不滅のシグナル 第十七話 雪桜の幻郷(1)

  • 2017.04.27 Thursday
  • 17:40

JUGEMテーマ:自作小説
暦は秋でも、暑さは居座り続ける。
一日の仕事を終えた田所は、まどろむような空を見上げた。
太陽はとろけそうで、空は光に滲む。
いつの日か、全てがあのように溶けてしまうのではないかと、妙に感傷的になった。
淡い情緒を抱いたまま、職場に戻る。
するとオヤジが手招きをして、事務所へ呼んだ。
「なんですか?」
「まあ座りいな。」
ギシっとパイプ椅子に座り、オヤジを見つめる。
「・・・・もしかして、」
「今日で終わりや。」
「クビですか?」
「卒業と言え。」
「やっぱり俺はこの町から離れなあかんので?」
「他の仕事を紹介したる。だから食いっぱぐれることはないで。」
「そらありがたいですけど、俺はまだやることがあるんです。」
「ここでの事はもう忘れ。兄ちゃんの為にならん。」
「・・・・本霊は?」
田所は遠慮がちに尋ねる。
真っ直ぐに見つめながら、「もう一人のアンタはなんて?」と言った。
「ほんまもんの喜衛門さんはなんて言うてるんですか?」
「そら嫌がってるわ。でもな、別に兄ちゃんやのうてもええねん。
あんたがおらんようになったら、他のモンにやってもらうだけや。」
「代わりを見つけるんですか?ほなまた不幸な目に遭う人間が出ますね?」
「そういうことやな。」
「アンタはそれでええんですか?あんたかて喜衛門や。ほならそれを止めようとは?」
「昨日も言うたけど、俺にそこまでの力はない。出来るならとうにやっとるわ。」
「御神体の破壊はそれほど難しいんで?」
「呪いがかかっとるからな。下手に手え出したら俺でも終わりや。
破壊するにはようさん徳をつんだモンやないとあかん。」
「ほならね、どこぞの高名なお坊さんにでお頼んだらどうですか?普通の人より徳があるでしょ?」
「無理や。」
「なんで?」
「あのな、徳いうのはそういうモンと違うねん。坊主やから、神職やからって、徳があるわけと違う。」
「ほな何が徳なんですか?」
「さあなあ。」
「さあなあって・・・・適当に言うただけですか?」
「徳とは何か?難しい問題やで。でもな、少なくとも喜衛門にとっての徳というのは、人助けや。
それも自分の危険もかえりみんと、誰かを助けようとするような。」
「ほな消防士とか救命士にでも頼んだら?」
「そういうのは仕事でやってるわけやろ?そうと違て、仕事だの金だの関係ないところで、人を助けられるようなモンのことや。
兄ちゃんは優しい。思いやりもある。だから困ってる奴は放っておけへんやろ?相手が幽霊でも。」
「まあ・・・そのせいでようさん損してるなあとは思います。」
「そういうことやねん。あんた人が好すぎて、利用されんねん。美由希ちゃんとおんなじくらい人がええで。
だからな、これ以上苦しんでほしいないんや。今日でこの町を離れ。」
オヤジは立ち上がり、机から封筒を取り出した。
「これは?」
「退職金や。それと次の仕事の紹介状。」
「・・・・受け取らなあきませんか?」
「あきまへん。」
「・・・・ほな。」
田所は素直に受け取る。
そしてペコリと頭を下げた。
「今までお世話になりました。」
「おう、新しい街に行っても頑張れよ。」
「いや、ここは離れません。」
「なんやて?」
オヤジの顔が曇る。
田所は笑顔を返した。
「仕事は辞めます。でもここに住むのは続けます。」
「それやったら辞める意味がないやないかい。」
「いや、ここにおったらアンタに心配かけてまう。
だから俺のことはもう忘れて下さい。しょうもない社員をクビにしただけやって。」
「・・・・本気かい?」
オヤジの顔はますます曇るが、田所は笑顔を崩さない。
「今までお世話になりました。」
深くお辞儀をして、事務所を出る。
「どうなっても知らんど!」とオヤジの声が追いかけてきた。


