勇気のボタン 最終話 勇気を出して(4)

  • 2010.06.22 Tuesday
  • 10:48

公園ではセミが鳴いていて、子供達が虫取り網を持って駆け回っている。
遊具で遊ぶ小さな子も何人かいて、その母親らしき人達が輪を作ってお喋りに興じている。
公園の隅には植え込みがあって、その木陰で野良猫が昼寝をしていた。
どっしりと構えるように飾られている大きな機関車を見上げ、藤井とここへ来た時のことを思い出していた。
俺が今来ている公園は、以前藤井とともに機関車の下に隠れている猫の親子に、子猫の里親探しをする為に説得しに来た場所だ。
あの時は二人の意見の食い違いで喧嘩をしてしまい、その後しばらく連絡を取らなかったことがある。
ただ逆に言えば、あの喧嘩があったからこそお互いの仲が深まった気もする。
俺は機関車に近寄り、下を覗いてみたが、猫は一匹もいなかった。
一匹だけ子猫を藤井に預け、あの親子は何処かへ去ってしまった。
今頃どうしてるのかは分からないが、幸せでいてくれればいいなと願って、俺は目を細めてあの親子のことを思い出した。
俺はゆっくり腰を上げ、頭の中を猫の親子からココに切り替えると、ゆっくりと公園を見渡した。
子猫の姿を捜すが、ざっと見た限りではいないようだ。
遊具で遊ぶ子供達が声をあげて笑い、それを見た母親達も同じように笑っていた。
「どっかに隠れてるんじゃねえか。」
カモンの言う通り、ざっと見渡しただけでは分かるはずもない。
俺は植え込みで昼寝をしている猫に近づき、話しかけてみた。
「やあ、お昼寝中悪いね。」
白地に茶色のまだら模様のあるその猫は、ぎょっとして顔を上げた。
もう自分が動物と話せるということは省略してもいいだろうと思い、説明はしなかった。
いちいち面倒だ。
「実は子猫を捜しているんだ。
白地に顔の真ん中だけ黒い模様のある、目のクリっとした子猫なんだけど、見かけなかったかな?」
まだら模様の猫は面倒臭そうに鼻を鳴らし、俺とカモンを交互に見ると、「見てない」とだけ短く答えた。
「無愛想なやつだな。もうちょっと愛想良く返事をしたらどうだ。」
カモンが文句を言うと、まだら模様の猫はじっとカモンを見た。
「何だよ?」
カモンが挑発気味に言い放つ。
まだら模様の猫はゆっくり立ち上がると、「美味そうだな」と言った。
カモンはすぐさま胸ポケットに頭を引っ込めてしまった。
俺は笑いたくなるのを抑え、「昼寝を邪魔して悪かった」と言ってその猫を後にした。
胸ポケットの中で丸くなっているカモンを撫で、「もう大丈夫だぞ」と声をかける。
カモンは窺うように顔を出し、猫の姿が見えないことを確認するとホッとしたような顔をした。
俺はそれを見て吹き出し、またカモンを撫でた。
「笑いごとじゃねえ。
危うく食われる所だったぜ。」
「挑発したのはお前の方だろ。」
「いや、まあ、そうだけど。
でもあの猫は愛想ってもんがねえ。
もうちょっと気持ち良く返事してもいいだろ。
だいたいこの俺を見て美味そうだなんて。
俺は野良猫の餌じゃねえぞ。」
猫がいなくなると急に勢いを取り戻し、あれやこれやと文句を言っている。
勝てない喧嘩を自分で売ったくせに、お調子者なやつだ。
「でも猫から見たら確かにお前は餌でしかないかもな。
あんまり挑発してると、いつか野良猫の胃袋のおさまってるかもしれないぞ。」
「縁起でもないことを言うな!」
そう言ってまた頭を引っ込めてしまった。
俺は声に出して笑い、「冗談だよ」と言うと、公園の奥に向かって歩き出した。
おそらくここにはいないだろう。
隠れられそうな場所もないしな。
そう思い、公園の奥に続く道へと行ってみることにした。
機関車を通り過ぎて奥へ進むと、その先は遊歩道のようになっていた。
周りは木立で囲まれている。
所々にベンチが見えるが、座っている人はいなかった。
何人かが歩いているのが見えて、俺もその先に進むことにした。
辺りを注意して見ながら歩く。
猫の隠れられそうな場所を見つけると、近寄って捜してみた。
そんなふうにしながら遊歩道を歩いていると、近くにベンチの下から猫が一匹出てきた。
大きな茶トラの猫だった。
あれは昨日話しかけた猫に間違いない。
「やあ、昨日はどうも。」
茶トラの猫は振り返り、俺を顔を見ると、「ああ、あんたか」と言った。
覚えていてくれたようだ。
「まだ子猫を捜してんのかい?」
「ああ、この公園と、その周辺を捜そうと思ってるんだ。
