春の鳴き声 第十話 星風の会(2)

  • 2017.01.09 Monday
  • 14:19

JUGEMテーマ:自作小説

三月の終わり頃、けっこう暖かくなってきて、遠い山の梅が咲いている。
僕は菊池さんのお父さんの車の窓から、流れる景色を眺めていた。
梅はけっこうたくさん咲いていて、桜とは違った綺麗さがある。
花弁はちょこんと小さくて、桜みたいに「咲いてるで!」って自己主張しない。
ちょっと控えめな感じで、どうぞ楽しんでくださいって咲き方が好きだった。
「綺麗やな。」
隣にいる菊池さんに言うと、緊張した顔で「うん」と言った。
「星風行くの怖い?」
「緊張する。」
「そら初めてやからな。」
今日、僕たちは星風に行く。
菊池さんのお父さんの車で、隣街に向かっていた。
メンバーは僕、菊池さん、井口、由香子ちゃん、菊池さんのお父さんとお母さんだ。
菊池さんのお母さんは、星風に行くのをOKしてくれた。
ずっと家にいるよりも、外に出た方がいいからって。
菊池さんのお父さんも、菊池さんのことを心配していて、「俺も行くわ」って車を出してくれた。
そうなれば由香子ちゃんも来るわけで、「あのな、梅ってな、中国から来てな、ほんでな・・・」と、梅の知識を披露していた。
井口は約束通りスーツを着ていて、伊達眼鏡まで掛けている。
こうすれば確かに中学生に見えないけど、でも今日はわざわざ変装する必要はなかったのに。
だって菊池さんのお母さんが、星風に電話して色々確認してくれたからだ。
中学生は保護者が必要だけど、でもそれは親じゃなくてもいいらしい。
親戚とか、学校の先生とか、そういう人でも構わないそうだ。
だから『娘の友達も行きたいって言ってるんですが、いいですか?』って聞いた。
そしたら別に構わないって答えたそうだ。
誰か大人がいれば、別に構わないって。
今日は菊池さんの親がいるから、井口がスーツを着なくてもいい。
いいんだけど、せっかく親父のを借りたからって、どうしても着たかったらしい。
「なあ。」
「ん?」
「普通の服でよかったやん。」
「いや、今日はこれで行くって決めてたんや。」
「ほな向こうに着いたらなんて言うの?俺の兄貴やって言うつもり?」
「いいや、友達やって言う。」
「ほんなら中学生ってことになるやん。スーツ着てるのおかしいって。」
「ええねん、ええから。」
「まあ好きにしたらええけど。」
この前の夜、俺の唇を奪ってから、コイツはちょっと変わった。
元々変わってる奴だけど、さらにおかしくなった。
「俺はな、これからシュウちゃんの守り神になるから。」
「また始まった。」
「これからはシュウちゃんを守る男になんねん。もちろん友達としてな。」
「ええけど、東京の高校行くんやろ?」
「休みは帰って来るやん。俺らはずっと友達やで。」
「そらそうやけど、もう変な気起こすなよ。次この前みたいな頼みをしたら、もう付き合えへんで。」
「あれが最後や、男子に二言はないねん。」
「ほなええけど。」
井口は井口なりに、色々と考えて生きている。
この前のことだって、相当悩んでそうしたんだと思う。
だから一回だけならOKしたけど、さすがに二度目はキツイ。
僕はこいつのことを信用してるけど、でも部屋で二人きりは避けようと思った。
車はバイパスに乗って、グングンスピードを上げる。
道路を囲うバリケードのせいで、梅は見えなくなってしまった。
「あのな、梅ってな、赤いのと白いのがあってな、でもな、真っ赤のは梅じゃなくてな、木瓜の花でな・・・・、」
由香子ちゃんの独演会は終わらない。
僕は「うんうん」と聞き流して、不安そうな菊池さんを見つめていた。
振り子みたいに揺れて、僕に肩がぶつかる。
「大丈夫やで。」
「うん。」
「嫌な所やったら、行かんかったらええだけや。」
「うん。」
「星風の人も、しんどかったら途中で帰ったらええって言うてたんやから。」
「うん。」
「僕もおるし、井口もおるし、由香子ちゃんもおるし、お父さんもお母さんもおるから、大丈夫やで。」
「うん。」
何度も肩がぶつかって、僕は何度も「大丈夫やで」と慰めた。
三十分くらいバイパスを走って、隣の街に着く。
星風は市役所の三階にある、ちょっと大きめの部屋で集まっているらしい。
菊池さんのお父さんはナビをいじりながら、「市役所ってどの辺や?」と困っていた。
ちょっと道に迷って、同じ場所を走ってしまう。
でもどうにか到着して、広い駐車場に車を停めた。
この街の市役所は大きくて、学校の二倍くらいの大きさがある。
建物は二つに分かれていて、手前が年金とか税金とか、なんか色々そういう手続きをする所だ。
奥の建物は、市民体育館と一緒になっている。
プールもあるし、○○教室みたいな習い事もやっている。
かなりに昔に、まだじいちゃんが生きてる頃、一回だけ囲碁教室に連れて来てもらったことがある。
そういえばこんな場所だったなと、ちょっと記憶が蘇ってきた。
星風は奥の建物でやっている。
僕たちは広い駐車場の横を通って、入口にやって来た。
自動ドアを入った所に、大きなホワイトボードがある。
今日はどんな教室をやっているとか、どんなイベントをやっているとかが書かれていた。
井口はそれを睨んで、「三階やな」と言った。
「フリースペースって所でやってるらしい。」
井口がボードを睨んでいる間に、菊池さんたちは先に行ってしまった。
「早く。」
「おう。」
みんなでエレベーターに乗って、三階まで昇る。
チンとドアが開くと、すぐ近くの部屋から歌が聴こえてきた。
「なんやこれ?」
「歌謡曲の同好会らしいで。ボードに書いてあった。」
上手いのか下手なのか分からない歌を聴きながら、フリースペースの部屋に向かう。
するとドアの前に若い男の人が立っていた。
菊池さんのお母さんが行って、何かを話しかける。
若い男の人はドアを開けて、「どうぞ」と言った。
「なんか不愛想な人やな。」
井口がヒソヒソと言う。
「そうやな。普段の菊池さんみたいな感じや。」
「まあそういう人が集まる場所やから。」
まずは菊池さんたちが入って、僕らもそれに続く。
中はけっこう広くて、明るい雰囲気の部屋だった。
縦長の机が幾つもあって、パイプ椅子が並んでいる。
そして参加者らしき人が四人いた。
椅子に座っていたり、壁にもたれかかっていたり。
そわそわ落ち着かない人もいた。
その中で、髪が薄い太っちょの男の人がやって来た。
眼鏡をかけていて、首から「ラク」って名前の名札を掛けている。
なんかオタクみたいな見た目で、グレーのシャツがよれよれだった。
「あの、今日参加される・・・・、」
挙動不審な感じで、僕たちに手を向ける。
菊池さんのお母さんが「予約していた菊池といいます」と頭を下げた。
「ええっと・・・全部で六人ですね、保護者の方も合せて。」
「はい。あの・・・・、」
「はい?」
「ここの責任者の方で?」
「はい、ラクと言います。ハンドルネームですけど。」
そう言って名札を見せた。
「お電話でもお伝えしたと思うんですが、娘の友達も来ているんですがよろしいでしょうか?」
「ああ、ええ。大丈夫ですよ。」
「ウチの娘二人が発達障害で、ここには初めて参加させて頂きます。
ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。」
菊池さんのお母さんは頭を下げる。お父さんも小さく頭を下げた。
ラクって人は、「ああ、はい」とぎこちなく頷いた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
挨拶が終わった後、ラクって人は何も言わず僕らを見ていた。
そして椅子に座ってる人の所へ行って、何かを話し始めた。
僕たちはどうしていいか分からずに、その辺に突っ立っていた。
壁には時計が掛かっていて、開始までまだ10分くらいある。
その間に新しい人が二人来て、部屋の中をぶらぶらしていた。
時間が過ぎて、開始時刻の二時までもう少しだ。
でも誰も何も言わなくて、ただぶらぶらしている。
ラクって責任者の人も、椅子に座ってる人と話しているだけだった。
僕たちはどうしていいか分からずに、ちょっとそわそわした。
イライラしてきた菊池さんのお父さんが「不親切やな」と愚痴った。
「普通は『座ってお待ちください』とか、何かしら言うもんと違うんか?」
「まあまあ。」
菊池さんのお母さんが宥める。
「それにラクっていうあの責任者の人、ロクに自己紹介もないやんか。
普通は本名くらい言うて、こうこうこういうモンですって、初めての人間には言うもんと違うか?」
「そやけど、責任者の人も発達障害らしいから。」
「三つ葉の里の時は、もっとちゃんとしとったのにな。」
「せやけどあそこは潰れたやんか。それに由香子にあんなことして・・・・、」
「もうそれは言わん約束やろ。子供らがおる前では。」
「そやったな・・・・。」
それから開始時間まで、誰も声を掛けてこなかった。
時計は二時になって、でも誰も動こうとしない。
「もう始まりと違うんか?」
菊池さんのお父さんのイライラが加速する。
すると入り口に立っていた若い男の人が入ってきて、みんなに何かを配り始めた。
僕たちの方にも来て、それを渡す。
「なんやこれ?」
「細かい字で色々書いてあるな。」
僕らが渡されたのは、星風の決まり事を書いたプリントだった。

