春の鳴き声 第七話 消えた居場所(1)

  • 2017.01.06 Friday
  • 15:37

JUGEMテーマ:自作小説
年が明けて、正月も過ぎて、冬休みも終わって、一月もこの前終わった。
ついでに節分も終わって、一年で一番寒い時期になった。
菊池さんとカレーを食べに行った時のように、今日も雪が積もっていた。
ほとんど雪が降らないこの辺じゃ、とても珍しいことだ。
まあそれだけ寒い冬ってことで、僕は風邪を引いて休んでいた。
昨日は熱が高くてしんどかったけど、今日は少しマシだ。
体温計は37度5分って表示されて、昨日より1度も下がってホッとする。
でもまだまだしんどいので、ベッドで大人しくしていた。
風邪を引くと、ロクにゲームも出来ない。
漫画を読んでも頭に入って来ないし、チョコチョコっとスマホをいじるくらいしかすることがなかった。
さっきから井口とLINEをしている。
アイツの学校は進学校だから、今からすでに受験勉強が始まっている。
冬休みの間はたっぷり遊んだけど、高校受験が終わるまでは、これからのように遊べないかもしれない。
僕は少し寂しいなと思いつつ、でも新しく出来た友達のことを考えていた。
《菊池さん、いま何してるやろう?》
年末に菊池さんと友達になって、冬休みが明けるまでたくさん遊んだ。
ほとんどがゲームだったけど、でも一緒に山を登ったりもした。
僕の住んでる所はすぐ近くに山があるので、いつでも登山に行ける。
しかもそんなに高くないから、散歩みたいな感じで登ることができる。
元日、僕と井口と菊池さんで、初詣に行った。
そこは山の麓の神社で、山の上まで道が続いているのだ。
だからお参りをした後、みんなで上まで登った。
スポーツマンの井口は平気な顔で登って、菊池さんも息を切らさずに登っていた。
僕だけが「はあはあ」いいながらしんどくて、みんなの足を引っ張った。
井口が「おんぶしたろか?」と言ったけど、即行で断った。
だってアイツは俺のことを友達以上に思ってるわけで、それを知ってしまったらべったりくっ付くなんて出来ない。
だから少し距離を取りつつ、友達をやっている。
距離を取るっていうのは、肉体的にって意味だ。
歩く時は少し離れるし、家にいる時も少し離れる。
でもその分、菊池さんとの距離が近くなった。
一緒に山に登った時も、すぐ隣に並んでいたし。
息切れする僕を、何度も振り返って待ってくれた。
頂上に登った時だって、木のベンチに一緒に座った。
僕が持ってたジュースだって、二人で飲んだし。
まあ間接キスしちゃったわけだ。
前よりたくさん話すようになったし、「うん」って短い返事で終わることも少なくなった。
僕らはすごく仲の良い友達になったんだ。
井口と菊池さん、それに僕。
3人で過ごした冬休みは、すごく楽しかった。
もちろん冬休みが終わった後だって、何度も菊池さんと遊んだ。
相変わらず勘違いしている井口は、僕に気を遣って、ちょくちょく二人きりにさせた。
それで後から「どうないや?」と聞いてくるのだ。
どないもこないもないけど、でも菊池さんといると落ち着く。
会うのも楽しみになっていたし、できれば毎日会いたいくらいだ。
そしてつい最近のこと、僕は菊池さんと手を握った。
僕の部屋でゲームをしている時、僕がふざけて「怖いゲームやろか?」と言ったのだ。
菊池さんは迷っていたけど、でも「うん」と答えた。
だから怖い怖い殺人鬼が出て来る、夜中は一人でプレイできないようなゲームをやった。
途中で仲間が殺されて、女の悲鳴が響く。
この悲鳴がものすごくリアルで、しかも声が大きい。
何度聴いてもビクっとするくらい怖いのだ。
そしてその悲鳴が出た瞬間、菊池さんは固まった。
いつもは振り子みたいに身体を揺さぶっているのに、ピタッと石になった。
僕は「怖い?」と聞いた。
菊池さんは「うん」と答えた。
「じゃあもうやめる?」と聞くと、「ううん」とクビを振った。
