勇気のボタン 最終話 勇気を出して(2)

  • 2010.06.20 Sunday
  • 10:45
 早く駅に着いてくれと願いながら、流れる窓の外を見ていた。
暗い街に明かりが灯り、過ぎ去っていく光を眺めながら電車が揺れる音を聞いていた。
乗っている人は少なく、席に空いているのに俺は出入り口の所に立っていた。
早く藤井の所に行きたいと思う気持ちが、俺を席に座らせることなくこの場所に立たせていた。
きっと藤井は今も泣きながらココを捜しているんだろう。
あれほど可愛がっていたココ。
その姿が見当たらないという不安は、藤井にとっては相当なものだろう。
早く行って少しでも安心させてやりたい。
そして一緒にココを捜してやりたい。
家を出た時からそのことばかりを考えていた。
やがて電車がスピードを落とし、駅に到着した。
俺は空いた出入り口から飛び出すようにして駆け出し、改札を抜けると藤井のマンションを目指して走った。
流れる汗にはかまわず、全力疾走した。
藤井のマンションの近くまで来ると、俺はケータイを取り出した。
すぐに藤井を呼びだす。
「もしもし」
電話にすぐに繋がった。
俺は呼吸を整え、今マンションに着いたと知らせた。
「今近くの公園を捜してた所なの。
すぐにそっちに戻るね。」
まだ涙声で藤井はそう言う。
「分かった。
マンションの前で待ってる。
夜だから気をつけて来いよ。」
心配する俺の言葉に「うん、ありがとう」と返し、電話を切った。
マンションの前では街灯が道に明かりを投げかけている。
明かりに照らされた道を、一匹の猫がトコトコ歩いて行く。
茶トラの大きな猫だった。
俺はその猫を捕まえ、ココのことを聞いてみた。
「やあ、こんばんわ。ちょっと聞きたいことがあるんだ。」
例のごとく、自分が動物と話が出来ることを伝え、子猫をこの辺りで見なかったか聞いてみた。
「白地に顔の真ん中だけに黒い模様があって、目がクリっとした子なんだ。
そういう子、見てないかな?」
尋ねられた猫は首を振った。
「知らないなあ。
俺はさっきここに来たばかりだから。」
「そうか・・・。」
もしかしたら何か知っているかもと思って聞いてみたが、ダメだったようである。
俺は明らかに落胆した声で返事を返し、目を曇らせた。
「力になれなくてすまんね。」
茶トラの猫はそんな俺を見て申し訳なさそうに言い、またトコトコと歩いて街灯の照らす道を去って行った。
俺はマンションの植え込みに腰を下ろし、藤井が戻ってくるのを待った。
藤井も走ってこっちに向かってるのかな?
俺から公園の方に行ってやればよかったかな?
そんなことを考えながら、目の前の道を眺めていた。
ココはまだ子供。
そう遠くへは行っているはずがない。
藤井と二人で捜せばきっと見つかる。
そう自分に言い聞かせていると、誰かが走ってくる足音が聞こえた。
俺は植え込みから腰を上げ、その方向を見た。
街灯に照らされた人影がこちらへ近づいてくる。
はっきりとは見えないが、女性であることは分かった。
俺は藤井に違いないと思い、そっちに向かって走り出した。
近づくに連れて人影が姿を現わし、俺は手を上げて近寄った。
「藤井!」
向こうも俺を確認すると足を速めて「有川君!」と言った。
藤井は駆け寄って来て、手を伸ばして俺の手を掴んだ。
「有川君ー!」
俺の顔を見て声をあげて泣きながら藤井は顔を歪ませた。
街灯の明かりで見える藤井の目は、泣き腫らして真っ赤だった。
俺の手を掴む力を強め、ぎゅっと握りしめてくる。
「どうしよう、ココがいなくなっちゃったよお。」
「うえーん」と子供のように泣きだす藤井をなだめ、「とにかく一旦部屋に戻ろうと」促した。
片手は藤井の手を握ったまま、俺は空いた方の手で背中を擦りながら藤井の部屋へと行った。
藤井の手は、汗でびっしょりだった。
俺はその手を強く握り、ココの無事を願った。
「真奈ちゃん!ココはいた?」
部屋に入るなり、モモが出てきて心配そうに尋ねてきた。
藤井はぶんぶんと首を振り、モモの頭をそっと撫でると部屋の真ん中まで行って座った。
まだ握っていた手を話し、俺も藤井の前に腰を下ろした。
「有川さん、ココがいなくなっちゃったの。」
モモが俺の傍に寄ってきてそう言い、「分かってる」と優しく答えてからモモに聞いた。
「モモはココがいなくなったことに気付かなかったのか?」
モモはバツの悪そうな顔をして「うん」と答えた。
「私ちょうどお昼寝してたの。それまではココはいたんだよ。
でも目を覚ましたらココがいなくなってて。
家の中を捜し回ったけど、何処にもいなかったの。
そしたらトイレの上の小さな窓が開いてることに気が付いたの。」
「そうか。」
俺は短く答え、モモを膝の上に乗せた。
多分ココはその窓から出て行ったのだろう。
開いている小さな窓は、藤井が閉め忘れたに違いない。
けど、そこに入るにはトイレのドアを開けないといけない。
藤井はトイレのドアも閉め忘れたのだろうか?
藤井に尋ねようとすると、膝に乗ったモモが「私が悪いの」と言い出した。
「どういうことだ?」
俺が尋ねると、モモはさらにバツの悪そうな顔をして答えた。
「トイレのね、ドアの開けたのは私なの。」
「なんだって?」
俺は思わず聞き返していた。
「前にね、モンブランがマサカリと喧嘩して家に来たことがあったじゃない。
あの時にね、ドアの開け方を教えてもらったの。
それで私も試してみようと思って、たまにドアを開けたりしてたの。
いつもは開けても閉めるんだけど、今日は閉めるのを忘れてて、それで・・・。」
なんてこった。
モンブランが余計なことを教えたばかりにこうなってしまったってことじゃないか。
ココがいなくなったことは俺にも責任がある。
とても藤井に申し訳ない気持ちになってきた。
「モモは悪くないよ。」
藤井が項垂れたままぼそっと言った。
「モモは悪くない。
私が悪いの。
私がトイレの窓をちゃんと閉めていればこんなことにはならなかった。」
そう言った藤井の目から涙がポタリと落ちる。
「私が悪いの。」
一度落ち始めた涙はあとからあとから続いて落ちてくる。
藤井はテーブルに顔を伏せ、また声をあげて泣き始めた。
「誰が悪いわけでも無いよ。
たまたま偶然が重なって・・・。」
「でもそれでココはいなくなったのよ!」
藤井が顔を上げて叫んだ。
顔をくしゃくしゃに歪ませ、涙で頬を濡らしながら、赤い顔で俺を見つめている。
「私がちゃんと窓を閉めていればよかったのに、もっと気を付けていればよかったのよ!
ココは最近やんちゃになってきてた。
だから窓が開いてればそこから外に出るかもって十分考えられたのに!
私が・・・、私のせいだ。」
再びテーブルに顔を伏せて泣き始めてしまった。
ココが心配で心配で仕方ない。
麻呂の時のように、もう戻ってこなかったらどうしよう。
藤井に気持ちが痛いほど分かり、気が付くと藤井の傍に寄ってその背中を撫でていた。
華奢な肩が震えている。
いなくなってそう時間が経っているわけでもなにのに、藤井の頭はココが戻ってこなかったらどうしようということでいっぱいなのだろう。
俺は何か言おうとしたが、かける言葉が見つからず、ただ藤井の背中を撫でていた。
藤井の呼吸が、手を通して伝わってきた。
俺は唇を噛み、何か藤井を安心させてやれる言葉はないかと必死に探していた。
何とかしてらりたい。
力になってやりたい。
俺は頭をフル回転させた。
「ごめんね。」
藤井が呟いた。
「有川君まで巻き込んでごめん。
私のせいなのに、私が悪いのに。
でも一人じゃ不安で仕方無かった。
誰かに助けてもらいたかった。
そうしたら、有川君しか思う浮かばなかったの。
ごめんね、こんな夜に呼びだして。」
謝る藤井の背中を撫でながら、俺は噛みしめた唇をほどいて言った。
「何言ってんだよ。
来るって言ったのは俺じゃないか。
それにな、そんなに自分を責めるな。
誰でも窓の閉め忘れくらいするさ。
お前が悪いわけじゃない。
二人で協力して探せば、きっとココは見つかるさ。」
こんな言葉しか出てこなかった。
ありきたりな慰め言葉だと自分でも思った。
もっと気の利いたことを言えないものかと自分を恥ずかしく思った。
しかし藤井は俺の言葉を聞くと顔を上げ、「ありがとう」と言ってまた俺の手を握ってきた。
小さく、柔らかなその手を、俺は優しく握り返した。
その時、あたまにふと浮かんだことを俺は言っていた。
自分でも意識しないまま、それは言葉にしていた。
「みんなで探そう。」
「え?」
涙顔で俺を見る藤井に、笑顔を作って俺は言った。
「マサカリも、モンブランも、カモンも、チュウベエも、マリナ、そしてモモも、みんなで捜せばいい。
二人で捜すより、その方が絶対にいいに決まってる!」
