勇気のボタン 最終話 勇気を出して(6)

  • 2010.06.24 Thursday
  • 10:48

 空き地に着いた頃にはもうすっかり暗くなっていた。
街灯が明かりを投げ、部活帰りと思われる学生が道を通り過ぎて行った。
「ここにいるのね。」
藤井が小さな懐中電灯を取り出して明かりを点けた。
「なんか粗大ゴミ置き場って感じだな。」
俺は空き地を見回して言った。
傷付いたソファや、画面が割れたテレビ、サドルが無い自転車などが大量に置かれていた。
おそらくは都合のよいゴミ捨て場として利用されているのだろう。
俺は頭を掻いてふうっと息を吐き、捨てられたゴミを眺めた。
ケンゾウについてやって来た空き地は、俺が捜していた公園から1kmほど離れていた。
近くには住宅街があり、そこ少し進むと民家がちらほら立っている。
そこの一角に空き地はあった。
結構広い空き地で、道路の街灯で多少は照らされているが、奥へ入ると真っ暗だろう。
「こっちだ。」
ケンゾウが言いながら奥へと進む。
藤井が懐中電灯でケンゾウの行く先を照らし、俺は足元に気をつけながらその後をついて行った。
月明かりで多少は辺りが見えるようだ。
「あ、あそこ!」
夜目が利くモンブランが叫んだ。
ケンゾウが立ち止まり、地面をトントンと叩いた。
見ると近くに穴があった。
すぐ後ろに古びたタンスが捨ててあり、穴の周りは草で覆い茂っている。
言われなければ気付かないような場所にあった。
藤井が一目散に穴に駆け寄り、中を懐中電灯で照らして「ココ!」と呼びかける。
中から「真奈ちゃん?」と小さな返事があった。
ココは穴の中にいた。
俺も駆け寄り、中を覗いた。
電灯が照らすその先に、不安そうな顔をしているココがいた。
穴は直径30cmくらいで、深さは多分、2mくらいだろう。
結構深い穴だなあと思うと同時に、一体何の為の穴なのかと疑問が湧いてきたが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
気が付くと、動物達も穴の中を覗き込んでいた。
「うわ、結構深いな。」
マサカリが顔をしかめる。
藤井が電灯で照らしながら、「ココ、怪我してるの?」と大きな声で聞いた。
「うん、前足が両方とも痛いんだ。
野良猫に噛まれちゃった。」
泣きそうな声で答える。
「血は出てるの?」
心配そうに藤井が尋ねる。
「出てる。痛いよ。
早く助けて。」
それを聞いた藤井は電灯を「持ってて」と俺に渡し、ビニール紐の束を取り出すと、それを穴の中に伸ばしていった。
「ココ!紐を伸ばすからこれに掴まって。」
「真奈ちゃん!」
「何?」
「ライトが眩しい。」
そう言われて俺は電灯を切った。
辺りは暗くなり、月明かりだけが頼りとなった。
「大丈夫、猫にはちゃんと見えてるから。
ココは紐が見えてるはずし、何かあったら私が教えるから。」
モンブランが穴を覗きながらそう言う。
本当に、なんてお前は頼りになるやつなんだ。
さっきのケンゾウへの啖呵といい、俺はモンブランを見直した。
「ちゃんと掴んでね。」
そう言って下ろされた紐を、モンブラン曰く、ココは必死で掴もうとしているらしい。
しかし上手くいかない。
「きっと前足の怪我が痛いんだと思う。
力が入らないんだよ。」
モンブランにそう言われ、一旦紐を穴から上げた。
何てこった。
どうすりゃいいんだ。
俺は穴には向けずに電灯を点けた。
藤井を照らすと、唇を噛んで泣きそうになっていた。
俺は電灯を点けたまま地面に置き、穴を手で触って確認してみた。
人が入れないことは無いかもしれない。
けど入ったら出てくるのに困るな。
どうしようか?
「誰か、良い案ないのかよ。」
カモンがみんなに向かって言うが、誰も答えなかった。
ココの「早く出たいよ」という声と、「うん、すぐだからもう少し待ってね」という藤井の涙声が響く。
するとチュウベエが思い付いたように言った。
