不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第八話 寂しい公園

  • 2016.07.14 Thursday
  • 11:47

JUGEMテーマ:自作小説

俺はある大金持ちから依頼を受けていた。
世界に名だたる自動車会社の会長、城ヶ崎仙介。
彼には50以上も歳の離れた妻がいるが、妻に内緒で浮気中である。
こう言うととんでもない男だと思うかもしれないが、城ヶ崎会長はそのような人ではない。
俺のような貧乏人には縁のない話だが、城ヶ崎会長ほどの大物になると、子供たちの相続争いやら何やらで、色々と大変なのだ。
現在の妻と結婚したのは、愛があるからではない。
なんと言うか・・・利害の一致のようなものだ。
だから城ヶ崎会長は、はっきり言ってしまえば妻を愛していない。
そして妻の方も、彼を愛していない。
花菱モーターズ会長という肩書を持つ、大企業のトップを愛しているのだ。
その城ヶ崎会長は、ひょんなことから浮気に走ってしまった。
自分の会社の社員である、、柚田美佳子という女性に恋をしてしまったのだ。
柚田さんはバツイチの子持ちで、シングルマザーとして仕事と子育てに奮闘中である。
城ヶ崎会長は、花菱モーターズ会長の城ヶ崎ではなく、城ヶ崎仙介という一人の男として、この親子に出来る限りのことをしてあげたいと願っている。
しかしながら、柚田さんはちょくちょく別れた夫と会っているという。
いったいどういう理由で以前の夫と会っているのか?
その真意を探る為、俺が雇われたというわけだ。
城ヶ崎会長は言った。
もし柚田さんが以前の夫に未練があるなら、私は潔く身を引くと。
しかしそうでないのなら、出来る限りのことをあの親子にしてあげたいと。
俺は彼の頼みを受け、柚田さんのオフィスの近くにある公園で、張り込みを行っていた。
洞窟のような遊具に隠れ、パンを齧りながら双眼鏡を覗いていた。
見張るのはもちろん柚田美佳子。
オフィスで忙しそうに働いているが、突然双眼鏡の前が暗くなってしまった。
何かと思って顔を上げると、そこには小学生くらいの少年がいた。
少年は遊具で遊びたいので、俺にどけと言う。
まあ確かに遊具は子供が遊ぶ物であって、探偵が張り込みで使う為にあるわけではない。
俺はいそいそと出て行って、少年に遊具を譲った。
しかしふと気になることがあった。
その少年の顔に見覚えがあったのだ。
スマホを取り出し、城ヶ崎会長からもらった柚田美佳子の情報を確認する。
ここには彼女の息子の写真も載っていて、それは遊具を譲れと言ったさっきの少年と、まったく同じ顔だった。
「あの子が・・・柚田さんの子供か。」
少年は一人で遊んでいる。
今は平日の昼間だが、学校は夏休みだ。
だから昼間から遊んでいてもおかしくはないが・・・・・。
「なんだろうな?せっかくの夏休みに、一人で公園に来て遊ぶもんなのか?」
そう思った時、「ああ、そうか・・・」と思い当たった。
「あの子は友達の輪に入れてもらえないんだったな。」
柚田さんの家は貧乏で、だから少年はオモチャやゲーム機を買ってもらえない。
まあそれが原因で蚊城ヶ崎会長と柚田さんが出会ったんだが。
暑い夏の公園で、一人で黙々と遊んでいる少年。
それは何とも寂しい光景に思えた。
・・・・今、俺は依頼を受けて仕事をしている。
柚田さんの真意を確認する為に。
ならばここであの少年に接触するわけにはいかない。
もしあの子から俺のことがバレたら、それはすなわち城ヶ崎会長が探偵を使って、柚田さんを調べているということばバレれるのと同義だ。
俺は踵を返し、公園から離れる。
しかしどうしてもあの少年が気になった。
「本当は友達と遊びたいだろうにな。」
少年はせっせと遊具遊びに励んでいる。
しかしその表情はまったく楽しそうではない。
どちらかというと、寂しさを誤魔化す為に遊んでいると思えた。
もちろんあの子の本意など、俺には知るよしもないが・・・・。
「・・・・まあ相手は子供だ。身分を隠せばバレることもあるまい。」
俺は公園へ引き返し、「なあ?」と声をかけた。
「その遊具は俺が先に使ってたんだ。」
「なんだよおっさん。遊具は子供が遊ぶもんだぞ。」
う〜ん・・・なかなかマセている。
俺は肩を竦め「俺もその遊具で遊びたいんだ」と言った。
「バッカじゃねえの、大人のクセに。」
「大人でも子供に帰りたい時はある。」
「今日は平日の昼間だぜ?なのに公園でブラブラしてていいのかよ?」
「そういう仕事なんだ。」
「どんな仕事だよ。」
少年は馬鹿にしたように言う。
「おっさん・・・・もしかしてリストラされたのか?」
「ん?」
「だってシャツはしわくちゃだし、髪はボサボサだし。それにヒゲも汚いし。」
「うん、まあ・・・・いつもこんな身なりだ。」
「それにまともな勤め人なら、昼間は仕事だよな?」
「勤め人か・・・難しい言葉知ってるな。」
「お母さんがよく言うんだよ。お母さんは勤め人だから、忙しいんだって。」
「そうか・・・君のお母さんは、君の為に一生懸命働いてるんだな。」
「ウチお父さんがいなくてさ、まあだからってどうってことないんだけど。」
少年はそう言って、別の遊具に走って行く。
「おいおっさん、ブランコ押してくれよ。」
すでにブランコに乗りながら、キイキイと鳴らしている。
「お父さんがいないからどうってことないか・・・・。俺にはそうは思えないけどな。」
少年はマセた態度で俺を牽制するが、その態度は明らかに喜んでいた。
「よし!じゃあ思いっきり押してやろう。」
俺は少年に駆け寄り、ブランコを押した。
「もっと強く押してよ。」
「飛んでも知らんぞ。」
俺はグッと少年の背中を押す。
ブランコは大きく傾き、少年はその勢いで靴を飛ばした。
「おお!遠くまで飛んだじゃないか。」
「俺、けっこうこれ得意なんだぜ。」
「子供の時には俺もよくやったよ。」
「じゃあおっさんもやれよ。」
少年は隣のブランコを押し付ける。
「いいぞ、じゃあ勝負だ。」
「勝負な。でも負けたら何してくれる?」
「ん?何かしてほしいのか?」
そう尋ねると、少年はしばらく間を置いて答えた。
「・・・・・ゾンビウォッチング。」
「ゾンビ・・・・?」
「ゲームがあるんだよ。マンテンドーDDSってやつ。それのゲーム。」
「ああ、知ってる。マンテンドーDDSは俺も持ってるからな。」
「マジで!?」
「君は持ってないのか?」
「・・・・前はちょっとだけ持ってたけど・・・・、」
「うん。」
「でもお母さんが返しちゃったよ。。」
「誰に?」
「何か変な爺さん。外国の人みたいな恰好してて、すげえ金持ちなの。」
「そうか・・・。」
「せっかく買ってくれたのに、なんでお母さんは返しちゃったんだろ・・・・。
あれがあれば他の奴と対戦できるのに・・・・。」
少年は悲しそうに言う。
靴が脱げた足をぶらぶらさせながら、地面の土を蹴飛ばした。
「分かった。なら君が勝ったら、俺のマンテンドーDDSをやろう。」
「マジ!?」
「ただしゲームソフトを買ってやることは出来ない。」
「だったら意味ないじゃん。」
「いくら勝負に負けたって、そこまでは出来ないさ。
ソフトは誰か他の人に買ってもらうんだな。」
「んだよ、ケチくせえおっさん。」
「よし、じゃあやるぞ!」
ブランコを漕ぎ、思い切り靴を飛ばす。
かなり遠くまで飛んで行き、公園の植え込みの中に落ちていった。
「よしよし、けっこう飛んだな。」
「やるじゃん。でも俺はもっと飛ばせるぜ。」
