不滅のシグナル 第十九話 不滅のシグナル(1)

  • 2017.04.29 Saturday
  • 18:09

JUGEMテーマ:自作小説
月だけが灯る暗い夜。
田んぼの畦は青く染まり、遠い山は水墨画のように滲む。
田所は御神体の鏡を抱えて、安桜山神社の奥宮に向かっていた。
途中で職場に寄り、車に乗り込む。
山まで向かい、山道を上り、ブルーシートに覆われた小さな神社にやって来た。
人の背丈ほどの社、手に乗るほどの小さな狛犬。
その手前に鏡を置いた。
「持ってきました。ここからどうしたらええですか?」
鏡に向かって語りかけると、中に喜衛門が映った。
《ちょっと待っとれ。》
そう言ってピカリと光ると、社の扉が開いた。
奥にはレプリカの御神体がある。
《それはもういらん。代わりにこれを。》
「はい。」
レプリカの鏡をどかして、御神体を置く。
すると扉は勝手に閉まって、ガチャリと鍵がかかった。
《これでええ。》
奥から喜衛門の声が響く。
田所は手を叩き、そっと頭を下げた。
「喜衛門さん、これで俺はもう自由ですか?」
《そや。黄泉のモンが関わることはもうない。自由に生きろ。》
「あの・・・・・、」
《なんや?》
「もし誰かがここを見つけたら?この御神体を奪おうとしたら、その時はどうされるんで?」
《呪い殺す。》
「また死人を作るんですか?」
《それしかないがな。儂の力を悪用されてはたまらんからな。》
「・・・・・・・。」
《納得いかんか?》
「人知を超えたもんは、不幸しか招きません。だからやっぱり・・・・もういっぺんチャンスをくれませんか?」
《御神体を破壊したいんか?》
「そうです。もう俺や美由希のような人間を生み出したあないんです。」
《気持ちは分かるけどな。無理はやめとき。下手に関わると、また災いが降りかかるで。
お前だけやのうて、周りにおるモンにも。》
喜衛門の声は優しい。
聞き分けのない子供を諭すように、とても耳に馴染んだ。
田所は納得のいかない顔をしていた。
しかしこれ以上できることはない。
一礼を残し、奥宮を後にした。
鳥居を出る時、一度だけ振り返る。
喜衛門が《もうここへ来るなよ》と忠告した。
《お前は自由や。自分の人生を。》
「はい。」
頷き、山を降りていく。
路肩に停めた車に乗り込んで、安桜山神社に向かった。
・・・・奥宮を出る時、レプリカの御神体を持ってきた。
助手席に置いたそれを見つめて、「神社なんやから、レプリカでも御神体はいるやろ」と呟いた。
「安桜山神社に神様はおらん。でもこれがないと、お参りした人が神様を想像できへんからな。」
神社に着いた田所は、レプリカの御神体を安置した。
蛍光灯の光を受けて、鈍く輝いている。
しかし妖しい輝きはない。
本物の御神体のように、人を惑わせる力はない。
「これでええんや。これで。」
扉を閉め、石を置いて開かないようにする。
「鍵は誰かが直すやろ。」
パンパンと手を叩き、「もうここへ来ることはありません」と語りかけた。
「美由希、オヤジさん、それに今までに出会った幽霊。俺はここを離れます。
これからどうなるか分からんけど、そろそろ自分の人生を生きようかなと・・・・・。
天国で見守ってて下さい。」
踵を返し、神社から出る。
家に向かう車の中で、ここへ来てからのことを考えた。
「色々あったな・・・・。」
ボソっと呟き、首を振る。
「これでよかったんかどうか、俺には分からん。
喜衛門の御神体がある限り、またおんなじ事が起きるような気がするわ。
でも・・・もう俺はええ。もう疲れた。」
家に着くと、泥のように眠った。
そして翌日、朝早くに職場に向かった。
オヤジはいなくなっていて、みんな混乱している。
家にもいないし、ケータイにも繋がらない。
社長が行方不明とあって、大騒ぎだった。
田所はオヤジと仲が良かったものだから、「居場所を知らないか?」としつこく聞かれた。
しかし「知りません」と首を振って、逃げるように職場を去った。
「オヤジさん、今までありがとうございました。」
どうしても職場へ行って礼を言いたかった。
もうオヤジはいないが、それでも感謝を述べたかった。
それから田所は、町を離れ、一年間東京で過ごした。
その後は大阪、広島、福岡と転々とした。
仕事もコロコロ変えて、何か一つに安定するということを嫌った。
まるで巡業師のように、全国を転がり続け、気がつけば町を出てから10年も経っていた。
歳は48になり、白髪が増えた。
皺も増えて、体重だけが減っていた。
あの町を離れてから、一度も幸せを感じることができなかった。
心の底から笑えないし、何をしても楽しいと思えない。
なぜか?
