春の鳴き声 第三話 金と石(1)

  • 2017.01.02 Monday
  • 14:04

JUGEMテーマ:自作小説
朝の天気予報で、今日は寒くなると言っていた。
雪が降るほどじゃないけど、吹き抜ける風はカッターナイフみたいに肌を切る。
「こんな日はラーメンが一番や。」
井口はふうふうと息を吹いて、ズズっとラーメンをすする。
「ほら、お前らも食え。」
ぶっとい腕を伸ばして、向かいに座る二人の女の子に手を向けた。
「ここ高いんやぞ。食わんともったいない。」
分厚いチャーシューが四枚も入った、高級トンコツラーメン。
ていうかこの店のラーメンはどれも高くて、だけど値段に見合った美味しさをしている。
僕もチャーシューを頬張り、ズズッと麺をすすった。
「やっぱ美味いな、本骨ラーメン。」
「当たり前やん。この前テレビの取材が来てたんやで。」
「そうなん?」
「ほら、あのデブいグルメレポーターおるやん。なんとか言うやつ。」
「ああ、知ってる。」
「あれが来とった。」
井口はあっという間に平らげて、「チャーハンも頼もかな」とメニューを睨んでいた。
よく喰う奴だと思いながら、僕は目の前の女の子たちに話しかけた。
「食べへんの?」
そう尋ねると、可愛い顔をした方の子は、遠慮がちに食べ始めた。
「おいしい。」
「そやろ。」
嬉しそうに言って、犬みたいに頬張る。
でも隣の女の子は、浮かない顔をしているだけだった。
「菊池さん、食べへんの?」
「お腹空いてないから。」
「そうなん?でも美味いで。」
チャーシューを摘まんで、ヒラヒラさせる。
すると可愛い子の方が「お姉ちゃんなあ、ラーメンあかんねん」と言った。
「お姉ちゃんなあ、カレーとポテトサラダと唐揚げと白いご飯と、それから食パンと目玉焼きと牛乳と麦茶とコーラしかあかんねん。」
「なんで?ラーメン嫌いなん?」
「嫌いじゃなくて、さっき言うたやつしか食べられへんねん。」
「えらい偏ってるな。栄養とか良くないんちゃうんか?」
「ちっちゃい頃からそうやねん。
そんでアタシはな、カレーとラーメンと牛乳と卵と、ハンバーグとトマトと白いご飯と沢庵と梅干しか食べられへんねん。」
「自分もかいな。えらい好き嫌い激しいな。」
「そんでな、夜はお風呂に入ってからやったら、アイス食べてもええんや。ガリガリ君か、ピノか、それか大福のやつか。」
「甘いもんが好きなんか?」
「でもな、ケーキとソフトクリームとシュークリームはあかんねん。」
「お菓子も好き嫌いあるんか?」
「でもな、お姉ちゃんはケーキとシュークリームとソフトクリームとポッキーとチョコレートは好きなんや。」
「ほないっつも風呂あがったら、そんなん食べてるんか?」
「でもな、歯医者に行った時はあかんから、昨日は食べてないねん。
だからな、今日はガリガリ君か、ピノか、それか大福のやつか、どれか食べてもええんや。」
「どれ食べるの?」
「お母さんが買ってくるまで分からへん。でもな・・・・、」
可愛い子の話は延々と続く。
小さな子がお母さんに話しかけるみたいに。
「よう喋るな。」
運ばれてきたチャーハンを頬張りながら、井口が可笑しそうに言う。
「ここソフトクリームあったはずやで。頼むか?」
「お風呂上がったあとじゃないと、食べたらあかんねん。」
「ええやん別に。」
「お風呂上がったあとじゃないと、食べたらあかんねん。」
「そうか。ほなしゃあないな。」
可愛い子はラーメンを頬張り、まだ喋りつづけている。
井口は「そうか」とか「すごいな」とか、聞いているのかいないのか分からない、適当な相槌を打っていた。
僕は箸を止めて、「菊池さん」と呼んだ。
「柴田のこと、スカっとしたやろ?」
笑いながら尋ねると、「別に」と答えた。
「俺はむっちゃスカっとしたわ。でもちょっとやり過ぎかもしれへんけど。」
「・・・・・・・・。」
「菊池さんは腹立ってなかったん?」
「おばあちゃんがな・・・、」
「うん。」
「酷い目に遭っても、我慢しなさいって言うてて。」
「死んだお婆ちゃん?」
「うん。」
「やり返したりとか、恨んだりとかしたら、良くないからって言うてた。」
「でも大事にしてた筆箱捨てられたやん?あんな事されても腹立たへんの?」
「・・・・・・・・・・。」
「ああ、ごめん。いらんこと聞いた。」
菊池さんは涙目になった。
顔をちょっと赤くして、じっと泣くのを堪えている。
「ごめんな。」
「ううん・・・。」
「でも井口が柴田をシバいてくれたから、もう手は出さへんと思う。学校来ても大丈夫ちゃう?」
「いま《三つ葉の里》に行ってるから、学校は行かれへん。」
「三つ葉の里?」
「発達障害とか、心を病気したりとか、そういう子が行くところ。勉強も教えてくれるし。」
「ほなもう学校は来おへんの?」
「うん。」
「ほな菊池さんが学校に来おへんようになったのって、三つ葉の里に行く為?」
「うん。」
「イジメが原因じゃないんや?」
「うん。」
「そうか。ほなしゃあないな。」
井口のおかげで、僕も菊池さんも、安心して学校に行けるようになった。
でもそういう理由があるんじゃ仕方ない。
だって菊池さんは、やっぱり普通とは違うから。
こうして喋っている今でも、なんか身体を揺すったり、コップの水を指でつついたりしている。
それは隣の可愛い子も一緒で、井口とお喋りしながら、落ち着くなく動いていた。
「菊池さんの妹は、三つ葉の里に行かへんの?」
「うん。」
「なんで?」
「由香子は可愛いから。」
「ん?」
「私はブスで、由香子は可愛いから。」
「由香子ちゃんアイドルみたいやもんな。」
「お父さんもお母さんもおじいちゃんも、それに親戚とかも、みんな由香子のこと好きやから。
だから三つ葉の里に行かせんと、なるべく家におってほしいから。」
「それ酷いな。だって姉妹やのに、菊池さんはブスやからって、三つ葉の里に行かされるんやろ。」
「うん。」
「やっぱ酷いと思うで、それは。」
「でも由香子は可愛いから。」
菊池さんの声は淡々としてる。
怒ってるわけでもないし、悔しいわけでもない。
そういうもんだから仕方ないというわけでもなくて、石みたいに固まった顔でそう言った。
「あのな・・・・、」
菊池さんの方から話しかける。僕は「なに?」と見つめた。
「ありがとう。」
「何が?」
「柴田君やっつけてくれて、ありがとう。」
「なんや、やっぱり嬉しいんやんか(笑)」
「誰かに助けてもらったら、ちゃんとお礼を言いなさいって。」
「お婆ちゃんが?」
「うん。」
「お婆ちゃんのこと、今でも好き?」
「うん。」
はっきり言って、菊池さんはブスだ。
変なジャガイモみたいな顔してるし、あんまり空気も読めないし、じっとしていられない。
でも僕は、そんなに菊池さんのことが嫌いじゃない。
すごく良い子だし、優しい子だと思う。
「なあ菊池さん。また一緒にご飯食べよな。」
「うん。」
それから五分くらいして、僕らは店を出た。
菊池さんは一口もラーメンを食べなかった。
代わりに井口が平らげて、親の財布から取ってきたカードで、みんなに奢ってくれた。
「カードとか勝手に使ってええの?」
「構へん。だってオカン明細なんて見んから。」
「お前んとこ金持ちやもんな。」
「言うほどでもないけどな。」
大事そうにカードをしまって、「ほな帰ろか」と言った。
「菊池さんの家って、馬場山の方やんな?」
「うん。」
「ほな送って行くわ。」
「うん。」
僕たちは並んで歩き出す。
すると井口が「おい」と呼んだ。
「シュウちゃん由香子ちゃんと歩けや。」
「なんで?」
「だって好きなんやろ?」
「好きっていうか、めっちゃ可愛いなあって思うんや。」
「似たようなもんやろ。仲良くなるチャンスやぞ。」
「いや、僕は菊池さんと歩く。」
「なんでえな?」
「だって菊池さん、ええ子やから。」
「好きになったんか?」
「そんなんとちゃう。でもなんか話したいねん。」
「そうか。まあ代わりたあなったらいつでも言えよ。」
井口は僕の後ろに並んで、由香子ちゃんと喋り始めた。
て言っても、喋ってるのはほとんど由香子ちゃんだけど。
後ろがすごくうるさいけど、僕は気にすることなく菊池さんに話しかけた。
「菊池さんはあんまり喋らへんのやな。」
「うん。」
「話すの苦手なん?」
「うん。」
「いっつも家におる時とか、何してるん?」
「ゲーム。」
「僕もやるで。怖いやつとかようさん持ってる。」
「うん。」
「菊池さんはどんなんやるん?」
「マリオとか、ポケモンとか。」
「ポケモンGoとか?」
「ううん、スマホないから。」
「買ってもらえへんの?」
「うん。」
「そら残念やな。」
「でもDSがあるから。」
「他には何やってんの?ゲーム以外で。」
「本読んでる。」
「どんなん?」
「三島由紀夫とか。」
「昔の小説家やんな。」
「うん。」
「なんか自殺した人やろ?首切って。」
「うん。」
「じゃあゲームと本以外やったら、何やってるん?」
「ご飯食べて、お風呂に入って、寝てる。」
「三つ葉の里は?」
「それも行く。」
「そうか。色々忙しいんやな。」
「うん。」
菊池さんの返事は短い。
僕のことなんかどうでもいいように、ただ前だけを見ている。
何かを話しかけようと思うけど、でも何を聞いても「うん」しか言わないだろう。
だから「うん」以外で答えてもらえそうな質問を考えていると、後ろから「おい!」と大きな声がした。
何かと思って振り向くと、そこには柴田がいた。
