不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 最終話 探偵の夏は続く

  • 2016.07.20 Wednesday
  • 13:59

JUGEMテーマ:自作小説

「なんでお前がここに・・・・。」
リチャード・田中はうろたえる。
何もない宙を睨み、ゴクリと息を飲みながら。
すると彼の見つめている空中から、袈裟を着た爺さんが現れた。
その爺さんは倉庫で作業着を着ていたあの爺さん、そして空港の前で倒れ、リチャード・田中に助けられたあの爺さんだった。
「お前は・・・成仏したはずでは・・・・、」
リチャード・田中は信じられないという風に首を振る。
爺さんはゆっくりと彼に近づき、『じきに逝く』と答えた。
『だがそれはお前に手錠が掛けられるのを見届けてからだ。』
「な、なんだと・・・・、」
『儂はそこの探偵に全てを話した。お前の悪事全てを・・・。』
爺さんは俺を見ながら、小さく頷く。
「リチャード・田中。」
俺は奴に近づきながら、「もう終わりだ」と言った。
「お前は確かに本物の霊能力者だ。しかし・・・・その力を悪用し、さらには善良な幽霊までも利用した。
お前は探偵なんかじゃない。ただのクソ野郎だ。」
ビシッと指をつきつけ、断罪するような目で睨んでやった。
「その爺さんは昔、ある寺の住職だった。
煩悩寺という寺のな。
今はスーパーが建っているが、それまでは寺があった。
江戸時代から続く由緒ある寺で、蔵にはたくさんの仏像が保管されていた。
その中には国宝級の物まであった。」
俺は犬に「あれを」と言った。
「ウォン!」
犬は後ろを振り向き、あの千手観音像を咥えてくる。
「これは煩悩寺の蔵にあった仏像だ。
しかしある事情からこれを手放す羽目になってしまった。」
金の仏像を見せつけながら、「火事が起きたんだ」と続ける。
「今から五年前、煩悩寺は火事によって失われた。」
そう言って爺さんに目を向けると、申し訳なさそうに俯いた。
「あの寺では、毎年子供を集めて花火をしていたそうだ。
もちろん火事があったその年もやった。
子供たちはさぞ喜んだそうだ。
だがその日の夜中、寺は燃え上がった。
理由は花火だ。
弟子の一人が火の始末を怠ったんだ。
火は瞬く間に燃え広がり、消防車が駆け付ける頃にはほぼ全焼だった。
しかし一つだけ無事だった場所がある。
仏像を保管していた蔵だ。」
決め顔を作りながら、ややもったいぶって話す。
リチャード・田中は何も言わずに眼鏡を持ち上げた。
「江戸時代から続いた寺が、花火の不始末で全焼だ。
しかも隣の家にまで延焼していた。
住職は責任を問われた。
だから大切な仏像を売り払い、その責任を取る為のお金とした。
幸い怪我人はいなかったが、寺を燃やしてしまった罪は大きい。
それに何より、何代にも渡った寺が自分のせいで失われてしまった。
住職は全ての責任を果たした後、人知れず山へ向かった。
そして・・・・・、」
俺は住職の方を見る。
今の彼に肉体はない。彷徨える魂として、この世にとどまっている。
「売り払った仏像は、様々な人の手に渡った。
その中にはこの千手観音もあった。
これはあの寺の中でも、最も特別な仏像だった。
お金には代えられない価値があったんだ。
死した住職は、そこのことだけが気掛かりだった。
自分はすでに死んだ。
しかしあの仏像が気掛かりで、今まで成仏出来ないでいた。」
爺さんは目を閉じ、数珠を握って悲しそうにしている。
小さく口元が動いているが、お経でも唱えているのだろうか?
