春の鳴き声 第五話 氷の友情(1)

  • 2017.01.04 Wednesday
  • 15:34

JUGEMテーマ:自作小説
昨日降った雪のせいで、景色は真っ白に染まっている。
道路も、山も、土手も、民家の屋根も。
それに川の真ん中に浮かぶ茂みも
大きな橋の上から、僕たちはそれを眺めていた。
振り返ると、遠くまで川が流れている。
昨日の夜から降り始めた雪は、まだパラパラと散っていた。
「この辺で雪は珍しいな。」
井口は足元の雪を蹴飛ばす。
そして手の平いっぱいに雪を掴んで、グッと握りしめた。
「どや?」
「何が?」
「雪玉。」
「見たら分かるやん。」
「一回握っただけやで。」
「握力85やもんな。めちゃ硬くなってるやん。」
ツンツンと指でつつく。
柔らかい雪は、軟式野球のボールみたいに硬くなっていた。
「ゴリラみたいなパワーやな。何を目指してんねん。」
雪玉を掴んで、川に放り投げる。
でもあまり遠くまで飛ばなくて、中洲の中に落ちた。
「シュウちゃんはもうちょっと身体鍛えた方がええで。」
「筋トレしてるよ。腕立てとか腹筋とか。」
「俺と一緒に空手やるか?」
「いやや、あの怖いおっちゃんが先生やもん。」
本物のゴリラのような井口のお父さんを思い出して、お金をもらっても行きたくないと首を振った。
「ていうか早よ行こうや。菊池さんお腹減ってるかもしれんし。」
僕たちがふざけてる間、菊池さんはずっと川を見ていた。
手すりから乗り出して、スズメみたいにキョロキョロしながら。
「あんまり乗り出すと危ないで。」
「うん。」
しばらく川を眺めたあと、僕たちは少し離れた喫茶店に向かった。
レストラン喫茶ってやつで、食べ物もそれなりに美味しい。
「あそこな、カレーも美味しいから。期待してええで。」
「うん。」
「でもちょっと辛いねん。大丈夫。」
「無理。」
「え?辛いのあかんの?」
「うん。」
「そうかあ・・・ほな別の店にせんとなあ。」
一緒にご飯に行く約束の為に、菊池さんはわざわざ抜け出してきた。
まあ抜け出すっていっても、菊池さんのお母さんはOKしてくれてるんだけど。
《もしこれが由香子ちゃんやったら、絶対にアカンかったやろな。菊池さんやからOKしたんや。》
あの可愛い由香子ちゃんは、みんなから大事にされている。
親からもお爺ちゃんからも、それに親戚からも。
きっと周りの大人はみんな優しいんだろう。
だって由香子ちゃんは金だから。
残念ながら、石の菊池さんはそこまで大事にされていないんだ、きっと。
僕は今日、菊池さんに楽しい思いをしてほしかった。
だから美味しいカレーを食べさせてあげたい。
あげたいけど、あの喫茶店が駄目となると、これはもう・・・・、
「甘く出来るか聞いてみるか?」
井口が言う。僕はすぐに「無理や」と答えた。
「あそこのおっちゃん頑固なんや。甘口にしてとか言うたら、多分キレるで。」
「う〜ん・・・・ほな竹屋にする?」
「竹屋?」
「最近できたやん。あの飯屋のチェーン店の。」
「ああ、あれな。ここら辺にあんの?」
「一ケ月前くらいからあんねん。俺は何回か行ったで。」
「カレーもあるん?」
「あるある。こっから歩いて10分くらいやから、そう遠くないで。」
「ほなそこにしよか。なあ菊池さん?」
「うん。」
僕たちは歩く。
雪が積もった景色の中を。
生まれてから雪の積もった景色を見るのは、たぶん三度目くらい。
歩くとザクザク音がして、ギュギュっと踵に伝わる感触が心地よかった。
菊池さんも珍しそうにキョロキョロしている。
キョロキョロしているのはいつものことだけど、いつもより目が輝いている気がした。
白い息を吐きながら、竹屋までやって来る。
中は暖房が効いていて、僕らは上着を脱いだ。
「食券買わんとな。」
井口はスタミナ定食とカレー。
僕はカツカレー。
菊池さんはキョロキョロと迷っていて、食券機の前で立ち尽くしている。
「普通のカレーがええ?」
「・・・・・・・。」
「カツカレーは?」
「・・・・・・・・。」
「ウィンナーもあるで。」
「・・・・・・・・。」
「菊池さん、後ろ並んではるから・・・・、」
僕は振り返って、ツナギを着たおじさんに頭を下げる。
菊池さんはたっぷり迷ってから、普通のカレーを選んだ。
僕らは並んでカウンター席に座る。
本当はボックス席の方がよかったんだけど、家族連れが占拠していたから無理だった。
やがてカレーが運ばれてきて、菊池さんは無言で頬張る。
ずっと身体が揺れていて、食べにくくないのかなと思った。
「美味しい?」
「うん。」
一心不乱に食べる菊池さん。
その隣では、井口もスタミナ定食をかきこんでいた。
「なあ菊池さん。」
「・・・・・・・・。」
「今日寒いな。」
「うん。」
「雪降って楽しい?」
「うん。」
「今日から三つ葉の里休みやんな?」
「うん。」
「休みの間は何するん?」
「ゲーム。」
「マリオ?」
「うん。」
「よかったら僕のゲーム貸したろか?怖いやつやけど。」
「・・・・・・・・。」
「いらん?」
「うん。」
「怖いの嫌い?」
「うん。」
「じゃあ格闘ゲームは?」
「・・・・・・・・。」
「やったことない?」
「うん。」
「貸したろか?」
「うん。」
「じゃあ今日の帰りに貸すわ。」
「うん。」
いつもと同じように短い返事。
どうやったら会話が続くんだろう?