少年もブランコを漕ぎ、靴を飛ばそうとする。
しかしその時、「伸二!」と女の声がした。
「あ!」
少年はブランコから降りて、女の方へ走って行く。
「あれは・・・・、」
俺もブランコから降り、その女を見つめた。
「柚田美佳子・・・・。」
城ヶ崎会長の浮気相手、そして少年の母親がそこにいた。
「あんたなんで片っぽだけ靴ないの?」
「遊んでたんだ。」
「誰と?」
「リストラされたおっさん。」
そう言って俺に指を向ける。
「まずッ・・・・、」
隠れようとしても遅く、「どうも・・・」と苦笑いを浮かべる。
柚田美佳子はずかずかと俺の方へ来て、「あなた誰?」と睨んだ。
「ええっと・・・・暇を持て余したしがないサラリーマンで・・・・、」
「サラリーマンがこんな昼間から公園で遊んでるわけないでしょ。」
「・・・・ごもっとも。」
「靴が片っぽない・・・・。てことは、本当にこの子と遊んでたのね。」
「ええっと・・・・なんて言うか・・・・、」
答えに窮していると、伸二少年はこう言った。
「このおっさん、勝負に勝ったらマンテンドーDDSくれるって言ったんだ。」
「マンテンドーDDS・・・・それってゲーム機のこと?」
「うん。でもソフトはダメって言われたけど。」
「・・・・・・・・・・。」
柚田美佳子はジロリと俺を睨む。
「あ、あの・・・・・、」
「オモチャで子供を惹きつけようとしたの?」
「い、いえいえ!そういうわけではなくて・・・・・、」
「もしかして・・・・あんたも金持ちの道楽で・・・・、」
「いやいや、違います!私はただの貧乏人でして、決して城ヶ崎会長のようなお金持ちでは・・・・、」
そう言おうとして、ピタリと固まった。
「・・・・・・・・・。」
「今・・・・なんて言ったの?」
「・・・・・・・・・。」
「城ヶ崎会長って言ったわよね?」
柚田美佳子は怖い顔で詰め寄る。
「あんたいったい誰?どうしてあの人のこと知ってるの?」
「そ、それは・・・・、」
「その口ぶりだと、あの人が伸二にゲームを買ってあげたことも知ってるみたいね。
あんた・・・・あの人とどういう関係?」
「・・・・・・参ったな。」
頭を掻きながら、探偵失格だなと肩を落とす。
すると伸二少年が「もう行こうよ」と母親の手を引っ張った。
「こんなおっさんどうでもいいからさ。今日はあの人とご飯食べるんでしょ?」
伸二少年はグイグイと手を引っ張り、「俺腹減ったよ」と言う。
しかし柚田美佳子は動かない。
地蔵のようにその場に根付いている。
「・・・・・伸二。」
「なに?」
「もうあの人と会うのはやめよう。」
そう言って踵を返し、「やっぱり金持ちは信用ならない」と背中を怒らせた。
「どうしたの?今日もいつもの定食屋に行くんでしょ?」
「ううん、今日は家に帰って食べよう。」
「でも・・・・、」
「窓からあんたが見えて、仕事を抜け出してきたのよ。
でも・・・・もうあの会社には戻らない。
あの爺さん・・・・こんな奴を寄こして私たちのことを見張ってるんだから。」
柚田美佳子は俺を振り返る。
その目は怒りと悲しみに満ちていて、グッと唇を噛んだ。
「また今日から二人だからね。」
そう言って息子の手を引いて行く。
俺は「待って下さい」と追いかけた。
「柚田さん、お話したいことが・・・・、」
「ついて来ないで。警察呼ぶわよ。」
「実はある人に依頼されて、あなたに会いに来たんです。」
俺は彼女の前に回り込み、「少しだけお話を」と言った。
「話すことなんてないわ。」
「ほんの少しでいいんです。」
「お断り。」
「・・・・どうしてそこまで頑なになるんですか?何か理由が?」
「あんたに関係ないでしょ。」
「それはごもっとも。しかしですね、俺はその子と勝負をしていまして・・・・、」
伸二少年に目を向け、「今度は君の番だ」と言った。
「俺は植え込みまで飛ばした。君はどこまで飛ばせる?」
「勝ったらゲーム機くれる?」
「もちろんだ、男の約束だからな。」
俺はグッと親指を立てる。
伸二少年はブランコに駆け寄り、ギイギイと漕ぎ始めた。
「あ、コラ・・・・、」
「やらせてあげて下さい。」
「何よあんた!ほんとに警察呼んで・・・・、」
「私は伸二君と勝負をしていたんです。もし彼が俺より飛ばせたら、ゲーム機をあげるとね。」
「あんた・・・・やっぱりあの人と関係あるのね。そんなことして、伸二の気を引こうと・・・・、」
「そうじゃありません。俺はただあの子と遊んでいただけです。
勝負はたまたま始まったことだけど、でも約束は約束ですから。」
ニコリと笑いかけ、伸二少年を振り返る。
するとその瞬間、靴は宙を舞った。
大きな孤を描きながら、俺より遠くへ飛んで行く。
植え込みを越え、公園のフェンスを越え、外の歩道に落ちていった。
「見た!?ねえ見た!」
伸二少年はブランコを揺らしながら喜ぶ。
「うむ、見事な靴飛ばしだった。約束通り、ゲーム機は譲るよ。」
「マジ!ほんとに!?」
「ああ、ほんとだ。」
「うおおおお!」
伸二少年は靴下のままはしゃぐ。
「しかしソフトは買わないぞ。」
「分かってるよ。」
「誰かに買ってもらうか、友達から借りるかすればいい。」
「貸してくれる奴なんていないよ。誰かに買ってもらう。」
そう言っては母に駆け寄り、「あのさ・・・・」と手を掴んだ。
「本体はこのおっさ・・・・親切なおじさんがくれるって。
だからソフト・・・・・買ってくれない?」
手をゆすりながら、切ない顔で母に訴える。
「・・・・・伸二。」
柚田美佳子は首を振り、「ごめんね」と言った。
「お母さん、明日からまた仕事を探さなきゃいけないから、ソフトを買ってあげる余裕はない。」
「じゃああの人から・・・・、」
「それはダメ。あの人にはもう会わない。」
「なんで?もしかして・・・・お父さんと会ってるから?」
「・・・・お父さんと会ってるのは、ちょっとお金のことでね。」
「ウチ貧乏だもんね。お父さん全然お金払ってくれないし。」
「・・・・そうね。約束通りちゃんと払ってくれたら、こんなに困ることもないのに。」
柚田美佳子は疲れた顔で俯く。
しかしパッと笑顔になり、「帰ろう」と言った。
「仕事を探すのは明日から。今日はずっと一緒にいよう。」
「マジで!?」
「マジマジ。」
二人は笑いながら頷く。
そして・・・・・、
「ええっと・・・・あなた・・・、」
「久能司と申します。」
「久能さん・・・・その・・・・本当にゲーム機を頂いても・・・・?」
「構いません。男同士の約束ですから。」
グッと親指を立てると、伸二少年も親指を立てた。
「明日またこの公園に来ます。ゲーム機を持ってね。」
そう言って伸二少年を見つめ、「そしたらまた勝負しよう」と笑いかけた。
「明日もう一度勝負して、俺が負けたらソフトも買ってやる。」
「マジ!?」
「ああ、だから明日またここに来い。」
喜ぶ伸二少年。
俺は彼の頭をグシャグシャと撫で回した。
「・・・・ということです。また明日ここへ来て下さい。」
柚田美佳子に頷きかけると、「あの・・・」と口を開いた。
「あなたは・・・・あの人の部下の方ではないんですか?」
「はい?」
「いえ・・・・てっきり私たちを見張ってるものだと思って・・・・。」
「見張る?」
「・・・・いえ、何でもありません。」
柚田美佳子は不安そうに俯く。
「・・・・帰ろうか。」
そう言って伸二少年の手を引き、公園から去って行く。
「おじさん!約束だからな!また明日な!」
「おう!」
「ちゃんとゲーム機持って来てよ!」
「分かってる。」
「それと俺が勝ったらゾンビウォッチングも・・・・、」
「男に二言はない。」
伸二少年は「約束だかんな!」と手を振る。
去りゆく親子を見つめながら、俺は大きく息をついた。
「・・・・・・さて。」
親子とは反対側に目を向け、公園の奥にある木立を見つめる。
するとハットを被り、ステッキを持った老人がサッと身を隠した。
「・・・・・・・・・・。」
俺は彼の元まで歩き、「城ヶ崎会長」と呼びかけた。
「もう出てきたらどうですか?」
「あ、いや・・・・・、」
「残念ながら、最初からそこにいることは分かっていました。
これでも探偵なもんでね。」
そう言ってカッコをつけるが、気づいたのはついさっきのことだ。
チラチラとこちらを見る人影があったので、もしやと思ったのだ。
城ヶ崎会長は恥ずかしそうにしながら出て来る。
ハットを深く被り、「ううん!」と咳払いした。
「会長、まず先に謝っておかねばなりません。」
「・・・・ええ。」
「依頼は失敗しました。彼女の本意を探るどころか、もうあなたには会わないと言われてしまいました。」
「・・・・聞こえていました。目は衰えてきましたが、耳はいい方でね。」
「彼女はこう言っていましたよ。私のことを見張ってるんだろう?と。」
「・・・・・・・・・。」
「そしてこうも言いました。あなたは会長の部下の方ではないんですか?と。」
「・・・・・・・・。」
「これはつまり、会長が日常的にあの親子を見張っていたということじゃありませんか?」
「いや、そんなことは・・・・、」
「しかし随分怯えていましたよ、柚田美佳子は。」
「・・・・・・・・。」
「きっとあなたは、彼女が前の夫に会うのが気が気でならなかったんでしょう?
だから部下を使って見張っていた。
しかし彼女はそれに気づき、あなたを警戒し始めていた。」
「・・・・・・・・・・。」
「そこで私に依頼したんです。
自分の会社の者でなければ、気づかれることもないと。」
声を落としながら言うと、城ヶ崎会長は深く帽子を被りながら、顔を逸らした。
俺はそれをYESと受け取り、先を続けた。
「あなたは本当に柚田さんのことが好きだったんですね。
前の夫とヨリを戻すなら、それでも構わないなんて・・・・本心では思っていないんでしょう?
どうにかして自分の傍にいてほしい、だから見張っていた。・・・・・違いますか?」
そう尋ねると、「どう思われようと自由です」と答えた。
「私は彼女のことが好きだった。
出来ることなら、今の妻と別れ、彼女と再婚したいと・・・・・、」
「でもそれは無理だった。
もしそんなことを切り出せば、真面目な彼女に軽蔑されてしまう。
せっかく若い妻を迎えたのに、もう新しい女に乗り換えるのかと。」
「・・・・口にしかけたことはありました。ですが彼女に軽蔑されるかと思うと、とても口には・・・・・、」
「でも諦めきれなかった。だから常に見張っていた。
前の夫とヨリを戻すなら、どうにかそれを阻止しようと・・・・、」
そう言おうとすると、「それは違う!」と怒った。
「そこまでするつもりはなかった!」
「じゃあどうして見張っていたんですか?」
「・・・・答える義理はない。」
「そうですね。依頼人に恥を掻かせるのが探偵の仕事ではありません。
全ては私の妄想ですし、寛大な心で聞き流して下さい。」
俺は懐に手を入れ、小切手を取り出した。
「これ、銀行へ持って行くつもりだったんですがね、お返しします。」
そう言って突きつけると、城ヶ崎会長はは首を振った。
「申したはずです。どのような結果になろうと、依頼料は払うと。」
「・・・・そうですか。ならこのお金の中から、伸二君にソフトを買ってあげることにします。」
「あの子に?」
「さっき約束したんですよ。明日もう一度ここで勝負をすると。
