不滅のシグナル 第十八話 雪桜の幻郷(2)

  • 2017.04.28 Friday
  • 16:20

JUGEMテーマ:自作小説

必ず明日がやって来るというのは、何の根拠もない希望だった。
一日後、いや数分後でさえ、人が生きているという保証はどこにもない。
毎日やってくる朝陽は、無事に命を長らえた証拠。
しかしそうではないこともある。
今、田所は朝陽を眺めているが、生きてはいない。
肉体を失い、魂だけとなって、ふわふわと彷徨っていた。
四カ月前の夜、田所は安桜山神社に行った。
そこで充分な徳も積まないままに、御神体を破壊してしまった。
結果、彼は死んだ。
喜衛門の呪いを受けて、あっけなくこの世を去った。
あの時、痛みのあまり気絶した。
そして全てがオレンジに溶ける夢を見て、何もかもこうして溶けてしまうんだと思った。
しかし溶けたのは肉体だけで、魂は残った。
幽霊となった田所は、社殿の中に横たわる、哀れな自分を見つめた。
強酸に浸けたように、身体の半分が溶けていた。
周りには美由希や少年の霊がいて、田所にこう言った。
《ごめんなさい・・・・。》
それだけ言い残し、天国へ消えていった。
一人残された田所は、御神体の鏡を睨んだ。
『喜衛門、許さへんぞ。お前を許すことはあらへん。』
無限の泉のように、いくらでも怒りが湧き上がる。
良いように利用され、たった一つ間違いを犯しただけで、命を奪われた。
いくら神様とはいえ、こんな理不尽を我慢できなかった。
『消したる・・・・お前なんかこの世にいらん。』
怒りを纏わせながら、鏡に触れる。
しかしその瞬間、焼けるような痛みが走って、思わず叫んだ。
『お前な!覚えとけよ!絶対に復讐したる!許さんからな!』
そう言い残し、神社を後にした。
あれから四カ月、季節は冬に変わった。
今日は雪で、灰色の雲からキレイな粉が舞い落ちる。
田所は思った。
死んだ後でも情緒を抱くのだなと。
降り注ぐ雪を見て、心が洗われるような美しさを感じていた。
《・・・いつまでもずっと見てたい。》
もう自分は死人で、この世のしがらみに囚われることはない。
社会も、法律も、犯した罪も。
自分を縛るものは何もなくて、それならばずっとここで雪を眺めていたいと思った。
今、田所がいる場所は、安桜山神社の奥宮がある山だった。
あの神社から、しばらく登った場所に沼がある。
人工の沼で、麓に向かう水路には堰があった。
降り注ぐ雪と、誰からも忘れられたような人工の沼。
情緒と無機質、自然と人工物。
相反するものが、奇妙なほど上手く調和して、極楽のように田所を和ませた。
田所は長く同じ場所に座っていた。
一年、二年、いや、もっとかもしれない。
時間の概念さえ消えそうなほど、ずっと同じ場所にいた。
・・・・不思議なことに、その間ずっと雪はやまなかった。
春になり、夏になり、秋になっても、雪は絶えない。
田所は不思議な思いでそれを見ていた。
《・・・・・あれ?ここってもしかして・・・、》
立ち上がり、山を駆け下りる。
今、季節は春。
山を下りれば桜が咲いていて、国道沿いを彩っていた。
そして雪も降っている。
淡いピンクに真っ白な雪。
それは何とも美しい光景で、極上の絵画のようだった。
田所は国道を歩いていく。
ザクザクと雪を踏みしめ、辿った足跡を振り返った。
しかし足跡はない。
降り注ぐ雪が消したのかとも思ったが、そうではなかった。
一歩前の足跡さえないのだ。
《・・・・・・・・・。》
歩き、振り返る。
その度に足跡が消えている。
・・・今度は桜の枝を掴み、ボキっとへし折った。
そして花弁を千切って、辺りにまき散らした。
目を閉じ、そして開ける。
すると折れた枝は元に戻り、散った花弁も消えていた。
《美しい景色が傷つへん・・・・。これはやっぱり。》
どこを見渡しても極上の景色。
傷つけてもすぐに元通りになってしまう。
田所は頷く。きっと間違いないと。
《ここ天国か。》
フラフラと彷徨う浮遊霊だと思っていたのに、いつの間にか天国へ来ていた。
なぜか?
田所は考える。
《自分が行きたいと望んだからか?》
あの少年は言っていた。
行きたいと願えば、いつでも天国に行けると。
田所は雪を見上げ、《そういえば思ったな・・・》と呟いた。
《この雪をずっと見てたいって。なんにもしたあなくて、こうやってずっと・・・・・。》
そう思ったのは、田所の本心。
行きたいという願いは、田所を天国へと運んでいた。
・・・・不思議だった。
誰もいなのに、寂しさを感じない。
あの少年は周りには友達や母(美由希)がいる。
なのに自分はどうして・・・・・?
雪の上に座り、じっと考える。
《天国は善人が行く場所や。それやったら、ここにようさん善人が来てるはずや。
やのになんで俺だけ・・・・・・。》
色々と考えを巡らせる。
《天国ちゅうのは、本人が望んだ世界になるんか?それとも、もうちょっと歩いたら人がおるかな?》
立ち上がり、後者に賭ける。
長い長い国道を歩き続けて、かつての職場まで辿り着いた。
建物はあるが、人はいない。
田所は職場を後にして、安桜山神社を目指した。
《あそこに行ったら、美由希かあの子があるかもしれんな。》
ザクザクと雪を踏みしめ、安桜山神社までやって来る。
そこで不思議な光景を目にした。
《なんやあれ?》
神社のある場所だけが、真っ黒に塗りつぶされていた。
墨汁でもぶちまけたみたいに、綺麗に景色から浮いてみえる。
《他はそのままやのに、なんであそこだけ・・・・・。》
足を進め、鳥居の前までやってくる。
《これ・・・・なんちゅう不思議な光景や。》
黒く塗りつぶされた神社。
それは三次元のシルエット、奥行きをもった影のようだった。
鳥居に手を触れると、焼けるような痛みが走る。
それは御神体の鏡に触れた時と同じ痛みだった。
《触るなっちゅうことか。》
ここは天国。
それは間違いない。
そうでなければ、傷ついた景色が、美しく元に戻るわけがない。
そう思ったが、この神社だけは異様だった。
およそ天国に相応しくない物体。
3Dのシルエットは、そこだけ空間が抜けたような、言葉にできない不気味さがあった。
《どうなってんねや・・・・。》
中に入ってみたいが、踏み込めば痛みが襲う。
田所は迷った。
深いことは考えず、あの沼に戻って、永遠に景色を眺めていようか?
それともこの神社の謎に挑んでみるべきか?
《これ、間違いなく喜衛門が関わってるよな。》
腕を組み、雪桜を見つめる。
《ええ景色や。ほんまに・・・・なんでも忘れて、心地ええ気分になる。》
ここに身を留め、穏やかな快楽に浸るのも悪くない。
しかしそう決断するには、ちょっぴりの悔しさがあった。
《これがもし喜衛門の用意した景色やとしたら、それは癪やなあ。
利用されて、殺されて、その後は美しい天国か。
ここでずっと景色を眺めてたら、それはある種の飼い殺しやろ。》
田所は迷う。
ここは良い場所だが、あいつに尻尾は振りたくない。
だから決めた。
ここを後にしようと。
そしてその為には、この神社に挑まないといけない。
触れれば焼ける痛みが襲うが、自分はもう死んでいる。
それならば恐れるものなどないはずだと、腹を決めた。
《行こか。》
ゆっくりと深呼吸して、一歩踏み出す。
鳥居をくぐった瞬間、焼けた鉄を押し付けられるような痛みが走った。
《・・・・・・・ッ!》
頑張って階段を登っていくが、とても耐えられない。
《死ぬ!》
階段を転げ落ちて、鳥居の外に逃げ出した。
身体を見ると、傷一つ負っていない。痛みもない。
《景色だけじゃなくて、俺の傷もすぐに治るんか。》
神社の外にいる限りは安全。
しかしここへ踏み込めば、魂ごと焼き尽くされそうな激痛が襲ってくる。
《どうしたもんか・・・・。》
鳥居の前に座り込んで、恨めしそうに見上げた。
・・・・何か方法はないか?
