不滅のシグナル 第十二話 恨みは忘れた頃に(2)

  • 2017.04.22 Saturday
  • 16:18

JUGEMテーマ:自作小説

農業の朝は早い。
田所は目をこすりながら、野菜を積んだ軽トラを駆っていた。
遠くまで伸びる大きな国道。
陽はもう登っているが、そびえる山が邪魔をする。
ヘッドライトの明かりを睨みながら、くあっと欠伸した。
「もうちょっと遅う出勤できんもんかな。」
一年以上経っても、朝の早い仕事は慣れない。
以前の仕事は営業だったので、ある程度は時間をコントロールできた。
しかし今は・・・・・、
「あ〜あ、眠・・・・。健康的なこっちゃで。」
独り言を呟きながら、野菜の配送に駆け回った。
・・・・それから三時間後、職場に戻ってきた。
同僚と談笑しながら、タバコを吹かす。
そこへオヤジがやってきて、「ちょっとええか?」と顎をしゃくった。
タバコを消し、オヤジと共に事務所に向かう。
「なんですか?」
「まあ座りいな。」
ギシっと鳴らしながら、パイプ椅子に座る。
「タバコ吸うか?」
「自分の持ってます。」
「そらそうやな。」
「何なんですか?えらい引きつった顔してますけど。」
「実はな・・・・、」
オヤジは語る。
昨日、安桜山神社の前を通った時に、美由希を見たことを。
「ほんまですか!?」
「本殿の前におったんや。鈴鳴らして、手え叩いとったで。」
「俺も会ったんですよ!一昨日に。」
「言うてたな。次は私をお願い・・・・そう言われたんやろ?」
「ええ。でもあれから全然会いに来んで・・・・、」
田所は俯く。
もう一度美由希に会える、そう期待していたのに、なぜオヤジの元に現れたのか?
「オヤジさん、美由希はどうでした?」
「どうって・・・何がや?」
「なんか言うてましたか?」
「知らん。見かけただけやからな。」
「そうですか・・・・。」
「いずれお前にも会いに来るやろ。でもな、これは要注意やで。」
「なんで?俺はすぐにでも会いに来てほしいですけど。」
「だってお前、また厄介なこと頼まれるぞ。この前はガキのイタズラやったからええけど、美由希ちゃんはそんなことせえへん。
ほんまに未練があって、だから会いに来たわけや。となるとやな・・・・、」
「言いたいことは分かります。また神頼みってことになる。
下手こいたら俺があの世行きってことになるかも・・・・そう言いたいんでしょ?」
「そや。兄ちゃん、出所して一生懸命がんばってきた。最近はええ顔しながら仕事しとる。
それやのにな、幽霊だの神様だのとそういうモンに関わりすぎて、おかしいなってまうんやないかと心配でな。」
ギシギシと椅子を鳴らしながら、天井に煙を飛ばす。
昼前なのにビールを飲んで、「いるか?」と向けた。
「いや、また運転があるんで。」
「ほうか。」
グビグビとビールを煽り、げふっとげっぷを鳴らす。
「あのな兄ちゃん・・・・。」
「はい。」
「あんたもうここにはおらん方がええかもしれんな。」
「それは・・・・クビいうことですか?」
「悪い意味でとちゃうで。」
「ええ意味でクビなんてあるんですか?」
「自分の身を守る為やがな。これ以上あの世のモンに関わったら、いつどうなるか分からん。
でもここにおる限り、兄ちゃんはまたあの神社へ行くはずや。」
「・・・・おそらくですけど、喜衛門が呼んでるんやと思います。」
「俺もそう思う。喜衛門さん、兄ちゃんに期待しとんや。
あんたがようさん徳を積んで、あそこの御神体を壊してくれることを。
でもな、あんたは喜衛門とは関わりのない人間や。これ以上義理立てする必要はないで。」
「分かってます。でも美由希の頼みだけは聞いてやりたいんです。
それが終わったら・・・・ここを離れてもええかもしれません。」
田所は考える。
一年ここに置かせてもらって、いいリハビリになったと。
シャバの空気にはもう慣れたし、前より活気も出てきた。
だったら、そろそろ街へ出てもいいかもしれないと思っていた。
「オヤジさん、いつも心配してくれてありがとうございます。」
「ええって、頭なんか下げんで。」
「美由希のことが終わったら、ここを離れます。」
「それがええ。そうせんといつまでも黄泉のモンに付き纏われるわ。」
その日、田所はまた安桜山神社に向かった。
配送の終わりに、仕事用の軽トラで立ち寄った。
空気はムシムシしているが、境内に立つと寒ささえ感じた。
腹の中から凍るような、異様な緊張感が漂っていたのだ。
「なんや・・・今日はえらい不気味な感じやな。」
小屋の椅子に腰掛けて、本殿を見上げる。
「美由希よ・・・・出てきてくれ。俺にお前の未練を聞かせてくれ。」
そう呟くと、ゾクゾクっと背筋が波打った。
全身に鳥肌が立ち、慌てて立ち上がる。
「なんや・・・・。」
恐る恐る振り返ると、そこには美由希がいた。
「おお!会いにきてくれたか!」
そう言って駆け寄ろうとした瞬間、ピタリと固まった。
「なんやそれ・・・・・。」
美由希は頭から血を流している。
事故に遭った時と同じように。
しかし田所が驚いたのはそれではない。
死者は亡くなった時と同じ姿をしているから、異様であっても、異常な姿ではないのだ。
田所が異様だと感じたのは、美由希にまとわりつく、不気味な肉の塊だった。
それは挽き肉のように潰れていて、しかし生き物のようにうねっている。
しかもあちこちに大きな切り傷があって、失敗した千切りキャベツのようであった。
「なんやこれ・・・・・。」
思わず吐きそうになって、口元を押さえる。
すると美由希が『助けて・・・・』と呟いた。
「何?」
『助けて・・・・・。』
「美由希・・・・それはなんや?その変な肉の塊みたいなんは・・・・、」
『夫・・・・。』
「なに?」
『切断機に巻き込まれて亡くなったから、こんな姿してんねん・・・・。』
「・・・・・・・・・。」
それを聞いた田所は、我慢できずに吐いてしまった。
『大丈夫?』
「・・・・すまん。まさか人やったとは・・・・。」
ゲホゲホと咳をして、口元を拭う。
「それ・・・・言うたら失礼やな。その人・・・・えらい姿やから・・・、」
『私のせい。私が殺したから・・・・、』
「だから殺す言うな。あれは事故やったんやろ?」
『それは生きてるもんの言い分や。死んだ人間にとっては、事故も殺人も同じことや。』
美由希は悲しそうに首を振る。
肉塊と化した夫は、ヘビのように絡みつく。
彼女を締め上げるかのように。
「お前・・・・まさか・・・・、」
『笑えるやろ?死んだ後も呪われてるんや。』
美由希はニコリと笑う。
しかし目だけは悲しそうだった。
『お義父さんに許してもらって、これで救われたって思った。
でもそうやなかった。この人は私のこと許してくれへんみたい・・・・。』
「・・・・・・・・・。」
肉塊と化した夫は、鎖のように美由希を縛る。
なんとしても成仏などさせないという風に。
『怒ってるんよ。私が殺したから。』
「・・・・・・・。」
『そらそうやんな。一番大事な人に殺されるなんて、許せるわけないよな。』
夫に触れて、『ごめん・・・・』と呟く。
『最初は仕方ないかなって思った。でも・・・・ずっとこのままは辛い。
だから一緒に天国に行こうって言うた。でもこの人にその気はないみたい。
天国に行くくらいやったら、ずっと私を苦しめるって、そう思ってるんや。』
スッと涙を流し、『助けて・・・・』と見つめた。
『私とこの人を助けて・・・・。』
「そいつも?」
『この人は悪くない、私のせいでこうなったんや。一緒に助けてあげて。』
「・・・・どうしたらええねん、それ・・・・。」
田所は途方に暮れる。
《俺は除霊師やないど。こんな悪霊みたいなもん、どうやって追い払えいうねん。》
見るのも躊躇うその姿は、もはや人ではない。
しかし彼をどうにかしなけれな、美由希は天国へ行けない。
田所は《また厄介な・・・・》と困り果てた。
「なあ美由希、俺はどうしたらええ?どうしたらお前らは天国に行けるんや?」
『分からん。私にも・・・・・。』
「お義父さんに会わせてみるか?そんであの人から説得してもらって・・・・、」
『それはアカン!お義父さんはずっと辛い思いをしてはった。今さらまた負担を掛けるなんて出来へん。』
「そらそうやけどな、他に方法が思いつかへん。」
首を振りながら、椅子に腰を下ろす。
美由希も隣に座って、『一緒に考えて』と言った。
『こんなこと相談できるの、あんたしかおらへん。』
「力になってやりたいけど、これはなあ・・・・。」
かつて人だった肉塊は、田所の目の前でウネウネと動いている。
また吐き気を覚えて、「あかん・・・」と背中を向けた。
「そら辛いわ、ずっとそれに縛られてたら・・・・。」
『なあ、どうしたらええ?』
「・・・・・・・・・。」
『除霊師とか探してみる?』
「・・・・いや、アイツに頼んでみよ。」
『あいつって誰?』
「俺が撥ねた子供や。なんかええアイデア持ってるかもしれへん。」
田所は本殿の前に立ち、賽銭を入れて手を叩いた。
《喜衛門、四度目の神頼みや。もっぺんあの子に会わせてくれ。》
目を閉じ、じっと祈る。
・・・次の瞬間、誰かがツンツンとお尻をつついてきた。
「・・・・おお!来てくれたか。」
『もう俺に会いたくないんとちゃうの?』
「ちょっと事情がな・・・・。」
そう言って美由希に手を向ける。
少年は『怖・・・・』と引きつった。
『何あれ?』
「幽霊が幽霊を呪ってるんや。あれをどうにかするには、どうしたらええ?」
『なんで俺に聞くん?』
「なんか知ってるかと思ってな。」
『なんで?』
「お前は死人や。俺より幽霊に詳しいと思う。なんかええ知恵ないか?」
『ないこともないけど、でも・・・・、』
「約束やな。お菓子か?それとも玩具がええか?」
『おっぱい。』
「なに?」
『あのおばちゃんのおっぱい飲ませて。』
「・・・・お前マジで言うてんのか?」
田所の顔が引つる。
しかし少年は本気だった。
『甘えたいねん。』
「甘える?」
『だってな、天国におる子供って、親が一緒におる子が多いねん。宏太君もそうやし。
でもな、そうじゃない子もけっこうおるねん。』
「なるほど、親に甘える子供を見て、羨ましいなったっちゅうことか?」
『うん。』
「でもおっぱい飲む年頃ちゃうやろ?他のことじゃあかんか?」
『あかん、おっぱいがええ。』
「お前・・・・甘えるっていうより、ただマセてるだけと違うんか?エロいこと考えてんねやろ?」
『嫌やったらええで。おっちゃんらだけでなんとしたら。』
少年は薄く消えていく。
しかしその時、『ええで』と美由希が言った。
『それで私らが救われるんやったらかまへん。』
「おい美由希、いくら子供やいうたってな、もうおっぱいの年頃ちゃうぞ。しかも見ず知らずの他人やし。」
『いや、その子はそういうつもりで言うてるんと違うよ。きっとほんまに甘えたいだけなんや。』
そう言って少年の手を握る。
『もしおばちゃんとこの人を助けてくれたら、一緒に天国に行こか?』
『ほんま!?』
『私が親代わりになったる。それでどう?』
『ええで!』
少年は嬉しそうに手を握り返す。
『ほな教えたるわ。あんな、そのおっちゃんはすごい恨みを感じてるんや。』
『私が殺してしもたから・・・・。』
「だから殺す言うな。」
『ほんでな、それをどうにかするには、おばちゃんもおんなじ姿になればええんや。』
少年は朗らかに言う。
しかし田所は「アホか」と首を振った。
「なんで美由希が・・・・、」
『ええで。』
「おい美由希!何言うて・・・・、」
『どうせもう私は死んでる。格好なんてどうでもええよ。この人と一緒に天国に行けるんやったら。』
「何をアホな・・・・。」
田所は少年を振り向き「君かて嫌やろ?」と言った。
「二人が助かったら、君は一緒に天国に行くんや。その時にな、二人ともこんな姿になってたら嫌やろ?」
『全然。』
「なんでや!」
『そんなんどうでもええねん。だって天国には、もっとぐちゃぐちゃになってる人もおるから。』
「マジか・・・・。」
『最初は嫌やったけど、もう慣れた。だから見た目とか気にせえへんねん。』
「・・・・生きてる俺には分からん感覚やな。」
『死んだら分かるで。おっちゃんもすぐ慣れるから。』
「かもな。もう幽霊見ても驚かんし。」
そうは言ったものの、美由希がこんな肉塊になるなんて耐えられない。
「他にええアイデアはないか?」
『ない。』
「ちっとは考え。」
『だって恨みを晴らすには、その人が怒ってることとおんなじ目に遭えばええんやもん。
だからな、おばちゃんもそのおっちゃんみたいになればええんや。』
「逆は無理なんか?その人が元に戻るのは。」
『無理やで。』
「なんで?」
『だってその格好で死んだから。』
「ほな美由希だって今の姿で死んどるから、変えることは無理やろ。」
『出来るで。』
「だからなんで!」
『あのな、死にたい人見つけてな、その人に乗り移ればええねん。
それでな、酷い死に方をしたら、そのおっちゃんみたいになれるから。』
「乗り移る?身体を乗っ取るいうことか?」
『自殺したい人とかおるやん?そういう人を乗っ取って、酷い死に方をすればええんや。ほんなら解決するで!』
少年は美由希に抱きつく。
『一緒に天国に行こな!ほんならな、俺自慢すんねん!俺もお母さんおるでって。』
嬉しそうに抱きつく少年に、美由希は眉を寄せた。
『あんた・・・・これどないしたら・・・・。』
「分からん・・・・。こいつがどこまで本気で言うてんのか。」
ついこの前イタズラを仕掛けられたので、素直に信じることが出来ない。
しかしこの少年だけが頼りなのも事実で、田所は本殿を見上げた。
《喜衛門・・・・これも徳を積むことに関係あるんか?
だってなあ・・・いくら自殺したい人間がおるからって、身体を乗っ取って死なせるいうのは・・・・。
それに美由希がこんな肉塊になるのも嫌やし。》
これは神の与えた試練か?
それとも少年のイタズラか?
田所には分からない。
はっきりしているのは、美由希は死後も呪われているということ。
・・・・少年は言った。肉塊と化した夫は、美由希を恨んでいると。
恨みは忘れた頃にやってくる。
美由希に甘える少年を見つめながら《こいつも死後に俺を呪うやろか?》と不安になった。

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