稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 第四十一話 誰かを照らす(1)

  • 2016.06.01 Wednesday
  • 13:37
JUGEMテーマ:自作小説
スピーチってのは、大勢の人に聴いてもらう為のもんだ。
自分の考えや思いを、たくさんの人の前で伝える。
だから俺は真剣にスピーチを考えた。
二分っていう短い時間だけど、その中で全てを出し切るつもりで作った。
だけど今、周りに人はいない。
傍にいるのは課長だけで、俺の声を聴こうとする人間は他にはいない。
だけど・・・・それでもいい。
課長が傍で聴いてくれるなら・・・・そしてあの怪人に怒りをぶつける為なら、大声で言ってやる価値があるってもんだ。
明かりの点いていない喫茶店を睨み、すうっと息を吸い込む。
「おい怪人!よく聴け!」
獣のような顔をしながら、雄叫びのように吠えた。
「俺は最近、一人の社長と出会った。その人は誰よりも仕事熱心で、誰よりも会社のことを考えてる。
どうやったら商品が売れるか、どうやったら会社が儲かるか。それを真剣に考えてる人だ。
だけどそれは、社長なら誰でも考えることだと思う。だって儲からないと会社が潰れちまうんだからな。
そうなったら困るから、頭捻って必死に考えるんだ。生き残る為にはどうしたらいいだろうって。
それを考えない奴なら、きっと社長なんて向いていないと思う。一人で出来る仕事を探すか、大人しく誰かに雇われていればいいんだ。
でもな、儲ける為なら何をしたっていいわけじゃないぞ。どんな手え使っても会社が潤えばいいんだって輩は、一番社長になんて向いてない。
それどころか、組織の上に立つこと自体が向いてないんだ。
そういうこと考える奴は、会社の為にやってるんじゃない。自分の為にやってるだけなんだ。
自分の懐に、自分の口座に、今よりもたくさんのお金が入ってくればいい。ただそう考えてるだけなんだよ。
そんな奴は人の上に立っちゃ駄目なんだ。人を傷つけたり、人を悲しませたりしてもいいから、自分だけが良い思いをしたい。
そう考えてる奴は、社長どころか平社員でも必要ねえんだ!
だって会社は誰のもんでもないからだ!一人の力で成り立ってるわけじゃないし、一人で動かすことだって出来ないんだ。
たくさんの人が集まって、それぞれがちゃんと仕事をこなして、そうやって上手くお互いを支え合ってるんだよ。
誰かが失敗したら、誰かが助けたりする。誰かが出来ないことがあったら、出来る奴が代わりにやる。
助けたり助けられたり、みんなで支え合って成り立ってるんだ。社長はもちろん偉いけど、でもその社長だって大勢の社員のおかげでその椅子に座ってんだよ。
だからいくら社長だからって・・・・いや、違うな。社長だけじゃない。経営に直接関わるポストなら、そのことを忘れちゃ駄目なんだ。
懐に入ってくるその金は、てめえだけで稼いだもんじゃねえんだからな!」
喫茶店の中は暗い。人影も見えない。でも怪人はいる。目に見えないけど、確かにいる。
だから俺は続けた。課長の手を握りしめ、理想と怒りをぶつける為に。
「俺が出会ったその社長はな、会社のことを考えてた。自分のことをじゃないぞ。本当に会社のことを考えてたんだ!
そこで生まれる商品、それを買ってくれるお客さん、そして会社で働く人たちのこと・・・・・。
その為には、いくらだって努力を惜しまない人だ。どんなに辛くても、どんなに過酷でも、みんなを励まし、支えようとする人だ。
優秀な人とか、能力のある人とか・・・・そういう人はたくさんいると思う。
だけど周りから信頼を得られる人なんて、そうはいないんだ!
たくさんの人から好かれて、頼りにされて、信じてもらえる・・・・これほど価値のあるもんはない。
この人ならついて行きたいとか、この人なら自分の全てを預けてもいいとか・・・・そういう信頼を得られる人っていうのは、滅多にいないんだ。
それはただ優秀とか、能力があるとか、そういうものとは比べものにならないんだよ。
そういう人がトップに立って、会社を引っ張っていく。下で働く人間にとっては、これほど幸せなことはないよ。
だから俺が出会ったその社長は、俺の憧れなんだ。もうすぐいなくなってしまうかもしれないけど、でもずっと忘れることはない。
俺はいつだって、あの人の背中を追いかける。あの人がしていたように、俺もいつかみんなから信頼を得て、会社を引っ張っていきたい。
そこで生まれる商品が、買ってくれるお客さんが、そして働いてくれる人たちが満足できるような、そういう会社にしたいんだ!
