不滅のシグナル 第十三話 人間らしくしろ!(1)

  • 2017.04.23 Sunday
  • 17:14

JUGEMテーマ:自作小説
死者が死者を呪う。
そんなことがあるのだなと考えながら、田所は食器を洗っていた。
今日の夕方、安桜山神社で美由希と会った。
死者となった彼女は、今でも呪われていた。
事故で死なせてしまった夫の霊に。
これを解決するには、美由希も夫と同じような目に遭わないといけない。
そしてその為には、自殺したがる人間を乗っ取って、凄惨な死に方をしなければならない。
「気が滅入るな。」
ボソっと呟き、洗った食器を並べる。
テレビを点け、一人晩酌をしながら、「これある意味殺人やんな」と眉を寄せた。
「いくら自殺したい人間やからって、それを乗っ取って死なせるなんて・・・立派な人殺しやで。」
辛い日本酒を舐めながら、小さく首を振る。
「そら法律では裁かれへんやろけどなあ・・・・後味悪いでこれは。」
美由希は助けたい。
しかしその方法はあまりにも酷すぎる。
オヤジに相談しようか迷ったが、「やめとけ」と言われるのがオチなので、「言わんとこ」と頷いた。
「どうしよ・・・・どないしたら・・・・。」
何も決められないまま、朝を迎えた。
・・・・・次の日、田所は仕事に行く前に、安桜山神社に向かった。
昨日美由希が立っていた場所、そこを見つめながら、「どう思う?」と呟く。
「お前は人を殺してまで、天国に行きたいか?・・・・そんな奴とちゃうよな?」
そんな事をして喜ぶ奴じゃない。
そう思って、「やっぱりやめとこ」と頷いた。
頷いたが、「あかん・・・」と首を振った。
「もう神頼みはしてもたんや。ここでやめることはできへんか。」
昨日、あの少年と約束してしまった。
美由希を助ける方法を教えてもらう代わりに、おっぱいを飲ませると。
しかしおっぱいは昨日すでに飲んだ。
なぜなら美由希が救われる頃には、彼女は夫と同じような肉塊に変わっているからだ。
そうなる前に、嬉しそうな顔で吸っていた。
「あのエロガキめ・・・・。」
ちょっとイラっとしながら、「しゃあないか」と諦める。
「一人だけで天国に行ってもたんや。甘えたくもなるわな。だけど問題は・・・・、」
少年の求める見返りは、おっぱいではない。
美由希に親になってもらうことだ。
天国には親と一緒にいる子供が多く、少年は寂しがっていた。
だから今さらやめるなんて言ったら、少年はまたしても呪いを掛けてくるだろう。
「やらなアカンわけか、人殺し。」
出所し、ここで一年リハビリをし、ようやく元気が出てきたのに、また呪われてはたまったものではない。
生きている人間は前に進まないといけないのだから、これ以上幽霊に付きまとわれたくなかった。
「・・・・やるか。自殺したがってる人間ならまあ・・・・望みを叶えるってことにもなるもんな。」
田所は決めた。
あの少年の言う通りにしようと。
問題は誰をターゲットにするかだ。
「子供は無しやな。若者も無しや。いくら自殺願望があるからって、未来あるモンを殺すわけにはいかん。
となると・・・・スーツで公園のブランコに乗ってるおっちゃんか?
それとも独居老人とか、結婚できずに絶望してるおばちゃんとか・・・・。」
腕を組み、誰にしようか考える。
「まあええわ。明日街へ行ってみよ。ええ感じに絶望してる奴がおるかもしれん。」
その日は黙々と仕事をこなし、残業することなく切り上げた。
そして翌日の休み、街へと繰り出した。
美由希とデートしたあの街だ。
田所は大きな通りを歩く。
そこから商店街へ行き、デパートに入り、コンビニ入り、人が多い場所をくまなく廻った。
しかしいい感じに絶望している人間はいなかった。
「まあ当たり前か。絶望してる人間が、土曜日の繁華街に来るはずないよな。」
駅前のベンチに座り、行き交う人を眺める。
「・・・そうか、人が少ない場所の方がええんやな。」
死にたいと思うような人間なら、楽しい場所にいるはずがない。
田所は後ろを見上げ、遠くに続く高架線を睨んだ。
「向こうの方・・・人気がなさそうやな。」
立ち上がり、「どうか自殺志願者がいますように」と願う。
我ながらなんて願いをしているのかと思ったが、全ては美由希の為。
罪の意識はあるが、先まで伸びる高架の下を歩いて行った。
するとその時、駅前から悲鳴が響いた。
「ああッ!」
短い女の悲鳴だった。
「なんや?」
振り向くと、大柄な男がいた。
夏だというのにジャンバーを羽織っている。
髪はボサボサで、遠くからでも臭いそうなほど、みすぼらしい格好をしていた。
田所はその男を見て固まる。
「あれは鉈か?」
男は大きな鉈を握っていた。
それを振り上げ、目の前にいる女を切りつける。
「あッ・・・・、」
田所は手を伸ばして固まる。
女は悲鳴を上げる間もなく、その場に倒れた。
咄嗟にバッグで庇ったおかげで、大きな怪我は負っていない。
しかし恐怖にすくんで、腰が抜けていた。
男はまた鉈を振り上げる。
女はバッグを握り締め、頭を覆った。
周りにいる者は誰も動かない。いや、動けない。
漫画や映画のように、刃物を持った者に向かえる人間など、そうそういないのだ。
それは田所も一緒で、足が震えた。
《あかん、このままやったら死ぬ。》
どうにかしなければと思い、男に向かって「死にたいか!」と叫んだ。
男はピタリと固まる。そしてこちらを振り返った。
《なんで今叫んだんやろ・・・・。》
自分でも分からないうちに声が出ていた。
こうなれば自棄だと思い、「お前アレやろ!」と怒鳴りながら、少しだけ近づいた。
「どうぜアレやろ!死刑になりたかったとかいう奴やろ!人殺して死にたかったとかいうんやろ!」
震える声を誤魔化す為に、必要以上に声が出る。
「死にたいんやったら俺が殺したろか?今な、自殺したい人間を探してんねん!俺が手伝ったるど!」
いきなりわけの分からないことを叫んだせいで、周りの誰もが田所を見る。
「こっち来い!自殺手伝ったるから!別に死刑やなくてもええやろ!死んだら一緒や!俺が殺したるから!」
そう言ってキュっと首を締める振りをした。
男は動かない。じっと田所を睨む。
その隙に、勇気ある通行人が女を助けた。
男はそれを振り返るが、田所が気になって仕方ない。
またこっちを睨んで、鉈を握ったまま近づいてきた。
そして・・・・、
「ああッ!」
「え?」
「あああッ!」
「この声・・・さっきの悲鳴?」
男はどんどん近づいてくる。
そして近づくにつれて、ある事に気づいた。
「胸が・・・・。」
男は豊満な胸をしていた。歩くたびに揺れている。
「ちょっと待て!お前女か!?」
「ああッ!」
「怖ッ・・・・、」
鬼の形相で迫る女。
田所は「こっち来い!」と走り出した。
女は奇声を上げて追いかける。
二人は全速力で、高架下を駆け抜けた。
そしてある程度走ると、人気のない荒地が出てきた。
周りはフェンスで囲ってあり、中にはボロボロのタイヤが転がっている。
田所はフェンスをよじ登り、中に逃げ込む。
女もフェンスに飛びつき、よじよじと登った。
しかし大柄なその身体は、体重を支えるので精一杯。
どうにか登りきったものの、降りるのに難儀していた。
「助けて!」
「は?」
「足が届かへん!」
「・・・・アホかこいつ。」
呆れる田所だったが、これはチャンスだと近づいた。
「それ寄越せ。」
鉈に向かって手を差し出す。
すると女はブンブンと振り回した。
「うお!危なッ・・・・、」
「どけ!」
「助けて言うたやん・・・・。」
女はバタバタと短い足を振って、ピョンと飛び降りた。
しかし着地を失敗して、だるまのように転んでしまう。
田所はその隙に鉈を掴む。
「これ離せ!」
「ああッ!」
「なんちゅう腕力してんねん・・・。」
大の男が両手で引っ張っても、女は鉈を手放さなかった。
「寄越せ言うてるやろ!」
腕を踏みつけて、強引に奪う。
女は「ああッ!」と叫んで、頭を抱えた。
「ああッ!ああッ!」
「なんやコイツ・・・・心を病んでるんか?」
奇声を喚く女。
丸まったその姿は、小さな岩のようであった。
《ゴツイ身体しとんな・・・・女とは思えんで。》
田所は遠くの茂みに鉈を捨てる。
そしてポンと女の背中を叩いた。
「どうした?」
「殺せ!」
「やっぱり自殺したいんか?」
「はよ殺せ!」
「約束は約束やから守ったる。でもここじゃ無理や。ちょっととある神社まで付き合ってもらうで。」
「ああッ!」
小さな岩と化した女は、その場から動かない。
やがてパトカーの音が響いて、「おい逃げるぞ!」と手を引っ張った。
「捕まったらムショ行くだけや!死なれへんぞ!」
「死刑でええ!」
「だから俺がそうしたるがな。ちょっと付き合え。」
必死に女を立たせて、またフェンスをよじ登る。
そしてグルっと遠回りして、コインパーキングに向かった。
「乗れ。」
女を押し込み、車を出す。
「今から神社に行くからな。でもまだ陽が高いか・・・・ちょっとどっかで時間潰そ。
その間になんで死にたいんか教えてくれや。」
女は助手席でも小岩になる。
そして小さく震えていた。
「なんか事情があるんやろ?よかったら聞かせてくれ。」
「ああッ!」
「辛いのは分かったから。人間らしく喋ってくれ。」
ポンポンと背中を撫でながら、自殺志願者を運んでいった。


            *

「狭い家やけど楽にしてくれや。」
女の前に座布団を置き、冷えた麦茶を差し出す。
「すいません・・・・。」
家に着いた途端、女は大人しくなった。
さっきまでの錯乱が嘘のように、全身から申し訳ないという気持ちが滲んでいた。
田所は向かいに座って、「で、なんで死にたいの?」と尋ねた。
「人を傷つけてまで死のうとしたんや。それ相応のわけがあるんやろ?」
「はい・・・・。」
「どんなん?」
「一昨年までプロレスラーやったんです。」
「それでええ身体しとるんか。力も強かったし。」
「でも才能ないからって言われて引退して、それからロクに仕事も見つからんと・・・・。」
「歳はいくつ?」
「45です。」
「え?」
田所は固まる。
「ほな43までプロレスラーやったん?」
「はい・・・・。」
「ようそこまで続けたな。すごいやんか。」
「全然無名なんて。試合もここ10年出てなかったし、道場行くたびにみんなに嫌な顔されてました。
それである日会長から、もう来ないでほしいって言われたんです。」
「クビかいな。」
「同期はとうに辞めてて、私だけ残ってました。昔からプロレスが好きで、OL辞めて始めたんです。
最初の方はちょっと期待されてて、深夜やけどテレビで放送されたこともあります。」
「すごいやん!」
「でも最初だけで、後は全然ダメで・・・・。でも好きで始めた道やから、辞めたらアカンと思って。
でもそうこうしてるうちに、友達は結婚とか子供ができたとか、どんどん離れていって。
そうなると余計に辞められへんようになって・・・・。」
「まあ意地やわな。今さら引けへんようになったわけや?」
「だって悔しいじゃないですか。負けたと思われたくなかったから・・・・。
でもクビ言い渡されて、新しい仕事も見つからんで、生活保護で暮らしてたんです。
でもだんだん虚しくなってきて・・・・・。」
「それで人を殺して自分も死のうとしたんか?」
「最初は自殺するつもりでした。でも街で幸せそうにしてる人見るたびに、なんで私だけこんな不幸なんやろうって思って。」
「完全な逆恨みやん。」
「そんなん分かってます!でも本気で殺す気はなかったんです!」
「嘘つけ。鉈持ってたやないか。」
「脅すだけのつもりやったんです!」
「ほななんであの女の人を叩いたんや。下手したら死んでたで。」
「それは勢いっていうか・・・・、」
「死んだら殺人やったな。ほんまに死刑になるかもしれんとこやったで。」
「・・・・どうせもう死ぬつもりやからいいです。」
「ほな一人で死ねや。」
「・・・・・・・・。」
「人を巻き込むな。」
女は小さい声で「うるさい・・・」と呟く。
「なんやて?」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・まあええわ。」
この女を諭す為に連れてきたのではない。
美由希を助ける為に連れてきたのだ。
田所は気持ちを切り替え、「夕方まで待っといてくれ」と言った。
「お前の望みを叶えたるから。」
「あんたが殺してくれるんですか?」
「ええっと・・・ある意味そうやな。」
「ほなお願いします。もう生きててもしゃあないんで。」
「日本にも安楽死制度があったらよかったな。」
「ほんまに。」
女は強く頷く。
田所は小さく舌打ちをした。
《お前の為に言うたんちゃうわ。》
死にたいなら一人で死ねばいい。
誰かを殺して死ぬつもりなら、安楽死してもらった方が世の為だと思ったのだ。
《でもまあ・・・これで迷いは無くなったな。
ただの自殺志願者やったら心が痛むけど、人を殺すつもりの奴やからな。
死ぬのが望みなんやったら、そうしたろやないか。》
今日は最後の晩餐。
田所はちょっと奮発して、寿司を取ってやった。
「最後の飯や。たんと食え。」
「すんません!」
笑顔で寿司をがっつく女。
それを見た田所は《ほんまに死ぬ気なんかな?》と迷い始めた。
「あんた名前は?」
「久豆木敬子です。リングネームはファルコン久豆木でした。」
「大層な名前やな。」
「若い頃は身が軽かったんです。だからファルコンで。」
「・・・・今はアホウドリやな・・・・。」
「なんか言いました?」
「別に、もっと食え。」
「頂きます。」
女はガツガツと寿司を食う。
田所はタバコに火を点けて、《こいつ絶対に死ぬ気ないやん》と思った。
《このまま警察に突き出したろか。》
顔をしかめながら、女の食いっぷりを眺めていた。

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