どんな事だったら興味を持つんだろう?
菊池さんの向こうに座る井口は、あっという間にスタミナ定食とカレーを食べ終えて、頬杖をつきながら僕たちを見ていた。
《コイツ絶対に勘違いしてるな。別に菊池さんのこと好きなんちゃうのに。》
このままだと、誰も何も喋らないまま終わってしまう。
ぜっかく会ったんだから、もっと菊池さんと話したかった。
《どんなんやったら興味あるんやろうなあ。》
じっと考えて、ふと思いつく。
「そういえば菊池さんって、三つ葉の里やったらすごい楽しそうやな。」
そう尋ねると、菊池さんはスプーンを止めた。
「あんなに嬉しそうに笑うんやなって、初めて知ったわ。」
「うん。」
「あそこ楽しい?」
「楽しい。」
「仲良く喋ってる子おったよな?友達?」
「うん。」
「あの子も発達障害?」
「うん。」
「何を喋ってたん?」
「キティちゃん。」
「キティちゃん?」
「ディズニーも。」
「ああ、そういうの好きなんや。」
「うん。」
「ほなキティちゃんのぬいぐるみとか持ってるん?」
そう尋ねると、菊池さんはパッと笑顔になった。
そして今までの短い返事が嘘みたいに、ものすごい勢いで喋り出した。
とにかくもうキティちゃんのことばかり。
いつ好きになったとか、どれくらいコレクションしてるとか、あとはとにかくマニアックな感じで、内容についていけなかった。
《自分の好きなもんやったら、嬉しそうに話すんやな。》
その後も延々とキティちゃんの話が続いた。
井口はあくびをしながら、また食券を買う。
今度はハンバーグ定食を頼んでいた。
僕も正直これ以上聞くのが辛かった。
カレーだって冷めちゃったし、でもこんなに嬉しそうに話す菊池さんは初めてなので、我慢して聴いていた。
それから30分、キティちゃんについての詳しい説明会が続いた。
店を出る頃には、僕と井口はぐったりしていた。
「ほんま好きなんやな、キティちゃん。」
「うん。」
まだ嬉しそうに笑っている。
30分のキティちゃん説明会は辛かったけど、でも菊池さんが喜んでくれたのは嬉しい。
だから帰り道の間、僕はとても足取りが軽かった。
雪を蹴飛ばし、雪玉をつくって空に投げたりした。
井口はあれだけ食ったのにまだ満足してないみたいで、「コンビニ寄って行かへん?」なんて言っている。
そして肝心の菊池さんは、たくさん喋ったせいか、ちょっと頬が赤くなっていた。
「あのな・・・・、」
珍しく菊池さんから喋りかける。
「なに?」
「あのな、これな・・・・、」
「うん。」
「誰にも言わんといてな。」
とても真剣な顔で言う。
僕も真剣な顔になって、「どうしたん?」と聞いた。
「あのな、私だけ三つ葉の里に行ってるやん。」
「うん。」
「前はな、由香子も行ってたんや。」
「そうなん?」
「でもな、前におった先生がな、由香子にイヤらしいことしてな、それで行かへんようになったんや。」
それを聞いて、「え?」と固まる。
井口も驚いた顔で菊池さんを見ていた。
「それマジで?」
「うん。」
「イヤらしいことって、エッチなことされたってこと?」
「うん。」
「男の人に?」
「女の人。」
「え?女の人?」
「由香子がな、小5の時に。」
「女の先生からエッチなことされたん?」
「うん。」
「ほなそれがあったから、由香子ちゃんは行かへんようになったん?」
「お父さんとお母さんが、すごい怒ってな。」
「うん。」
「そんで園長先生に怒鳴ってな。」
「うん。」
「それからエッチなことしたその先生は、クビになった。」
「まあそらクビやろ、なあ?」
井口に言うと、黙ってコクコク頷いた。
「それでどうなったん?」
「由香子はな、よう分かってないんや。でもな、由香子がその先生に裸にされたり、おっぱい触られたり、それで写真撮られたり。
そういうことされてるのを発見してな。」
「菊池さん、その瞬間を見たん?」
「畑でイモ掘ってる時にな、トイレに行きたくなて、それでトイレに戻る時に、その裏から声がしてな。
それで覗いたら、先生が由香子を裸にしててな、おっぱいとかに触ってた。」
「ほな・・・・菊池さんが発見者やんか。」
「うん。」
「ほなそれで親に言うんたん?」
「ううん、園長先生。」
「園長先生って、この前僕らが行った時におった、あのおばちゃん?」
「うん。」
「そんで園長先生に言うて、その後どうなったん?」
「すぐイヤらしいことした先生呼んでな、真紀ちゃんの言うたことはホンマなんかって聞いてた。」