だから尊敬するあの人の意志を引き継いで、戦って見せる!どんなに過酷だろうと、どんなに辛かろうと、会社の為に戦ってやる!!」
自分の考え・・・自分の理想・・・・全ての想いのたけを伝えた。出せるだけの声で叫んだせいで、頭がキンキンする。
終える頃には息が切れていて、喉が痛いほどだった。
顔をしかめながら咳き込んでいると、課長が手を離した。
そして小さく微笑みながら拍手をした。
「課長・・・・・。」
頷きながら、しばらく拍手を送ってくれる。
大勢の人に聴かせる為に考えたスピーチ・・・・それを傍で聴いていたのは、課長ただ一人。
そして拍手も一つだけ。
でも俺は満足だった。いつでも傍にいて、いつでも俺のことを見てくれている人が、俺の本気を聴いてくれた。
それに対して拍手を送ってくれるなら、俺のスピーチは悪いもんじゃなかった。
俺ははにかみながら課長を見つめる。そして喫茶店を振り返った。
すると課長のスマホに電話が掛かってきた。表示は祐希さんからで、険しい顔をしながら電話に出た。
「・・・・・・・・・・・。」
無言のまま眉を寄せ、「冴木君」と俺に渡す。
「怪人から。君に言いたいことがあるって。」
俺はスマホを受け取り、液晶を睨む。そしてゆっくりと耳に当てた。
しばらく何も聴こえない。でも次の瞬間、怪人は笑いながらこう言い放った。
『気持ちの悪いスピーチ。鳥肌が立つ。』
「・・・・・・・・・・・。」
それだけ言って電話を切られた。
窓の傍に怪人が現れ、中指を立てる。声は聞こえないが、口の動きで「馬鹿」と言っているのが分かった。
「あの野郎・・・・。」
メラっと燃え上がり、ドアに手を掛ける。すると課長も手を掛けて、「入るなら一緒に」と言った。
「課長・・・・危ないです。だから・・・・、」
「じゃあ帰ろう。私と一緒に。」
「でも・・・・・、」
「言ったでしょ。行くのも一緒、帰るのも一緒。それが嫌なら、手を引っ張ってでも本社に戻る。」
そう言って俺の手を握り、「君が決めて」と頷いた。
「一人では行かせない。何があっても絶対に。」
「・・・・・・・・・・。」
「自分だけが傷つけばいいなんて考えはやめて。そんなのきっと加藤社長だって望んでないよ。私やハリマ販売所のみんなだって・・・・。」
「俺・・・・俺は・・・・、」
「うん。」
「怪人を捕まえたいんです。あいつを逃がしたくない。」
喫茶店の中にいる怪人を睨みながら、ギリっと歯を食いしばる。
「でもそのせいでみんなが心配するっていうなら、それは身勝手な行動なのかもしれない。俺は・・・・怪人のように身勝手な奴にはなりたくない。」
ドアから手を離し、ゆっくりと後ずさる。
怪人はまだこっちを睨んでいて、手招きをしていた。
「挑発しやがって・・・・・、」
「冴木君。」
「分かってます。もう一人で突っ走ることはしません。」
課長の手を引き、喫茶店から離れる。
怪人はまだ手招きをしていて、窓に顔を張り付けた。
『こっちへ来い』
まるで井戸の底のように暗い目をしながら、俺たちを睨む。
それを見た時、ああ・・・・なるほどと思った。
「あいつは本気で思ってるんですね。世界が自分を中心に回ってるって。他人に共感するとか、優しさや愛情とか・・・・そういうのが一切ないんだ。
本当に自分のことしか考えられない・・・・一種の悪魔みたいな・・・・、」
怪人に対する憎しみが、憐れみに変わる。これ以上ここにいても、何の意味もないんだと悟った。
「仮にあいつを捕まえても、罪を悔いさせることなんて出来ない。潰すことは出来たとしても、きっと最後まで自分は正しいと思ったままだ。」
「そうね・・・・。だけど世の中には、色んな人間がいるのよ。人の為に生きる人もいれば、死刑になる瞬間でも反省しない人間もいる。
あいつは間違いなく後者だわ。だからこれ以上関わるのは・・・・、」
「悔しいな・・・。きっとまたどこかで悪さをするんだろうな・・・・。」
「どんなに願ったって、叶わない事もあるのよ。君の尊敬する加藤社長だって、あの怪人には勝てなかった。