でもまだ怖そうにしているから「手え握ったろか?」と冗談で言った。
そしたら菊池さんの方から手を出してきて、僕が握るのを待った。
僕も手を出して、その手を握った。
それから一時間ほどプレイしていて、その間はずっと握ったままだった。
すごくプレイしづらかったけど、でもずっと握っていた。
ゲームが終わると、繋いだ手は汗でびっしょりだった。
思えば、家族以外の女の人の手を握ったのは初めてかもしれない。
いや、正確には幼稚園の時とかはみんなで手を繋いでいたから、初めては言い過ぎだな。
でも大きくなってからは初めてだ。
だからあの時、僕はちょっとドキドキした。
女の子の手って、すごく柔らかいんだなあと、ずっと握っていたいと思ったんだ。
だって俺が知っている身近な手といえば、ゴリラモドキの井口の手だ。
もちろん手を握り合うなんてことはないけど、でもあのゴツイ手には何度も触ったことがある。
ふざけてプロレスやってる時とか、アイツが自慢そうに拳を見せつけてきた時とか。
アイツの手が野球の硬式ボールだとしたら、菊池さんの手はソフトテニスのボールくらい柔らかい。
同じボールでも全然違う。
だからゲームが終わって手を離す時、ちょっと残念だった。
ていうかちょっとだけやるつもりだった怖いゲームを一時間もやったのは、手を握っていたかったからだ。
あの時のことを思い出して、また手を繋ぎたいなと思った。
僕は井口とのLINEを終えて、菊池さんのことを考える。
今は三つ葉の里に行っているはずで、友達とキティちゃんの話で盛り上がってるだろう。
畑をやったり、勉強をしたり、色んなことをやって、友達と喋って、きっと楽しく笑ってると思う。
この時、僕は真剣に考えていた。
僕も三つ葉の里へ通えないかなと。
あそこに通うようになれば、もっと菊池さんと一緒にいられる。
でも僕は普通の子で、菊池さんは発達障害だ。
発達障害でも精神病でもない僕は、残念ながら三つ葉の里へは通えない。
《僕が発達障害か、菊池さんが普通の子やったらよかったのに。
それやったら僕が三つ葉の里に行くか、菊池さんが学校に来るのに。》
ベッドに潜り込んで、菊池さんのことばかり考える。
そしてこの時、僕は「あれ?」と思った。
《これ、もしかしたら菊池さんのこと好きなんかな?》
ずっと菊池さんのことばかり考えている。
遊ぶ時以外だって、菊池さんと一緒にいたいと思ってる。
でも菊池さんはブスで、なんだか変わった所もたくさんあって、きっと僕が好きになるタイプじゃないはずだ。
なのにいつもこうやって考えてるのは、井口の言う通り、菊池さんと付き合いたいと思ってるのかもしれない。
《菊池さん、いま何してるやろう?会いたいな。》
熱が治まっても、身体はしんどい。
頭だってちょっと痛いし。
だけど家にいるのは退屈で、とにかく菊池さんに会いたかった。
だから僕は実行に移すことにした。
ベッドから出て、パジャマを着替える。
マスクを着けて、一階に降りて、「お母さん」と言った。
「ちょっと薬局行ってくる。」
「なんで?」
お母さんは猫の餌をやっていて、ちょっとだけ僕を振り返った。
「喉が痛いねん。だから薬買うてくる。」
「喉の薬やったらあるやんか。」
「いや、あれじゃない奴がええねん。」
「ほなお母さん行ってくるわ。あとちょっとしたら猫の砂買いにいかなアカンから。」
「いや、僕が行く。ずっと家におったら、逆にしんどいから。」
「でもあんた学校休んどるんやで?外に出たらあかんよ。」
「マスクしてるし、僕やって分からへんよ。」
「お巡りさんに補導されたらどうするんよ?お母さんが行くから、部屋で寝とき。」
「いや、僕行きたいねん。すぐ帰って来るから。」
お母さんに背中を向けて、玄関で靴を履く。
「すぐ帰ってきいよ。」
「うん。」
納得してない感じで、お母さんがやってくる。
僕が家を出ると「気いつけてな」と言った。
「自転車乗ってくな。」
「転ばんように気いつけよ。」
