稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十三話 汚泥をすする(2)

  • 2016.05.24 Tuesday
  • 11:39
JUGEMテーマ:自作小説
人質となった美樹ちゃんを助ける為、俺は怪人に頭を下げた。
「二度と刃向いません」
そう言って、美樹ちゃんを解放してくれるように頼んだ。
こんな奴に頭なんて下げたくなかったけど、でも美樹ちゃんを助ける為なら仕方ない・・・・。
すると怪人は俺の前に唾を吐き、それを舐めろと言った。
それが出来ないなら、美樹ちゃんを酷い目に遭わすぞと脅して・・・・・。
俺は舌を伸ばし、怪人の唾を舐める。
その瞬間、言いようのない嫌な感情がこみ上げた。
悔しい・・・・情けない・・・恥ずかしい・・・惨め・・・・そして怒り・・・。
色んな感情が混ざり合って、身体の隅々まで溶けていく。
俺の表情は苦痛に歪む。それを見た怪人はこう言った。
「屈辱でしょ?」
「・・・・・・・・・。」
そう言われて、なるほどと納得した。
このどうしようもない嫌な感情・・・滲めで情けなくて・・・・そこに激しい怒りが湧き上がる。
これが・・・これが屈辱ってもんなのか・・・・。
俺は頭を下げたまま、しばらく動けなかった。
なぜなら今・・・俺の目には涙が溜まっているから。
目が熱くなり、充血しているだろうなって分かるくらいに火照っていた。
怪人は俺の髪を掴み、グイッと上を向かせる。
「・・・・・悔しい?」
「・・・・・・・・・。」
「屈辱でしょ?」
「・・・・・・・・・。」
「一生の残るわよ、屈辱っていうのは。寝てようが起きてようが、遊んでようが働いてようが、一人でいようが誰かといようが、いつだって君の胸に暗い影を落とす。
今後二度と、心の底から笑うことは出来なくなるわ。」
「・・・・・・・・・。」
「君がもしプライドを持たない人間なら、そうはならない。でも殴られても蹴られてもへこたれないってことは、相当なプライドの持ち主ってことよ。
私はそのプライドを傷つけた。それは絶対に治ることはない。時間が経てば経つほどに、真綿で首を絞められるように苦しくなるわ。」
「・・・・・・・・・。」
「君は一生私に呪われる。いつだって私のことを思い出し、悔しさと滲めさと怒りに苛まれる。そして・・・・恐怖を覚えるわ。
君の誇りに付いた傷が、私のことを思い出す度に痛んでくるの。」
そう言って頭を撫で、ゆっくりと立ち上がった。
「さあ、もうお終い。」
ボディガードたちはガッカリした様子で美樹ちゃんから離れる。
いそいそとズボンを上げ、残念そうに舌打ちをした。
「・・・・・・・・・・。」
美樹ちゃんはベッドの上で自分を抱きかかえていた。
胸を隠すように、そして自分を守るように、しっかりと抱いていた。
華奢な身体が小さく震えていて、ヘビに睨まれたカエルのように竦んでいる。
怪人は彼女の前に立ち、頭を撫でる。そして微笑みながら顔を近づけた。
「よかったわね、汚されなくて。」
「・・・・・・・・・・。」
「でも冴木君がまた私に刃向ったら、今日の続きをする。だから・・・そうならないように祈ってなさい。」
ポンポンと頭を叩き、満足そうに笑う。そして踵を返し、「その子たちを帰してあげて」と言った。
「その子たちの店に送ってあげて。そうすれば、彼の仲間が私に恐怖を抱く。絶対に刃向おうなんて思わなくなるわ。」
勝ち誇った笑みを浮かべながら、「それじゃあね」と手を振る。
「私は今から本社に行く。そして立候補してくるわ。もし私の元で働くのが嫌なら、今のうちに辞表を出すことね。」