そしてその隣に、高校生くらいの人たちが何人もいた。
みんなヤンキーっぽい感じで、すごくガラが悪そうだった。
「なんや・・・・。」
嫌な予感がして、ここから逃げ出そうとした。
すると井口が前に立ちはだかって、「お前ら先に行け」と言った。
「あいつ復讐に来よった。」
「みたいやな。」
「こっからちょっと走ったら、交番あるから行ってくれんか?」
「駅の近くのやつ?」
「そや。」
「でもあいつら大したことなさそうやで。お前なら勝てるんちゃうん?」
「勝てると思うけど、でも菊池さんと由香子ちゃんがおるやん。みんなでおったら危ないやろ?」
「それはそうやな。」
「だからな、交番まで行って・・・・、」
そう言いかけた時、柴田たちがこっちへやって来た。
「早よ行け!」
井口が僕の背中を押す。
「すぐ交番行ってくるから!お巡りさん呼んでくるから!」
菊池さんと由香子ちゃんの手を握って、交番へ走り出した。
すると「待てコラ!」と、柴田の周りにいた高校生たちが追いかけてきた。
「ヤバ!早よ走るで!」
菊池さんも由香子ちゃんも、怖がるように固くなっていた。
でもそれを無理矢理引っ張って、とにかく交番まで走った。
そしてしばらく走ると、後ろから「殺すぞ!」とか「やんのか!」と聞こえてきた。
振り返ると、井口が高校生に囲まれていた。
柴田はその後ろでニヤニヤしている。
「あいつほんまムカつくな。」
井口を取り囲んだ高校生たちは、足を蹴り始める。
そして髪を掴んだり、顔を叩いたりしていた。
でも井口は手を出さない。
ただやられるだけになっていた。
あいつは中学生離れしたガタイをしてるから、相手の高校生が小さく見える。
でも絶対に手を出そうとしなかった。
どうして手を出さないのか不思議に思ったけど、でもすぐに答えが分かった。
ヤンキーの高校生たちが怒鳴り声を上げるから、近くの家から人が出てきたのだ。
《井口はわざと殴らしてるんやな。そこへ警察を呼んでくれば、捕まるのは向こうやから。》
井口の作戦を成功させる為に、僕は本気で走った。
ここから交番までは、全速力で走れば五分くらい。
だから息が上がっても走り続けた。
でも途中で由香子ちゃんが「足痛い」としゃがみこんだ。
「足痛い。」
「立って!走らんと!」
「足痛い。」
「走るんや!」
「足痛い。」
「ほら、早く!」
強引に手を引っ張ると、「足痛い!」と叫んだ。
「足痛い足痛い足痛い足痛い!」
あんまり大声で叫ぶもんだから、近所の家から人が出てきた。
「何しとん?」
おばちゃんが出てきて、じろじろと僕たちを見つめる。
「足痛い!」
「足?」
「足痛い!」
「怪我でもしたん?」
おばちゃんは心配そうにのぞき込む。
由香子ちゃんは「この人が引っ張る!」と僕を指さした。
「足痛いのに引っ張る!」
するとおばちゃんは「君、お兄ちゃん?」と尋ねてきた。
「いえ、違います。この子の妹です。」
そう言って菊池さんを指さした。
「僕ら友達を助ける為に、交番に行くんです。」
「交番?」
「向こうで友達が絡まれとるんです。」
おばちゃんは僕の指さした方を見る。
ヤンキーたちはまだ怒鳴っていて、井口をどこかへ連れて行こうとしていた。
「こらあかん!」
おばちゃんは「すぐ警察呼ぶからな!」と家に戻って行った。
「そうや・・・交番まで走らんでも、電話すればよかったんや。」
ポケットにスマホが入っているのに、110番することを全然思いつかなかった。
人間って、ピンチの時は冷静じゃなくなるもんだなと実感した。
僕は由香子ちゃんの顔を覗き込んで、「大丈夫?」と尋ねた。
「足痛い。」
「うん、もう走らんでええから。」
「足痛い。」
「うん、引っ張ってごめんな。」
「足痛い。」
由香子ちゃんはずっとそればっかりで、何を言っても駄目だった。
それから二分後くらいに、パトカーがやって来た。
ヤンキーたちはたくさんの警察に囲まれて、井口もパトカーに乗せられていた。
そして肝心の柴田はというと、どこにもいなくなっていた。
《あいつだけ逃げよった。》
やっぱりムカつくやつだ。
上手くいけば、あいつも警察に捕まって、学校に来れなくなるかもしれないと思ったのに。
パトカーはこちらへ走ってきて、近くを通り過ぎる。
中に乗ってる井口と目が合ったけど、あいつはすぐに顔を逸らした。
《俺らのこと言わんつもりか?巻き込まんようにしようとしてるんやな。》
パトカーはそのまま通り過ぎて、警察署のある方へ走って行く。
僕は「どうしよ・・・」と呟いて、ただ見送るしかなかった。
足元では、由香子ちゃんが「足痛い」と泣き続けていた。

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