不思議探偵誌 第六話 秘密の金曜日

  • 2010.07.13 Tuesday
  • 10:58
 事務所の窓から外を眺めながら、大きな欠伸をした。
先日の尾崎という探偵と勝負をしてから、浮気の調査の依頼が二件ほどきた。
そのどちらもすぐに解決し、それからは三日ほど依頼がこない日が続いていた。
「はい、ここにお茶置いておきますね。」
由香利君が俺の机の上にお茶を置き、奥へ引っ込んで書類の整理をしていた。
俺は椅子に座ってお茶を飲み、今日も依頼がなく一日が終わりそうだなあと感じていた。
由香利君にバレないようにこっそりパソコンでエロサイトを開き、あんな画像やこんな画像を堪能しながら時間を潰していた。
「この子は中々いいお尻をしているなあ。
俺のエロフォルダに保存と。」
思わず口に出すと、由香利君がこっちに寄って来た。
「またエッチなサイトを見てるんですか?
もう、本当にそんなことしか頭にないんですね。」
そう言って強制的にエロサイトを閉じられてしまった。
ああ、俺の楽しみが。
「あ、そうそう。
この前久能さんが出掛けてる時に、机の中にあったエッチな本は全部捨てておきましたから。」
「そ、そんなあ!
あれは俺の永久保存版として厳選したやつなのに。」
なんてひどいことをするんだ。
俺は半泣きになりながら由香利君を責めた。
しかし由香利君はそんな俺に取り合わず、書類の整理に戻ってしまった。
「あんなの読む暇があったら、もっと仕事に精を出して下さい。
ただでさえ依頼の少ない事務所なんですから。」
俺はお気に入りのエロ雑誌を捨てられた悲しみから怒る気にもなれず、しょんぼりしたまま椅子に座った。
何も俺に無断で捨てることないのに。
由香利君はとにかく真面目すぎる。
もっとこう、融通というものを利かすようにして欲しいものである。
「なあ、由香利君。」
「はい、何です?」
書類を片手に由香利君が振り返る。
「この前の話、受けてみたらどうだ?」
「この前の話?」
何のことか分からないという顔でこちらを見てくる由香利君に、俺はお茶をすすってから答えた。
「この前の尾崎との勝負でエロ雑誌社に行っただろう。
あのときヌードモデルにならないかと誘われたじゃないか。
君の鍛え抜かれたボディなら、男の視線を釘付けにすること間違いなしだと思うん・・・。」
全て言い終わる前に由香利君が飛び蹴りを放ってきた。
椅子から転げ落ちる俺。
「久能さん。
もし次言ったらそれなりの覚悟をして下さいね。
容赦しませんから。」
そう言って倒れた俺を思いっ切り踏んづけた。
ああ、これこれ。
この痛みがたまんない。
俺は九割方SMに目覚めたようである。
これは間違いなく由香利君のせいだが、本人には黙っておこう。
その方がマニアックなプレイが楽しめる。
そう思いながら立ち上がって椅子に座った時、机の上の電話が鳴った。
何かの依頼だったらいいなと思いながら受話器を取った。
「はい、こちら久能探偵事務所。」
営業用の明るい声で答えた。
「あのう、そちらは浮気の調査なんかもして頂けるんでしょうか?」
若い男性の声だった。
緊張しているのか、少し声が震えている。
「はい、していますよ。」
そう答えると電話の向こうの男性はふうと息を吐き、一呼吸おいてから言った。
「実は今付き合っている恋人が最近怪しいんです。
それで浮気の調査をお願いしたいんですが。」
この前から続いてまたも浮気の調査依頼である。
最近多いなあと思いつつ、俺は続けて話しを聞いた。
「恋人の浮気調査ですね。
それなら詳しいことをお聞かせ願いたいので、一度事務所の方へお越し頂けますか。
出来ればその恋人の写真も持って来て下さい。」
男性は「分かりました、今日の午後2時頃に伺います」と言って電話を切った。
「依頼の電話ですか?」
由香利君が書類を抱えて尋ねてくる。
「ああ、浮気の調査をして欲しいそうだ。」
俺はお茶を一口飲んで答えた。
それを聞いた由香利君は口を尖らせて不機嫌そうな顔をした。
「もう、どうして男って浮気するんでしょうね。
ちゃんと愛する女性がいるのに。」
以前依頼のきた浮気調査が二件とも女性だったので、どうやら今回の依頼も女性からだと思っているようである。
由香利君はふくれた顔をして宙を見ていた。
「いやいや、今回の依頼人は男性なんだよ。
恋人が浮気してるんじゃないかということで電話をかけてきたんだ。」
「そうなんですか?」
由香利君は自分の勘違いを恥じているようで、少し顔を赤くしていた。
「今日の午後2時頃に来るらしい。
三日ぶりの依頼だから気合を入れて取り組まないとな。」
「そうですね。
久能さんのエッチな本も全部捨てたことだし、心おきなく仕事に精が出せますね。」
それを言われてまた悲しくなった。
ああ、俺の愛しのエロ雑誌達。
今頃燃えカスになっているんだろうな。
そう思うと涙が出てきそうになった。
「久能さん。
せっかく全部捨てたんですから、もう買わないで下さいね。
今度見つけたら、またお仕置きしますよ。」
そう言って由香利君は書類の整理に戻った。
今度見つけたらお仕置きか。
なんかエロい響きだな。
お仕置きされる為に、わざとエロ雑誌を買っておこうか。
そんなふうに考える自分の変態性にちょっと悲しくなりながらも、俺は依頼人が来るまでこっそりエロサイトを覗いていた。
浮気の調査か。
最近多いな。
そう思ってお茶を飲み、由香利君に見つからないようにエロサイトを見てから昼食を済ますと、俺はソファで昼寝をした。
夢の中で、俺は由香利君にお仕置きをされていた。