「しかしそこへ一人の男が現れた。それがお前だ。」
ビシッと指を突きつけると、リチャード・田中は「ふ」と笑った。
「ええ、確かにあなたの言う通りです。
私は以前は古物商をやっていましたからね。
ある闇ルートからその千手観音像が入って来たのですよ。
中々価値のある仏像ですが、お金には換えにくい。
なぜならその仏像には、大きな霊力が宿っているからです。
善人が持てば庇護を与え、悪人が持てば災いが訪れる。
そういった一種の呪いのような物がかかっている。
私の取引先には、そういう目利きが出来る人間もいるので、いわく付の商品は売れないんですよ。
しかしせっかく手に入れた価値のある仏像を、そのまま手放すのはおしい。
だからそれを利用して、前から狙っていた国宝を手に入れようと思いましてね。」
そう言って犬の顔をした仏像を睨んだ。
「あなたの手にしているそれ、かなりの価値がある。
闇ルートで売れば、ピカソやゴッホの絵と同等の値が付くでしょう。」
「何十億という大金だな。一生遊んで暮らせる額だ。」
「そうです。だからこそそれを手に入れたかった。
そこで私は、その千手観音を利用することを思いついた。
その仏像の入手経路を調べると、煩悩寺という寺に辿り着いたんですよ。
寺は五年前に焼失し、住職は自殺。
しかし私は霊能力者です。
自殺した住職が、まだこの世を彷徨っていることを知りました。
なぜならその仏像には、生霊にも似た念が宿っていたからです。
これは以前の持ち主の念に違いない。
そしてその持ち主はすでに自殺している。
だったら・・・・そいつを利用すればいい。そう思ったわけですよ。」
そう言って後ろに立つ爺さんを振り返った。
「霊というのは、この世に未練があると成仏できない。
そしてこの住職の未練とは、その千手観音にある。
これは特別な仏像だから、誰の手に渡ったのかか気が気でなかったのでしょう。
そんなことなら最初から売らなければよかったのに、そこが分からない辺りがなんとも間抜けだ。」
リチャード・田中は馬鹿にしたように笑う。
俺は「爺さんを笑える立場か」と睨んだ。
「お前は爺さんに接触した。
普通の人間なら無理だろうが、お前には霊能力があるからな。」
「ええ、簡単に見つけることが出来ましたよ。この住職、まだ寺のあった場所にいたんですからね。
今ではスーパーに変わっているというのに。」
嫌味な笑いを浮かべながら、クイっと眼鏡を直す。
いちいち鬱陶しい奴だと思ったが、今はそんなことに突っ込んでる場合じゃない。
「お前は爺さんに接触し、ある話を持ち掛けた。
それは千手観音を返す代わりに、国宝の仏像を盗んで来いというものだった。」
「ええ。私は霊を従えることが出来るのでね。千手観音を返す交換条件として、国宝の窃盗を持ちかけました。」
「爺さんは断われなかったはずだ。今でもこの千手観音に未練を抱いているんだからな。」
「私にとっては好都合でした。
いくら霊を従えるといっても、普通の霊ではそこまで役に立ってくれません。
なぜなら実体のある物に触れることが出来ないからです。
しかしこの住職は違った。
彼には元々霊力が備わっており、しかも僧侶としての修行でさらにそれを磨いていた。
霊力は死後でも衰えないので、死者にとって強力な武器となる。
それがいわゆる呪いや悪霊と言われるもので・・・・、」
「ウンチクはいい。俺が言いたいのは、霊力の強い幽霊は物に触れるってことだ。
だからお前は爺さんを利用し、国宝の仏像を盗んで来させた。」
「おっしゃる通りです。」
眼鏡を直しながら、肩を竦めるリチャード・田中。
イラッとくる態度だが、冷静に先を続けた。
「お前はお目当ての仏像を手に入れた。
本当ならそこで終わりだったんだろうが、そうもいかなくなった。
なぜなら俺が現れたからだ。」
「・・・・・・・・・。」
「あんたはこの空港で、あるパフォーマンスを演じた。
悪霊に憑かれた老人を助けるというパフォーマンスを。
あれは宣伝なんだろ?
あんたは本気で日本にも事務所を構えるつもりだった。
だからああやってパフォーマンスを行うことで、周りの注目を集めたんだ。
その後に名刺を配れば、多くの人がホームページにアクセスしてくれると思って。」
「そうですよ。商売を成功させる一番の秘訣は、知名度を得ることです。
商品を売る場合なら広告を、人を売る場合ならメディアに出ればいい。
しかし今はネットの時代だから、上手くやればメディアを活用しなくても知名度は得られます。」
「でもお前は密輸犯だ。表向きは探偵事務所でも、裏では違法な取引をするはずだ。」
「さあね、真剣に探偵をしていたかもしれませんよ?」
「戯言を。」
俺はスバっと斬り捨てる。
「お前はここで宣伝の為のパフォーマンスを行った。
しかしそこへ俺が現れた。
あんたはさぞビビったはずだ。
なぜならこんなパフォーマンス中に、特殊な能力を持った人間が出て来るとは思わなかったからだ。」
「あなたを一目見て、すぐに普通の人間ではないと分かりました。」
「だから脅威に感じたんだろ?
超能力を持つ俺なら、お前が霊能力を使って悪さをしていると見抜かれるんじゃないかと。」
「ええ。一目見て特殊な力の持ち主だということは分かりましたが、どんな能力の持ち主かまでは分かりません。
だからどうにか排除しようと考えたのです。
普通の人間ならいくらでも騙せますが、相手が超能力者となるとそうはいかない。
私がこの国で仕事をする上で、きっと障害になるだろうと思って。」
「偉そうに言っておきながら、ずいぶん超能力者を怖がってるな。
もしかして・・・・以前に痛い目に遭わされたんじゃないのか?」
「な、何を・・・・?」
「尾崎周五郎。俺がかつて対決した、凄腕の超能力探偵だ。
お前は奴に勝ったというのが、それは嘘なんだろう?
奴の力は俺とは比べものにならない。
だから俺ごときに追い詰められるお前が、アイツに勝てるとは思えない。」
「そんなことはない!私は・・・・・私は・・・・・、」
「まあいいさ、こんな事は今重要じゃない。
問題はお前が俺を脅威に感じたってことだ。
だからどうにか抹殺しようと企んだ。
そして出て来た答えが勝負を持ちかけることだった。
でもその勝負に俺の勝ち目はない。
なぜならお前は最初から仏像を持っていたんだからな。」
犬の顔をした仏像を見せつけると、舌打ちしながら目を逸らした。
「勝負を持ち掛けられた後、お前は俺に仏像失踪事件の情報を寄こした。
そうすれば、煩悩寺のあったスーパーに行くだろうと踏んで。
しかしお前はすでにあの場所へ来ていた。
なぜならその爺さんに仏像を預けていたからだ。」
「・・・・・ふふふ。」
「またか。何がおかしい?」
「いえ、別に・・・・。」
リチャード・田中は「どうぞ」と先を促す。
「爺さんは二体の仏像を持っていた。
一つはこの犬の顔をした仏像、もう一つは千手観音の入った仏像だ。
ちなみに爺さんに仏像を預けていたのは、キャリーケースを持って帰るのを忘れた為だ。」
「そうですよ。本当ならあのパフォーマンスが終わった時点で、一度帰国するはずだったんです。
でもあなたが現れたので、そうもいかなくなった。
その時につい荷物を持って帰るのを忘れてしまってね。
だからそこの住職に持って帰ってもらったんです。」
「その後に爺さんにFAXを送ったな?」
「ええ、一体はお前の物、もう一体は私の物だと。
くれぐれも失くさないようにと。」
「千手観音を犬の仏像に入れていたのは、カモフラージュの為だろう?」
「そうです。もし検査で見つかった場合、偽物の方を差し出すつもりでした。」
「それはつまり、最悪の場合は爺さんに仏像を返すつもりがなかったってことだな?」
「そうなりますね。」
リチャード・田中は「ふふふ・・・」と笑う。
「だから何がおかしい?」
「いえ、そこの住職はてっきり成仏したとばかり思っていましたので。
念願の仏像を取り返し、心残りはなくなったはずだ。
なのにまだ現世を彷徨い、あまつさえあなたに真実を話すなんて。」
「爺さんは立派な坊さんさ。一時は犯罪に手を貸しても、やはり罪悪感が勝ったそうだ。」
「だからあなたに全てを話したわけですか。」
「そういうことだ。そしてすでに警察を呼んである。
ここに証拠の仏像もあるし、お前は捕まるだろう。」
俺はビシッと仏像を突きつける。
しかしリチャード・田中はまったく慌てない。
それどころか、「ははははは!」と笑いだした。
「私を捕まえる?馬鹿なことを。」
「なんだと?」
「私には霊能力があるんですよ。警察の来ていない今なら、逃げ出すことなど容易い。」
そう言ってお札を取り出し、俺の方に向けた。
「あのな、俺は幽霊じゃないぞ。そんなもんが効くはずが・・・・、」
「効きますよ。」
「なに?」
「言ったでしょう、私には相手を呪う力があると。」
「お前・・・・本当に人を呪い殺せるのか?」
「ええ。ただしそれをやると、私自身にも大きなリスクがある。
もし成功しなかった場合、こちらの命が危うくなるのでね。」
そう言ってクイと眼鏡を持ち上げる。
「しかし状況が状況だ。警察に捕まるくらいなら、リスクを覚悟で呪いを打つしかない!」
リチャードはブツブツと何かを唱え、「けえええええ〜い!」と叫んだ。
「おいやめろ!」
「呪いで殺しても罪には問われない!お前はただの自然死と判断されるだろう!」
「クソ・・・・本当に呪い殺す気か?」
リチャード・田中から異様な殺気が放たれる。
そして次の瞬間、頭の中に一秒先の未来が見えた。
俺の心臓が・・・・奴の呪いで止まってしまう未来を・・・・。
「あ・・・・・、」
俺は心臓を押さえ、死を覚悟する。
しかし・・・・・まだ生きていた。
「なんで?」
不思議に思って顔を上げると、そこには爺さんがいた。
両手を広げ、リチャード・田中のお札を受け止めている。
『むううぐううううううう・・・・・、』
「爺さん!」
『これ以上・・・・こんな輩に悪事を働かせてなるものか!』
爺さんは数珠を握りしめ、カっと目を見開く。
するとお札は青い炎を放ち、そのまま燃え尽きてしまった。
「すごい!呪いを潰した!」
爺さんの根性に驚いていると、「まだだ!」とリチャード・田中が叫んだ。
「今度こそくたばれ」と二枚目のお札を投げてくる。
爺さんは俺を守る為に、またお札を受け止めた。
『ぬううううううううおおおおお・・・・・、』
「爺さん!無理するな!なんか・・・・全体的に薄くなって来てるぞ。」
呪いのお札のせいで、爺さんはどんどん薄くなっていく。
もしこのまま薄くな続ければ、その時は・・・・・消滅するのか?
「もういい!あんた消えちまうぞ!」
『いいや・・・・儂は坊主として許されないことをした・・・・この魂に換えても、この霊能力者だけは・・・・、』
「爺さん・・・・。」
爺さんは必死に踏ん張り、二枚目のお札も燃やしてしまった。
しかしそこへ「甘いな!」と三枚目が飛んできた。
「これで最後だ!久能、あの世へ行け!」
爺さんはまた俺を庇おうとする。
しかし薄くなりすぎたせいか、お札はするりと抜けてしまった。
『探偵さん、逃げろ!』
爺さんが叫ぶ。
俺は慌てて逃げ出したが、お札は追いかけてきた。
「冗談じゃない!呪い殺されてたまるか!」
必死に逃げていると、足がもつれて転んでしまった。
「ぐおッ!」
お札は俺の上を通り過ぎ、クルリと反転してこちらに迫って来る。
「くそ・・・・万事休すか・・・・・、」
死を覚悟し、目を閉じる。
するとその時、「ぐぎゃあッ!」悲鳴が聴こえた。
「なんだ・・・?」
顔を上げると、目の前をお札が掠めていく。
そして勢いを失くして、ヒラヒラと落ちていった。
「これは・・・・呪いが力を失くしたのか?」
落ちたお札を睨み、リチャード・田中を振り返る。
すると奴は股間を押さえてもんどり打っていた。
「ひいいいいいいい!」
まるでこの世の終わりのような悲鳴を上げながら、バタバタと足をばたつかせている。
そしてその後ろには・・・・・・、
「由香里君!」
我が事務所のエースが、怖い顔をして立っている。
空手の構えをしながら、リチャード・田中を見下ろしていた。
「か、帰って来てたのか!?」
そう尋ねると、ニコリと笑った。
「ついさっきに。」
「き、君は・・・・・ここぞという時に活躍してくれるな。」
「それじゃいつも活躍してないみたいじゃないですか。」
肩を竦めながら、ニコッと微笑む。
「さっき空港に着いたら、いきなりこの犬がやって来たんです。」
「犬?」
「この子です。」
由香里君は隣に目を向ける。
するとそこには我が事務所の犬がいた。
「お、お前が由香里君を呼んできてくれたのか?」
「ウォン!」
犬は得意げに尻尾を振る。
由香里君はよしよしと頭を撫でながら、「いきなりやって来て、私に吠えるんですよ」と言った。