「うん。」
自転車に跨って、ゆっくりと漕ぐ。
ギアを上げていって、すぐに家から離れた。
薬局を通り過ぎ、大通りに出る。
そこから川へ走り、大きな橋を渡って、スーパーを通り過ぎた。
スーパーの向かいには山があって、ここがこの前登山した所だ。
通り過ぎる時に神社が見えて、初詣の時を思い出した。
あの時おみくじを買って、僕は大吉だった。
井口は小吉で、菊池さんは末吉。
とりあえずみんな吉で、凶は出なかった。
だから今年は、みんな悪い年にはならないはずだ。
風邪でしんどいけど、でもこの先に楽しいことがありそうな気がして、自転車を漕ぐのは辛くなかった。
三つ葉の里まで一時間。
途中に田んぼがあって、ポツポツと民家があって、小さい川に小さい橋があって、春になるとたくさん桜が咲く池がある。
《春になったら、みんなでお花見に行かなな。》
冬の池は寒そうで、でもあと二ヶ月もすれば桜が満開になる。
菊池さんの好きなカレーの弁当でも買って、ここでお花見をしたら、どれだけ楽しいだろう。
そう思うと、早く会いたくなった。
ぜえぜえ言いながら、負けじと自転車を漕いだ。
そして頑張って頑張って、二時間くらいかかって三つ葉の里にやって来た。
「やっと着いた・・・・。」
僕は座り込み、何度も咳をした。
ほんとなら一時間で着く道も、さすがに風邪の時は時間がかかる。
ドロっとした唾が出て来て、喉の奥が痛くなった。
鼻水もヒドイし、熱も上がったような気がする。
「さすがにここまで来るのは無理があったか・・・。」
しばらく休んで、門の前に行く。
するとシンと静まり返っていた。
「なんや?休みなんかな?」
ここは土日と祝日が休みのはずで、平日は開いてるはずだ。
今日は金曜日だから、休みのはずじゃないんだけど。
ぴょんぴょんジャンプして、中を覗く。
この前おばちゃん先生がいた事務所も覗いてみるけど、誰もいなさそうだった。
「やっぱり休みなんかな。」
でも門は開いているから、どっちか分からなかった。
「休みやったら閉まってるよな。」
どっちだろうと思いながら、「入ってみよかな」とウロウロする。
「・・・・寒いな。」
二時間も自転車を漕いで、汗を掻いた。
その汗が冷えてきて、背中がぶるっとなった。
「ずっとおったらまた熱が出るな。」
下手したらインフルエンザに罹ってしまうかもしれない。
だから僕は、中に入ってみることにした。
怒られるかもしれないけど、でも休みかどうか確認しないと。
ちょっと迷いながら、門の中に入る。
ぐるっと見渡して、誰もいないか確かめた。
「おらんな・・・・。」
事務所に近づいて、中を覗く。
電気が点いていなくて、窓の外からだとすごく暗く見えた。
「誰もおらんな。」
電気もストーブも点いてなくて、すごく寂しい感じがした。
今度は校舎を見ていく。
幼稚園くらいの大きさの校舎が、三つ並んでいる。
ドアの前には下駄箱があって、靴は入っていなかった。
もちろん中にも誰もいない。
一つ目の校舎を終えて、次の校舎も見る。
ここもいない。
そして三つめの校舎の下駄箱で、菊池さんの名前が書いてあるのを見つけた。
「ここが菊池さんの教室なんやな。」
小さな校舎を覗いて、誰もいないか確かめる。
十個くらい机が並んでいて、黒板や本棚があった。
ピアノもあって、後ろの方には荷物を入れる棚があった。
「・・・・なんにもないな。」
ここもいない。
となると後は畑だけど、ここからでも畑は丸見えだ。
だから誰もいないことはすぐに分かった。
「誰もおらんのに、なんで門が開いてるんやろ。」
僕は不思議に思って、また周りを見渡した。
「あ、あそこかな。」
門から少し離れた所にトイレがある。
近くには動物の小屋みたいなのもあって、小さな花壇もあった。
誰かがいるとしたら、あのトイレしかない。
僕は緊張しながらトイレに向かった。
ちょっと大きめの公衆トイレみたいな感じで、入口に男子用と女子用のマークがあった。
僕は男子用の方に入って、中を覗いた。
暗い・・・・。
入り口にスイッチがあったので、電気を点けた。
オシッコ用のトイレに、ウンコ用のトイレがある。
オシッコ用は四つ、ウンコ用は三つあって、ドアは閉まっていた。
僕は「誰かいますか〜?」と言いながら、ウンコ用のドアを叩いた。
でも返事がないので、思い切って開けてみた。
「・・・・・・・。」
ウンコ用のトイレには誰もいない。
奥に用具入れがあるけど、人が入れるほど大きくなさそうなので、確認はしなかった。
今度は女子用に向かう。
もし女の人がいたら、僕は変態って言われて、警察を呼ばれるかもしれない。
そう思うと怖かったけど、でもここまで来たんだから、覗いてみることにした。
中に入って、電気を点ける。
ウンコ用・・・っていうか、男でいうウンコ用の個室が六つある。
そして奥にある一つだけ、ドアが開いていた。しかも誰かがいるような気配がする。
「・・・・・・。」
僕は怖くなって、いったん外に出た。
「やっぱ誰かおるんや・・・・。」
心臓がドキドキしてきて、もう一度入るのが怖くなった。
だから入り口から覗いて、「誰かいますか〜!」と叫んだ。
でも返事はなくて、また叫んだ。
「誰かいますか〜!」
ドアの開いたトイレから、ちょっとだけ物音が聴こえる。
僕の心臓はビクンと跳ね上がって、ここから逃げ出しそうになった。
だけど勇気を振り絞り、もう一度叫んだ。
「誰かいますか〜!」
そう言ってしばらく待っていると、トイレから人が出てきた。
僕はその人を見て、ちょっとの間固まった。
「菊池さん?」
「うん・・・・。」
誰もいない三つ葉の里で、菊池さんが出てきた。
「あの、なんで菊池さんだけおるん?今日は誰もおらんの?」
「うん。」
「今日は休みなん?」
「違う。」
「ほななんで・・・・、」
聞き終える前に、菊池さんはまたトイレに戻ってしまった。
僕は「菊池さん」と近づく。
するとバタンとドアが閉められて、鍵を掛ける音がした。
「菊池さん、なんで一人でおるん?今日は休みなん?」
「違う。」
「ほななんで誰もおらんの?」
「・・・・・・・。」
「なんかあったん?」
「うん。」
「何があったん?」
「・・・・・・・・・・。」
「何があったん?」
「・・・・・・・・・・。」
「言いたくないん?」
「うん。」
「なんで?」
「・・・・・・・・・。」
トイレの中から、身体を揺する音がする。いつもより激しい感じで。
《なんか落ち着かんようになってるな。何があったんやろ?》
その後は何を質問しても答えなかった。
僕はトイレの外に出て、菊池さんが出て来るのを待った。
でも全然出て来ない。
一時間くらい待っても、ちっとも出て来なかった。
《何があったんやろ?》
僕は色々考えたけど、でも分からなかった。
だったら・・・・、
「・・・・もしもし?あのな、ちょっと困ったことになっとんやけど・・・・、」
こういう時は、井口を頼るのに限る。
今どんな状況なのかを話して、どうしたらいいかを尋ねた。
するとその時、車が近づいて来る音が聞こえた。
《誰か来た・・・・。》
トイレから離れて、門の所に行く。
すると僕の手前で、真っ赤な軽自動車が停まった。
「あ!」
僕は思わず声を上げる。
だってその車の中に、由香子ちゃんが乗っていたからだ。
運転席にはお母さんがいて、僕と目が合って驚いていた。
「どうも。」
頭を下げると、中から由香子ちゃんが出てきた。
「あのな、由香子な、ここに来る前にお菓子買ってもらってな、それでお風呂の前やけど食べてもええって言われてな・・・・、」
由香子ちゃんのマシンガントークが始まる。
その後にお母さんが出てきて、怖い目で僕を睨んだ。
なんだか良くない雰囲気を感じて、僕は黙り込む。
電話の向こうから、井口のやかましい声が聴こえていた。

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