不滅のシグナル 第十五話 降ろせない荷物(1)

  • 2017.04.25 Tuesday
  • 16:55

JUGEMテーマ:自作小説
年々夏は長くなる。
九月の中頃になっても、暑さは増すばかり。
セミは喜ぶが、人は体力を消耗し、外に出るのも憂鬱になる。
田所は掘り起こした野菜を集めながら、グイっと汗を拭った。
「熱中症になるな。」
頭に巻いたタオルは汗でジットリ。
持って来たお茶も飲み干して、同僚から分けてもらった。
熱中症の危機を心配しつつ、どうにか一日の仕事を乗り越えた。
タイムカードを切り、「お先に」と職場を後にする。
するとオヤジが追いかけてきて、「今日暇か?」と尋ねた。
「特になんもないですけど、飲みですか?」
「古いダチがな、居酒屋をオープンしたんや。一杯付き合わんか?」
そう言っておちょこを呷る真似をした。
「ええですよ。」
「ほな行こ。」
オヤジは軽トラを駆って、居酒屋に向かって行く。
田所は助手席でぼんやりと外を眺めた。
「帰りはどうするんです?」
「代行呼ぶがな。」
「ほな大丈夫ですね。」
軽トラは国道を北に走り、深い山の中へ入っていく。
「あの・・・街に行くんとちゃうんですか?」
「居酒屋に行くんやないか。」
「だから街にあるんかなと思って・・・・、」
「ちゃう、山奥や。」
「なんでそんな所に?」
「この山の向かいに、なんぼか集落があるんや。そこのモンは飲みに行きたい言うても、いちいち街まで出なあかん。
それやったらな、近くに作ったれいうことらしいわ。」
「ここら辺なんもないですもんね。」
「もうちょっと発展してもええと思うんやけど、若いモンが少ないさかいな。」
人がいなければ店は出てこない。
当たり前の理屈だが、田所は「もうちょっと進出してきてほしいですね」と唸った。
「なんもかんも街に持っていかれたら、それこそ限界集落ですよ。」
「ほんまにな。地方再生とかぬかしとるけど、俺らの所は地方ですらないんやで、政治家の頭ん中では。
アマゾンかどっかの秘境やと思ってんねんやろ。」
軽トラは山道を登っていく。
山道といっても、山の向こうへ抜ける大きな国道で、夜でもそこまで危なくない。
気をつけるべきことは、たまに飛び出してくる鹿や猪くらいだ。
そしてたまに飛び出してくる猪が、今飛び出してきた。
「うお!危なッ・・・・、」
オヤジは慌ててハンドルを切る。
しかし間に合わない。
猪を撥ねてしまい、そのままガードレールを擦って、プスンと停車した。
「大丈夫か兄ちゃん!」
「大丈夫です・・・・でも車が・・・・、」
二人は車を降りる。
そして「あちゃ〜」という顔をした。
フロントがべっこりへこんでいる。
窓の下が割れて、ワイパーはグニャグニャだった。
「えらいことですね、これ・・・・。」
「こらあかんわ、走られへんかも・・・・。」
オヤジはエンジンを掛ける。
しかしプスンと空回りするだけで、「あ〜あ・・・」と首を振った。
「えらいこっちゃで。山ん中で立ち往生や。」
「ここ携帯は?」
「通じるで。そやないと代行呼ばれへん。」
「ほな警察呼びましょ。」
田所はスマホを取り出し、110番しようとする。
しかしすぐにその手を止めた。
なんと撥ね飛ばされた猪が起き上がったのだ。
その大きさは小岩ほどもあって、立派な牙を備えていた。
「マジか・・・・なんちゅうタフさや。」
驚いていると、猪はフラフラと山の中へ帰っていった。
「よう生きてるな、あいつ。」
「野生のモンやからな。ビックリするくらい頑丈やで。前に近所に出た猪は、槍で首刺されても死なへんかったからな。」
「逞しいもんですね。」
感心しながら猪を見送る。
その時、木立の中にふと何かが見えた。
「人か?」
人間らしき影が、こちらを窺っている。
しかし田所と目が合った瞬間に、山の中へ逃げてしまった。
「おい兄ちゃん、早よ警察。」
オヤジは車をいじっている。
田所は110番して、猪を撥ねてしまったことを伝えた。
「はい、はい、誰も怪我してません。猪は逃げました。でも車がえらいへこんで・・・・。
ええ、はい。あ、お願いできますか?はい、それじゃ待ってますんで。」
電話を切り、オヤジを振り返る。
「ちょっと時間かかるらしいです。30分ほど待っててくれって。」
「えらい悠長やな。税金で飯食うてんねんから、さっさと来んかい。」
オヤジはどうにか車を動かせないか、あちこちいじってる。
「すんません、俺ちょっと行ってきますわ。」
「どこに?」
「山ん中に誰かおったんですわ。」
「ああ、どうせ浮浪者かなんかやろ。ここら辺はたまにおるねん。」
「山ん中に?」
「秋になったら食いモンが実るやろ?それに田舎やから水も綺麗やし。
あれは何年前やったかなあ・・・・長いことこの山に住んでた奴がおったんや。
勝手に畑とか作ったりしてな。狩りまでしてたみたいや。
見つかった時、ちょっとしたニュースになったんやで。」