思案するうちに、一つのことが思い当たった。
《そういえば神社は穢れを嫌うんやったな。》
今の自分は死人。
それならば、鳥居を潜ることは許されないのかもしれない。
しかし美由希やあの少年は神社にいた。
ということは、祭神の許しを貰えば、この中に入れるのではないか?
《喜衛門から許可を取らんとアカンのかもしれへん。でもそれはアイツに頭を下げることになるな。》
そこまで考えて、ふと思い当たった。
《・・・・そうか!あいつ・・・俺を怖がってるんかもしれへん。
復讐するからな!なんて言うてもたから、俺をこんな場所に閉じ込めて・・・・。》
ここは天国、とても良い場所だ。
永遠にここに住むならそれで良し。
しかし復讐を果たそうとした時、この神社に足を踏み入れねばならない。
だがその為には喜衛門に頭を下げる必要がある。
《復讐する相手に頭を下げるって・・・・えらい矛盾や。》
田所はとても不愉快だった。
《喜衛門よ、お前はそれを狙ってるんやな?俺が頭を下げ、許しを乞うのを。》
彼の用意した仮初の天国で過ごすか?
それとも復讐心を捨て去って、ここから抜け出すか?
・・・・仮に抜け出したとして、その後はどうするのか?
《もういっぺん復讐に走ろうとしたら、またここへ閉じ込められるやろな。
そもそも復讐心を持ったままやったら、いくら頭を下げても許してくれそうにないしな。》
かつて田所は、自分の為に頭を下げたことがある。
あの少年と、その両親に対して。
しかしそれは間違いだと知った。
謝罪は自分の為にあるのではなく、傷つけてしまった相手の為にある。
傷つけてしまった相手へ許しを乞うのは、謝罪ではないのだ。
申し訳なかったと、ただその気持ちを伝える。それが謝罪だ。
田所は雪の上に膝をつく。
そして両手もついて、深く頭を下げた。
《喜衛門さん、俺をここから出して下さい。
ここはええ場所やけど、あんたが用意した天国にはおりたあない。
俺は美由希がおる天国に行きたいんや。》
まずは自分の願望を伝える。
これは神頼みだ。
《神様に頼むのに、リスクがあるのは承知です。でもやっぱり本物の天国がええ。》
賽銭があれば投げ込みたかったが、今は頭を下げるしか出来なかった。
《謝ります。神様のあなたに対して、無礼な言動を取ってしまいました。その上復讐までしたいなんて、大それたことを。
いち人間が思い上がってました。・・・・・申し訳ありません。》
神頼みと謝罪。
喜衛門がこの二つをどう受け取るか、神のみぞ知る。
田所はじっと頭を下げ続ける。
利用されたこと、美由希を殺されたこと、そして自分も殺されてしまったこと。
憎しみはあるが、今はただ謝るだけ。
神の威厳を傷つけてしまうような態度を取ってしまって、申し訳ありませんでしたと。
田所は一時間もそのままだった。
目を閉じ、喜衛門に対する畏敬の念を抱きながら、ただ頭を下げていた。
・・・・その時、誰かが頭に触れてきた。
顔を上げると誰もいない。
その代わり、神社の様子が変わっていた。
「色が・・・・。」
真っ黒だった神社が、いつも通りに戻っている。
境内には桜が咲き、白い雪が積もっている。
田所は立ち上がり、鳥居の前で一礼する。
足を踏み入れても、もう痛みはない。
ザクザクと雪の感触を確かめながら、階段を上っていった。
そこにはもう一つ鳥居があって、また頭を下げた。
そしてその先にある小屋まで来ると、《止まれ》と喜衛門の声が響いた。
田所は直立不動になる。
本殿を見上げ、『喜衛門さん』と語りかけた。
『お会いできますか?』
真っ直ぐに本殿を見つめて、喜衛門の声を待った。
《座れ。》
『はい。』
いつものように、小屋の椅子に腰かける。
すると喜衛門が現れた。鏡に映っていたあの男だ。
喜衛門は向かいに座り、こう言った。
《まだ死んでへん。》
『俺生きてるんですか?』
驚く田所。
喜衛門は続けた。
《一つ頼み事があるんや。》
『なんですか?』
《ここにある御神体を、奥宮に移してほしいんや。》
『あのオヤジさんがおった所にですか?』
《御神体を破壊するのはもう無理や。》
『なんでです?俺、まだ生きてるんやったら、また徳を積んで・・・・、』
《これを必要とするモンがおる。》
『必要・・・・・誰ですか?』
《お前や。》
『俺?』
《生きてるが、瀕死の状態や。お前と親しかったモン、お前に助けられたモン、みんな頼んでくんねや。
これ以上お前を苦しめんといたってくれと。》
『それは・・・・美由希やあの子が?』
《他にもおる。儂の分霊もな。》
『オヤジさんも!?』
《儂としては御神体を破壊してほしいんやがな。でもお前を助けるには、御神体の力が必要や。
そんでアレを破壊するとなると、またお前みたいな人のええ奴を探さなあかん。
これな、けっこう骨が折れるんや。徳を積ませるのも大変やし。》
そう言ってどこからか煙管を取り出し、プカリと吹かした。
《吸うか?》
『いえ・・・・。』
《儂の願いは御神体を破壊し、この世から儂の力を消し去ることや。
でもそれはなかなか難儀なことや。ほならな、壊すよりも隠した方がええかと思ってな。》
『だから奥宮に移すんですか?』
《そや。引き受けてくれるんやったら、お前は助かる。そんで儂はもう二度と人間を利用せえへんと約束しよう。どや?》
田所の答えは決まっている。二つ返事で引き受けた。
『やります。』
《ほな頼むで。失敗したら・・・・分かってるな?》
『神様は怒らせたら怖い。よう知ってます。』
喜衛門は満足そうに頷く。
煙管を吹かしながら、ゆっくりと消えていった。
その次の瞬間、田所のこめかみに痛みが走った。
頭痛と吐き気、この二つが襲ってきて、その場にうずくまる。
・・・・そして次に目を開けた時、本殿の前に転がっていた。
辺りは暗く、蛍光灯に虫がたかっている。
「・・・・・・・・・。」
もしやと思い、スマホを取り出す。
「・・・・あの日のまま。」
日付は呪い殺されそうになった日と変わっていなかった。
時刻も同じ。
「幻か・・・・。」
本殿を見上げ、一つ頷く。
「やりますよ、喜衛門さん。」
壊したはずの扉も元に戻っていて、また体当たりをかました。
その時、悲鳴を上げるほどの痛みが全身を襲った。
「なんッ・・・・、」
鋭く焼ける痛みが走る。
服をめくってみると、胴体と手足の一部が溶けていた。
「なんや!」
驚き、固まっていると、見る見るうちに傷が治っていった。
「そうか・・・・これ、喜衛門さんが治してくれて・・・・、」
自分は瀕死の状態だった。
きっと奥にある御神体のおかげで、一命を取り留めたのだろうと頷いた。
・・・・ふうっと息をつき、扉に飛び蹴りをかます。
それを三度繰り返すと、鍵が外れた。
取っ手を掴み、深呼吸。
御神体を奥宮に移せば、全てが終わる。
誰も喜衛門に利用されることはなくなる。
緊張しながら取っ手を引き、扉を開けた。
蛍光灯の明かりが、アメーバのように中に漏れていく。
その時、一瞬だけ美由希たちの姿が見えた。
オヤジ、あの少年、今までに出会った幽霊たち。
ほんの一瞬だが、漏れる光の中に浮かんだ。
「・・・・・・・・・。」
田所は無言で頷く。
自分を助ける為に、喜衛門に頭を下げてくれてありがとうと。
皆が消えた向こうには、御神体の鏡がある。
漏れる光を反射して、鈍く輝いている。
神秘的で、魔性的で、人を惹きつける妖しい輝き。
田所は手を叩き、頭を下げた。
人知を超えたものは、人目に触れる場所には置いておけない。
神を宿すその鏡は、幸と不幸を同時にもたらす、諸刃の剣。
神は拝むもの。
頼るものではないのだと、改めて感じた。

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