          ******
星風へようこそ!
ここは発達障害の方が集まって、自由に発言をする空間です。
悩んでること、言いたいこと、自分の気持ちなど、なんでも好きに喋って下さい。
しかしトラブルを避ける為に、以下のことを注意してください。
          *
*誰かが喋っている時は、最後まで聞くこと。
*意見を返すのはOKですが、攻撃的な言動は慎むこと。
*相手の人格を否定しないこと。
*興奮して暴れないこと。(物を壊した場合は自己責任となります)
*勧誘行為はしないこと。(政治、宗教、商売など)
*その他迷惑になるような行為があった場合、責任者が退席を命じることがあります。
 責任者の指示に従って頂けない方は、今後の参加が禁止になることもあります。
          *
最初は簡単な自己紹介から始まります。
本名でもいいし、ハンドルネームでも構いません。
机の前の札に、呼んでほしい名前を書いてください。
最近あった出来事、思っていることなど、なんでもいいので紹介の時に話して下さい。
ただどうしても嫌な場合は、名前だけで構いません。
          *
自己紹介が終わったら、各自好きなようにトークをしてください。
テーマはなんでもOKです。
悩んでいること、困っていること、今思っていることや、感じていることなど。
話したくなければ、黙っていても構いません。
時間は3時間で、途中で10分ほどの休憩を挟みます。
ただトークに参加するかどうかは自由ですので、各々で休憩に行ってもらっても構いません。
また気分が悪い、体調が悪い、トイレに行きたいなどがあったら、遠慮せずに言って下さい。
          *   
トークテーマは自由ですし、トークに参加するかどうかも自由です。
ただしファシリテーターを一人か二人置いて、こちらからトークテーマを投げたり、話を掘り下げたりすることがあります。
(ファシリテーターとは、場が円滑に進むようにする役割のことです。)
          *
トークが終了後、30分ほど今日話し合った内容を振り返ります。
自分が思ったこと、感じたことなど、なんでも話して下さい。
もし何もなければ、話さなくてもOKです。
          *
初めて参加される方は緊張していると思います。
でも心配することはありません。
分からないことや困ったことがあったら、何でも聞いて下さい。
*保護者や付き添いの方もトークに参加していただけます。
 ただし相手を批判するような言葉や、馬鹿にするような行為だけはしないようにお願いします。
 例 「君は甘えているだけだ」「そんな悩みはみんな同じだ」など
          *
発達障害支援グループ「星風」は、医師の診断の有無を問わず、世の中での生きづらさや、理解を得られずに
困っている方の為に活動しています。
主催者の「ラク」そしてサポートメンバーの「遊」もみなさんと同じように発達障害を抱えています。
今日この場が、少しでも皆さんにとって有意義なものであるように願っています。