もし彼が勝ったら、ソフトを買ってやるんです。」
小切手を見つめ、「きっとあの子が勝つでしょう。ソフトを買ってあげたら大喜びしますよ」と頷いた。
「残ったお金は募金でもします。失敗した仕事の依頼料を受け取るわけにはいきませんので。」
「・・・・それはあなたのお金だ。どうぞご自由に。」
会長は背中を向け、木立の奥へ去って行く。
「会長、あの親子はまた明日ここへ来るんです。
よかったら会長も一緒に靴飛ばしでもしませんか?」
そう尋ねると、一瞬だけ足を止めた。
しかし何も答えずに去ってしまう。
遠くに停まっているベンツに乗り込み、そのまま遠くへ消えて行った。
俺は手にした小切手をいじりながら、会長が去った木立を見つめていた。
 
           *

翌日、俺は約束通り公園に来ていた。
ブランコに座りながら、小さな靴を見つめる。
「あいつ靴を忘れていきやがった。」
昨日飛ばした伸二少年の靴、それを手にしながら、あの親子が来るのを待った。
横にはゲーム機とソフトを置いていて、今日会ったら渡そうと思っていた。
しかし・・・・来ない。
昨日と同じ時間にやって来たのだが、二時間待っても来なかった。
「時間を指定してなかったからな。もうしばらく待ってみるか。」
小さな靴を弄びながら、暑い公園に佇む。
すると遠くから人影がやって来て、「どうも」と帽子を取った。
「会長。」
城ヶ崎会長はニコリと笑い、隣のブランコに座った。
「今日も暑いですな。」
「ええ、このままいけば、10年後には外に出られなくなりそうです。」
「私が子供の頃は、夏といえば外を駆け回ったもんだが・・・・そういう光景も見られなくなるんでしょうな。」
公園にはまばらに親子連れがいるが、夏にしては子供が少ない。
まあ無理もない。この暑さだと、下手に外へ出れば熱中症になってしまう。
「久能さん。」
会長が口を開き、「今日柚田さんから電話がありました」と言った。
「本日で退職させて頂きたいと。」
「やっぱり辞めるんですね。」
「田舎の実家へ帰るそうです。今頃は新幹線に乗っているでしょう。」
「え?でも今日はこの公園へ来る約束ですが・・・・・、」
「ゲーム機は彼女が買ってあげたそうです。ソフトも一緒にね。」
「そう・・・・なんですか。」
「退職金が入るから、奮発してあげたそうです。あの子もさぞ喜んでいるでしょう。」
城ヶ崎会長は空を見上げ、「せめて直接会って別れを言いたかった・・・」と涙ぐんだ。
「情けないとお思いでしょう?いい歳こいた爺さんが、フラれて泣くなど・・・・、」
「いえ。失恋は幾つになっても痛いものですよ。」
城ヶ崎会長はハンカチを取り出し、目尻を拭う。
それを手の中で弄びながら、「今日はこの後仕事は?」と尋ねた。
「いえ、とんと。」
「なら・・・・よければ酒でも付き合ってもらえませんか?」
「いいですよ。俺の行きつけの店があるんです。
馬鹿っぽい店ですが、辛いことは吹き飛ぶこと請け合いです。」
会長は小さく頷き、ブランコから立ち上がった。
「あれ、まだ残ってますかな?」
「はい?」
「依頼料ですよ。」
「ええ、まだ手元にありますが・・・・、」
「なら久能さんの奢りということで。」
そう言って肩を竦める会長。
俺は笑って頷いた。
「フラれた相手に奢ってもらうわけにはいきません。
この久能司、会長の心ゆくまでお付き合い致しましょう。」
失恋の痛手は、男同士で飲みながら寂しく癒すのに限る。
ゲーム機とソフト、そして小さな靴を抱えながら、会長と共に公園を後にする。
うだるような熱の中、振り返った公園はとても寂しく見えた。

 

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