            *

陽が沈む頃、田所は安桜山神社に向かった。
小屋の椅子に座り、少年が現れるのを待つ。
しかし待てども待てども現れない。
時刻は午前二時で、ここへ来てから六時間も経っていた。
「いっつも来てくれるわけと違うんか。」
立ち上がり、本殿を見上げ、煌々と輝く蛍光灯に目を細める。
もう少し待って来なかったら帰ろう。
そう思って腰を下ろした時、誰かが背中をつついてきた。
「・・・・おお!」
田所は「よう来てくれた!」と肩を叩いた。
「いつもはすぐ出て来るクセに、今日はえらい時間がかかったな。なんかあったんか?」
『うん。』
少年の表情は浮かない。
田所は「どないした?」と尋ねた。
「天国で嫌なことでもあったか?」
『向こうは楽しいで。お母さんもおるし。』
「美由希はどうや?元気にしとるか?・・・死んだモンに元気かって聞くのもアレやけど。」
笑いながら尋ねると、コクリと頷いた。
「そらよかった。でもほんならなんでそんな悲しい顔してんねん。いっつもニコニコしとるのに。」
『おっちゃんがな・・・・、』
「ん?俺?」
『ちゃう。喜衛門のおっちゃんがな、神様を殺したんや。』
「なんやて?」
田所の顔が引きつる。
しかし少年の顔はもっと引きつっていた。
『俺にも手伝って言われて、さっきまで神様殺してた・・・・。』
そう言ってポロリと泣いた。
「どういうことや?詳しい話せ。」
『喜衛門のおっちゃんが、違う喜衛門のおっちゃんを殺したんや。そんで俺もさっきまで手伝ってた。』
「なんやて!それ奥宮の喜衛門さんのことか!?」
『山ん中の小さい神社に、もう一人喜衛門のおっちゃんがおってな、それをさっきまで殺してたんや。
喜衛門のおっちゃんがギュウって押さえつけてな、そんで俺が刀で刺して殺したんや。』
「なんやそれ・・・・・。」
田所は言葉を失う。
なんと言っていいのか分からず、眉間の皺が深くなる。
『俺は嫌やったのに、喜衛門のおっちゃんが怖い顔して怒るから、やったんや。』
少年は涙を拭う。
田所は「お前は悪うない。なんも悪うない」と抱きしめた。
「悪いのは喜衛門や。あいつなんちゅうことを・・・・、」
神殺しを子供に手伝わせる。
そんなことがあっていいのか?
田所は怒りに湧く。
それと同時に、分霊の喜衛門が殺されたことがショックだった。
《オヤジさん・・・・俺を逃がそうとしてたから・・・・、》
分霊の喜衛門のことを、本霊の喜衛門はよく思っていなかった。
これ以上邪魔をされないように殺したのだろう。
田所はそう考え、「オヤジさん・・・」と嘆いた。
「なあ?この神社の喜衛門は今どこにおる?」
少年に尋ねると、本殿を指差した。
「ここにおるんかい。」
田所は鬼のような目で睨む。
「なあ、今の俺ってどのくらい徳が溜まってんねん。」
そう尋ねると、少年は首を振った。
『そんなん俺にわからへん。喜衛門のおっちゃんじゃないと。』
「もしも充分に徳が溜まってるんやったら、御神体を壊すことは出来るはずや。無理やったら・・・・死ぬやろな。」
田所は腹を括る。
これ以上、身勝手な神の行いを放っておけなかった。
「ここにおれよ」と少年に言い残し、本殿の前に立つ。
鍵のかかった扉を睨みつけながら、鼻が触れそうなほど近づく。
中は真っ暗で、何も見えない。
しかしここには喜衛門がいる。
彼の力を宿した御神体がある。
田所は賽銭箱を掴み、力いっぱい引きずった。
かなり重いが、最後は蹴り飛ばした。
賽銭箱をどかしたおかげで、本殿の前はスッキリする。
田所は助走をつけて、本殿の扉に体当たりした。
重く、大きな音が響く。
錆びかけた南京錠がギチっと鳴って、木造りの扉もミシミシと軋んだ。
もう一度体当たりをかます。
また軋む。
そして三度目は飛び蹴りをかました。
硬い靴のかかとが、上手く鍵を捉える。
大きな音が響いて、鍵の付け根がへこんだ。
「ええ加減開かんかい!」
もう一度飛び蹴りを放つと、小さな雷鳴のように音が鳴った。
扉は開き、中に蛍光灯の光が漏れる。
「・・・・・・・・。」
奥に安置された鏡が、光を受けて反射する。
田所はヅカヅカと近づき、鏡を手に取った。
人の顔くらいの大きさで、表面が曇っている。
反射する鈍い光が、神様のようにも魔物のようにも思えた。
「これさえ壊したら。」
持ち上げ、床に叩きつける。
バリンと鳴って、粉々に砕けた。
「なんや、えらい簡単なことやんか。」
ビビっていたのが恥ずかしくなるほど、あっけなく壊れた。
破片を掴み、「こんなもんのせいで・・・」と睨む。
「どれだけの人間が不幸になったか。人知を超えたモンなんかこの世にいらんねん。」
人間は人間らしく生きればいい。
人を超えたものなど、不幸しかもたらさない。
田所は破片を握りしめて、「これで満足やろ?」と呟いた。
「もう御神体はない。これを巡ってしょうもない争いが起きることはないんや。」
そこに喜衛門がいるかのように、重い声で語り掛ける。
・・・・その時、不思議なことが起こった。
握りしめていた破片が、突然消えてしまったのだ。
「なんや?」
何もない手の平を見つめて、眉を寄せる。
「あれ?破片が・・・・、」
足元に散らばった破片も全て消えていた。
田所は息を飲み、「まさか・・・」と顔を上げた。
「・・・・・・・。」
御神体は復活していた。
傷一つなく元通りになっている。
「まだ無理やったんか・・・・。」
壊した鏡が元に戻る。
こんなことが出来るのは喜衛門だけで、田所は「どこにおるんじゃい!」と叫んだ。
「出て来い!俺の前に来んかい!」
また鏡を破壊する。
破片を踏み砕き、「こんなもんがなんじゃい!」と吠えた。
「おうコラ喜衛門!お前な、神様のクセにコソコソしとんとちゃうど!
ここまでようさん人を利用してきたんや!ええ加減姿見せえ!」
社の中に声が響く。
それと同時に、鏡はまた復活した。
《ここにおる。》
鏡から声が響く。
田所は一歩後ずさった。
「喜衛門・・・・出てこい。」
恐怖を抑え込むように、グッと歯を食いしばる。
すると鏡の中に人が映った。
彫りの深い顔に、色黒の肌。
頭は江戸時代の町人のように結っていて、なんとも大きな目をしていた。
「これが喜衛門・・・・。」
田所は目が離せない。
ランランと輝く、喜衛門の大きな目。
それは妖しい魅力を放っていて、今にも虜にされそうだった。
《もう少し・・・・。》
「何がや?」
《もう少しやった、徳が溜まるまで。お前は焦って・・・・・。》
「ほなすぐに徳を積んだるわい。神頼みでもなんでもしたるから、役目を寄こせ。命懸けでもやり遂げたる。」
《もうアカン・・・・お前は死ぬ。》
「なんやて?」
《徳を積まんと鏡を壊した。もう呪いが始まってるんや・・・・。》
喜衛門は残念そうに首を振る。
田所は「なんやと・・・・」と引きつった。
「おい喜衛門。お前はここまで来て俺を殺そういうんか?
そんなことしたら、また新しい奴を探さなあかんぞ?
それやったら俺に猶予をくれ。その間に徳を積んで、御神体を壊し・・・・、」
そう言いかけた時、後ろから誰かが首を絞めてきた。
「なんや・・・・、」
あの少年が首に腕を回している。
子供とは思えない怪力で、田所を締め上げた。
「ぐッ・・・・あ・・・・、」
どうにか振りほどこうとするが、どうにもならない。
たまらず外へ駆け出すと、そこにはミミズのような肉塊がいた。
《こいつは美由希の旦那やないか!》
天国にいるはずの彼女の夫が、田所に襲い掛かる。
身体に巻き付いて、万力のように締め上げた。
「ひいぎッ・・・・・、」
短い悲鳴が響く。
田所の手足は一瞬で砕かれ、折れた肋骨が肺に刺さった。
「ぐひゅうッ・・・、」
息が出来なくなる。
陸にいるのに、溺れたようにもがいた。
すると今度は、以前に助けた少女の霊が現れた。
その隣には下半身のないあの少年が立っている。
《こいつらも・・・・、》
二人は田所の目に指を突っ込んで、眼球を抉り出してしまった。
「ああああああああああ!」
痛みと共に光が消える。
すると今度は、耳元で誰かがささやいた。
『あんた・・・・。』
《美由希か!助けてくれ!》
声にならない声で悲鳴を上げる。
美由希は指を立て、田所の耳にグリグリと押し込んだ。
《やめい!お前まで・・・・、》
鼓膜を突き破り、脳にまで達する。
あまりの痛みに、田所は気絶した。
・・・・無数の霊が自分に覆いかぶさる。
手が、足が、そして指が絡みついてきて、ここではないどこかへ誘おうとした。
《んなアホな・・・・・こんな・・・死に方は嫌や・・・・・。》
気絶した頭の中で、ぼんやりと意識が加速する。
昨日の夕暮れに見た、全てが溶けてしまいそうな空。
太陽はとろけ、空は滲む。
いつか全てあのように溶けるのではないか。
あの時感じた妙な感傷が、再び蘇る。
《俺も・・・・溶けてなくなるんか・・・・。》
暗い意識の中、絵具をぶちまけたように、鮮やかなオレンジが広がっていった。

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