          ******

プリントに目を通して、「やってさ」と井口を振り向く。
「僕らも話してええって。」
「そやな。でもなるべく黙ってる方がええかもな。」
「うん。僕らにとっては大したことじゃない言葉でも、相手にとったらけっこう傷ついたりするかもしれんし。」
「俺ら菊池さんと由香子ちゃんを知ってるからな。
何気ないことでも、けっこう不安させることがあるもんな。」
「まあどうしても喋りたくなった時だけでええんちゃうか。」
「今日は菊池さんの為に来たんやからな。それでええと思うで。」
僕と井口は、基本は菊池さんを見守ることにした。
菊池さんのお父さんとお母さんも同じようで、あんまり喋りたそうな顔はしていなかった。
だから参加するのは菊池さんと由香子ちゃんだけだ。
由香子ちゃんは今も一人で喋っていて、プリントで鶴を折っていた。
そして肝心の菊池さんは、メトロノームみたいにユラユラしている。
顔は石みたいになって、カチコチに緊張していた。
「大丈夫?」
「うん。」
「みんな一緒やから心配せんでもええで。」
「うん。」
「あの、よかったら・・・・、」
「うん。」
「手え握ったろか?」
「うん。」
僕はそっと手を出す。
菊池さんも手を出して、僕の手を握った。
「大丈夫やからな。」
「うん。」
「困ったことがあったら、なんでも僕に言うて。」
「うん。」
菊池さんの顔は不安なままだ。
でも僕がいることで、ちょっとでも落ち着いてくれたらと思った。
菊池さんの役に立てるなら、それはとても嬉しいことだから。
責任者のラクさんが「では好きな席に座って下さい」と言った。
僕は菊池さんと手を繋いだまま、隣同士に座る。
井口は僕の左側に、由香子ちゃんはお父さんとお母さんの間に座った。
由香子ちゃんはずっと喋りっぱなしで、ラクさんが話してもいてもお構いなしだ。
菊池さんのお母さんが「すいません」と頭を下げる。
ラクさんは「いいですよ」と笑った。
「ええっと、星風を主催しているラクと言います。隣にいるのはサポートメンバーの遊さんです。」
受付にいた若い男の人が、ペコっと頭を下げる。
「じゃあ今からワークショップを始めます。
紙に書いている通り、まずは順番に自己紹介からしていきたいと思います。
まずは僕からするので、僕の右側の人から順番にお願いします。」
ラクさんは自分のことを紹介し始める。
僕はその間、なんて自己紹介しようかなと考えていた。
すると菊池さんがメトロノームみたいに揺れて、僕の肩にぶつかった。
「大丈夫やで、みんなおるから。」
「うん。」
石みたいな表情、石みたいな声。
さっきより緊張してるみたいだ。
僕はギュッと手を握りしめて、「心配ないから」と笑いかけた。

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM