男・・・・?まさか!」
「そう、かつて私が騙した可哀想な彼。彼女ともども私のせいで不幸になっちゃって。」
「そうか・・・・罠ってのはそういうことか・・・。」
伊礼さんは悔しそうに息を飲み、「やはり迂闊だったな・・・」と言った。
「あなたが私のことを嗅ぎ回っていたのは知っていた。でも使える人間だから傍に置いておいたのよ。
だけどここ最近、その動きが派手になってきた。このまま放っておくと、きっと大きな障害になる。そう思って・・・・ねえ?先に手を打っておいたの。」
「・・・・・・・・・・。」
「私が騙したあのカップル・・・・女の方は自殺した。そして男の方もまた大きな不幸を背負い込んだのよ。
私に貢ぐ為にあちこちからお金を借りて、今じゃ借金取りに追われる毎日。」
「・・・・・・・・・・。」
「彼はとにかくお金を困ってるわ。だから使いの者を出して、彼にこう伝えたの。『あなたの借金を肩代わりします。でもその代わり、怪しい奴が接触してきたらすぐに連絡を下さい』ってね。」
「なら・・・・あの男に自分の正体を明かしたのか?私は怪人だって。」
「まさか。とあるお金持ちのお婆さんとだけ伝えておいたわ。彼はお金に困ってたからねえ・・・・借金を帳消しにしてくれるなら、喜んで何でもしますって言ってくれたわ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そして今日の朝・・・彼から私の部下に連絡があった。探偵と名乗る怪しい男が来たって。だけど話を聞く限りじゃ、どうも君本人じゃないみたい。
だから朝から君を監視して、尻尾を掴もうと思ってたのよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「あなたは私の重要な情報を掴んで浮かれていた。だからこんな場所で、こんなガキにペラペラと色んなことを喋って・・・・・。
でもその油断が命取り。あなたには・・・・消えてもらうわ。」
怪人はボディガードに目を向け、「彼を靴キング!に連れて帰るわ」と言った。
「彼は素行が悪い。探偵を使って人のことを調べるなんて・・・・。そんな奴を選挙に出したら、ウチの会社の良い恥さらしよ。よって彼の立候補は私が取り消します。」
ボディガードは頷き、伊礼さんを羽交い絞めにする。
「クソ!離せ!」
「馬鹿な子・・・・。大人しく従っていれば、それなりの身分でいられたかもしれないのに。」
「誰がお前みたいな怪人に従うか!加藤の会社を乗っ取り、多くの人を騙し、その上本社までも乗っ取ろうとしている。お前は害悪しか振り撒かない寄生虫だ!」
「パラサイト・・・怪人・・・私には色んな呼び名があるわ。でもどの呼び方も気に入っている。みんなが私に憎しみを向け、でも結局何も出来ない。
そして私だけが良い思いをするの。大勢の人間の苦しみの上でね。・・・・最高の幸せよ。」
「心底腐ってやがるな貴様は・・・・。」
「それも褒め言葉よ。ズルいとか汚いとか、卑怯とか嘘つきとか・・・・どれも私の武器だもの。だから・・・褒めてくれてありがとう。」
怪人は「連れて行って」とボディガードに言う。
伊礼さんは引きずられながら、「このまま終わると思うなよ!」と叫んだ。
「お前の思い通りなどさせるものか!必ず叩き伏せてやる!」
「どうぞご自由に。出来るものなら。」
怪人は不適に微笑む。憎らしいほど余裕を見せながら・・・。
伊礼さんは部屋から連れ出され、「さて・・・」と怪人が俺の方を向く。
「君も私の敵ね。」
「お前の敵じゃない奴なんかいるか。ていうか伊礼さんを傷つけてみろ・・・・・タダじゃすまさねえぞ。」
「おほほほ!青い青い!青臭くてイジメたくなるわあ!」
怪人は金ピカの扇子を揺らし、思い切り俺の顔を叩いた。
「伊礼だけじゃない。お前も処分してやるわ。」
「やってみろよクソババア。」
「口だけは一人前ね。どうせほっといても首になるような社員のクセに。」
「その社員を怖がってたのは、どこのどいつだよ?偽の記事をでっち上げて、俺を潰そうとしてたクセに。」
「私は用心深いの。例え相手がミジンコでも、刃向う者は排除する。」
「じゃあやってみろよ。」
「ええ、君も選挙には出られないようにしてあげるわ。だから・・・・私と一緒に行きましょう。二度と刃向う気が起きなくしてやるわ。」
そう言ってボディガードに目配せをする。すると次の瞬間、俺の腹に激痛が走った。
「げはッ・・・・。」
「どう?元プロレスラーのパンチは効くでしょ?」
「う・・・げはッ・・・・・、」
「もう一発くらい殴っといて。暴れないように。」
俺はヨダレを垂らしながら悶える。厳ついボディガードが拳を構え、今度は脇腹を殴ってきた。
「うごッ・・・・・。」
「苦しそうねえ。」
「・・うう・・・・げばああ・・・・・・、」
「あらあら、こんな所で吐いちゃって。でもおれよお、僕。これから与える痛みはこんなもんじゃないわよ。私に刃向ったらどうなるか、きっちり身体で教えてあげるわ。」
怪人は「おほほほほ!」と笑い、「じゃあ行きましょ」と出て行く。
俺はボディガードに担がれたまま、ゲロで汚れた口を拭った。
「くそ・・・・・誰か呼ばないと・・・・。」
顔を上げ、誰かが通らないかと目を向ける。すると怪人は「この階には選挙の関係者以外はいないわよ」と言った。
「候補者は奥の部屋に集まってるわ。余計な人間は入れないの。」
「・・・・・・・・。」
「それにその様子じゃ大して声も出ないでしょ。助けを求めるなんて無理よ。」
「・・・・・・・・・。」
「仮に誰かが君に近づいて来ても、私はこう言うわ。この子は急に体調が悪くなった。それをたまたま私が見つけて、病院へ運んでいる。
ボンクラの一社員より、グループ会社の部長の言うことをみんな信じるわ。だから誰も君を助けたりしない。」
「・・・・・ゴミ野郎。」
「野郎じゃないわ。女だから。」
怪人はツカツカと廊下を歩き、エレベーターに乗り込む。
そして一階まで降りて、大きなフロアを歩いて行った。
「ごきげんよう。」
出勤してくる社員に挨拶をし、受け付けの前を通り過ぎる。
誰もが不審な目を向けて来るが、「この子体調が悪いみたいでね、病院へ連れて行く途中なの」と笑顔を振りまいた。
そのまま出口まで向かい、本社を後にする。そしてピカピカに磨かれたベンツに乗せられて、隣に怪人も乗り込んできた。
「さて冴木君。これからかなり痛いことするけど・・・・・我慢してね。」
「・・・・・・・・・。」
「心配ないわ。殺しはしないから。ああ、それと・・・・後から警察に行っても無駄よ。私はいつだって姿を消せるから。
そして誰も私を追いかけることは出来ない。だって私は死人なんだもの。この世のどこを探したって見つからないのよ。」
そう言って顔に指を食い込ませ、ベリベリと剥ぎ取った。
「初めまして、糸川百合よ。」
「・・・・地味な顔だな・・・・。」
「そうね。でもこの地味な顔こそが最大の武器よ。だって特徴がないってことは、どんな顔にもなれるってことだから。」
怪人は地味な顔を近づけ、ニコリと微笑む。
「選挙には欠員が出た。伊礼君と君、そして白川常務も・・・・。残った候補者はたったの三人、会長はさぞお怒りになるわ。
きっと緊急で候補者を募るはず。だから・・・・私が立候補するわ。」
「お前が・・・・・?」
「だって仕方ないでしょ?加藤君はもう使い物にならないんだから。何があったのか知らないけど、目が覚めたらただのガキに成り下がってた。あれじゃもう利用価値はないわ。」
「・・・・・・・・・・。」
「だから私が出る。そして必ず本社の社長を勝ち取るわ。もしそれを邪魔するなら、絶対に許さない。君の大切な人が傷つくこと・・・覚悟しておくように。」
怪人は笑顔を消し、冷たい視線を向ける。
車が走り出し、俺はどこかへ運ばれていった。
《どっかで拷問するつもりだな・・・・。どうにかしたいけど、どうにも出来ない。・・・・・ちっくしょう!ここまで来てこんな終わり方かよ。》
これから痛い目に遭うのは怖い。でももっと怖いのは、何も出来ずに終わることだった。
怪人は俺の頭を押さえつけ、「おほほほ!」と笑う。
「あ、今は香川の婆さんじゃなかったわ。ついクセで。」
そう言って俺の頭をガッチリ押さえ、肘置きの代わりにした。
どうしようもない悔しさを感じながら、ただ歯ぎしりをするしかなかった。

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