不滅のシグナル 第十四話 人間らしくしろ!(2)

  • 2017.04.24 Monday
  • 17:25

JUGEMテーマ:自作小説

陽が沈む頃、田所は安桜山神社に向かった。
隣にあの女はいない。
一人でここへ来た。
小屋の椅子に座り、美由希が現れるのを待つ。
遠い空に残った光が消える頃、どこからともなく美由希が現れた。
田所は手を挙げて、「おう」と迎えた。
美由希は隣に座り、『どう?』と尋ねる。
『自殺したい人は見つかった?』
「見つかったで。」
『どこに?』
美由希は辺りを見渡す。
田所は「警察や」と答えた。
「鉈で人を怪我させたからな。警察に自首させた。」
『どういうこと?』
不思議そうに首をひねる美由希に、事の経緯を話した。
「・・・ちゅうわけや。」
『自分が死にたいから人を殺すなんて・・・・、』
「いや、あの女は死ぬ気はなかったみたいや。最後の晩餐として寿司を食わせてやったんやが、嬉しそうに食うのよ。
ほんでな、ほんまに死ぬ気があるんか、もういっぺん問いただした。」
『なんて答えたん?』
「死ぬって答えたけど、本気には思えんかった。あれは死ぬつもりの人間の目やないで。
まだまだ希望を抱いとる。この先何か転機があるんちゃうかと。
お気楽な希望やけど、でも生きようとするモンを殺すわけにはいかん。
だから警察に連れてった。悪いことしてたさかいな。」
『ほな・・・・・、』
「また探す。もうちょっと待っといてくれや。」
ニコリと笑い、ポンと肩を叩く。
美由希は夫に締め上げられて、苦しそうに歯を食いしばった。
「大丈夫か?」
『大丈夫じゃないな・・・・。でもこれでよかったんかもしれん。』
美由希はどこかホッとしていた。
辛そうにしているが、安堵の息をつく。
『私の為に無関係な人を殺すなんて・・・・そんなん出来へん。』
そう言って肉塊と化した夫を撫でた。
『これは私の罪なんや。それを人様に擦り付けるなんて、やったらアカンことや。』
「お前ならそう言うと思ってた。でもな、神頼みをした以上、約束は果たさなアカン。
そうやないと、あの子が何をしてくるか分からんからな。」
『ううん、約束は私が守る。どうにかこの人を引き剥がして、あの子の親になったるわ。
だから・・・・もう忘れて。迷惑かけてごめん。』
美由希は頭を下げる。
そして薄く消え去ろうとした。
「待て待て!いきなり帰るな。」
美由希の手を掴み、隣に座らせる。
「俺も力になる。気い遣うな。」
『でもあんたかて参ってるやん。あんた生きてるんやから、これ以上私に付き合うことはないよ。』
「でもお前から頼んできたんやんか。どうにか・・・どうにか出来んか、俺も一緒に考えるから。」
美由希の手を握り、落ち着かせるように撫でた。
二人は黙ったまま座り込む。
夜に包まれる神社はとても静かで、時間が流れているのかいないのか分からない。
本殿を灯す蛍光灯は、黄泉へ誘う光のよう。
時々飛んでくる羽虫は、死者の魂のように思えた。
何も語らないまま、時が止まった中、二人の時間だけが過ぎていく。
田所は思う。
隣には美由希がいて、見ることも触れることも出来る。
肉塊と化した夫に苦しめられていることを除けば、生きている時と変わりがなかった。
もし・・・もしこのままずっとここにいたら、自分はどうなるのか?
美由希と離れることはないし、自殺者志願者を探す必要もない。
「なあ美由希。死ぬってなんなんやろな。」
唐突な質問に、美由希は首を傾げた。
「死んだら会えなくなる。だから死別は悲しい。でも俺とお前はこうして話してる。
ほな死ぬってなんなんやろな?死ぬっちゅうのは、そんなに悲しむことなんかな?」
『あんたがそんな事を言うなんて珍しいな?どうしたん?』
「このままここにおれば、何もする必要はないんちゃうかと思ってな。
お前と一緒にいられるし、自殺したい人間を探す必要もない。
死んだらお別れっちゅうのは、嘘やったんや。何も悲しむことなんかないねん。」
田所は肉塊の夫に触れる。
冷たく、そして硬い。
ウネウネと動くその姿は、狂乱するミミズのよう。
以前は吐き気さえ覚えたのに、今ではこうして触ることが出来る。
「不思議なもんや。気味悪いと思ってたのに、今はなんにも感じへん。
・・・・人間ちゅうのは、なんでも思い込む生き物なんやなあ。」
『思い込む?』
「気持ち悪いとか、死んだら会えへんとか。未知のモンに対して、勝手に想像して、勝手に思い込む。
見た目が気持ち悪くても、気持ち悪いとは限らん。身内が死んだからって、自分が死んだわけと違う。
それやのに、あれやこれやと考えて、知りもせんことを信じこんで、なんでも怖がってしまう。
そう思うとな、ここでずっとお前と一緒におるっていうのも、悪くないよなって思って。
そらお前は苦しむやろ。夫に苦しめられて、天国に行かれへん。
でも俺は・・・・・、」
言い終える前に、美由希は『もうええ』と首を振った。
『もうええねん。もう私のことは気にせんといて。忘れてくれてええから。
あんたは生きてるんや。死んだ人間に縛られたらアカン。』
美由希は立ち上がり、『さよならや』と笑った。
『死んだあとままでワガママ聞いてくれてありがとう。』
「美由希、俺の身体を・・・・、」
『それが嫌やからもう会わへん。あんたを乗っ取ってまで、天国に行きたいとは思わへんから。』
美由希はニコリと頷く。
そして『さようなら』と言い残して、どこかへ消え去った。
「美由希!」
田所は神社を捜し回る。
しかし彼女はどこにもいなかった。
朝になるまで待ったが、二度と現れることはなかった。
「なんでや・・・・俺の身体を使ったらええやんか。俺が自殺したる!ほんならお前は天国に行けるんやど。」
美由希は嘘はつかない。
『さようなら』ということは、その言葉通りになる。
田所は不満だった。そして悔しかった。
美由希はこの先もずっと苦しむことになる。
一人であの夫を解放出来るものか。
そう思うと、胸に蓋をされたように苦しかった。
朝陽を見上げ、照らされる神社を振り返る。
すると本殿の前にあの少年が立っていた。
「・・・珍しいな、朝に出てくるなんて。」
少年はピョンと階段を飛び降りる。
田所に駆け寄り、『はい』と何かを渡した。
それは『歯』だった。
「なんやそれ?」
『お母さんの。』
「お母さん?誰の?」
『俺の。』
「は?」
『だからおばちゃんやん。』
少年は田所にその歯を握らせる。
『おばちゃんが事故に遭った場所のな、溝の中に落ちてたんや。おっちゃんにあげる。』
「なんで?」
『お礼やで。』
「お礼って・・・・なんでや?」
『おばちゃんは俺と一緒に天国に行くから。』
「なんやて?だってあいつは呪われたままやぞ?」
『呪われたまま天国に行くねん。』
「・・・・どういうことや?」
『良い人は天国に行ける。呪われてるとかどうとか関係ないんやで。』
「いや、待て待て。だって美由希は死んだ夫に縛られてるんやぞ?ほなどうやって天国に行くねん。」
『何が?』
「は?」
『縛られたまま行けばええやん。』
「・・・・・それで行けるんか?」
『あのおばちゃんが天国に行けへんかったんはな、行けへんで思い込んでただけやねん。
自分は悪い奴で、だから死んだ後でも呪われてる。そんな奴は天国に行けへんって。
でも別にそんな決まりはないねん。行きたいんやったらいつでも行けるから。
あ、ちなみにあのミミズみたいなおっちゃんもな。』
「アイツも!?」
『だって生きてる時に悪い事したことないし。』
「でも死んだ後に美由希を呪ってたやないか!」
『死んだ後のことやんか。関係ないで。』
少年は踵を返し、本殿の前に戻る。
そしてニコっとピースをした。
「・・・・お前、またイタズラか?」
『何が?』
「だって知ってたんやろ?美由希は天国に行けるってことを。」
『うん。』
「ほななんで教えへんかった?また俺を困らせるためのイタズラなんやろ!」
『違うで。あのおばちゃんに気づいてもらう為。ほんまの自分の気持ちに。』
「どういうことや?」
『あのおばちゃん良い人過ぎて、なんでもかんでも自分を責めるねん。
でもそんなんやったら、いつまでも天国に行けへん。
だからな、自分の気持ちに気づかなあかんかったんや。
死んだ人のことで悩んでたら、いつまで経っても天国に行かれへん。
そうれやたったらもう、こんな人捨ててもええから楽になりたいって。』
「・・・ああ、ああ。そういうことか。言いたいこと分かった。」
田所は強く頷いた。
「あいつは俺を頼ればどうにかなると思ってた。でもそれは無理やったし、これ以上俺に頼んだら迷惑かけてまう。
でもだからって自分一人ではどうしようもない。カッコつけて俺の前から去ったものの、途方に暮れたはずや。
そこできっとこう思ったんやろ?もうこんな夫なんてどうでもええと。私だけでも天国に行かせてくれと。」
『うん。』
「お前の言う通り、あいつは人が好過ぎる。でもそれが仇になって、本心を気づかへんかったわけや。
死後も呪われるいわれなんかない。私は天国に行きたいんやって。」
『そやで。だから今は天国やねん。そんで俺のお母さん。』
そう言って『ほな!』と手を振った。
「おい待て!お前・・・・なんやねん!なんでいっつも俺を試すようなことばっかりするんや!?」
『だって今度だって救われた人がおるやん。』
「はあ?」
『おっちゃんのおかげで、二人も人が助かったんやで。
あの女子プロのおばちゃんと、あの人に殺されそうになってた女の人と。
これでまた徳が積めた、よかったな。』
「それが目的か!俺に徳を積ませて、御神体を破壊させる為に!」
『そやで。また来るから待っててな。』
少年は手を振りながら消える。
そしてこう言い残した。
『その歯はあげるわ。おばちゃんの形見やと思って大事にし。』
「おいふざけんなお前!ええか!次からな、ちゃんと言え!人を騙すような真似じゃなくて、ちゃんと目的を言え!
そうやないと、俺はもう手伝わんぞ!」
少年が立っていた場所に吠えるが、もう返事はなかった。
「クソ・・・・またからかわれただけかい・・・・。」
美由希の歯を見つめ、「お前は救われたんか?」と尋ねる。
「天国に行ったかて、呪われてることは変わらんのやろ?それでほんまにええんか?救われたんか?」
天国に行ったことがない田所は、美由希が幸せになれるのかどうか分からない。
しかし現世で苦しむよりかは、いくらかマシだろうとは思った。
「なんも力になってやれんで悪かったな。」
歯を握りしめ、本殿を見上げる。
照りつける陽が、神社の影を長くしていた。

            *

翌日、田所は警察署にいた。
あの女子プロの件で呼び出されたのだ。
女はかなり反省していて、自分の行いを悔いている。
それが本当かどうか裏付ける為に、事情を聴かれていた。
「あの人は本気で死ぬ気はなかったと思いますよ。ただ本気で人を殺す気がなかったかどうかは・・・・分かりません。」
田所は曖昧な答え方しか出来なかった。
殺す気がないのなら、鉈で切り付けたりしないだろう。
しかしあの女に人を殺す度胸があるとは思えない。
一時間ほど話を聞かれてから解放された。
「これからどうなるんやろなあ?」
警察署を見上げ、あの女のことを考える。
人生に絶望した様子ではあったが、それと同時に希望も抱いていた。
この先何か良いことが起こるのではないか?
転機が訪れて、幸運がやってくるのではないか?
子供じみた希望ではあるが、そう感じさせる目をしていた。
どんなに薄っぺらい希望であれ、前を見るなら死ぬ気にはなれるはずがない。
「きっと鬱憤を晴らしたかったんやろなあ。」
どうでもいい事のように呟きながら、車に乗り込む。
「もしあの女を乗っ取ってたら、美由希はどうなったんやろう?」
美由希は言っていた。
人を乗っ取ってまで天国に行きたくないと。
しかし本心では天国へ行くことを望んでいた。
いよいよともなれば、殺人すらいとわずに、目的を果たしたのではないか?
・・・・そう考えながら、警察署から遠ざかる。
「誰だって楽に歩きたいし、幸せになりたいもんや。
どんなにカッコつけたって、追い詰められたら本音が出るわな。」
美由希は天国へ行った。
田所にとってはそれで充分で、あの女子プロのことはどうでもよかった。
しかし気になることが一つ・・・・、
「俺、あの時本気やったな。ずっとあの神社におって、美由希の傍におりたいと。
あれは本心やった。それやったら、俺も追い詰められたらそうしたってことか?
自殺でもして、あの神社に居ついてしまおうと・・・・、」
嫌な考えがもたげで、慌てて追い払った。
「もう終わったことや。美由希は天国で、後のことは・・・・神様に任せよう。」
気分を変えようとラジオを入れる。
名前も知らないミュージシャンの曲を聞き流し、明日の天気に耳を傾ける。
そして今日のニュースが流れて、思わず顔をしかめた。
《今日の午前11時半ごろ、大阪府○○市の路上で、人が倒れているとの通報がありました。
警察が駆け付けた所、路上に倒れていた女性はすでに死亡していました。
腹と首を刺された痕があり、怪我が元の失血死と見られています。
現場から大柄な男が逃走したという目撃情報があり、警察は殺人事件も視野に入れて捜査を・・・・、》
ニュースは終わり、別のニュースに切り替わる。
田所は思った。
その男もまた、あの女と同じように、人を殺して死刑になりたかったのだろうかと。
もしそうだとすれば、一人で死ねばいいと思った。
死にたいという本心に気づいているのなら、余計なことなどせずに自殺しろと。
「なかなか自分の気持ちには気づかへんもんや。他人から見たら一目瞭然やのにな。」
誰だって自分に正直でありたい。
それが人間らしく生きる道だとしたら、いったいどれだけの人間が道を違えていることか。
青臭い哲学に満たされながら、美由希がいるであろう空を見上げた。

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