稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十四話 汚泥をすする(3)

  • 2016.05.25 Wednesday
  • 12:01
JUGEMテーマ:自作小説
怪人に屈辱を与えられたその日の夜、俺はまた課長の部屋へ来ていた。
女神の神殿は相変わらず綺麗で、埃一つないほど清潔に保たれている。
だけど今日は、以前のようにはしゃぐ気持ちになれなかった。
今日ここへ来たのは、あの怪人への屈辱を晴らす為だ。
目の前には祐希さんが座っていてる。
そして俺の隣には課長がいて、さらにその横には箕輪さんと美樹ちゃんがいた。
美樹ちゃんはまだ怯えていて、箕輪さんに肩を抱かれている。
時折ズズッと鼻を鳴らしながら、それでも気丈に前を向いていた。
「栗川さん・・・・怖かったね。」
課長は美樹ちゃんの手を握り、「辛かったらいつでも言ってね、送って行くから」と言った。
「・・・・大丈夫です・・・。きっと家に帰っても落ち着かないし・・・・ここならみんながいるから・・・。」
「強いね、栗川さんは。でも本当に無理しないでね。辛くなったらいつでも言ってくれていいから。」
労わるように微笑みかけ、「箕輪さん、栗川さんを見ててあげてね」と言った。
「はい。」
箕輪さんは強く頷き、美樹ちゃんの肩を抱き寄せた。
「じゃあ冴木君・・・・今日のことをもう一度祐希さんに話してあげて。」
「分かりました。」
俺は祐希さんを見つめ、「電話でも言った通りです」と切り出した。
「今日の朝、俺は奴らに誘拐されました。そして怪人のマンションへ連れて行かれて、そこで散々殴られたんです。
その後に美樹ちゃんが出て来て・・・・その・・・・、」
ごにょごにょと言い淀むと、祐希さんは「ちゃんと話す」と睨んだ。
「彼女に気を遣ってる場合じゃないのよ。あなた達の受けた仕打ちは、立派な犯罪なんだから。だから私を呼んだんでしょ。」
「はい・・・・。」
「じゃあ続けて。」
祐希さんは叱るような口調で言う。
俺はもう一度最初から話した。細かいところまで丁寧に説明していると、あの酷い場面の屈辱が燃え上がってきた。
眉間に皺が寄り、気づかないうちに拳を握っていた。
「・・・・これで全部です。」
「なるほど・・・よく分かったわ。」
祐希さんは頷き、「油断し過ぎね」と言った。
「相手は狡猾で冷酷な奴なのよ。注意を怠れば、いつ危険な目に遭うか分からない。そんなの説明しなくても理解してると思ってたけど?」
「祐希さんの言うとおりです・・・。俺のせいで美樹ちゃんは・・・・、」
「言い訳なんかいらないわ。起きたことはしょうがないし、これからは気をつけるようにって言ってるだけ。」
「はい・・・・。」
祐希さんの口調はいつになくキツい。ガックリ項垂れていると、「落ち込んでる場合じゃない」と怒られた。
「顔を上げて。」
「すいません・・・・。」
「君がみんなの中心にいるのよ。だったら情けない顔を見せちゃダメ。誰よりも強気でいないと。」
そう言われて、俺は背筋を伸ばした。
すると課長が「私にも責任がある」と言った。
「みんなに協力を持ちかけたのは私なんです。もっと怪人の動きに注意しておくべきだったのに・・・。」
「それも言い訳よ。翔子ちゃんまで冴木君のレベルに下がったの?」
「そういうことじゃなくて、私たちは約束を破ったから。危険な目に遭わせないって約束したのに・・・・。」
課長は美樹ちゃんの方に身体を向け、「本当にごめんなさい」と頭を下げた。
「全部私が悪い。許してなんて言えないけど、でも謝らせてほしい。」
今日、課長が美樹ちゃんに謝るのは何度目だろう?
あの後、すぐに課長にも電話を入れたら、慌てて店まで飛んで来た。
そして何度も何度も頭を下げ、ひたすら美樹ちゃんに謝っていた。守ってあげられなくてごめん・・・と。
美樹ちゃんはしばらく泣いていたけど、じょじょに落ち着きを取り戻していった。
課長が家まで送ると言うと、『嫌です!』と首を振った。
『みんながいる場所の方が落ち着くから、ここにいたい。それに・・・・悔しい。私も冴木さんも酷い目に遭わせて・・・・・絶対にあいつを見返してやりたい!』
美樹ちゃんはグッと歯を食いしばり、『だから私も戦わせて下さい!』と言った。
『役に立たないかもしれないけど、でもみんなと一緒にいたいんです!』
その言葉に、課長は申し訳なさそうに唇を噛んでいた。
そして今、またこうして頭を下げている。
美樹ちゃんは「課長は悪くありません。もちろん冴木さんも・・・」と呟いた。
「悪いのは全部アイツなんです。だからアイツをやっつけないと、また怖い目に遭う人が出て来る・・・・。」
顔を真っ赤にしながら、まだ鼻をすすっている。でもその目は怒りに満ちていて、彼女もまた屈辱を感じてるんだなと思った。
俺は「美樹ちゃん」と呼び、「俺たちの屈辱、一緒に晴らそうな」と頷きかけた。
「もちろんです!もしアイツを捕まえたら、一発蹴飛ばさせて下さい!」
「何発でも蹴ってやればいいよ。俺だってぶん殴ってやる。」
「あと手下の男たちも。」
「当然だよ。アイツらもサンドバッグみたいに殴ってやる。いくら謝まったって許してやらねえ。」
「一緒にブッ飛ばしましょうね!」
「おう!」
お互いに拳を握り、屈辱を晴らすことを誓い合う。
すると黙って聞いていた箕輪さんも「私にもそいつを殴らせてよ」と言った。
「ウチの店の仲間を酷い目に遭わせて・・・・・絶対にタダじゃ済まさない。」
「箕輪さん・・・顔が鬼みたいになってますよ?」
「当たり前でしょ!あんたはともかく、美樹ちゃんをこんな目に遭わせるなんて・・・・捕まえたら木刀で叩きのめしてやる!」
「いや、それ死んじゃうんじゃ・・・・、」
「地獄の閻魔の所に送ってやるわよ!三途の川の渡し賃まで取り上げてね!」
「それを取り上げたら閻魔の所まで行けないんじゃ・・・・、」
「泳いで行けばいいのよ!途中で溺れて死ねばなおいいわ!」
「いや、三途の川は元々死人が行く所で・・・・、」
「ああムカつく!早くぶん殴ってやりたい!」
「ごへあッ!」
なぜか俺の方に拳が飛んできて、口元に貼った絆創膏が抉れる。
《み・・・みんな怒ってんだな・・・・。俺を殴る意味が分からないけど・・・・。》
ズレた絆創膏を直していると、「私だって・・・」と課長が言った。
「私だってあいつを許せない・・・・・。やり方が卑劣過ぎるし、それに汚過ぎる。」
そう言って拳を握り、「グーで誰かを殴ったことなんてないけど、でも今回だけは・・・」と目を怒らせた。
《課長も怒ってるな・・・・まあ当然だけど。でもパーなら殴ったことがあるのか?》
ちょっとだけ怖くなって、ドキドキしながら課長の拳を見る。
すると箕輪さんが「一緒にぶん殴ってやりましょう!」と拳を伸ばした。
「ごふあッ!」
「そうね!みんなの怒りをぶつけてやろう!」
「ふべッ!・・・か・・・・課長まで・・・・、」
二人の拳に挟まれながら、「なんで俺を殴るの・・・」と絆創膏が落ちていった。
それを見た祐希さんは、笑いながら頷いた。
「みんな闘志満々ね、それでいい。」
そう言って、「これからやる事は簡単よ」と目を鋭くした。
「あの怪人は、人目に隠れてコソコソ動き回るのが得意みたい。だったらどうするか?」
そう言ってゆっくりとみんなを見渡す。
そして俺の所で視線を止め、首を傾げて見せた。
「ええっと・・・・明るい所に引っ張り出す・・・・ですか?」
「その通り。」
「だってこの前祐希さんがそう言ってたから。明るい場所であいつの首根っこを押さえてやれって。」
「あの手のタイプは、コソコソと小細工をするのは上手いのよ。でも誰もが注目する明るい場所だと、途端に弱くなる。」
「俺、あいつのマンションで殴られてる時に思ったんですけど、あいつってすごく気が弱いと思うんですよ。
あそこまでやっておきながら、俺が死んだらどうしようって不安がってたんです。それに会長を怖がって、課長にも手を出せなかったみたいだし。」
「そうよ、あの手の奴は小心者なの。だから堂々と戦うことが出来ないのよ。その為にあれこれと小細工をするわけ。
それをさせない為には、みんなが見ている明るい場所で戦いを挑めばいいわ。そしてもうすぐそういうシチュエーションがやってくるはずよ。」
「選挙ですね。」
祐希さんは頷き「大きなチャンスよ」と言った。
「あの怪人も選挙に出るんでしょ?だったらその時こそが勝負。」
「それは分かるんですけど、でも向こうだって警戒してるはずですよね?また何かの罠を用意してるんじゃ・・・・。」
「さあ、どうかしらね?」
「どういうことですか?」
「君はあの怪人に拷問を受け、しかもそっちのお嬢さんまで人質に取られた。そして絶対に刃向わないと約束させられたのよね?」
「ええ。」
「それもかなりねちっこいやり方だったんでしょ?頭を踏みつけたり、唾を舐めろと言ったり。」
「屈辱ですよ・・・・あれは。」
「わざとそうしたのよ。」
「分かってます。ああやって人をいたぶって楽しんでるんだって・・・、」
「違う。」
「違う?何がです?わざと俺をいじめて楽しんでたんでしょう?」
「そうじゃないわ。」
「いや、そうですよ。じゃなきゃあそこまで屈辱的なことはしないでしょ。」
あの時のことを思い出すと、また屈辱の炎が燃え上がる。
胸が熱くなり、身体まで火照ってくる。全身に怒りが湧いて、拳が固くなった。
すると祐希さんは「普通はそうはならないんだけどね」と笑った。
「え?」
「君・・・すごく怒ってるでしょ?」
「当たり前ですよ!今すぐぶん殴ってやりたいくらいです。誰だってそう思うでしょ?」
怒りながら尋ねると、祐希さんは首を振った。
「あのね・・・普通はそうはならないの。傷つくことはあっても、そこまで怒ることはないわ。」
「どうして?普通怒るでしょ。」
「もちろん怒りはするでしょうけど、それ以上に恐怖や惨めさが勝るのよ。あの怪人のことを思い出す度に、胸の中のプライドが傷つくから。
復讐したいと思っても、また屈辱を受けたらどうしようって恐怖が勝るのよ。」
「もちろん俺だって恐怖はありますよ。それに惨めだと思うし。でもだからこそ腹が立つんじゃないですか。やられっぱなしでいようとは思いませんよ。」
「誰だってプライドがあるわ。それは自分を支える柱でもあるけど、傷ついたら一番痛い場所でもあるの。だから普通は恐怖が勝るものなのよ。」
「俺はそんなことないです。プライドを傷つけられたんなら、じっとしてることなんて出来ませんよ。また傷ついてもいいから、あいつに一発でも入れてやりたい。
だって泣き寝入りしてる方がよっぽど辛いから。」
握った拳を打ち付けながら言うと、祐希さんは「あの怪人は君のことを舐めてたみたいね」と笑った。
「怪人は大きな誤算をしているわ。」
「誤算?」
「あいつは今までにもこうやって、刃向う者を黙らしてきたはず。確か君の会社の白川って常務、演説中に愛人との写真を流されたんでしょう?」
「スクリーンにデカデカとね。あの時の常務・・・完全に放心してたなあ。いつものビシッとした感じが消えて、なんだかショボイおっさんに見えましたよ。」
「それはプライドが粉々になった証拠よ。大勢の前で恥を掻かされて、いても立ってもいられなかったでしょうね。その時のことを思い出す度に、死にたくなるはずだわ。」
「まあ・・・あれは確かに恥ずかしいですよね。女子社員なんて悲鳴を上げてたし。」
「その白川って人、今後二度と怪人に関わろうとは思わないでしょうね。もしまたこんなことがあったら、それこそ屈辱のドン底だから。」
「ちょっと可哀想ですよね。でもあの人も散々女の人を弄んだわけだから、自業自得だとは思いますけど。」
そう答えると、美樹ちゃんがコクリと頷いた。
祐希さんは「他にも大勢の人がプライドを抉られたはずよ」と顔をしかめた。
「翔子ちゃんだって酷いこと言われたんでしょ?」
「ええ・・・・。」
課長は暗い顔になり、「一番触れられたくない部分だったから」と俯いた。
「でも私には支えてくれる人がいたから・・・・。」
「いつもの彼ね。」
「はい。それに・・・・冴木君も。」
そう言って俺を見つめ、「いつも傍にいてくれるんです」と微笑んだ。
「だから私・・・一人じゃないんだって思えました。傷つくことはあっても、支えてくれる人がいるから立ち上がれるんです。」
課長はニコリと微笑み、俺に頷きかける。
「か・・・課長・・・・。」
キュン・・・・とする。今、胸がキュン・・・とした。あの屈辱が一瞬で消えそうなほど、胸がキュン・・・・と・・・。
「にやけ過ぎよバカ。」
箕輪さんにおでこ叩かれ、「また殴った・・・」と唇を尖らせた。
「冴木君。」
祐希さんは真顔になり、「君ならあの怪人を倒せるわ」と言った。
「それだけ屈辱的なことをされれば、誰だって深く傷つく。そして二度と刃向おうなんて思わなくなるわ。
だけど君は違う。殴られれば殴られるほど、屈辱を受ければ受けるほど、さらに怒りが湧いてくる。・・・・いえ、闘志と言い換えてもいいわね。
自分を嘲笑った奴、仲間を傷つけた奴・・・・そいつを絶対に許さないと、激しい闘志が湧き上がる。」
「俺・・・・怒ってますよ。あの屈辱的な仕打ち、それに美樹ちゃんにした酷いこと。」
「だから怪人は誤算してるのよ。あいつは君のプライドをへし折ったつもりでいる。そしてもう二度と刃向わないと思ってるわ。」
「バカですね、あいつ。このまま黙ってるわけないっての。」
「でも怪人はそう思ってるわ。もう自分に敵はいないってね。だからおそらく罠は用意していない。仮にもし何か仕掛けていたとしても、君なら耐えられるはず。」
「二度とあんな奴にやられませんよ、俺は。」
「あの怪人と真っ向から戦えるのは君だけ。だから堂々と正面からぶつかってやればいいのよ。みんなが注目している選挙の時にね。
君ならどんな罠が待っていても怖くはない。そうでしょ?」
「俺はあんな奴怖くありませんよ。でも・・・また周りに手を出してきたら・・・・。」
そう言って隣を振り向くと、美樹ちゃんがビクッと肩を震わせた。
箕輪さんがギュッと肩を抱きしめ、「そうですよ」と言った。
「冴木はともかく、またこっちに手を出してきたら・・・・、」
「それは心配ないわ。私が守ってあげるから。」
「あなたが?」
「だからこそ私を呼んだんでしょう?」
祐希さんはそう言って俺に目を向ける。
「はい。あの怪人は俺が倒すつもりです。だけどまた周りに手を出されたらって思うと・・・・それが怖いんです。
でも祐希さんなら、あいつの小細工なんかに負けないと思って。あいつがどんなに汚い手を使ってきても、絶対に祐希さんの方が上手だろうなって思うから。」
「それ褒めてる?それとも貶してる?」
祐希さんの眉間に皺が寄る。俺は慌てて「褒めてます!褒めてます!」と言った。
「祐希さんを貶すわけないじゃないですか・・・・ははは・・・。」
「いいわよ貶しても。その後どうなっても知らないけど。」
「・・・・・褒めてます、ええ。」
おっかない視線に負けて、シュンと項垂れる。俺・・・多分この人には一生頭が上がらない気がする・・・・。
祐希さんは「まだまだね」と笑う。俺は頭を掻きながら「祐希さんには敵いません」と答えた。
「いつか私を超えてみせてよ。」
「出来るんですかね、俺なんかが・・・・。」
「出来ると思えば出来るわ。出来ないと思えば一生出来ない。」
「そういうもんですか?」
「そういうもんよ。だから選挙だって同じ。自信のない顔で、自信のない演説なんかしてたら誰も投票しないわ。
ほら、たまにいるでしょ?とても政治家になれるような人間じゃないのに、なぜか当選してる人が。」
「いますね、たま〜に。いつも不思議に思うんですよ。なんでこんな人が当選したんだろうって。」
「本気でなれると信じてるからよ。だから自信満々な顔で、自信満々に演説をするわけ。
投票者はその人の過去や経歴なんて調べないから、あくまで選挙活動中の言動で評価するのよ。そして後から化けの皮が剥がれる。」
「俺・・・・けっこう偉そうに演説しちゃったんですよ。ならもしかしたら・・・・、」
「通るかもね。」
「もしそれで社長になったら、俺も失脚しちゃうんですかね・・・・。やっぱアイツじゃダメだったみたいに言われて。」
「それは君次第よ。掴んだチャンスを活かすかどうかは、全て自分に懸ってるからね。」
祐希さんはそう言って、「だから君は選挙のことだけ考えなさい」と言った。
「確か選挙前に、もう一度だけ演説する時間があるんでしょ?」
「ええ。演説っていうか、簡単なスピーチみたいなもんですけど。時間は二分くらいだし。」
「だったらその時こそが勝負ね。君は堂々と演説をすればいい。それこそが、奴を倒す一番の方法よ。」
「俺が社長になったら、絶対にあいつを追い出します。」
「君はあの怪人のことをよく知ってる。社長になれば、今度は君があいつを追い詰める番よ。でもまあ・・・・その前にあの怪人はくたばるでしょうけど。」
「そうなんですか?」
「だって演説の時にこそ、奴を追及することが出来るじゃない。」
「ああ、そっか!」
「自分なら出来ると思いなさい。堂々と胸を張って、堂々とした顔で言ってやればいいの。みんなが見ている明るい場所で、あいつの本性を曝け出してやりなさい。」
祐希さんはビシッと指をさす。俺は頷き、「周りのことはお願いします」と言った。
「美樹ちゃん、箕輪さん、楠店長・・・・それに課長を。」
そう言って課長に目を向けると、「何言ってるの」と怒った。
「私も君と一緒に戦うわ。」
「はい?」
「あのね、今まで黙ってたんだけど・・・・・、」
「ええ・・・・・・。」
「実は私も立候補したの・・・・社長選挙に。」
「・・・・・マジですか?」
思いもしないことを言われて、口を開けたまま固まる。
「だって候補者の人数が少なすぎるから。だから父から言われたのよ。選挙委員長としての責任を取って、お前も立候補しろって。」
「でもそれは課長のせいじゃないのに。」
そう言うと、課長はため息交じりに首を振った。
「だからこそ父は、私に選挙委員長を任せたのよ。候補者が足りなかったら、その責任として私を立候補させる為に。
もし私が当選したら、会社から去ることは出来なくなると思って。」
「課長が社長・・・・素晴らしいじゃないですか!俺は応援しますよ!」
にこやかな笑顔で言うと、「なにバカなこと言ってるの」と怒られた。
「君も候補者なのよ。私を応援してどうするの?」
「でも俺なんかより、絶対に課長の方が相応しいですよ!」
「私はここを辞めるの。稲松文具に縛られない場所へ行って、自分で自分の居場所を見つけたいの。何度も言ってるでしょ。」
「でも・・・・、」
「もう決めたことだから。もし当選したって、すぐに辞任してやるわ。」
課長の眉間に皺が寄る。きっと会長に対して怒ってるんだ。今でもまだ会社に繋ぎ止めようとしているから・・・・。
「選挙には私も出る。あの怪人を倒す為にね。」
「はい・・・・。」
「周りのことは祐希さんに任せておけばいいわ。私たちは明日の選挙に集中しましょ。」
「・・・・・はい。」
俺はガックリと頷く。やっぱり課長は去ってしまうんだなと、捨てられた子犬みたいな気分になった。
それを見た祐希さんは可笑しそうに笑い、「そっちの方もまだまだね」と言った。
「でもいつか願いが叶うと信じなさい。自分なら出来るって。」
「はい・・・・。」
「ああ、それと・・・・。」
「はい?」
「分かってると思うけど、私の仕事は安くないわよ。その辺は大丈夫なんでしょうね?」
「前にやってたスパイの報酬・・・・まだ残ってるんですよ。だから何とか払えると思うんですけど・・・・、」
「もし足りなかったら、三年は私の元でタダ働きしてもらうからね。」
「ええ!三年も?」
「なんなら海外の危険な仕事に飛ばしてもいいんだけど?」
「いえいえいえ!もしもの時は祐希さんの元でコキ使って下さい!ていうかお金はちゃんとあるんで、ええ!」
「なら安心ね。」
祐希さんはニコリと笑う。その笑顔が怖くて、《帰ったらすぐに通帳を確認しなきゃな》と思った。
「冴木さん。」
美樹ちゃんが呼びかけてきて、「絶対に社長になって下さいね!」と拳を握った。
「私、絶対に冴木さんに入れますから。」
「ありがとう。」
すると箕輪さんも「落ちたら承知しないわよ」と睨んだ。
「あんな怪人なんかに負けたら、二度と店に入れてやらないから。」
「負けませんよ、俺は!」
「よろしい。」
そう言って箕輪さんも拳を握る。すると課長も拳を伸ばしてこう言った。
「みんな思いは同じ。私だって一緒に戦うから頑張ろう。」
「課長・・・・俺たちなら出来るって信じましょう!」
俺も拳を握り、みんなの拳を一つに合わせる。
祐希さんが「青春って感じね、羨ましい」と笑った。
選挙は明日、あの怪人と決着をつけるまで、あと半日もない。
握った拳を強く固めて、雪辱を誓った。

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< December 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM