春の鳴き声 第十二話 居場所を求めて(2)

  • 2017.01.11 Wednesday
  • 14:27

JUGEMテーマ:自作小説

ヤクザみたいなおじさんが、ニコニコ笑っている。
明らかに場違いな感じの人だけど、この人は星風のサポートメンバーの一人だ。
いつもは他のグループを支援していて、たまにこっちを手伝いに来るらしい。
名前は山田。
本名かどうかは分からない。
でも短い自己紹介の時に、「みなさんのサポートをさせていただきます。よろしくお願いします」と丁寧に挨拶した。
顔はヤクザみたいだけど、仕事は普通のサラリーマンらしい。
ようやくみんな揃って、ラクさんが仕切り直してから、フリートークが始まった。
井口のバイ発言、それに山田さんの登場で、場の雰囲気は変わった。
空気が動いたおかげで、ようやく喋り出す人が出てきた。
まず最初に喋ったのは、ゴエモンさんだ。
「僕がここへ来たのは、他に話の合う人がいないからです。
友達はいちおういるけど、でも素で喋ると浮いてしまうので、みんなに合わせています。
でもそれってけっこう疲れるので、やっぱり自分は発達障害なのかなって思ってます。」
それを聞いたおっぱいの大きな夏さんが、「それ分かる」と頷いた。
「私も家族とここの人しか言ってなくて、普通の友達といる時は合わせてるから。
けっこう疲れるけど、でもこれからも言うつもりはありません。
あとそれと、病院に行って診断を貰ったら、手帳の申請が出来るから、もしやるならやった方がええと思う。
障害者枠で働けるし、それに手帳を持ってると助かることもあるし。」
「どんな事が助かるんですか?」
「映画とか電車とかバスとか、手帳を持ってると割引になることがあるから。」
「ああ。」
「自分が発達障害って診断されても、人に言うかどうかは自由やし。
それに手帳を持ってるのだって、言わんかったら分からへんし。
私は手帳を持ってて、状況に応じて使い分けてるから。」
「状況ってなんですか?」
「だから普通の子と遊ぶ時は、言ってないから使えへん。
でも一人で映画見る時とかは使うようにしてる。」
「ああ。」
「更新は二年ごとで、それをせえへんかったら無くなる。
でも持ってると色々便利なこともあるから、貰っといた方がええと思う。」
ゴエモンさんは納得したように頷いた。
「ほなまた病院行ってみます。」
すると今度はサチさんが話に加わった。
「私、今の職場では発達障害ってことは言ってないんです。
でも言った方がええんかどうなんか迷ってて、どうしたらいいんかなって。」
この質問には遊さんが答えた。
「僕はいちおう言いました。
今おる支店の店長に言うたんですけど、でもビックリされました。
そこから他の人にも話が伝わったみたいで、ちょっと困ってる感じでしたね。」
「どんな風に困るんですか?」
「ん〜と・・・どうしたらええか分からへんみたいな感じで。
まあそれだけで、他はなんもないんですけどね。
職場にもよると思うけど、僕はいちおう伝えました。
だからって今までとあんまり変わりません。
差別とかもないけど、でも働きやすくなったわけでもないし。
みんな『ああ、そうなんや』って感じで。
仕事さえちゃんとしてくれるんやったら、別にええでって感じなんやと思います。」
「私の職場は、けっこうキツい人が多いんです。
私がそう思ってるだけかもしれへんけど。
でも伝えたら、ちょっとは理解してもらえるんかなって思って。」
「ん〜っと・・・・発達障害であることを伝えて、働きやすくなるっていうのを期待するんやったら、難しいかもしれんかなあと。」
「やっぱりそうなんですか?」
「だってみんな普通の人やし、それに専門家でもないし。
だからこっちが発達障害なんですって伝えても、向こうからしたら『じゃあどうしたらええの?』って感じになると思うんですよ。
それやったら、最初から障害者枠のある会社に行った方がええと思いますよ。
この人は元々そういう人なんやってことで、ある程度は理解してくれると思うし。」
「ああ・・・分かりました。どうも。」
「それでももし伝えるんやったら、その先を考えといた方がいいと思いますよ。」
「先ってなんですか?首になるかもってことですか?」
「いや、そうじゃなくて、言われた方としては『じゃあどうしたらええの?』って感じになると思うんですよ。
『それをカミングアウトして、こっちにどうしての欲しいの?』みたいな。
ただカミングアウトするだけやったら、相手を困らせるだけと思うんです。
そうならんように、『私は発達障害で、こういう事は苦手なんです』とか、『その代わりこっちは得意やから頑張ります』とか。」
「ああ〜。」
「具体的にこういう待遇を改善してほしいとか、苦手な部分は理解してほしいとか、そういう事を伝えないと、カミングアウトしても意味ないんですよ。
少なくとも僕の職場ではそうでした。」
「分かりました、ありがとうございます。」
会話が終わり、しばらく沈黙。
すると今度は由香子ちゃんが喋り始めた。
「あのな、ここに来る前な、梅が咲いててな、それで梅は白いのと赤いのがあるんやけど、真っ赤なやつは木瓜の花でな・・・・・、」
由香子ちゃんの梅の花講座が始まる。
お母さんが「由香子」って止めたけど、お構いなしに喋りつづけた。
「ほんでな、桜はな、ほとんどソメイヨシノでな、これな、全部クローンでな、一つの株から増やしたやつでな・・・・、」
今さらだけど、由香子ちゃんの知識の多さには驚く。
この子は興味のあることなら何でも知っている。
それは菊池さんも同じで、キティちゃんの話題になると由香子ちゃんモードになってしまう。
《発達障害の人って、好きなことには詳しいよなあ。でも延々としゃべり続けるのがちょっと辛いけど・・・・。》
お母さんが「由香子、ずっと喋ってたら悪いから」と止める。
でも止まらない。
梅、桜、薔薇、そしていつの間にかヤギやカメムシの話になっていて、誰もついていけない。
ある意味沈黙より気まずい空気になって、いったい誰が由香子ちゃんの独演会に終止符を打つのか、僕は救世主を求めていた。
すると一人のメシアが「あの・・・」と手をあげた。
さっきから由香子ちゃんに見惚れてるゴエモンさんだ。
「由香子さんは、普通の学校に行ってるんですか?」
「えっとな、四年生までは三つ葉の里に行っててな・・・・、」
「由香子!」
お母さんが慌てて止める。
でもゴエモンさんは興味津々らしく、「それってこの前ニュースでやってたところですよね?」と言った。
「なんか園長さんが捕まったってやってました。横領とかで。」
「ええ、そうなんですよ。そこに通ってたことがあるんです。」
お母さんは営業スマイルみたいにニコニコして、「由香子、ちょっとじっとしとこ」と宥めた。
でもゴエモンさんは質問を続ける。
「三つ葉の里って、僕も一回だけ行ったことがあるんです。
あそこって、なんか暗い雰囲気やったから、僕は通いませんでした。」
「ああ、そうなんですか。」
お母さんはまた営業スマイル。
でも心の中では《これ以上ツッコムな!》と言ってるのが分かった。
お父さんはさらにムッとした顔になって、今にも出ていきそうだった。
するとそんな空気を察して、山田さんが「ちょっといいですか?」と話題を変えた。
「あの、私はここに参加させてもらうのは四度目なんですが、前からちょっと思うことがあって。」
かなり気を遣った口調で言う。
主催者のラクさんは「どうぞ」と頷いた。
「あのですね、このグループにはこのグループのやり方があるのは分かるんです。
でもですね、ある程度はトークテーマを決めるとか、どういった部分にスポットを当てるとか、考えた方が話しやすいんじゃないかなあと。」
「いや、ここはみんなで作り上げる空間やから、あえてテーマとかそういうのは決めない方向でやってるんですよ。」
「はい、それは理解してるんですが、どうもチグハグな感じがしてしまうんです。」
「チグハグ?」
「ええっと・・・・以前に参加させてもらった時も、今回と似たような感じで、最後まで何をしたいのか分からない感じだったっていうか。
それだったら、例えば困っている人に具体的なアドバイスをすることを考えるとか、逆に抽象的でもいいから、心の部分にスポットを当てるとか。」
「ああ・・・・。」
ラクさんはちょっとショックを受けたような顔をする。
そして「僕自身も発達障害があるから、上手くいかない所はあるんです」と返した。
「分かります。支援グループにも色々あって、行政と連携してる大きな団体とか、逆に星風みたいに小規模な活動をしてるところもあります。
それでここみたいな小規模な所って、当事者グループであることが多いんですよ。」
「知ってますよ、僕自身が発達障害ですから。だから僕自身もトークに参加してるんです。
ファシリテーターって役目はあるけど、でも一参加者として話もします。」
「ええ・・・・。」
山田さんはまだ何か言いたそうにしている。
でも相手を傷つけないように、言葉を探っているようだった。
そこへ夏さんが手をあげて、「私はこれでいいと思うんですけど」と言った。
「私も他のグループに参加してたことがあります。」
「はい。」
「それで山田さんの言う通り、グループによって違いがあって、でもどのグループのやり方がいいかは、人ぞれぞれだと思うんですよ。」
「それはもちろんそうだと思います。」
「私は今は、このグループにしか来ていません。
ここが一番落ち着くし、自分に素直に喋れるんで。」
「はい。」
「それに遊さんだって、ここが一番居心地がよかったから、ここのサポートメンバーになったんです。
それにブーちゃんは三年もここに来てるし。」
「ええ。」
「だからグループのやり方をどうこう言うのは、ちょっと違うと思います。
だって他にもグループはあるから、色々行ってれば、自分に合う場所もあるやろうし。」
「それはその通りです。ただこうして四回来させてもらって、なんていうか・・・・初参加の人にとっては、ちょっと喋りづらいんじゃないかなと。」
そう答えると、ラクさんは「そうなんですか?」と驚いた。
「その・・・・なんて言うか、何度も参加してる人は、ここのやり方を分かってるわけだから、それなりに喋れると思うんです。
だけど初めての方は、そうじゃないこともあると思うんですよ。」
すると夏さんが反論。
「でもゴエモンさんもサチさんも、今日が初めてです。
だけどちゃんと質問とかしてるし、私たちもそれに答えてるし。」
「ええ・・・・・。」
「それにトークに参加するかどうかは自由だから、あえて話さない人もいます。
テツさんは毎回ほとんど喋らないけど、でもしょっちゅう来てますよ。」
そう言ってテツさんの方を向く。
テツさんは相変わらず肌着のままで、どこに視線を合わせているのか分からない顔をしていた。
山田さんは反論しようとしたけど、すぐに「そうですね」と頷いた。
また沈黙が続く。
すると菊池さんのお父さんが、お母さんにヒソヒソと話しかけていた。
お母さんは頷き、お父さんは「すいません」と手を上げた。
「ちょっとトイレへ行かせてもらってよろしいですか?」
ラクさんは「どうぞ」と言う。
お父さんはムッとした顔のまま出て行った。
「あれ、多分戻って来んな・・・・。」
井口が小声で言う。
僕は「しッ」と口に指を当てた。
その時由香子ちゃんが「オシッコ行きたい」と言った。
それを聞いたゴエモンさんが、「ここ出て左にすぐありますよ」と教えた。
お母さんは「どうも」と頭を下げて、由香子ちゃんと一緒に出て行った。
「うわ、みんな出て行ってもたで・・・・。」
「いや、由香子ちゃんはほんまにトイレやろ・・・・。」
「かなあ?」
「まあ分からんけど。」
正直なところ、僕は由香子ちゃんやお父さんやお母さんのことはどうでもいい。
いや、由香子ちゃんはそうでもないかな。
だって友達だから。
でも一番心配なのは、やっぱり菊池さんだ。
なんたって今日は菊池さんの為にここに来たんだから。
「菊池さんもなんか喋る?」
「・・・・・・。」
「しんどい?」
「ちょっと・・・・。」
「辛くなったらいつでも言うてな。僕からラクさんに言うてあげるから。」
「ありがとう。」
菊池さんのメトロノームはずっと続いていて、握った手も汗でびっしょりだ。
相当緊張してる。
僕は井口をつつき「あんまり辛そうやったら、僕らが連れて出よか」と言った。
「そやな。」
僕らがヒソヒソ話している間に、またフリートークが始まっていた。
今度はサチさんとブーちゃんが喋っている。
「ほなサチさんも、ちょっと喋りにくいんですか?」
「ええっと・・・・はい。」
それを聞いたラクさんは、また驚いた顔をしていた。
「その・・・・さっき質問したけど、でも誰も喋らへんから、とりあえずなんか言うてみようと思って・・・・、」
「でも喋りたくなかったら、別に喋らんでもええんやで。」
「ああ、はい・・・・・。」
サチさんは黙り込んでしまう。
すると遊さんが「僕はね」と話し始めた。
「基本的には相手の話を聞くようにしとるんですよ。
だからサチさんが言いたいことがあるんやったら、遠慮せんと言うたらいいと思います。」
「ええっと・・・じゃあ・・・・、」
言いづらそうにしながら、頑張って喋り始める。
「その・・・流れが分からないっていうか、いや、ここが悪いとかそんなんじゃなくて、切り出すタイミングが分からへんっていうか・・・、」
するとラクさん「自分のタイミングでええよ」とアドバイスする。
しかしサチさんは「そのタイミングが分からないんです」と答えた。
「その・・・初めての人には、ちょっとしんどいかなって・・・・、」
サチさんはゴエモンさんの方を向いて「そう思いません?」と尋ねた。
ゴエモンさんも初参加だから、同じ気持ちだと思ったんだろう。
でもゴエモンさんは「別にそうでもないなあ」と答えた。
「あ、そうなんですか?」
「う〜ん・・・・なんて言うか、初めてやから、上手くいかへんのはしゃあないかなあって。」
「・・・・・・・・・。」
「でもそれは、サチさんが悪いとか、ここのグループが悪いとかじゃなくて、なんかこう・・・・回数とか重ねていったら、上手く喋れるんかなあって思う。」
「・・・・・・・・・。」
黙り込むサチさん。
すると今度は山田さんがフォローを入れた。
「その・・・さっきも言いましたけど、私としては、やっぱりもうちょっとテーマなりスポットなりを絞った方がええんちゃうかなと。
もちろんここのやり方を批判してるわけじゃなくて、その・・・一つのことを掘り下げてみることで、気持ちが楽になったりすることもあるんです。
僕が普段支援してるグループはそういうやり方なんで。
もちろんここに強制は出来んし、するつもりもありません。
だけどファシリテーターの役目って、場を円滑進めるようにすることですよ。
この役目ってけっこう難しくて、仕切り過ぎてもあかんし、かといってほったらかしにしてもあかんし。」
それを聞いたラクさんは「いや、ほったらかしにはしてませんよ」と反論した。
「ファシリテーターも参加者なんです。
いかにも自分がファシリテーターってやると、場が壊れると思うんですよ。
僕はここに集まってくれた人たちに、この場をとか、この空間を作ってほしいんです。」
「いや、ラクさんを批判したわけじゃありませんよ。僕はただ、僕のおるグループと違うやり方をしてるんやなあと思っただけです。
もし気に障ってもたんやったらすみません。」
ペコリと頭を下げる山田さん。
ラクさんは「大丈夫ですよ」と答えたが、かなりショックを受けたような顔をしていた。
その時、由香子ちゃんとお母さんが戻ってきて、席に座った。
そしてお母さんが僕の方へ来て「真紀はどうやった・・・・?」と尋ねた。
「ずっとこのままです・・・・。」
「ほな何も・・・・?」
「ええ、喋ってません・・・・。」
「けっこう辛そうな感じやな・・・・。」
「もしかしたらここ、菊池さんには合わんのかもしれません・・・・。」
「ああ・・・・。」
「どうしますか・・・・?」
「・・・・お父さんはもう帰る気満々なんよ。でもせっかく来たんやから、もう少しだけおろう思って・・・・。」
「じゃあ・・・・あと20分くらいおって、そんで菊池さんが今のまま辛そうやったら、帰ることにしますか・・・・?」
「ごめんやけどそうしてくれてもええか・・・・?」
「いえ、誘ったのは僕なんで・・・。こっちこそすみません・・・・。」
「ええのええの、高崎君のせいとちゃうから・・・・。もし帰ることになっても、それはそれで仕方ないから・・・・。」
お母さんは席に座り、由香子ちゃんの肩を抱いていた。
それから20分の間、僕たちにとってはよく分からない話が続いた。
グループの進め方とか、初心者にとってはどういうやり方がいいとか。
僕は俯き《思ってたのと違うなあ》と落ち込んだ。
《もっとこう・・・発達障害の人の為に、色々アドバイスをしたり、話を聞いてくれる所かと思ってたけど、ちょっと違うみたいや。》
こういうグループに参加するなんて初めてなので、これが普通なのかどうかは分からない。
でも少なくとも、三つ葉の里のような場所じゃないことだけは確かだ。
ここが居心地が良いって人もいるし、そうじゃない人もいる。
サチさんは「ちょっとしんどくなってきました・・・」と言って、「休憩させて下さい」と部屋を出て行く。
ラクさんはショックを受けたような顔で固まっているし、山田さんは変な笑顔で場を取り成そうとしている。
テツさんは何も喋らないし、ゴエモンさんと夏さんは言い争いみたいになっているし、ブーちゃんは黙ったままムッツリしていた。
遊さんは何を考えてるのか分からない顔で、銅像の《考える人》みたいなポーズをしていた。
そして菊池さんはというと、ずっと石のままだ。
メトロノームみたいに揺れる石。
表情も身体も、カチコチに固まっている。
僕は緊張しながら、そっと肩に手を回した。
慰めるようにポンポンと叩いて「帰ろか?」と言った。
「うん・・・・。」
僕らは席を立ち、ドアに向かった。
菊池さんのお母さんが「すみません」とラクさんに話しかける。
「娘の体調が悪いようで、今日は帰らせて頂いてよろしいでしょうか?」
「え?ああ・・・大丈夫ですか?」
ラクさんも立ち上がり、心配そうにした。
「ちょっと具合が悪いみたいで。色々ご迷惑をおかけしてしまってすみません。」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。」
菊池さんは本当に辛そうだった。
俯いたまま、僕の手を握って揺れている。
由香子ちゃんの方はピンピンしてるけど。
ラクさんは「大丈夫?」と声をかけ、菊池さんは「はい・・・」と答えた。
「またいつでも来てね。」
「はい・・・・。」
「あ、それとお母さん、これ来月の予定表です。」
そう言ってプリントを渡した。
「気が向いたらいつでも来て下さい。」
「ああ、ご丁寧に。すいません。」
プリントを受け取ったお母さんは、「あの・・・参加料の方は?」と尋ねた。
「ああ、ええっと・・・どうしようかな。途中で帰るわけだから、今回はいいですよ。」
「いえいえ、それは悪いです。」
菊池さんのお母さんは、財布から一万円を取り出す。
「一人1500円だから、これ六人分で。」
「いや、今回は参加料は・・・・、」
「そういうわけはいきません。こちらの都合で帰らせていただくんですから。」
「そうですか・・・じゃあお釣り出しますんで、ちょっと待って下さい。」
ラクさんは奥のテーブルに行って、ゴソゴソとバッグを漁った。
「じゃあこれお釣りで。」
「すみません。」
千円を受け取って、「それじゃあ失礼します」と頭を下げる。
僕と井口もペコリと頭を下げた。
そして菊池さんも、ちょっとだけ頭を下げた。
由香子ちゃんだけ「あんな、帰りにな、コンビニに行ってな、アイス買ってもらうんや」と喜んでいた。
「ガリガリ君か、ピノか、それか大福のやつか。ホンマはお風呂のあとじゃないとアカンのやけど、でも今日はな、帰りに買ってもらってな、それで・・・・、」
「由香子、さようならしなさい。」
「さようなら。」
「さようなら、またいつでもおいで。」
ラクさんは笑顔で手を振る。
その奥では、ゴエモンさんも「さようなら」と手を振った。
僕らは市役所を出て、菊池さんのお父さんの車に向かう。
お父さんは運転席に座って、スマホをいじっていた。
お母さんはドアを開け、「やっぱり帰ることになったわ」と言った。
「だから言うたやろ。最初からおかしいって。」
「まあ合う合わへんは人ぞれぞれやから。真紀にはアカンかっただけで、ここがええ言うての人もおるし。」
「次はこういう所じゃなくて、ちゃんと専門家とか、それなりの資格を持った人がおる所にやな・・・・、」
「そんなん分かってるがな。でも実際に行ってみんと、どういう所か分からへんやろ。」
「ちゃんとしとる所やったら、最初会った時にそれなりの挨拶をするもんや。
でもここは・・・・、」
お父さんとお母さんは、ちょっとした喧嘩みたいになる。
僕は菊池さんの手を引いて「帰ろ」と言った。
「うん。」
「どうしたん?」
「・・・・・・・・。」
「まだしんどい?」
「あのな・・・・、」
「うん。」
「ごめんな・・・・。」
「何が?」
「せっかく連れて来てくれたのに・・・・。」
「ええねんて。菊池さんはなんも悪くないんやから。」
「でもな、お婆ちゃんがな・・・・、」
「うん。」
「人に親切にしてもらったら、ちゃんとありがとうって言いなさいって。」
「うん。」
「それで迷惑をかけた時、ごめんなさいって言いなさいって。」
「迷惑なんかとちゃうよ。なあ?」
そう言って井口を振り返ると「押忍!」と答えた。
「お前いつまでそれやってんねん。」
「だって俺、シュウちゃんの守り神やから。」
「またそれかい・・・・。そのキャラ面倒臭いから、普通にしてえや。」
「いや、しばらくはこれで行くで。」
「ウザいわ。」
井口は車に乗っていく。
由香子ちゃんの隣に座って「押忍!」と手をクロスさせた。
由香子ちゃんも面白がって、「押忍!」とマネする。
するとそれを見た菊池さんが、ちょっとだけ笑った。
「帰ろか。」
「うん。」
今日ここへ来たのが良かったのか、それとも悪かったのか?
僕には分からない。
だけど少なくとも、星風は菊池さんの新しい居場所にはなりそうになかった。
ここがいいと言う人もいれば、そうじゃない人もいる。
発達障害を抱えていたって、みんな同じってわけじゃないんだ。
一人一人性格も違うし、好みだって違う。
発達障害を抱えてるからって、一括りには出来ない。
でもよくよく考えれば、そんなの当たり前のことだ。
だって人間なんだから。
発達障害がどうこうじゃなくて、人はそれぞれ違うもんだなと、星風に来てみて分かった。
だからいつか、菊池さんに合う場所が見つかるはずだ。
三つ葉の里みたいに、笑顔でいられる場所が。
帰り道、また梅の花が見えた。
桜みたいに自己主張は強くないけど、でも控えめな美しさが好きだ。
車を降りるまで、僕らは手を繋いでいた。

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