じっと俺を見つめる藤井の視線を受け、俺はさらに笑って言った。
「みんなで捜すんだよ、ココを。
あいつらならきっと協力してくれる。
全員で力を合わせれば、きっとココは見つかるさ。」
藤井の手を強く握りしめ、俺は力強く言った。
そうだ。
そうだよ。
みんなで捜せばいいんだ。
あいつらなら喜んで力を貸してくれるはずだ。
俺は藤井の背中をポンポンと叩くと、「みんなで捜そう」ともう一度言った。
藤井は俺の顔を見つめたまま、「みんなで・・・」と呟いた。
「そう、みんなで。」
俺は背中を叩いた手で、空いている藤井の手を取り、その両手を握りしめた。
「明日連れてくるから。
俺達と動物達とでココを見つけよう。」
なんでだか分からないけど、それが一番の良い方法だと思った。
全員の力を合わせれば、きっとココは見つかると、俺は確信していた。
「真奈ちゃん、私も手伝うよ。
有川さんの言う通り、みんなで捜せばきっと見つかる。
ココはきっと無事だよ。
だからもう泣かないで。
そんなに泣く真奈ちゃんを見てると、私まで悲しくなっちゃう。」
「モモ・・・。」
藤井はしばらく俯いてから顔を上げ、「うん」と大きく頷いた。
「そうだよね。
泣いてなんかいる場合じゃないよね。
ココは私の家族だもん。
絶対に見つけてあげなきゃ。」
藤井は俺と握っている手に力を込め、もう一度強く頷くと言った。
「有川君、みんなにお願いしてココを捜してくれるように頼んでくれる?」
真っ赤なになった目で真剣に見つめられ、俺は笑顔で頷きながら「もちろんだ」と答えた。
そしてどちらからでもなく、握っていた両手を離すと、藤井は「有川君」と呼びかけてきた。
「いつもいつも力になってくれてありがとう。
本当に感謝してる。」
潤んだ瞳から一筋だけ涙が流れ落ちる。
藤井はそれを手で拭うと、ニッコリと笑って見せた。
「感謝されるのはココが見つかってからでいいよ。
明日、みんなでココを見つけよう。」
その言葉に藤井は笑顔で頷いた。
さて、今から家に帰ってあいつらにこの話をしなければ。
誰も嫌だなんて言わないだろう。
きっと喜んで協力してくれるはずだ。
「じゃあ、今日はもう家に帰るよ。
明日朝早く、あいつらを連れてくる。」
そう言って立ち上がる俺の手を取って、藤井は言った。
「もう少し、もう少しだけ傍にいて。」
もう涙は流れていない目で、藤井は俺を見つめてくる。
俺は「うん」と頷いて腰を下ろし、藤井と手を握ったまましばらく座っていた。
「私、もう少しココを捜してくる。
有川君も一緒に来てくれる?」
俺は「もちろん」と言って笑い、握った手を振ってみせた。
「ありがとう。」
それから俺達は夜の街でココを捜した。
けど、何処を捜しても見つからず、明日みんなで捜すことに望みをかけようと言って、その日のココ捜しは終わった。
藤井の部屋を出るとき、俺はもう一度藤井の手を握った。
「じゃあ明日。」
「うん、待ってる。」
そう言葉を交わし、繋いだ手を離すことに惜しみを感じながらも、俺は藤井の部屋を後にした。
駅に向かう途中、握った藤井の手の感触を思い出していた。
小さく、柔らかかった。
俺は自分の手をぎゅっと握りしめ、その感触を忘れないように心に刻んだ。
明日はみんなでココを見つけ出してみせる。
胸にそう誓い、街灯の照らす夜道を走った。
手の平には、握った藤井の手の感触がすっと残っていた。
俺は一旦止まって胸に手を当て、それからまた駅に向かって走り出した。
見上げた空は、星でいっぱいだった。

                                 最終話 たまつづく

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