稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第三十六話 いざ選挙!(2)

  • 2016.05.27 Friday
  • 12:42
JUGEMテーマ:自作小説
五階にある狭い会議室に、候補者が顔を揃えている。
俺、課長、伊礼さん、加藤社長、カグラの社長と副社長。そして・・・・怪人。
テーブルを囲うようにしてみんなが座っていて、難しい顔で腕を組んでいる。
「選挙は九時からです。あと一時半ほどですね。」
そう言って草刈取締役が腕時計を見つめた。
本来なら課長が進行役だが、候補者になってしまったので代わりを務めている。
差し棒をバンバンと叩きながら、「何か質問は?」と見渡した。
誰も手を挙げず、草刈取締役は小さく頷く。
「確認の為にもう一度繰り返しますが、選挙前のスピーチは、それぞれ二分です。順番は今からクジで決めます。」
そう言って小さな箱を取り出し、「じゃあ右側の方から」と俺に渡した。
俺は箱を受け取り、中からクジを引く。次に課長が引き、そして伊礼さんと加藤社長。
その次に怪人が引いて、カグラの二人も引いた。
それぞれの手にクジが渡り、「では番号を確認してください」と言われた。
「・・・・・・・・・。」
折りたたまれたクジを開くと、「3」と書いてあった。
「先ほども言いましたが、お互いに順番を教えるのは厳禁です。いいですね?」
そう言ってバシバシと差し棒を叩きつける。
《前の演説であんなことがあったから、順番にも気をつけてるんだろうな。誰がいつ喋るか分かったら、怪人が何か仕掛けてくるから。》
俺はクジを折りたたみ、手の中に握りしめた。
「ではクジを回収します。箱の中に戻して。」
みんな順々にクジを戻し、また難しい顔で腕を組んだ。
《いったいどういう順番なんだろうな・・・。もし怪人が一番手なら、また何か仕掛けてくるんじゃ・・・・、》
怪人の方を睨むと、澄ました顔で扇子を仰いでいた。
誰とも目を合せようとせず、勝ち誇った笑みを浮かべている。
《余裕の表情だな。白川常務を潰して、俺を脅して、もう敵はいないって安心してんのか?》
怪人は加藤社長を手駒にして本社を乗っ取るつもりだった。
でもその加藤社長はもう使えないと切り捨てた。だから加藤社長のことは敵とは思っていない。それに人数合わせで出馬した伊礼さんも眼中にはないだろう。
カグラの二人は最初からやる気がないから、相手にする必要はない。
となると・・・・・課長だ。
ギリギリになって出馬してきた、最も強力な対抗馬。
会長の一人娘で、その美貌ゆえにファンも多い。
それに誰にでも丁寧に接するから、男女問わず人気がある。
だから何か仕掛けてくるとしたら、それは課長以外に考えらない。
《怪人の順番は問題じゃない。課長の順番を知らないといけないんだ。じゃないと何かあった時に対処できない。》
俺は課長に目配せをした。すると課長もこちらを見て、小さく頷いた。
《きっと課長も同じことを考えてるはずだ。後でこっそり順番を教えてもらわないと・・・・、》
そう思っていると、「では各自別々の部屋へ移動してください」と言われた。
「先ほども説明した通り、スピーチまでは自分の部屋にいてもらいます。用がある時は係の者に言いつけて下さい。」
そう言われて《そうだったあ〜!》と唇を噛んだ。
《スピーチが終わるまでは、候補者は隔離されるんだった。結託して不正を働かないようにする為に・・・・・。》
「ちなみにケータイやスマホ、それにパソコンなどの通信機器はこちらで預からせて頂きます。」
《くっそ〜・・・・スマホまで奪われるのかよ・・・・。これじゃ課長の順番が分からないじゃないか!》
いったいどうしたらいいのか困っていると、伊礼さんが手を挙げた。
「何ですか?」
「あの・・・実は加藤社長のことなんですが・・・、」
そう言って隣に座る加藤社長を見つめる伊礼さん。草刈取締役も目を向け、わずかに眉を寄せた。
なぜなら加藤社長は、車のオモチャで遊んでいたからだ。
「ぶ〜ん!」と言いながら楽しそうに笑っている。
「・・・・話は聞いています。病院に運ばれてから幼児退行してしまったとか?」
「ええ。ですから一人でスピーチをさせるのは不安かと。ここは私が付き添っても構わないでしょうか?」
伊礼さんはいかにも不安そうな表情で訴える。すると草刈取締役は「駄目です」と答えた。
「スピーチが終わるまでは、候補者同士の接触は厳禁です。」
「しかし・・・、」
「係の者を付き添わせます。」
「・・・加藤はまだ子供です。見知った人間でないと落ち着かない。」
「なら棄権なさっては?」
「棄権・・・?」
「こうして様子を見ている限りじゃ、とてもスピーチなど出来ないでしょう?」
「棄権・・・・出来るんですか?」
「してはいけないという決まりはありません。それに加藤さんが抜けても、最低枠の六名は保てますから。」
「そうですか・・・棄権は可能・・・・。」
伊礼さんは小さく頷き、「なら私が棄権します」と言った。
「あなたが?」
「加藤は我が社の社長です。それを差し置いて私が立候補するわけにはいきません。」
「社長といっても、今は幼児退行してるんでしょう?ならあなたが出た方が・・・・、」
「しかし社長は社長です。ここは私が・・・・、」
「いや、別に誰か棄権しようと構いませんよ。ただその様子じゃどうかと思ってね・・・・。」
加藤社長は車に飽きて、今度は戦隊ヒーローの人形で遊んでいる。
「でゅくし!」とか「ぴしゅん!」とか叫びながら。
「というより、あなたが棄権しなくてもまだ一人いるじゃないですか。靴キング!の人間が・・・・。」
草刈取締役は憎らしそうな目で怪人を睨む。
「香川部長、あなたが棄権なさっては?」
そう促すと、笑顔のまま首を振った。
「わたくしは棄権など致しません。加藤社長がこのようなことになってしまった以上、わたくしが責任をもって立候補させて頂きます。」
「あなたに何の責任が?」
「だってわたくし、靴キング!の総務部長ですから。社長、専務、常務に次ぐ、四番目のポストですのよ。責任を持つのは当然じゃありませんの。」
「伊礼本部長が出るんだから、あなたは棄権しても問題ないと思いますが?」
「それはそれ、これはこれ。わたくし、選挙には出させて頂きますわ。誰がなんと言おうと・・・・ねえ?」
怪人はみんなを見渡し、「おほほほほ!」と扇子を仰いだ。
草刈取締役は小さく舌打ちをして、殺気のこもった目を向けた。
《この人も怪人をどうにかしたいんだろうけど、白川常務があんな目に遭った後じゃあなあ・・・・。
課長が言うには、草刈さんもあんまり信用出来る人じゃないらしいし。きっと裏では色々悪いことやってんだろ。
後ろめたいことがあるから、怪人に逆らえないんだ。もし弱みを握られてたら終わりだから。》
悔しそうな顔をする草刈取締役だが、これ以上は何も反論しなかった。
《もしかしたらすでに脅されてる可能性もあるよな。近いうちにこの人も消えるかも・・・・・。》
そんな風に思っていると、伊礼さんが「私が棄権します」と言った。
「棄権はルールに違反しないのであれば、問題ありませんよね?」
「ええ・・・・まあ・・・・。」
「なら私はこの場で棄権します。そして加藤の付き添いをさせて頂きたい。」
「どうぞご自由に。」
草刈取締役は面倒くさそうに言い、「ではもう一度クジを」と言った。
「一人抜けたんでやり直しです。ちなみにもう棄権したいという方はいませんよね?」
そう言いながらみんなを見渡して、なぜか俺の所で目を止めた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・なんすか?」
「・・・いや・・・・本当に出るんだなと思って・・・・。」
「はい?」
「馬鹿というか、恥知らずというか・・・・・。」
「あんたに言われたくねえ。」
「まあいいさ。選挙が終わったら首を飛ばしてやる。どうせお前なんかが当選するわけないからな。」
「てめえ・・・・、」
カチンと来て、思わず腰が浮く。すると課長が俺の肩を押さえた。
「落ち着いて。」
小声でそう言われて、「すいません・・・」と座る。
《いかんいかん・・・・。こんな所で怒ったって意味ないんだ。冷静に冷静に・・・・。》
草刈はニヤニヤした顔で挑発してくる。俺は目を逸らし、《今に見てやがれ!》と罵った。
「では棄権者はいないようですので、クジを引いて下さい。」
再びクジ箱を回され、順番に引いていく。今度はさっきとは逆の左回りで、俺は一番最後に引いた。
「・・・・・マジかよ。」
番号を見て思わず唸る。
「1」
なんとトップバッターだ。
当然のことだけど緊張する。それに何より、誰かが俺より良いスピーチをしてしまうと、俺のスピーチは霞んでしまう。
《こういうのはトリがいいのに・・・クソ!でも順番は順番だ、仕方ないか。》
クジを戻し、むっつりした顔で腕を組む。
草刈が「では皆さん別室へ移動して下さい」と言い、係員が候補者を案内していった。
加藤社長だけは伊礼さんが付き添い、二人して部屋から出ていく。
カグラの二人もさっさと出て行って、怪人も扇子を仰ぎながら去って行った。
課長も立ち上がり、引き締まった表情で歩いて行く。
俺は最後に立ち上がり、緊張を胸に部屋を後にした。
それぞれの候補者が別室へ案内されていく。
ちゃんと候補者用に用意した部屋で、中には食べ物や飲み物が置かれていた。
「へえ、気が利くな。」
ちょっと小腹が空いていたのでありがたい。
スピーチの前に腹ごしらえをと思っていると、「あ、冴木さんはこっちです」と係員に言われた。
「え?」
「それは他の候補者の部屋ですから。あなたはこっちです。」
そう言われて案内されたのは、パイプ椅子が積み上がった小さな部屋だった。
足の欠けた机や、古いパソコンも転がっている。
しかも全体的に埃っぽく、積み上がったパイプ椅子のせいで、窓の光もちょっとしか入らない。
「・・・・・・・・・・。」
「どうぞ。」
「あの・・・・どうして俺だけこんな部屋に?」
「草刈取締役の指示です。」
「・・・・・・・・・・。」
「急に候補者が増えてしまったので、人数分の部屋を用意出来なかったんですよ。埃っぽい場所だけど我慢して下さい。」
中に押し込まれ、「外にいるので、用がある時は声を掛けて下さい」と言われた。
「あの・・・・もう少しマシな部屋は・・・・、」
「ああ、それと通信機器はお預かりします。」
「いや、あの・・・・もう少しマシな部屋を・・・・、」
「出して下さい。」
「・・・・・・・・。」
「早く。」
「・・・・・・・・。」
「従わないのなら、ルール違反で失格にしますよ?」
「・・・・・分かったよ。」
ポケットからスマホを取り出し、「ほら」と突き出す。
相手はそれを受け取ると、何も言わずにバタンとドアを閉めた。
「・・・・・・・・・・。」
閉じられたドアを睨み、積み上がったパイプ椅子を振り返る。
「あんの野郎〜・・・・・・。」
腹が立ってきて、積み上がったパイプ椅子を蹴った。
するとグラグラと揺れて、俺の方に向かって倒れてきた。
「ぎゃうッ!」
大きな音を立てながら崩れるパイプ椅子。俺は下敷きになって、「クソッタレ!」と叫んだ。
「草刈の野郎〜・・・・しょうもない嫌がらせしやがってえええ・・・・。」
パイプ椅子をどけながら、埃まみれになったスーツを払う。
「俺が社長になったら絶対に首にしてやっかんな!」
バシ!っと拳を打ち付け、パイプ椅子を立てる。
ドスン!と腰を下ろすと、メキっと鳴って壊れた。
「ぎゃうッ!」
ドアが開き、「静かにして下さい」と怒られる。
「他の候補者に迷惑です。」
「だったらもちっとマシな部屋用意しろよ!」
「急に候補者が増えたんだから仕方ないでしょう。」
「あのな・・・俺が先に立候補してたんだ。だったら後から出馬した奴をここにすればいいだろ。」
「なら北川課長に替わってもらいますか?」
「なんで課長なんだよ!あの婆さんでいいだろ!」
「それはこちらが決めることです。それと壊した椅子・・・・給料から天引きになりますよ。」
そう言ってバタンとドアを閉める。
俺は「ぐううう〜・・・・・・」と拳を握り、「だったら椅子くらいまともなもん用意しとけ!」と怒鳴った。
「なんなんだよいきなり・・・・。ああ、出だしから腹立つ!」
また椅子を蹴り飛ばそうとしたが、これ以上天引きされるのは嫌なので我慢した。
「ふん!まあいいさ・・・・俺がトップバッターなんだ。しばらく我慢してりゃ出られる。」
腕を組み、どうにか気持ちを落ち着かせる。
椅子が崩れたおかげで、窓から光が入って来た。
部屋は照らされ、さっきよりも明るくなる。
「暗い雰囲気って嫌いなんだよな。窓開けよ。」
鍵を外し、窓に手を掛ける。
「んん〜・・・・立てつけ悪いなこの窓・・・・。」
どうにか全開まで開き、外の空気を吸い込んだ。
「ああ・・・ちょっと雲が出てきたな。」
さっきまでは澄み渡るような青空だったのに、今は雲が流れている。
それも遠くの空からたくさんの雲が。
まだ陽は照っているけど、そのうち陰ってしまいそうだ。
「曇りって嫌いなんだよな。まだ雨の方がマシっていうか。」
晴れるでもない、雨が降るでもない、どんよりとグレーに染まった空が一番嫌いだ。
それならまだ夕立の方がいい。ピシャっと雷が鳴って、痛いほどの雨が降る方が気持ちいい。
「せっかく気持ちの良い空だったのに。気分も天気も最悪だよ。」
窓を閉め、「はあ〜・・・」とため息をつく。
腕時計を見ると7時40分。
スピーチは8時から始まるから、あと少しでみんなの前に立たないといけない。
「やっぱ緊張するな。」
そわそわと動き回り、どうにか気を誤魔化す。
倒れた椅子を戻したり、腕立てやスクワットをしてみたり。
こういう時、全然時間が進んでくれない。
緊張とイライラの中で過ごしていると、窓の外によく知った顔を見つけた。
「箕輪さんたちだ!」
窓を開け、「お〜い!」と手を振る。でも全然気づいてくれなくて、庭のベンチでお喋りをしていた。
「お〜い!箕輪さ〜ん!美樹ちゃ〜ん!店長〜!」
大きく手を振って叫ぶと、ふとこっちを見上げた。
「お〜い!」
身を乗り出して手を振ると、向こうも手を振り返してきた。
「バシっと決めてやりますからね〜!ちゃんと聞いてて下さいよ〜!」
そう叫ぶと、「途中で噛むなよ〜!」と箕輪さんが笑った。
「大丈夫ですって!何度も練習しましたから!」
そう答えると、みんなはまた手を振った。俺は窓を閉め、グッと拳を握る。
ちょっとだけ元気が戻ってきて、「よう〜し!」とやる気に燃えた。
時計を見ると7時50分。もうそろそろ呼ばれる頃だ。
ドアの前に立ち、髪型を整え、ネクタイを締め直す。
「よっしゃ!いつでも来んかい。」
バシバシ頬を叩いて喝を入れる。ドアの前で拳を握り、戦いの準備は万全だった。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・まだ?」
時計を見ると7時55分。スピーチまであと5分しかない。
「早くしろよ。遅れちゃうだろ。」
ドアの外には係員がいるはずで、時間が迫れば呼んでくれるはずだ。
だけどいつまで待っても呼んでくれなくて、時計は7時58分を指した。
「おかしいな・・・・。もしかして時計が狂ってんのか?」
そう思って窓の傍に行き、庭の時計を見つめた。
「・・・7時58分・・・・合ってるな。」
再びドアの前に戻り、名前を呼ばれるのを待つ。
だけど全然呼んでくれない。そしてとうとう8時になってしまった。
「どうなってんだよ・・・・。」
ルールでは勝手に部屋から出てはいけないことになっている。
でもこれ以上過ぎたらスピーチの時間がなくなってしまう。
「たったの二分しかないんだぞ。何してんだよ。」
我慢の限界に達して、もういいやとドアを開ける。
だけど外から鍵がかかっていて、全然開かなかった。
「クソ!なんで鍵なんか掛けてんだよ!」
愚痴りながらドアノブを見ると、中からは開かないようになっていた。
「なんだよこれ!ふざけんなよ!」
思い切りノブを回し、「ここ開けてくれ!」と叫んだ。

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