「まるでついて来いって言ってるみたいに。」
「い・・・・犬うう〜・・・・お前ってやつは。」
俺は立ち上がり、「偉いぞ!」と頭を撫でた。
「その子について来ると、久能さんが倒れてて・・・・。
そしてその向かいにはこの人が・・・・・、」
由香里君は悶絶するリチャード・田中を睨む。
「この子がこの人に向かってワンワン吠えるんですよ。
しかも久能さんは倒れてるし、これはタダ事じゃないって思って。
気がついたら、この人に金的蹴りを喰らわせてしました。」
そう言ってバシっと蹴る真似をする。
俺は「相変わらず威勢のいいことで・・・」と苦笑いした。
「あの・・・・この人って悪い人ですよね?」
「ああ、とんでもない奴だ。」
「よかったあ・・・・。きっとそうなんだろうと思ったけど、もし違ったら土下座でもしなきゃと思ってました。」
由香里君はホッと息をつく。
俺は「君らしいな」と笑いかけ、リチャード・田中に詰め寄った。
「おい。」
「・・・・・・・・・。」
「もうお前の負けだ。」
「・・・こ、こんな・・・・馬鹿な・・・・・、」
「まあ嘆きたい気持ちは分かるがな。しかし負けは負けだ。
そろそろ警察も来たみたいだし、大人しくしてることだな。
・・・・て言っても、しばらく動けないだろうけど。」
リチャード・田中はまだ苦しんでいる。
こりゃ下手すれば種無しだろうな。
それからすぐにパトカーがやってきて、リチャード・田中に手錠を掛けた。
茂美が「連れてって」と言うと、警察はすぐに奴を連行していった。
「そんな・・・・この私が・・・・超能力者ごときに負けるなんて・・・・、」
奴の捨て台詞が聴こえる。俺は「馬鹿な奴だ」と首を振った。
パトカーに乗せられ、リチャード・田中はサイレンの音と共に消えていく。
「・・・・・終わった。」
ホッと息をつき、身体から力が抜けていく。
すると爺さんが『ありがとう』と言った。
『あなたのおかげで、悪人のまま逝かずにすみそうだ。』
「爺さん・・・・礼を言うのはこっちだ。二度も命を助けてもらって。
何かお礼をしないとな。」
『いや・・・・もう儂にはそこまで時間は残されていない。』
そう言って千手観音を見つめ、『それが取り戻せて本当によかった』と頷いた。
『仏像は戻り、悪人は捕まった。もう・・・・思い残すことはない。』
「おい爺さん、あんたもう・・・・・、」
爺さんは透明人間のように薄くなっていく。
そして数珠を握って合掌したかと思うと、そのまま消えてしまった。
「爺さん!」
いくら呼んでも、爺さんは戻って来ない。
どうやら本当に向こうへ旅立ってしまったらしい。
「爺さん・・・・。」
しみじみと爺さんのいた場所を見つめていると、茂美が「私もこれで」と言った。
「その国宝は警察へ持って行くわ。」
「あ、ああ・・・・。」
俺は犬の顔をした仏像を渡した。
「ちゃんと届けてくれよ。ネコババせずに。」
「失礼ね。いくら私でもそこまでしないわ。」
「ああ、あとこっちの千手観音も・・・・、」
「それはいいわ。」
「え?どうして・・・・、」
「だってそれは盗難に遭ったわけじゃないでしょ?」
「いや、しかしだな・・・・・、」
「あのお爺さん、きっと久能さんにそれを託したのよ。」
「託す?」
「それは善人が持てば庇護を与え、悪人が持てば災いをもたらす物。
リチャード・田中が捕まったのは、一時でもそれを持っていたせいかもしれないわね。」
そう言ってウィンクを飛ばし、「それじゃ」と去って行く。
「あ、そうそう。」
「ん?」
「混浴の約束だけど、あれは無しってことで。」
「なんで!?」
「だって今回の件に手を貸してあげたでしょ。
本当ならお金を取るけど、でも混浴の約束の代わりとして無料でいいわ。」
「そ、そんな・・・・もう宿は予約してあるのに・・・・、」
