不思議探偵誌 第七話 忍びよる影

  • 2010.07.16 Friday
  • 10:33
 俺の探偵事務所には様々な依頼が持ち込まれる。
人捜し、浮気調査、UFO研究家との対談、未確認生物の捜索。
中には探偵の仕事とはかけ離れているものもあるが、それでも依頼された以上はプロとして引き受けるしかあるまい。
そして今日、また新たな依頼が持ち込まれた。
俺にとっての初めての種類の依頼だった。
「私、ストーカーに悩まされているんです。」
そう言って事務所にやって来たのは、20代後半の髪の長い、とても美人な女性だった。
ぱっちりした目に、少し高めの鼻、形のいい輪郭に色っぽい厚めの唇。
何というか、可愛いと美人の中間という感じの人だった。
仕事帰りなのか、服は淡いピンク色のスーツで、とても大人しそうな印象を受ける人だった。
俺ははっきり行って綺麗な女性に弱い。
だからこの依頼人が訪ねてきた時には、ビシっと背筋を伸ばし、俺っていかにも紳士ですよって雰囲気を醸し出しながら話しを聞き出した。
「ストーカーですか。
それはお辛いでしょう。」
そう言いながら名刺を渡した。
彼女はそれを受け取り、チラリと見たあと自分の名刺を渡してきた。
俺はそれを笑顔で受け取り、「どうも」と言って名刺を見た。
「株式会社ホエールカンパニー 課長代理補佐 中野裕子」
確かホエールカンパニーと言えば、有名な旅行代理店だ。
俺も一度ここを利用して海外へ行ったことがある。
企業としては一流と言えるので、彼女はキャリアウーマンなのだろうか。
俺は名刺をポケットにしまい、また中野さんに笑いかけながら「ちょっとお待ちを」と言って席を立ち上がった。
今日は由香利君がお休みなのだ。
大学の授業が忙しいのと、また近いうちに空手の試合があるということで、休ませて欲しいと連絡があった。
まあどうせ暇な事務所なので、俺一人でもどうってことはないのだが。
俺は由香利君に代わってお茶を入れ、中野さんの分と自分の分とを持ってソファに戻った。
お茶を受け取った中野さんはニッコリ笑ってお礼を言い、一口お茶をすすった。
笑うと八重歯が見えるのだが、それがまた可愛い。
うーん、これは俺の中で久々のヒットだ。
俺はこんな美人で可愛い女性が依頼に来てくれたことに、静かに喜んでいた。
あまり露骨にそれが表に出ないように笑顔を作りつつ、探偵事務所という場所に緊張して俯いている中野さんに尋ねてみた。
「ストーカー行為を受けているということですが、具体的にどういうことをされているんでしょうか?
警察にはもう行かれたんでしょうか?」
中野さんはまたお茶を飲んでふうと息を吐き、緊張をほぐすように手で手を擦ると、その色っぽい唇を小さく動かして答えた。
「いつも夜仕事から帰る時になると、怪しい男が後ろからついてくるんです。
それも一定の距離を置いて。
走って逃げると向こうも追いかけてくるし、こっちが止まると向こうも止まります。」
ふむふむ。
俺は俺はメモを取りながら聞いた。
少しでも中野さんの緊張を和らげようと、ずっと笑顔のままだ。
中野さんはまたお茶をのみ、そして一呼吸おいてから続けた。
「他には無言電話も掛かってきます。
たまにマンションのインターフォンも押されることがあります。
誰が来たんだろうって思ってドアの覗き穴から見ると、いつもついてくる男が立っているんです。」
自分で言いながらその時のことを想像したのか、中野さんはブルっと身震いした。
よほど怖い思いをしているのだろう。
ストーカーのことを語る時は、顔は強張っていた。
「警察にも相談に行きましたが、実害がないと動いてくれないみたいで。
ほとほと参っていたんです。」
中野さんは顔を曇らせ、目を閉じて手をぎゅっと握っていた。
「そして困ったあげく、この事務所を訪ねて来られたと。」
中野さんはゆっくり頷き、その美しい顔を歪ませて苦しみを堪えているようだった。
むう、許せん!
こんな女性に恐ろしい思いをさせるなど。
俺の心に怒りの炎があがってきた。
もしストーカーされている話しを聞いたら、由香利君なら怒り狂うだろうな。
「そんな卑劣な男、絶対に許せません!」
そんなことを言いそうだ。
もっとも由香利君にストーカーなどしたら、ストーカーしている男の方が痛い目を見るだろうけど。
「他には何かされていませんか?
直接体に触ってこられたりとか?」
中野さんはぶるぶると首を振った。
「ありません。
もしそんなことをされたら、私怖くて外に出られなくなると思います。」
そうだろうな。
中野さんは気の強い女性には見えない。
今の状況でも、震えるくらいに怖いに違いないのだろう。
俺は努めて優しい口調で訪ねてみた。
「そのストーカーしてきている男に、心当たりはありませんか?」
そうすると中野さんはしばらく考えるように目を閉じ、それからゆっくりと口を開いた。
「一人だけ、心当たりがあります。」
俺は身の乗り出し、「それは誰です?」と勢い込んで聞いた。
中野さんはちょっとびっくりしたのか身をすくませ、俺は驚かせてしまったかなと思って「失礼」と言って座り直した。
いかんいかん。
中野さんは今神経が敏感になっているんだ。
ゆっくり、そして優しく気か聞かなければ。
俺はもう一度優しい口調で訪ねた。
「それで、その心当たりのある男というのは誰なんですか?」
中野さんは深呼吸するように深く息を吐いたあと、お茶の入った湯飲みを手に持ち、それを眺めるようにして答えた。
「以前うちの会社に旅行を頼みに来られた男性のお客様がいらっしゃったんです。
その方はえらく私のことを気に入っておられたみたいで、旅行の話しもそっちのけでしつこいくらいに私を食事に行こうとか、遊びに行こうとか誘ってこられました。
もちろん、私は断りました。
それからは一度もお見えにはならなかったんですが、ストーカー被害を受けるようになったのはその二週間後くらいからでした。」
「じゃあ店に来た時にその客の顔を見ているわけだ。
今あなたをストーカーしている男と、その客の男は同じ顔ですか?」
しかし中野さんは首を振って「分からないんです」と言った。
「分からない?
だってストーカーされている男の顔を見ているんでしょう?」
そう訪ねると、中野さんは「見ていないんです」と答えた。
「どういうことです?」
ストーカーされているならその男の顔を見ているのではないのか?
なら店に来てしつこく中野さんを誘った男と同一人物かどうか分かると思うのだが。
しかし「分からない」と答えた理由は簡単なものだった。
「そのストーカーをしてくる男は、いつもつばの付いた帽子を深く被って、しかもサングラスをしているんです。
それにつけられるのは夜だから、顔ははっきりとは見えないんです。」
なるほど、そういうことか。
ストーカーする方も、簡単に顔を見られないように考えているわけだ。
しかしそれを逆に考えれば、やはり以前に顔を見られたことがあるからではないのか。
しつこく中野さんを誘ってきた客。
詳しいことは調査しなければ分からないが、今の所はその男がストーカーをしているという線が濃厚だろう。
「中野さん。」
「はい。」
俺はいとまいを正して、真っすぐ中野さんを見ながら言った。
「あなたがストーカー被害でとても怖い思いをされていることはよく分かりました。」
中野さんは唇を噛んで頷く。
俺はその顔を見ながら、真剣な口調で言った。
「困っているあなたを放っておくことは出来ない。
そのストーカーをしている男、この久能司が必ず突き止めて見せましょう。
そして、あなたをストーカーから守って差し上げます。」
「ほ、本当ですか!」
事務所に来て、初めて中野さんが笑った。
「ええ、お約束します。
うちには強力な助手もいることですし、きっとそのストーカーを撃退してくれるでしょう。」
「ありがとうございます!」
中野さんが俺の手を取って感謝した。
いやあ、こんな可愛い人と握手しちゃったよ。
由香利君がいたら、俺のデレデレした顔を見てきっと蹴飛ばされていたことだろう。
俺はエロくない程度に中野さんの手を握り返し、「大丈夫です、安心して下さい」と伝えた。
「はい、よろしくお願いします。」
惜しみながら俺は中野さんの手を離した。
うーん、柔らかい手だった。
こんなか弱い女性を悩ますストーカーは、俺が成敗してくれる。
そう意気込む前に、俺は中野さんに一つ確認することがあった。
「その以前に来たしつこくあなたのことを誘った客のことなんですがね。
どんな容姿だったか詳しく教えて頂けますか?」
中野さんはコクリと頷き、ぱっちりした美しい目を何度かまばたきしてから答えた。
「何というか、オタクっぽい方でした。
お腹がぽっこり出ていて、少し太り気味でしたね。
あまり表情というものがなくて、とても早口でした。
真っ白いピチっとしたシャツを着ていて、しきりに汗を掻いておられました。
髪の毛は寝起きのままみたいに乱れていて、なんだかあまり人と接するのが上手くなさそうな感じの人ではありました。」
うーん、それは確かにオタクっぽい。
「他には、何か特徴はありませんでしたか?」
「そうですね。
そう言えば、右目の斜め上に大きなほくろがありました。
思い出すことと言えば、それくらいでしょうか。」
俺はその言葉をメモに取り、そして満面の笑みで中野さんに言った。
「分かりました。
では明日から調査を開始いたします。
解決するまでご不安でしょうが、私も全力でそのストーカーを突き止めますので、それまで我慢していて頂けますか。」
「はい。
本当に助かります。
もう本当にどうしたらいいのか困っていたものですから。
探偵さん、どうかよろしくお願いします。」
それから中野さんのマンションの場所と職場の場所を聞き、俺は「大丈夫です、安心して下さい」と力強く言った。
中野さんは頭を下げてから丁寧にお礼を言い、また事務所を出ていく時にその美しい笑顔を見せて、再度お礼を言ってから帰って行った。
俺はふうっとため息を吐いた。
なんとしても中野さんをストーカーから守らねば。
それを心に決意し、その日はエロ雑誌も読まずに事務所を閉めるまで過ごした。
そして翌日、出勤してきた由香利君に昨日の話しを聞かせると、思っていた通りの言葉が出てきた。
「ストーカーなんて卑劣なことをする男は絶対に許せません!
私がこの手でこらしめてやります。」
うんうん、それでこそ由香利君だ。
いつも俺に振るっている拳を、卑劣なストーカーに向けてやるつもりなのだろう。
「調査は今日からだ。
中野さんはいつも夜帰宅する時に後をつけられるそうだ。
だからその時間になる前に、中野さんの職場に行って、俺達もその後を尾行しよう。」
「そうですね。
ああ、私なんか腹が立ってきました。
絶対そのストーカーをとっ捕まえて、中野さんを安心させてあげましょうね!」
そう言いながら由香利君はシャドーボクシングのように、パンチや蹴りを放ち始めた。
「おいおい、あんまりやりすぎるなよ。
君の拳も蹴りも強烈なんだから。
本気でやったら、そのストーカーが病院送りになっちゃうぞ。」
俺がたしなめるように言うと、由香利君は顔を怒らせて反論してきた。
「それはそのストーカー次第です。
もし中野さんに危害を加えようとするなら、私は容赦はしませんよ。」
おお、怖い。
実際に由香利君の強さを身をもって知っている俺は身震いした。
が、しかし。
興奮冷めやらぬ様子でパンチや蹴りを放つ由香利君を見て俺は一言呟いた。
「もし由香利君にストーカーするやつがいたら、そいつは確実に君に返り討ちにされるだろうな。」
由香利君は「ふふ」っと不敵に笑い、「当たり前です」と言って、何故か俺の頭にチョップをかましてきた。
由香利君、興奮しすぎだよ。
怒った顔で宙に空手の技を繰り出す由香利君を見ながら、俺は思った。
由香利君、君は生粋のドSだよ。
そして俺は生粋のドMだろうと思う。
「てやあ!」
そして、何故かまた由香利君に顔面を蹴られた。
「あ、ごめんなさい。
つい興奮しちゃって。」
鼻血を吹き出しながら、俺は「何するんだよ」と言った。
そして俺は机の中からエロ雑誌を取り出した。
「おりゃあ!」
また由香利君の蹴りが顔面にヒットする。
「今のはわざとです。」
由香利君、やっぱり君はドSだよ。
俺は鼻血を出しながらエロ雑誌を見た。
その後、俺は由香利君にサンドバッグ状態にされた。
やっぱり俺もドMだった。

                                    第七話 つづく
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