稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十五話 いざ選挙!(1)

  • 2016.05.26 Thursday
  • 09:01
JUGEMテーマ:自作小説
選挙の当日は気持ちの良い朝だった。
空は晴れ、小さな雲が流れている。
最近はじめじめした空気が流れていたけど、それを吹き飛ばすような爽快感だった。
《いよいよだな・・・。》
自宅のマンションの前で朝陽を浴びながら、胸いっぱい息を吸い込む。
大きく深呼吸をして、不安と緊張を吐き出した。
スマホを見るとLINEが届いていて、《おはよう》と課長からのメッセージが表示された。
《いよいよ選挙だね。気分はどう?昨日はよく眠れた?》
俺はすぐに《よく眠れました》と返した。
本当は全然寝れなかったんだけど、心配させたくなくてそう打った。
すると《私は全然寝れなかった。やっぱり冴木君は強いね》と返ってきた。
「課長も不安なんだな。でも不安にならない方がおかしいか。」
俺は《今から行きます。その前に店に寄ってから》と打つ。
課長は《私もお店に顔を出そうと思ってたの。先に行って待ってるね》と答えた。
スマホをしまい、青い空を見上げる。
今日・・・・稲松文具の社長が決まる。そしてあの怪人との決着がつく。
社長になるのは俺か課長か?それともあの怪人か?
投票は午前九時から行われ、昼の十二時には終わる。
本社へ直接行ってもいいし、ネットから投票してもいい。
箕輪さんと美樹ちゃんは本社まで行くと言っていて、店長だけがお留守番だ。
「大丈夫かな・・・あの二人。ネットで投票でもいいのに。」
本社には怪人も来る。だからお店から投票した方が安全なんだけど、あの二人は「絶対に行く!」と言ってきかなかった。
『あの怪人が悔しがるところを見たいのよ!』
『私もです!だから絶対に当選して下さいね!』
そう言って課長の家から帰るまで息巻いていた。
「でもその方がいいか。俺たちの目の届くところにいてくれた方が安全かもしれないし。それにいざとなったら祐希さんが守ってくれるし。」
祐希さんがどういう風に動くのかは知らない。でもあの人の仕事に間違いはないから、安心して二人を任せられる。
「俺は俺のことをやるだけだ。ビシッとスピーチを決めて、たくさんの人に入れてもらわないと。」
気合を入れ、「よっしゃ!」と言いながら車に乗り込む。
空は絵に描いたように晴れていて、遠い世界へ吸い込まれそうになる。
もし・・・もし社長に当選したら、冗談じゃなくて本当に別の世界へ行くことになるだろう。
その時、俺にはやりたいことがある。
怪人を倒すのは当然として、それ以外にもう一つだけやりたいことが・・・・・。
「加藤社長、見てて下さい。あなたがこの世に戻ってきたこと、決して無駄じゃなかったって証明しますから。だから俺が羽ばたくところを見てて下さい。」
車を飛ばし、大きな国道を一直線に走って行く。
不安と緊張はまだある。いくら吐き出しても消えない。
でもそれと同時に、大きな希望を感じていた。
どこまでも晴れ渡る空と同じように、人間の世界だって俺が知るより遥かに広いはずだ。
社長になったら、まだ見ぬ広い世界に行くことが出来る。
別にお金持ちになりたいとか、権力を持ちたいとかが目的じゃない。
今までに立ったことのない場所で、この世界を眺めてみたかった。
俺が思うより、この世界はずっと広いはずだから。

            *

店に着くと、みんなが先に来ていた。
課長、箕輪さん、美樹ちゃん、店長。
みんないつもより早くやって来て、店を開く準備をしていた。
箕輪さんはシャッターを開け、美樹ちゃんはレジを立ち上げ、店長はゴミを捨てている。
課長はモップを掛けていて、棚の下まで丁寧に拭いていた。
「おはようございます!」
大きな声で挨拶すると、顔に雑巾が飛んできた。
「ぶほ!」
「早く掃除する。選挙に行くんだから開店準備を終わらせとかないと。」
「はい!」
雑巾を掴み、棚の上を拭いていく。
いつもなら適当に終わらせるけど、今日はしっかりと拭いた。
「冴木君、今日はいつもと顔が違うね。」
課長にそう言われて、「そうですか?」と答えた。
「なんかやる気に満ちてるって感じがする。」