「はああ・・・・色んな人がおるんですね。」
田所は本気で感心する。
そんなことを言われては、余計に気になって仕方ない。
「ちょっと行ってきますわ。」
「あんま関わらん方がええで。何してくるか分からん。」
オヤジの忠告を背中で聞きながら、暗い山の中に分け入る。
田舎の夜空は明るくて、今夜は月もよく出ている。
そのおかげで真っ暗ということはないが、楽に歩けるほど明るくもない。
慎重に足を進めて「誰かおんのか!」と叫んだ。
するとすぐ近くでガサガサと音がした。
田所は咄嗟に身構える。
近くの枝を拾って、音のする方に向けた。
「誰かおるんか?」
ツンツンと茂みをつつく。
その瞬間、仙人みたいにヒゲを生やした男が飛び出てきた。
「うおッ・・・・、」
思わず仰け反る田所に、男は奇声を上げた。
「ひゃあ!」
「なんやお前!浮浪者か?」
「どっか行け!」
男は石を投げつける。
田所は咄嗟にかわして、枝を投げ返した。
「危ないことするな!」
「帰れ!」
シッシと手を振って、鬼のような形相で睨んでくる。
田所も「なんじゃい」と睨み返した。
男はボロボロのポロシャツに、汚れまみれのスラックスを穿いていた。
ヒゲは仙人のように伸び放題で、髪は怒髪天。
誰がどう見ても浮浪者のようだった。
「お前・・・・ここに住んでんのか?」
少し柔らかい口調で尋ねると、男は逃げ出した。
「おい待て!」
男の足は速い。獣並みだ。
田所は息を切らしながら、必死に追いかけた。
やがて木立が開けた場所が出てきて、その奥に鳥居があった。
「こんな所に神社?」
木造りの小さな鳥居は、人が一人通れるほどの大きさ。
その奥には、ブルーシートのかぶさった建物があった。
・・・・夜の山の中の神社。
安桜山神社に通じる不気味さがあって、思わず引き返しそうになる。
「あんまええ雰囲気がせんなあ・・・・行かん方がええんやろうけど・・・、」
頭の中で警報が鳴り、引き返せ!と告げている。
しかし先ほどの男が気になって仕方ない。
恐怖よりも好奇心が勝って、気がつけば鳥居をくぐっていた。
奥には小さな階段があって、側面には木がそびえている。
一歩一歩慎重に進んで、階段の上までやってきた。
そこにはブルーシートに覆われた建物があって、田所は中を覗いた。
「やっぱり神社・・・・。」
シートの中にはとても小さな神社があった。
人の背丈より低い社、手に乗るほどの可愛い狛犬。
その後ろにはプレハブのような壁があって、その上にブルーシートが被さっている。
田所はじっと中を見渡す。
そして・・・・・、
「あんた何してんねん?」
先ほどの男が、社の向かいに座っていた。
膝を抱え、背中を丸め、体育の授業で話を聞く時のように、じっと前を睨んでいる。
「何しとんねん?」
田所はゆっくりと近づく。
男は虚ろな目で前を睨んでいた。
「ここに住んでるんか?」
「・・・・・・・・。」
「服もボロボロやないか。けっこう前からおるんか?」
「ちょっと・・・・、」
「何が?」
「行くとこないから。」
「ほなホームレスか?」
隣に膝をつき、「仕事、無くなったんか?」と尋ねる。
「・・・・・・・・。」
「いつからここにおる?」
「三ヶ月くらい。」
「歳は?」
「28。」
「めっちゃ若いやん!それでこんなことしてんのか?あかんでそんなん。」
「もうええから、ほっといて。」
「ほっとけへんやろ。こうやって見つけてもたんやから。」
「もうええねん。」
「何がやねん。お前が50とか60でリストラされたんやったら、こうしたい気持ちも分かるけどな。
まだまだ絶望する年頃ちゃうやろ?」
仙人みたいな風貌のせいで、もっと年上かと思っていた。
田所は「28なあ」と唸った。
「俺にとったら10年前か。そん時、もうちょっと希望を持ってたもんやけどなあ。」
しみじみ言いながら、「死ぬ気なんか?」と尋ねる。
すると男は首を振った。
「ずっとここにおる。」
「乞食と役者は三日やったらやめられへんいうからな。気持ちは分かるで。
でも人生棒に振る歳とちゃうやろ?それとも悟りでも目指してんのか?」
「もうなんもしたあない。死ぬまでここにおる。」
男は俯く。何も見たくないという風に。
しかし田所は、この青年が本気で絶望しているとは思えなかった。
《ここは神社や。絶望した奴が来る場所やない。》
人は追い詰められた時、目に見えない何かに頼ろうとする。
こうして神社に身を置くということは、彼もまた神頼みをしようとしている証拠。
そう思って「なあ?」と肩を叩いた。
「こんな所におったって、なんもないで。なんちゅうかな・・・・神さんちゅうのは、けっこう淡泊なもんや。」
「もうほっといて。」
「いやいや、ほっとけへんやろ。お前が死にかけのジジイやバアアやったらほっとくかもしれへんけどな。
・・・・いや、冗談やけど。」
男はクスリとも笑わない。
いったいこの青年に何があったのか?
田所は眉を寄せた。
《28いうたら、まだまだ悩みやすい年やわな。》
大学を出ていたとしたら、社会に出てたったの六年。まだまだ子供である。
ポンと背中を叩き、「話してみ」と言った。
「俺が聞いたるから。」
「ええ。」
「そんなん言わんと。これでもお前よりは10年長く生きてんねん。なんか言えるかもしれへんで。」
「・・・・・・・・・。」
「こうして出会ったのも何かの縁や。別に俺に話したからって、恥ずかしがることもないやろ。」
丁寧に諭しながら、青年が心を開くのを待つ。
するとしばらくしてから、青年は立ち上がった。
神社の鈴を鳴らし、パンパンと手を叩いたのだ。
頭を下げて、何かをお願いしている。
《やっぱり神頼みか。》
青年の背中は助けを求めている。
しかし悲しいかな、神様は淡泊である。
仮に手を差し伸べてくれたとしても、そこには大きなリスクが伴う。
「やめとき。」
青年の肩を叩き、「痛い目に遭うで」と忠告した。
「人知を超えたもんに頼るいうことはな、それ相応の危険があるんや。
上手くいったらええけど、下手こいたら死ぬかもしれへんで?」
「なんもお願いなんかしてへん。」
「ほななんで拝んでんねや。」
「お邪魔させてもらってるから。」
「は?」
「ここ神社や。でもシートがあるから雨風が凌げる。だからここにおるんや。
でも賽銭もないから、せめてお祈りだけしとこうと思って。」
「お礼を言うてるわけか?」
「うん。」
「そうか・・・・それやったら別にええけど。」
田所は思った。
なんと律儀な青年だと。
そしてそれと同時に不安も覚えた。
あまりに真面目で優しすぎると、かえって生きづらくなる。
死後も呪われていた美由希のように。
「あのなアンタ、もうちょっと嫌な奴になってもええんやで。素直過ぎたらしんどいやろ?」
「・・・・・・・・。」
「俺と一緒に山を下りようや。ほんでな、俺が仕事を紹介したる。肉体的にはちょっとキツいけど、慣れたらどうってことあらへん。
こうな、身体を動かす仕事や。気持ちええで。」
そう言って鍬を振る真似をした。
「なんもしたあない。」
「そんなこと言わんと。」
青年は顔を上げない。
田所は《どうしたもんか》と頭を掻いた。
《なあ神さん。ちょっと手え貸したってくれへんか?
そない大したことやのうてええねん。ほんのちょっとでええから。》
気がつけば自分も神頼みをしていて、《人のこと言えんな》と苦笑いした。
青年の隣に座ったまま、時が過ぎるのを待つ。
すると「お〜い!」とオヤジの声が響いた。
「どこや!?もう警察来たど!」
「はい!すぐ行きます!」
田所は立ち上がり、オヤジの方へ走っていく。
「また戻って来るからな、ちょっとここにおれよ。」
警察がいるなら、この青年を保護してもらおうと思った。
階段を駆け下り、鳥居を抜け、ブルーシートを振り返る。
「まだまだ絶望するには早いで。」
何があったのか知らないが、人を殺したわけでもあるまい。
あの青年に必要なのは、一刻も早くこの山から連れ出すことだった。
「待っとれよ!迎えに来るから!」
そう言い残し、オヤジと山を下りていく。
そして警察に事情を話した。
「けっこうヤバイ感じです。ほっといたら自殺するかも。」
話を聞いた警官は、田所と一緒に神社へ向かった。
しかしそこには誰もいなかった。
「逃げたか?」
辺りを見渡し、小さく舌打ちをする。
警官もライトを照らしたが、どこにもいなかった。
田所は社の前に立ち、《伝えてくれんか?》と言った。
《またここへ戻ってきたら、ここにおるように伝えてくれ。それがお前にとっての助けになるって。》
賽銭を入れ、パンパンと手を鳴らす。
山を下りる頃、レッカー車が到着して、壊れた軽トラを運んでいった。
田所とオヤジもパトカーに乗り込み、山から遠ざかる。
《何があったんか知らんけど、死んだりするなよ。》
不安を抱えたまま、ルームミラーに映る山を見つめていた。

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