それは御神体のことが気になって気になって仕方なかったからだ。
あれがある限り、また同じような事が起きる。
しかし再びあれに関わるには、気力も体力も衰え過ぎた。
モンモンと憂鬱を抱えながら、ただ人生を消費するだけ。
そんなある時、夢の中にあの子が出てきた。
美由希と手を繋いで、《久しぶりやな》と笑う。
田所は喜んだ。
『おお!久しぶりや!』
これは本物の幽霊か?ただの夢か?
どちらか分からないが、それでも嬉しかった。
『どうや?天国で元気にやってるか?』
《うん。》
少年は微笑む。
美由希も微笑み、彼女にまとわりつく肉塊も、喜びを表すようにうねった。
『そうか、みんな幸せなんやな。』
そう呟いた瞬間、ボロボロと涙が出た。
そして『俺も連れてってくれんか?』と尋ねた。
『あの町を離れてから、生きてる心地がせえへん。どうしてもあの御神体が気になるんや。』
《ほなもっぺんあの町来れば?》
『そうしたいけど、もう疲れたっちゅうか・・・・また黄泉のモンと関わらなあかんかと思うと、気が滅入ってな。』
《ていうか来てほしいねん。》
『なんで?』
《あのな、奥宮にあの御神体があるのがバレたんや。そんでな、喜衛門の子孫が集まって来て、喧嘩してんねん。》
『それホンマか!?』
《町はもう滅茶苦茶やで。喜衛門の子孫に占領されとんや。
元々おった人は、住みにくうなって引っ越した。あとは追い出そうとして、逆に殺されたり。》
『殺すやと!そんな・・・・、』
《なあおっちゃん。もういっぺん戻って来てえや。》
《私からもお願い。》
『美由希・・・・町はそんなに酷いんか?』
《喜衛門の子孫てな、遺された力を巡って、すごい対立してるんよ。
それぞれ組織があって、それが争ってるもんやから、あんな小さい町なんかすぐに飲み込まれる。》
『・・・・御神体は?今はどうなってる?』
《まだ奥宮にあるよ。でも奪われるのは時間の問題やと思うわ。》
『ほなすぐに行かな!』
《気をつけて。あいつらすごい危ないから。下手したらあんたも殺されかねへん。》
『いっぺん死んだ身や。今さら死ぬのなんか怖いことあるかい。
それより怖いんは、死人みたいに生き続けることや。今の俺はゾンビやで。』
この10年、本当にゾンビのように生きてきた。
何の感慨もなく、何の感動もない。
ゼンマイで動かされているような人生だった。
『俺な、それが終わったらもう死んでもええわ。多分やけど、喜衛門の残した力を破壊する為に俺は生まれてきた。そういう気がするねん。』
ニコっと笑うと、美由希は《そんなん言わんといて》と悲しい顔をした。
《私は死んで分かったことがある。それはまだまだ生きていたかったってことや。
だからな、死んでもええなんて言わんといて。危険な仕事やけど、どうか無事に・・・・・・、》
そう言い残し、美由希と少年は消えた。
夢から目覚めた田所は、すぐにあの町に向かった。
今は神戸に住んでいる。ここからだとそう遠くない。
車を飛ばし、早る気持ちに胸を弾ませた。
《怖いけど、なんでか嬉しいと思ってる。》
田所の顔は緩んでいた。
これでようやくゾンビのような人生に終止符を打てる。
心残りだったあの御神体、それと向き合う時が来たのだ。
《喜衛門さん、あんたの御神体は、やっぱりこの世にあったらあかんのや。俺が終わりにしたるさかい、加護を頼むで。》
10年経って、五度目の神頼み。
しかし今度の神頼みは、神を守る為の神頼みだ。
恐怖と喜びを感じながら、あの町へ向かって行った。


            *

「なんやこれ・・・・。」
町は異様な光景に変わっていた。
そこかしこに寺や神社が建ち、殺気だった人間で溢れている。
田所は国道を走りながら、その様子を観察した。
寺にいる人間は神社にいる者を睨み、神社にいる人間は寺にいる者を睨んでいる。
「そういえばオヤジさんが言うてたな。仏教と神道で派閥が分かれてるって。」
喜衛門の力は本来神道系のものだが、後に仏教の人間も関わってきた。
そのせいで二つの宗教にその力が残されている。
どちらも喜衛門の力を欲しがっていて、そのせいで争いが起きていた。
「細かい宗派を含めたら、もっとある言うてたからな。」
路肩に車を停めて、町へ降りる。
するとさっそく絡まれた。
「すいませんがこの町の方で?」
寺から出てきた数人の男女が近づいてくる。
口調は柔らかいが、目は笑っていない。
「ええっと・・・・ただ通りすがっただけです。えらい寺や神社が多いから、珍しい場所やなあと思って。」
そう答えても、まったく信じていない様子だった。
《そういえば喜衛門の子孫には、人の色が見える奴がおる言うてたな。
その色を見れば、嘘ついてるかどうかも分かるって・・・・。》
オヤジから聞いた話を思い出し、背筋が寒くなる。
《これ、確実に疑われてるよな・・・・。》
どうしたもんかと困っていると、すっかり周りを囲まれていた。
近くの寺からぞろぞろ人が出てきて、殺気だった目を向けてくる。
「ちょっとそこまで来てもらえますか?」
一人の女が出てきて、腕を掴む。
それを振り払おうとすると、ガタイのいい男が威圧してきた。
「抵抗しない方がいいですよ。」
低い声でそう言われて、田所は目を逸らした。
《ヤバイなこいつら・・・・明らかに普通の奴とちゃうで。》
誰も彼もが異様な目つきをしている。
抵抗しても勝目はなさそうで、ここは大人しく従うしかないと思った。
・・・・するとその時、別の寺から一人の男が出てきた。
「あかんて、あんまり手荒なことしたら。」
まだ若い男だ。
しかし声には威厳があり、田所を囲っていた集団は、サッと道を開けた。
「どうしました?ここに何か御用で?」
ニコリと笑うその顔は、とても不気味だった。
爽やかな顔をしているが、この世のものとは思えない、冷たい気配を放っている。
「・・・・・・・・・。」
「ここ、寺と神社以外はなんもないですよ。遊ぶ場所もないし、見所もない。」
そう言って国道に手を向けた。
「ここからちょっと北に行ったらね、棚田やら滝があるんですよ。すごいええ所やから、そっち行かれた方がええと思いますよ。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・なんか事情がおありで?」
男の顔から笑顔が消える。
田所は本当のことを話そうかどうしようか迷った。
《喜衛門のこと、伝えた方がええかな・・・・・。》
唇をすぼめながら、若い男を睨みつけた。
「あの・・・・、」
「はい?」
「実はですね、山奥にある神社に行きたいんです。」
「山奥に神社なんかありませんよ。」
「いえ、あるんです。安桜山神社の奥宮が。そこにね、喜衛門ちゅう人の御神体を祀ってあるんですわ。」
そう答えると、男は険しい顔をした。
周りの者たちも色めきだつ。
「ええっと・・・・喜衛門のご子孫で?」
「違います。でもしばらく前にこの町に住んでたんですよ。そこでね、ちょっと喜衛門さんと因縁がありまして。」
「ほう。会ったことがあると?」
「ええ。色々と頼みごとをされまして。」
「どんな?」
「それは言えません。」
「う〜ん・・・・。」
若い男は、後ろにいた女に耳打ちする。
女は頷き、寺へと戻っていった。
しばらくすると、神社の方からも人が出てきた。
その中から中年の女が現れて、田所へと近づいた。
「ここに何か御用で?」
柔らかい笑顔で尋ねるが、やはり目は笑っていない。
「ちょっとね。」
「ちょっと?」
田所は先ほどと同じことを説明した。
女は頷き、「喜衛門さんとねえ・・・」と腕を組んだ。
「それで?」
「へ?」
「その因縁というのは?」
「言えません。」
「あなたがこの町へ来たことと関係が?」
「言えません。」
「どうして?」
「・・・・・・・・。」
「聞かれるとマズイことでも?」
女はしこつく尋ねてくる。
すると寺に戻った女が出てきて、若い男に耳打ちをした。
男は頷き「あの・・・、」と手を向けてくる。
「はい?」
「お名前は?」
「田所といいます。」
「じゃあ田所さん。ちょっとこっちで詳しくお話を聞かせて頂けますか?」
男は寺へ手を向ける。
すると神社の女が「勝手なことをされては困ります」と詰め寄った。
「無関係な人間には手を出さない。それがお互いが決めたルールでしょう?」
「無関係ではないでしょう。この方は喜衛門と因縁があるそうだ。」
「でも子孫というわけじゃないでしょう?お引き取り願った方がいいんじゃありませんか?」
「それはこちらが決めることです。」
「また余計な争いになります。上の方に叱られるのではありませんか?」
「それこそそちらにとやかく言われることではない。そもそもウチの住職が連れて来いと行っているんです。
この方はウチで預かります。」
「預かりますって・・・・なんの権利があってそんなことを・・・・、」
「そちらこそ引き下がって下さい。でないとそれこそ余計な争いになりますよ?」
男が手を上げると、周りの寺からぞろぞろと人が出てきた。
その気配を感じたのか、神社からもぞろぞろと人が現れる。
両者はピリピリと睨み合う。
まるで暴動寸前のような緊迫感だった。
よく見れば銃やナイフを持っている者もいて、田所は冷や汗を流した。
《なんやねんコイツら・・・・ちょっとおかしいぞ。》
二つの集団に挟まれて、田所は身動きが取れない。
しかしこのままじっとしていれば、それこそ危険な目に遭いそうだった。
《どうにか逃げんと。》
ジリジリ後ずさると、若い男が「動かないで」と言った。
「喜衛門に詳しいならご存知でしょう?私たちの中には、人の発する感情や人格が、色として見える者もいます。
よからぬことを企んでも無駄ですよ。」
「・・・・ほな正直に言います。俺ね、喜衛門の御神体を壊しに来たんですよ。」
「なに?」
男の顔が・・・・いや、その場にいる全員の顔が曇る。
《やっぱり殺気だつよな・・・・でもいつかはバレることや。》
この集団相手に、隠し事は不可能。
田所は一筋の希望に賭けることにした。
「あのね、喜衛門さんは自分の子孫が争うことに心を痛めてはるんです。
だから俺に頼んで、最後の御神体を破壊しようとしてたんです。」
「破壊って・・・・、」
男の顔がさらに曇る。
首を振り、ため息をつき、「死にたいですか?」と睨んだ。
「そんなこと言ってると、今ここで死にますよ?」
幽霊よりも冷たい顔、冷たい殺気。
田所は震え上がった。
「多くの仏像や御神体が破壊され、あれは唯一残された御神体なんです。
破壊するなんて言うだけで、ここにいる人間が何をするか分かりませんよ。」
田所を囲う集団は、針のような殺気を向けてくる。
《あ、これ死ぬな・・・・・。》
生きてここから出られない。
そう思った。
《死ぬのは構へん。その前にどうにか御神体を壊さんと・・・・。》
そう思った時、奥宮のある山が光った。
それは閃光のように眩い光で、誰もがそちらを振り返る。
・・・次の瞬間。
辺りに無数の幽霊が現れた。
それは町全体を覆い尽くすほどで、誰もが呆気に取られる。
《今のウチや!》
田所はその隙に逃げ出した。
「おい!」
若い男が叫び、「追いかけろ!」と怒鳴る。
そこへ神社の女が「ちょっと待って!」と止めに入った。
「どけ!」
「誰が呼んだの!?」
「何が!?」
「この浮遊霊!そっちでしょ!」
「俺たちじゃない!」
「ならどうしてこんなに・・・・、」
「だから知るか!いいからどけ!」
男は女を突き飛ばす。
その瞬間、二つの集団が争いを始めた。
銃声が鳴り、ナイフが振り下ろされて、本当に暴動が起きてしまった。
田所は浮遊霊に紛れて、暴徒と化した集団を駆け抜けた。
《喜衛門さん!すまん!》
さっきの閃光、そしてこの浮遊霊たち。
きっと喜衛門の仕業だろうと思った。
《護ってくれて助かる。その代わり、絶対に御神体を壊したるからな!》
右を見ても左を見ても幽霊。
足元も空にもウヨウヨいる。
後ろからは銃声と怒声が響いて、それに混じって悲鳴も響いた。
《勝手に喧嘩しとれ!》
走りながら、田所は思う。
こんな子孫ばかりなら、そりゃあ喜衛門も頭を悩ませるだろうと。
《やっぱり人知を超えたモンなんかこの世にいらん!》
大きな力は、幸せよりも災いをもたらす。
下らない身内争いに終止符を打つ為、幽霊の波を掻き分けていった。

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