君はあれから子猫は見てないか?」
俺の言葉に茶トラの猫は首を振った。
「見てないな。
昨日あんたと会ってからずっとこのここにいたんだが、子猫なんて一匹も見かけなかった。」
「そうか・・・。」
落胆する俺の声を聞いて、茶トラの猫は質問をしてきた。
「その子猫、あんたの飼い猫なのか?」
茶トラは鋭い目で尋ねてくる。
「いや、友達の猫なんだ。
昨日からいなくってるんだよ。
さっき公園を見たけどいなかった。」
「そうか・・・。」
茶トラは渋い声でそう言った。
中々どっしりとした力強い雰囲気を醸し出している。
ここら辺のボス猫なのかもしれないと俺は思った。
「俺はケンゾウっていうんだ。
ここら辺を仕切ってる。」
やっぱりか。
以前会ったゴロ助といういかにも喧嘩が強そうで、貫禄のある猫と同じ雰囲気だった。
ケンゾウはシュシュっと顔を擦ったあと、俺の目を見て聞いてきた。
「その子猫、確か白地に顔の真ん中に黒い模様のある、目のクリっとした子猫だったな。」
よく覚えている。
俺は感心して「そうだよ」と答えた。
「まだ子供だからそう遠くへは言っていないと思うんだ。
俺の他にも手分けして捜している仲間がいる。
見つかるといいんだけど・・・。」
茶トラは俺の言葉を聞いて何か考え込んでいるようだった。
何か知っていることでもあるのだろうか?
俺は期待して茶トラの言葉を待った。
「悪いがやっぱり子猫を見たなんて記憶は無いな。」
俺はがくりと首を落とした。
そして茶トラに別れを言い、その場を去ろうとした時、「ちょっと待て」と呼び止められた。
俺は振り返って茶トラを見た。
茶トラは俺の方に近づき、顔を見上げて言った。
「その子猫の名前、なんて言うんだ?」
俺は胸ポケットのカモンと顔を見合わせた。
いきなり何を質問してくるんだろうと不思議に思いながらも、ココの名前を告げた。
茶トラは「ココ」と一回呟き、そして「よし、分かった」と言って大きく尻尾を振った。
大きくて、長くて、立派な尻尾だった。
「そのココを捜すのを、俺も手伝ってやろう。」
「本当か?」
俺は声を上げて聞いていた。
茶トラは大きく頷き、もう一度尻尾を振ると言った。
「俺が仕切ってるこの辺の猫に捜させてみる。
もちろん俺も捜すがな。」
渋い声でメリハリのある口調だった。
俺は思わぬ協力者に喜び、「助かるよ!」と笑顔で答えていた。
「もし見つけたら、昨日のマンションの所まで教えに行けばいいんだよな。」
茶トラは鋭い目を、少し柔らかくして言う。
「ああ、そうだ。
夕方には他に捜してる仲間とそこに集まることになっているから、何か分かったらその時に来てくれたらいい。」
茶トラはニコっと笑い、「分かった」とだけいうと、立派な尻尾を振りながら去って行った。
やった。
俺は思った。
捜す要員は多い方がいい。
彼はボス猫だから、他の猫達も動かしてくれる。
俺は期待に胸を膨らませ、茶トラが去って行った方を見ていた。
「さっきの無愛想な猫とはえらい違いだな。」
カモンが頭を出してきて言う。
猫が怖かったのか、茶トラと話している時は、顔を少し引っ込めながら窺うように外を見ていた。
「ああ、心強い味方が出来た。
これでココを見つけられる確率が上がる。」
俺は喜々としてそう言い、それからも遊歩道を捜し続け、そして公園の周辺を捜し続けた。
ココが隠れられそうな場所はシラミ潰しに捜した。
ココの名前を呼び、狭い場所に入ったりして、もしかしたらここにいるんじゃないかと期待しながら。
途中喉が渇いたので自販機でジュースを飲み、そう言えば昼飯を食べてないやと思い出し、でも今はそんな場合じゃないと思いながらひたすらに捜し続けた。
そして気が付くと、もう陽が傾むき始めていた。
あと少し捜したら、一度マンションに戻ろう。
そう思いながら捜している時、他のみんなはどうしているだろうと思った。
誰かが見つけたなら、きっと俺を捜して報告してくるに違いない。
でもそれが無いってことは、みんなも成果が無かったということなのだろうか。
残り少ない時間の捜索も虚しく、ココは見つけられなかった。
「マンションへ戻るか。」
カモンの言葉に頷き、俺は一度マンションに戻ることにした。
戻る途中、落胆した気持ちを抱えながら空を見た。
薄く夕焼け色に染まる空を見て、どうか他の誰かがココを見つけてくれているようにと願った。
セミの声を聞きながらマンションまで戻ると、モンブランとモモ、そしてチュウベエが待っていた。