ヒラヒラと手を振りながら、怪人は去って行く。
残されたボディガードは俺たちに近づき、太い腕で両脇を抱えた。
「いやあ!」
美樹ちゃんは必死に抵抗する。俺は「その子は俺が運ぶ!」と言った。
「お前らは触るな!」
太い腕を振りほどき、美樹ちゃんの元に駆け寄る。
近くにあった毛布で包み、「美樹ちゃん・・・」と呼びかけた。
「・・・・・・・・・・。」
「怖かったね・・・・ごめん。」
「・・・・・・・・・・。」
「もう大丈夫だから。大丈夫・・・・。」
震える背中を撫でながら、何度も「大丈夫」と呼びかける。
美樹ちゃんは毛布の中にうずくまり、声を押し殺して泣いていた。
俺はそっと彼女を抱え上げ、「どけよ」と男たちに行った。
「自分で帰る。そこどけ。」
睨みつけながら歩いて行くと、屈強なボディガードが立ちはだかった。
「送るように言われた。勝手に出て行かれちゃ困る。」
「知るかよ。いいからどけ。」
「刃向うのか?」
「・・・・・・・・・・。」
「その子が傷つくだけだぞ?」
「・・・・・分かったよ。」
美樹ちゃんをしっかりと抱きかかえながら、「ならさっさと送ってくれ」と言った。
ボディガードは「こっちだ」と言い、怪人が消えた方とは別のドアへ歩き出した。
その先にはトイレがあって、中に入るように言われた。
バタンとドアが閉められ、一瞬だけ真っ暗になる。
そしてさっきとは反対側から光が射した。
「隠し扉かよ。」
何の変哲もない壁が、人ひとり通れるくらいの大きさに開いた。
奥からさっきの男が顔を覗かせ、「出て来い」と言った。
「美樹ちゃん・・・もう大丈夫だからね。家に帰れるから。」
毛布にくるまった背中を撫でながら、隠し扉の向こうへ出る。
外は非常階段のすぐ近くで、男に案内されながら降りていった。
そしてマンションの裏口から外に出て、白いワンボックスカーに乗せられた。
「騒ぐなよ。」
そう釘を刺され、両脇には厳つい男たちが乗って来る。
俺は美樹ちゃんを抱えたまま、慰めるように背中を撫でていた。
車が走り出し、外の景色が流れて行く。
小一時間ほど走り続け、店に到着した。
車から降りる時、「分かってると思うが・・・」と運転席のボディガードが言った。
「下手な真似はするなよ。この店の人間全員が不幸になるぞ。」
「分かってるよ。」
「こいつは返す。」
そう言って、俺と美樹ちゃんの所持品を投げ寄こした。
「もういいだろ。早く消えろよ。」
一瞥をくれながらそう言うと、男たちは足早に去って行った。
「・・・・・・・・・・。」
遠ざかる車を睨みながら、美樹ちゃんの背中を撫でる。
「もう大丈夫、店に着いたから。怖い奴らはいないよ。」
ポンポンと背中を叩きながら、店のドアを開ける。
すると中から箕輪さんが飛び出して来て、危うくぶつかりそうになった。
「冴木!あんたどこ行ってたの!?・・・ていうか何その顔・・・血が出てるじゃない!」
「ええ、ちょっと・・・・。」
「それに痣だらけだし・・・服も汚れてるし・・・・まさかまた危険な目に遭ってたの?」
箕輪さんは怯えたように見つめる。グッと喉を鳴らし、唇が小さく震えていた。
「・・・・・北川課長から連絡があったのよ。選挙の会議に来てないって。だからこっちにいないかって電話してきてさ・・・・・。」
「ええ・・・・・。」
「すっごく心配してたわよ。いったい何があったの?」
箕輪さんは顔を引きつらせながら尋ねる。
俺は俯き、何も言い出すことが出来なかった。
「それと美樹ちゃんもまだ来てないのよ。ケータイにも出ないし、家に電話したらもう出かけたって言うし。」
「・・・・・・・・・・。」
「あんた何か知らない?」
そう言って不安そうに詰め寄る。俺は口を開きかけたが、「ここではちょっと・・・」と黙った。
「中で話します。」
「・・・やっぱり何かあったのね?」
「ええ・・・・。」
「ていうかさ、その毛布の塊は何?中に何が入ってんの?」
「これは・・・・・、」
「まさか・・・・爆弾とかじゃないわよね?」
「いえ・・・・、」
「あんたのことだから、何を持ってきてもおかしくないわ。いったい何が入ってんのよ?」
「・・・とりあえず中に入りましょう。」
箕輪さんを押しのけ、店に入る。
「なんなのよいったい・・・・。」
ドアを閉めながら、不安そうに愚痴を漏らす箕輪さん。
すると次の瞬間、美樹ちゃんが毛布から飛び出した。
「箕輪さああああああああん・・・・、」
「え?ちょ・・・ちょっと・・・何!あんた美樹ちゃん!?」
「うわああああああん!箕輪さああああああん!」
いきなり下着姿の美樹ちゃんが飛び出して来て、ギュッと抱きつく。
箕輪さんは軽くパニックを起こしながら、「どうなってんのよ!?」と叫んだ。
「冴木!これはどういうこと!いったい何があったのよ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「箕輪さあああああん・・・怖かった・・・・怖かったよおおお・・・・。」
「あんた何で下着なの!?何がどうなって・・・・、」
「もう嫌だあああああ・・・怖い・・・・怖いよおおおお・・・・、」
箕輪さんの首に腕を回し、子供のようにしがみつく美樹ちゃん。
店に響き渡るほどの声で泣きながら、「怖かった・・・怖かったよお・・・」と震えた。
状況を飲み込めない箕輪さんは、「いったいなんなの・・・・」と不安がる。
美樹ちゃんを抱きしめながら、「とにかく服着ないと。事務所へ行こう」と連れて行った。
中にいた店長が追い出され、「呼ぶまで入って来ないでよ」と俺たちを睨む。
バタンとドアが閉じられ、事務所から美樹ちゃんの泣き声だけが響いていた。
「・・・・・・何?」
追い出された店長が、ビクビクしながら俺を見る。
食べかけのアンパンを口に突っ込んだまま、馬鹿みたいに立つ尽くしていた。
《・・・・ごめん。本当にごめん・・・。》
危険な目には遭わせないって約束したのに、こんなに怖い目に遭わせてしまった。
美樹ちゃんの泣き声はまだ響いていて、胸を鷲掴みにされるような痛みが走る。
「ごめん・・・美樹ちゃん。」
彼女を守れなかったことが、とても悔しい。それと同時に、さっきの屈辱が炎のように胸を焼いていた。
「このまま・・・・このまま終わると思うなよ・・・・。」
屈辱を晴らすには、屈辱を与えてくれた敵を倒すしかない。
大切な人を守るには、危害を与えてくる悪者を追い払うしかない。
ポケットに手を入れ、スマホを取り出す。
「・・・ああ、駄目だ。ボコられた時に液晶が壊れてたんだ・・・・。」
俺は店の電話に駆け寄り、受話器を持ち上げた。
掛ける相手はただ一人・・・・・ギャラは高いけど、しっかり仕事をこなしてくれるあの人だ。
「・・・・ああ、もしもし?祐希さん?仕事を・・・・お願いしたいんです。」
散々に殴られたせいで、口の中が切れている。
喋る度に痛みが走り、血の味が広がる。
だけどそれは、俺にとってはいい気つけ薬だった。
あの悔しさを・・・・惨めさを・・・・何度でも蘇らせてくれるから。
胸に燃え広がる屈辱は、怒りよりも激しいエネルギーとなって俺を動かす。
受話器を握りながら、必ずあの怪人に報いると誓った。

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