「俺、飛んで中に入る。
ココを掴んで出てくる。」
俺の頭の上で勢いよく羽をパタつかせている。
「いや無理だろ。
いくら子猫でも、インコのお前が持って飛ぶには重すぎるよ。」
しかしチュウベエは反論する。
「やってみなきゃ分かんない。」
そう言ってチュウベエは穴の中を電灯で照らせと言う。
鳥目だから明かりがないと見えないのだろう。
チュウベエがパタパタと穴の中に入り、ココを掴んで飛び上がろうとした。
「痛い、痛いよ。」
ココが叫ぶ。
「やめてチュウベエ、ココが痛がってる。」
がっくりした顔をしてチュウベエは穴から出てきた。
「大丈夫か、ココ?」
俺は穴を覗き込んで言った。
ココはチュウベエに掴まれたあたりをペロペロ舐めていた。
きっとチュウベエの爪が食い込んだのだろう。
「くそ、いけるかもって思ったのに。」
マサカリが悔しがる。
そして沈黙が流れた。
みんな何かいい考えはないかと思案しているようだった。
「早く助けて。」
ココが悲痛に訴える。
「有川君、どうしよう。」
藤井は泣いている。
クソ!
やっぱり俺が直接穴に入って・・・。
そう思った時、肩に乗せていたマリナが口を開いた。
「モンブランが咥えてあげればいいんじゃないかしら。」
みんな一斉にマリナを見た。
何を言ってるんだコイツはという視線が向けられる。
言葉の意味が分からず、俺は聞き返した。
「どういうことだ?」
マリナは藤井の持っている紐を見ると、「それよ」と言った。
「その紐の先にモンブランを括りつけるの。
それを穴の中に入れて、モンブランがココを咥えて中から出すのよ。
「おお!」
俺は感心して声を上げた。
それは中々いい考えかもしれない。
隣でマサカリも頷いている。
「いいかもね、それ。」
モンブランも乗り気だった。
「藤井、紐をかしてくれ。」
俺は声を明るくして言った。
藤井は涙を拭うと、「きっと助かるよね」と潤んだ瞳を向けてくる。
「ああ、大丈夫さ。」
受け取った紐で早速モンブランの体を結び、「いいか?」と尋ねた。
コクリと頷くモンブラン。
俺は紐を持ったままモンブランを穴の中に入れて、慎重に下ろしていく。
ゆっくりと紐を下ろし、伸びきった所で「どうだ?」と聞いた。
「うん、もうちょっと。」
ココが眩しがるから電灯を照らせないので、中はどうなっているのか分からない。
俺達はただじっと待った。
するとケンゾウが近づいてきて穴の中を覗き込んだ。
「今咥えようとしている所だな。」
夜目の利くケンゾウが説明してくれる。
俺は頷き、紐を持ってじっと待った。
汗が額をたらりと流れ落ちる。
見ると藤井は祈るような格好をしていた。
「お、咥えたみたいだぞ。」
ケンゾウが穴の中を覗いたまま言った。
中から「うー、うー、」とモンブランの鳴き声が聞こえる。
おそらく引き上げてくれという合図だろう。
俺は慎重に紐を引き上げた。
全員がそれに注目する。
紐には下ろす時よりもいくらか重さがあった。
ゆっくりと、ゆっくりと紐を引き上げる。
最初にモンブランの姿が見えた。
そして紐を引き上げていくと、モンブランに咥えられたココが姿を現した。
「ココ!」
藤井が弾けたように叫んだ。
俺は二匹を地面に下ろし、モンブランが咥えていたココを離すと、藤井に手渡してやった。
「ココ、よかったー!」
ぎゅっとココを抱きしめ、頬ずりをしながら藤井が喜びの声を上げる。
みんな口々に「やった」とか「よかった」とその光景を見て言っている。
俺はモンブランの紐を解いてやりながら、「よくやった」と褒めてやった。
「えっへん。今日の私、大活躍でしょ!」
胸を張って自慢気に言う。
「ああ、お前は本当にえらいやつだ。
見直したよ。」
さらに胸を張るモンブランに、動物達が声をかける。
「やるじゃねえか、格好よかったぜ。」
嬉しそうにマサカリ。
「気が強いだけじゃなかったんだな。
子猫を助けるとは大したもんだ。」
毒を含みながらカモン。
「モンブラン、えらい。
俺、感動した。」
感心したようにチュウベエ。
「私の思い付いたことを実行してくれるなんて。
さすがモンブランね。」
そして褒めるようにマリナ。
みんなから言葉を送られて、モンブランはとても満足そうだった。
そしてみんなでわいわい喋り出すのを見ていると、ケンゾウが俺の隣にやってきた。
「子猫、助かってよかったな。」
それだけ言うと、ケンゾウは夜の街に去って行った。
俺はその背中に、ありがとうと呟いた。
「真奈ちゃん、ココ、よかったね。」
モモが泣きそうに藤井の前で笑いながら言っている。
藤井はモモも一緒に抱きかかえ、二匹を強く抱きしめながら笑顔のまま泣いていた。
助かってよかったな、ココ。
そう思い、藤井とココとモモが抱き合う光景を、いつまでも見ていたい気分だった。
やがて藤井はモンブランに顔を向け、「ありがとう」と嬉し泣きしながら言った。
「当然のことをしただけよ。
ココが助かってよかったね、藤井さん。」
「うん」と言って笑って頷き、みんなにもお礼を言った。
動物達は照れくさそうにしながら、その言葉を受け取っていた。
「有川君。」
猫達を抱いたまま、藤井が立ち上がって俺の前に寄って来る。
俺も立ちあがり、寄って来る藤井の顔を見た。
「本当にありがとう。」
涙で赤くなった目で、大きく笑顔を作りながらそう言われた。
「うん。本当にココが助かってよかった。
俺も安心したよ。」
藤井は俯き、それから顔を上げて、真剣な表情で言った。
「感謝してる。みんなにも、有川君にも。
もし有川君に助けてもらえなかったら、きっとまだ一人で泣きながらココを捜していたと思う。
私を支えてくれて、ココを助けてくれたのは有川君だよ。
有川君は、いつだって私を助けてくれる。
感謝してもしきれないよ。
ありがとうって言葉だけじゃ足りない。」
動物達がニヤニヤしながら俺を見ている。
俺は少し顔が赤くなり、それを誤魔化すように咳払いをした。
「まあ、なんだ。
お前は同盟の仲間だからな。
困った時は放っておけないさ。
その、何だ。
とにかくよかったな。」
何だかしどろもどろになってしまったが、藤井は笑ってそんな俺を見ていた。
そしてもう一度「ありがとう」と言われた。
俺は赤面したまま、藤井に背中を向け、大きく背伸びをしてから言った。
「それじゃ、帰るか。」
先に歩き出す俺にみんなついてきて、街灯で明かりがあるのに、俺は懐中電灯で前を照らしていた。
ココが見つかって本当によかった。
怪我はしているみたいだけど、命に関わるようなものじゃないだろう。
そして何より、藤井の笑顔が見れた。
ココが戻ってきたことで、藤井はまた笑っている。
そのことが一番嬉しかった。
モモは地面に下ろしたようで、ココだけを抱いた藤井が俺の隣に駆け寄ってくる。
横に並ぶと、二コリと笑顔を向けてきた。
俺も照れながら笑顔を返すと、藤井が空いている方の手で、また俺のシャツの裾を握ってきた。
俺は戸惑いながらもそれに手を重ね、しばらくそのまま歩いた。
いつか自然に、藤井と手を繋げる日がやって来るのだろうか。
俺は星が輝く空を見ながら考えた。
「有川君。」
藤井に呼ばれ、その顔を見た。
「ありがとう。」
優しく、暖かい声だった。
俺は心に涼やかな風が吹き込むのを感じて、「うん」と微笑みながら頷いた。
みんなで夜の街を歩いた。
横に藤井がいて、周りに動物達がいて、俺はなんだかとても幸せだった。
月明かりが先を行く道を照らす。
夜風が優しく俺達の間を駆け抜けて行く。
藤井に重ねた手を握ると、俺のシャツの裾を離して握り返してきた。
心に吹いた涼やかな風は、暖かい陽射しへと変わって俺の心を照らしていた。

                             最終話 もう少しつづく

 

 

 

 

 

 

 

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