俺は駆け寄って「どうだった?」と声をかける。
しかしみんな首を横に振った。
「私達も一生懸命捜したんだけど、ダメだった。」
モンブランが俯いて、呟くように言った。
隣でモモのしゅんと項垂れている。
「俺、空から見た。
たくさん飛んだ。
でもココいなかった。」
チュウベエがパタパタっと飛んできて俺の肩にとまる。
チュウベエもダメか。
残るは藤井とマサカリのペアだけだ。
俺は祈るようにして藤井達を待った。
陽が傾いて、オレンジ色にマンションを照らしている。
みんな藤井達に期待を寄せている。
俺は植え込みに腰掛け、その隣にモンブランとモモが座った。
藤井を待つ時間がとても長く感じられる。
そして俺がケータイで時間を確認しようとした時、遠くから犬を連れた人影が現れた。
西陽に照らされ、赤くそまる人影は、俺達に気付くと駆け足で寄ってきた。
藤井とマサカリだった。
俺は立ちあがり、藤井が走って来るのを見ていた。
ココを連れている様子は無い。
俺達の元まで来ると、藤井は息を切らしながら聞いてきた。
「みんな、ココは?」
誰もが首を横に振った。
それを見た藤井はひどく落胆し、唇を噛んで俯いてしまった。
自分達が見つけてなくても、他の誰かがきっと見つけてくれているはず。
みんながそう思っていた。
そして、誰もココを見つけられなかった。
重い沈黙がその場に流れる。
藤井は力無く植え込み座ると、両手で顔を覆ってしまった。
マサカリが鼻を近づけて藤井を慰めようとしていた。
みんなダメだったか。
そう思った時、俺はふと思い出した。
「マリナは?」
みんが一斉に俺を見る。
「もしかしたら留守番しているマリナの所に帰って来ているかもしれない。
確認してみよう。」
俺の言葉に藤井は弾かれたように立ちあがり、部屋の鍵を開けた。
俺達は部屋に入り、窓際にいるマリナに聞いた。
「ココは帰って来なかったか。」
俺の問いにマリナは「いいえ」と短く答えた。
「ずっとここにいたけれど、戻って来なかったわね。」
そう言われながらも俺達は家の中を捜した。
しかしマリナの言う通り、ココの姿は無かった。
また重い沈黙が訪れる。
藤井はテーブルの前に座り込み、背中を震わせて泣き始めた。
みんなそれを黙って見ていた。
何て言葉をかけていいのか分からず、俺はただ藤井の背中を擦った。
「うう・・・、う・・・。」
藤井の泣き声が聞こえる。
俺はふうっと息を吐き出すと、藤井に向かって言った。
「まだだ。まだ終わったわけじゃない。
もっと捜せばきっと見つかる。」
しかし藤井は動く気配はなかった。
きっと見つかると信じて臨んだのに、誰もココを見つけられなかった。
そのことが、藤井に重くのしかかっているんだろう。
「みんな、まだ今日は終わってない。
もう一度捜そう。」
そう言うが、動物達も黙ったまま返事をしない。
みんな出来るだけのことはした。
今さらもう一度捜しても結果は同じなんじゃないのか。
そう思っているのだろう。
俺だって、その思いはある。
けど、このまま諦めたくない。
俺は藤井と動物達を残し、マンションの前に出た。
いいさ、俺一人でも捜してやる。
そう思って歩き出そうとしたとき、背後から「おい」と呼びかけられた。
振り向くと、あの茶トラだった。
相変わらず鋭い目に、渋い声だった。
茶トラは堂々とした足取りで俺に近づくと、顔を見上げて言った。
「見つけたぞ。」
俺は一瞬固まり、返事が出来なかった。
「お前の言っていたココってやつ、見つけたと言ってるんだ。」
もう一度そう言われ、俺は弾かれたように聞き返していた。
「本当か!?本当に見つけたのか?」
俺の言葉に茶トラは頷き、立派な尻尾を振った。
「そうか!ありがとう!
ちょっとここで待っててくれ。」
俺は喜びとも興奮ともつかない気持ちでマンションの階段を駆け上がっていた。
藤井に知らせなくては。
汗でびっしょりになった服も気にせず、藤井の部屋を目指した。
いたぞ!見つかったぞ!藤井。
俺は跳ねるようにして階段を駆け上がると、藤井の部屋に前に立った。
ドアを開ける手に力がこもる。
唇が少し震えている。
俺の心臓は、飛び跳ねんばかりの鼓動を打っていた。

                                 最終話 さらにつづく

 

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