「じゃあ由香里ちゃんと行ってくれば?」
「ゆ、由香里君と・・・・?」
「いいじゃない。お互いに全てを見せ合えば。」
「ば、馬鹿なことを・・・・・、」
「ふふふ、そろそろ距離を縮めてもいい頃だと思うわよ。」
そう言って手を振り、、「じゃあまた」と去って行く。
「なんなんだアイツは・・・・。やっぱり掴み所のない女だ。」
混浴を破棄され、むっつりと拗ねる。
すると犬が「ウォン!」と吠えた。
「おお、前にも助けられたな。」
馬鹿な犬だと思っていたが、やる時はやってくれる奴だった。
「お前がいなきゃどうなってたか分からない。後でたらふく焼き鳥を喰わせてやるからな。」
そう言って頭を撫でると、「ウォン!」と嬉しがった。
そして・・・・・、
「なッ・・・・、」
俺は目を見開いて驚く。
なんと犬が千手観音に変わってしまったのだ。
神々しく後光が射して、俺を照らす。
『善き心の持ち主よ。あなたの働き、見事なものでした。』
「い、いえ・・・・とんでもない・・・・・、」
『こうして誰かを守るなど、いったいいつ以来か・・・・・。
あの寺を離れてから、心穢れる悪人の手にしかなかった。
また善き心の持ち主に出会えて、嬉しく思います。』
「め、滅相もない・・・・・。」
まさか千手観音直々に感謝されるとは思わず、頭が下がってしまう。
いや、それよりも驚きなのは、あの犬の正体だ。
馬鹿犬どころか、まさか観音様だったなんて・・・・・。
『私は犬ではありませんよ。』
「へ?」
『その犬を通して、あなたを護っただけです。』
「そ、そう・・・・なんですか?」
『その犬もまた、善き心の持ち主。そしてあなたの傍に立つその女性も・・・・。』
そう言って由香里君を見つめる。
『探偵、久能司。』
「は、はい!」
『今その手にあるものを大切にして下さい。
仕事、仲間、そして・・・・あなたの傍にいるその方を。』
千手観音はたくさんの手を合わせながら、『私を護って下さい。そうすれば、私もあなたを護りましょう』と微笑む。
そしてパッと弾けて消えてしまった。
「あ、あの・・・・・、」
千手観音がいた場所に手を伸ばすと、そこにはあの仏像が落ちていた。
「・・・・千手観音像。まさか・・・・・本当に不思議な力が?」
信じられない思いで見つめていると、「久能さん」と由香里君に肩を叩かれた。
「どうしたんですか?ボーっとして。」
「え?いや、さっき観音様が話しかけてきて・・・・、」
「何を言ってるんです?しっかりして下さい。」
由香里君は小さく首を振り、「ほんとに私がいないとダメなんだから」と言った。
「・・・・そうだな。俺には君が必要だ。」
「ふふふ、ただいま、久能さん。」
「ああ、お帰り。」
一カ月ぶりの再会。
ほんの短い間なのに、ずいぶん長く会っていなかった気がする。
「由香里君、君がいない間に、色々な依頼があったよ。」
仏像を見つめながら、「でもさ・・・・」と呟く。
「やっぱり君がいないと張りがないんだ。
どの依頼も刺激的だったけど、でも何かが違う。
それはきっと、君が傍にいなかったからさ。」
そう言って顔を上げると、由香里君と目が合った。
「・・・・・私も一緒です。」
「君も?」
「留学は楽しかったし、良い思い出になると思います。」
「ならよかったじゃないか。」
「でも・・・・何かが違うんです。何か足りないなって・・・・。
それってきっと・・・・、」
由香里君は一瞬だけ俯き、しかしすぐに顔を上げた。
「久能さんがいなかったからだと思います。
私・・・やっぱり久能さんと一緒に探偵をやっていたいなって・・・・。」
「ああ、俺もだ。」
「だから・・・もうあんまり離れたくないなって思っちゃって・・・・、」
恥ずかしそうにしながら、「あの・・・」と呟く。
「そのですね・・・・・私・・・・、」
「由香里君。」
彼女の言葉を遮り、「今度一緒に旅行にでも行かないか?」と尋ねた。
「一緒にプールに行く約束をしたろう?」
「え、ええ・・・・。」
「あれ海にしよう。事務所を休んで、たまにパーッと遊ぼうじゃないか。」
そう言って笑いかけると、「私・・・・、」と俯く。
「あの・・・・、」
「うん。」
「・・・・向こうにいる間、久能さんのことずっと考えてたんです。
だってずっと一緒にいるのが当たり前で、こんなに長い間い会わないなんてことなくて・・・。
だから・・・・早く会いたいなって思ってて・・・・。」
「俺も一緒さ。もし今日帰って来なかったら、オーストラリアまで迎えに行くつもりだった。」
「久能さん・・・・・。」
「帰ろう。俺たちの事務所へ。」
俺は手を出し、「荷物持つよ」と奪い取る。
そして反対側の手を差し出し、そっと由香里君の手を握った。
「あ・・・・・、」
「ほら、行こう。」
彼女の手を引っ張り、事務所へ向かって歩き出す。
「なあ由香里君。」
「な、なんですか・・・・?」
「俺、少しだけエロ本を控えようと思う。」
「そ、それは・・・・良い事ですね。」
「その代わり、これからは仕事以外でも会わないか?」
「・・・・・・・・・・。」
「イヤだと言っても、俺は会いたい。傍にいてほしいんだ。」
前を見ながらそう言うと、由香里君は強く手を握り返してきた。
「・・・今度遠くへ行く時は、久能さんも一緒に行きましょうね。」
「ああ。」
由香里君と手を繋いで歩く。
まさかこんな日が来るとは思わなかった。
これから先、どんな風に変わっていくのか分からない。
でも傍にいてほしい事だけは確かだ。
並んで歩く俺たちに、犬が駆け寄って来る。
「ねえ久能さん、この子って拾ったんですか?」
「まあ色々あってね。今は事務所の一員さ。」
「じゃあ名前が必要ですね。」
「ああ。」
「それに私がいない間にどんな依頼があったのか、すごく気になります。」
「うんと話すさ。」
「お願いします!」
由香里君はニコリと笑う。
そして痛いほど手を握ってきた。
「おいおい由香里君、一カ月ぶりの再会で嬉しいのは分かるが、ちょっと強く握り過ぎじゃないのか?」
「ねえ久能さん。」
「なんだい?」
「さっき茂美さんが言ってたこと、アレどういうことですか?」
怖いほどの笑顔でそう尋ね、怖いほどの力で手を握る由香里君。
「混浴がどうとか言ってましたよね?」
「・・・・・・え!?」
ヒュンとタマタマが縮み上がる。
冷や汗が流れ、「あ、あれはだね・・・・」と誤魔化そうとした。
「混浴って・・・一緒にお風呂に入るつもりだったんですか?」
「・・・・・・違う。」
「宿がどうとかも言ってたけど、二人で旅行に行くつもりだったんですか?」
「・・・・・由香里君、笑顔が怖いよ。」
「事務所に帰ったら色々と聞かせて下さいね。・・・・色々と。」
「そうだな。でも今日は疲れてるから、それはまた今度にしよう。」
「いいえ、絶対に今日聞きます。」
由香里君はさらに強く手を握る。
俺の骨は悲鳴を上げているが、無理矢理笑って誤魔化した。
《今日は血の雨が降ることを覚悟しておくか・・・・。》
嬉しいような、憂鬱なような、でもやっぱり嬉しいような。
まあ何はともあれ、無事に事件は解決。
そして由香里君も戻って来てくれた。
犬というエージェントも増えたし、それに千手観音という心強い味方まで現れた。
未来のことは分からないが、まあそう悪いものではないだろう。
季節は夏。
九月いえどもうだるような暑さが残る。
探偵の熱い夏は、まだしばらく続きそうだった。

             不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜   -完-

 

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