もし彼がここにいたら、きっとこう言うはずよ。冴木、もう諦めろって。」
「・・・・どう言うかは加藤社長にしか分かりませんよ。」
「ごめん・・・そうだね。だけど私は嫌。これ以上あんな奴に関わりたくないし、それに何より君が傷つくのが・・・・。」
そう言って踵を返し、車まで俺を引っ張った。
「さあ、もうお終い。本社に戻ろう。」
「でも加藤社長は・・・・、」
「ここにはいないわ。それは間違いないと思う。」
「でも万が一ってことが・・・・、」
「じゃあ確かめましょ。」
「確かめる?」
「うん、彼女に確かめればいいの。」
課長は誰かに電話を掛けている。番号をプッシュし、真剣な顔で相手が出るのを待っていた。
「・・・・ああ、もしもし?」
怪人の方を睨みながら、「ええ・・・」とか「はい・・・」と頷いている。
そして「やっぱり・・・」と表情を崩した。
「分かりました。ありがとうございます。」
そう言って電話を切り、ニコッと笑って見せた。
「本社に戻ろう。」
「え?いや、さっきの電話は・・・・、」
「車の中で話すよ。」
「はあ・・・・、」
「加藤社長なら大丈夫だから。」
課長は車に乗り込み、エンジンを掛ける。「ほら、早く」とドアを開け、小さく手招きをした。
俺は喫茶店を振り返り、怪人を見つめた。
まだ窓に顔を張り付けていて、仄暗い視線で睨んでいる。何度も何度も手招きをしながら・・・・。
「まるで奈落にでも誘ってるようだな・・・・気味が悪い。」
車に乗り込み、怪人に一瞥をくれる。
すると悔しそうに顔をゆがませ、店の奥へと消えていった。
「多分・・・・もう会うことはない。だけどてめえの顔は忘れねえよ。どんなに地味な顔でも、俺の記憶には焼き付いてんだ。
だから・・・もしまた会うようなことがあったら、そん時は絶対に潰してやる。お前が傷つけた人たちの痛みを、何倍にもして・・・・、」
そう言おうとした瞬間、課長が手を押さえてきた。
「冴木君、それ以上言っちゃダメ。」
「・・・・・・・・・。」
「そういうのは口にしちゃいけないの。言葉にしたら形を持つわ。だから胸の中でそう思ってたとして、それは思ってるだけにしておかないと。」
「・・・・・はい。」
ゆっくりと車が滑り出し、喫茶店から離れて行く。
結局あの怪人を捕まえることは出来なかった。
あいつはまたどかかへ行き、同じように悪さをするだろう。
そして傷つく人が出て来て、それを糧に甘い汁を吸う。
それは絶対に許せないことだけど、でも今の時点ではどうしようもない。
《いつか天罰が下ればいいけど、ああいうのに限ってしぶといからな。俺にもっと力があれば・・・・・って思っても、無いもんを求めても仕方ないか。》
別に権力者になりたいわけじゃないし、世の中を思い通りにしたいなんて思わない。
だけどそれでも、絶対に社長にならなきゃいけないと思った。
怪人を仕留めることが無理でも、せめて二度と稲松文具にああいう奴が現れない為に。
ミラールームには遠ざかる喫茶店が映っている。
悔しさと苛立ちを感じながら、見えなくなるまで睨んでいた。
《選挙だな。選挙に集中しないと。俺は社長になる。良い商品を作って、それを買ってくれたお客さんに満足してもらって、みんなが安心して働ける職場を作るんだ。》
本社に向かう車の中で、課長がさっきの電話について話してくれた。
それを聞いた俺は、「さすが祐希さん・・・」と感心した。
「加藤社長・・・・無事だったんだ。」
「だから早く本社に戻らないとね。彼に見せるんでしょ?君が社長になる瞬間を。」
「はい!」
流れる雲を見上げながら、《もう一回スピーチか・・・》と唸った。
《今度が本番だ。さっき一回喋ったおかげで、上手くいきそうだ。》
拳を握り、壇上に立つ自分を思い浮かべる。
大丈夫・・・・きっと上手くいく・・・・。
そう信じて、本当の戦いの場所へと向かって行った。

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