「ああ、それはあるかも。緊張してるんですけど、でもその分だけ楽しみっていうか。」
「楽しみ?」
「はい。だって普通はどんなに頑張ったって、俺みたいのが社長になれないですから。でもこうして選挙に出て、社長のチャンスに恵まれたんです。なんか嬉しくて。」
そう答えると、「すごいね」と言われた。
「普通は緊張してガチガチになると思うのに・・・。それが楽しいって思えるのはすごいと思う。」
「だって二度とないチャンスじゃないですか。怖いけど楽しいんですよ。」
「冴木君・・・やっぱり前より逞しくなったね。」
「そうですか?」
「うん、すごく男らしくなった。」
「お・・・男らしい・・・・?」
「カッコよくなったと思う。」
「ほ・・・・ホントですか!」
「もう手の掛かる弟じゃないんだなって・・・なんだかそう思う。」
「か・・・・課長・・・・。」
握っていた雑巾を落とし、「なら俺は・・・」と息を飲んだ。
「俺は・・・・男として合格ってことですか?」
「ん?」
「いや、だから・・・・弟から男に昇格したってことですよね?なら・・・俺を異性として見てくれるってことですよね?」
ガチガチに緊張しながら、「もし社長になったら、是非もう一度デートを!」と手を差し出した。
すると「ニヤニヤすんな」と箕輪さんにチョップされた。
「痛ッ!」
「ほんっとすぐ調子に乗るんだから。」
「いや、でも・・・・、」
「課長もあんまり褒めない方がいいですよ。コイツは基本的にアホなんですから。」
「あ・・・アホって言わないで下さい!」
「じゃあ何?バカ?ボンクラ?それとも童貞?」
「なッ!箕輪さんまで・・・・・、」
顔を真っ赤にしていると、「私もそれ思ってたんです」と美樹ちゃんが言った。
「冴木さんって、きっとそういう経験ないんだろうなあって。」
「美樹ちゃんまで・・・・、」
「もしかして・・・童貞のまま30になったら、魔法使いになれるとか思ってます?」
「思ってないよ!」
「どうかなあ〜・・・・なんか思ってそうだけど。」
「うん、きっと思ってる。」
「だから思ってませんて!」
「いいや、あんたは思ってる。ていうかさ、多分あれね、あんたって素人どうて・・・・、」
「ああ!それ言わないで下さい!!」
慌てて箕輪さんの口を塞ぐと、課長が「そういえば・・・」と呟いた。
「ああ、課長!もうこの話は・・・・、」
「あれから伊礼さんどうなったんだろう?」
「伊礼さん?」
「だって伊礼さんも怪人に連れて行かれたんでしょう?」
「・・・・・・あああ!」
今の今まですっかり忘れていて、「そうだった・・・」と震えた。
「もしかしたらあの人も酷い目に遭わされてるかも!」
そう言いながらスマホを取り出し、伊礼さんに掛けようとした。
すると店のドアが開いて、「心配は無用だ」と誰かが入って来た。
「俺なら無事だ。」
「い・・・伊礼さん!」
伊礼さんは軽く手を挙げ、「よう」と微笑んだ。
「あれからどうなったんです!ていうか大丈夫だったんですか!?」
「まあな。」
「まあなって・・・・けっこうヤバイ感じだったじゃないですか。」
「それはお互い様だろ?そっちも中々ヤバかったって聞いてるぞ。」
「聞いてるって・・・・誰にですか?」
「御神祐希ってカメラマンだ。」
「祐希さんから?」
「加藤の奴、俺の身を案じていたみたいでな。万が一の為に、祐希って女に俺を守るように頼んでくれていたらしい。」
「伊礼さんも・・・・。」
「お前もあの女に助けてもらったんだろ?」
「そうなんですよ。そのおかげででっち上げの記事が載らなくてすんだんです。」
「俺は靴キング!連れて行かれ、しばらくそこで監禁されてたんだ。きっと後から暴行でも加えるつもりだったんだろう。でも突然会社にマスコミが来てな。」
「マスコミ?」
「なんか優男風の兄ちゃんが、週刊誌の連中を連れて来たんだよ。もうすぐウチで選挙があるから、その取材をさせてくれって。
その話が怪人にも伝わったらしくて、俺はすぐに解放された。」
「ああ、そういうことか・・・。もし監禁とか暴行とかがバレたら、それを記事にされるから。」
「あの怪人は憶病なんだよ。だから俺は無事だった。」
伊礼さんは小さく笑いながら、「加藤のおかげだ」と言った。
「あいつ・・・こんな時にまで周りのことを考えてたんだ。頭が下がるというか・・・・。」
そう言いながら内ポケットに手を入れ、「ほら」と封筒を差し出した。
「これは?」
「あの時の手紙だ。途中で怪人が入ってきて読む暇なかっただろ?」
「これ・・・・回収してたんですか?」
「奪われちゃマズイだろ?咄嗟に隠したんだよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「ここにはあいつの思いが書いてある。どれだけ靴キング!のことを大事に想ってるか。どれだけ従業員のことを大事に想ってるか。
それを読んだ時、俺はあの怪人を倒すことに決めた。追い出すだけじゃダメだってな。また他の所で悪さをしないように、ここで潰しておかなきゃならん。」
俺は手にした手紙を見つめる。伊礼さんは「ほら」と顎をしゃくった。
「・・・・・加藤社長。」
封を開け、中から一枚の手紙を取り出す。
そこには俺に宛てた手紙と同じように、達筆な文字が並んでいた。
《この手紙を読んでるってことは、俺は危険な状態なんだろうな。でもまだ生きてるはずだ。
その時は徹底的に子供のフリをして、あの怪人の手から離れていると思う。中身まで子供になったんじゃ、もう利用価値は無くなるからな。
まあ俺とお前の仲だ。下らない前置きはすっ飛ばして、とりあえずこれからのことを書く。
実は俺には一つだけ武器があるんだ。あの怪人を地獄のドン底へ叩き落とす武器がな。
でもそれはまだ言えない。選挙の時が来るまでは、胸にしまっておかなきゃならないんだ。
なんたってあの怪人、裏でコソコソ動き回るのが得意だからな。今この武器を使ったとしても、きっと潰されてしまう。
だから誰もが注目する選挙の時に、この武器を使おうと思う。上手くいけば、あの怪人は二度と立ち直ることが出来ないほどのダメージを負うはずだ。》
ここまでは俺の手紙に書かれていたことと同じだ。加藤社長だけが持っている武器・・・・それが何のかは分からないけど、でもきっと強力な武器なんだろうと思う。
「あなたはまだ戦おうとしてるんですね。こっちも準備は整ってます。みんながあの怪人を倒したい・・・・その思いは一緒ですよ。」
加藤社長を思い浮かべながら先を読んだ。
《きっと近いうちに俺は消える。でも悔いはないよ。こうして現世に戻って来ることが出来ただけでも嬉しい。
またお前に会えたし、それに冴木なんて面白い男にも会えた。それに何より、また靴キング!で働けるのが嬉しかった。
あれは親父の形見みたいなもんだ。そして俺にとっての宝なんだ。だから怪人の手駒とはいえ、またあそこに戻れたのは本当に嬉しかった。
ここだけは唯一あの怪人に感謝してるところだ。まあ感謝する義理なんてないんだけどな。
俺はまたあの会社に戻って、改めて感じたよ。ここに俺の全てがあったんだって。
ここには親父の魂があって、それを支えたお袋の思いがあって、たくさんの社員の努力が眠ってる。
働くってのは一人じゃ出来なくて、会社を支えようと思ったら尚更だ。
一人一人の力が合わさって、大きな山になる。みんなそれぞれ違ってて、でもそれが上手く繋がってみんなの為になるんだ。
親父が亡くなって、お袋も亡くなって、でも俺は寂しくなかった。それは靴キング!があったからだ。
ここには俺の全てがある。ここにいる限り、俺は一人じゃない。
お前がいるし、一生懸命頑張ってくれるたくさんの社員がいる。そう思うといつだって幸せな気分になれたんだ。
だから俺は守りたい。近いうちにこの世から消える運命だとしても、この場所を守りたいんだ。
多くの努力や熱意が積み重なったこの場所を、あの怪人の好きにはさせたくない。だから俺は最後まで戦う。靴キング!を守る為に。
伊礼、お前は最高の友達だ。家族にも等しいと思ってる。だから最後のわがままと思って付き合ってほしい。どうかあの怪人を倒すまで、俺の傍にいてくれ。
あんな奴は野放しにしちゃ駄目なんだ。自分だけが良ければいいなんて奴は、決して許しちゃいけない。
どうか俺の最後のわがままを聞いてくれ。》
手紙はそう締めくくられていた。最後に《たった一人の親友へ》と宛てて。
俺は手紙を折りたたみ、そっと封に戻す。そして伊礼さんの手に渡した。
「あの人が・・・どれだけ靴キング!のことを想ってるのか分かりました。そしてどれだけ伊礼さんのことを信頼してるのかも。」
渡した手紙を見つめながら、胸を締め付けるような感情がこみ上げる。
足元に落とした雑巾を睨み、それを掴んで掃除に戻った。
「早く終わらせて本社に行きましょう。」
棚の埃を拭き、商品を整理し、事務所の水道で雑巾を絞る。
しっかりと手を洗い、鏡を見ながらネクタイを直し、パンパンと頬を叩いて気合を入れた。
「・・・・・・・・・・。」
鏡に映った自分の顔を見つめ、頭の中でスピーチを繰り返す。
《祐希さんは言った。自信の無い顔で喋っても、誰も聴いてくれないって。だから俺は、本気で自分の想いをぶつける。
稲松文具グループ全ての人に、冴木晴香って男を見てもらうんだ!》
気力は充分。不安と緊張はあっても、それを上回る闘志が湧いてくる。
ふうっと息を吐き、《自分なら出来ると信じろ》と言い聞かす。
そして店に戻ると、課長が「はい」と俺のカバンを渡してきた。
「選挙に行こう。」
「はい!」
カバンを受け取り、「よっしゃ!」と気合を入れる。
箕輪さんが「しっかりやんなよ」と背中を叩き、美樹ちゃんも「私たちも応援してますからね!」と拳を握った。
「ありがとう。頑張ってきます。」
そう言って頷くと、「あの・・・」と店長が呟いた。
「僕も・・・応援してるよ。」
「店長・・・。」
「だから・・・・僕のこと首にしないでくれ!」
「はい?」
「もし社長になっても、僕を首にしないでくれ!ようやく嫁さんが戻って来てくれそうなんだ!」
「・・・まあ考えときます。」
最後までダメだなこのオッサン・・・・。
でも何となく気持ちは伝わってきたので、「頑張ってきます」と頷いた。
すると伊礼さんも「俺も楽しみにしてるよ」と言った。
「前の演説は素晴らしかった。だから今回も楽しみにしている。」
「俺・・・難しいことを言うつもりはありません。ただ今よりももっと良い会社にしたいなって・・・その思いだけを伝えるつもりです。」
「それでいい。」
そう言って頷き、「じゃあ俺も行くよ」と踵を返した。
「俺だって一応候補者だからな。」
「あの・・・・加藤社長は・・・・、」
「もちろん出るさ。ただし俺が傍についてな。」
「伊礼さんが?」
「手紙にも書いてあったろ?最後まで傍にいてくれって。だからあいつ、きっと何かをやらかすつもりなんだ。」
「それって・・・加藤社長だけが持ってる武器のことですか?」
「おそらくな。それがどういう武器なのか知らんが、でも俺の力が必要なんだろう。なら最後まで付き合ってやるさ。あいつは親友だからな。」
そう答える伊礼さんの顔は、どこか嬉しそうだった。
「じゃあまた後で。」
手を振りながら店を出て行く。
課長も「私たちも行こう」と歩き出した。
「誰が社長になっても、稲松文具は大きく変わると思う。でもどうせ変わるなら、良い方へ変えたいじゃない。この会社を大事に想ってるみんなの力で。」
「はい!」
俺はみんなを振り向き、「じゃあ行ってきます」と手を振った。
「ビシっと決めるのよ、私たちも後で行くから。」
「冴木さん、ファイト〜!」
「・・・・・・・・・。」
「ほらほら、店長も!」
「さ・・・冴木さん・・・ふぁいと〜・・・・。」
引きつった顔で応援する店長。俺は笑いを堪えながら頷いた。
店を出ると課長が車を回していて、「乗って」と言った。
俺は課長の隣に乗り込み、「いよいよですね」と言った。
「緊張してる?」
「すごく・・・。」
「でも楽しみなんでしょ?」
「はい。」
「こういう大きな場面で楽しめるって、冴木君は器が大きいのかもね。もし社長になったら化けるかも。」
「俺、頑張りますよ。だからもし社長になったら・・・・、」
「いいよ、デートしよう。」
「ほ・・・ホントですか!?」
「だから今は選挙に集中。」
「は・・・はい!」
別の意味で楽しくってきて、「やったるぞ〜」と前を向く。
課長はクスクス笑いながら車を走らせた。
空は青く澄んでいて、このままどこかでも突っ走っていけそうな気がした。
大丈夫、未来はきっと明るい。
もし暗いことがあったとしても、きっと明るく照らすと信じてなきゃいけない。
不安と緊張に勝る期待を胸に、本社へと向かって行った。

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