「真紀ちゃん?」
「私。」
「ああ、菊池さんの名前やったな。それで?」
「私と由香子はな、そのあと別の先生と教室におってな。」
「うん。」
「そしたらすぐにお父さんとお母さんが来て、園長先生の部屋に入っていった。」
「それから?」
「それでお父さんがすごい怒ってる声がしてな。その日はお昼になる前に帰った。」
いきなり思ってもいないことを聞かされて、僕と井口は固まるしかなかった。
由香子ちゃんが女の先生からエッチなことされて、それで行かなくなったなんて・・・・。
そんなのなんて言っていいか分からない。
「それでな、その日の夜に、園長先生が家に来てな。」
「うん。」
「それと知らんおじさんも二人くらい来てな。」
「知らんおじさん?」
「歳のいった人でな、スーツ着てた。
それで園長先生と一緒に、お父さんとお母さんに土下座してたんや。」
「ほな・・・・それでどうなったん?警察とか行ったん?」
「ううん。」
「え?なんで?エッチなことされたのに。」
「なんかな、警察とか裁判とかになったら騒ぎになるから、そういうのは由香子が傷つくから、お父さんもお母さんもやらんって。」
「ああ、そうか・・・・。」
「それでな、一緒に来たおじさんが、また別の日に園長先生と一緒に来て、お金をもらったんやって。」
「お金?」
顔をしかめると、井口が「口止め料やろ」と言った。
「そんなこと周りにベラベラ喋られたら困るやん。だから慰謝料という名の口止め料や。」
「ああ、それでか・・・・。」
僕は納得して、「でもさ・・・・」と聞いた。
「そんな事があったのに、なんで菊池さんはまだ行ってんの?
普通やったら、親がもう行かせへんと思うけど。」
「私が行きたいって言うたから。」
「自分から?」
「うん。」
「由香子ちゃんがそんな目に遭ったのに?」
「私な、小4の頃から行ってるんや。」
「そうなんや。でも学校へ来んようになったのは最近やんか。前から通ってたん?」
そう尋ねると、井口が「じゃないと話が合わへやん」と答えた。
「由香子ちゃんは小5の時にそういう目に遭ったんやで。ほな一年前なんやから、菊池さんが不登校になる前からに決まってるやん。」
「そらそうか。」
「きっとあれやろ、今までは学校が終わった後とか、週に一回だけとか、そんなんやったんやと思うで。なあ?」
井口が尋ねると、菊池さんは「うん」と答えた。
「私な、あそこにおる方が楽しいから、学校じゃなくて三つ葉の里に行きたいって言うたんや。」
「う〜ん・・・・でもよう親が許したな。由香子ちゃんがそんな目に遭ったのに。」
「イヤらしいことした先生は、もうクビになったし、何回も園長先生が謝りに来たから、許したんやと思う。」
「でも普通は・・・・、」
「それにな、私がどうしても行きたいって言うたから。
この近くやったらな、あそこしか発達障害とかの子が行く所はないんや。」
「ほな・・・・しゃあないんかな。」
「それにな、私はブスやから、イヤらしい目に遭うこともないから。」
「え?親にそう言われたん?」
「他の先生。」
「は?」
「他の先生がな、由香子は可愛くて、だからあんな目に遭ったんやって言うてたんや。
でも私はブスやから、大丈夫やったんやろうって。」
「そう言われたん?」
「園長先生の部屋で、他の先生がそう話してるのが聞こえた。」
「なんやねんそれ、最悪な先生やな。」
すごく腹が立ってきた。
なんで大人って、そういうことを平気で言うんだろう?
いや、子供でも柴田みたいな奴はいるけど。
でも子供と大人じゃ違うはずで、大人の方がしっかりしてるもんだ。
でもそれは見せかけだけで、本当は中身は腐ってるのかもしれない。
だって柴田の時だって、大人がアテにならないから井口に頼んだわけで・・・・、
「なあ?」
井口に呼ばれて「ん?」と振り向いた。
「寒いから家行かへん?」
「ああ、そやな。お前今日も半パンやし。しかも半袖。」
「さすがにじっとしてたら寒くなってきたわ。俺ん家行こうや。」
そう言って寒そうに歩き出す。
「菊池さんも一緒に行く?」
「うん。」
「ほな家に電話しよか。じゃないとまた菊池さんのお母さんが心配するかもやから。」
「うん。」
スマホを取り出し、菊池さんの家に電話を掛ける。
雪はいつの間にかやんでいて、泣きそうな暗い雲だけが広がっていた。

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