                       *

「久能さん。
依頼人の方がお見えになりましたよ。」
そう言われて昼寝から起こされて、眠気まなこを擦っていると、俺の目の前にいかにもスポーツマンという感じの爽やかな青年が立っていた。
俺は慌てていとまいを正し、「どうそお掛け下さい」とその青年に声をかけた。
青年は軽く頭を下げるとソファに座り、やや緊張した面持ちで唇を噛んでいた。
由香利君がお茶を入れる為に奥へ引っ込み、青年と向かい合って座っている俺は上着のポケットから「探偵の久能司です」と言って名刺を差し出した。
青年は黙ってそれを受け取り、また軽く頭を下げるとふうと息を吐いてから話し始めた。
「中沢拓斗と言います。
今付き合っている恋人の浮気調査をお願いしたくて伺いました。」
俺は頷き、中沢君を観察した。
真っ白いポロシャツにジーンズ姿。
髪は短めで、やはりスポーツマンという感じの雰囲気を漂わせている。
由香利君がお茶を運んで来て俺と中沢君のの前に置き、俺の隣に座った。
「お電話でもそうおっしゃっておられましたね。
何かその恋人が浮気をしているという怪しい言動でもあるんでしょうか?」
中沢君は力強く頷いた。
そして顔の前で手を組み、項垂れるようにして答えた。
「僕とその恋人とはとても仲がいいんです。
そして今は同棲しているんですよ。
どこに行くのも一緒で、何をするのも二人でしていました。」
うんうんと頷きながら俺はお茶を飲み、先を促した。
「でもここ最近、金曜日になると何処かへ出掛けて行くんです。
僕が何処に行くのって聞いてもまったく答えてくれないし、一緒に出掛けると言っても反対するんです。
こんなことは今までに一度もなかった。
きっと、僕以外の誰かと会っているに違いないないんです。
だからそれを探偵さんに突き止めて欲しいんです。」
切実な目で中沢君は訴えてくる。
「なるほど。
では金曜日以外はどうです。
あなたを置いて一人で出掛けるということは?」
中沢君は首を振った。
「いえ、金曜日だけです。
他の日はいつもと同じように僕と一緒にいてくれます。」
うーん、金曜日だけいなくなるというわけか。
怪しいと言えば怪しいが、それだけでは何とも言えない。
「由香利君、君はどう思う?」
唐突に話しを振られて、由香利君は少し困ったような顔を見せた。
「そ、そうですね。
それだけでは何とも言えんないんじゃないでしょうか。」
まあもっともな意見だ。
これは調査するまで恋人が浮気しているかどうかは分からないだろう。
俺は中沢君を真っすぐ見据えて聞いてみた。
「怪しいのは金曜日にあたなを置いて出掛けるということだけなんですよね。」
「はい。
でも今までは何処に行くのも一緒だったんです。
それに何処に行くのか聞いても教えてくれないのも怪しいんです。
これって浮気してると思いませんか?」
「うん、まあ、どうだろう。」
俺は曖昧な返事をした。
中沢君ははあっとため息を吐いて悲しげな顔をした。
「では電話で言った通り、恋人の写真は持って来ていますか?」
中沢君は頷きながら、ジーンズのポケットから1枚の写真を取り出した。
「これが僕の恋人です。」
俺は「失礼、拝見させてもらいます」と言ってその写真を受け取った。
由香利君も横から覗き込む。
その写真を見た途端、俺も由香利君も絶句した。
文字通り、言葉を失ったのである。
「あ、あのう。
これって。」
遠慮がちに尋ねる俺に、中沢君は堂々として答えた。
「はい、僕たちは同性愛者です。」
写真に写っているのはよく日に焼けた、いい体をしたマッチョな男性だった。
俺は「うーん」と唸り、由香利君は何とも言えない顔をいていた。
「僕たちは大学のラグビー部で一緒だったんです。
僕が最初に幸弘に一目惚れしたんです。
あ、幸弘っていうのは恋人の名前です。
石井幸弘、ラグビー部のキャプテンでした。」
それで中沢君もスポーツマンって感じの雰囲気なのか。
いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
俺は恋人はてっきり恋人は女性だと思っていたので、面食らっていた。
「やっぱり変ですか、男同士が付き合うなんて。」
窺うような目で中沢君が聞いてくる。
「い、いや。そんなことはないと思うよ。
ねえ由香利君。」
「え、あ、はい。
そ、その、愛し合っていば男同士でも何の問題も無いと思います。」
俺達はしどろもどろになって答えた。
「大学の時に、僕から告白したんです。
そしたら幸弘も、ずっと僕のことが好きだったって。
それで大学を卒業した今も付き合っているんです。」
うん、まあ、何と言うか。
こういう愛もある。
俺は努めて笑顔を作っていた。
「お願いです!
どうか幸弘が浮気しているのかどうか調べて下さい。
俺、あいつ一筋なんです。
あいつが浮気してるんじゃないかって思うと、俺、もう夜も眠れません!」
中沢君は涙を一筋流した。
これこそ本物の愛なのかな。
俺は中沢君を見てそう考えた。
「ねえ、久能さん。
中沢さんの力になってあげましょうよ。
中沢さん、幸弘さんのことが好きで好きで仕方ないんですよ。
この依頼、受けましょう!」
中沢君の涙に心を打たれたのか、由香利君が強く訴えてくる。
「そうだな。
この依頼、引き受けましょう。」
そう言うと中沢君は身を乗り出して俺の手を取り、「ありがとうございます」と涙ながらに感謝してきた。
さて、この浮気調査、どうなることやら。
俺はお茶をすすり、写真に写っているマッチョな幸弘君を見た。
いなくなるのは金曜日だけ。
そこに何か理由があるのか。
まあ調べてみなければ分かるまい。
「お茶のお代わり淹れてきますね。」
少なくなった俺の湯飲みを持って由香利君が立ち上がる。
「今度はお茶じゃなくてコーヒーを淹れてきてくれ。」
そう言って由香利君のお尻をぽんと叩いた。
由香利君は俺に振り向き、ニコっと笑った。
俺もつられてニコッと笑い返す。
次の瞬間、由香利君の蹴りが俺の顔にめり込んでいた。

                                    第六話 つづく

コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< December 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM